閑話:深夜のキッチン
流れを読まずに閑話を投入。
百話記念ですので、どうか許してつかぁさい。恐らく今日もう一本投稿できると思いますので……。
「――聖愛の日?」
「そうだよ!みんな知ってる特別な日なんだから!」
いつもの如くごろごろしていたレフィに、イルーナがそう熱を持って語り掛ける。
イルーナの言っている『聖愛の日』とは、この世界における祭日のようなものだ。
この日に仕事は一切されず、家族に、基本的に女性から男性に対して、普段は口に出来ない甘い菓子や、それが用意出来ない場合は少し豪勢な手料理を振る舞い、共に一日を過ごすのが一般的な習わしとされている。
ユキが聞いたら、恐らく「クリスマスとバレンタインを掛け合わせたみたいな日だな」と溢したことだろう。
「だからね、おにいちゃんが今お城の方でいろいろやっている内に、みんなでおにいちゃんに何かお菓子をつくってあげようと思うの!」
「……なるほど。じゃが、それ、儂もするのか?」
「おねえちゃんも何かつくろうよ!大好きな人や、感謝している人にお菓子作ってあげる日だからね!おねえちゃんもおにいちゃんのこと、大好きでしょ?」
「ち、違うわ!!」
慌ててツッコんでから、レフィはしかしコホンと咳払いして、言葉を続ける。
「ま、まあよい。お主がそう言うのであれば。お主が、言うからこそ。そうじゃな、儂も何か作らんこともない」
そういう日があると言うのであれば……まあ、奴に何かを作ってやるのも、また一興だろう。
それに――。
レフィが「お主が」のところをやたらと強調して言うのも特に気にせず、イルーナはニコニコしながら頷く。
「うん!一緒につくろう!!」
* * *
――その日の深夜。
近くで川の字になっているユキとイルーナがしっかり眠っていることを確認してから、レフィは彼らを起こさないようにこっそりと布団を抜け出し、隣の部屋のキッチンに立つ。
「……よし、やるかの!」
調理用具を揃え、しっかりエプロンもして、具材を前に小さくそう意気込む。
何故、深夜にこんなことをしているか。
それは、昼の菓子作りが全く上手くいかなかったからだ。
リューやレイラに手伝ってもらったものの、イルーナやシィまでもが簡単ながらもちゃんとした菓子を作り上げることに成功したのに対して、結局レフィだけはユキが戻って来るまでに作り上げることが出来ず。
しかしかといって、それを正直に言うのも何だか憚られ、「フン!儂がお主にそんなもの、作ってやる訳が無かろう!」とムダに強がり、皆がユキに菓子を食わせている中で、一人だけ最初から作っていないことにしてしまったのだ。
これから行うのは、昼のリベンジ。
レフィは基本的に、だらだらごろごろするのが好きなのだが、しかし同時に極度の負けず嫌いでもあった。
昼には上手くいかなかったが、夜の間に練習し、その「聖愛の日」とやらは過ぎてしまうものの、明日ユキの顔を驚かせてやろうと思ったのだ。
彼女が作るのは、クッキー。
甘味の少ないこちらの世界でも、比較的庶民が口にする機会が多く、それ故に製法も確立されているため、レイラからはしっかり作り方の書かれたメモをもらっている。
準備は万端。
いざ、とまるで強敵と相見えるような面持で、作り始めたレフィだったが……。
「ぐ……やはり上手くいかんな……」
飛び散って顔に付いたクッキーの種を手の甲で拭いながら、思わずため息交じりにそう呟く。
――彼女が上手く料理が出来ない理由は、単純だ。
それは、その身に宿す力の大きさにある。
今の外見は、華も恥じらう、という表現がピッタリ来るような可憐な少女であるが、しかしその正体はこの世界の誰もが恐れる覇龍。
人型形態であると覇龍形態の時と比べて大幅に力の出力が下がるものの、しかし地力が圧倒的という言葉を五回か六回ぐらい通り越して世人とはかけ離れているが故に、少女の姿であってもその身に宿す力は絶大なのだ。
簡単に言うと、例えばユキが日々の中で使う力を「小・中・大」で分けるとすれば、その内の「小・中」に当たる部分が、少女姿である時のレフィにとってすら「極小」に当たるのである。
彼女が少し本気の力を込めれば、大木の幹でさえ、片手で握り潰すことが出来るだろう。
無論、触覚があり、力の調整もしっかり出来るため、日常生活においては然程不都合はない。
だが――それが料理ともなると話は別だ。
クッキーを作るにあたり、まず卵を割ることが彼女にとっては非常に難易度が高い。何度やっても殻ごとぐしゃぐしゃになってしまう。
混ぜ合わせる、という動作一つ取っても、腕に力を入れて混ぜようとした瞬間に中身が飛び散り、加えて調理用具がぐんにゃり曲がる。
何より彼女は、料理に関して全くのド素人だ。千年以上生きて、台所に立ったことなど、文字通り生まれて初めての経験。しかも、元々横着な性格であるため、不器用。
これほど、料理に適していない者は世界広しと言えど、なかなかいないだろう。
その後、何度も何度も失敗を経て、ようやく一つだけ、完成まで至ったものの……。
「……ハァ、これはダメじゃな。とてもじゃないが、ユキには食わせられん」
不格好なボコボコのクッキーを自分で一つ齧ってみたが……率直に言って、マズい。
なまじ、ユキの出すこの世の物とは思えない――まあ、実際にこの世の物ではないのだが――菓子を日々食べているが故に舌が肥えてしまい、自身の作ったクッキーのあまりの出来の悪さが際立ってしまう。
「……これ以上は、無理じゃな」
彼女としてはもっと練習して、ユキを驚かせられる程美味いものを作ってやりたいのだが、如何せん食材には限りがある。
これ以上の浪費は勿体無い上に、何より単純にクッキーを作るのに量が足りていない。
これはもう、諦めるしかないだろう。
――と、クッキー一つまともに作れないままならぬ自身に、彼女が大きくため息を吐いた、その時だった。
「お、何だ、ようやく出来上がったか」
――突然聞こえて来たその声に、レフィは慌ててバッと後ろを振り返ると、そこにはいつの間にか、ユキが眠そうに欠伸をしながら壁にもたれかかって立っていた。
普段のレフィであれば簡単に気が付けたはずだが、菓子作りに熱中するあまり、全く周囲が見えていなかった。
「お、お主、いつからそこに……!?」
「まあ、正直に言うとお前が起きたところからだな」
つまり、最初から見られていた……?
自分でも似合わないと思うことをやっている様子を見られ、思わずカァ、と顔が赤くなるが、しかしユキは気にせずレフィの方に歩み寄り、そして彼女の作ったクッキーをひょいと摘んで、一口齧る。
「あっ、そ、それは」
「マズい」
何とも、正直な感想だった。
「うぐ……そうじゃろう。いい、食わんで。戯れに作ってみただけじゃ。ほれ、さっさと捨てるから寄越せ」
内心で少し、胸にズキリと来るものを感じながらも、レフィは努めて平然とそう言うが――しかし、ユキがそれに応じることはなかった。
「何言ってんだ、全部食うに決まってんだろ」
「へ……?」
彼の方を見上げると、ユキはニヤリと口端を吊り上げる。
「イルーナ達に聞いたぞ、これ、わざわざ俺のために作ってくれたんだってな。だったら、全部食うに決まってる。捨てるなんて勿体無い。それに、愛情たっぷりこもってるんだろ?」
「あ、愛情などこもっておらぬわ!!」
思わず食って掛かるも、ユキはからからと笑って、残りのクッキーを食べていく。
レフィが止めようとするのも意に介さず、やがて彼は自身でもマズいと思うクッキーを本当に全て平らげると――恥ずかしげにしているレフィの頭に、ポンと手を置き。
「――レフィ、美味しかったぞ。ありがとな」
そう言って、彼女の頭をくしゃりと撫で――屈託無く、笑った。
彼のその表情に、トクン、と胸が温かくなる。
自分は今、どんな顔を浮かべていることだろう。きっと、イルーナ達には見せられないような表情を浮かべているに違いない。
「……戯け。子供扱いするでないわ」
そう、口で言いながらもレフィは、頭に置かれた彼の手を払おうとはせず。
ただ、コツンと、彼の胸へと頭を預けた――。




