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マザーズドール ~人形の少女と魔法使いの旅~ 作者:播磨ゆき

第一章

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1.人形狩り

 
「逃がすな、追え! 必ず捜し出せ! 野良人形のらドールを野放しにするな!」

 物々しい雄叫びが森を包囲していた。
 長剣を携え、銀の甲冑を纏った兵士たちが木々の間を駆け抜ける。
 その様子を、木陰から一人の少女が見つめていた。身を屈め、息を殺し、猫のように大きな目を絶えずきょろきょろとさせている。

「……なによ、なによ! か弱い女の子を大人が寄ってたかって追いかけまわして。ほんっと人間って野蛮だわ。みんなまとめて地獄に堕ちればいいのよっ」

 小声で悪態を吐くその顔は幼い。人間でいえばまだ十歳にも満たないような、小さな少女だった。
 身形はピンクのワンピースに白いエプロン。栗色の長い髪に大きなリボンを載せた、可憐な機械人形ドールだった。

「あともう少しなのに……。こんな所で人形狩りに遭うなんて」

 白い木漏れ日が降る森の中、兵士たちの足音はあちこちから響いてくる。
 それらと自分との距離を冷静に測りながら、少女は背後に聳える山をそっと見上げた。

「あの山……。あの頂上まで行けば、きっと……魔法使いに会えるわ」

 森を抜けた先に、岩肌を剥き出しにした山が天高く伸びている。ここから走ればそう遠くはない。あの山の頂上に、伝説の魔法使いが封印されている。

「キュッ!」

 と、そのとき。少女の懐から、高い鳴き声を上げて小さな生き物が飛び出した。

「あっ、キューちゃん。今は出ちゃだめっ……!」

 ぽとりと土の上に落ちたのは、白いふわふわの毛を持った一匹の小動物だった。体長は手のひら二つ分ほど。丸い耳と長い尻尾を持っている。
 キューちゃんと呼ばれたその動物を、少女は慌てて抱き寄せようとしたが、

「いたぞ、こっちだ!」

 斜めの方角から声が上がった。

「! しまった……」

 声のした方へ目をやると、騒ぎを聞きつけた数人の兵士たちがこちらへ走り寄ってくるのが見えた。
 少女はごくりと喉を鳴らし、意を決してその場に立ち上がる。

「こうなったら一気に行くしかないわ。キューちゃん、走って!」
「キュッ!」

 まるで人語を解しているかのように、動物が返事をした。
 直後、彼らはほぼ同時に走り出す。

「待て、逃げても無駄だ!」
「誰が待つもんですか。この最新型機械人形の足の速さを見せてあげるわ!」

 吐き捨てるように言って、少女は加速した。
 子どもの体型でありながら、その脚力は凄まじい。最新型の名に恥じない高性能を搭載した少女の足の速さは、大の大人をも遥かに凌ぐ。さらに機械の身体であるため、息切れもしない。

「くそっ、なんて速さだ!」
「案ずるな。どうせ逃げ場などない」

 森は包囲されている。少女の行く手には他の兵士たちが待ち構えていた。
 次々と現れる兵士たちの姿に、少女はバツの悪そうな顔を見せると、

「キューちゃん、強行突破よ。翼を広げて!」
「キュッ!」

 少女が合図を送ると、その後ろを走っていた動物はぐっと足を踏み込んで高くジャンプした。するとその身体は空中で白く発光し、眩い光が辺りを照らす。

「わっ、なんだ!?」

 兵士たちは目を眩ませてその場に立ち竦んだ。
 光が収まると、そこにはそれまで存在していなかったはずの、巨大な獣の姿があった。
 白銀の毛で覆われた巨体は、まるで白馬のような形をしているが、その背中からは鳥のような大きな翼が生えている。

「なっ……ペガサスだと!?」

 ようやく目を開けた兵士たちは、眼前に現れたその眩い姿に慄いていた。
 空中を駆ける獣の背に、少女はひらりと飛び乗る。

「よおっし、全速前進!」

 ビシッと前方に指を差し、少女が叫ぶ。
 ペガサスは嘶き、驚異的な速度を持って駆け出した。
 屈め! 避けろ! と兵士たちは口々に叫び、慌てふためいた様子でその場を右往左往する。

「あっ、キューちゃん。人にはぶつかっちゃだめよ!」

 少女が耳打ちすると、ペガサスはわかっているという風に瞬きする。
 木々と人々の間を縫うようにして走り去る獣の背中を見送って、兵士たちは唖然とした。

「……ペガサスなんて初めて見た」
「あんな高価なものをどこで? まさか盗んだのか?」
「いや、もともと貴族の家の機械人形ドールだったのかもしれん」

 ぜえぜえと肩で息をしながら、兵士たちは口々に呟く。
 その前方で、少女たちは森を抜けようとしていた。

「いいわ、その調子! このままあの山まで行くわよっ」

 上機嫌な声で少女が言った。

(でも、すんなり入れるといいのだけれど……)

 そんな少女の心配を他所に、目的の山は目前まで迫っていた。
 山の麓には登山道の入口があり、その手前に立てられた看板には『立ち入り禁止』の文字がある。周りには有刺鉄線が張り巡らされ、警備兵が配置されていた。
 警備兵は少女たちに気づいて硬直した。いきなり巨大な獣が全速力で迫ってきたのだから無理もない。
 ペガサスはさらに速度を上げると、勢いのまま看板の上を飛び越える。
 だが、

「! ギャウウッ……!!」

 突如として、ペガサスは悲鳴を上げた。

「キューちゃん!?」

 まるで見えない壁にぶつかったようだった。それまで猛スピードを保っていたペガサスは突然ぴたりとその場に留まり、強い電撃を浴びて悶え苦しむ。そのまま後方へ弾かれたかと思うと、少女もろとも土の上に放り出された。
 激しく全身を打ちつけた少女は、しかしすぐに起き上がると、倒れたままのペガサスのもとへと駆け寄った。

「キューちゃん、大丈夫!?」

 ペガサスはすでに元の小動物の姿に戻っており、口から泡を吹いて全身を痙攣させていた。少女が抱き上げても様子は変わらない。

「あ、あんたら、なんて無茶をするんだ。この山は強い結界に守られている。頂上にはこの世で最も恐ろしい悪魔が封印されているんだぞ。何人たりとも、この山に足を踏み入れることはできないというのに……!」

 警備兵が近づいて、少女たちを怒鳴った。
 その後方から、森を抜けた兵士たちが追いついてくる。

「そいつを捕らえろ! 野良人形だ!」

 その声を聞いて、警備兵は明らかに狼狽した。反射的に腰の剣を掴み、恐怖心を剥き出しにした表情で少女を見下ろす。
 少女は警備兵から目を離さず、胸にペガサスを抱いたまま、登山口の方へと後退した。

「こ、こら。そっちには結界があるんだぞ。身体が触れれば無事では済まない!」

 そんな警備兵の忠告には構わず、少女はどんどん後退する。

「あんたたちみたいな人間に殺されるくらいなら、自分で死んだ方がマシよ! どうせこんな世界とはおさらばするんだからッ!」

 少女はそう言い放つと、踵を返して結界の方へと走った。

「おい、あんた……!」

 警備兵は逃げ腰になりながらも少女の後を追う。
 だが、少女がいくら走っても、結界に接触することはなかった。

(あれ……?)

 おかしいな、と少女が思い始めた矢先、その背後から悲鳴が上がった。
 驚いて振り返ると、そこには先ほどの警備兵が倒れていた。口から泡を吹き、全身を痙攣させている。
 その様子からすると、どうやら彼もペガサスと同じく、結界の電撃を浴びたらしかった。

「えっ……? な、なんで? 私だけ結界を通り抜けられたの……?」

 少女は困惑していた。
 同じ場所を通ったはずなのに、なぜか自分だけが結界を突破することができたらしい。

「キュッ!」

 と、そこへ聞き慣れた鳴き声が届く。
 反射的に少女が視線を下げると、彼女の腕に抱かれていたペガサスは身じろぎをして自ら土の上へと落ちた。

「キューちゃん。無事だったの!?」

 歓喜の声を上げる少女の足元で、小さなペガサスは元気よく走り回る。そうして後ろ足で立ち上がったかと思うと、鼻をひくひくとさせ、そのまま登山道の方へと駆け出した。

「あ、こら。どこ行くのよ。置いてかないでってば!」

 慌てて少女は後を追う。

「待て! 戻ってこい!」

 結界の外側からは兵士たちの声が飛んでくる。
 少女は倒れた警備兵の容態が少し気になったものの、立ち止まることはなかった。





「キューちゃん、どこまで行くのよ!」

 少女が呼びかけても、小さなペガサスは止まらなかった。それどころか少女の声にすら反応しない。

(なんだか、様子がおかしい……)

 まるで何かに誘われるようにして、登山道をまっすぐ進んでいく。分かれ道に差し掛かるも、迷う素振りは一切見せない。
 そうしてあっという間に、彼らは頂上付近へとたどり着いた。
 さすがにこれだけの距離を一気に登ると、少女の身体もかなりのバッテリーを消費する。依然として息は上がらないものの、全快時よりは動作が鈍くなっていた。

「キュッ」

 と、やっとのことでペガサスは足を止め、少女を歓迎するように振り返って鳴いた。
 少女も同じように足を止め、そして前方の景色を眺める。
 彼らの先には、岩肌にぽっかりと穴の開いた、大きな洞窟のようなものがあった。その入口には人工的な鉄格子が嵌められており、さらにその奥には人影が見える。

「……いらっしゃい。可愛らしいお嬢さん」

 洞窟の陰になっている所から、声が届いた。若い、けれど幼くはない声。男性のものだった。

「あ、あなたは……」

 怖気づいたように、少女は声を震わせる。だが、その瞳は期待の色を滲ませていた。
 陰の中で、声の主が動く。すらりと立ち上がった背は高い。その人物はこちらへゆっくりと歩を進め、やがて陽の光に照らされて顔が露わになった。
 その顔は、少女が思っていたよりもずっと優しげで柔和なものだった。長い睫毛に、ほんのりと垂れ下がった目尻。口元に微笑を浮かべたその姿は、華奢な身体と相俟ってどこか儚げな印象さえある。
 歳は十代の後半くらいだろうか。白い肌に銀髪と黄金の眼を持ち、神衣のような白い衣服を身に纏っている。全体的にやけに白くて、まるで薄暗い洞窟には似つかわしくない。

「あなたが、あの……最強災厄と謳われる大魔法使いさん?」
「そう呼ばれることもあるね。あるいは悪魔だとか、世界を滅ぼす大魔王だとか」
「キュッ!」

 と、今度はペガサスが声を上げ、洞窟の方へと走った。鉄格子の間からするりと身体を滑り込ませ、奥の青年へと駆け寄る。
 大魔法使いと称されるその青年は、優しげな手つきでペガサスを胸に抱き上げ、そっと頭を撫でた。
 その様子に、少女は少なからず驚いていた。

「珍しい……。キューちゃんが、私とママ以外に懐くなんて」
「ママ?」

 少女の呟きに、青年が反応した。

「ママは、私のママよ。とっても優しいの」
「ママって言うけど……でも君は、機械人形だよね? 血は繋がっていないはずなのに、ママって呼ぶんだ?」
「私が機械人形だってこと、わかるの?」
「まあね。ずっと見てたから」
「!」

 そんな青年の発言に、少女は身を強張らせた。

「ずっと、見てた……?」
「うん。僕は世界一の大魔法使いだからね。地上の様子を覗くことなんて朝飯前さ」

 そう言って笑った青年の顔は、無邪気な子どものようでもあり、あるいはイタズラ好きな小悪魔のようでもあった。

「君がここへ来ることはわかっていたよ。だからさっきは山の麓で、一時的に結界を解いてあげたんだ」
「! あれって、あなたのおかげだったの?」

 言われて、少女は思い出す。
 先ほど登山道の入口で結界に触れようとしていたとき、彼女だけは無事に通り抜けることができたのだ。

「まあ、このペガサスだけは間に合わなかったみたいだけれどね。死なせるつもりはなかったんだけど、残念だよ」
「え……?」

 青年はペガサスを抱いたまま、鉄格子の際まで歩み寄る。そうして細い手を伸ばし、ペガサスの身体を少女の方へと差し出した。

「キューちゃん?」

 少女もまた鉄格子の方へと歩み寄り、差し出されたその身体を受け取る。
 手のひらの上でぐったりとしているペガサスは、口を半開きにしたままぴくりとも動かない。いつもは鼓動を打っていた小さな胸元も、今はしんとしている。
 死んでいる、としか思えない。

「ど、どうしちゃったの……? さっきまであんなに元気だったのに……?」

 わなわなと手を震わせながら、少女は動かないペガサスを見つめる。

「ああ、さっきまでは僕が操っていたんだよ。君をここへ案内するために」

 まるで何でもないことのように青年が言った。

「操ってた……? それって魔法? じゃあ、さっきまで動いていたのはキューちゃんじゃなくて――」
「うん。その子は最初に結界に触れたときに死んでしまったからね。代わりに僕が身体を動かしていたんだよ」

 青年の言葉に、少女は目を見開いていた。
 
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