駄龍
「―――で?何か言いたいことは?」
玉座に頬杖を突き、座っているのは――俺。その膝の上にはシィが乗っている。
「ち、違うんじゃ。こ、これは致し方のない理由によるもので、儂は何も悪くない!」
そして、俺達の正面に正座させられ、必死な様子で抗弁している少女が――覇龍、レフィシオス。
「ほう、どう違うんだ?言ってみろ」
「…………」
途端に押し黙るレフィ。
このドラゴン少女、さっきから俺とは頑なに視線を合わせようとはせず、ずっと顔を逸らし続けている。
「……ハァァ……」
大きくため息を吐き出すと、同時にビグッとレフィの肩が揺れる。その姿からは、もはや威厳もへったくれもあったもんじゃない。
「おら、黙ってないでなんか言ってみろよ。事情によっては斟酌してやらないこともないぞ」
まあ、そんな事情はまず間違いなくないのだが。
「その……あれじゃ」
「おう」
「……あ、あまりにも美味しかったから、全部食べました……」
はい、想像通りの結果でしたね。知ってます。
「お前……仮にも長生きしてるんだろ。我慢ぐらいしろよ……たった一日だぞ……」
「だ、だって……美味しかったんじゃもん……」
「じゃもん、じゃねーよこの駄龍がッ!」
「なっ……!?わ、儂に向かって駄龍と言うたな!?」
「長生きしてるくせに、ガキみてぇに我慢も出来ねーヤツが、よく恥ずかしげもなく覇龍なんて名乗れたもんだな!」
「ぐっ、言いたいこと言いよってからに……っ!――そうじゃ、その通りじゃ。儂は覇龍。自身の望むままに厄災を起こす者!思うままに生きて何が悪い!」
うわ、コイツ、開き直りやがった!
「フッ、お主も諦めるのじゃな。人界では天災の一種として数えられる存在がこの儂じゃ!!お主のそれも、天の御心のままに起きたことであると心得よ!!」
「もう二度と菓子は出さねぇ」
「大変申し訳ありませんでした」
一瞬で掌を返し、深々と頭を下げる覇龍様であった。
* * *
何故、このような状況になったのかと言うと、話は今朝に遡る。
「それじゃあ、レフィ。留守番頼むぞ。シィもな。レフィと一緒に待っててくれ」
「…………わかったのじゃ」
「腹が減ったら置いてあるもんは食ってもいいけど、あんまり食い過ぎるなよ」
「…………うむ」
玉座の間の床に寝っ転がり、一昔前に流行った小型携帯式ゲーム『タメィゴッチ』で遊びながら、空返事を返すレフィ。
その近くでは、スライムのシィが「わかった!」とでも言いたげにぷよんぷよん跳ねている。
ドラゴン少女が夢中になっているアレは、節操の無いDPカタログにある、ゲーム類の中でもサイズが小さいためか安かったので(と言っても、他のものよりは一つケタが違うのだが)出してみたのだが、これに俺ではなくレフィがドハマりしてしまった。
やはり、物珍しさ故だろう。
レフィから話を聞いた限りだと、この世界はまだそこまで文明が発達してはいないらしく、こういうものも初めて見たとのことだ。
まあ、そんなゲーム機が作られる程この世界の文明が発達していたら、それはそれで正直なところ、興醒めだったろうがな。
「魔王がこんな物を出せるとは知らなんだ……」とひどく感心した様子だったが、レフィさん、それが出せるのは多分俺だけです。
ちなみにレフィとシィだが、二人(?)とも仲良くやっている。
やはり女という生き物は、種族が違えど小さいものは可愛いという感性を持っているのか、「ふふ……ほら、シィよ。お主は最強のスライムになるんじゃぞ」とかなんとか言って、よく可愛がっている。
まあ、シィは可愛いからな。当たり前か。
シィの方は最初、レフィのことを怖がっていたが、俺が普通に接しているのを見て警戒する相手ではないと判断したらしく、レフィにもじゃれつき始めた。
そのあまりの可愛さに、ドラゴン少女の頬はだらしなく下がりっぱなしである。
なんかもう、今ではコイツからは何の恐ろしさも感じなくなってきている。
今もこうして床に寝っ転がり、真剣な表情でタメィゴッチの画面に噛り付くその姿は、中身が千年以上生きた太古のドラゴンには全く見えない。
どう見ても外見相応のただの子供である。
俺は、そんな彼女の姿に苦笑を溢しつつ、「それじゃあ、行ってくる」と声を掛け、玉座の間を出て行った。
何をしに外へ出て行ったのかと言うと、金策ならぬ、DP策のためである。
DP収入の大半は侵入者頼りなのだが、ウチのダンジョンにはその肝心の侵入者がほとんど現れない。この前の俺が瞬殺した犬っころぐらいだ。
この近辺は、レフィが縄張りにしていたためにほとんど野生生物が近付かないそうで、強さに敏感である魔物も滅多におらず、加えて人界じゃここらは秘境の一つとして数えられているらしく、まだ一度も人間や亜人の侵入者を見ていない。
だったらいっそ、そんな環境にいるのであれば、逆にダンジョン領域を外へと広げていけばいいのではないか、と考えたのだ。
マップを埋めて、そこを勝手にダンジョン領域にしてしまえば、そこに棲息する生物からDPが得られるのではないかと。
そのための元手は、ウチでごろごろしているレフィのおかげで潤沢にあるしな。
普通DPはダンジョンの強化――階層を増やしたり侵入者をぶっ殺すためのモンスターや罠を張るのに使うものであるようだが、うちのダンジョンにはセ〇ムも真っ青な防犯機能を持つごく潰し龍がいる。
むしろ侵入して来た敵の方が可哀想なぐらいだから、そっちは大丈夫だろう。
まあ、いつまでも洞穴に玉座の間が直結している状態なのは嫌なので、DPが溜まって気が向いたらちゃんとダンジョンっぽいものは作ろうと思う。
なんかダンジョンの機能で、ダンジョン内にいても空とか夜景とかが見られるように出来るみたいだし、広さもDPをかければかけるだけ広く出来るみたいだから、それが溜まったらダンジョン内にでっかい城とか建ててしまおうか。
ゲームに出てくる悪魔城とか魔王城みたいな禍々しいヤツがいい。
某鬼畜難易度げーのダークなんちゃらシリーズに出てくる、ア〇ール・ロンドみたいなの。いや、あんなに広さはいらないけど。
――洞穴を抜けた先にあるのは、どこまでも広がる、終わりの見えない常夜の世界。
見えるはずのない月が照らすは、中央に佇む巨大な黒の城。
その窓からは明かりが漏れ、暗闇を照らし、どこか不気味ながらも荘厳な印象を受ける。
ヤベ、ちょっといいかもしれない。男心がくすぐられる。
結構漠然と過ごして来てしまったけれど、これからはそれを目標に頑張ることにしよう。
そんな訳で、とりあえず今日は戦闘を避ける方向で『隠密』『索敵』の二つのスキルと、『マップ』を併用してこそこそと森林を進む。
そう、スキルなのだが、これには二種類の取得方法があることがわかった。
一つは、関連する動作、例えば体術スキルであれば殴る蹴るを行ったりして習得するというもの。
そしてもう一つが、スキルスクロールというものだ。
これは巻物の形をしており、内部に書かれている何かの図形のようなものを脳内に写し取り、その状態のまま魔力を巻物に流していくことで、スキルが取得出来る。
非常にお手軽だ。一度使用したスキルスクロールは二度と使えないが、しかしそれでも新たなスキルを覚える手段としては、破格の方法ではなかろうか。
このスキルスクロールは節操無しのDPカタログに一覧があり交換可能であったため、さっき上げた二つはこれから生きていくのに確実に必要だろうと考え、取得しておいた訳だ。
隠密はともかく、索敵なんか自力でどうやって習得すればいいかわからないしな。
ちなみに今のステータスは、こんな感じだ。
名:ユキ
種族:アークデーモン
クラス:魔王
レベル:16
HP:2350/2350
MP:6960/6960
筋力:681
耐久:710
敏捷:586
魔力:960
器用:1290
幸運:70
スキルポイント:0
固有スキル:魔力眼、言語翻訳
スキル:アイテムボックス、分析lvⅥ、体術lvⅢ、原初魔法lvⅡ、隠密lvⅢ、索敵lvⅢ
称号:異世界の魔王
DP:10220
微妙にレベルが上がっているが、これはモンスターを倒した訳ではなく、筋トレしていて気付いたらそうなっていた。
溜まっていたスキルポイントに関しては、分析に全振りした。これで大分見られる相手のステータス情報の量も増えてきた。
隠密と索敵のスキルは取ったばかりだが、習得してから暇があれば発動し続けていたためか、今のスキルレベルになっている。
レフィには全く効果がなかったが、時々俺を見失ってあちこち探そうとするシィが、もうヤバいくらい可愛かった。
それで見つけるとポヨンポヨン嬉しそうに跳ねる訳よ。思わずわざと逃げ隠れしちまったね。
スキルは発動しているとMPを消費していくため、あまり長時間は発動していられないそうだが、そこは魔族――というより、魔王の潤沢なMPのおかげで、こんな低レベルであるにもかかわらず、一時間でも二時間でもぶっ続けで発動していられる。
レフィ曰く、魔族もそんなべらぼうにMPある訳じゃないらしいしな。
これはどちらかというと、魔王の身体のおかげなのだろう。
「――っと、アイツはちょっとヤバいか……?」
見ると、少し遠くに虎とサイを混ぜたような外見のデカブツが、狩りを終えた後なのか何かの生物を食っている。
アイツは、これ以上近付いたらバレてしまいそうだな。ムダに戦うことになるのも面倒だ。
そう判断を下した俺は、そそくさとその場から逃げ出した。
――もう結構すでに歩いたのだが、この辺りまで来るとレフィの縄張りから外れてきているのか、さっきのヤツみたいにちらほらと魔物や野生生物が見え始めている。
ここら一帯をダンジョン領域に組み込めたら、DP収入の大幅プラスが見込めそうだ。
「よし、ダンジョン拡張成功。――っと、もうDPがねぇな」
ここから先は、マップを埋めていく作業に専念することにしよう。
* * *
とまあ、そうして1日外で過ごし、日もすっかり落ちたのでダンジョンに帰宅し、すきっ腹を満足させるためいざ夕餉をと、先日溜まったDPで拡張した部屋、『キッチンルーム(2000DP)』に赴いてみれば。
空っぽの、冷蔵庫。
食糧類は、例えば肉であれば部位の単体を出すより、肉詰め合わせでまとめて出した方がお得であるため、ボンと一週間分の量をまとめて出しておいたのだが、それが全部無くなっていた。
……考えられる可能性は、数少ない。
「…………レフィイッッ!!」
――そうして、冒頭に戻る訳である。
ったく……食い意地張りやがって。いや、食い意地張ってるからって一日で食い尽すことが出来るような量ではなかったはずなのだが、そこは元があの巨体ということか。
よく食うなコイツは、と飯時にはいっつも思っていたのだが、あれでもまだ満腹じゃなかったのか。
もしかして、普段はちょっと遠慮してたのか?
……いや、騙されるな。今回のこれはただの暴食の結果だ。同情の余地はない。DPがレフィのおかげでかなり潤沢になっていることも確かだが、そこは寝床と食糧を提供していることでチャラだろう。
「……ハァ、今日の晩飯は抜きか」
DPはダンジョン領域拡張のため、今はもうからっけつだ。こんなことならキッチンじゃなくて俺のアイテムボックスにしまっときゃよかったか。
明日になれば、また随時DPが入って来ると思うが……とりあえず今日の俺の晩飯は無しだな、こりゃ。今からまた外に出て何か山菜とかを取りに行くにしても、もう夜遅い。
そう俺が呟くと、流石に悪いと思ったのか、レフィが慌て気味に言う。
「ま、待て!!わかった、そのぽいんとやらがあればいいんじゃろう!?」
「……まあ、そうだ」
「ちょ、ちょっと待っておれ!三十分程で戻る!」
「あ、おい!」
そう言ってレフィは、俺が制止する間もなく玉座の間を出て行った。
* * *
三十分後。
洞窟入口には、アホ程大量な、魔物やら動物やらの死体が積み重なっていた。
「やり過ぎだアホッ!!」
「フゲッ―――」
パシンと頭をはたくと、そんなマヌケな声を漏らすドラゴン少女。
「くぅ……この何百年で儂の頭を引っぱたいた者なぞ、お主が初めてじゃぞ……」
ちょっと恨めしそうに俺を見るレフィ。
「そうかい、そりゃ光栄なこったな」
「だ、大体、何故儂が叩かれなきゃならんのじゃ!ぽいんととやらはいっぱいあった方がいいんじゃろ!?全部ちゃんとここまで連れて来てシメたのじゃぞ!?」
シメたって、家畜かよ。
「そりゃそうだが、お前、限度っつーもんがあるわ。見ろ、この血の池。土の色が完全に真っ赤っ赤に染まっちまってるじゃねーか。それにこの大量の死体、どうすんだよ。処理に困る……って、そういや死体でもDPに変換出来るんだったか」
この前の犬もそれで処理したんだった。
「それなら何故儂叩かれたんじゃ!?」
「ノリで」
「存外にふざけたヤツじゃなお主!?」
愕然とした様子でそうツッコむ覇龍。
「悪かった悪かった。ほら、撫でてやるから。痛いの痛いのー、飛んでけー!」
「わっ、エヘヘー……ってアホか!!」
パシッと俺の手を払うレフィ。
うん、俺も自分でそう思った。
とりあえず、ダンジョンの機能で大量の死体をDPへと変換する。
死体の山は見る見るうちに溶けるようにして消えてゆき、最後には血の赤色すら消えて、何の痕跡すら残さずただの岩肌と土の茶色だけが見えていた。
「……なかなかに不思議な光景じゃの」
「俺もそう思う。――まあ、俺の晩飯も確保出来たことだし、今日のことはチャラにしてやろう。あと一つ言っておくが、元の身体の大きさがあれだし、あんだけの量も食えるのかもしれないけど、俺だってそんな無限に食糧出せる訳じゃないんだからな。限度を知ってくれ」
「ぐっ……相分かった。飯を食いたければ自分でぽいんとを稼げということじゃな」
「あー……あんまりやり過ぎるなよ、マジで」
コイツが言うと、せっかくダンジョン広げているのに、近辺の生物が根絶やしになりそうだからな。それは勘弁だ。
「う、うむ。今後はなるだけ我慢する」
「是非そうしてくれ。――さ、もう戻るぞ。俺の晩飯ついでに、ちょっとなら菓子も出してやる」
「クッキー!クッキーがいい!」
そう話しながら俺とレフィは、ダンジョンの中へと戻って行ったのだった。




