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エウレールの森の民 作者:アヤキリュウ
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第51話 ヨルンとジェイスの王宮案内

 王宮に戻り、騎士団の宿所の前まで帰ってくると、左手の部屋からちょうどジェイスとヨルンが出て来た。
「あーっ、ナウルさん! もう、どこに行ってたんですかーっ!」
 アスティたちのヨルンが不満げな声を上げて駆け寄ってくる。
「どこって、ちょっと街に出とっただけや。アスティちゃんに王都の街を案内しててん。」
 ナウルがきょとんとして答えると、ヨルンもきょとんとしてアスティを見る。
「アスティさんを? イニスさんも一緒に?」
「はい。ゴートンさんが設計されたエルタワーも見てきました。」
 アスティが答えると、ヨルンは「えー!」と不満そうに声を上げた。
「それなら僕たちも誘ってくださいよー。いいなー、ずるいなー。」
 ヨルンが口を尖らせながら文句を言うと、背後のジェイスがぐいっとヨルンを押し退ける。
「ナウルさん! 今日は部屋の片付けをする約束でしたよねえ? どうして出掛けてるんですかっ! おかげで俺、大変なことになったんですからね!」
 ジェイスがナウルに向かって叫んだ。
「大変なこと?」
 眉間に皺を寄せて聞き返したのはイニスだ。
「僕とジェイスでナウルさんのお部屋の片付けをしたんですよ!」
 ヨルンがジェイスを押し退け返し、嬉々として答えた。
「おお、片付けてくれたん? そらおおきに。」
 ナウルはにこりと笑って悠々と自分の部屋へと向かう。そう言えば、昨晩、ナウルの部屋のあまりの惨状にイニスが怒り、ナウルは危うく夕ご飯抜きになるところだったのだ。あの時の話では、ヨルンとジェイスに手伝ってもらって今日にも片付けるということになっていたはずだが、当の本人が半日出掛けていた。今日中に片付かなければ強制的に処分するとイニスは言っていたはずだが……。
「ちゃんと片付いたのか?」
「ナウルさんの部屋に関しては、多少……。」
 イニスの問いに、ジェイスはなぜか憂鬱そうな表情で答え、自室へ向かうナウルの背中を見た。
 鼻歌雑じりに自室へ向かったナウルが、勢いよく扉を開く。
「……おおっ、これは!」
 ナウルが驚いたように声を上げ、アスティたちもその背後からそっと部屋の中を覗き込む。
「……まあ、確かに『多少』は片付いてるな。」
 イニスがため息混じりにこぼした通り、ナウルの部屋は昨晩の惨状に比べればだいぶマシな状態にはなっていた。部屋の右半分は高く積み上がった本で埋まっているが、左半分については少なくとも床が見えるし、何だかよく分からないがらくたもだいぶ姿を消している。
「ナウルさんが要らない本はイニスさんが引き取るって話でしたけど、俺たちじゃ要不要の判断もつかないので、とりあえず分野毎に分類して積んであります。」
 ジェイスが説明した。
「……なあ、何か俺のコレクションが減っとるような気がするんやけど、まさか勝手に捨てたんとちゃうやろな?」
 部屋に入ったナウルはぐるりと部屋を一周見回した後、不安そうな表情で振り返る。
「良さそうなものはいくつか僕が引き取りましたけど、捨ててはいませんよ。」
 ヨルンが答えるとナウルはほっとしたように小さく息を吐く。
「さよか、それならええわ……って、勝手に人のもん持ち出したんか!?」
 安心し掛けたナウルが、慌ててヨルンを振り返る。
「まあいいじゃないですか、少しくらい譲ってくれても。この部屋にあっても、どうせ埃まみれで放置されるだけでしょう? 僕が持っていた方がずっと芸術的に活用できます!」
 ヨルンはそう言うと胸を張った。何だか前にも聞いたことがあるような台詞だ。
「……で、何を持って行ったん?」
 ナウルは複雑な表情を浮かべて頭を掻くと、諦めたようにため息を吐き、じっとヨルンを睨んだ。
「なくなっても気付かないようなものなら大したものじゃないな。お前が持っていていいぞ、ヨルン。」
 イニスが口を挟むと、ヨルンが「やったぁ!」と歓声を上げ、なぜか傍らのジェイスがうんざりした様子でため息を吐く。
「勝手に決めんなや! お前やて隣の部屋に置いてあった本がどれかやなんて全然覚えてへんのに、この本全部大したもんやないとは言わへんやん!」
 ナウルが不満げに叫ぶと、イニスは部屋の中央に進み出て、右手に積み上がった本の山に一通り目を走らせた。
「これとこれと、この山……それから、この奥の山の上から三冊目、五冊目、六冊目と、こっちの山の二冊目から四冊目を俺の部屋の前に運んでおいてくれ。」
 イニスは本の山のいくつかを素早く指さして指示すると、無言でナウルの部屋を出て行った。
「……ちゃんと覚えていらしたみたいですね?」
 ヨルンが感心したように呟くと、ナウルが悔しそうに唸った。
「あの陰険記憶魔、つまらんことばっかよう覚えよって……。」
「まあまあ。とにかく、御覧のとおり、僕たちは頑張ってナウルさんのお部屋を片付けたわけですから、コレクションはその対価として貰っておいていいですよね? ねっ?」
 ヨルンがにっこり笑顔でナウルに詰め寄る。
「ぅうーん……まあ、どうしても欲しいっちゅうんなら、特別に譲ってやらんこともあらへんけど、ちゃんと大事にしてや? 貴重なコレクションやねんからな。」
「もちろんです! 全て僕が芸術的に活用してみせます!」
 ヨルンは胸に手を当てて堂々と宣言した。
「……何やもう嫌な予感しかせぇへんけど、まぁ、ええわ。とっとと夕飯にしよか。キーロにおやつ取られたから腹ペコやねん。」
「クエックエックエッ!」
 キーロが楽しそうに笑うと、ナウルはため息を吐き、四人と一羽は揃って宿所の食堂へと向かった。

 翌朝、アスティとキーロは前日よりも早起きをして朝食を済ませると、ジェイスとヨルンの部屋に向かった。前夜に夕食を共にした際、今日一日、彼らに王宮内を案内してもらう約束を取り付けていたからだ。
 王都へ着いた初日にイニスと王宮内を歩いたものの、広場でのデモを見るためにすぐに外へ出てしまったから、広そうな本宮のうち、アスティが覗いたのは国王とユミリエール姫の部屋、そして昨日訪ねた図書室だけだ。ヨルンとジェイスの話によると、それ以外にも色々な部屋があるらしいが、どこに何があるのか、アスティにはさっぱり分かっていなかった。
 中庭を挟んでちょうどアスティの部屋の真正面がジェイスとヨルンの部屋だと聞いていた。軽く扉を叩くと、中からドタンバタンと派手な物音が響き、その後、辺りは静まり返った。
「……ジェイスさん? ヨルンさん?」
「……クエ?」
 しばらく待つも反応がなく、アスティは肩の上のキーロと顔を見合わせる。しばし悩んで、アスティが再び扉を叩こうと軽く握った拳を振り上げた時、突然扉は開いた。
「アスティさん、おはようございます!」
 満面の笑みで顔を覗かせたのはヨルンだ。
「……お、おはようございます、ヨルンさん。」
 慌てて後ろに下がったアスティが振り上げた拳を胸元に抱いたまま返すと、部屋の奥からずんと低いうめき声が聞こえてきた。
「ヨォルゥンー……!」
 振り返ったヨルンと共に部屋の中を覗き込んだアスティは、そこに大きな角の生えた骸骨のような化け物を見つけて、悲鳴を上げることもできずに息を止めた。
 化け物はのそりと体を起こし、アスティは思わず傍らのヨルンの腕を掴んだが、逃げ出したい気持ちに反して、足は全く動かなかった。
「……てめぇ、いい加減にしろよ! こっち半分は俺の場所っつったろうが!」
 途端、化け物が聞き覚えのある声を発し、アスティはその場に座り込みそうになるところを何とか持ちこたえ、代わりに首を傾げた。
「ジェイス……さん?」
 化け物の頭が外れ、見慣れた青年の顔が現れたかと思うと、青年——ジェイスは、手にしていた角の生えた骸骨のお面を床に放り投げた。
「ああっ、ダメだよ、そんな乱暴ことしたらっ! 壊れちゃうよ!」
 ヨルンが慌てて投げ捨てられたお面に駆け寄り、不安そうな表情で骸骨を抱えて眺め回す。
「そんなに大事もんならちゃんと保管しとけ!」
 ジェイスがヨルンを見下ろして怒鳴りつけた。
「だから、ちゃんと保管しておいたじゃない、椅子の上に。それをジェイスが椅子を倒して落っことしてたんでしょ?」
 ヨルンはぷくぅと頬を膨らませてジェイスを見上げる。
「お前の椅子じゃなくて俺の椅子の上にな! つーか、そもそも椅子は物置台じゃねえ!」
 ヨルンとジェイスの言い争いの最中、アスティは部屋の入り口に立ち、唖然として二人のやり取りとその奥の部屋の惨状を見つめていた。
 部屋の中は、ある意味、一昨日見たナウルの部屋以上の惨状を呈していた。特に酷かったのは部屋の左半分で、描き掛けの絵やら、削り掛けの彫刻やら、芸術的なものが様々並べて……と言うか、積み上げてあった。一部に崩れたような形跡があるのは、先ほどのドタンバタンという物音の原因だろうか。天井からぶら下がった灯りにも、何やら派手な色のおかしな飾りが付いていて、そこから垂れ下がった紐がぐるぐると床を這い回っている。このセンスは、今更問うまでもなく、ヨルンのものだろう。
 間違いなくジェイスに割り当てられているのであろう部屋の右半分はいたって普通に片付いているように見えたが、所々で右半分の品々が越境していることは明らかだ。
 そして、その越境している品々の中に、どこか見覚えのあるものが混じっていた。一昨日、ナウルの部屋で見た珍妙な品々である。
 昨日、ナウルの部屋を片付けた時に、ヨルンが持ち出したものだろう。ジェイスが投げ捨てた骸骨のお面も、よく見れば、それに付いた大きな角は、ナウルの部屋でヨルンが絶賛していたアカゲオオツノシカの角だ。なるほど、昨日の発言通り、不気味なお面の材料として極めて芸術的に活用されたらしい。
 アスティは、昨日、ヨルンがナウルの部屋から持ち出したものを正式に譲り受ける許可を得た時にジェイスが浮かない顔をしていた理由を理解した。ヨルンががらくたを持ち出してナウルの部屋は片付いたが、その分、ヨルンの部屋は散らかり、結果、部屋の領域を侵食されたのはヨルンと同室のジェイスというわけだ。
「せっかく芸術的に飾ってあげたのに……。」
「頼んでない!」
「むー……でも、こんな殺風景な部屋じゃつまらないでしょ? 部屋の中はやっぱりもうちょっと賑やかにしておかないと……ねえ、アスティさん?」
 骸骨のお面を抱えたまま、ヨルンが笑顔でアスティを振り返った。骸骨のお面とヨルンの笑顔があまりにも不釣り合いで、何だか怖い。色鮮やかな夢の遊園地の絵には不思議な魅力を感じたアスティも、さすがにこの趣味は理解し難い。
「……え、ええっと。」
 どちらかと言うと、芸術的過ぎる品々が積み上がった部屋の左側よりは、飾り気のない部屋の右側の方が落ち着いて生活できそうだと思ったが、それを正直に伝えるべきか迷っているうちに、ジェイスがヨルンを一喝した。
「賑やかとかそういう問題じゃねえの!」
 ジェイスの言は全くもって正論だ。例えこの芸術的過ぎる品々に特別な価値を認めたとしても、この部屋の乱雑さは生活に様々な支障を齎しそうだ。
「とにかく、俺はこれからアスティちゃんを王宮を案内してくるから、お前はちゃんとこの部屋の中を片付けておくように!」
 ジェイスはアスティの背中を部屋の外へと押し出して振り返る。
「ええっ、何で!? 僕も行くよ! 案内するよ!」
 ヨルンは骸骨のお面を脇に置くと、慌てて立ち上がった。
「この部屋を片付けたら、な。」
 ジェイスは部屋の扉に手を掛けたまま、ついて来ようとするヨルンを制するように、人差し指をヨルンの眼前に突き立てた。
「もう十分片付いてる……と思うけど?」
 ヨルンが怪訝そうに首を傾げる。
「お前のがらくたが思いっ切り崩れて俺の領域にはみ出してる! こういうのは片付いてるって言わないの!」
「ええー、ちょっとくらいいいじゃない。ここは二人の部屋なわけだし、使わない空間をちょっと貸してくれるくらい、持ちつ持たれつで……。」
「『物がない空間』イコール『使わない空間』じゃないし、持ちつ持たれつって言いながら、これまでずうっと俺が一方的に持たされてるのはおかしい! 今だって、俺はお前の荷物に足を取られて転んだんだからな!」
 ジェイスの叫びに、アスティは、ジェイスが化け物のお面を被って床に倒れていた理由を理解した。アスティを出迎えようとして転び、椅子に載っていた化け物のお面がごろりと転がってちょうとジェイスの頭に載った……と言うか、落ちて来たのだろう。部屋の散らかり具合にジェイスが腹を立てるのも無理のないことに思えたが、対するヨルンは全く悪びれる風もなく、膨れっ面をして見せた。
「転んだのはジェイスの不注意が原因でしょ? そうやって何でも人のせいにするの、良くないと思うなぁ。恩を徒で返すって言葉、知ってる?」
 ジェイスが何か言いたそうに顔をしかめるが、ヨルンは腕を組んで続ける。
「入団直後に騎士団のことを色々教えてあげたのは僕だし、おやつだって何度も分けてあげてるし……。僕はこれまで、先輩としてジェイスのために結構色々してあげてると思うんだけどなぁ。」
「……あれ、ヨルンさんの方がジェイスさんよりも先輩なんですか?」
 アスティは驚いて口を挟んだ。何となく、ヨルンの方がジェイスよりも幼いような印象を持っていたし、ヨルンに対するジェイスの強気な態度からすると、どちらかと言えば、二人の立場は逆のような気がしていたのだが……。
「半年だけな。俺は士官学校上がりで、採用時期が違ったから。」
「そう、一人だけ遅れて入って来たジェイスに、騎士団の規則を教えたり、友達作りがしやすくなるように色々気を遣ったり……僕は同室の先輩としてかなり親切にしてあげたんだよ! それなのに、ちょっと荷物が部屋の半分をはみ出したくらいで文句を言うなんて……そうやって恩を徒で返すのは酷いと思う!」
 ヨルンは「先輩として」という部分を強調し、正義は我にありとでも言わんばかりに胸を張ってジェイスを睨んだ。
「まあ確かに、入団直後、色々世話になったのは事実だけど……だ、け、ど! 俺はその借りをもう十分返してるんじゃないかなぁ!?」
 対するジェイスも仁王立ちでヨルンに反論する。
「そぉお?」
 ヨルンが不満そうに顔をしかめて聞き返すと、ジェイスが堰を切ったように口を開いた。
「『そぉお?』って、間違いなくそうだろ! 片付けても片付けても散らかる部屋を毎週掃除したり、洗濯上がりの服や下着を分かりやすく分類してしまったり、挙げ句の果てには、毎朝、目覚まし三つ鳴らしても起きないお前を起こしたり……これ全部、誰がやってる!?」
「ああ、それね。いつも僕が知らないうちに部屋が片付いたりしてて変だなあって思ってたんだよ。きっと妖精さんか小人さんの仕業だろうなあって……。」
 ヨルンが人差し指を立ててにこりと笑う。
「んなわけあるか! 俺! 俺が全部やってんの! お前の代わりに!」
「え、そうなの?」
 ヨルンがきょとんと首を傾げると、ジェイスがめまいを起こしたようにふらついて、壁に手を突き、頭を垂れた。
「……お前、本当にいい根性してるよ……。」
「ありがとう。」
 ジェイスの呟きに、ヨルンは嬉しそうな笑みを返し、ジェイスが疲れた笑みを浮かべる。
「……ジェイスさんは綺麗好きなんですね?」
 アスティはジェイスにどう慰めの言葉を掛けて良いか分からぬまま、何とか間を繋ごうと口を開いた。
「綺麗好きって言うか、隣がこれだとさすがに……ね。一応、士官学校で鍛えられたし。士官学校の宿舎でこんなんしてたら殺されるし……。」
 ジェイスはヨルン側の部屋の惨状を後目に、ため息混じりで呟く。
「殺される……?」
 ジェイスが口にした物騒な言葉に、アスティが思わず聞き返すと、ジェイスは慌てて片手を振った。
「あ、いや、ものの例えね、例え! 士官学校は規律が厳しいんだ。私物の持ち込みも制限されてて、時々、抜き打ちの持ち物検査もあるから、部屋の中散らかしてると教官や先輩にめっちゃくちゃ叱られるわけ。朝だって、毎日揃って点呼があって、ちょっと寝坊しただけでも殴……いや、ものすごく叱られるんだよね。」
 ジェイスは照れたように笑い、頭を掻く。
「それは、大変でしたね。」
 言いながら、アスティは幼い日の祖父のムリクに叱られた時のことを思い出した。従弟のティムと一緒にテントの奥に宝物の木の実を集めて遊んだ後、それを床に広げたままにしていて、ムリクがそれを踏んづけて転んでしまった時のこと、それから、寒い日の朝になかなかベッドから抜け出せずにいたら、「いつまで寝とるんだ!」と毛布を引き剥がされた時のこと。きっと士官学校にはムリクのような人がいっぱいいるのだろう。
「まあ、言われたとおりにしていればいいって意味では楽でもあったけどね。こういう訳分かんない奴と同室になることもなかったし。」
 ジェイスはため息混じりにヨルンを見遣る。
「でも、今の方が幸せでしょう?」
 ヨルンがにこりと笑ってジェイスを見つめ返した。
「……まあ、ね。」
 一瞬の間を置いて答えたジェイスの表情は、満更でもないという風だ。激しく言い争っても、決して互いに嫌っているわけではない——そういう関係は、イニスとナウルの関係にも似ているとアスティは思った。
「やっぱり、生活には彩りがないとね! 芸術と無縁の生活なんて、退屈だもの。」
 ヨルンが満足げに頷くと、その隣でジェイスが複雑な表情を浮かべている。
「……というわけで。話もついたし、さあ、みんなで王宮探検に出発だー!」
 ヨルンはアスティの手首を握って振り上げると、部屋を飛び出した。
「クエックエーッ!」
 アスティの肩に乗っていたキーロも飛び上がり、合いの手を入れるように機嫌良く鳴く。
「あ、あのっ、お片付けはいいんですか?」
「いいの、いいの! あの部屋はあれでちゃんと片付いてるんだから!」
 アスティの問いに、ヨルンはくるりと回り、笑顔を振り向けて答えた。同時に、ヨルンの肩にキーロが着地して、「クエッ!」と鳴く。まるでヨルンに賛成だとでも言うかのような振る舞いだ。
「ね、キーロ?」
 ヨルンは満足そうな笑みを浮かべてキーロの頭を撫で、キーロも嬉しそうにヨルンにじゃれつき始めた。初めて会った時も、キーロはヨルンに好意的な態度を示しており、この二人——いや、この一人と一羽は、どうやら相性が良いらしい。
 ジェイスには異論がありそうだと思いながらアスティが恐々とジェイスを振り仰ぐと、ジェイスは既に諦めたようにぼんやりと遠くの空を見つめていた。
「議論するだけ無駄だということが分かったからもういいんだ。」
 そう小さく呟き、ジェイスは肩を落として深い深いため息を吐く。
「大変……ですね。」
 アスティがジェイスの心労を慮って声を掛けると、ジェイスは静かに頷いた。
「弟妹がいるから子供の世話は慣れてるけど、まさか騎士団に入ってまで子供の面倒を看ることになるとは思わなかった。」
「子供?」
「子供でしょ、あれは。体の大きな子供。」
 顔を上げたジェイスの視線の先では、ヨルンがキーロを左右の腕に交互に留まらせながらくるくると回っている。
 確かに、ある意味素直なヨルンの振る舞いは、無邪気な子供のように思えないこともない。ヨルンよりも年下であろうアスティが彼を子供扱いするのは失礼かもしれないが。
「アスティさん、ジェイス、早く早くー!」
 キーロと共にくるくる回りながら本宮の前に到着してしまったヨルンが、振り返ってアスティとジェイスを呼ぶ。ジェイスは面倒くさそうに片手を上げてそれに答えたが、さほど不機嫌というわけでもないらしく、顔には微かな笑みが浮かんでいる。
 アスティは、土木部門長のゴートンが騎士団の仲間を「みんな家族みたいなもん」だと言っていたことを思い出した。騎士団の面々が家族なら、ジェイスとヨルンは兄弟のようなものかもしれない。どちらが兄で、どちらが弟かは言うまでもない。
 彼らは、アスティをもこの温かな家族の一員であると認めてくれたから、彼らにとって、自分はさしずめ妹のようなものだろうか。とても、幸せなことだと思う。
「行きましょう、ジェイスさん!」
 アスティはジェイスの手首を掴み、ヨルンとキーロを追って駆け出した。

最新の執筆状況(更新予定)等はTwitter(@ayaki_ryu)で呟いています。

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