挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
エウレールの森の民 作者:アヤキリュウ
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

37/65

第36話 科学技術が描く夢

 路地を抜け、昨日も通ったと思われる大通りを渡ると、周囲の景色が一変した。王宮の外壁に似た石材を積み上げた石造りの建物は姿を消し、平坦な土地に縦横に真っ直ぐ伸びた道路の両脇には、全面がガラス張りの壁や鏡のように周囲の景色を移し込む壁が連なっている。一つ一つの建物の規模が大きく、東の森の神木よりも背が高い。見上げると、何だか空が狭くなったように感じられた。
 通りを行き交う人々も、階段の続く路地裏や商店街とは雰囲気が違う。多くの人が暗い色の硬そうな服を身にまとい、ハンドル付きの移動用円盤ディスク・ボードに乗って音もなく移動したり、植え込みの縁に腰掛けて携帯端末装置モバイル・ギアから投影される半透明の画面を睨みつけている。
 アスティは通りすがりの建物に映り込む自分の姿をぼんやりと眺めながら、ナウルとイニスについて歩いた。
「この辺はオフィス街やねん。国内有数の大企業の本社が集まっとって、政府機関の入った建物もあんで。周りの建物は大体みんなこの十年ほどの間に建設された新しいもんで、それぞれ最先端の技術を取り入れて設計されとる。」
 ナウルの解説を聞きながら、アスティは感嘆の息を吐く。東の森でアスティが暮らしていたテントとはあまりにも違う姿に、どうやって作られたのか想像も付かない。王都の科学技術を駆使すれば、昨日、ナウルが作ってくれたような歌って踊って魔法も使えるロボットが一瞬で作り出してしまったりするのだろうか。
「驚くのはまだ早いで。お楽しみはこの先……ほれ、左上を見てみぃ。」
 広い通りの交差点に出るなりナウルが言い、アスティは言われたとおりに左上を見上げて息を飲んだ。
「う……わぁ。」
 きらきらと輝く青銀色の建物が、真っ直ぐに空へ向かって伸びていた。建物の先端は細く尖っているようだが、天を貫いて無限に伸びているようにも見える。
「これがエウレール王国が誇る世界一の超高層ビル、エルタワーや! ……っちゅうても、アスティちゃんはもう何度も見とるやろ? 嫌でもそこら中から見えてまうんやから。」
 ナウルが笑いながら言った。確かに、高層ビル群の中でも一際背の高いこの建物は何度か目にしている。王都の外れで川向こうの街を眺めた時にも、王宮の外壁に沿って歩いている時にも、確かにそれは視界にあった。
「今日の目的地はここや! この最上階が展望室になってんねん。今日は天気もええから、国中ぜーんぶ見渡せるで!」
 アスティはエルタワーを見上げたまま、ナウルについて行く。建物に近付けば近付くほど、ほとんど真上を見上げなければならなくなる。
「上ばかり見ていると転ぶぞ。」
「……え?」
 呆れたようなイニスの声が耳に届いた瞬間、アスティは建物の前の段差につまずいた。「あ。」と慌てた瞬間、右腕を引っ張られ、何とか地面に倒れ込むのを回避する。
 引き上げてくれたのはイニスだ。
「……す、すみません。ありがとうございます。」
 アスティが謝罪と御礼を述べると、イニスは小さくため息を吐いてアスティの腕を離した。
「これを、ゴートンさんが設計されたんですよね?」
 アスティはきちんと立ち止まり、改めてエルタワーを見上げる。遠目に見た時もすごい建物だとは思ったが、間近で見ると、もはやすごいという言葉では形容しきれない代物だ。かと言って、すごいと言う他にふさわしい言葉も浮かばない。
 一階部分の玄関はガラス張り、その上も五階あたりまでは大きな窓が取られている。それより上は青銀色に光る鏡のようで、高層階の壁面は風に流れる雲を映していた。
「あのごっつい兄ちゃんが設計したとはとても思えへんやろ? 中はもっとすごいで。」
 ナウルが笑いながらタワーの入り口へ向かい、アスティは視線を足下に戻すと駆け足でナウルを追いかける。
 玄関前でナウルに追いつき、扉らしきガラス板へ近付くと、ガラス板が左右に分かれて独りでに開いた。
「……え!?」
 思わず驚きの声を上げると、ナウルが嬉しそうな笑みをこぼす。
「自動扉も初めてやろ? 扉の上についとるセンサーで人の動きを関知して、近付くと自動で開くんや。」
 ナウルが得意げに解説してくれたが、一体どういう仕組みなのかはよく分からない。周囲はほとんどガラス張りで、大掛かりな仕掛けが隠れているようにも見えない。こっそりと扉を押し引きしている誰かが隠れられるような場所があるとすれば、床下と天井裏くらいだろうか。床と天井をそれぞれ睨みつけてはみたが、謎は解けそうもない。
「エルタワーの高層階はオフィスとホテルやけど、三階までの低層階はショッピング・エリア。四階はレストラン街で、五階には小さな美術館とコンサートホールが入っとる。」
 ガラスの自動扉を二つ抜けると、果てまでは見通しきれないほどの広大な空間が広がっていた。左右の通路には、様々な店が並んでいたが、扱っている商品はきらきらと輝く宝飾品や艶やかな白の際立つ大きな器——いずれも上品で上等そうな品物ばかりで、アスティにも馴染みのある日用品を中心に並べていた商店街とは異なる雰囲気を醸し出している。
 周囲の人々も、がやがやとした商店街を歩いていた人々とは様子が違い、皆が洗練された空気をまとっているように思えた。アスティは何だか気後れしてしまう。
「こっち来てみい!」
 アスティが心持ち身体を小さくしながら周囲を見回していると、ナウルが呼んだ。駆け寄って、ナウルが示した天井を見上げると——見上げた先に、天井はなかった。
 四階までのぶち抜きの空間に、きらきらと輝く巨大な飾りがぶら下がっている。細長いガラスの棒が何本も吊り下がり、その周りを囲うように泡のようなガラス玉が浮いていた。
「わぁ……。」
 東の森を出てから何度目のため息だろう。「すごい」も「きれい」もとっくに言い尽くしてしまった気がする。
 入り口からの風を受けてか、ガラス玉は微かに揺れているようだ。大きな窓からの陽光を受け、表面が虹色の変化を見せる。
 耳を澄ますと微かにカランコロンという軽い音が聞こえてくるが、ガラス玉が互いに触れ合っているわけではなさそうで、音の発生源は他にあるらしい。
「これもあのゴートンがデザインしたんやて。信じられへんやろ?」
 ナウルが言う。昨晩、ヨルンが熱心に褒めていた照明がこれなのだろう。美しく繊細なガラス細工は幻想的な空気を纏い、妖精や天使がその周りを飛んでいそうな気さえする。氷のように涼やかな印象を持つガラスでできているはずなのに、どこか温もりを感じるのは、ヨルンの妹が夢見たという「夢の遊園地」を思い出すからだろうか。ヨルンがこの照明に惹かれたのも、きっとそういうところに違いない。
「これ、夜には光るんですよね?」
 アスティはナウルに尋ねた。照明と言うからには明かりが灯るのだろうが、今は大きな窓から入る陽光で十分な明るさがあるためか、頭上のガラス細工に明かりは灯っていない。
「そら、もちろん! けど、これはただの照明やない。すっごい仕掛けがあるんやで!」
 ナウルが大げさな身振りを交えて答え、アスティは首を傾げて聞き返す。
「すっごい仕掛け……?」
「どんな仕掛けか知りたい?」
 ナウルがもったいぶった口調で問う。
「それはもちろん……。」
 ——知りたいです、と続けようとした時、背後から落ち着いた声が降ってきた。
「この吊り照明には、建物全体の振動抑制装置としての役割を果たしてるんだよ。」
「え?」
 反射的に振り返ると、イニスが頭上のガラス細工を見上げていた。
「こら、イニス! 俺が話しとる最中やのに、勝手に口挟むんやない!」
 ナウルが抗議の声を上げたが、イニスは構わずに続ける。
「建物に加わる振動をこの振り子状の照明が揺れることで吸収するんだ。これがないと、この超高層ビルは強風に煽られる度に揺れによる負荷を受け続けることになり、経年劣化による倒壊の危険が高くなる。」
 イニスの説明に、アスティは驚いてガラス細工を見上げた。繊細な見た目のガラス細工は脆そうで、気を付けないと簡単に壊れてしまいそうだ。これがこの巨大な建物の存立を左右する重要な装置なのだと言われると、あまりにも心許ない。
「もちろん、これ以外にも建物の安定を確保するための仕組みは複数備えられているから、これが壊れても直ちに建物が倒壊するわけじゃないが。」
 イニスがそう付け足して、アスティはほっとした。
「このエルタワーはエウレールの最先端技術の結晶だ。空調システムも、エネルギー効率を最大にできるよう設計上の様々な工夫が凝らされていて、例えば……。」
「あーもう、止めや、止め! 今はそういう小難しい話はええねん!」
 ナウルがアスティとイニスの間に割り込んで、イニスの話を遮った。
「俺がアスティちゃんに教えたかったのはそういうつまらへん仕組みやのうて……って、長話しとる暇はあらへんのや! 時間や時間!」
「時間?」
 アスティが首を傾げると、ナウルはアスティの肩を掴んでガラス細工に正対させ、「しっかり見とってや! すぐに始まるさかい!」と言った。
「始まるって、何がですか?」
 ——カーン。
 アスティが問い掛けると同時に、甲高い鐘の音が響いた。反射的に上を見上げると、一斉に吊り照明に明かりが灯った。
「わぁ……。」
 アスティが感嘆の声を上げると同時に、暖かなマリイヤ色の灯りが瞬き、次の瞬間に虹色に変わった。どこからともなく明るい音楽が聞こえてきて、ガラス細工から放たれる光は音楽に合わせて目まぐるしく変化する。
 ガラスの泡の間を、小さな妖精が飛び交い始めた。様々な色の服を纏い、透明な羽を背中に生やした小さな人々——それは間違いなく、かつて読んだ絵本に描かれていた妖精に違いなかった。
 虹色の光を浴びて、妖精たちが舞い踊る。
 アスティは夢の中にでもいるかのような心地がして、ぼんやりと空中の舞踏会を見上げていた。
 しばらくして、音楽がゆっくり静かに鳴り止むと、妖精たちは姿を消した。頭上のガラス細工の灯りも消えて、全ては元通りだ。
「……い、今、妖精が! 虹色に光って……!」
 我に返ったアスティは、背後のナウルとイニスを振り返り、慌てて声を上げた。眠っていたわけでもないのに、夢を見てしまった。
「びっくりしたやろ? ホログラム技術を生かした演出や。毎日正午にやっとんねん。ちょうど間に合ってよかったわ。」
「ホログラム……。」
 アスティは聞き覚えのある単語を確認するように呟いた。確か、イニスたちの携帯端末装置モバイル・ギアの画面もホログラムという仕組みで空中に投影されていると聞いた気がする。
 つまり、アスティが見た妖精たちもそのホログラムで空中に映し出されていた映像ということた。夢でも幻でもないが、本物でもない。
「なかなかええやろ?」
 ナウルの問いに、アスティは一瞬戸惑い、それから、両手を胸に当ててゆっくりと頷いて答えた。
「はい……とても素敵でした。」
 本物の妖精でなかったことは少し残念だが、可愛らしい妖精が飛び交い、虹色の光に包まれる——夢のような世界を見ていた時間は間違いなく幸せな時間だった。そこには確かに、ヨルンの妹が夢見ていた世界と同じ、心の奥に温もりを感じさせてくれる世界があった。
「……さて、そしたら次はお待ちかね、『この国の全てが見える場所』へ行ってみよか!」
 ナウルが明るく声を上げて歩き出し、アスティはイニスと一緒にナウルを追った。

最新の執筆状況(更新予定)等はTwitter(@ayaki_ryu)で呟いています。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ