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エウレールの森の民 作者:アヤキリュウ
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第2話 王宮騎士団長の憂鬱

 「ったく、何で俺がこんなことしなきゃならないんだ!」
 王宮騎士団長のイニスは、生い茂る草や木立をかき分けながら、東の森を進んでいた。
「まあまあ、そない怒ると寿命が縮むで。」
 王宮騎士団に所属するイニスの直属の部下であるナウルは、へらへらと笑いながら、イニスがかき分けた後をついてくる。上司に対する口調としてはずいぶんと砕けた調子だが、イニスとナウルは同い年で王宮騎士団への入団時期もほぼ同じであるがゆえに、ナウルがイニスに敬語を使うことはほとんどない。イニスとしても、騎士団長という肩書きにこだわるつもりはなく、それを理由にナウルの態度を無礼だととがめるつもりはない。
 もっとも、ナウルの態度が上司と部下の関係を無視してもイニスを不快にさせることは十分にある。
「誰のせいでこんなことになったと思ってるんだ!」
「そりゃ、あのわがまな姫様の思いつきのせいや。」
 イニスの苛立った声にナウルが即答すると、イニスはぴたりと足を止めて振り向いた。
「お前がそのわがまま姫に黄金の鳥がいるとかいうホラを吹いたせいだろうが! お、ま、え、が!」
 イニスはナウルの額に人差し指を突きつけ、ナウルを睨みつけた。
「ホラとちゃうで。古文書にしっかり残ってる伝説や!」
 ナウルはイニスの手首を両手で掴んで押し退け、にやりと笑って答えた。
「同じようなもんだ!」
 イニスはナウルの手を振り払って正面に向き直ると、苛立たしげに木立をかき分けていく。
「……あ、そこん枝、折ったらあかんよ。絶滅危惧種のムケイの若木やから。」
 ナウルがイニスの背後からのぞき込むように声を掛け、イニスは道を切り開くために手折ろうと掴んだ小枝をそっと離した。
「ああ、くそっ! こんな茂みの中じゃなけりゃ移動用円盤(ディスク・ボード)が使えるってのに!」
 移動用円盤は、空中に浮かぶ丸い板状の装置で、現在のエウレール王国における最も一般的な乗り物であり、交通手段だ。徒歩よりも速く、四輪自動車よりも小回りが利くということで、広く世間に普及している。王宮騎士団では、これを改良した特別な型の移動用円盤が公用の移動手段として一人一台与えられていた。ただ、残念なことに、移動用円盤の最高高度は約一メートル。空中に浮かびはするが、空を飛ぶための装置ではなく、あくまでも地上での移動用だ。基本的に、きちんと道路が整備された街中で使うことを想定しており、背丈を超える木立が生い茂る森の中を移動用円盤で自由自在に飛び回る……などということはできない。ゆえに、イニスとナウルは、王都から乗って来た移動用円盤を東の森の外で降り、草木をかき分けながら道なき道を進んでいる。
 何のためにかと問えば、それはもちろん、エウレール王国の王女、ユミリエールから「森で眠っている伝説の黄金の鳥を探すように」との命令を受けたからである。
 本来、そのような仕事は王宮騎士団長の仕事ではない……どころか、王宮騎士団の仕事ですらない。王宮騎士団の主たる任務は王宮の警備及び王族の身辺警護であって、伝説の鳥探しは完全にユミリエールの個人的な趣味である。
 ゆえに、イニスがこの仕事を引き受けるべき理由はないのだが、悲しいかな、王宮騎士団長は一介の公務員に過ぎず、例え個人的なわがままであっても、王女であるユミリエールの命令を断ることは容易ではないのだ。しかも、現国王は、一人娘であるユミリエールを大変甘やかしているため、イニスは本来の職務に専念しようと精一杯の抵抗を試みたものの、ユミリエールの命は国王の命となり、結局、この不合理な命令に従わざるを得なくなったのである。
 それもこれも、全てはユミリエールにつまらない伝説を語ったナウルの策略である。王宮での警備の仕事に飽きたナウルが、日頃お喋り相手として親しくしているユミリエールを利用して、東の森の探索調査という面白そうな——あくまでもナウルにとってのみ面白そうな——仕事を作り出し、それにイニスを付き合わせるという迷惑この上ない思いつきを実行したことは明らかだ。
 ナウルは西方訛りがあり、いつもへらへらと笑っているが、決して馬鹿ではない。そもそも、馬鹿は王宮騎士団には入れない。
 現国王が十年前に科学技術振興令を出して以降、政府の役職に就くには、科学技術分野において優秀な成績を修めなければならないこととなった。
 ゆえに、イニスは王立大学の数学科を首席で卒業しているし、ナウルの方も王立大学の最難関学部と名高い医学部を首席で卒業しているのである。
 もっとも、イニスが、大学在学中に学んだ機械演算処理に関する専門的な知識を活かして王宮の警備システムの開発にも携わっているのに対し、ナウルは大学卒業後、その関心を医学から生物学へと移し、特にエウレールの森の希少生物に関する私的な研究に取り組むようになっている。そして、残念ながら、ナウルの現在の研究対象は、現在のエウレール王国において「科学技術」の分野に属するものとは認められていない。ゆえに、ナウルは全くもって役に立たない知識をため込んでいる変わり者であるというのが世間一般の彼に対する評価である。
「おっ、あそこになっとるんはマリイヤの実とちゃうか!?」
 突然、背後のナウルが声を上げ、イニスは振り返った。
「ほら、あれや、あれ!」
 ナウルが十数メートル先の背の高い木を指さし、その木の上の方では赤みがかった濃い黄色の実が数個集まって輝いている。鬱蒼と茂る森の中で一際目立つそれは、確かにおいしそうだ。
「野生のマリイヤは今ではずいぶん貴重なんやで! こんなところで見つけるなんてラッキーや。」
 ナウルは喜々とした表情を浮かべている。
「よし、せっかくやからここでおやつタイムにしよ! イニス、お前の分も取って来たるからそこで待っとってやー!」
 ナウルはそう言うとせっせと草木をかき分け、一直線にマリイヤの木に向かっていくが、マリイヤの木には足がかりにできそうな枝がほとんどない。マリイヤの実は木の最上部に少しだけ伸びた枝葉の先からぶら下がっていて、地上から四、五メートルはあるだろうか。どう考えても手が届く高さではない。
「……ったく。」
 イニスは腕組みをして、そばの大木に背を預けた。
 具体的な目的地があるわけでもなく、急ぐ理由もない。わがまま姫の思いつきの調査である上に、捜索対象は伝説の黄金の鳥で、現実に黄金の羽を持つ鳥なんているはずがない。もしそんな鳥がいたら、とっくに密猟者たちが捕獲して、金持ち相手に愛玩動物として高値で売りさばいているだろう。
 イニスとしては、ナウルの趣味とユミリエールのわがままのために要らぬ仕事に労を費やすつもりは端からなく、この東の森で希少動物の密猟者の一人でも捕まえたら、本来任務に従事すべくさっさと王宮へ戻ろうと考えていた。少し時間が経てば、移り気な姫は新しい興味の対象を見つけていて、黄金の鳥などという胡散臭いもののことは忘れているに違いない。
 それならば、この茂みの中を無駄に歩き回って体力を消耗するよりも、ナウルが馬鹿なことをしないように見張りながら名目だけの調査研究に適当に付き合ってやる方が利口だ。
 イニスが真っ直ぐにマリイヤの木に向かっていくナウルを呆れながら眺めていると、ナウルはマリイヤの木の周りをぐるりと一回りした後、その幹に飛び付いて両腕と両脚でしっかりと幹を抱え、尺取り虫のような動きで登り始めた。ナウルの動きに合わせて、緩く束ねられた金髪がしっぽのようにぶらぶらと揺れる。
「まるでサルだな、あれは……。」
 イニスはため息を吐き、ナウルの腰まで下がる無駄に長い金髪が木漏れ日に輝く様子を眺めながら、イニスは視界に垂れ下がった黒髪をかき上げた。
 エウレールの民の多くは、明るい茶色の髪を持っている。ナウルのような美しい金髪も珍しくはあるが、イニスのような漆黒の髪を持つ者はまずいない。少なくとも、イニスはこれまで自分と同じ漆黒の髪を持つ者に会ったことがない。
 生物学的な遺伝の法則に従えば、イニスの両親のいずれかはイニスと同じ髪色をしているはずだったが、あいにく、イニスは十歳の頃に王都の外れで先代騎士団長に拾われた時より前の記憶がなく、両親の顔どころか名前も分からなかった。
 この珍しい髪色は、両親を探す手掛かりになると信じた時期もあったが、この九年間で分かったことは、自分の血縁者はエウレールのどこにも存在しないということだけだった。
 イニスは自分の髪が嫌いだった。喪服の色と同じ漆黒の闇色は、不吉を暗示し、イニスの生い立ちと合わせて度々中傷の種になった。この髪色を綺麗だと言ってくれたのは、唯一、王都の外れで行き倒れていた幼い彼に手を差し伸べ、全うな道へと導いてくれた先代騎士団長のみである。しかし、今やその人もこの世にはない。
 尤も、イニス自身、髪の色くらいでうじうじと悩み続けるだなんて馬鹿らしいとは思っている。喪服と同じ色が不吉だからといって、それが不幸を呼んだのだなどということは、あまりにも非科学的でくだらない。髪の色で幸福や不幸をコントロールできるのなら、ナウルのような金髪は黄金を呼び込んで大金持ちにでもなると言うのだろうか。あり得ない。
 そうと分かっていながら、自分の黒髪に憂鬱な気分を誘われるのは、命を懸けて忠誠を誓ったこのエウレールに、自分の根がないという事実に対する不安なのかもしれない。
 全くもって、くだらない感傷だ。
 イニスが舌打ちをすると同時に、ナウルの脳天気な声が響いた。
「うっまー! やっぱり天然物は最高や!」
 イニスが顔を上げると、ナウルはマリイヤの木の上でオレンジ色の実を両手に抱え、そのうちの一つを大口開けて頬張っている。空に広がるように分かれた細い枝に足を引っかけて、器用にバランスを取っている。
「俺にもよこせ!」
 イニスが声を掛けると、ナウルは抱えていた濃い黄色の実を一つ掴み、勢いよく投げ付けた。イニスは顔面に向かって飛んできた実を慌てて左手で捕らえた。
「ナイスキャッチ!」
 ナウルが歓声を上げる。投げてよこしたと言うよりも、端からぶつけてやろうという意図が見え見えだが、イニスは文句を返そうとしてやめた。苦情を申し立てたところでナウルは意に介さないだろうし、むしろ余計に面白がるに決まっている。イニスは黙って掴んだマリイヤの実をかじった。
「あ、うまい……。」
 ふわりと口の中に広がった甘みに、イニスは思わず頬を緩める。
「どや? うまいやろー!?」
 マリイヤの木の上から、ナウルが満足げな笑みを見せながらイニスを見下ろしている。ナウルの期待通りの反応を返すのは癪だが、確かに、このマリイヤの実は王都で手に入るマリイヤの実よりも甘く、香りが強い。
 イニスが親指を立てて示すと、ナウルは笑った。
「そやろ、そやろー! 俺の目利きに間違いはあらへん!」
 普段の仕事に対する態度は甚だ不真面目だし、自信家で騒がしくて、何かと面倒ばかり引き起こすやっかいな部下だが、それゆえ憎めない。ナウルのそんな性格を、イニスはその髪色以上にうらやましく思っていた。
 イニスがマリイヤの実を胃袋に納め、ナウルがマリイヤの幹から飛び降りた時、のどかな森にはふさわしくない乾いた音が響いた。
「……銃声や!」
 ナウルが声を上げる。
「十中八九密猟者だな。いくぞ、現行犯で捕まえる!」
 イニスは腰の剣を抜くと、銃声が聞こえた方向へ道を切り開きながら駆けだした。
「あ、あかんて! その辺は希少植物がぎょうさんあるんや、剣なんか振り回して幹に傷でもつけたらどうするんや!」
 ナウルが背後で叫ぶが、リスクは十分承知している。だが、ここで密猟者を取り逃がせば、希少動物も希少植物も奴らに絶滅させられかねないのだ。犯罪者の取り締まりは、王宮騎士団に与えられた正当な職務権限であり、義務である。
 王宮騎士団が守るのは、王族だけではない。この国そのものだ。国王はこの国の主導者ゆえに守られ、この国の法律はこの国の秩序を維持するために守られなければならいのだ。

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