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マザーズドール ~人形の少女と魔法使いの旅~ 作者:播磨ゆき

第二章

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2.追う少年

 
 ガキンッ! と激しい衝突音が響いた。
 しかし身体への衝撃はない。
 オリヴィアが恐る恐る目を開けると、目の前には見知らぬ人物の背中があった。こちらを庇うようにして立ち、手にした長剣で野良人形のらドールの短剣を受け止めている。
 それほど背は高くない。が、オリヴィアよりは明らかに長身であり、ちょうど野良人形の少年と同じくらいの体格だった。

「……市民を巻き込むなんて、質の悪い機械人形ドールですね」

 背中を向けた人物が言った。まだ幼さの残る少年のような声。

「っ……てめえ、アステル! また俺の邪魔をするつもりか!」

 ギリギリと剣を擦り合わせながら、野良人形が吠えた。その赤い瞳には強い憎悪の光が宿っている。

「今日こそは、あなたを捕まえます。これ以上の犠牲を出すわけにはいきませんから」

 アステルと呼ばれた少年は冷静な声で言い、長剣を一閃させて相手を払う。その勢いに押されて、野良人形は後ろへと飛び退いた。

「きゃあっ、アステル様よ!」

 と、そこへ市民たちの黄色い声が届いた。
 アステルだ! アステルが来た! と、男女問わず周囲から歓声が上がる。

「……ふん。相変わらず人気だな。野良人形おれたちにとっては殺人鬼でしかないくせに」
「人々に危害を加える機械人形は排除する。ただそれだけですよ」

 二人の少年が睨み合っているうちに、後方からは警備兵たちが追いついた。

「追い詰めたぞ野良人形!」
「ちっ……」

 野良人形は小さく舌打ちすると、

「アステル! てめえだけはいつか必ず俺がぶっ殺してやるからな!」

 そう吐き捨てるなり、手にした手榴弾のようなものを地面へと投げつける。

「オリヴィア、目を瞑って!」

 ベンジャミンが叫んだ。それまで隣で蹲っていた彼は、咄嗟にオリヴィアの上半身を包み込むようにして抱きしめる。
 直後、強い光が辺りを照らした。
 人々はその光に目を眩ませ、辺りは悲鳴に包まれる。
 やがて光が収まると、すでに野良人形の姿はどこにもなかった。

「くそっ、また逃げられた」

 警備兵の一人が言って、辺りは騒然とした。
 アステルは静かに剣を鞘へ納めると、オリヴィアの方を振り返った。

「お怪我はありませんか?」

 そう優しげな声で言いながら、彼は手を差し伸べる。その顔は声の印象通り、まだ幼さの抜けきっていない少年のものだった。歳は十代の半ばほど。金色の髪に、深い蒼の瞳を持つ。
 柔和な笑みを浮かべている彼の顔を見上げながら、

「あ、ありがとう……」

 と、オリヴィアは差し出された手を取って立ち上がった。

「おや……。あなたは機械人形ですね?」
「! わ、わかるのっ?」

 いきなり正体を見破られ、オリヴィアは声を裏返らせた。

「ああ、やっぱり。見た目のわりに少し腕が重かったので、もしかしてと思って」
「お、重っ……?」

 あくまでも悪気はなさそうに言う彼の言葉に、オリヴィアは少なからずショックを受けていた。

「隣の方はご主人様ですか?」
「ご主人? ……あ、ベンジャミンのこと?」

 聞かれて、オリヴィアは彼を見下ろした。未だ隣で蹲っているベンジャミンは、無表情のまま少年を見上げている。

「えっと、違うの。彼は――」
「そうだよ。僕がこの子のご主人様さ」

 オリヴィアの声を遮り、ベンジャミンはその場に立ち上がりながら言った。

「……ベンジャミン?」

 いきなり何を言い出すのかと、オリヴィアは彼を見上げる。
 ベンジャミンは無言のまま、何かを訴えるような視線を彼女へと送った。
 そこでオリヴィアはハッとした。そして悟る。
 ここは彼に話を合わせておいた方がいい。これは、自分たちが野良人形であることを悟られないようにするための作戦なのだと。

「それより、さっきはありがとね。もう少しで怪我をするところだったよ」

 ベンジャミンはそう言って、爽やかな愛想笑いを顔に張り付けた。

「礼には及びません。自分は第一特別攻撃隊――『マグノリア』の一員ですから。市民を守るのが自分たちの役目です」
第一特別攻撃隊マグノリア……?」

 初めて聞くその名称に、オリヴィアは首を傾げた。
 そこへ、他の隊員らしき男がやってきた。

「おい、もう行くぞアステル」

 声を掛けてきたその男の身形は、戦闘に適した動きやすそうな服装で、ちょうどアステルの着ているものと全く同じだった。おそらくは隊員の制服なのだろう。

「それでは、自分はこれで。今夜はお互い楽しみましょう」

 そんな言葉と笑顔を残して、アステルは去って行った。

「今夜……? 今夜、何があるのかしら?」

 オリヴィアはまたしても小首を傾げる。

「……ねえっ!!」

 と、そこへ見知らぬ少女がオリヴィアへと詰め寄った。

「あなた、さっきアステル様の手を触ってたわよね!」

 鬼気迫る表情で、詰問でもするかのように少女は鼻息を荒くしている。

「へ? え、えっと……そうだけど」

 オリヴィアが戸惑いながらも肯定した瞬間、少女の目が鋭い光を放つ。そして、

「お願い! 握手してっ!」

 言うなり、オリヴィアの返事も待たず、少女はその手を取って激しく頬ずりした。

「あっ、プリムラってばずるい! 私も!」

 私も! 私も! と、何人もの少女たちがそこへ集まってくる。

「す、すごい人気なのね。さっきのアステルって人……」

 少女たちの気迫に怯えながらも、オリヴィアはその小さな手を引っ込めようとはしなかった。

「えっ、あなた知らないの!?」

 一人の少女が驚きの声を上げ、他の少女たちもそれに続く。

「アステル様はね、この街のヒーローなのよっ」
「悪事を働く野良人形から、私たちを守ってくださっているのよ」
「その華麗なる身のこなし、まるで踊っているようだわ……」

 ほう……と恍惚の表情を浮かべながら、少女たちはまるで何かに憑りつかれているかのように口々に称賛の声を上げる。
 オリヴィアは呆気に取られ、隣で傍観するベンジャミンの顔を伺った。
 すると彼も同じような心境なのか、あからさまに肩を竦めてみせる。

「アステル様がいれば、野良人形なんて怖くないわ」
「そうよ。野良人形なんて、みーんなアステル様がやっつけてくれるんだから!」

 うんうん、と少女たちは誇らしげに頷いてみせる。
 そんな彼女たちの様子に、オリヴィアは思わず口を挟んでいた。

「で、でも……すべての野良人形が悪いってわけじゃないでしょ? どうしてそんなにも目の敵にするの?」

 恐る恐る言った彼女の発言に、その場は「ピリッ」と音がしそうなほど空気が張り詰めた。

「う……」

 と、思わずオリヴィアは身を固くする。

「そりゃそうよ。アステル様は、家族を野良人形に殺されたんだもの」
「え……?」

 思わぬ返答に、オリヴィアの顔から表情が消えた。

「あの方は、家族を失う悲しみを知っているの。だから自分と同じ思いをする人を増やさないためにも、こうして毎日野良人形を追っているのよ。すべての野良人形を捕まえないと、街の平和は保たれないから」
「すべての……? そんな。すべての野良人形が人に危害を加えるってわけじゃ――」
「行こう、オリヴィア」

 なおも反論しようとするオリヴィアの手を、ベンジャミンはぐいと引っ張った。

「えっ、ちょっと。ベンジャミン! 話はまだ終わってないのにっ」

 少女たちをその場に残し、彼は有無を言わさず表通りの方へと歩き出した。

「……主人のいない機械人形は、誰にも管理されていないからね」
「へ?」

 オリヴィアの手を引いたまま、彼は立ち止まらずに話を続けた。

「野に放たれた機械人形たちは、それぞれどんな知識や倫理観を持ち合わせているかわからない。もともと悪い主人に飼われていたのなら、ひねくれた性格の奴だっている。だから、どこでどんな行動を取るかわからない。それに……寿命の近い機械人形は誤作動を起こすことだってある。身体のメンテナンスを怠っているなら尚更。人に危害を加えることだって無いとは言えないよ」
「それは、そうかもしれないけれど……。でも……」
「事故が起こってからでは遅いんだよ」

 表通りを抜け、人気のない狭い路地に入ったところで、ベンジャミンはやっと足を止めた。そうして後ろに立つオリヴィアの方を振り返る。
 久方ぶりに見えた彼の顔は、どこか寂しげな笑みを浮かべていて、オリヴィアは反論しようとしていた口を思わず噤んでいた。
 そして、彼は諭すように言った。

「人形を狩る側にも理由がある。ただそれだけの話さ」
 
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