謁見堂3
違和感自体は、部屋に入った瞬間から感じていた。
ここ、王が謁見を行う、謁見堂。
絢爛な装飾がそこかしこに施され、奥の上段には素人目に見ても素晴らしい造りだとわかる玉座が、一つ。
置かれた調度は空間にマッチし、窓の位置一つとっても、入って来る光が室内を明るく照らし出すように計算して配置されているようで、それらが融合して部屋全体の品位を高めている。
――だが、その部屋にいたのは、場に全く不釣り合いな完全武装の兵士達。
少し奥の上段に立つのは、ネル達の目的である、彼らを纏めている様子の、王子。
「来たな、国を蝕む者ども!!貴様ら、奴らを捕らえよ!!あれが我が国の発展を阻害する、古い価値観に囚われた逆賊であるぞ!!」
そう、自身が正義と疑わないような声音で、王子は朗々と声を張り上げた。
呼応して、すぐに武器を構える兵士達。
――ネルが違和感を感じたのは、その王子に対してだった。
……眼、だろうか?
彼の立ち居振る舞いは王族たる堂々としたオーラに溢れているのだが、しかしその眼だけが……腐っている、という言葉が妥当だろう。
まるで、アンデッドのように、その眼からは生気を感じられない。
何か、おかしい。
だが、それを彼女が口に出す前に、事態は進んで行く。
「殿下!あなたには国家反逆罪の疑いが掛けられている。我々と同行していただこう!!お前達、仕事の時間だ!ここまで楽をした分、しっかり働いてもらうぞ!!」
『ハッ!!』
武器を構え、敵意を向けて来る兵士達に対し、カロッタが味方に指示を出していく。
「陛下、色々思うところもあるやもしれませぬが……しかし、今は下がっていてください」
「……うむ」
苦々しい顔で頷き、言われた通りにネル達の後方に下がる国王。
――やがてぶつかる、二つの陣営。
その結果は、圧倒的だった。
率直に言って、全くネル達の相手にならない。こちらには、聖騎士の中でもトップクラスの実力を持つカロッタに、そして勇者である彼女自身がいるのだ。
そこらの兵士では、その歩みを止めることさえ敵わない。
そうでなくとも、彼女らと共にここまでやって来た救出部隊の面々とて、選りすぐった精鋭中の精鋭。彼らもまた、その実力を遺憾なく発揮して謁見堂の兵士達を圧倒している。
この様子では、ここを制圧するのも時間の問題だろう。
だが……。
頭に浮かぶのは、ネル達を先に行かせて、自身は敵の足止めに残った魔王の姿。
こうまで上手くいくのも、道中で『彼』が敵の最大戦力であると思われる男を足止めしてくれている故のことだろう。
道中で襲い掛かって来たのは、世間知らず気味のネルですら知っている、「ウォー・フリーク」という通り名を持つ、危険な男。
魔王の彼が、相当な手練れであることは知っているが……対するあの男もまた、手練れ。決着がつくのは時間が掛かるはずだ。
……そうだ、おにーさんが一番危険なことを請け負ってくれているんだ。だからこそ、早くこちらを終わらせて、彼のところに行かなければ。
援護はむしろ邪魔だと言っていたが……しかし、何か出来ることもあるはずだ。
大丈夫だから、と言われ、はいそうですか、と何もせずに助けないのは、違う話だろう。
剣を振るいながら、そう決意したネルだったが、ふと、脳裏にもう一つ別の違和感が生じる。
……何故、殿下はあんなに、悠々としているの?
兵士をネル達が圧倒し、この場を制圧されそうであるのに、ふと視界に移った王子の表情は、先程と変わらず自信に満ち溢れたソレ。
もしや、何かこの局面を打開するための秘策を持っており、それ故の余裕……?
と、そんなことを考えていたその時――突如、窓の一つが、激しい破砕音を発して、内側に割れる。
「!?」
先程までに考えていた思考から、もしや新手!?と即座にそちらへと視線を向けたネルだったが……その予想は、外れだった。
窓を突き破るようにして中に転がりこんで来た人影は――おにーさん!?
* * *
罪焔を、落下の勢いに乗せて振り下ろす。
男は動揺で一瞬動きを止めてしまってから、瞬時に両腕を顔の前に持ってきて防御。
腕と接触する刃。
が、肉を斬り裂くのとは違う、硬質な感触。
腕に何か仕込んでいるのか?
しかし、それだけでは俺の斬撃を止めることは叶わず、罪焔はその二本の腕を斬り飛ばし、男を袈裟斬りにするも――。
チッ……浅い!!
わずかに致命傷には届かなかったようで、激しく血飛沫をあげながらも、相手が倒れる様子はない。
だが、俺のスキルを妨害していた、男が胸から下げていたペンダントのような魔導具が罪焔の刃と接触して壊れたのを確認し、俺は即座に分析スキルを発動した。
「――ッ!!テメェ、魔族か!!」
「クッ、分析持ちかッ!!」
男は自身の正体がバレたことを悟ると刹那、クイッと何か顎で指示をするような動作をする。
「陛下ッ!!」
背後から聞こえる、悲鳴混じりの声。
慌ててそちらに視線を向けると、先程まで偉そうに上段に立っていたクソ王子が、腰の儀礼用らしい剣を抜き放ち、国王へと襲い掛かっていた。
王子が攻撃を仕掛けて来ているのを見て、周囲の護衛どもは瞬時に意識を切り替え、王子を敵として認識し、そのがら空きの胴に剣をぶっ刺すが――止まらない。
当たり前だ。ソイツはすでに死んでいる。腹を斬られたぐらいでは倒れない。
だが、そのことを知らない護衛どもは動揺してしまい、動きが鈍る。
クソッ、使えねぇ護衛だな!!
王子を止められそうにないと判断を下した俺は、舌打ちしながら腰から魔法短銃を抜き放ち、王子の腕と足を狙って撃つ。
弾がしっかりと命中し、操り人形と化している王子が足をもつれさせ倒れたのを見てから、前へとすぐに顔を戻すと――目の前に迫る、鋭い牙。
身を捻ってその噛み付きの攻撃を躱した俺だったが、しかしどうやら男は反撃をするつもりなど毛頭無かったらしく、着ていたローブのような衣服を破って背中に翼を出現させると、そのまま飛んで俺が侵入して来た窓へと向かって行く。
「逃がすかッ!!」
瞬時に握ったままの魔法短銃を魔族の男に向かって撃つが……男はまるで、風に舞う木の葉のようにヒラリヒラリと魔力の弾丸を回避し、一発だけ命中してよろけるも、墜落することなく城の外へと飛び出る。
――どうする!?追い掛けるか!?
この場の面々に俺が魔族であるということをバラしてまで、翼を出現させてアイツを追い掛けるかどうか。
そう、一瞬躊躇してしまったのがいけなかったのだろう。
水を得た魚の如く、大空に躍り出た瞬間一気に加速した男は、数秒もせぬ内に俺のマップから探知圏外にまで辿り着き――やがて豆粒のようになって見えなくなってしまった。
「――クソッタレッ!!」