残念王子と近衛隊長、それと暴走するメイドとショタ王子。
近衛隊長アリエル・メリルローズ24歳は悩んでいた。
「あ、兄貴。お疲れ様です」
「押忍。兄貴。お疲れ様です」
「兄ぃ! 今日も凜々しいっスね!」
近衛隊の面々がアリエルを見て挨拶をする。
だが、兄貴という呼称はおかしい。
アリエルは生まれてこのかた男になった覚えはない。
ましてや兄貴と呼ばれる覚えはない。
そもそもアリエルは兵士としての剣技以外は普通の女性である。
オシャレだってするし、恋愛にだってしたい。
少なくとも自分ではそう思っている。
だけど……
「おっはよー! ア・リ・エ・ル♪」
元気に挨拶する男の声が聞こえた。
ただし半裸で女性もののパンツを頭から被っている。
パンツ男はラテンのリズムで尻を振っていた。
「へいへいへーい! マイハニー♪ さわやかな朝だねえ♪」
今さわやかじゃなくなった。
アリエルはさわやかな朝を汚された気分になった。
そんなアリエルの心中を無視するかのようにパンツ男は無駄に上機嫌だ。
空気など一切読まずに腰を振り続けている。
それを見たアリエルは深く深く嘆息すると、問答無用でくるりとその場で回転し、裏拳を男の顔面に叩き込んだ。
「へぶわッ!」
殴られた男は三回転して壁にぶつかるが、すぐさま起き上がって抗議した。
「殺す気か!!!」
「いえ。その動きが無性にかんに障ったもので」
「王子だよ! 俺は殿下なのよ! しかも君の幼なじみなのだよ!!! もうちょっとやさしくしたまえ!!!」
そう。
パンツ男はこの国の第一王子、カイルだった。
しかもアリエルの幼なじみという全方面に逃げ場のない状況だったのだ。
「パンツを被って現れるヤツは王子と認めません! まったく子どもの頃からバカばっかり……って、え?」
アリエルはもう一度、カイルが被ったパンツをまじまじと見る。
見覚えのあるパンツだ。
軍人でオシャレできないからせめて下着だけはと思って買ったパンツだ。
高かった。
「っちょ! おま! それ私のじゃないですか!!! うん……死ね♪」
そう言うとアリエルはカイルの顔を握りつぶしにかかった。
相手は王子なのに。
それはそれは見事なアイアンクローであった。
カイルの顔が上等な白パンのように潰れていく。
むしろ大福のようにのびていく。
「ぬおおおおおお! ちょっ! 潰れ! ま、待てアリエル!」
「なんですか? 命乞いだったら聞きません!」
「違う!」
カイルの声は真剣そのものだった。
「俺が盗むのはお前のパンツだけだ。もうやだなあ、浮気なんてするはずナ・イ・ダ・ロ♪ マイハニー♪ このヤ・キ・モ・チ・ヤ・キさん♪」
ビキッとこめかみに血管が浮き出たアリエルはパンチの連打をカイルに浴びせる。
人間がパンチだけで浮いていく。
そしてパンチを撃つのに疲れたアリエルは片手でカイルを壁目がけて投げつけた。
カイルは火の付いた火薬樽のような破壊音とともに壁にめり込み、死にかけの虫のように足をピクピクと痙攣させていた。
「やった!! さすが兄貴! おれたちにで(略)」
「そこにシビレルあごが(略)」
アリエルの暴挙を見ていた近衛隊の団員が歓声を上げた。
この国の王子への暴行を止める気はさらさらないらしい。
むしろよくやったと言わんばかりだった。
それもそのはず、常日頃からカイル王子による奇行の後始末をするのは近衛隊の仕事だった。
彼らも頭を悩ませていたのだ。
できるならわからないように始末したいとさえ思っていたのだ。
だからカイルに制裁を下すアリエルを兄貴と呼んで崇めていたのである。
こうしてアリエルは今日も近衛隊に崇拝されるのだった。
◇
「ジョナ。なぜ我が輩のクローゼットに女物のドレスが入っているのだ?」
第二王子のメルビンが首をかしげた。
女性と見間違えてしまうほどの中性的な顔立ち。
その眉が情けなく垂れ下がっていた。
メルビンは女顔を人に晒すのが嫌いだった。
だからメルビンは王族でありながら着替えは自分で行う派だった。
「もちろんかわいいからです!!! 特にこのフリルが!!!」
第二王子付きのメイドであるジョナは握った拳を突き出しながらとてもいい顔で言った。
「普通の服を持ってこい!!!」
メルビンは『ふざけるな』と言わんばかりにメイドへドレスを投げつける。
「ヒドイ! 夜なべして作ったのに!!!」
「馬鹿者! 我が輩のような醜男にドレスを着せるのに無駄な手間をかけるな!!」
メルビンの容姿は、この世界の美醜の基準ではたいへんな醜男なのである。
だから着替えは自分で行うし、なるべく人にも合わないようにしているし、メイドもジョナだけにしている。
ジョナの暴挙もミスマッチを笑うことで自分を元気づけようとしているのだとさえ思っていた。
だがジョナは目を輝かせて断言した。
「醜男なんて!!! 殿下は自分の価値をご存じでない! 美少年じゅるり♪」
このメイド何を言っている?
メルビンは絶句した。
美少年。
それはオークやゴブリンへ言うべき台詞だ。
ああそうだ。
ジョナの美的感覚は狂っているのだったな。
メルビンは思い出した。
「我が輩が悪かった」
「な、なんですか、その可哀想な生き物を見る目は! いやこの世界の美的感覚の方が狂っているんですって!!!」
狂人とまともに話をしても仕方がない。
話を変えよう。
メルビンは思った。
「……最近は転生者とやらが暴れ回ってるようだのう?」
「はい。あのくそったれのアメリカ人が好き放題……ここはハリウッド映画じゃねえっての!!!」
ジョナは悔しそうに歯ぎしりをしていた。
「あめりか? はりうっど? それはなんだ?」
はて?
アメリカとはなんだろう?
ハリウッドとはなんだろう?
メルビンはその不思議な単語の意味を尋ねた。
「い、いえ……ナンデモナイデスヨー」
ジョナはメルビンの問いを煙に巻く。
聞かれたら困ることのようで、ダラダラと額から冷や汗をながしている。
「と、とにかく関係ナイデスヨー!!!」
そう言うとジョナは逃げ出すように部屋をあとにした。
「なんなのだ?」
何かメイドの様子が変だ。
いつもどこかおかしいのだが、今日ほどあやしいことはなかった。
メルビンはそこにメイドの秘密があるような気がした。
「ふむ。アメリカとやらを探ってくればいいのだな! ぬわーはっはっは!!!」
メルビンはにやりと笑った。
いや胸を張って勝ち誇っていた。
いつもお姉さん風を吹かす生意気なメイドの弱みを握る事ができる。
……かもしれないのだ。
だがメルビンは忘れていた。
クローゼットに女性モノのかわいいドレスしかないという差し迫った問題を。
◇
近衛隊長のアリエルは「見てはならないものを見てしまった」と思った。
それはカイルが身なりの良い少女と楽しそうに談笑している姿だった。
カイルは王宮に出入りする若い女性たちにはゴキブリのように嫌われている。
変態だからだ。
だが、彼はアリエルの前で結婚適齢期の少女と談笑しているのだ。
少女は今の流行ではないが、美少女と言っても過言ではない令嬢だった。
その姿は王子であるカイルと釣り合っているように見えた。
なぜか急に恥ずかしくなったアリエルはとっさに壁に隠れ聞き耳を立てた。
逃げ出さなかったのは近衛として職業意識からに違いない。
と、アリエルはムリヤリ納得した。
「カイル! アメリカというのを知らぬか?」
「っぷ! なにその格好!!!」
楽しそうなカイルの笑い声。
それはアリエルへ笑いかけるものと同じだった。
「しかたないのだ! メイドが服を……」
「ぷぷぷぷぷ! 相変わらず君は面白いなあ!」
どうやら二人は親しい仲のようだ。
アリエルはそんな女性がカイルにいたのかと驚いた。
なぜかアリエルの胸がチクリと痛む。
「笑い事じゃないのだ!!!」
「ああ。わかったわかった。着替えて来たまえ。アメリカだな、こちらで調べておこう」
どうやら少女には兄のような態度で目をかけているらしい。
それを感じ取った瞬間、きゅうっとアリエルの胸が締め付けられた。
おやおかしい。
なんで胸が痛くなるのだろう?
胃痛だろうか?
アリエルは首をかしげた。
アリエルは変態王子にかかりっきりで、24歳にもなってその感情の名前を知らなかったのだ。
◇
家に帰ったアリエル。
なぜか胃の調子は悪いままだった。
とうぜん気分も落ち込んでくる。
健康だけが取り柄なのに。
アリエルはため息をついた。
そんなアリエルに向かって走ってくるものがあった。
太った中年男性。
アリエルの父であるミリガン・メリルローズ侯爵である。
「アリエル! 喜べ! 縁談が決まったぞ!!!」
「え?」
アリエルは驚きのあまり間の抜けた声を出した。
まさか女だてらに近衛隊長などをやっている自分に縁談が舞い込んでくるとは思っていなかったからだ。
「なに変な声を出しておる。お前の縁談が決まったのだ!」
「あ、あの父上?」
「ん? どうした」
「お相手は? その……適齢期を過ぎた私をもらってくれる奇特な方はどなたでしょう?」
この世界の結婚適齢期は17~20歳前後である。
アリエルはそれを少し過ぎていた。
「ふふふ内緒だ!」
いや本人を蚊帳の外にするのはさすがにねえだろ。
アリエルはツッコミが間に合わない。
「とにかく! 正式発表まで楽しみにしておくのだ!」
そう言い放って侯爵は忙しそうに執務室に戻ってしまった。
アリエルに新たな悩みが増えた瞬間だった。
次の日。
一晩中悩み考えた末、アリエルはある結論を出した。
カイル王子はモテない。
私がいなければ女性の知り合いはほとんどいないだろう。
そうだ!
あの少女とカイルの仲を取り持とう。
そうでなければ一生結婚できないかもしれない。
そうだ!
私が結婚する前にどうにかするべきだ!!!
寝不足と悩みで疲れたアリエルの暴走が始まった。
◇
「あらアリエルさん。どうなされたので?」
まずはアリエルは、第二王子付きメイドのジョナに相談することにした。
王城の中での情報通と言えばジョナなのだ。
普段のジョナは賢く、お姉さんキャラである。
恋愛についても詳しいに違いない。
と、アリエルはイメージ先行で考えた。
もちろん彼女は一番相談してはいけない人物だった。
「いえ……あのジョナ伯爵令嬢。あの……その……カイルじゃなくて、殿下と親しい女性の噂を聞いたことがありませんか?」
「カイル殿下と親しい? アリエル様以外で、ですか? はっきり言って皆無です。カイル殿下は社交界では害虫のように嫌われてますわ」
「いえ。つい昨日、殿下が女性と親しげに話しているのを見たもので……」
ジョナの目が光った。
(嫉妬! そう嫉妬なのね!!! やべえ! メロドラマみたいじゃねえか! 超楽しい!!!)
客観的な視点では、アリエルはカイルと交際しているようにしか見えなかった。
ジョナも当然そう思っていたのだ。
だからアリエルのこの発現はライバルを探って欲しいと言われたようにしか思えなかったのだ。
「あら、それはたいへん! どんなご婦人でした?(どこの女だよ! アリエル隊長に喧嘩売ったそのチャレンジャーはよー! ぐへへ!)」
「いえ、金髪で線の細い少女で……」
「あらあら(ヒャッハー!!! ロリッ娘キター!!!)」
「かわいいフリルのドレスを……」
「え?!」
そこでジョナは思い出した。
第二王子であるメルビンに渡したドレスのことを。
もしかしてカイルと親しげに話していたのはメルビンではないだろうか?
まずいことをした。
その自覚が芽生えた瞬間、ジョナは全力で隠蔽することにした。
「あはははは……大丈夫です! そうアリエル様は負けていません!(だって相手は男の娘だもん)」
「負け? え? でも親しげに話をしていましたよ」
その言葉を聞いてジョナが固まる。
「男の娘として覚醒してしまった……だと……」
「え? おとこの……」
「いえなんでもないです! 私が探っておきます! ね?!」
そう言ってジョナは早く出て行けとばかりにアリエルの背を押す。
「そ、そうですか。ではよろしくお願いします」
アリエルを部屋から追い出すとジョナはため息をついた。
まずいことになった。
軽いジョークのつもりがメルビンのスイッチを押してしまったのだ。
「ククククク……とうとう来たか……このときが……」
末期の中二病患者のごとく、突然ジョナが笑った。
追い詰められていたはずなのにである。
「我が力を見せてくれる!!!」
なろう民の皆様はお分かりであろう。
ジョナは転生者だったのだ。
◇
「では父上。例の件をお願いします」
カイルが国王と話していた。
真面目そのもののキリッとした顔で。
実はカイルは真面目な顔もできるのである。
「うむ。アリエルは明日辺りにでも正式に召喚しよう。内々で呼ぶのは夕方辺りでいいかの?」
「ええ。夕方なら近衛隊の仕事も終わっているでしょう。たしか今月は夜勤もありませんし」
「うむ……それにしても……こんなんでいいのか?」
「っちょ! 父上! それが実の親の言うことですか!」
「だってすぐ脱ぐだろ、叩かれて喜ぶド変態だろ、それにストーカー……」
「うわああああん! 父上ええええー!」
カイルが国王にわざとらしく泣きつく。
ところが国王はカイルの小芝居を華麗にスルーすると別の話題を切り出した。
「ところでだ。メルビン付きのメイドの身元はわかったかのう?」
カイルはすぐに切り替え仕事モードにスイッチを切り替える。
「ええ。転生者に間違いないようです。それもとびきり強力な……間者の報告によると、伯爵領では『おねショタ』なる本が流行しているようです。なんでも年上の女性と年下の少年の恋愛ものだとか」
「ふむ。数年前にエルガルド男爵領で起こったバイオレンス・アクションの流行とやらよりはずいぶん穏便なようじゃな」
「あれは今考えても悪夢ですね」
この世界では数年前から転生者と呼ばれる存在が問題になっていた。
彼らは異世界から文化を持ち込み、チートと呼ばれる特殊能力で勝手気ままに生活をするのだ。
人の迷惑などお構いなくである。
特に数年前に起こったアメリカ人と呼ばれる種族によるバイオレンス・アクション持ち込み事件では多数の怪我人が出たという。
「まさかメルビンのメイドが転生者とは……」
「で、どうされます?」
「ふむ。転生者を穏便に管理できればいいのだが……」
ため息をついてから国王がカイルを見ると、彼は最高に邪悪な顔で微笑んでいた。
「なにか思いついたのか!」
「ええもちろんです! 最高に穏便で誰も傷つかない方法を考えつきましたとも!!! メルビンに押しつければいいのです」
「相変わらず酷いのう……」
このとき彼らは知らなかったのだ。
彼らがいろいろと内密にして意思決定をしているその裏でメイドが暴走をはじめたことを……
◇
カイルは鼻歌を歌いながら上機嫌でアリエルの部屋を目指していた。
いつものように揶揄いに行くためだ。
こうやって揶揄うのもあと何回もできないだろう。
だから今のうちに楽しむのだ。
それにはっきりと言っておかなければならないことがあったのだ。
アリエルの部屋の前に付くとカイルは上着とシャツを脱ぐ。
そして半裸になると、あらかじめ用意した腰ミノと槍を着用する。
「よし!」
「なにが『よし!』ですか?」
カイルがちょうど探していたメイドの声がした。
それと同時にカイルの首に刃物が突きつけられる。
それは白く輝くナイフだった。
「じょ、ジョナ! 話し合おう!」
そんなカイルの話など暴走したジョナは聞き入れない。
「ふふふ。貴方にはアリエルと幸せになってもらわないと困るんですよ」
「今、アリエルに結婚の申し込みに来たのだが……」
「騙そうとしてもダメです! 貴方が私のメルビン様と恋仲である事は明白」
「君はなにを言ってるのかな?!」
わけがわからない。
カイルは困惑した。
「なにを言ってますか! 覚醒した男の娘が実の兄との禁断の恋に走ろうとする……じゅるり。じゃなくて、けしからん!!!」
「マジで君がなに言ってるかわからないよ!!!」
「とにかく一緒に来てもらいます!!!」
こうして第一王子カイルはメイドに拉致されたのである。
◇
「君はー、完全にー、包囲されているー。 大人しくー、出てきなさーい」
アリエルが拡声器で呼びかける。
どうしてこうなった。
ジョナは頭を抱えた。
カイルとアリエルを本人の意思をは関係なくくっつけてしまうつもりだった。
それだけなのに……
「えー。時計台に立てこもった犯人は『メルビン殿下を着せ替え人形にして許されるのは私だけだ!』と意味不明なことを叫んでおります……」
メルビンはアリエルの報告を聞いて机に突っ伏してため息をついた。
第一王子を拉致することなどできるはずがない。
ジョナの目論見は一瞬で瓦解したのだ。
「で、メルビン殿下いかが致しましょう?」
「……しかたない。我が輩のメイドだ。我が輩が説得してくる」
メルビンとアリエルが事態の決着をつけに行くことになった。
時計台の中はガランと静まりかえっていた。
「人の気配がしないのう」
「そうですねえ」
そう言った二人が時計台の鐘を見るとそこでうごめくものが見えた。
「うおおおおお! 吊されるとは! 王子の扱いが酷すぎる!!!」
「で、殿下!!!」
「おお! アリエル!!! た、助けてくれ!!!」
なぜか腰ミノ姿のカイルが鐘に吊されていたのだ。
アリエルたちが変態王子を下ろそうと鐘に近くづくとメイドが姿を現した。
「ふっふっふ。アリエル隊長もいましたか……」
メイドはなぜかジャングル仕様の迷彩服姿であった。
「えっと……街の中でそれは逆に目立つんじゃ……」
「じゃかしゃー!!! とにかく貴方の愛する王子は私の手の中です!!!」
アリエルは小首をかしげた。
はて?
愛する?
誰が? 誰を?
「あんたもそこからかー!!! どう見てもお前らつきあってだろが!!! この脳筋が!!!」
メイドがツッコミを入れた。
「そうだそうだ! 攻略が難しそうだから必死になって周りから固めてるんだー!!!」
これにはカイルまでが同意した。
決して人質に取られたからではない。
「あー。我が輩、帰っていいか?」
「しょんなー! メルビン様ぁー!!!」
メルビンはやる気をなくした。
メイドが情けない声を出す。
そんな声を無視して踵を返すメルビンだったが、ふとなにかを思い出して言った。
「あ、そうそう。お前の好きなこの本。今から燃やすから」
件のおねショタ本を懐から出したメルビンはこめかみに血管が浮き出た笑顔でそう言った。
「やーめーてー!!!」
メイドがメルビンから本を取り出そうとかけ出す。
それを見たメルビンは無情にも本を階段から下に投げ捨てる。
「ふーじ○ちゃーん!!!」
メイドは迷わず下にダイブ。
「ぎゃああああああああああああああああッ!」
バカの悲鳴が響き渡った。
◇
容疑者Jはかく語りき。
「し、しかたなかったんじゃああああッ! アメリカ人が!!! アメリカ人どもがハリウッドの美的感覚を持ち込んだのが悪いじゃああああッ! 男は筋肉ダルマ、女は元の顔がわからないほど化粧塗ったくったクチビルお化け、そんなの嫌なんじゃあああああ!!! 美少年がよかったんじゃああああッ! かわいいものが好きなんじゃあああ……うわあああああん!!!」
もはや意味不明だが、辛抱強くメルビンが尋問すると全てが勘違いの産物だと言うことがわかった。
「あー。つまりメルビン殿下を盗られると思ったと……」
「ばい……ぐじゅぐじゅ……ずるずる……」
どうしよう。
アリエルは思った。
なんだかいろいろと面倒だ。
すっごく面倒くさい。
「えー……カイル殿下……もみ消せませんか?」
「面倒だから手を回しておく……手伝ってくれるよなメルビン?」
「え? 我が輩も?」
「お前のメイドだろが!」
「えー!!!」
不満そうに声を発したメルビンだが、次の瞬間なにかを思いついたのか口角を上げる。
「ジョナ」
「ぐしゅ。はい。……メルビン様? なにそのお顔……」
「お前今から我が輩の子分な」
完全に力関係が決まった。
それが『おねショタ』が『ショタおね』にかわった瞬間だったという。
◇
なにがあった?
アリエルはまだ自分に起こったことが信じられずにいた。
メイドの事件を解決したアリエルは国王に呼び出された。
直々に言葉を賜るというのだ。
謁見の間に行くとアリエルの父までもがいたのだ。
「アリエルや……事件解決ご苦労だった」
「は! ありがたき幸せ」
「アリエルには申し訳ないが、ワシも今回の件は面倒なので揉み消そうと思う。抜き打ちの訓練ということでいいな?」
「はっ!」
最悪の場合でもバカ王子のせいにしてしまえば全て丸く収まるだろう。
被害者の評判が悪くてよかった。
アリエルは思った。
「それでな……本題なのじゃが……カイルと結婚してくれないかのう?」
とんでもない方向から矢が飛んできた。
とアリエルは思った。
だが父と王子の方を見ると「してやったり」という顔をしていた。
その顔はすでに各方面に根回しは済んでいるという仕事をやり遂げた顔だった。
サムズアップまでしている。
「あ、あの……カイル王子の意思は……」
「アリエル!!!」
「ひゃい!」
「愛してる。結婚しよう」
いい顔で王子はそう言った。
アリエルの顔が真っ赤になっていった。
こうしてみんな幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
「しょんなー!!! メルビン様ぁー!!!」
「うるさい!」
一人をのぞいて。
「ぎゅふふ。これはこれで……」
いや、その一人もわりと幸せだった。