ドキュメント・転生トラックドライバー
NHKのドキュメント番組を見ながら転生トラックの記事を読んでいたら、電波を受信してしまいました。カッとなって描いた。今は反省している。
それはそれとして、テイストとしては『プロフィッショナル 仕事の流儀』調になるよう頑張ってみました。
転生トラック。この単語に聞き覚えはないだろうか? 知っている人はまず置いておいて、知らない方に説明するところから話を始めよう。
まずここでいう転生とは、仏教用語の輪廻転生とはいささか異なる意味を持っている。様々な生き物に輪廻し、その業からの解脱を至上とする本場とは違い、ここでは記憶や人格を保ったまま異なる生を生きる事を指している。
一度死んで生まれ変わり生前持っていた記憶、人格、または経験を保ったまま次なる人生を歩む。その舞台は様々。ファンタジー香る異世界であったり、過ぎ去った青春よもう一度とばかりに学園ものだったり、そもそも生まれ変わった先が人間ではなかったり。いずれにせよ転生した人物は大小の差はあれど波乱に満ちた第二の生が待っている。
その彼、あるいは彼女が前世の命を終わらせる原因に交通事故、取り分けトラックとの衝突というケースが多い。転生する原因になったトラック、すなわち転生トラックというわけだ。
だが、ここに転生する側は与り知らない真相がある。実は転生トラックとは、『対象を転生させるために存在するトラック』なのだ。
轢いた相手を転生させるために転生トラックはある。そしてそのトラックを運転するドライバーもまたそれ専門の職業に就いているプロドライバーなのだ。
今回はその転生トラックドライバーに密着することとしよう。
取材するドライバーは加藤祐司、42歳で転生トラックドライバーになって二十年のベテランだ。
加藤の朝は早い。夏でも日が昇らない時間帯の午前三時に事務所へ出勤してくる。
「あ、お早うございます。取材でしたね……あ、もう今から? 分かりました」
事務所に入り、同僚と挨拶しながらタイムカードにスタンプを打つ。始業は三時半から。それまでは休憩室で朝食として持ってきた弁当を食べる。
「妻の手作りです。朝は余り入らないから少なめ、野菜ジュースとかも飲んでます」
勤務時間が長いドライバーは体力が要る仕事、日々の健康管理も大切だ。食事が終わると事務所でミーティング、その後トラックのあるガレージで始業前の点検を始める。
加藤の操るトラックは10トン積みの大型トラック。外見は普通の日野製トラックだが、これには轢いた相手を転生させる仕組みがある。
「ここです。詳しくは機密事項ですが、ここの面を相手と接触させることで転生させます」
そう言ってトラック前面のバンパーを見せてくれた。バンパーには一見すると傷のように見えるが、細かい紋様が幾つも刻まれている。これが転生トラックの秘密の部分だろうか。
「転生した相手は生まれ変わる前に一度管理官と面接して、転生についてレクチャーを受けます。ケースによっては面接を受けた記憶は消されますが、最近は消さない場合が多いですね」
管理官とは、転生管理を一手に担う役職だ。転生する対象の前に神やら女神やらの姿で現れる場合があるあれが管理官である。
よく神様の手違いで死んだ、という話があるが当然ながら方便に過ぎない。頭を下げたり土下座したりするのもパフォーマンスだ。そうやって一種の流れを作って面接をスムーズに進め、スムーズに次の生に転生させるのが彼らの仕事である。
管理官の元には転生させる対象の情報が伝えられ、それをドライバーに伝え、何処で何時に轢いて欲しいと依頼するのだ。
話をドライバーに戻そう。始業前の点検が終わり、夜勤組が戻って来た午前三時五十分、加藤のトラックが事務所を出発した。取材陣は密着取材のため同乗させてもらった。
「今日は朝から依頼が入っています。人手不足でして、自分一人で県の半分は受け持たないと」
トラックのハンドルを握る加藤の表情は険しい。全国的にトラックドライバーの高齢化と人手不足が叫ばれているが、それは転生トラックでも例外ではない。
加藤の務めている事務所でも最盛期は百人以上いたドライバーは、高齢化などで引退者を多く出し、後継者不足もあって現在二十名程、事務所の担当区域でこの人数は間に合わず、隣の区域から助っ人を呼ぶことも多い。
加藤の険しい表情はそんな現状を憂いていた。
出発から一時間、最初の転生予定者のポイントに到着する。
「すぐに次がありますから減速せずにいきます」
そう言って加藤がハンドルを回し、県道の横断歩道を渡っている最中のジャージを着た男性にトラックを接触させた。
轢かれた男性はそのまま道路を転がって身体を『分解』される。トラックはそのまま止まらず一件目の転生はあっという間に終わった。
表向きの対象の扱いは行方不明、さらにトラックの荷台には認識を阻害させる装置が搭載されているので目撃者やカメラがあっても問題にならない。
転生トラックはその役割上、人間を轢くために前面が強化されている。外見からは分かりにくいがバンパーやフロントグリル、フロントガラスに使われている材質は装甲車並に頑丈だ。必然的にトラックの重量は重くなり、通常のトラックより運転が難しいとされている。しかし加藤のハンドルさばきは的確で、対象を一撃で綺麗に轢き飛ばした。
「相手を轢くにも技術がいるんですよ。慣れないと非装甲の部分をへこませてしまいます。後、対象を即死させずに苦しませたりもね」
――即死に出来なかった場合はどうするのですか?
「その場合は死んで『分解』されるまで待つか、タイヤで二度轢いてしまう事もあります。しかし、二度轢きは未熟なドライバーの証明ですね」
管理官からの要請で即死させない仕事内容はあるが、二度轢きはドライバーに敬遠されるとのことだった。
さらにこの後数件の転生案件を片付けていく加藤。管理官から連絡をいつでも受けられるよう携帯端末はダッシュボードに装着されて、耳にはワイヤレスのイヤホンを着けている。
複数の管理官から舞い込む案件要請を加藤は的確に捌いて、昼までに十人の対象を轢いたところで昼食の時間になった。
「忙しいのは朝と夜です。交通事故と一緒ですよ」
――対象ではない相手を轢こうとした場面もありましたが?
「ああ、あれはドライバーと管理官の連携で出来る一種のテクです。轢こうとする相手を庇いに出てくる対象を狙ったものです。武道とか修めている対象だと正面から轢こうとしても回避されますので」
――なるほど、身体能力の高い対象用の技ですね。
「他にもガチの引き籠もりを対象としたときに、対象の家にトラックごと突入する荒技もやりました」
――それは……事態の収拾が大変だったでしょう。
転生トラックドライバーという仕事の過酷さを加藤は話す。一度管理官から要請があればドライバーは何が何でも対象を轢かなくてはならない。それが彼らの義務であると同時に誇りでもあった。
加藤の昼食はコンビニで買ったお握りとサラダ、後はエナジードリンクと眠気覚まし用にガムも一緒に買っている。
「一日中シートに座っている仕事ですから、油断するとすぐに肥ってしまって。妻にはそのことを毎回言われるんです」
加藤は十年前に結婚した妻との間に二人の子供がいる。一家を支えるためにも転生トラックドライバーの仕事には熱が入るようだ。
と、ここで管理官から次の転生要請が入った。この一報を受け取った加藤の表情が曇る。何があったのか?
「……はい、分かりました13号車了解。現地に向います」
――何かありましたか?
「急病で欠員が出まして、そこの転生要請を受けるんです。普通だったら要請は後日に回せますが、今回は緊急です。対象が別の原因で死亡しそうなので、今日中に轢かないといけません」
――目的地は遠いのですか?
「都内です。高速を使わないと間に合いませんね」
目的地までは時間ギリギリ、加藤の顔に焦りが見えた。手早く昼食をかき込んで、トラックのアクセルを踏む。これまでよりエンジン音が大きく響いた。
高速道路に乗って、首都高へ。首都高を降りたときにはすでに日が沈んでいた。もう余り時間はない。
都内の国道を目的地付近へ走る。ここで加藤が慌てた。
「あ、もう屋上に上っている」
彼の視線は国道沿いにある高層ビルの上に向っている。取材陣がカメラを向けると、屋上に人影があった。柵を越えて屋上の縁に立っている女性らしき人物。彼女が転生目標のようだ。飛び降り自殺を図ろうとしているのが見て取れ、加藤が焦る訳を知った。
自殺をされるとまた別管轄の処理となり、ドライバーや管理官の業務からは離れてしまう。一度対象となった目標が自殺してしまい、轢けなかった苦い経験が加藤にはあった。
任された対象は必ず轢く。加藤のプロドライバーとしての誇りだ。
「くっ、こうなったら! 記者さん、すいませんけど荒っぽくいきます。何かに掴まってくれ!」
時間はないと判断した加藤はハンドルを切って目標がいるビルの直下に急いだ。途中で歩道に乗り上げ、車内は激しく揺れる。幸いにして歩道に通行人はいないが、相当に荒っぽい運転だ。
ビルの下まで後少しというところで対象がビルから飛び降りた。凄い勢いで対象の身体が落ちてくる。これは間に合わなかったか?
「まだだ!」
加藤は落下地点を見定めたようで、アクセルを緩める事なくハンドルを切る。直後、上から落ちてきた対象の身体がトラックの前面に衝突して弾き飛ばされた。
放物線を描かずかなりのスピードで対象の身体が吹き飛び、街路樹に激突して一瞬で『分解』される。かなりの衝撃だったようで、ぶつかった街路樹はそれなりの太さを持っていたにも関わらずへし折れてしまった。
対象を轢いた後も加藤はトラックを操り、素早くその場を立ち去る。成果は管理官に連絡をとって聞くのがドライバーとしての鉄則だ。
「……はい、被害は街路樹一本を駄目にしてしまいました。処理の方をよろしくお願いします。はい、何とか間に合いました。かなり勢い良く轢き飛ばしましたから対象のメンタル面で不安が残ります。フォローもお願いできるでしょうか? はい、はい、では」
通話を終えた加藤はこちらに満足げな顔を見せた。見事成功だ。
この後も三件の転生要請をこなし、事務所から帰宅したのは午後七時。妻と子供が迎える家に帰り、仕事上がりの食事を楽しむ。これが転生トラックドライバー加藤の一日だ。
加藤は語る。
「確かに大変な仕事ですけど、その人の人生の最期を締めくくって、次の生に繋げるための転生トラックに乗るのは誇りに思っています。これは自分の一生の仕事と思って、これからも目標を轢いていくでしょう」
相手を轢いて転生させるトラック。そのドライバーは仕事に情熱と誇りをもったプロフィッショナルであった。
転生トラックは今日も街を走る。対象を転生させるために、目標を轢くために。
次週のドキュメント・TENSEIは『転生管理官』にスポットを当てた。
転生トラックドライバーによって送られてくる転生者を一括で管理、次の生に転生させる管理官。様々な姿に扮し、色々なパフォーマンスを見せる彼らに密着取材する。
土下座すると頭を踏まれる、無茶な転生チートの要求、降りかかる転生者の無理難題に彼らはどう応えていくのか? 面接中に暴れる転生者、管理官の技量が問われる。
次週のドキュメント・TENSEIもこうご期待。
衝動的犯行なので、続きません。期待した方はスイマセン。