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エウレールの森の民 作者:アヤキリュウ
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第52話 土木部門の《要塞》

 「さて、それじゃあどこから案内するかな。」
 本宮の入り口で、ジェイスが腕を組んで呟いた。
「ジェイスたちの機械部門の小屋はもう見てるんだよね?」
 ヨルンの問いに、アスティは頷く。
「はい、ギムニクさんの小屋は最初にイニスさんたちと。」
「じゃあ、次は僕の職場も見て貰わないと! ね?」
 ヨルンが嬉しそうに言い、ジェイスに同意を求める。
「……てことは、土木部門の大部屋か。まあ、あまり面白くないけど、ここから近いしな。」
 ジェイスは不満げな表情を浮かべつつも渋々ながらに同意して、三人と一羽は張り切るヨルンを先頭に本宮に入った。
 階段を登り、案内されたのはちょうど図書室の真下に当たる部屋だ。入り口には「土木部門」と書かれた看板が掲げられている。
「じゃーん、ここが僕の仕事部屋だよー!」
 ヨルンが勢いよく扉を押し開けようとして——ガタン。僅かに動いた扉は、大きな音を立ててその場に留まった。
「あれ?」
「クエッ?」
 ヨルンがきょとんとして首を傾げると、その仕草を真似るようにキーロもアスティの肩で首を傾げた。
「まあ、普通、鍵が掛かってるんじゃないか、休日だし。」
 傍らでジェイスが呆れたように呟く。
「あはは、そうだよね。ついうっかり。」
 ヨルンが照れくさそうに頭を掻き、キーロが「クエッ、クエッ!」と窘めるように翼をばたつかせた。
「鍵が掛かってるってことは、このお部屋には大事なものがあるんですか? 昨日、図書室の扉には鍵は掛かっていなかったと思うんですけど。」
 アスティは耳元で騒ぐキーロを落ち着かせるべく、その翼を押さえるように撫でながら、昨日、この真上の王立図書館の分室を覗いた時のことを思い出しつつ、ヨルンに尋ねた。
「うーん、確かにここには国家事業の関係書類もあるし、大事と言えば大事だけど。むしろ、図書室が例外的に出入り自由な部屋だって言うべきかもね。利用の自由は王立図書館の基本方針だから。」
「基本方針?」
 ヨルンの説明にアスティが首を傾げると、ヨルンはコホンと一つ咳払いをして右手の人差し指を立てた。
「本は科学技術の発展に不可欠な知の源泉である。ゆえに、全ての人は等しく、かつ自由に本を手に取り、その知識の恩恵を受けることができなくてはならない——これが王立図書館の基本方針。先代国王が、科学技術振興令の制定と同時に掲げたものだけど、この基本方針は王立図書館だけでなく、国内の大学や民間の研究機関でも幅広く受け入れられて、今では大学の付属図書館や民間の資料館でも資料管理に影響のない範囲で自由に利用できるようになっているんだ。」
「まあ、王宮内の分室に関して言えば、そもそも王宮内に立ち入れるのが限られた人間だから、わざわざ鍵を掛ける必要がないってのもあるけどな。本には紛失防止のために一冊ずつICチップが付いていて所在が簡単に分かるようになっているし、さすがに国宝級の貴重書は別の書庫で厳重に管理されているし。」
 ヨルンの説明を引き継いで、ジェイスが言い添える。
 ——本は科学技術の発展に不可欠な知の源泉。
 アスティは昨日見た図書室の膨大な数の本で埋まった書棚を思い出しながら、先代国王が掲げた基本方針の意味するところを考えた。
 先代国王は、本を科学技術による国の発展を目指すために重要なものと理解していたのだろう。その理解は、たぶん正しい。王都の様々な発明品は、イニスやナウルのように、たくさんの本を読んで勉強した人々が更に知恵を絞って作り上げたものだろう。
 でも、本の価値はそれだけではない。この国の歴史や川辺に咲く小さな花の名前と生態、例え科学技術の発展に繋がらなくても、知るべきことはたくさんあり、本にはその膨大な知が詰まっている。
 例えば、この国の歴史を知らなければ、今、この国で起こっていることを正確に理解することはできないだろう。川辺に揺れる野草について知ることだって、その美味しそうな赤い実が実はとても渋いことを知らなければ、うっかりパイに入れて楽しい食事の時間を台無しにしてしまうかもしれない。
 本に全てが書いてあるわけではないだろうけれど、本に書いてあることさえ、アスティはまだ全然知らないのだ。
「クエッ、クエッ!」
 不意にキーロが扉の傍らの壁に張り付いている黒い箱をつつき始めた。箱の上部でチカチカと瞬いている小さな赤いランプを木の実だとでも思っているのだろうか。
「キーロ、ダメだよ。」
 アスティは慌ててキーロのくちばしを押さえ、壁から離れる。
「クエッ!」
 キーロは不満そうに壁に向かってくちばしを伸ばしているか、アスティはキーロを片手で押さえ込んだまま、恐る恐るジェイスとヨルンに問う。
「鍵がないと、お部屋には入れませんよね?」
「それなら大丈夫。鍵は僕が持ってるから。」
 そう言いながらヨルンは壁の四角い箱の前に立ち、そっとそれに触れた。同時に、ピピッと甲高い音が響き、四角い箱のランプが赤い点滅から緑色の点灯に変わる。
 何のための機械なのか気にはなるが、それ以上に気になるのが、一向に鍵を取り出す気配のないヨルンの態度だ。
「あの、それで、鍵はどこに?」
「あるよ、ちゃんと。ここに、ね。」
 ヨルンはアスティに向き直ると、微笑んで自分の右目を指さした。
「目の……中?」
 アスティはじっとヨルンの目を見つめたが、当然ながら、そこに鍵らしきものは見つからない。
「ここの鍵は生体認証の電子錠なんだよ。宿所のアスティちゃんの部屋はずっと使われていなかったから古いアナログキーのままだけど、今は王宮内はほとんど電子錠——つまり、機械で自動的に鍵が掛かったり開いたりするようになってるんだ。鍵は予めシステムに登録された指紋と虹彩の情報。」
「シモンとコウサイ?」
 聞き慣れない言葉に、アスティは首を傾げて聞き返す。
「指の先に渦を巻いている模様があるでしょう、これが指紋。虹彩は、目の真ん中の色の付いた部分。いずれも人毎に模様が違うとされているものだよ。」
 ヨルンの説明を聞きながら、アスティは自分の指先の渦巻きを見つめた。この渦巻き模様が一人一人違うということはこれまであまり意識したことはなかったけれど、よく見れば、この渦巻き模様は指一本毎でも微妙に違っているようだから、それが人毎に違うとしても不思議ではない。
「普段、王宮に出入りする人間は、指紋や虹彩の情報を予めシステムに登録してるんだ。だから、各部屋の入り口にあるこの機械に付いたセンサーが指紋や虹彩を読み取って、システムのデータベースと照合すれば、部屋に入ろうとしているのが誰かが分かって、その人を部屋に入れて良いかどうか、扉の鍵を開けてもいいかどうか、機械が判断できるってわけ。」
 そう言ってヨルンはウィンクすると、扉を押し開けた。どうやらとっくに部屋の鍵は開けられていたらしい。きっと、ヨルンが四角い箱に触れた後、四角い箱に付いたランプが赤から緑に変わったのが、鍵が開いたという印だったのだろう。
 しかしそうだとすると、この壁に張り付いた小さな機械は、甚だ有能らしい。もしアスティが指先の細かな渦巻き模様が同じか否かを一つ一つ確認したならとてつもない時間が掛かりそうだが、王都の高度な科学技術が詰め込まれた機械はこれを一瞬で終えてしまうのだ。
「というわけで改めて、じゃじゃーんっ! ここが僕の仕事部屋だよ!」
 部屋に入ったヨルンが振り返り、両手を広げて笑顔を見せる。
「おお……お?」
 ヨルンに続いて部屋に入ったアスティは反射的に感嘆の声を上げたものの、その声の末尾はがらんどうの部屋の片隅で霧のように消えた。
「クエェ?」
 キーロもアスティの肩に乗ったまま首を傾げる。
「ずいぶんと広いお部屋ですね。」
 アスティは戸惑いながらヨルンに声を掛けた。
 部屋自体の広さは、上の階の図書室の方がずっと広いのは間違いなかった。ただ、大きな書棚が並び立つ図書室と比べれば、四角い机が整然と並んだだけの部屋の方が広々として感じられた。壁際にはびっちりと本や資料が詰まった書棚が並び、いくつかの机の上にどんと書類の山が出来てはいるが、はっきり言えば、ただそれだけの部屋だ。一見、不思議な機械も物珍しい芸術品も見当たらない。
「この部屋が土木部門の主室なんだ。普段はだいたい二十人くらいがこの部屋で仕事をしてる。土木部門でも班によっては別の部屋を使ってるけどね。」
「大きな机ですね……。」
 アスティは空っぽの空間に些か拍子抜けしながら、唯一思い浮かんだ感想を述べた。単純に天板の大きさだけを見れば、ギムニクの小屋にあった作業台の方が大きかったような気もするが、あちらは机の上に載った不思議な部品たちで半分以上が埋もれていた。
「図面を広げたりするからね。ほら、あれがゴートンさんの書いたエルタワーの設計図だよ! 綺麗でしょう?」
 ヨルンは入り口正面の壁に額聡して飾られている大きな図面を指さした。額の中央に細い精緻な線で描き出されているのは確かにあのエルタワーの形だ。小さな窓も一つ一つ丁寧に描かれ、各所に大きさを表しているらしい小さな数字も書き込まれている。
 昨日見た天を貫くようなエルタワーの姿にも圧倒されたが、目の前の図面の精緻さにも感嘆の息を漏らさずにはいられない。
 ジェイスはつまらなそうに部屋の中を見回しているが、ヨルンはアスティの傍らでうっとりと図面を見上げている。一昨日の歓迎会でもでヨルンはゴートンの設計を褒めていたが、それはきっと紛れもない彼の本心なのだろう。
「あ、ここがゴートンさんの席でね、僕の席はあっちだよ。」
 アスティの視線に気付いたらしいヨルンは、目の前の机をポンと軽く叩くと、照れくさそうに笑いながらアスティに背を向けて部屋の奥へ進んだ。アスティもヨルンの後を追い、部屋の奥のちょうど書棚の死角になっていた僅かな空間を覗き込んだところで、「あ……。」と声を上げた。
 ある意味、期待通りの光景がそこにあった。
「ここが僕の席だよ!」
 得意げなヨルンの説明を待つまでもなく、アスティはそうだろうと予想していた。
 部屋に並んだ他の机と元々は同じ種類のものだったであろう机の上に、奇妙な要塞が建造されている。
 「要塞」と言うのはもちろん比喩だ。積み上がった書類の山とそれを飾る——正確には、その周りに散らばっている色鮮やかな小物類には、間違いなくヨルンの趣味が反映されていて、とても芸術的に、危うげな均衡を保っていた。書類の山の一番上に載っている真っ白い箱は、よくよく見ると機械部門の小屋をそのまま小さくしたような形をしている。机の上——と言うか、机の上の書類の山の上に散らばったペンやはさみは極彩色で、書類の間に埋もれかけながらも四方八方に向かって強烈に自分の存在を主張していた。
「相変わらずひでぇな。」
 ジェイスがため息混じりにこぼしながら机の端で危うげに垂れていた書類を一枚つまみ上げると、書類の下から、派手なピンク色のウサギが満面の笑みで現れた。このウサギ型の飾りが付いた書類留めは、確か昨日、ナウルに案内されて覗いた雑貨屋でも売られていた気がする。
 アスティが見覚えのある顔と顔を見合わせていると、ヨルンがウサギを書類ごと掲げた。
「これ、可愛いでしょ。ウサギのピンキー、今、王都で大人気のキャラクターなんだ! このクリップはこないだ出たばかりの新商品なんだけど、予約限定の特別仕様で耳のリボンが金色なんだよ!」
 ヨルンは得意げに語るが、ウサギのピンキーは決して可愛くないとは言わないが、派手な色彩はアスティの考える「可愛い」とはちょっと違っていて、素直には頷き難い。
「まあ、休日だし、ただの事務室だからなあ。こんな部屋を見てもあんまり面白くないよなあ。」
 ジェイスがぐるりと部屋を見渡しながら苦笑した。
「そんなことないよ!」
 ヨルンが唇を突き出して抗議するが、ジェイスは既に部屋の中の様子に飽きてしまったようで、ひらひらと片手を振りながら背中を向ける。
「ま、次はもう少し面白い見学しがいのあるところにしよう。」
「土木部門の部屋だって面白いよ! ゴートンさんの設計図だってあるし、ほら、これ見て! 僕が作った機械部門の小屋の精密な模型! すごいでしょう!? 芸術的でしょう!?」
 ヨルンが書類の上に乗っていた白い箱を手に取ってアスティの眼前に差し出す。
「あー分かった、分かった。お前がそれを自慢したかったことはよぉく分かった! だからとっとと次行こう、次!」
 ジェイスはアスティの腕を引いてアスティを入り口へ向き直らせると、その背中を部屋の出口に向かって押し始めた。
「ええっ、せっかくこれから僕たち土木部門の仕事内容を説明しようと思ってたのに!」
 ヨルンが自慢の模型を手に抗議の声を上げるが、ジェイスはアスティの背を押しながら、ずんずんと出口へ向かう。
「……もう、待ってよぅ!」
 アスティがちらりと後ろを振り向くと、ヨルンは手にしていた模型を名残惜しそうにそっと机の上に戻し、アスティとジェイスを追いかけて来た。

最新の執筆状況(更新予定)等はTwitter(@ayaki_ryu)で呟いています。

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