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マザーズドール ~人形の少女と魔法使いの旅~ 作者:播磨ゆき

第二章

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1.追われる少年

 
「ふわあ……すごい。大きなお城」

 小さな身体で背伸びをしながら、オリヴィアは感嘆の声を上げた。
 猫のように大きな瞳をぱちくりとさせ、遠くに見える石造りの城を眺める。

「へえ、なかなか大きいね。この辺りを治める領主の城ってところかな」

 と、隣に立つ青年ベンジャミンが言った。

 二人の進む荒野の先には大きな街があった。
 城を中心として円形に広がっているそれは、周りを高い城壁で囲まれている。

「ね、早く行きましょっ。……ほらベンジャミン、もたもたしないで!」

 栗色の長い髪を揺らしながら、オリヴィアは小走りに道の先を行く。

「そう急かさないでよ。あんまり走るとバッテリーの消耗が激しいからさ」
「もう。あんたの身体、いっそ部品を買い替えた方がいいんじゃないの?」

 ほんのりと唇を尖らせるオリヴィアに、ベンジャミンは苦笑する。

 機械人形ドールの身体を持つ彼らは、ここ三日ほどはずっと歩き詰めだった。
 時折ベンジャミンが体力の限界――もとい燃料切れを訴えて何度か休憩を挟むことはあったものの、ゆっくりと横になって身体を休めるような余裕はなかった。
 あまりうかうかしていると兵士たちに追いつかれてしまう。

 しかしいくら機械の身体とはいえ、こうも動いてばかりいると、段々と身体の節々が傷んでくる。
 そろそろ休息を取りたい――と思っていた矢先に見つけた街である。

 オリヴィアが飛び上がって喜ぶのも無理はなかった。





       ◯





 二人が城壁までたどり着くと、そこでは身体検査が行われていた。
 街の入口である門の手前では人の行列ができており、旅人や行商人たちが荷物や服装などをチェックされている。

「ねえ、ベンジャミン。これってまずくない?」

 ちょいちょい、とベンジャミンの神衣の裾を引っ張り、小声で訴えるオリヴィア。

「うん、非常にまずいね」

 そう他人事のようにベンジャミンが肯定する。

「じゃなくて、どうすんのよ。これじゃあ私たちは街に入れないわ。野良ドールだってバレたら殺されるもの」

 言いながら、彼女は怖気づいたのか、裾を掴んでいた小さな手にきゅっと力を込める。

「私はまだ休憩しなくても何とかなるけど……。でも、あんたの身体はそうはいかないでしょ?」
「ふふ。まあね」
「まあねって……」
「大丈夫、心配いらないよ。別に正門から入る必要なんてないんだから」
「えっ?」

 ぽかんとするオリヴィアの手を、ベンジャミンはそっと握る。

「おいで、オリヴィア。僕らの入口はこっちだよ」
「ちょ、ちょっとベンジャミン。一体どこ行くのよっ?」

 戸惑う彼女の手を引いて、ベンジャミンは城壁伝いに歩き始めた。
 門はどんどん遠くなり、人間たちの姿もやがて見えなくなる。

 そうして誰もいない、城壁だけが高く立ちはだかるその場所で、彼は足を止めた。

「この辺でいいかな」

 そう言うと、彼は空いた方の手を城壁に添えた。
 すると、その手は一瞬だけ白い光を発したかと思うと、次の瞬間にはずぶずぶと壁の中へと入り込み始めた。
 まるで泥の中へ身を沈めるかのように、ゆっくりと彼の身体が壁に埋め込まれていく。

「えっ、うそっ、これって大丈夫なの!?」

 生まれて初めて見るその現象に、オリヴィアは戸惑いの声を上げた。
 そんな彼女の身体も、ベンジャミンの手に引っ張られてゆっくりと壁に引きずり込まれていく。

「やっ、やだっ……!」

 未知への恐怖心から、彼女は固く目を瞑った。
 だが、身体が壁に入り込んでからも痛みなどは一切なく、次に彼女が目を開けたときには、すでに二人の身体は城壁を通り抜けていた。

 そこでオリヴィアが目にしたのは、城壁の内側に広がる街の景色だった。
 二人が佇んでいるのは路地裏で、民家の陰になっているそこは薄暗くじめじめとしている。
 が、民家の間から見える向こう側――表の通りの方では、たくさんの人が往来していた。

「ね、無事に入れただろう?」

 そう言って、ニコニコと嫌味なほど爽やかな笑みを浮かべるベンジャミン。

 そんな彼の軽薄さに、オリヴィアは溜息を吐く。

「……あんた、これだけ魔法が使えるくせに、自分の身体のことはどうにもできないの?」
「こればかりは仕方がないよ」

 苦笑しながら、彼は表通りの方へと歩を進めた。
 細い道を進み、かろうじて陽の当たる所までやってくると、そこから首を伸ばして改めて街の中を見渡す。

「へえ。城だけじゃなく、城下町も綺麗に整備されていて立派な街だね。……だけど」

 ちらりと脇の方へ目をやると、至る所に警備兵の姿が散見された。

「治安が良くて警備が行き届いているってことは、僕たちにとっては危険な場所だね。あまり長居すると人形狩りに遭うかもしれない」
「に、人形狩り……」

 彼の不穏な言葉に、オリヴィアは緊張する。

 と、そのとき。

「待てえっ、野良ドール!!」

 荒々しい怒号が、どこからか飛んできた。

「って、言ってるそばから!?」

 オリヴィアは身を固くして辺りをきょろきょろとした。

 すると、表通りの奥の方から、人混みを掻き分けて一人の少年が走ってくるのが見えた。
 歳は十代の半ば頃だろうか。
 褐色の肌に黒い髪、赤い眼を持ち、傷だらけになっている手には短剣が握られている。

 彼が前へ進む度、道行く人々は戸惑いの声を上げ、道を譲る形でその場から飛び退いていく。

 そのさらに後方からは数人の警備兵たちが追いかけてきていた。

「! あの子、もしかして機械人形なの!?」

 オリヴィアは少年を見つめながら言う。

 野良ドールと呼ばれたその少年は、オリヴィアたちのいる細い路地を見つけると、急に方向を変えてそちらへ迫ってきた。

「わっ、わっ、こっちに来る!」

 オリヴィアは焦りの声を上げ、隣に立つベンジャミンの腕に縋りつく。

「おい、そこをどけえっ!」

 迫りくる少年は、手にした短剣を閃かせながら叫んだ。

「ベ、ベンジャミン、早く逃げなきゃ……っ」

 こんな狭い道で刃物を向けられては堪らない。

 オリヴィアが震える声でその名を呼ぶと、呼ばれた本人は、

「……ごめん、バッテリー切れ」
「え?」

 ふふ、と自嘲的に笑いながら、ベンジャミンはがくりとその場に膝をついた。
 そうして気怠げに頭を垂れ、銀髪の隙間から黄金の瞳をオリヴィアへと向ける。

「さっきの壁抜けの魔法……意外と消耗するんだよね」
「えっ……ええええ――――っ!?」

 まさかの窮地にオリヴィアは驚愕する。
 これがもしも自分一人だけだったなら、最新型を誇る自慢の足で何とか逃げることができるかもしれない。
 けれど、動けないベンジャミンの身体を背負うとなるとそれは不可能である。

 どうすればいい、と考える暇もなく、少年は目の前まで迫っていた。
 彼の持つ短剣が、その手の中でギラリと光る。

 オリヴィアはベンジャミンの肩に掴まったまま、迫りくる脅威にきゅっと目を瞑った。
 
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