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エウレールの森の民 作者:アヤキリュウ
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第35話

 「あーもう……何でお前まで一緒やねん。」
 王宮の廊下を歩きながら、ナウルが隣のイニスを睨みながらため息を吐いた。
「お前一人に任せると何かと危険だからな。」
 イニスが端的に答え、ナウルはいっそう顔をしかめる。
「何が危険やねん! アスティちゃんに図書室で俺に歴史を教われ言うたんは自分やろ!」
 ナウルが抗議の声を上げると、イニスが怪訝そうに首を傾げて振り向いた。
「俺はアスティに図書室へ行くことは勧めたが、お前に歴史を教わるよう言った覚えはない。そもそも、お前が他人にまともな歴史を教えられるとも思っていない。」
 イニスは冷たく言い放つ。
「……ああ、そやな。確かに俺には、その辺の胡散臭い歴史書にあるような『まともな』話はでけへんわ!」
 ナウルは腕組みをして鼻を鳴らし、イニスに背を向けた。ナウルがイニスに突っかかっていくことをやめてくれれば、イニスの方からナウルに絡むことはなさそうだから、これでこの喧嘩はいったんは終わりだ。アスティはほっと胸をなで下ろした。
「あーあ、せっかくアスティちゃんと二人でデートしよ思っとったんに……。」
 ナウルが頭の後ろで両手を組んでつまらなそうにぼやく。
「ごめんなさい。せっかくなら、イニスさんも一緒に面白いお話を聞けたらいいなって思って……。」
 アスティはナウルに小声で謝罪する。
 イニスに出くわしたのは、アスティが図書館を出てナウルに半ば引きずられながら階段を下りている時だった。イニスは分厚い書類を手に仕事中のようにも見えたが、どこへ行くのかとの問いに答えるついでに一緒に行かないかと誘ってみたら、予想に反して肯定の返事が返ってきたのだ。
 だから、イニスと一緒になったことでナウルが機嫌を損ねてしまったのだとしたら、それはイニスを誘ったアスティの責任だ。
「ほんまにアスティちゃんは優しい子やねえ。けど、アスティちゃんは何も悪くないんやから、気にせんでええねんで? 悪いのは全部、この気の利かへん黒ん坊やねんからな!」
 ナウルはイニスの背を指さしながらアスティに向かって微笑む。
「その黒ん坊ってのは、キーロのことか?」
 先を歩くイニスが首だけ振り向けてナウルに尋ねた。
「はあ!? お前のことや、お前の!」
「そうか。キーロを数に入れるなら、俺が同行しようがしまいが、いずれにしても『二人で』にはならないと思ったんだがな。」
 正面に向き直ったイニスの答えに、キーロがアスティの肩で驚いたように一声鳴き、ナウルを見つめた。アスティが把握しているキーロの性格からして、自分が数に入っていないとなれば、抗議のくちばしつつきを始めかねない。
「ああ、すまへん、すまへん。キーロもおるから二人と一羽で、やな。」
 ナウルが訂正すると、キーロは満足げに頷き、もう一度クエッと鳴いた。
「ほんま数字にばっかこだわりよって……。」
 ナウルがイニスの背を見つめながら苦々しげに呟くが、先を歩くイニスの表情は見えない。この二人、決して仲が悪いわけではないとアスティは思うのだが、一緒にいると何かにつけて喧嘩になってしまうはどうしてなのだろう。
 アスティは二人の背中を追いかけながら、不意に、東の森でキーロとマリイヤを奪い合うムリクの姿を思い出した。あの一人と一羽の関係も、この二人と似たようなものだったのかもしれない。

 三人——と一羽は、王宮の前庭を通り抜け、正門の脇小口から王宮を出た。正門の前は、昨晩、反政府デモが行われていた王宮前広場だ。
 群衆に埋め尽くされていた昨晩とは打って変わり、のどかな光景が広がっている。
 広場の中央では噴水が陽の光にきらきらと輝き、その周りを散歩中らしき人々がゆったりとした足取りで歩いている。ベンチに腰を下ろして本を読んでいる人もいれば、本を顔に載せてお昼寝中の人もいるようだ。
「昨日とは全然違いますね。」
 アスティは驚きながらも、ほっとして感想を漏らした。
「デモの連中が集まってくるのは金曜の夜だけだからな。特に土日は、抗議の声を聞かせたい政府関係者も議員連中もほとんど出てこないし、観光客も多いから、そもそも当局がデモの許可を出さないんだ。」
 そう言いながら、イニスは小さな機械を王宮に向けながら談笑している一団を見やった。
「観光客?」
「王宮の建物は建国以来の歴史的建造物だからな。国の内外から観光客が見物に訪れる王都観光の見所の一つになってるんだよ。」
 聞き返したアスティに、イニスが解説を続けた。アスティは足を止め、王宮を振り返る。昨晩は、デモに集まった人々の多さに驚いてじっくり建物を眺めることもなかったが、改めて正面から眺めると、石壁の向こうに三角屋根の塔が頂に国旗を掲げて顔を出す様は堂々としていて美しい。
 図書室で聞いたナウルの説明によれば、この王宮は、渡来人がもたらした技術を駆使して北の森の民によって作られたものだ。全てが当時のままというわけでもないだろうが、長い歴史を刻み込んだ石造りの建物は、確かに遠方から訪ねてでも一見の価値があるだろう。
「せっかくやから、アスティちゃんも記念撮影しよか?」
 ぼんやりと王宮を見上げていたアスティの顔を、ナウルが覗き込んできた。
「え?」
「写真は撮ったことあるん?」
 ナウルに問われ、アスティはしばし考えた。写真というものの存在は知っている。両親が結婚の記念に撮ったという写真がテントの奥に大事に額に入れて飾られていたからだ。東の森に近い町の写真館で撮られたというその写真は、無彩色で全体的に鮮明さを欠いていたが、アスティにとっては貴重な両親の記憶だった。
「撮ったことはない……です。」
「ほんなら、記念すべき初めての写真撮影やな。一緒に撮ろ、撮ろ!」
 アスティが答えると、ナウルは嬉しそうに言い、「イニス!」と先を歩くイニスに呼びかけると同時に、懐から取り出した何かをイニスに向かって投げつけた。
 イニスの後頭部に向かって飛んだそれは、アスティが「危ない!」と叫ぶよりも早く、振り向いたイニスの手のひらに収まった。小さな四角い箱のようなそれは、相変わらず正門前で談笑している一団が王宮に向けている小さな機械と似たものに見える。
「ナイスキャッチ! ほんならそれで、俺とアスティちゃんのツーショット撮ってや。」
 ナウルはアスティの肩を抱き寄せながらにこりとイニスに微笑んだ。
 危うく後頭部に何かをぶつけられそうになったイニスは明らかに不機嫌そうで、「何で俺が……。」と不満そうに呟く。
「そんなん、俺とアスティちゃんの記念すべき初めてのツーショットをしっかりとカメラに収めるに決まっとるやろが! ほれ、ちゃんと真っ直ぐ構えや!」
 ナウルがイニスに命じ、イニスは渋々四角い機械を胸元に構える。
「ええか? 三、二ぃ、一で撮ってや! アスティちゃんはイニスが持っとるカメラーーあの四角い奴の真ん中を見とんねんで。笑顔でな。ほな、三、二ぃ、一!」
 ナウルのカウントダウンで、イニスの手にした機械がカシャリと小さな音を立てた。
「上手く撮れた?」
 ナウルがにこにことイニスに尋ね、イニスが機械をナウルに投げ返す。
「どれどれちゃんと撮れ……てへんやないか! なんで俺の顔だけ真っ二つに切れとんねん!」
 ナウルが投げ返された小さな機械を覗き込みながら叫んだ。アスティがナウルの手元を覗き込むと、四角い機械に付いた小さな画面には、王宮の前で肩を組んで並ぶナウルとアスティが映し出されている。テントの奥に飾られている両親の写真とは違って色鮮やかで、まるで鏡を覗いているかのようだ。ただ、どういうわけか、ナウルの顔だけはその半分が画面の外に切れていた。
「ああもう最悪や。下手くそにも程があんで……。」
「文句があるなら自分で撮れ。」
 ナウルの呆れたため息に、イニスが苛立ちげに返す。
「はいはい、そうします! アスティちゃん、すまんけどもう一回や。この機械の真ん中見てな。」
 ナウルは再びアスティの肩に左腕を回し、四角い機械を持った右手を前方へ伸ばした。
「いくで。三、二ぃ、一!」
 ——バサァ……カシャン。
 ナウルの掛け声で、再び機械が独特の音を立てたが、それよりも一瞬前に、何かがアスティの視界を横切った。
「……あぁ!?」
 悲鳴を上げたのはナウルだ。アスティの肩から飛び立ったキーロは、ナウルの伸ばした腕に着地し、澄ました様子で羽繕いを始めている。
 ナウルはキーロを乗せたままの右腕を引き戻し、四角い機械の画面を覗き込みながらため息を吐いた。
「……完全にキーロしか写ってへん……。」
 アスティも脇から画面を覗き込むと、四角い画面いっぱいに両翼をしっかりと伸ばして飛ぶキーロの姿が写っていた。大きなくちばしの奇妙な鳥も、両翼を広げて羽ばたく姿はなかなかに貫禄がある。
「何だかキーロがかっこよく見えますね。」
 アスティが感想を漏らすと、キーロはナウルの腕で「クエッ!」と満足げに鳴いた。
「まあ、そうやねぇ……。」
 同意を示すナウルの声は少し疲れた様子でため息がまじる。
「おい、いつまでここにいる気だ? 街を見るんだろう?」
 先を行くイニスが苛立たしげに振り返った。
「あ、はい! ……行きましょう、ナウルさん。」
 イニスに答えたアスティが呼び掛けると、ナウルはため息を吐いて機械を懐にしまい、ゆっくりと後をついて来る。キーロはナウルの腕を離れ、再びアスティの肩に乗った。
「……悪趣味な犬やね。」
 アスティがイニスを追って王宮前広場から通りへと出た時、不意に背後からナウルの呟きが聞こえた。アスティはその忌々しげな声に驚くと同時に、「犬」という言葉がイニスを指しているのかと思って一瞬ぎょっとしたが、振り返ると、ナウルの視線はイニスの背中とは全く違う方向を向いていた。ナウルの視線の先にあったのは、背中に白いハートの印が浮き出た茶色の子犬だ。煌めく宝石に彩られた派手な装いの婦人に連れられて、よちよちと歩いている。
「あの模様、本来のもんやないで。薬で無理矢理脱色してんねん。可哀想に。」
 ナウルはアスティが振り返ったことに気付いたのか、視線を子犬に固定したまま言った。
「どうして……。」
「その方が可愛ええんやて。ああ言う連中には、生き物も宝飾品と同じやねん。他人と違うちょっと珍しいものほど自慢になって価値があるっちゅうわけや。人間は、他と違うと邪険にされるっちゅうんになあ?」
 ナウルは笑い、振り返った。その視線は、アスティの背後で同じく足を止めて振り返っていたイニスに注がれている。
「とっとと行くぞ。一々こいつの戯れ言に付き合っていると日が暮れる。」
 イニスは眉間にしわを寄せ、踵を返して歩き出す。アスティが駆け足でイニスを追いかけると、ナウルがぼやきながら付いてきた。
「全く……いつもいつも、ほんまにせっかちなんやから。」
 広場から通りに出たアスティたちは、昨日王宮に来る時に通った商店街に続く道とは異なる道を下って行った。
「どうせなら違う道を通った方が景色も違うて面白いやろ?」
 遅れがちだったナウルがいつの間にか、一行を先導している。
 アスティたちが通っている道は細い裏通りで、折々に階段があった。両脇には小さな石造りの家が建ち並び、狭い道で子供たちが追いかけっこをし、片腕で赤ん坊を抱えながら一方の腕に買い物袋を下げた女性もたくましく階段を登っていく。狭い路地に面した玄関に脇に、真っ白なシーツが干されていて、日の光を反射して眩しくはためいている。生活感に溢れた道には、表通りとは異なる賑やかさがあった。
「あ、あのっ……!」
 階段を飛び跳ねるように降りていくナウルに向かって、アスティは呼び掛けた。
「ん?」
 ナウルは片足を軸にくるりと半回転して振り返る。
「これから行く『この国の全てが見える場所』ってどこなんですか?」
 ナウルに追いつき、アスティは尋ねた。
「ああ、まだ言うてへんかったっけ? ほんなら、せっかくやから『それは着いてのお楽しみ』っちゅうことにしとこか! まあ、アスティちゃんもとっくに見とるんやけどな?」
 ナウルはニッと笑うと、一段飛ばしで階段を降りていく。
「私が見たことのある場所……?」
 アスティがきょとんとしてイニスを振り返ると、「イニスは言うたらあかんで! 着いてのお楽しみやねんからな!」とナウルの声が下から飛んで来た。
「……だそうだ。悪いな。」
 口を開き掛けたイニスが苦笑しながら答える。どうやらイニスには目的地が分かっているらしい。

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