六:契機
門番が言い放ったことに対して、蘭は何もしなかった。肯定も否定もせずに、ただただ直立不動の姿勢をとり続けた。
そんな彼女に耐えかねて、門番は言葉を繋げた。
『この空白の発生は偶然でしょうか。それとも、意図的ですか?』
「分かりません」
彼女は、自らを試している門番に反抗したわけではない。存在する事実を伝えただけである。
工藤新一=江戸川コナンの等式は、彼女が幾度も触れることを躊躇ってきたものだった。それ故に、過剰に驚く必要もなかった。しかし、全くそうではないとは言い切れないために、正反対の感情が互いに互いを打ち消し合っていた。
『ならば、前に私の言ったことも理解出来たのではないでしょうね』
「わたしが、新一を分かっていないと言うことですか」
蘭がそのまま続けようとした時、彼女の背後にある扉が音を立てた。彼女が携帯電話を耳に当てながら振り向くと、そこには彼女の父親こと毛利小五郎がいた。
「遅くなって悪かったな、蘭。ちょっと色々あってよ、こんなに長引くなんて予定外でなぁ」
小五郎は、深緑色のパッケージに包まれているお土産を手に持ち頭をポリポリ掻きながら言う。蘭は少し悩んだが、通話口を押さえてからお帰りなさい、と答えた。
彼女の言葉がそこから漏れていたのか、門番は口を開いた。
『長電話も難ですし、直接お会いしませんか』
「他の人に聞かれたら困るようなことでもあるんですか?」
門番は、蘭の冷静な反論にふーむ、と呟いて暫く間を置いた。それから、順を追うように言葉を口にした。
『私は、貴方を工藤新一と会わせても構いませんよ。貴方がそれを望むのならば』
今度の門番に、蘭はすぐに反論をする訳には行けなかった。それでも彼女は門番に負けじと、脳から幾つかの言葉を生み出した。
「それは――新一が生きていることを前提とする話ですか? それとも」
『貴方次第です』
自らの言葉を無理矢理に遮った門番に蘭はしめたと思った。そして、それが焦りから来るものだと勘違いしたまま、更に続けた。
「門番さんは、どうしてもわたしと新一を会わせたいですか」
『なきにしもあらずってところですね』
この状況では、蘭には新一が今どうなっているのかを知る術がない。だからこそ、彼女は自らの目で真実を確かめようと決めた。
「じゃあ、どこへ行けばいいですか」
蘭と門番の感情が絡み合って、他者を受け入れることの出来る隙を、徐々に埋めてゆく。門番は、ゆったりとしたテンポで歌いかけるように言った。
『米花市郊外にある、米花第五倉庫にてお待ちしています。日の暮れぬ内にいらしてください』
いつもより大きな砂時計から、全て砂が落ちきった。蘭はそれをひっくり返すことなく、そのままで服のポケットに仕舞った。それから、カーキ色の上着を羽織って髪を軽く整えた。そして一旦部屋に行って財布などをベージュ色のバッグに入れ、それを手にまた戻ってきた。
そんな彼女に、小五郎は事情も分からぬまま聞いた。
「出かけんのか?」
「うん、ちょっとね」
「ま、あんまり遅くならねぇ内に帰ってこいよ」
蘭の偽った笑顔に気づかぬ小五郎は、それだけ言うとすぐに眠ってしまった。旅行に大分体力を奪われたようだ。そんな彼を起こさぬように、そっと歩きながら蘭は外に出た。
扉を完全に閉じる前に、彼女は彼に向かってひと言付け加えた。
「大丈夫。ちゃんと帰ってくるから」
それから扉を閉じた時、彼女は、自らの顔面から笑顔が剥がれ落ちたことに気づいた。
「やだ、何でこんなこと言ったんだろ。帰ってくるに決まってるじゃない」
居場所のない思いに、確かな恐怖感を感じた。蘭は再度、素顔に仮面を貼り付ける。
その時には既に、彼女の気持ちは真っ直ぐ前を見据えていた。
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