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マザーズドール ~人形の少女と魔法使いの旅~ 作者:播磨ゆき

第三章

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2.故郷

 
 洗った服を魔法で乾かした後。
 辺りに人気がないのを確認して、二人は散策を始めた。

「昔、ここに存在していた街で、僕は暮らしていた。フリージアと一緒に」

 木漏れ日の降る森の中を歩きながら、ベンジャミンが言った。

「ママと……」

 当時の様子を、オリヴィアは想像する。
 フリージアは彼女の母――もとい、彼女を所有していた主人である。
 オリヴィアの知るフリージアは、独り身の老婆だった。夫はおらず、子どももいない。その寂しさを紛らわせるかのように、機械人形ドールであるオリヴィアをまるで我が子のように可愛がっていた。

「ベンジャミンはママのこと、好きだって言ってたわよね?」
「片想いだったけれどね」

 苦笑しながらベンジャミンが返す。

「片想いだったのに、一緒に住んでたの?」

 そう聞いてしまってから、オリヴィアは後悔した。
 この質問は、ベンジャミンにとっては残酷なものだったかもしれない。

「……ふふ、別に気にしなくていいよ。もうずいぶんと昔のことだからね」

 俯いたオリヴィアの様子に気づいて、ベンジャミンが笑いかける。
 そうして顔を上げた彼の前に、一つの建物が姿を現した。

「これは……驚いたな。まだ残ってたんだ」

 溜息を吐くように彼が言って、オリヴィアもまた同じように顔を上げる。
 そこにあったのは、遺跡のようなものだった。幅の広い階段を上った先に、石造りの外壁が見える。鬱蒼と生い茂る木々の間から、建物の一部だけが覗いている。
 おそらく、かなり大きい。
 そして古い。
 あらゆる箇所が欠落し、全体的に色褪せてしまっているその建物は、相当な年月のあいだ放置されていたものと見える。ボロボロになった壁には無数の植物が絡みつき、ほとんど森と同化してしまっている。

「大きい……。もしかして、お城?」
「僕の家だよ」

 まるで何でもないことのようにベンジャミンが言って、オリヴィアは面食らった。

「ベンジャミンって、お城に住んでたの?」
「城じゃないよ。少し広いだけで、普通の家さ」

 言いながら、彼はその階段に足をかける。
 彼の靴が段を踏む度、表面が欠けてパラパラと砂のようなものが落ちた。

「……さすがに老朽化がひどいね。五十年も経てば無理もないか」
「五十年っ?」

 想像以上の年月に、オリヴィアは声を裏返らせた。

「そう。もう五十年も前のことだよ。当時はまだ、君のような機械人形は高級品で、一部の貴族しか所有していなかった。……僕の家は裕福だったから、一体だけ持っていたけれどね」

 話しながら、彼は歩を進めていく。
 その後ろを、オリヴィアは小走りでついていく。
 階段を上り切ったところにある入口の扉は開け放されていた。二人が屋内に入ると、ひんやりとした空気が肌を撫でる。

「……その機械人形はね、僕が生まれたときに母からプレゼントされたものなんだ。だから僕は、生まれたときからその機械人形と一緒だった。まるで兄弟みたいに……」

 広い玄関を通り過ぎると、今度は三階まで吹き抜けになった長い廊下が続く。足元には絨毯が敷かれているが、埃だらけで、もとは何色だったのかさえわからない。

「懐かしいな……。この辺りにはよく壺だとか像だとか、割れやすいものがたくさん置いてあってね。僕が魔法で遊んでいると、その度に何かが壊れて、色んな人たちから注意を受けた。特に教育係りのお姉さんがうるさくてね。からかうのが楽しかったな」
「あんた……その頃から性格がひねくれてたのね」

 オリヴィアが呆れ顔で言うと、

「そうだよ。僕は昔から、イタズラをするのが好きだった。そうやって問題を起こしていれば、みんなが僕を見てくれる気がしたからね」
「何それ。周りから注目を浴びたかったの?」

 その質問に、ベンジャミンは曖昧な笑みを浮かべる。

「周りから、というよりは……フリージアに見てもらいたかったんだ」
「ママに?」

 その名を耳にして、オリヴィアはわずかに緊張した。フリージアとベンジャミンの関係について、彼女はまだ何も知らない。
 ベンジャミンは廊下の突き当りの所まで来ると、今度は地下へと続く階段を降り始めた。

「……彼女に振り向いてほしかったんだ。どうにかして、彼女の気を引きたかった。でも、僕の起こした行動は、すべてが逆効果だったんだ」

 そう言う彼の声は、段々と小さくなっていく。
 階段を降りていく毎に、辺りの景色も暗くなっていく。
 太陽の光が届かない地下の空間では、完全なる闇が広がっていた。

「フリージアは僕を嫌っていた。決して僕のことを見ようとはしなかった。だから……オリヴィア、君が羨ましいよ」

 彼の口から漏れたその言葉は、オリヴィアの胸を揺るがせた。
 五十年前のフリージアは、ベンジャミンを嫌っていたという。
 そして、晩年の彼女はオリヴィアを愛していた。

「……あなたは、ママとどういう関係だったの?」

 オリヴィアが聞くと、ベンジャミンは少しの間を置いてから、

「これを君に伝えることが、正しいことなのかどうかはわからない。僕がこれを口にすることで、君を傷つけてしまうかもしれない」
「私が傷つく? どうして……」

 やがて階段が終わり、視界が真っ暗になった頃。
 ベンジャミンは魔法を使い、小さな灯りをつくった。宙にかざした手のひらから、淡いオレンジの炎が浮かび上がる。
 そうして露わになった地下の様子は、言うなれば『迷路』だった。あらゆる方向に細い道が伸び、所々に扉が見える。

「オリヴィア。君は、真実が知りたいかい?」

 いつになく真剣な声色でベンジャミンが聞く。
 その雰囲気に気圧されて、オリヴィアは不安げな表情を浮かべた。

「君が知りたいなら、僕はすべてを話すよ。……この先に、見せたいものがあるんだ」
「この先に?」

 迷路の奥に、何かがある。
 オリヴィアの胸に、期待と不安とが入り混じった感情が沸き起こる。
 だが、そのとき。
 彼らの背後から、何者かの足音が近づいてきた。

「! 下がって、オリヴィア」

 すかさずベンジャミンが音の方へと身体を乗り出す。
 音は後方――先ほど二人が下りてきた階段の上、つまりは地上から聞こえていた。
 やがて足音が止むのと同時に、

「……本当に、こんな所にいるとはな」

 少年の声が聞こえた。
 どこかで聞いたことのある声だった。

「その声……もしかして、ロータス?」

 ベンジャミンの背後で、オリヴィアが小さく問う。
 二人の前方――階段の上に現れたのは、彼女の言う通り、第一特別攻撃隊マグノリアの制服を纏ったロータスの姿だった。
 
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