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マザーズドール ~人形の少女と魔法使いの旅~【完結済み】 作者:播磨ゆき

第二章

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4.平和祭

 
 東側の爆破地点まで来てみると、すでに数人の野良のらドールたちが待機していた。

「ああ、こっちこっち!」

 そう明るく出迎えたのは一人の少女だった。赤毛のショートカットで、片手に機械人形ドール探知機を持っている。
 彼女は昼間に出会った三人組のうちの一人――アザミだった。

「アザミさん、だっけ……。こんばんは。あの、私たち何も用意してないんだけど……」

 オリヴィアは城壁伝いに彼らへと駆け寄る。
 その後ろを、ベンジャミンはのんびりとした足取りでついてきた。

「大丈夫よ、健康な身体さえあればそれで十分だわ。もう準備はできてるから。後は合図を待つだけよ」

 暗闇の中、月の光に照らされたアザミはそう言ってウインクをしてみせる。
 公園の裏側となっているそこは、遅い時間帯ということもあり、周りに人の気配はない。ここなら爆破による被害も最小限に抑えられそうだった。

「もうじき平和祭が始まるわ。表彰式が終わったら花火が上がるから……それが合図よ」

 花火の打ち上げと同時に、四箇所の城壁を同時に爆破して脱出する――それが野良ドールたちの作戦だった。
 人間たちは今頃、街の中心である領主の城の前で祭りの準備をしているはずである。
 花火が上がるまで、あと少し。
 野良ドールたちは静かにその時を待っていた。

 しかし。

「……おかしいわね。そろそろ時間のはずなんだけれど」

 アザミが呟くと、その不安は周囲の機械人形ドールたちにも伝染したようだった。
 すでに予定時刻は過ぎていたが、一向に花火の上がる気配がない。

「まさか気づかれたのか……?」
「やめてよ、縁起でもない」

 野良ドールたちがそれぞれ不安を口にすると、いよいよその場は不穏な空気が漂う。

「みんな、落ち着いて」

 アザミが明るい声を上げた。

「大丈夫よ。心配しないで。今までだって、ロータスがみんなを守ってくれたじゃない。今回だって、きっとうまくやってくれるわ……」

 そんな励ましの言葉を言い終えようとした、そのとき。
 彼女の声は、その笑顔とともにフェードアウトした。
 無表情となり、凍り付いた彼女の目は、ただ一点――公園の方に向けられている。

「どうした、アザミ?」

 彼女の視線を追って、他の野良ドールたちもそちらを向く。
 すると、

「残念でしたね。花火は上がりませんよ」

 どこかで聞いたことのある声が、公園の方から届いた。

「……――!」

 その場に緊張が走る。
 野良ドールたちの息を呑む音が、オリヴィアには聞こえたような気がした。
 公園の、植え込みの向こう――何もない平らな土の上に、一人の少年が立っていた。
 歳は十代の中頃。月明かりに照らされたブロンドの髪。動きやすそうな制服に身を包んだその姿は、街の治安を守るマグノリアの一員――アステルのものだった。

「ア、アステル……なんであんたがここに? 表彰式に出るんじゃなかったの?」

 震える声でアザミが言った。

「あなた方の動きは、すべてお見通しですよ。平和祭は明日に延期です」

 冷めた声で答えるアステルは、右手に長剣を持ち、さらに左手で何か丸いものを持っている。

「そ、それ……何?」

 カタカタと身を震わせながら、アザミが指を差す。

「抵抗したらこうなる、という見せしめですよ」

 アステルは指し示されたそれ――左手に持つ丸い物体を空へ掲げた。
 月の光に照らし出されたそれは、首だった。
 アザミは今度こそ絶句する。
 そこにある首は、オリヴィアたちにも見覚えがあった。
 昼間に会った三人組のうち、右側に立っていた少年――オステオの首が、そこにあった。

「今夜は平和祭……ではなく、収穫祭になりそうですね」

 冷たい声でアステルが言った瞬間。
 堰を切ったように、その場の野良ドールたちは激しい悲鳴を上げて逃げ出した。
 オリヴィアも反射的に足を踏み出そうとしたが、

「待って。下手に動かない方がいい」

 と、後ろからベンジャミンに肩を掴まれる。

「ま、待ってよみんな! 今すぐ城壁を爆破するからっ……――」

 そう言って皆を引き留めようとしたアザミの声は、しかしすぐに悲痛な声色に変わった。

「……な、なんで爆発しないの!?」

 彼女は手元のスイッチをしきりに押しながら混乱する。

「爆発物は撤去させてもらいましたよ。あなた方のような危険な機械人形を、野に放つことはできませんからね」

 言うなり、アステルは手にした長剣を閃かせ、逃げ惑う野良ドールたちに襲い掛かった。

「抵抗する者は皆斬り捨てます! 全員、今すぐ止まりなさい!」

 警告が発せられるも、野良人形たちの足は止まらない。むしろパニックを起こして四方八方へ散っていく。
 だが、すでに周りはマグノリアによって包囲されていた。植え込みや民家の陰から、次々に武器を持った人間が姿を現す。
 辺りにはいつのまにか魔法で結界が張られており、その中で逃げ惑う野良ドールたちは次々と狩られ、その場に屍を積み上げていく。

「アステル様ぁ、がんばって――っ!」

 と、そこへ場違いな黄色い声が上がった。
 オリヴィアが見ると、公園の端で野次馬らしき少女が立っていた。
 こんな状況でさえ、恍惚の表情を浮かべて胸を高鳴らせている人間の少女。その顔は、昼間にオリヴィアへ握手を求めてきた少女のものだった。

「な、なんで……なんでこんなときに、あんな風に笑っていられるの?」

 わなわなと震えるオリヴィアの隣で、

「仕方ないよ」

 と、ベンジャミンが落ち着いた声で答える。

「機械人形は人間にとって、ただの『物』でしかない。今はただ、必要のなくなった『ゴミ』を始末しているのに過ぎないんだから」

「そんな、ゴミだなんて……――あっ」

 オリヴィアのすぐ近くで、逃げてきた野良ドールの少女が転んだ。

 そして、その後ろから追ってきたアステルが長剣を高く振り上げる。

「……だめっ!!」

 すかさず、オリヴィアは二人の間に身体を滑り込ませた。
 小さな身体で胸を張り、両手を広げ、アステルの前に立ちはだかる。

「! あなたは、昼間の……」

 今にも剣を振り下ろさんとしていたアステルは、直前でぴたりと手を止めた。

「どうしてこんな酷いことをするの!? 野良ドールだって必死に生きようとしているのにっ……こんな、簡単に殺してしまうなんてっ……!」

 込み上げる感情を抑えることができず、オリヴィアは涙を零した。

 アステルはゆっくりと長剣を下ろし、

「自分も昔、こんな風に家族を殺されたんですよ。主人のいない野良ドールに……ね」

 そう、子どもに言い聞かせるような声色で言う。

「野良ドールは、いつどこで人間を殺すかわかりません。事が起こってからでは遅すぎる。人間だって、殺らなければ殺られるんです。だから、自分は闘います」

「そんな……。みんながみんな、同じじゃないでしょう? 話がわかる機械人形だっているはずよ。お互いに、争わずに済む方法はないの……?」

「なぜあなたがそんなことを気にするのです? あなたは主人のいる機械人形であって、野良ドールではないでしょう。ここは危ないので下がっていてくれませんか。自分は、あなたの後ろにいる野良ドールを始末しなければなりません」

「嫌よ。どかないわ。私だって野良ドールだもの!」

「野良ドール……?」

 すうっとアステルの蒼い目が細められる。

「では、昼間のあれは嘘だったということですか?」

 昼間のあれ――というのは、ベンジャミンを自分の主人だと言った、あの表通りでのやり取りのことだろう。

 明らかな殺気を纏うアステルを前に、オリヴィアは背筋が寒くなるのを感じた。

「あなたが野良ドールだというのなら、自分はあなたを斬り捨てます」

 そう言って、彼は再び手にした長剣を頭上に掲げる。

「あ……」

 オリヴィアはその場に固まったまま、掲げられた刃の先を見つめていた。

「そうはいかないよ」

 その声と同時に、斜めの方角から魔法弾が飛んできた。

 アステルは素早く剣でそれを受け止める。
 彼が改めて剣を向けた方角には、ベンジャミンが立っていた。

「オリヴィアに手を出す奴は、誰であっても僕が許さないよ」

 相変わらずニヤニヤと余裕の笑みを浮かべているベンジャミンを、アステルは訝しげに睨む。

「あなたはなぜ、人間の邪魔をするのですか? 魔法が使えるということは、あなたも人間なのでしょう?」

「いいや、僕も機械人形だよ。魔法の力は身体ではなく、魂に宿るものだからね」

「? それは、どういう……」

「アステル! 加勢しろ!」

 とそこへ、他の隊員が彼を呼んだ。

 見ると、公園の中央では激しい戦闘が繰り広げられていた。
 しかし複数の隊員たちが斬りかかっている相手は、たった一人の野良ドールである。

「……ロータス」

 震える声でオリヴィアが呟く。

 公園の真ん中で応戦していたのは、一人の少年だった。
 褐色の肌に黒い髪、赤い瞳を持つその姿は、まさしくロータスだった。

 どこからともなく駆けつけた彼は、複数の隊員を相手に短剣だけで立ち向かう。
 その動きは素早く、すでに一人の隊員が彼の刃に倒れていた。

 だが、ロータス自身もすでに傷を負っている。
 身体のあちこちに出来た傷口からは、まるで血が流れ出すようにして、赤黒いオイルが漏れていた。

「あれは……。最も危険な機械人形がここにいましたね」

 アステルは長剣を構え直すと、すぐさま公園の方へと駆け出した。
 しかしその直後、

「! なに……」

 珍しく、彼は焦りの声を上げて立ち止まった。

 彼の服の裾を、一人の少女がしっかりと掴んでいた。
 先ほど、アステルに殺されそうになっていた野良ドールの少女だった。
 彼女は何の武器も持たない丸腰であるにも関わらず、果敢にもアステルの動きを封じている。

「このっ……あなたから先に片付けます!」

 すぐさま剣を構え直すアステル。

 しかし、そんな彼の身体へ、次々と他の野良ドールたちが掴みかかった。

「なっ、何を――」

 あっという間に、野良ドールたちはアステルをがんじがらめにする。
 さすがの彼も多勢に無勢では身動きが取れない。

 すると今度は、公園の中央で闘っていたロータスが、突如としてその場から駆け出し、アステルを目掛けて一直線に突っ込んできた。

「アステル! てめえだけは今ここで殺してやるッ!!」

「!」

 アステルはその凄まじい殺気に身震いした。
 殺される――という直感が、冷静な思考の中ではっきりと浮かび上がる。

 オリヴィアは、いま目の前で殺人が行われようとしている事実に寒気を覚えた。

「だっ……――」

 だめ、と発しようとした彼女の声を遮り、

「だめえっ! アステル様を殺さないでえっ!」

 甲高い少女の声が響いた。

 瞬間。
 迫りくるロータスの前に、一人の少女が飛び出した。

「!」

 その場の全員が息を呑んだ。

 突然のことに、ロータスは勢いを止めることができず。
 彼の手にした短剣は、ドッ、と嫌な音を立てて、少女の胸部に深く突き刺さった。

 刃を受けたのは、先ほどまで黄色い声を上げていた野次馬の少女だった。

「! 一般人がやられた!」

 どこからか隊員の声が上がった。

 少女は胸に短剣が刺さったまま、膝から崩れ落ちるようにして倒れた。

 その様を、ロータスとアステルは同じように目を見開いて凝視していた。

「ロータス! ぼさっとしてないで!」

 アザミの声だった。

 その声に気づいてロータスが顔を上げた瞬間。

 ドッ、と同じような音を立てて、今度はアザミが刃を受けた。
 ロータスの一瞬の隙をついて斬りかかってきた隊員の長剣が、咄嗟に駆けつけたアザミの胸部を貫いたのだった。

「あ……」

 ロータスは今度こそ顔を歪ませ、

「……アザミッ!」

 倒れかかってきた彼女の身体を抱きしめ、その場にへたりこんだ。

「嘘だろ……アザミ、なんでっ……!」

 彼女は四肢をだらりと投げ出し、虚ろな目で月夜の空を仰いでいた。
 長剣の刺さった胸元からは、赤黒いオイルが滴り落ちる。

 ロータスはアザミの肩を強く抱き、歯を食いしばったまま動かない。

 そこへ他の隊員たちが駆けつける。

「お前ら、覚悟しろよ!」

 ロータスは戦意を喪失したのか、その場から動こうとしない。

 アステルを押さえつけていた他の野良ドールたちは、頼みの綱を失ったことで再び逃げ惑った。

 依然として座り込んだままのロータスに、隊員の一人が剣を向けると、

「待ってください」

 と、解放されたアステルが声をかけた。

「……連行しましょう。その機械人形にはもう、抵抗する気力は残っていません。それよりもまずは怪我人の手当てを」

 ロータスに刺された少女をアステルが抱きかかえると、少女はわずかに身じろぎをした。
 まだ息がある。

 他の隊員たちは、大人しくなったロータスに縄をかけ、どこかへ連れていこうとする。

「……それじゃ。僕らもそろそろずらからないとね」

 ベンジャミンが言った。
 その声は小さく、隣に立つオリヴィアにしか聞こえなかった。

「ま、待ってベンジャミン。誰か一人でも一緒に――」

「そんな暇はないよ。もたもたしてると、僕らまで殺されてしまう」

 オリヴィアの必死の訴えを退け、ベンジャミンは翼を広げた。

「! 何だッ!?」

 唐突に強風が吹き荒れ、その場にどよめきが起こる。

 彼らが振り返った先には、巨大なドラゴンと化したベンジャミンと、その背に乗せられたオリヴィアの姿があった。

「なっ……ドラゴンだと!?」

 どこからともなく現れた獣の姿に、隊員たちは恐れ戦く。

 ドラゴンは地響きのするような咆哮を上げると、即座にその場を飛び立っていった。





       ◯





「……ねえ、ベンジャミン。どっちが悪かったと思う?」

「何が?」

 月の光が照らす青白い空を浮遊しながら、ドラゴンの背に乗ったオリヴィアは尋ねた。

「だから、さっきの……――人間と機械人形よ」

 漠然とした議題に、ベンジャミンは「ふむ」と首を傾げた。

「私、わからないの。主人のいない機械人形は処分しなきゃいけない、って……それは、人間だけの言い分でしょう? 機械人形だって必死に生きようとしているのよ。いくら野良ドールだからって、必ずしも人間を傷つけるわけじゃないし。でも……さっきは結局、殺し合いになっちゃった……」

 次第に元気をなくしていく彼女を見て、ベンジャミンは次の言葉を吟味する。

「……どちらが悪いかなんて、それは、君が決めることなんじゃないかな」

「私が?」

 意外な返答に、オリヴィアは小首を傾げる。

「この世に正解なんてないよ。どちらが悪くて、どちらが正しいのかなんて、本当は誰にもわからない。君が正しいと思うことこそが、君にとっての正解なんだよ」

「……わからないわ。難しくて」

「そう?」

「そうよ。じゃあ、どうすればいいの? このままじゃ、人形狩りはずーっとなくならないわ。人間と野良ドールも、ずーっと分かり合えないまま……。お互いが争わずに済む方法って、何かないの?」

「争いのない世界……なんて、綺麗事だと言われるだろうね」

「そんな……」

「お互いに対立して、争って、そして、勝った方こそが正義なんだよ。さっきは人間側が勝利したから、野良ドールは排除されるんだね」

「不公平だわ。そんな風に差が出るなんて」

 オリヴィアは難しい顔をして、頭上の月を眺める。

「……みんな、いなくなっちゃえばいいのよ」

 その呟きを、ベンジャミンは静かに聞いていた。

「みんな一緒にいなくなっちゃえば、誰もつらい思いをしなくて済むわ。そうでしょう?」
「……極論を言えば、その通りだね」
「そうよ。私、やっぱりこの世界を滅ぼさなきゃ」

 そう言って使命感に燃える小さな少女は、ぐっと拳を握って気合を入れる。

「…………」

 ベンジャミンは無言になるも、込み上げる笑いを抑えることはできなかった。

「……なんで笑うの?」
「君の反応が面白いからだよ。そうやって、色んなものを見て、少しずつ世界を知っていけばいい」

 ふふふ、といつもの意地の悪い笑い方をしながら、彼はお決まりの台詞を口にする。

「オリヴィア。君が望むなら、僕はこの世界を滅亡させてみせる。……他でもない、フリージアの娘である君の願いならね」

「……うん。ありがとう、ベンジャミン」

 人形の少女と魔法使いの青年は、暗い夜の中を東へと進んでいく。

 彼らを止めようとする者は、今はまだ、誰一人としていなかった。


 

 
第二章 (終)
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