城内戦闘3
前回のあらすじ:空から変態が降って来た。
変態の口調、少しだけ修正しました。
「…………」
「……心配か?ネル」
そう隣に問い掛けると、勇者の少女は少しだけ躊躇う素振りを見せてから、コクリと頷く。
「だって、あの男……確か、オリハルコンクラスの冒険者ですよね……?」
現在、城内における強襲作戦は非常にスムーズに事が運んでいる。
仮にも一国の王城を強襲するため、兵士からの厚い歓迎があるものだと覚悟していたのだが、どうもこちらに対する敵意がないばかりか、その半数以上が城内にいる王子派兵士どもの抑え込みに協力してくれている。
兵士達の中にいまだ陛下に対して忠誠を保っている者がいることは知っていたものの、しかし王子派兵士どもと区別を付けるのが困難であるため、あまり味方としては物の数に入れていなかったのだが……これは、嬉しい誤算だ。
恐らくは、王都正面大門における襲撃作戦と、鬱憤が溜まりに溜まった王都市民による武装蜂起を鎮圧するため、王子派の犬どもの大多数を王城から引き剥がすことが出来たのが大きいだろう。
まあ、その武装蜂起自体煽ったのはカロッタ自身なのだが……しかし綺麗事で敵が倒せるならば、世話無いのだ。
――使えるものは、何でも使う。
当人の戦闘能力の高さもそうだが、その柔軟性のある思考が、現場における最高指揮官にカロッタが任命された大きな理由でもあった。
元々の最優先目標であった国王救出任務に関しても、敵の監視要員を捕まえにいったはずのあの仮面の男が、何故か先に陛下を救出していたため、一番難航すると思われた任務はあっさり終了。
その陛下が付いて来ると言い出し、実際にカロッタ達と同行しているのは、少々どころか大分頭の痛い事柄であるが、しかしこうなってしまっては仕方がない。
カロッタとしては「さっさと逃げろ!!」と思わず怒鳴りたいところだが、どうも王の決意は固そうだ。翻意を促すことは難しいだろう。
なれば、ここから先は、自分達が文字通りその命を削ってでも守り切るしかない。
また、さらにもう一つ、彼女が大きく読み違えたことは――隣の少女が気にしている、先程の攻撃を仕掛けて来た男。
冒険者ギルドに関しては、今回の件について完全に中立を保ち、介入を忌避していたため、少なくとも敵に回ることはないだろうと判断していたのだが……少々見通しが甘かったか。
「……あの仮面の垣間見せた実力ならば、恐らく渡り合うことは可能だろう。それに、仮面が担いでいた得物が主武器であるならば、本人が言っていたように援護がむしろ邪魔となるのは間違いない」
あの、面白い反りのある、見惚れる程美しい紅色の刀身をした、巨大な片刃の剣。
あれを振り回せるというのであれば、確かに味方は邪魔でしかない。恐らく振り回した瞬間に、味方ごと斬ってしまう未来が見える。
こうなってしまっては、彼に任せるしかないのだが……ネルの心配も、よくわかる。
仮面へと襲い掛かった、あの男。
奴の顔は、この国において戦闘に関する職に就いている者であれば、誰もが知っていることだろう。
奴の通り名は――『ウォー・フリーク』。
なまじオリハルコンクラスという、英雄に片足を突っ込んだ実力があるために、冒険者ギルドとしても放逐することが出来ず、持て余していた屈指の実力者であり。
――厄介なことに、戦場であればどこにでも顔を出そうとする、屈指の問題児でもあった。
* * *
「フッ――!!」
戦闘狂の放つ鋭い剣閃を、わずかに身を捻ることによって回避し、お返しに罪焔を振るう。
俺の斬撃が尋常じゃなく重いことを知っている敵は、絶対に俺の攻撃を正面から受けようとはせず、自身の剣で受け流すようにして罪焔をいなす。
外された罪焔が大地を割り、土が激しく飛び散る。
そこから追撃を放とうとするも、しかしまるで生き物のように蠢き、なおかつ正鵠に俺の首筋を斬り裂かんと襲い掛かって来た剣に邪魔され、俺は舌打ちをしながら後方に飛び退って回避する。
「フフフ、ふざけたパワーだ!!それにその反応の素早さ!!素晴らしいな、仮面!!」
「うっせぇ!!その気色悪い恍惚とした顔をこっちに向けるな!!鳥肌が立つ!!」
思わず俺は悪態を吐きながら、武器を持っていない方の手で中指を立てた。
名:レギルス
種族:人間
クラス:剣鬼
レベル:84
HP:2331/2331
MP:1018/1018
筋力:704
耐久:703
敏捷:767
魔力:398
器用:1122
幸運:105
固有スキル:不屈、逆境
スキル:剣術lv7、体術lv4、索敵lv4、危機察知lv5
称号:戦闘狂、剣狂い、オリハルコン級冒険者、死線に生きし者
――コイツ、マジで強い。
ステータスは俺の方が幾分上だが、しかし剣の技術に大きな差がある。
二つある固有スキルも、詳細まで見るような暇はないが、しかし字面を見る限り恐らく死に掛けや土壇場で効果を発揮するような感じのものだろう。
コイツとはすでに何度か斬り結び、今のところ拮抗しているように見えるものの、その実、相手の恐ろしい腕前の剣術を魔王の力でごり押しして、どうにか戦えているだけである。
仮にステータス差がもう少し小さければ、とっくに俺の首から盛大にシャワーが飛び散るか、胸元から刃が生えていることだろう。
こればっかりは本当、魔王の強靭な身体に感謝だ。魔王万歳。ダンジョン万歳。
俺も魔境の森に住み、結構な頻度で魔物狩りに勤しんではいるため、戦闘の機会は結構多いのだが……しかしはっきり言って、今まで強敵という強敵にはあまり挑んで来なかった。
当たり前だ。だって俺、殺し合い別に好きじゃないし。
DP確保という必要に駆られているからこそ魔物狩りに励むのであり、わざわざ何にもないのにそんな危険に身を置きたくない。
それに、例え強敵と戦うといった際に関しても、魔境の森ならば、俺の傍に頼りになる相棒のリルがいつもいるからな。
あぁ、もう、切実にリルの体毛に顔を埋めてモフモフしたい。困ったようにこちらを見て来るリルを無視して狂ったようにモフモフしたい。
全く……不幸だ。何でこんな気色悪い変態と単身で殺し合いをしなきゃならんのだ。
これも全て、クソ王子が悪い。絶対に俺の手で殺してやる。
「つれないじゃないか!!俺はこんなに貴様に恋い焦がれているというの、にッ!!」
言葉尻と共に、一気に突っ込んで来た変態野郎の剣を間に罪焔を挟むことで防ぐも、しかしそちらに一瞬気を取られたせいで、相手の剣を持つ反対の手で放たれた正拳突きを、モロに腹部に食らってしまう。
「ガフッ――」
あまりの鈍痛に意識が吹っ飛びかけるが、俺の心臓を貫こうとしている敵の剣が視界の端に映り、意志を振り絞って半身を捻り回避する。
「――ッてぇんだよ、ボケナスッ!!」
その半身の捻りを利用し、もはや構えも何も無しにただがむしゃらな回し蹴りを変態クソ野郎へとぶち込むと、虚を突かれたのか相手は回避が間に合わず、その肩へと俺の蹴りが鋭く突き刺さる。
魔王の本気の蹴りを食らった戦闘狂の変態は、そのままゴミのように吹っ飛んでいくと、王城の壁にぶつかって停止。
「溺れろッ!!」
その隙を逃さんと、俺は瞬時に魔力を練り上げ、水龍の魔法を発動して変態へと放つ。
変態は激突の衝撃で一瞬だけ動作が止まるが、自身に迫る龍の咢を視界に捉えると、流石の反応速度で瞬時に横に飛んでそれを躱した。
外れた水龍が壁にぶつかり、水がバシャリと爆ぜ、変態の視界を少しだけ奪う。
――ここだ、固有スキルを発動させる間もなく、一撃で仕留める!
俺は練り上げたままの魔力を刀身へと流しながら、避けた先の変態の懐へと、大地を力の限りで蹴飛ばして一足で飛び込む。
視界が水に奪われ、一瞬だけ反応が遅れるも、変態はすぐに迎撃態勢を整え――だが俺は、罪焔をその手前の足元の地面へと叩き付けた。
刹那――地面から急激に焔が立ち昇り、視界を真っ赤に染め上げる。
「ッ――!?」
変態が、思わず、といった驚愕の声を漏らす。
これは、俺が頼み、レイラが組み上げた魔術回路だ。
魔力を流し込んで発動すると同時、その紅の刀身から銘の通りの焔を発し、斬り裂いたものを燃え上がらせる。
流し込んだ魔力の量によって発生させる焔の量を調整することが可能で、今のドデカい焔は、中程度の出力だ。
魔術回路、自身でどうにか作ろうと考えていたのだが、よくよく考えてみたらそういうのが得意なレイラがいるんだし、もう別に、無理に俺がやらずとも任せちゃえばよくね?と思い頼んでみたところ、最近ずっと彼女が研究していたらしい魔術回路の新たな技術を試してみたかったそうで、レイラは快諾。
そして、見事彼女は、俺の要求を満たす回路を作り上げてくれた。
まだ、罪焔に組み込まれた回路は『紅焔』と名付けたこの回路一つだが……残りの枠の二つも、思い付き次第レイラに組んでもらうとしよう。
俺は即座に罪焔から手を離すと、立ち昇る焔の向こう側、突如発生した焔に動揺してしまった戦闘狂の心臓に魔力眼で狙いを定め、腰から瞬時に抜き放ったソレ――魔法短銃を、撃った。
シュッ、と軽い音。
刹那遅れ、焔の向こう側で、何かの爆ぜる音。
焔が、引いて行き――いない!?
瞬時、危機察知スキルが全身へと伝えて来る、強烈な危機。
その危機の方向、バッと真横へと首を向けると――いつの間に回り込まれたのか、そこには横っ腹に風穴を開けた、戦闘狂の男。
仕留めきれなかった……ッ!!
「ハハハ!!やるじゃないか!!」
口から血を吐き出しながらも男は、剣の切っ先を俺のドタマへと真っすぐに向け、鋭い突きを放つ。
迫り来る、剣。
極限の状態故か、まるでコマ送りのように、徐々に徐々に俺の眼前へと近付いて来る。
――これは、無理だ。避けられない。
加速された刹那の思考の中で、そう判断を下した俺は、ほぼ、無意識に。
片手を、その間に挟む。
――ザシュ、と突き刺さる剣。
走る、激痛。
みっともなく泣き叫びたくなる程の、痛み。
だが――痛みを感じるということは、俺は死んでいない。
俺は、まだ死んでいない。
男の振るった剣は俺の片腕に突き刺さり、そのおかげでわずかに突きの方向がずれ、頭部を掠める。
俺は、即座に反対の手を抜き手の形にすると――今度こそしっかりと狙いを定め、男の心臓へと一直線に放った。
――まず、骨の硬質な感触。
次いで、柔らかい肉の不快な感触が指先に伝わり――やがて、男の背中から、俺の腕が生える。
鮮血。
花びらのように飛び散る、血痕。
俺の腕に縫い止められ動きを止めた男は、ゆっくりと下を見下ろし、自身の胸が俺の腕に貫かれていることを確認すると、再びゆっくりと顔を上げ。
「……楽し、かった、ぞ」
カフッ、と血を吐き出し、ニヤリと笑って――そのまま、永遠に意識を断った。
ズブリ、と男の胸から、血塗れの腕を抜く。
同時、膝から崩れ落ち、そのまま地に伏して動かなくなった戦闘狂に、俺もまたニヤリと笑みを浮かべ――。
「――魔王に挑むには、ちょっとレベルが足りなかったな」