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エウレールの森の民 作者:アヤキリュウ
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第60話

 マリイヤの香るお茶をゆっくりと味わった後、アスティたち三人と一羽は、バウンスに礼を述べて化学部門の研究室を後にした。薄暗い地下から赤絨毯の地上階へ出ると、周囲の雰囲気が変わる。壁や天井の華やかな装飾に、アスティはここが国王の宮殿であることを改めて思い出した。
「とにかく、これで騎士団の専門五部門は一通り案内済みってわけだな。」
 階段を上がったところで腕を組み、ジェイスが言った。
「そうだね。後は、イニス団長の執務室とー……。」
「いや、さすがにそこは勝手に入れないから。」
 天井を見上げながら呟いたヨルンの言葉をジェイスは直ちに打ち消して、ポンッとヨルンの肩を叩く。
「勝手に入るんじゃなくて、頼んで見学させてもらうんだよ! イニス団長のことだから、何だかんだで日曜も仕事してるんだろうし、きっと今日も執務室にいると思うんだ。」
 ヨルンは、にこりとジェイスに微笑み掛けると、さらに上の階へ行こうと階段に片足を掛けた。
「待て待て、落ち着け!」
 ジェイスが慌ててヨルンの肩を掴み、引き戻す。
「いいかヨルン、よぉく考えろよ? 日曜日も仕事してるってことは、それだけイニス団長は忙しいってことだからな? そこへ押し掛けて『執務室を見学させてください!』なんて言ったらどうなると思う?」
 ジェイスの問いに、ヨルンは「うーん。」と唸ってしばし考えるそぶりを見せた後、にこりと微笑んで小首を傾げた。
「……歓迎される?」
「間違いなく、迷惑がられる!」
 ジェイスが声を荒らげて叫んだものの、ヨルンはにこにこと笑みを浮かべたまま、ジェイスの肩越しにアスティに呼び掛けた。
「ねぇ、アスティさんも見てみたいでしょ? イニス団長の執務室。内装も立派だし、見応えあると思うんだ!」
「え、ええと……。」
 ヨルンの屈託のない笑みに気圧されつつ、アスティは曖昧に微笑み返す。アスティとしては、ヨルンに「見応えのある部屋だから」と勧められて興味が湧かないわけでもないのだが、ジェイスが懸念するように、仕事中に押し掛けてイニスの仕事の邪魔をしてしまうことは本意ではない。
「クエッ!」
 アスティが答えに迷っていると、キーロが鳴いた。
「ほら、キーロは見たいって!」
 ヨルンはキーロの一声を賛意と解したようで、嬉しそうにジェイスに向き直る。
「……いや、『ほら』とか言われても分かんないから……。」
 ジェイスはちらりとキーロを振り返ったものの、前のめりなヨルンの肩を押し返して冷ややかに返した。
「えー、ジェイスには分かんないの? キーロが全身でこんなに強く『イニス団長の執務室が見たい!』って表現してるのに?」
 ヨルンが目を丸くしてジェイスに聞き返すが、本当にキーロが『イニス団長の執務室が見たい!』と思っているのか、アスティにもよく分からない。
「……絶っ対にそんなこと表現してねぇ! ……つーか、問題はそういうことじゃない!」
 苛立たしげに怒鳴り返したジェイスは、一呼吸置き、ヨルンの両肩を掴んで真っ直ぐ正対すると、落ち着いた口調で口を開いた。
「いいか、ヨルン? お前がイニス団長に叱られるだけなら勝手にすればいいけど、お前の無遠慮な提案に付き合ってイニス団長を怒らせたら、俺はもちろん、アスティさんまでそのとばっちりを食らうかもしれないだからな? お前はいつも自分のしたいことしか考えてないみたいだけど、もっと周りのことをよく考えないと……。」
 ジェイスは一言一言念入りに説くが、その間、ヨルンは不満たっぷりの様子でジェイスを睨み、徐々に頬を膨らませていく。
「イニス団長が怒るかどうかなんて、聞いてみなくちゃ分からないじゃない。歓迎してくれるかもしれないのに!」
 ヨルンは両頬の風船を破裂させ、勢いよく言い返した。
「聞かなくたって分かるだろ! 常識で考えろ、常識で!」
「全っ然分かんない! 常識って何!? それが正しいって証明できる!?」
「屁理屈言うな! 常識は常識だ!」
「そんなのただのジェイスの思い込みだよ! せっかく王宮を案内するんだから、王宮らしい豪華な部屋を見てもらいたいって思うのが常識だよ!」
「たとえそう思っても、諸般の事情を踏まえれば遠慮するのが常識なんだよ、この場合!」
「お伺いも立てずに諦めるなんて全然常識じゃないよ! どうして分かんないの、ジェイスの分からず屋!」
「……はぁあ!? どう考えても分からず屋はお前の方だろうが!」
 二人が完全な言い争いを始めてしまい、アスティは仲裁に入る隙を見つけられずに二人を見守るしかない。
「何かあったのか?」
 不意に、背後から聞き覚えのある声が響き、アスティは穏やかな声音に安堵を覚えながら振り返った。
「い、イニス団長……。」
「あ、イニス団長!」
 廊下の先に黒衣に身を包んだ予想通りの姿を認めたアスティが彼の名を呼ぶよりも早く、ジェイスとヨルンがアスティの背後で声を上げた。慌てたように上擦った声がジェイス、どこか嬉しそうな声がヨルンだ。
「イニスさ……。」
「全く、休日の宮殿でどんな無粋な連中が喚いているのかと思えば……アスティ、あなたが一緒だったのね。」
 イニスに対するアスティの呼び掛けを打ち消すように、イニスの外套の陰からユミルエールが姿を現してアスティを睨んだ。ユミリエールは裾の広がりを抑えた淡黄色のドレスに身を包んでおり、一昨日見たピンク色の可愛らしいドレス姿よりも少しばかり大人びて見える。上品なレースで控えめに飾られた柔らかそうな生地が、ユミリエールの体に沿って女性らしい曲線を描き出していた。
「ユミリエール姫……。」
 ドレスの美しさと凛とした佇まいに思わず見惚れながら、アスティはぼんやりとユミリエールの名を呼ぶ。
「クエッ!」
 アスティの呼び掛けに続き、キーロもユミリエールに向かって元気良く鳴いた。ユミリエールに対する挨拶のつもりなのかもしれない。
「……あ、いや、あの騒いでいたのはアスティさんじゃなくて俺たちで……お騒がせして申し訳ありません。」
 ジェイスがヨルンを小突きながらユミリエールに向かって頭を下げた。ヨルンは一瞬不満げにジェイスの腕を振り払ったが、ユミリエールに対しては素直に頭を下げる。ジェイスの言うとおり、騒いでいたのはアスティではないが、二人だけを悪者にするのも気が引けて、アスティも慌てて小さく頭を下げた。
「別に謝罪は必要ない。それより何かあったのか?」
 不機嫌そうな声音で、イニスがジェイスとヨルンに問う。
「あ、いや、ちょっとした意見の食い違いで……仕事のことではありませんからお気になさらず!」
 頭を上げたジェイスがにっこりと笑ってイニスに答えるが、その笑顔はだいぶ強ばっている。
「でも、イニス団長がいらっしゃってちょうど良かったです! 僕たちこれから……。」
「こら、ヨルン! 勝手に喋るな!」
 ジェイスが慌ててヨルンの口を塞ごうと手を伸ばすが、ヨルンはその手を素早く振り払って続けた。
「僕たちこれから、アスティさんをイニス団長の執務室に御案内しようと思ってたんです!」
「俺の執務室に?」
 イニスが眉を顰めて問い返し、その目的を問うかのようにアスティの方を見たが、イニスの求める答えを有しているのはヨルンであって、アスティではない。何とも答えようがなくてアスティが曖昧な微笑を返すと、イニスの視線はすぐにヨルンへと戻った。
「ええ。騎士団の専門五部門の執務室はもう案内したので、次は騎士団長の執務室かと思いまして! というわけで、これからイニス団長の執務室に伺ってもよろしいでしょうか!?」
 ヨルンは満面の笑みで勢いよくイニスに問う。
「俺の執務室なんか見たって、特に面白いものはないと思うが……。」
「そんなことありませんよ! 執務室には歴代騎士団長の肖像画も飾ってありますし、天井画のデザインも歴史的に重要で、柱の彫刻には古くから魔除けの効果を持つという特別な刻印があるとか……!」
 ヨルンが瞳を輝かせながら熱っぽく語り始めると、些か気圧され気味のイニスは、身を乗り出したヨルンの眼前に片手を掲げて続きを制した。
「話は分かった。長々付き合う気はないが、少しの時間なら……。」
「ダメよ!」
 イニスの了解を打ち消したのは、ユミリエールだ。イニスの外套を掴み、不満げにアスティを睨んでいたユミリエールは、少し背伸びをしてイニスに体を寄せると、イニスを見上げた。
「あなたはこれから私と一緒に来月の舞踏会の警備計画について話し合うのよ。約束したでしょう!?」
「……それは先ほどユミリエール殿下が一方的に御提案されただけで、私はまだその御提案を了承してはいないはずですが……。」
 ユミリエールをじっと見下ろしたイニスが、ため息と共に返す。
「あら。じゃあ、あなたは、この国の王位継承権者の成人を祝う舞踏会の警備計画を練ることよりも、この小娘に執務室を案内してあげる方が重要な仕事だって言うの? 世界中の要人が集まる重要な外交行事よりも、個人的なお客様の御案内が大事なわけ? この国と国王陛下に忠誠を誓った騎士団長が公務より私事を優先するの?」
 ユミリエールが掴んだ外套を引き寄せ、イニスが窮屈そうに顔をしかめた。ユミリエールは畳みかけるような質問の後、じっとイニスを見つめている。イニスも黙ってユミリエールを見つめ返すが、イニスが一度目を閉じてため息を吐くと、緊張感を伴う均衡はすぐに崩れた。
「……悪い。執務室の見学はまた今度にしてくれるか。」
 再び顔を上げたイニスは、自分にもたれ掛かるように立っていたユミリエールを押し返しながら、申し訳なさそうにヨルンに告げた。
「でも……。」
「もちろん、また今度で結構です!」
 不満げに何か言い掛けたヨルンの声を遮り、ジェイスが硬い笑顔を張り付けてヨルンとイニスの間に割り込む。
「当然よ! そこの暇そうな小娘と違って、私たちには大事な仕事がたくさんあるんだから、邪魔をしないでもらいたいわね!」
 ジェイスの言葉を引き継ぎ、ユミリエールはアスティの前で胸を張った。
「クエッ!」
 ユミリエールの言葉に答えるように、キーロがアスティの肩で鳴く。ユミリエールは一瞬キーロを見やったが、すぐにふいと視線を逸らし、再びイニスの腕に絡み付いた。
「さあ、早く私の部屋に行きましょう、イニス! あなたの考えている完璧な警備計画が部外者に漏れないように、二人きりで話を聞きたいわ!」
 ユミリエールが上目遣いにイニスを見上げると、イニスは微かなため息をこぼし、「御下命のままに。」とユミリエールに会釈を返した。ジェイスとヨルンが廊下の端へ寄ると、ユミリエールはイニスにぴったりと体を寄せて、アスティの脇を通り過ぎる。一瞬、ユミリエールがアスティを見て得意げに微笑んだが、視線が合ったかと思うとすぐに顔を背けられてしまった。ブロンドの髪がアスティの目の前でふわりと波打ち、微かに甘い香りが漂う。ユミリエールとイニスはアスティたちの目の前の階段を上って行き、アスティはぼんやりと二人の背中を見送った。
 ——何だか……寂しい。
 不意に湧き上がってきた感情に、アスティは驚いた。イニスの執務室を見学できないことが悲しいわけではない。ユミリエールが言ったとおり、イニスが騎士団長としての仕事を優先するのは当然だ。
 ユミリエールの友好的とは言い難い態度も気にならないわけではないが、もしかしたら彼女は国王の執務室でキーロがユミリエールではなくアスティと一緒にいることを選んだことをまだ怒っているのかもしれず、そうであれば、アスティとキーロに対する彼女の態度が硬いのも仕方がないとは思う。もし、あの時、キーロがアスティではなくユミリエールを選んでいたなら、アスティだって、ユミリエールと一緒にいるキーロを見て複雑な気持ちになるに違いないのだから。
 だから、急に湧いた寂しい気持ちは、ユミリエールのせいではない。
 ——アスティが感じた寂しさは、むしろイニスの態度に由来する。
 廊下でのしばしの立ち話の間、アスティはイニスとほとんど言葉を交わさなかった。イニスは僅かにアスティを一瞥しただけで、彼の言葉のほとんどはジェイスとヨルン、そしてユミリエールに向けられていた。
 決してイニスがアスティを無視していたわけではない。アスティには、大事な仕事を抱えていて忙しいイニスを引き留めてまで話さなくてはならないことは何もなかったし、イニスの方も、あえてアスティに聞かなければならないことは何もなかったはずだ
。ただそれだけのことなのだが、その「何もない」ということが、アスティにはひどく寂しいことのように思えた。
 結局のところ、アスティが感じた寂しさはイニスの態度に由来しているが、イニスにその責任があるわけではないのだ。そう思うと余計に寂しさがこみ上げてくるような気がして、アスティは胸元に掲げた拳をぎゅっと握り締めた。
「アスティちゃん?」
 ヨルンに顔を覗き込まれ、アスティは我に返った。
「え、あ、はいっ!」
「大丈夫? 色々歩き回ったから疲れちゃった?」
 ヨルンが心配そうに問うてくる。
「い、いえ、大丈夫です! ちょっと考え事をしていただけで。」
 アスティは慌てて答えた。
「考え事?」
 ヨルンがきょとんと首を傾げる。
「あぁ、ユミリエール姫の言ったことならあまり気にしない方がいいぜ? あの姫様が性格に難ありなのは有名だし、イニス団長が立場上逆らえないのを良いことに、単にアスティさんに嫌味を言いたかっただけなんだろうからさ。二人きりとは言っても、イニス団長の方は全くその気がなさそうだし!」
 ジェイスがポンッとアスティの肩を叩いた。その口調から、それがアスティに対する慰めか励ましであるらしいことは理解したものの、何をどう慰められ、励まされているのか、アスティにはいまいちピンと来ない。イニスに「その気がない」とは、一体どの気がないのだろう。
 しかし、『嫌味を言いたかった』と言うからには、やはりジェイスもユミリエールの言動からアスティに対する好意的とは言い難い感情を読み取ったに違いない。
「……やっぱり私、ユミリエール姫に嫌われちゃったんでしょうか?」
 アスティは不安になってジェイスを見上げた。国王からは仲良くしてやってほしいと言われているし、アスティとしても、長らく従弟のティム以外に年の近い友人はいなかったから、同じ年頃の女の子の友達ができればそれはとても嬉しいことなのだけれど……。
「え? いや、嫌われているって言うか、それはどう見ても……って言うか、心配なのってそっち!?」
 ジェイスがううんと呻きながら頭を抱えるが、アスティにはジェイスの言う「そっち」がどっちなのかも分からない。
「あ、あの……私、何か変なことを言いましたか?」
 アスティが首を傾げると、今度はヨルンがポンッとアスティの肩を叩いた。
「全然! アスティちゃんは何にも変なことは言ってないよ。ジェイスの心がアスティちゃんよりも汚れてるだけだから、気にしないで。」
 ヨルンはにっこりと微笑んだ。
「汚れてるって……お前だって、俺の話が分かるってことは同じように汚れてるってことだからな!?」
「はいはい。汚れもののジェイスは放っておいて、次行こうね、次!」
 ヨルンはアスティの肩を押してジェイスに背を向けさせると、イニスたちが来た方向とは逆方向へ廊下を進み出した。
「あ、あの……。」
「大丈夫! ユミリエール姫は別にアスティちゃんのことを嫌ってるわけじゃないよ。たぶん、ちょっと機嫌が悪かっただけじゃないかな? もしかしたら、忙しくてアスティちゃんやキーロと遊べないのが悔しかったのかも。それで『暇そうな小娘』なんて意地悪な言い方をしちゃったんだよ。ユミリエール姫もきっと本当はアスティちゃんやキーロのことが大好きなんだと思うよ!」
 ヨルンの気遣いは嬉しいが、さすがにあのユミリエールの態度から「大好き」という好意を読み取るのは無理があるようにに思われて、アスティは苦笑した。イニスに対するカーディアルの態度を解釈した時といい、ヨルンの「好き」はアスティの「好き」よりもだいぶ語義が広そうだ。
「ああ、もう! どうせ俺は心が汚ねぇよ! でも、絶対にお前ほどじゃねぇ! 俺は今、確信したぞ!」
 背後では、ジェイスが地団駄を踏みながら喚いているが、ヨルンにはまるで気にする風もない。ヨルンはアスティの背中を押しながら真っ直ぐ廊下を突き進み、突き当たりでぴたりと歩みを止めた。左右の廊下を交互に見て、どうやら進路に迷っているらしい。
「……で、次はどこに行くんだよ?」
 苛立たしげな足音を立てて追い掛けてきたジェイスがヨルンに問う。
「うーん……?」
 ヨルンは、腕を組んで小首を傾げた。
「ああ、何も考えなかったわけね。」
「考えてるよー、今。」
 ジェイスの呆れたようなため息に、ヨルンはぼんやりと天井を見上げながら暢気に返す。
「うーんと、うーんと……。」
 ——ぐうぅ……ぐぅ。
 突然、奇妙な鳴き声が響いた。
「……ヨルン?」
 眉間にしわを寄せ、ジェイスがヨルンを睨む。
「え、えっと……何かお腹空いちゃった、ね?」
 ヨルンがお腹を押さえながら照れくさそうに笑い返すと、ジェイスが呆れたようにため息を吐いた。
「お腹空いたって、さっき化学部門の研究室でケーキ食ったばかりだろ?」
「食べたけど、ケーキはおやつで食事じゃないもん! 一日三食、しっかり食べなきゃ元気出ないよ!」
 ヨルンは拳を握り締め、力強くジェイスに抗議する。腹ぺこのヨルンにも空腹を訴える元気はまだ残っているらしい。
「アスティさんは、お腹空いてる?」
 ジェイスに問われ、アスティは迷った。決して「お腹がいっぱい」というわけではないが、カロナの手作りパウンドケーキ以上に、勧められるがままにお代わりしたお茶がまだたぷたぷと胃の中に残っているような感じがするのだ。一方で、傍らのヨルンは期待に満ちた視線でアスティを見つめており、ここで「お腹は空いていません」と答えることは躊躇われる。
「空いていると言うほどではないんですけど……。」
 アスティが何とか穏当な回答を捻り出すと、再び「ぐううぅ……ぐぅ。」と大きな鳴き声が響いた。先ほどよりもいっそう大きな悲鳴にアスティが思わずヨルンのお腹を見つめると、ヨルンは慌てて両手でお腹を押さえ込む。
「……クエェ?」
 キーロも怪訝そうに首を傾げ、ヨルンのお腹を見つめている。
「キーロはお腹空かない?」
 ヨルンが恥ずかしそうにそうに苦笑しながらキーロに向かって問うと、キーロはアスティの肩からヨルンの肩へと飛び移った。ヨルンの肩で小刻みにステップを踏んでアスティに向き直り、羽を小刻みに動かしながら「クエッ、クエッ、クエッ!」と短く鳴く。
「……うんうん、そうだよね。ほら、キーロもすっごくお腹空いてるって!」
 ヨルンはキーロの鳴き声に相槌を打ち、我が意を得たりと嬉しそうに声を上げてジェイスの顔色を窺った。確かに、東の森でのアスティの経験から解釈しても、キーロのこの小刻みに羽を動かす仕草は食事の催促に違いないし、キーロがパウンドケーキ一切れを完食した後もなお物欲しそうにしていたことも、今、キーロがお腹を空かせているというヨルンの解釈に一致する。
 もっとも、アスティよりもずっと体の小さなキーロにとってパウンドケーキ一切れは十分大きかったはずで、キーロが今、本当にお腹を「空かせて」いるのなら、キーロのお腹に納まったはずのパウンドケーキは一体どこに行ってしまったのだろうかという気はするのだけれど。
「まあ、燃料切れのヨルンを連れ回しても荷物にしかならねぇし、ちょっと早い気もするけど、宿所に戻って食堂で飯にするか。」
 ジェイスが仕方なさそうに呟くと、ヨルンが「やったぁ、ご飯だぁ!」と歓声を上げて飛び上がった。キーロも空中へ羽ばたき、「クエェー!」と嬉しそうに鳴いている。
「アスティさんは腹が減ってなければ無理に食べなくても良いし、ヨルンが燃料補給してる間に、俺たちは次に見学する場所でも考えるってことで……良いかな?」
 やれやれとため息を吐いたジェイスが微苦笑を浮かべてアスティに問い、アスティは笑顔で頷いた。

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  • 最終掲載日:2017/05/13 21:00
異世界食堂

しばらく不定期連載にします。活動自体は続ける予定です。 洋食のねこや。 オフィス街に程近いちんけな商店街の一角にある、雑居ビルの地下1階。 午前11時から15//

  • ローファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全119部)
  • 69 user
  • 最終掲載日:2017/06/10 00:00
食い詰め傭兵の幻想奇譚

世話になっていた傭兵団が壊滅し、生き残ったロレンは命からがら逃げ出した先で生計を立てるために冒険者になるという道を選択する。 だが知り合いもなく、懐具合も寂しい//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全298部)
  • 68 user
  • 最終掲載日:2017/06/26 12:00
10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた

【本編完結済み】北条雄二、30才、無職、引きこもり歴10年。両親の死をきっかけに引きこもり脱却を決意し、家の外に出る。が、そこは見覚えのない景色とファンタジー生//

  • ローファンタジー〔ファンタジー〕
  • 完結済(全519部)
  • 73 user
  • 最終掲載日:2016/10/25 18:00
謙虚、堅実をモットーに生きております!

小学校お受験を控えたある日の事。私はここが前世に愛読していた少女マンガ『君は僕のdolce』の世界で、私はその中の登場人物になっている事に気が付いた。 私に割り//

  • 現実世界〔恋愛〕
  • 連載(全292部)
  • 81 user
  • 最終掲載日:2017/06/19 10:00
町をつくる能力!?〜異世界につくろう日本都市〜

ある日の朝に起きた電車の脱線事故。 それは切っ掛けだった。 電車に乗っていた者達は白い空間へと誘われる。 そこに待ち受けていたのは、神を名乗る老人。 老人は言っ//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全108部)
  • 74 user
  • 最終掲載日:2016/12/17 10:52
私、能力は平均値でって言ったよね!

アスカム子爵家長女、アデル・フォン・アスカムは、10歳になったある日、強烈な頭痛と共に全てを思い出した。  自分が以前、栗原海里(くりはらみさと)という名の18//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全203部)
  • 77 user
  • 最終掲載日:2017/06/27 00:00
銀色のアイオリア

 戦乱の大陸ガイアヴァーナ。  北方の大国の帝国皇女に産まれた美しき少女セフィーナ、彼女は立場に翻弄されながらも天性の軍事的才能で英雄姫とまで呼ばれる、一方、帝//

  • ローファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全142部)
  • 67 user
  • 最終掲載日:2017/06/25 01:34
公爵令嬢の嗜み

公爵令嬢に転生したものの、記憶を取り戻した時には既にエンディングを迎えてしまっていた…。私は婚約を破棄され、設定通りであれば教会に幽閉コース。私の明るい未来はど//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全217部)
  • 76 user
  • 最終掲載日:2017/06/02 21:07
最果てのパラディン

  かつて滅びた死者の街。 そこには1人の子供と3人の不死なる者たちが存在した。 かつて英雄であった不死者たちに養育される少年、ウィル。 技を継ぎ知識を継ぎ、愛//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全153部)
  • 75 user
  • 最終掲載日:2017/03/02 23:56
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