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エウレールの森の民 作者:アヤキリュウ
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第3話 出会いと別れ

 ムリクを追いかけて森に入ったアスティが、あと二、三メートルでムリクに追いつこうかという時、再び銃声が響いた。
 思いの外近くで響いた音に驚いてアスティが足を止めた瞬間、崩れ落ちるようにムリクが倒れる。
「おじいちゃん!?」
 アスティが叫ぶと、聞き慣れない声が茂みの奥から上がった。
「おい、今の、人の声じゃなかったか?」
「まさか……俺はサルを……。」
「お、俺は知らないぞ! ペットのサルを捕まえに行くって言うから付いてきただけなんだからな。」
「ま、待てよ! 俺だって……。」
 うろたえた声は少しずつ小さくなる。追いかけようとは思わなかった。それよりもむしろ……。
「おじいちゃん! おじいちゃん!?」
 アスティはムリクに駆け寄り、地面に伏したムリクを抱き起こし、絶句した。
 ムリクの胸には赤い染みが散らばり、それぞれ少しずつ広がっていく。あっと言う間に、ムリクの服は真っ赤に染まってしまった。
「あ……。」
 アスティはぐったりと動かないムリクを抱き抱えたまま、動けなかった。手足を切った時の止血の方法はかつてムリクから教わった。骨を折った時の添え木の方法も知っている。だが、銃で胸を撃たれた時の手当の仕方は教わっていない。どうすればいいのか分からなかった。
「クエッ……。」
 アスティの頭上でキーロが鳴き、アスティはその声で我に返った。同時に、茂みの奥から草木をかき分ける音が近づいて来ることに気づく。森の生き物ではないことはすぐに分かった。この音は、人間だ。
 ムリクを撃った密猟者だろうか。助けを求めたら、ムリクの手当をしてくれるだろうか。それとも、危険な犯罪者に遭遇する前に今すぐこの場を立ち去るべきか……。
 迷ったが、ムリクを置いて逃げることはできなかった。アスティはムリクの手をぎゅっと握り締め、音のする茂みを睨みつけた。
「……くそっ、あいつらどこ行った!?」
 声と共に、黒い影が飛び出してきた。右手に抜き身の長い剣を持ち、黒い服を着た男だ。アスティの目を引いたのは、その男の闇のように黒い髪だった。
「……あ。」
 アスティが微かに漏らした声に反応するように、茂みから飛び出してきた男が振り返った。男と視線が合ったその瞬間、アスティは背筋に悪寒が走るのを感じた。
 髪の色と同様の黒い瞳がアスティを捉え、アスティはその奥に漆黒の闇を見た。しかし、それはほんの一瞬のことで、すぐに男は眉をひそめ、アスティを睨むように目を細めた。
 男は、ゆっくりとアスティに近づき、アスティとムリクを見下ろした。
 黒いブーツに、膝下丈の黒い外套。左胸の金糸の装飾は、確かエウレールの国旗にもある政府の紋章だ。ムリクとアスティに都市への移住を勧めるために度々やって来る役人たちも、この紋章の入った紙片を示してムリクと言い争いをしていた。政府の紋章を身に着けているということは、きっとこの男も政府の関係者なのだろう。目の前の男が両耳に引っかけるようにして頭の後ろに着けている銀色の機械も、移住勧奨の役人が着けていたものに似ている。もっとも、彼らが身に着けていたのはもう少し小型の機械で、右耳を覆うように身に付けていたはずだが。
 いずれにしても、その装いは森の民とは明らかに異なっており、都市部の人間のものに違いない。
「あなたが……撃ったの?」
 アスティは地べたに座り込んだまま、目の前に立つ男を見上げて問いかけた。
「違う。俺は銃は持ってない。」
 低く押さえられた声はほとんど感情を伴っていないように聞こえたが、嘘を吐いているようには思えなかった。
「密猟者らしい二人組を見つけて追いかけてきたが、見失った。奴らに撃たれたのか?」
 男は抜き身の剣を腰の鞘に納めると、アスティの前にしゃがみ込んだ。声音は幾分か優しくなっている。
「たぶん。銃声がしたと思ったら倒れて……。」
 アスティが答えると同時に、木立がざわざわと揺れた。風に揺られたわけではない。猿か何かが木の上で遊んででもいるのだろうか。アスティが頭上を見上げると、木漏れ日の間で白い布のようなものがひらりと揺れ、同時に何かがアスティの目の前に落ちてきた。
「よおっと! ……ん? 何やこれが密猟者なんか?」
 空から降ってきた影は、両足でしっかりと地面に着地して立ち上がり、きょとんとした表情でアスティを見下ろした。猿ではない。茂みから飛び出してきた男と同じ黒いブーツに黒い服を身につけた金髪の男だった。ただ、羽織っている外套は黒ではなく真っ白で、素材もだいぶ薄手のようだ。
「違う。奴らに撃たれたらしい。診てやってくれ。」
 黒髪の男が端的に答え、ムリクに視線を向ける。
「おや、まあ。これはなかなかの別嬪とちゃうか。そやなあ、心持ち胸の大きさが足らへん気はするけど、それ以外は特に悪いところは見当たらへんなあ……。」
 金髪の男はアスティの頬に手を伸ばしてぐっと顔を近づけ、アスティは反射的に身を引いた。
「おい、誰が女の品定めをしろと言った!? こっちのけが人を診ろと言ったんだ!」
 黒髪の男が、金髪の男の襟首を掴み、ぐいとアスティから引き離し、ムリクの方へ寄せる。
「いやぁ、それはちょっと何ちゅうか……。」
「ぐだぐだ言わずに早くしろ。お前、何のために王立大の医学部出たんだよ!」
 黒髪の男の言葉に、アスティは我に返った。王立大学の医学部と言えば、エウレールでは名門中の名門だ。都市部の情報に疎い森の民でも、その最先端の医療技術が多くの命を救ってきたことは知っている。
 金髪の男が身に付けている白い外套も、外套というよりは白衣だろう。かつて集落がもう少し賑やかだった頃、定期的に往診に来ていた医師が身に付けていたものと同じだ。
「お医者様、お願いします! おじいちゃんを助けてください!」
 アスティは金髪の男に向かって頭を下げた。
 男たちがどこの誰なのかは分からない。だが、少なくとも敵ではないようだし、金髪の男が本当に王立大学を出た医師ならば、今、この森の中で頼れるのは彼しかいない。
「いや、そう言われても、俺、医者とちゃうし……。」
 金髪の男は頬を掻きながら困ったように漏らした。
「でも、王立大学の医学部を出たって……。」
 アスティは金髪の男の予想外の答えに戸惑いながら、黒髪の男を横目に見た。
「まあ、確かに王立大の医学部を出たんやけどな、その後の国家試験をサボってもうたから、免許持ってへんねん。ゆえに俺は医者やない!」
 金髪の男はすくっと立ち上がり、腰に手を当てて胸を張る。
「自慢げに言うことか。」
 黒髪の男が呆れた様子でため息混じりに言い放ち、すぐに抑えた声で続けた。
「緊急事態だ、免許の有無はどうでもいい。何とかしろ。」
 感情の伴わない淡々とした声だが、不思議な安心感があった。
「……何とかしろて……お前、本気で言うとるんか?」
 金髪の男が不機嫌そうに黒髪の男を睨んだ。黒髪の男は答えず、金髪の男は小さく息を吐いてムリクを見た。
「これ、狩猟用の散弾銃で撃たれたんやろ? それも胸の付近の心臓ど真ん中や。十中八九即死やて。医者にできるんは死亡診断書にサインするくらいのもんや。ま、俺は免許持ってへんから、それもできひんのやけどなあ。」
 そう言って金髪の男はけらけらと笑った。
「まあ、結構な老人みたいやし、十分天寿を全うしたんとちゃうか? むしろ長生きし過ぎっちゅうもんや。病気で苦しみながら死ぬんよりずっとええやろ。嬢ちゃんの方はけがもないようやし、めでたしめでたし、や。」
 金髪の男は振り返ってアスティに笑顔を向けたが、アスティは呆然としたまま男を見つめ返した。男の表情に、悪意は微塵も感じられなかった。しかし、だからこそ、アスティには金髪の男の言っていることが理解できなかった。言葉の意味が分からなかったわけではない。祖父の死をめでたいと笑える男の神経が理解できなかった。
「……全く、こない状態で何とかしろやなんて、これやから数字の計算しかできひん奴は困るわぁ。」
「……黙れ。」
 金髪の男の甲高い笑い声を、鋭く低い声が遮った。金髪の男の表情が凍り、アスティは低い声の発生源を見た。黒髪の男が、口を真一文字に結んで地面を睨み付けている。
「……すまない、俺たちは彼を助けられない。できることは、何もない。」
 黒髪の男が顔を上げ、絞り出すように声を発した。アスティは黒髪の男を見つめ、息を飲んだ。ずっと握っていたムリクの手から、冷たさが伝わってくる。目頭が熱くなり、じわりと涙が溢れ出た。
「おじいちゃん……おじいちゃん……おじいちゃん!」
 アスティはムリクの体に覆い被さるようにして、声を上げて泣いた。涙は止めどなく溢れた。
 森の木立がそよそよと風に揺れる。キーロがアスティの肩に降り、短く鳴いた。

最新の執筆状況(更新予定)等はTwitter(@ayaki_ryu)で呟いています。

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