残された者
「……これは、いったい……どういうことなのだ……?」
苦々しげに魔族の逃げて行った方向を睨んでいた俺だったが、聞こえて来たその声に、後ろを振り返った。
……術者が逃げたために、術が切れたのだろう。床に倒れ伏し、動かない王子。
剣が刺さったままの脇腹からは、しかし元々が死体であるためか、ほぼ血が流れ出ていない。
国王は、その亡骸を前に膝を突き、変わり果てた自身の息子を抱き上げ、呆然としていた。
見ると、王子派の兵士達はもう、事態に付いて行けず何が何だかわからない、といった様子の表情を浮かべており、救出部隊の面々もまた幾ばくか呆けていたが、すぐに自分達の仕事に取り掛かり、王子派兵士達を武装解除させて一か所に纏めていく。
兵士達は、自分達のトップが倒れているのを見て反攻は無駄だと悟ったのか、全く抵抗せず為すがままにされている。
「……アンタの息子は、誰かに操られていた。そういうことだ」
俺は国王の近くへと移動し、彼にそう伝える。
「……ずっと、ずっと操られていた、と……?」
「恐らくな」
俺が頷いたのを見て、国王は「そうか……」と呟き、再び自身の息子へと視線を下ろす。
「……私は、息子の変化に気が付いていながらも、そのことが今日に至るまでわからなかった訳、か。……フッ、とんだ父親だな」
「陛下……」
沈痛を感じさせる声を漏らす、ネル。
何か言葉を掛けてあげたいのに、出てこない。彼女は、そんな顔をしていた。
「……お前が、一番辛い思いをしていたのだな。すまない、リュート。すまない……」
王子の亡骸を胸に抱き、ただ静かに涙を流す国王に――俺達はただ黙って、一人の父親の背中を見つめ続けたのだった。
* * *
その後、事態はスムーズに解決していった。
まあ、王子派のトップである王子自身が、死んでしまったのだ。もはや彼らに担げる神輿は無く、街にいた王子派の貴族達はトップが死んだという混乱の最中瞬く間に捕らえられていき、内乱になりかけていた今回の騒動は幕を閉じた。
ただ、王子に加担していた貴族達の中には、王都までは出て来ず領地に籠っていた者も多く、完全解決とはいかないそうだが……まあ、今後ダース単位で首が飛ぶのは確実らしい。物理的に。ご愁傷様。
国のトップに関しては、囚われていた国王が再び立つこととなった。
少しの間、もう自殺するんじゃないかって勢いで沈んでいた彼だったが、しかしこのまま責任を取らずに誰かに後を任すなど、それこそ息子の墓前に立つことが出来ないと思い直したそうで、国の混乱が収まるまでは王を続けることにしたらしい。
その後どうするかについては、追々考えていく、とのことだ。
政務に関しては、今回の件で数多の首が飛んだために多くの席が空いてしまったので、国王を救出するのに大いに尽力した教会から少なくない数の人間が出され、国政に関わるようになったそうだ。
まあ、彼らにしてみれば願ったりかなったりの結果だろう。これで彼らの安寧は保たれ、そしてこの国において教会の地位が一段階上がった訳だ。
全く……聖職に就いているくせに、逞しいこって。
これで、この国での騒ぎは一段落したのだが……ぶっちゃけ、俺にとっては徒労感は否めない。
今回のことが全く無駄だったとは思わないが……王子を殺っちまえば、もう全てが解決するもんだと思っていたのに、そこで新たに出て来た魔族の敵だ。
正直、勘弁していただきたい。お前らは少年漫画で章が終わるたびに新たに出て来る敵キャラか!と言いたい。そしてだんだん、能力がインフレしていくのだ。もう、面倒くさいことこの上ない。
唯一の救いは、俺が仮面を被ったままで、ステータス欄の種族も人間のままにしておいたので、俺の正体がバレている可能性が非常に低いことか。これからすぐに俺が敵対視されるような事態はまずないだろうから、しばらくはダンジョンの安寧を守れるだろう。
自分で被っておいてアレだが、まさか本当に役に立つとはな。仮面。
――今回の騒動の中心にあると思われるあの魔族の男に関しては、とりあえずわかったこととして、種族は『何たらかんたら悪魔』族。……名前長くて忘れた。ま、まあ『悪魔族』ではあるから、魔族であるのは間違いない。
そして、ヤツの持っていたスキルには『死霊術』や『洗脳』、それ以外に各種密偵をやるのに適していそうな、良からぬことを企む気マンマンのものが多数あった。
話を聞くに、あの大臣風を装っていた魔族の男は数年前から王子に仕えるようになったそうで、度々共に行動している姿が目撃されている。
恐らくは少しずつ少しずつ王子を洗脳して彼をおかしくしていき、そして詰めに死霊術を用いて完全な操り人形に仕立て上げた、と。
とすると、ウチに攻めて来たのは王子ではなくその男の意思である可能性が高いのだが……もしかして、人間達にレフィに対して手を出させたかったのか?
どうもあの魔族の男からは、国を二分しての内乱騒ぎを起こしたり、王都市民を怒らすような無軌道な王都における政策を見る限り、この国を内部から崩壊させようとしていた意図が見える。
その一環として、人間達にレフィの縄張りに侵入させ、手を出されて怒ったレフィが、報復にこの国を滅ぼす。そんな算段を立てていたのではなかろうか。
全ては、この国を内部から潰すための工作だった、ということだ。
……ふざけやがって。レフィは殺戮のための機械じゃねぇんだぞ。
この借りは絶対に覚えておく。利子たっぷりで返済してやるから、覚悟しておけ、魔族ども。
……ただ、その敵に関しては、一つ疑問が残る。
それは、以前辺境の街のゾンビ騒ぎの時、俺が遭遇した黒尽くめのヤツらのことだ。
アイツらは人間だったが、しかし今回は魔族。にもかかわらず同じ系統の魔法を使用し、同じように裏で暗躍する連中。
共通点が、少し多い。
また、前回の黒尽くめのヤツに関しては、「何故魔族が邪魔をする!?」と俺に対して声を荒げ、俺はてっきり「何故人間の街を襲うのに魔族が助けるのか」という疑問をぶつけられたのだと思っていたのだが……見方を変えれば、「何故味方であるはずの魔族が邪魔をするのか」というニュアンスにも取ることが出来る。
こじつけと言われたらそこまでだが……そこに、何か引っ掛かるものを感じるのも確かなのだ。
人間と魔族……何か、繋がりがあるように見えてならない。
ハァ……もう、何で俺がこんな陰謀染みたものに頭を悩ませなければならんのだ。
やめてくれ。ゲームで陰謀と対峙するのは好きだが、現実でそんな陰謀と対峙するのは疲れることここに極まれり、だ。
さっさと帰って、何にも考えず我が愛しのダンジョンで平穏を貪りたいものだ。
――と、そんなことを考えていた時、俺の腰の辺りに、何かがピトッとくっ付いた。
「ゆーしゃ様!」
下に顔を向けると、そこにはすっかり元気になり、ニコニコと笑みを浮かべて俺に引っ付く王女様。
「あぁ、元気になったのか、この子。良かったな」
「うむ、貴殿のおかげだ。感謝する」
今現在この部屋には、憚る話もあるだろうと国王が考慮してくれ、俺と対面のソファに座っている彼しかいない。衛兵も付き人も無しだ。まあ、今この子が入って来たけれども。
それだけ信頼してくれているのだろうが……ちょっと不用心過ぎやしませんかね、国王さんよ。俺としては不都合はないからいいんだけどさ。
「ゆーしゃ様!ゆーしゃ様はどうして仮面を被ってらっしゃるんですか?」
「あー……それはな、王女様――」
「私のことは、イリルとお呼びください!」
「あ、う、うん。……ゴホン、イリル、よく聞け。実は俺は勇者じゃなく、とーっても悪い魔王なんだ。だから、正体がバレないように仮面を被っているのさ。ほら、見ろ、この翼。怖いだろ~?」
周囲には国王しかいないので、俺は遠慮せず二対の翼を出現させ、怖がらせるような口調でそう言う。
このままだとなんか、懐かれてしまいそうだからな。何故か、これ以上仲良くなってはいけないと俺の第六感が囁いている。何もないはずなのに、寒気を感じる。
「うわぁ!カッコいい翼ですね!そうですか、ゆーしゃ様はまおー様だったのですか!」
が、残念ながら不発。怖がるどころか、何故かむしろ目をキラキラさせ始める王女。
げ、失敗した。
「なら、ゆーしゃ様なまおー様は、私を攫っていってくれますか?」
唐突に、そんなことを言う王女。
「えっ、な、何で?」
「だって、まおー様っていうのは、おひめ様を攫っていくんですよね?ぜひ、私のことも、攫っていってください!!」
「お、おう……う、うーん、そうだな、き、気が向いたら、攫ってあげようか」
「はい!!お待ちしています!!」
元気良く返事をする王女に、俺は仮面の奥で苦笑いを溢してから、対面の国王へとジト目を向ける。
「おい、国王、微笑ましく見てないでどうにかしろ。お前の娘が悪い魔王に攫われちまうぞ」
「フフ、それは大変だな。その際には私は、泣きながら娘の門出を祝うとしよう」
オイ。