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マザーズドール ~人形の少女と魔法使いの旅~ 作者:播磨ゆき

第三章

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1.失われた過去

 
「それでね、ママがね、私のことを褒めてくれるのよ。あなたは踊りがとっても上手ねって!」

 紫紺の瞳をキラキラとさせ、オリヴィアはうっとりとした表情で語る。
 彼女はその小さな身に纏ったピンクのワンピースをひらめかせながら、くるりと一回転してみせた。腰まで伸びるブラウンの髪も、同じようにしてさらりと揺れる。
 ぎこちないながらも楽しそうに踊る彼女を横目に、ベンジャミンは己の服に手をかけていた。

「ふふ、やっぱりフリージアは君に甘いね。それよりオリヴィア、そこでずっと見てるつもり? 僕、これから水浴びするんだけど……」

 白の神衣を肌蹴させながら、彼は確認するように聞いた。
 彼らの前には泉があった。深い森の中に忽然と現れた、木漏れ日の差し込むオアシス。
 その傍で、ベンジャミンは白い肌をさらけ出す。

「? 見てちゃダメなの?」

 きょとん、とした顔でオリヴィアが返す。

「あ、いや。別に君が気にしないならいいんだけど……。変なことを聞いて悪かったね」

 そう歯切れの悪い返事をするベンジャミンに、オリヴィアは首を傾げる。それから、はっとあることを思い出して言った。

「そういえば、人間はあんまり自分の肌を見せようとしないわよね。服を着替えたり、お風呂に入ったりするとき、なんだか恥ずかしそうっていうか……」

 言いながら、オリヴィアは疑問を抱く。
 人間はなぜ、そんな風に肌を隠そうとするのだろう?

「あっ。もしかして、ベンジャミンも見られると恥ずかしいの?」
「まさか。女ならまだしも、男はそれほど気にしないよ」

 あ、ちょっとは気にするんだ……と思いながらも、オリヴィアは口にはしなかった。
 彼女は近くにあった小岩に腰掛け、ベンジャミンの水浴びを眺める。
 華奢で色白な彼の身体は、まるで女性のようだった。濡れた銀の頭髪は陽の光を浴びてキラキラと光る。
 そんな彼の姿に、オリヴィアはいつのまにか見惚れていた。思わず、綺麗だなあ……と心の内で呟く。

「……なにアホ面してんの?」

 視線が気になったのか、ベンジャミンは神衣を洗いながら棘のある口調で言った。

「えっ? あ、いや、な、なんでもないっ!」

 はっと我に返ったオリヴィアは慌てて顔を背ける。

(……って、なんで私の方が赤くなってんの?)

 気づけば顔面が熱くなっていた。そんな自分自身の反応に混乱する。

「そっ、それより! こんな所に泉があったなんて。よく見つけたわよね、ベンジャミン」

 顔は背けたまま、照れ隠しとしてそう話題を振る。

「まあ、ここに泉があることは知ってたからね」

 濡れた神衣を絞りながらベンジャミンが言った。

「知ってた……? って、えっ? ここに来たことがあるの?」

 予想外の答えに、オリヴィアが彼の方へ視線を戻した瞬間。

「……静かに!」
「!」

 ベンジャミンが咄嗟に身を屈めながら言った。
 慌ててオリヴィアもそれに倣う。
 彼の警戒する方向を見ると、木々の乱立する景色の奥に、二つの人影があった。
 二人組の、若い男だった。

「あっ。あれ……」

 彼らの顔を見て、オリヴィアは身を硬くする。
 視線の先には、つい先日顔を合わせたばかりの人間と機械人形ドール――アステルとロータスの姿があった。どうやらまだこちらには気づいていないらしい。
 オリヴィアは息を殺しながら、遠くに見える二人を凝視する。
 人間の少年アステルは、以前会ったときと何も変わらない。金髪碧眼の優男で、街の治安を守る第一特別攻撃隊マグノリアの制服を身に纏っている。
 対して、隣に立つ機械人形の少年ロータスは、以前とはどこか雰囲気が違った。
 浅黒い肌に赤い目と黒髪を持つその容姿は変わらないものの、その身を包むのは第一特別攻撃隊の制服だった。……いや、形は同じだが、アステルのそれとは色が違う。
 アステルは赤を基調としたもの、ロータスは黒を基調とした隊服を着用していた。

「な、なんであの二人が一緒に? 敵同士じゃなかったの?」
「……たぶん、リセットされたんじゃないかな」

 困惑するオリヴィアの隣で、ベンジャミンが冷静に言った。

「リセット? って、何?」
「機械人形の記憶を消去するんだよ。一度リセットしてしまえば、どれだけ人間を憎んでいた機械人形でももう何も思い出せない。ついでに新しいプログラムを設定してしまえば人間側の兵器にもなり得る」
「そんな。じゃあロータスはもう何も覚えてないってこと? アステルが敵だったことも忘れて……」

 あれほど憎んでいた相手が隣にいるのに、それに気づかない――そんな哀れな彼の境遇を思いながら、オリヴィアは二人の少年の会話に耳を澄ませた。

「なあ、御主ごしゅ。その恐ろしい魔法使いっていうのは、本当にこっちの方に飛んでいったのか?」

 ロータスの声だった。
 御主というのは『御主人様』の略だろう。その乱暴な口調はまるで主人に対するそれではないけれど。

「……どうやら僕たちを捜しているらしいね。わざわざあの街を出てきたってことは、結構大事なのかも。世界の危機を察して捕まえに来たとか?」

 ベンジャミンはどこか楽しそうに言った。
 オリヴィアは内心どぎまぎしながら、尚も二人の会話に集中する。

「……東に向かっているのは間違いありません。魔法使いの半身は東の地にありますから、それを取り戻しに行くつもりなのでしょう」

 今度はアステルの声だった。
 彼の名推理に、ベンジャミンは苦笑し、オリヴィアはさらに緊張する。

「ふうん。で、その魔法使いっていうのは男なのか? 女なのか? 他にも特徴とかないのかよ」
「男か、女か……実は、自分もよくわからないんです」
「えっ?」

 アステルの返答に、驚いたのはロータスだけではなかった。
 草陰から会話を盗み聞きしているオリヴィアとベンジャミンも、同じように目を丸くする。

「わからないって……。でも、お前は実際にその魔法使いを見たんだろ?」
「確かに、この目ではっきりと見ましたよ。自分が見た魔法使いは男性でした。……それに言い伝えによると、魔法使いはベンジャミンという名の青年だそうです」
「じゃあ男なんじゃないか」
「でも、古い文献にはこう書いてあるんです。……街を破壊した凶悪な魔法使いは、十歳にも満たない幼い少女だった、と……」

 その言葉を最後に、二人の声は段々と遠ざかって、やがて聞こえなくなった。

「……どういうこと?」

 見えなくなった二人の背中に、オリヴィアは呟くように問いかける。
 古い文献に記されていたという凶悪な魔法使い。それはおそらくベンジャミンのことを指しているのだろう。
 しかし、十歳にも満たない幼い少女というのは、まるで――。

「さてと。オリヴィアは水浴びしないの?」

 その声に気づいて、オリヴィアはハッと後ろを振り返った。
 いつのまにか泉の外に出ていたベンジャミンは、白の神衣を近くの木に引っ掛けているところだった。

「ね、ねえ、ベンジャミン。さっきの話ってどういうこと? あれって、本に書かれていたのが間違ってるの?」

 妙な興奮を隠しきれない様子でオリヴィアが尋ねる。
 神衣を干し終えたベンジャミンは「知りたい?」と、探るように彼女を振り返った。

「君が知りたいのなら、教えてもいいけれど……。たぶん、その本に書かれていることは信用していいと思うよ。破壊された街というのはちょうどこの辺りにあって……わかってるとは思うけど、街を破壊したのはこの僕だよ」

 そう淡々と説明をする彼に、オリヴィアは思わず首を傾げていた。
 
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