五:所以
『工藤新一は、確かに私がこの手で殺めました』
そんな言葉を含んだ門番の電話がかかってきてから、二日が経った。
その電話があった日から、蘭の頭の中ではその言葉だけが何度も再生されていた。自分で止めようと思っても、全く敵わなくて。
はっきりと彼に言われても、彼女の中には、彼は自分を騙そうとしているだけだと叫ぶ彼女がまだいた。
その一方では、門番の言葉を受け入れようとしている彼女もまた存在していた。
結果的に、蘭は何を信じればいいのか分からなくて、彼女自身の思考は無に等しくなっていた。
身の回りのことはきちんとこなせるが、彼女には常にむなしい気持ちがつきまとっている。まだ旅行から戻らぬ小五郎に対する気持ちが入り込む隙さえ、ない程に。
窓から射し込んでいる柔らかい太陽の光は、優しく蘭を包んでいる。それでもその光が暖かすぎる故に、より彼女の負の感情を際立たせていた。
そんな中で、蘭は机の上で沈黙を保っている携帯電話を見つめているだけだ。
彼女は一抹の希望をかき集めて、新一との接触を何度も試みていた。しかしそれに繋がることは一度もなく、同じ反応が返ってくるだけであった。そのこともあり、門番からの着信を待つしか手立てがなかったのだ。
蘭は自らの無力さを改めて実感して、それでも何も変えられない自分がもどかしかった。
しばらく続いた沈黙は、蘭の携帯電話に入った着信で呆気なく終わった。
彼女がディスプレイの表示に目をやると、そこには
「非通知」の文字が浮かんでいた。
「……はい」
それが留守番電話に変わる直前に、蘭は通話状態に切り替えた。思っていたよりも震えていた自分の声に、予想外の焦りが込み上げてきた。
蘭がそんな自分を押し込めると、電波に乗って門番の声が聞こえてきた。
『二日振りですね、毛利蘭様。現実を受け入れる覚悟は出来ましたか?』
門番の口調は、今までと変わらぬものだった。しかし、今の蘭にはその穏やかさが逆に恐怖を煽るもののように感じられた。
彼女は、もし自分が二日前のままならば、真ん前から向かっていっただろうと思った。しかし、電話を受けた今は――真実を知りたいと言う思いでいっぱいだった。
「ええ」
彼女が言葉に宿らせた意志の強さを感じとったのか、門番は静かに話し始めた。
『私は、ある組織に所属していましてね。その組織が所有する研究所で、人間の記憶に関する研究を行っているのです』
人間の記憶? と反芻するように呟いた蘭に、門番は更に続ける。
『その研究の一環である実験に、工藤新一を使わせていただいたのです』
「それって、実験台にしたってこと!? どうして新一が! ……まさか、新一が関わっていた事件って」
『反論は、私が話し終えてから受けつけます』
門番の淡々とした言葉に蘭は黙らざるを得なかった。しかし、心の中では、彼に反抗するかのように反論の文句が余計に浮かんできた。
『貴方の仰有る通り――実験台として、彼の記憶を調べさせていただいたのです。そうしたら色んなことが分かりましてね』
何故他人の記憶を勝手に調査できるのか、どうやって調査をしたのかなど彼女の中に疑問は多数生まれた。しかし彼女は反論と言う術を奪われているために、携帯電話を握りしめることしかできなかった。
『彼の肩書き上かどうかは分かりませんが、他の実験台より彼の記憶は多かったのです。そんな彼の記憶の中でも、中心にいて一番の比重を占めていたのが貴方でした』
「え……? わたしに関する記憶が一番多かった、ってことですか?」
門番の言葉を半分も理解しきれていない蘭は、与えられた情報を整理することに追われていた。そんな中で予想外の言葉が紛れてきたために、余計に混乱してしまった。
蘭は整理を大体終えて、門番の最後に付いていた言葉をやっと実感できた。その刹那、彼女は様々な感情の絡み合った塊が自分を追い越した気がした。
『では、何故だと思いますか?』
突然、蘭は反応することを許された。それに加えて門番が示したのは難解な問いであった。
彼女はそれらのことがあり、少し考えてから、
「新一が、わたしを待たせていたから……じゃないでしょうか」
まるで疑問を投げ掛けるかのように、自信がなさげに言った。
門番からの返答は、それを受ける本人の思っていたよりも早いものだった。
『あながち間違いではありませんが、完璧な正解とも言えません。やはり貴方には“本当の”真実を知る必要があるようですね』
「本当の、真実?」
それは重複表現ではないのか、と蘭はつい無駄なことを思った。
彼女を焦らすように、門番は彼女の言葉から数秒間置いて、やっと口を開いた。
『工藤新一は、貴方の家にしばらく居候していた江戸川コナンと同一人物だと言うことを』
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