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指弾(しだん……非難すること)
泉下の住人
作:都神紗茅



四:指弾


 夕日が地平線の下に身を隠しかけていたため、街は黒に近いオレンジ色に染まっていた。遠くの建物の窓ガラスには光があたり、向きを変えてどこかへと行く。
 限りなく黒に近いオレンジ色の影響は、街に住まう人の心にも及んでいる。道を歩く蘭もその一人だ。


(博士と哀ちゃんが新一に会ったことがないなんて、絶対嘘よ)


 冷たい道路と蘭の履いているローファーの触れあう音が、コンクリートの塀に跳ね返って向かってくる。それは姿を変えて彼女の全身に染み入っていった。
 周りには他に誰もいないと言うこともあって、蘭は自らの潤んでくる視界を全く誤魔化(ごまか)そうとしなかった。鼻をくすんと鳴らして、それでも家に向かって同じ速度を保ちながら歩いた。


(そうよ、絶対に嘘よ。だって、わたしが覚えてるんだから)


 心の中で、その言葉を何度も呟きながら。









 蘭は階段を上がり、扉の鍵を開けた。暗い事務所の中は、誰もいなくて冷えきっていた。
 彼女が流されるままに灯りを点けてみたところで、その場の冷えきった空気は留まり続けたままだった。
 最初からそのことを頭では分かっていたが、いざそれが現実となると、とたんに期待を裏切られた気分になった。
 長くて静かなため息を一つだけつくと、蘭は事務所の扉をゆっくりと閉めた。そして室内の中央にある来客用の椅子に腰かけた。



 しばらく無音に溶け込んだあと、彼女は制服のポケットから携帯電話を取り出した。まだ新たな着信もメールも入っていなかった。
 一瞬だけホッと胸を()で下ろして、すぐに携帯電話を机の上に置いた。例えば今すぐに門番から着信が来ても、すぐに対応できるようにするためだ。しかし、すぐに彼女は門番が明日に電話すると言っていたことを思い出した。


(食欲ないけど、ちゃんとご飯は食べなきゃだよね。時間だって、ちょうどだし)


 蘭は取り出したばかりの携帯電話を右手で(つか)み取り、すっくと立ち上がる。それから、空いている左手で事務所の明かりを消した。













『お見事です。インテリチーム、正解! 芸人チームも気を落とさずに次も頑張ってくださいね。それでは、次の問題です』


 食事を済ませてから、何をする気が起きなくて蘭はテレビの画面をじっと見つめていた。
 画面には、クイズ番組の様子が映し出されていた。個々が持っている雑学の知識を競いあうと言うものだ。そこにいる人々はみな、たあいないことを言っては笑いあっていた。
 彼女は、そんな人々がとてつもなく(うらや)ましかった。日常に存在するありふれたぬくもりが欲しかった。


「会いたい」


 蘭のぽつりと呟いた言葉は、司会者が会場を盛り上げようとして発した空回りな言葉にかきけされた。
 彼女の意識は“工藤新一”を中心に回っていた。
その様子を、どこか客観的な冷たい目で見ている彼女も近くにあった。“工藤新一”に会いたいと願うのも自分で、いい加減抵抗を止めれば楽なのにと思っているのも同じ自分だった。そんな両極端な二つの思いが混在する中で、実際に行動を起こせる表面化した彼女は、ただ何もせずに中間地点にいるだけだった。


 そんな時――蘭の携帯電話が、うわべだけ暖まっている空気を切り裂いた。
 その画面の中央には『通知不可能』の文字が浮かんでいる。彼女は、通話ボタンを押してから恐る恐るそれを耳に近づける。


『こんばんは、夜分遅くに申し訳ありません。お分かりいただけますよね? 毛利蘭様』

「ええ。泉下の……門番さんですよね」


 午前への突入時丁度に、ある意味で一日の始まりに蘭が初めて聞いた声の持ち主は、門番だった。それを聞いたのは数時間ぶりではあったが、博士と哀の一件がありだいぶ久しぶりな気がした。


『真実と向きあう覚悟がきちんとできたのですね。私は最初から、あなたの性格からして逃げることはないだろうとは思っていましたが』


 門番の言葉にいち早く反応したのは「工藤新一を信じている」蘭であった。


「あなたがわたしの性格を知っている? だったらわたしがずっと新一を信じ続けることだって分かりますよね? あなたがどこの誰かは知りませんけど、くだらない冗談はいい加減に止めてください。……新一を、返して」


 感情が全身から流れ出してきて、蘭は言葉の最後を敬語表現にすることを忘れていた。境目がはっきりしていた彼女の心は、新一を信じる気持ちが勝りつつあった。曖昧になった中間地点から躊躇(ためら)いなくそこへ両足を踏み入れた。
 (しば)しの沈黙ののち、門番が口を開いた。


『I've heard enough of it』

「えっ?」


 門番の流暢な英語が、蘭の五臓六腑に響き渡る。
 また違った種類の闇に突き落とされて戸惑うだけの彼女を知ってか知らずか、門番は言葉を繋げた。


『そんなことはもう聞きあきた、と言う意味ですよ。第一、彼――工藤新一はあなたの所有物ではないでしょう? 工藤新一は、工藤新一自身の物ですから。あなたに返す理由は存在しませんよ』

「それはそうですけど」


 言葉の隙間を突かれて、勢いで立ち上がっていた蘭は思わず椅子にもたれかかるように座った。
 言葉を発した本人も分かっていた。確かに、自分には新一にある意味で干渉する権利はないと。しかし、門番の言葉を耳にして、自らの中に積み上げられていた感情が崩れるのを抑えきれなくなったのだ。
 蘭のさっきまでの威勢が急激に弱まり、門番は更に言葉を続けた。


『まだお分かりいただけないようなので、はっきり言わせていただきます。あなたが生きていると信じてやまない工藤新一は、確かに私がこの手で(あや)めました』


 門番のとどめの言葉に、蘭は目を見開き、そのまま返答することを忘れてしまった。
 無言になった蘭に、門番は一言だけ残した。


『もう時間が時間ですし、改めて三日以内に電話をかけさせていただきます。では、失礼致します』












この投稿を皮切りに、他の連載作品もお届けできたら……と考えています。











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