弐:喝破
「嘘ですよね? 新一が、そうなったなんて」
”死んだ”と言う負の動詞と新一を結びつけたくなくて、蘭は代名詞に逃げ込んだ。
そんな彼女の心情を察しようともせずに、相手は間を置くことなくすぐに言葉を発した。
『愚問ですよ』
柔らかい敬語である相手の口調と、言葉の語尾についてきた含み笑いが蘭の心臓の鼓動を余計に早める。
感情の器が空っぽと言うわけでもなく、それでもその言葉から憐憫の念を感じることはできなかった。
携帯電話を握り締める手に汗がにじんで、彼女は沈黙の中でそれを持つ手をさっと取り替えた。電話口から、相手の声が続けて聞こえてきた。
『人は、それが如何に素晴らしく人類に貢献した者であったとしても、いつか必ず死を迎えます。彼のそれが、あなたより少しばかり早かっただけのこと』
「第一、あなたはどうしてわたしや新一のことを知っているんですか。名乗りもしないで勝手なことを言わないで下さい」
蘭が最初に言うべき言葉で相手をやっと妨害すると、その場は再度沈黙の時を迎えた。肩で大きく荒い息をしながら、全身が震えないように、そして力が出ていってしまわないように必死でその場に立っていた。少しでも油断をしたら、今にも床に座り込んでしまいそうだった。
そんな彼女をたしなめるように、相手はやっと口を開いた。
『ああ、そう言えば、私のことをまだ何も教えていませんでしたね。私は――そうですね、泉下の門番とでも申し上げておきましょうか?』
「せんかの……もんばん?」
蘭の今の思考回路では『泉下』の漢字の綴りが、どんなものなのか全く解明できなかった。
門番の言葉をそのまま繰り返した言葉に、門番本人は相槌を打つと、更に続けた。
『何故に私があなたと工藤新一を知っているかは、順を追って説明します。今一気に申し上げれば、あなたは混乱してしまうでしょうから。その経緯も勿論でしょうが、私があまりにあなた方のことを知っていると言うことにもきっとね』
「でもわたしは、新一が生きているって信じていますから」
門番に負けるものかと、蘭は強気にそう言い放った。自然と携帯電話を握り締める手にも力が入った。
そう彼女が言ってから、電話の向こうからは何も声が聞こえなくなった。耳を押し当てても、電波か何かによる雑音しか分からなくなったのだ。
門番が自分の声に怖じ気ついたのかと蘭は勘違いしたが、それは次の門番の一声で打ち砕かれた。
『では、あなたは工藤新一の何を信じているのですか?』
蘭は自分を試そうとしているような門番の質問に戸惑ったが、絶対に負けるまいとすぐに口を開いた。
「新一の言葉です。あなたがわたしと新一のことをどこまで知っているかは分からないですけど、絶対に帰ってくるって約束してくれましたから」
『帰ってくる? どこからですか』
「事件の調査からです。知っているかもしれませんけど、新一は探偵で、その事件が解決しないから、いなくなっているだけです」
その言葉を噛み締めて、蘭はそれが事実なのだと自らに言い聞かせた。現実と夢の曖昧な境目から抜け出すための呪文として。
やっと言い切れたと安心していた彼女に、門番は一つの大きなため息を返してみせた。そして、そこから一拍置いて言葉を発した。
『どこまで知っているのか、と。私は工藤新一が探偵として活躍していたことも、あなたの前から姿を消してあなたを待たせていたと言うことも知っていますよ』
「!」
電話口でもはっきりと分かるほどに動揺した蘭に構わず、門番は続けた。
『そして、あなたの言葉でまた一つ分かりました。あなたが工藤新一を何も分かっていないとね』
「……え?」
聞き捨てならない門番の言葉に、蘭は耳を疑った。わたしが新一のことを何も知らない? そんな訳がない、新一とわたしは幼馴染でずっと昔から一緒にいたから。そう思ってみても、さらに激しく動揺する心を脳が抑制できなくなり、彼女はそれらを言葉として門番に伝えることができなかった。
『まぁいいでしょう。明日にまた電話致しますから、電源はつけておいて下さいね。消えていたとしたら、逃げたのだと受け入れますから。では、失礼致します』
蘭の都合を全く考えずに、門番は勝手に電話を切った。
画面に表示されている通話時間はそれほど長くはなかった。しかし蘭は、それはこれまでの経験で一番長く感じた。
彼女はふっと我に返って、工藤新一の携帯電話の番号を検索し始めた。焦りつつもなんとか見つけて、その番号へ発信する。幾度かの呼び出し音の後に、聞き慣れた声色なのに、いつもと違う言葉が彼女の耳を通り抜けていった。
『おかけになった番号は現在使われておりません』
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