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エウレールの森の民 作者:アヤキリュウ
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第41話 おいしいお好み焼きの作り方

 テーブルの端に置かれた半球型の深皿には、薄黄色のどろりとした液体状のものが入っていて、ちらちらと浮いている薄緑色は刻まれた野菜だろうか。平皿には生の薄切り肉が数枚広げられていて、このまま食べろというわけでもないだろうから、やはり目の前の鉄板で自ら焼かなくてはならないらしい。
「ま、とりあえず一枚焼いてみよか。」
 ナウルはテーブルの奥に並んでいた瓶を手に取り、薄黄色を帯びた透明な液体を鉄板に垂らした。とろりと鉄板上に広がった液体は油のようで、ナウルは、店主の男が食材の盛られた皿と共に持ってきてくれた大きめの金属製のへらで鉄板を撫でながら油を塗り広げる。そこへ深皿の中身が落とされると、ジュワッという賑やかな音と共に白い湯気が立った。
「まずはキャベツたっぷりの生地を均等に広げるんがポイントやで。」
 説明しながら、ナウルは手早く金属製のへらで鉄板に落とした生地を丸く広げて整える。
「そんで肉は生のまま生地に載せる! こうするとひっくり返した時に肉のうま味がジュワッと出て生地に染み込むんやで。」
 ナウルは広げた生地の上に薄切り肉を一枚一枚重ならないように並べていく。
「ほい、イカ玉とミックス玉もここ置いとくでー。」
 店主の男が追加の深皿二つと平皿を持ってやって来た。平皿に並んでいるのは先ほどと同じく薄切り肉だが、ボウルの中身は少し違うようだ。刻んだ野菜らしき緑の破片が浮かんでいる点は同じだが、それに加えて指輪のような形をした白いものがいくつか浮かんでいる。深皿の一つには、薄紅色の縞模様のあるものも入っているようだ。
「ああ、おおきに。」
 ナウルが答えると、男は持ってきたものの代わりに空になった深皿と小皿を引き取って行く。
「一つ取って。」
 隣からイニスが深皿を指さして言った。
「あ、はい。……どちらを?」
 アスティがイニスを振り返って尋ねると、イニスは薄紅色の縞模様の小片が入っていない方の深皿を指したので、それを取ってイニスに渡す。
「ナウル様を見習ってちゃんと上手に焼くんやで?」
 ナウルがちらりとイニスを見ながら念を押したが、イニスは答えず、鉄板に油を引き、深皿の中の生地を広げた。ナウルの手際の良さには及ばないが、作り方の手順はきちんと心得ているらしい。
「さて……そろそろええやろか。」
 ナウルは両手に金属製のへらを構えると、それを生地と鉄板の間に差し入れ、鉄板の上で生地の位置を少しずつずらしながら呟く。
「ここからのナウル様のコテ捌き、よう見たってや!」
 ナウルが張り切った声を上げた。
「コテ捌き……?」
 アスティがきょとんとして首を傾げると、「ああ、そう言えばまだ説明してへんかったな!」とナウルはへらを鉄板から引き上げた。
「これ、この道具のことをコテ言うねん! んでもって……ほれ、見ぃ!」
 ナウルは右手で左手に握った金属製のへらを指さしつつ、その握り手をアスティの眼前に示した。
「……ナウル様専用?」
 アスティはナウルが示したコテの握り手に彫り込まれた文字を読み上げる。
「そういうこと! 俺んくらいの名人級になると、道具も専用のええもんを使うようになるっちゅうわけや!」
 ナウルは自慢げに語り、ちらりと横目でイニスを見る。イニスが手にしているコテには、名前は刻まれていないようだ。
「っちゅうわけで、ひっくり返すで!」
 ナウルが改めて両手にコテを構えた。ナウルはそっと左右からコテを生地の下に差し入れると、「行くで……。」と妙に真剣な口調で呟く。自然とアスティも緊張が高まり、鉄板の上の生地を見つめながら膝の上で両手の拳を握った。
「……ほいせっと!」
 かけ声と同時に、ナウルはコテで生地を持ち上げ、素早く手首を返す。生地は空中で半回転して、ぺたんと鉄板に着地した。ジュワワッと美味しそうな音が立ち、熱せられた薄切り肉から肉汁が染み出し始める。
「どうや!」
 ナウルが得意げに胸を張り、アスティはパチパチと手を叩いた。正直なところ、この技がどれほどの難易度のものなのか分かりかねるのだが、せっかく名人が技を披露してくれたのだから、拍手くらいは送るべきなのだろう。
「簡単そうに見えるかもしれへんけど、これ、結構難しいんやで?」
 アスティの反応に、ナウルは物足りなさそうな表情を浮かべて呟く。
「まあ、イニスのへったくそな返しと見比べたら、俺の技のすごさがよう分かるやろけど。」
 ナウルがイニスに視線を向けると、イニスは生地の下にコテを差し込みながら、裏面の焼き色を確認している。
「そもそも、裏側をめくらな焼け具合が分からへん言うんが素人やねん。」
 ナウルはイニスを見やりながらふっと笑みを漏らしたかと思うと、肩を竦めてため息混じりに言った。ナウルの呟きがイニスの耳に届いていないはずもないが、イニスは無表情で鉄板上の生地を見つめている。
「プロはなぁ、音で焼け具合が分かるんや。中まで焼けるとジュワジュワいう音がジュワワーンに変わるんやで!」
 ナウルはくるくるとコテを回しながら得意げに語る。
「ジュワジュワがジュワワーンに……ですか。」
 機嫌の悪そうなイニスが気になりつつも、アスティは感心しながらナウルに答えた。先ほど目の前でひっくり返された生地がどう音を変えたのか、アスティにはよく分からなかったのだが、プロの耳にはきっと明らかな違いがあったのだろう。
「今は、こっちの生地はまだジュワジュワですか?」
 イニスが焼いている生地を指さし、アスティはナウルに尋ねた。
「んー……そやね。まだちょっと時間が掛かりそうやね。どっかの阿呆がさっきからちょいちょいコテ差し込んどるから、なかなか中まで火が通らへんねんなぁ。」
 ナウルは顎に片手を添えながら目を閉じて、うんうんと頷きつつ答える。ナウルが「どっかの阿呆」と称したのはイニス以外にあり得ない。アスティがイニスを見ると、その表情は相変わらず無表情のままだが、コテを握る手には不自然に力が込められている。
 突然、イニスがコテを生地の下に深く差し込んだ。そして勢いよく——べちゃん。
 生地は鉄板の上でひっくり返ったが、勢い余って中央にひびが入り、白い具材がいくつか飛び出して、若干形が崩れてしまった。天井を向いた裏面には焼き色が付いているが、ナウルが返した生地と比べると、若干色が薄い気もする。
「……ほれ見ぃ、そやからまだ早い言うたやん。」
 ナウルが呆れた様子で言い、イニスが苛立たしげに飛び出した具材を生地の下に押し込んでいる。
「まあ、これが名人と素人の違いっちゅうわけや。よう分かったやろ?」
 ナウルがにこりとアスティに微笑み掛けるが、ここで頷いてしまうのはイニスに失礼な気がして、アスティは曖昧に苦笑いを浮かべた。
「クエッ、クエッ!」
 突然、キーロが嬉しそうな声を上げ、頷くように首を上下に動かした。
「うんうん、そうやな。キーロにもこの違いは明確やな。」
 ナウルが満足げに頷く。アスティとしては、キーロの行動は鉄板から匂い立つ美味しそうな香りに食欲を刺激されて機嫌がよくなっただけと説明したいところなのだが、こうもはっきりとナウルに解説されてしまうと、真偽がどうあれ、否定しづらい。
 隣を見れば、無表情だったイニスの眉間にしわが寄っている。
「……後でもう一回返すからこれでいいんだよ。」
 イニスが小さく呟き、苛立たしげに、コテの背でぎゅうっと上から生地を押さえつけた。ジュワワッと激しく音が響き、湯気が上がる。
「あああっ!」
 同時に悲鳴のような声を上げたのはナウルだ。
「お前、何しとんねんっ! 返しが下手くそなんは百歩譲って許したるけど、お好み焼きを上から押さえつけるなんて最低やぞ!」
「うるさいな……こうした方が早く焼けるんだよ。」
 イニスがむすっとして答える。
「そういう問題やない! そないに押さえつけてもうたら、お好み焼きのふんわり感が台無しやんか! 生地の外側のパリッと感も出汁を効かせた生地のおいしさも半減して、お好み焼き殺しもええとこや! お好み焼き名人として、上から押さえつけるんだけは絶対に絶っっっ対に許せへんのや!」
 ナウルは両手でテーブルを叩き、立ち上がった。ナウルの激高ぶりはイニスにとっても驚きだったようで、イニスは一瞬気圧されたように怯んだ。が、その反動だろうか、ついにイニスがナウルに対して応戦した。
「……知るか! どうせ最後に腹の中に入ったら同じなんだ、食べられればいいんだよっ!」
「アホ言うなや! 食事はただの栄養補給とちゃうねんで! 何のために料理人が毎日うまい飯作ろうと努力しとる思うてんねん!」
 ナウルの方が自ら引き下がるはずもなく、ナウル様専用コテをイニスの眼前に突きつけて挑む。
「だから、作ってる俺がこれで十分うまいと思ってんだからいいだろうが! 俺の焼き方に文句があるならお前は自分が焼いたのだけ食ってろ!」
 イニスはナウルの腕を払い退け、ナウルを一瞥するとふいと顔を背けた。
「おうおう、お望み通りそうしたるわ! その代わり、こっちで上手に焼けたんは、お前には食べさせてやらへんからな!」
 ナウルはすとんと椅子に腰を下ろし、苛立ち紛れに宣言する。
「どうぞ御勝手に。」
 イニスがそっぽを向いたまま答え、ナウルが甚だ不満げに頬をひきつらせた。
 イニスとナウルの間のもめ事はもはやいつものことではあるが、ふと背中に視線を感じ、気が付けば、いつの間にか店内の視線が自分たちのテーブルに集中している。これだけ大声で言い争っていれば、当然、注目も集めようと言うものだ。
「生地を軽くポンポンって叩くのもダメなのかな?」
「そりゃダメだろ、焼いてる間は余計な手は加えないのが正しいお好み焼きの焼き方だってじいちゃんが……。」
「でも……じっと待ってるのって退屈じゃない? 何かこう……叩きたくなるよね。」
 ——ポスンッ。
「あっ! だからダメだってば!」
 鉄板が立てる焼き音に紛れて、店の奥の方の席でも似たような議論を繰り広げているらしい声がアスティの耳に届いたが、この議論を生み出したきっかけはナウルとイニスのやりとりだろう。
「あ、あの……。」
 せっかくの食事の時間をまた喧嘩しながら過ごすことに抵抗感を覚えて、アスティは二人に仲直りを促すべく口を挟んだ。
「あ、アスティちゃんの分は俺が上手に焼いたるから安心してな?」
 ナウルは不満げにイニスを睨みつけた後、アスティに向き直ってにこりと微笑む。お好み焼きを上手に焼いてくれることよりも、イニスと仲良くしてくれることの方がアスティにとってはありがたいのだが、ここでナウルの厚意を無碍にすれば、事態はいっそうややこしくなるだろう。
「……あ、ありがとうございます。」
 やむなくアスティは苦笑に近い微笑を浮かべた。イニスには悪いが、ここでアスティがイニスの味方をすれば、ナウルが大騒ぎを始めるに違いない。おいしいお好み焼きの焼き方について、人並みならぬこだわりを持っているらしいナウル名人の反論は容易に想像できた。
 予想通り、アスティの肯定的な反応にナウルは満足げに頷き、イニスを見遣る。ナウルの勝利を確信したかのような得意げな表情に、イニスは不満そうではあるが、それ以上言い返す気配はない。少しばかり心が痛い。
「で、でも……あの、私も考えてみたんですが、確かにナウルさんの言うとおり、生地を押さえつけてしまううとふんわり感はなくなってしまうかもしれませんが、イニスさんの斬新な焼き方もそれはそれで新しいおいしさを生み出したり……。」
「……なんちゅうことは絶対にあらへんからな!」
 何とかイニスを擁護しようとしたアスティの試みは、あっさりとナウルの反論に打ち消されてしまった。ナウルの主張するおいしいお好み焼きの作り方自体は合理的なものなのだろうが、そのこだわりぶりは頑固に過ぎる。
「ええか、アスティちゃん。お好み焼きちゅうのはなあ……。」
 ナウルはテーブルの端に両肘を置き、鉄板の上に身を乗り出すようにして熱のこもった口調で語り始めた。
 隣でイニスが小さくため息をこぼしたのは、ナウルの頑固さを踏まえての諦めの意思表示だろうか。アスティには、大人しくナウルの話を聞く以外の選択肢はなさそうだった。

最新の執筆状況(更新予定)等はTwitter(@ayaki_ryu)で呟いています。

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