マイナーメタル22
遊森謡子様企画の春のファンタジー短編祭(武器っちょ企画)参加作品です。
●短編であること
●ジャンル『ファンタジー』
●テーマ『マニアックな武器 or 武器のマニアックな使い方』
詳細は遊森謡子様の活動報告をご参照ください。
http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/126804/blogkey/396763/
三月になったくせに一向に暖かくならない、そんな深夜に近い時間に聡美は家路を急いでいた。手には深夜営業の店で購入した雑貨と、同じく24時間スーパーで買ってきた食料品。
ついつい独り言を言いながら、聡美は人気のない道を歩いていた。
「まったくもう……。決算だっていうのに、休みを取らないでほしいよ」
有給消化とのたまって休んでしまった同僚のしわ寄せをばっちり受けて、会社から出られたのがこんな時間だ。ぼやきの一つ二つは許してほしいところだ。
最寄り駅からアパートまでそう遠くはないものの、途中に空き家があり心細い地点がある。普段なら携帯で誰かと話しているふりをしながら油断なく周囲に気を配るところだが、今日はあいにく荷物でふさがっていた。
できる限り足早にそこを通り過ぎようとして、聡美はぎくりと立ち止まった。
空き家の影に潜むように、誰かの気配を感じる。とっさに後ろを振り向くが、誰もいない。ゆらり、と影が動いた。
とっさの時って声は出ないものなんだな、とどこか暢気に考えながら聡美は近づいてくる影を凝視した。
黒い服を着た黒髪の、聡美よりも長身の――男。
なぜかマントのようなものを羽織っている。
足は地面に縫いとめられたように動けずにいる聡美の震えが、手から下げている荷物に伝わってかさりと音をたてた。
「美味そうなにおいがする」
密やかな声は意外に若い男のもののように感じられた。伏せ気味の顔が上がったと思ったら、目の覚めるようなイケメンだった。
「久しぶりに食事にありつけそうだ。女、じっとしていれば悪いようにはしない」
にじり寄るイケメンだが、言っていることがまともではない上に、状況も怪しさ満点では残念というほかない。
聡美は左手に荷物をまとめ、無意識に空けた右手は何か救いになるようなものを探そうとでもいうかのように、頼りなくさまよっている。
今や眼前まできたイケメンは、ゆっくりと聡美に手を伸ばした。
「い、やああああっ」
恐ろしくて目を閉じてしまった聡美は、無我夢中で手にしたものを振り回した。
がんっ、と何かがぶつかる音がして、苦しげに咳き込む声が続いた。
「ぐうっ、おのれ、こざかしい真似を……」
「変質者あああっ、誰かっ」
悲鳴をあげながらそれでも手にしたもので変質者なり犯罪者の残念イケメンを近寄らせないようにしていると、気がついた時には聡美一人で、声を聞きつけたのか少し離れた家の明かりがぽつぽつと灯りだしていた。
慌てて見回しても誰もいない。
「ゆ、め?」
半信半疑で手にしたものに目を移せば、それは深夜営業の店で買ったフライパンだった。
何かに激しく打ち付けたように、少し歪に変形していた。
結局おっとり刀でやってきた警官に黒尽くめの怪しい男が出没したこと、襲われそうになったことを告げて近くの交番で一応の事情聴取をされてやっとアパートに帰り着くことができた頃には日付はとっくに変わっていた。
「もう、最悪」
手早く入浴して、聡美は疲れた体と精神でベッドに突っ伏した。
翌日も仕事が減るわけでもなく、それでも昨日のことを警戒して早めに会社をあがった。例の空き家の前の道はさすがに通る気になれず、遠回りだが比較的人の多いところを選んで聡美はアパートに戻った。
「ただいまって言っても、誰もかえしてくれるわけないけどね」
もそもそと靴を脱いで狭いながらもお城の部屋にたどりついて、お風呂の湯はりをしながら冷蔵庫をあけて夕食の準備をする。
今日のメニューは最近手に入れた塩麹をドレッシング代わりにしたサラダと、作り置きしていた豚の角煮、わかめと溶き卵のスープだ。
疲れているからあまり時間をかけずに簡単に済ませようと角煮をレンジで温めて、小さな鍋に溶き卵を入れて箸でかき混ぜる。時間を予約して炊いてあるご飯もいい具合に蒸らされている。夕食をテーブルに並べて、箸を取り、いただきますと手を合わせて目を閉じた。
「見つけた」
斜め後ろで自分以外はいないはずの空間に、唐突に気配が生じた。
「昨夜はよくもやってくれたな。しかも狙ったようにチタンのフライパンなどで殴りおって」
昨夜、フライパン……イコール、残念イケメンか?
振り返ればやっぱり黒尽くめのイケメンが、憎憎しげに聡美を見つめていた。
「まあいい。素材はよさそうだから美味しくいただくとしよう」
おまわりさーん、こいつです。脳内で叫んでも残念ながら声にはならず、聡美はにじりよる残念イケメンを見ているしかなかった。
フライパンは手元には、ない。今、手にしているのは折れたバットでつくったという木製の箸だけだ。
「美味しくなんか、ないよ」
「何を言う、そんなに美味そうなにおいを振りまいておいて……」
「においフェチ?」
「違う、私は吸血鬼だ」
あああ、ますます残念に磨きがかかる。しかし、残念イケメンはあと少しで聡美に触れそうなところで、急に動きを止めた。そこしか取りえがないのではと思われるイケメン面が、奇妙に歪んでいる。
「お前っ、その眼鏡の素材は――」
眼鏡? いつもの癖でブリッジを押し上げながら聡美は、この眼鏡の素材とやらを考える。
「え、と。チタンフレームだけど」
「くっ、おのれ、どこまで忌々しいのだ。私の弱点を攻めてきおって」
「じゃく……てん?」
失言に口をつぐんだ残念イケメンとは裏腹に、聡美は箸を投げ捨て耳にかかる眼鏡のテンプルからモダンを両手で押さえ、勢いよく――。
「悪霊退散っ」
頭突きをかました。
苦鳴とともに残念イケメンがかき消える。
「悪霊じゃなくって、吸血鬼?」
どこかに投げ捨ててしまった箸を探しながら聡美は呟く。誰も答えはかえしてはくれなかった。
眼鏡をしたまま、ついでに枕元にチタンのフライパンを置いて眠った聡美は、会社帰りに店をはしごした。散財にうんざりしながら帰り着いたアパートで、聡美は土下座して迎える自分以外の影を見出した。
「なに上がりこんでるの。この……」
吸血鬼と本人に言うのは非常に間が抜けているように思えて、聡美は言葉を飲み込んだ。土下座をしたままの自称吸血鬼は、ぷるぷると小刻みに肩を揺らしている。
「か弱いふりをしても無駄。あんたが人類の敵なら……」
「頼める義理ではないが、頼みがある」
顔を伏せたまま残念イケメンがのたまう。聡美は袋の中から、チタン製品をとりだして吸血鬼の頭の側でぱちん、と音をたててひらいた。
かすかに上げた顔を恐怖にこわばらせて、残念イケメンが上目遣いに聡美を見やる。
触れるか触れないかのぎりぎりのところでチタンナイフの刃先を止めて、聡美は自分では優しいつもりの声をかけた。
「じゃ、話を聞こうか。自称吸血鬼さん」
残念イケメンは正座を崩さずに、話を始めた。その声が時々途切れがちだったり、震えていたような気もするが聡美は意に介さない。
なにせ残念イケメンの周囲には魔方陣よろしく、様々なチタン製品が置かれているのだ。
「びっくりしたよ。チタンって色々な製品になっているんだねえ」
「頼む、チタンが吸血鬼の弱点だというのを秘密にしてもらえないだろうか」
「秘密にして、私にいいことあるの?」
聡美がいつになく強気なのは、体の方もチタンで防御しているからだ。眼鏡はもちろんチタンのピアス、血を吸う定番の首にはネックレス。手にさえ関節部をチタン素材で補強した手袋をはめている。
そしてナイフは安心のチタン製。正直負ける気がしない。
「チタンが弱点というのは、あんただけ? それとも吸血鬼全般なの?」
「知る限りの吸血鬼はチタンが駄目だ」
「吸血鬼って十字架とか聖水に弱かったんじゃない?」
「……これだけ神や仏やわけの分からないものへの行事で盛り上がるところでは、十字架や聖水にはとっくに耐性ができている」
チタン製品で地味に圧迫されながら、吸血鬼は偉そうな態度を崩さない。
聡美は段々とやりとりが楽しくなってきた。会社での激務のストレスを、この残念イケメンをつっつくことで解消しているのに気付いていない。
「フライパンとか眼鏡の件は、直接触れても大丈夫そうに思えるけど」
「体内に入れられたわけではないのでな。それでもダメージは小さくない」
「へえ?」
語尾を上げた、楽しげな疑問形に残念イケメンが身じろいだ。
「そっか、吸血鬼ってのも大変だねえ」
「お前、楽しんでいるだろう」
「いやいやいや、同情しているよ」
嘘をつくなとばかりの態度を見せる残念イケメンに、聡美はにっこりと笑った。
「で、なんで土下座でお出迎えなわけ? その前に不法侵入だけど」
「もう一つの頼みは、お前の、血を分けてくれないかと」
「さ、あの世に行こうか。大丈夫、痛いのは一瞬だから」
ナイフを握りなおす聡美に、残念イケメンは元々悪い顔色を一層青白くした。逃げようにもぐるりとチタンが囲んでいる。
そしてチタンで武装した聡美は目が笑っていない。
かつてこれほど破滅が身に迫ったことはあっただろうか、と吸血鬼は心底恐怖した。
「ままま、待て。タダとは言わん。献血するような慈愛に満ちた気持ちでだな」
「ねえ、ナイフの切れ味試そうか」
「すまなかった。謝る、謝るからそれだけはやめてくれええ」
吸血鬼の誇りもなにもかもかなぐり捨てて、残念イケメンは命乞いに終始した。
聡美はそんな様子に、溜息をひとつついて、ナイフをしまう。
「なんで私の血なのかな?」
「汚れていないから」
「は?」
理由を尋ねれば即答される。汚れてない……。
それは清く正しく生きてきたのを指摘しているのか、コノヤロウ、と聡美はちょっぴりやさぐれる。残念イケメンは続けた。
「異性にも勿論だが、タバコを吸っていないから肺がきれい、ジャンクフードも摂取は多くないから血液の質がいい。なにより……」
「なにより?」
「お前からはいいにおいがする。一度惹きつけられれば、忘れられないような」
におい? 意識して空気を吸い込むが別段異臭はしない。
いいにおいも、悪いにおいもしない。
「夜にだけ咲く花のようなにおいだ。吸血鬼にしか感じ取れないだろうが」
「……それって吸血鬼にしか有効じゃないフェロモンみたいなやつなの?」
「かもしれん。とにかく、頼む。ほんの少量で事足りる。勿論お前が吸血鬼になるようなこともない」
いやに熱心にかき口説く残念イケメンは、聞けば満足な食事、つまり吸血行為にありつけていないというのだ。
清らかで血液サラサラ、対吸血鬼フェロモンという三拍子ゆえに、チタンに脅されつつもこうしてここにいるのだ、と残念イケメンは生気の抜けた顔でしめくくった。
「でも私さ、チタンのピアスしているよ? 血液にも影響するんじゃない?」
「外してもらえれば、二日もすれば影響は消える」
「あんたに血をあげるいわれはないんだけど」
「何でもする。お前の望みをかなえるから、だから」
頼む、と残念イケメンはその場で頭を下げた。
聡美は二回目の溜息をついた。おなかをすかせた人に、まあこの場合は人外だが、なんだか無碍にできない気になってきた。
あんたは捨て犬か、と言いたいくらいにすがるような眼差しを向けられる。
――頼られると弱い。残念イケメン吸血鬼は、そんな聡美の弱点を見事についていた。
二日後、アパートにはいそいそと夕食を作って待っている、新妻のような残念イケメンの姿があった。
なにげに鉄分の多い食材のような気がする。テーブルにあるのは、あれは鉄剤か?
「帰ったか。先に食事をと言いたいんだが、こっちの食事を先にしてもいいか?」
「――本当に、本当に不利益はないんでしょうね?」
「大丈夫だ。誇り高い吸血鬼の名にかけて」
不信感は拭えないながらも、聡美は眼鏡とチタンのネックレスを外した。目をつぶっていると、指先が首筋をなぞりながら鎖骨までたどるのを感じる。
首をさらすように頭が右側に傾けられる。柔らかいものが触れた後で、ちくりと注射でもされたような痛みがしたがそれも一瞬。
どちらかというと、残念イケメンに抱きしめられている状態の方に気もそぞろだ。
血を吸われているんだとぼうっとしながら考える。
それにしても長くないか? すぐに済むって言っていなかったかと聡美はなんだかもうろうとなりながら、力の入らない手で残念イケメンを押した、つもりだった。
次に意識を取り戻したのはベッドの上で、側には土下座をした残念イケメンがいる。
「あんた……」
ひどく体がだるくてやっと声を絞り出せば、額を擦り付けるようにしていた残念イケメンが顔を上げた。ちょっと涙目になっている。
「済まない、あまりに美味だったので、つい過ごしてしまった」
「へええ?」
反撃したいのに今は力が入らない。聡美は、やっぱり人外に同情なんてするもんじゃないと思いながら、水と鉄剤を要求する。
体を起こしてもらって、残念イケメンの手をかりてどうにかこうにか流し込む。
たったそれだけなのに、尋常ではない疲れを感じた。
「私の前から消えようか、てか、消えろ」
「二度とこのようなことはしないから、それだけは勘弁してくれ」
「あんたなんて、特濃トマトジュースでも飲んでいればいいよ。ネックレスちょうだい」
直に触れないらしい残念イケメンは、菜箸にひっかけて渡してくれた。
首の上に置いて、目を閉じる。もうこれ以上は起きていられない。残念イケメンが顔を覗き込んでいるのが記憶の最後だった。
目を覚ませばもう昼近くになっている。部屋の中に残念イケメンはいなかった。
どうにか体を起こしてみれば、ベッドの横に手を伸ばせば届くように色々と置いてある。水、鉄剤、イオン飲料、スープもだ。
「なんで飲み物ばっかり」
小さなメモ用紙が目に入る。手に取れば謝罪が書き連ねてあった。
変なところで律儀なのかと、小さな笑いがこみ上げる。
チタン製品も小山のように近くに置いてある。集めてくるのも涙目だっただろうに。パンチを繰り出す右手に指輪を、左手には時計をはめてネックレスを付け直す。
すっかり冷めているスープを口に運べば、美味しい。ニンニクまで入っていて、吸血鬼のくせに生意気だろうと思ってしまう。
「しかし、どんだけ飢えていたんだろ。危うく別の世界に渡るところだったよ」
天気のよい土曜日の昼、ああ洗濯したかったと恨めしく思いながら、聡美はもう一度眠りについた。
年度が終われば新年度が始まるわけで。相変わらず聡美は忙しかった。
会社では急にアクセサリーをつけるようになった聡美に、春がきたんじゃないかと勘ぐられる場面もあったけれど、苦笑してやりすごす。
「そんな人がいたら、もっと華やかなアクセサリーのはずじゃない」
「あー、言われればシンプルだよねえ」
「そ、チタン一択だもん」
あれから残念イケメンは姿を現していない。チタン製品やあのメモ用紙が残っていなかったら夢でも見たんじゃないかと思うくらいに、平凡な日常を送っている。
桜も散って忙しさもひと段落した頃。聡美はアパートのドアを開けた。
「ただいま、って言っても……」
「――おかえり」
まさか応答があるとは思っていなかったから不意打ちをくらって、聡美は玄関で棒立ちになる。
エプロンをつけた残念イケメンが、部屋の中央に立っていた。その向こうからはなんだかいい匂いがしている。
「なんでいるのよ」
「それについてはだな、色々と」
「お腹すいたの?」
目元を少し赤くした残念イケメンは、かすかに頷いた。
これ、見ているだけだったら目の保養なんだけどなあ、残念だよまったく。聡美の身も蓋もない感想をよそに残念イケメンは、躊躇している。そのうちに意を決したのか、あちこちをさまよっていた視線を聡美に当てた。
「謝礼も持ってきた、その他もお前の希望に従う。だから、だから……」
「この前みたいな無茶はしない?」
「ナイフで私の背中を狙っておいてくれ。チタンで傷付けられれば私は消滅する」
聡美は靴を脱いで部屋に入る。テーブルの上には美味しそうな料理が並べられていた。自分で買った覚えのない高級食材も使われている。
聡美は、自分の反応を待っている残念イケメンを振り仰いだ。
「この前はご飯食べ損ねたから、先に食べていい?」
「あ、あ。勿論だ」
「じゃあいただきます。美味しそうだねえ」
テーブルを挟んで座り、聡美はおかずに手を伸ばした。
「ああ、美味しかった、ご馳走様でした」
「あれくらいは何でもない。私達は舌が繊細で肥えているから、どの吸血鬼も料理上手なんだ」
人間界で生きていくために、栄養にはならないが食事はすることを教えてくれた。
吸血鬼豆知識を披露した残念イケメンは、後片付けも済んですっきりしたテーブルの上にエプロンをたたんで置いた。ためらいがちに腕を広げる。
「こっちも……いいか?」
「ギブアンドテイクだし」
アクセサリーは外し、それでも今回はチタンのナイフを用意する。残念イケメンも大人しく、切っ先が背中に近づくのを許す。
背中が強張ってはいても、逃げ出したりはしなかった。
「いいよ。ただしご利用は計画的に」
左の首筋を晒して聡美は目を閉じた。この間と同じように、一瞬の痛みのあとで強く唇が押し付けられる。命が吸い出されていく根源的な恐怖と嫌悪を感じながら、聡美はナイフを握る左手に集中した。
今回は意識を失うこともなく、ぺろりと一舐めされて残念イケメンはかがみこんでいた姿勢を正した。
「ありがとう。美味しかった……ご馳走様でした」
「ん、もういいかな?」
我に返れば残念イケメンと抱き合っている。ただし色めいた理由なし。
これもある意味残念だよなあ、と聡美は思う。
謝礼だと封筒を押し付けて、残念イケメンは消えた。吸血された首筋を指先や鏡で確認しても、牙のあとは残っていない。
つくづく不思議な夜だった。
以降ちょくちょくと残念イケメンは家事をしながら聡美を待っていて、餌付けをしたあとに自分も食事にありつく。
そのうちに聡美もナイフを用意しなくなっていた。
「ね、ちょっと、長い」
「ん?」
聡美は吸血が終わったのに顔を埋めたまま起こそうとしない残念イケメンの頭を、ぺちぺちとはたいた。
何だか最近、妙に首に顔を埋める時間が長いのだ。首筋を唇で上から下にたどったり、元々逃げるつもりもないのにやけに拘束が強かったり。今は牙のあとを消すにしては不自然なほどに、舌先でなぞられていて唇で柔らかく吸われている。
「もう終わったんでしょ? なら」
離れようかと続けようとした聡美の背を、残念イケメンの指がつ、とすべった。
ぞくり、と背筋に走る感覚。
「離れたくない」
「はい?」
食事のあとのせいか、血色が普段よりは三割増しでよく見える残念イケメンは、吐息をもらしながらのたまった。
「お前からのにおいが、どんどん強くなる。自制も、限界だ」
「なんの、自制か、な?」
聞いても聞かなくても後悔しそうな予感に襲われながらも、聡美は聞く選択肢をとった。
残念イケメンは無駄に艶めいた声と表情でもって応じる。
「もっと別の場所に触れて吸って舐めて……」
「汚れてしまうんではないかなああ?」
「吸血鬼が行うのであれば問題ない」
いやいやいや、大問題だろうと首を振る聡美の背中に回されている腕は、緩む気配がない。
「私も吸血鬼になったりとか」
「それはない」
「あんただけ不老不死とか」
「それもない」
戸籍も寿命もちゃんとある、と力説される。ついでに職もちゃんとあるのだとも。ホストではないらしい。引きこもって夜型人間でも不審に思われない、小説家をしているのだと聞かされる。
結論から言えば、美味しくいただかれました。
今後けんかになっても負ける気はしない。
「チタンピアスをはめればいいだけだもんね」
それを聞いた残念イケメンは、うっすら涙目になって項垂れる。
ちくしょう、情けないけど可愛いじゃないかと思ってしまうあたり、聡美も終わっているかもしれない。
きっと眼鏡はコンタクトに替えてもらっているはず。
料理の腕がよいのは目をつけた人間を餌付けする意味合いも。
医療素材に使われているので、インプラントや人工関節置換術はできません。