挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
エウレールの森の民 作者:アヤキリュウ
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

28/65

第27話 土木部門長ゴートン

 「ゴートン部門長!」
 ヨルンが声を上げ、慌てて手にしていた取り皿を脇のテーブルに載せ、敬礼した。
「よお、随分と豪勢にやってるじゃねえか。」
 入り口に凭れていた人物——ゴートンは、にやりと笑って扉から離れると、食堂中央のテーブルへとやって来た。その背はイニスよりも幾分か高く、体つきもがっしりとしている。イニスも決してひ弱な体型ではないが、捲り上げた袖先から覗くゴートンの二の腕はアスティの太股よりも太そうで、しっかり鍛え上げられていることはアスティにもすぐに分かった。
「ゴートン、どういうつもりだ?」
 イニスがむっとした表情でゴートンを睨み付ける。
「どういうつもりも何も、俺はおまえと違って非情じゃないんでね。家庭のある奴に急な残業を命じてせっかくの週末を台無しにするような真似はできなかっただけだ。」
 ゴートンは言いながらテーブルの上の果物を一つつまみ上げると口へ放り込んだ。
「ゴートン……妻帯者に配慮するなとは言わないが、若い連中の負担が大きくなれば組織として回らなくなる。」
 イニスがため息を吐いた。
「必要な人員は拠出した。指示には反してねえだろうが。」
 ゴートンはイニスに答えながら、テーブルの料理を指差す。気づいたヨルンが新しい取り皿に料理を盛ってゴートンへと運んだ。イニスの話からしても、ヨルンがゴートンに対する態度からしても、このゴートンが土木部門の部門長で、ヨルンの上司なのだろう。
「宿所の連中は緊急要員を兼ねてるんだ。待機員がいなければ緊急時に対応できない。」
 ヨルンから料理の盛られた皿とフォークを受け取ってさっさと食事を始めたゴートンに向かって、イニスが憮然として言う。
「……だから残してあんだろうがよ、うちの最大戦力を。」
 ゴートンは料理を頬張りつつ、隣のヨルンを指差した。
「一人だけじゃ……。」
「一人で十人分だ。」
 イニスの言葉に重ねるように、ゴートンが言う。
「それは状況による。単純に頭数が必要な場合だってあるんだ。」
 イニスが落ち着いた口調で返すと、ゴートンはあっと言う間に空にした皿とフォークを壁際のテーブルの上に置き、大げさに肩を落として盛大なため息を吐いた。
 そのあからさまな反抗的態度にイニスが不愉快そうに口を開きかけたが、ゴートンはそれを遮るようにイニスの眼前に人差し指を突きつけた。
「いいか、イニス? 俺が帰したのは、全員、ぶっ壊された外壁を直すために徹夜で作業した奴らだ。週末くらいゆっくり休ませろ。俺たちは休みなしに働き続けられるロボットじゃねえ!」
 ゴートンの強い口調にイニスが苦々しい表情を浮かべながらも押し黙る。ゴートンの反論にやむを得ない事情を認めたのだろう。
「……全く、騎士団長様は良い御身分だぜ。こちとら、一日働き詰めでくたくただってのに、東の森で女の子口説いてよろしくやってたんだろう?」
 そう言ってゴートンは笑い、イニスの肩を叩いた。
「な……!」
 イニスが顔色を変えて絶句するも、ゴートンは笑ってイニスの脇を通り過ぎ、料理の載ったテーブルへと向かう。
「待て、ゴートン! どういう意味だ!?」
 イニスの声はが明らかな怒声を上げて振り返り、ゴートンの手首を掴んだ。
「……ただの冗談だろうが。」
 振り返ったゴートンは呆れたような顔を見せ、ため息を吐く。
「ったく、いちいち真に受けるなよ、ガキ!」
 イニスの腕を振り払い、こつんと軽くイニスの額を叩いた。イニスは虚を突かれたような顔をしてゴートンを見つめ返し、それから居心地悪そうに視線を落として前髪をいじった。ナウルとのやりとりのように反論や反撃に出る気配はないが、不満そうに口を結んでいる。
「お前が姫様のわがままに付き合わされて、そこの世界一使えねぇ天才のお守りをしてたってのは聞いてるよ。」
 ゴートンは、新しい取り皿に料理を自ら盛りながら、夢中で料理を頬張っているナウルにちらりと視線を向けた。ゴートンの言う「世界一使えない天才」はたぶんナウルのことなのだろう。
「で、東の森をうろうろしてる最中に密猟者を見つけたものの取り逃がしたんだろう? まあ、どっちにしてもろくな仕事してねえのは間違いねえわな。」
 ゴートンはヨルンが脇から差し出したマリイヤジュースをぐいっと一気に飲み干すと、憮然とするイニスの脇を通り過ぎ、真っ直ぐアスティに向かってきた。
「で、あんたがイニスの新しい恋人か?」
「え?」
 アスティは正面に立ったゴートンを見上げた。上背のある屈強な体に至近距離で見下ろされ、アスティはその先の言葉を飲み込んだ。
「違う。彼女は身内を密猟者に撃たれて亡くして……。」
「知ってるよ、ムリク長老の孫娘だろう? 冗談を真に受けるなって言ったのをもう忘れたのか?」
 ゴートンが呆れた表情でイニスを振り返った。イニスは不満そうにゴートンを睨み返しているが、何も言わない。
「やれやれ……俺はゴートン。王宮騎士団で土木部門の部門長をしてる。よろしくな。」
 ゴートンはニカッと屈託のない笑みを見せて、アスティに右手を差し出した。
「あ、アスティです。こっちは友達のキーロです。よ、よろしくお願いします。」
 アスティは肩の上のキーロを紹介してから、こわごわと右手を差し出した。ゴートンはアスティの手を引き寄せるように握り、アスティはそのごつごつとした大きな手に自分の手が握りつぶされてしまうのではないかと一瞬恐怖を覚えたが、アスティの右手を包んだ力は、力強くも優しかった。
「あ、あの……ゴートンさんも祖父を御存知なんですか?」
 アスティはゴートンを見上げて尋ねた。国王も、ムリクを「ムリク長老」と呼んでいた。アスティと一緒にずっと森で暮らしてきて、森を出た仲間ともほとんど連絡を取ろうとしなかったムリクの名が王都で知られているということは意外だった。もっとも、ムリクは長く東の森の長として東の森の民を代表していたし、東の森の開発計画が出てからは反対派の先頭に立って最後まで移住を拒否し続けていたのだから、政府の関係者がその名を知っていても不思議ではない。
「ああ、俺は東の森の開発計画の責任者でもあるからな。あのじいさんには苦労したぜ。立ち退きを拒むどころか、地質調査に行ったら高価な調査機器も遠慮なくぶっ壊してくれたしな。」
 ため息を吐きながらも、ゴートンの目は笑っている。
「しっかし、密猟者の誤射なんかであっさり死んじまうとはな。殺したって何度でも生き返りそうなじいさんだったのに……。」
 ゴートンはしんみりとした調子で言い、グラスの酒を一口飲んだ。言葉は悪いが、その口調には確かに温もりがあった。
 東の森の開発計画の責任者ということは、当然、ゴートンは開発推進派なのだろう。それでも、ゴートンの口振りは開発計画にとって好都合なはずのムリクの死を惜しむかのようにも聞こえ、アスティは驚いた。
 政府の中の人々も、みんながみんな移住勧奨に来た役人のように聞く耳を持たない冷酷な人間ばかりではないのだ。イニスやナウルと同じように、アスティの話をきちんと聞いてくれる人は、きっとまだ他にもいるに違いない。
 アスティがそんな期待を胸中で膨らませていると、ゴートンが続けた。
「けどまあ、ムリクのじいさんが死んでその孫娘も王都に出てきたってことは、これで東の森の計画の阻害要因は一掃されたってわけか。そういう意味では、お前がこの子を口説いて来たのもいい仕事をしたってことなのかね……なあ?」
 ゴートンがイニスを振り返って言う。冗談めいた口調からは、それがゴートンの本心なのかは分からない。それでも——むしろそれだからこそ、アスティは黙っていられなかった。ムリクの死を、東の森の開発に伴う問題を、ただの冗談で済ませてほしくなかった。
「私は東の森の開発を認めたわけではありません!」
 アスティは声を上げた。アスティが王都へ来たのは、国王をはじめとする政府の開発推進派を説得して開発を止めるためだ。アスティが森を出たことで容易に開発が進められるようになるというのは意図に反するし、そんなことを認めるつもりもなかった。
「あん?」
 ゴートンがきょとんとしてアスティを振り返る。
「私は王都の皆さんに森の価値を分かってもらいたくて……東の森の開発を止めてもらうために王都に来たんです。森の守護者として、東の森の開発を認めるつもりはありません。」
 アスティはゴートンを見据えた。ゴートンが東の森の開発計画の責任者であるなら、遠からずアスティの意図は彼に伝えなければならない。もし責任者のゴートンを説得できれば、アスティにとっては強力な味方にもなる。ここで逃げるわけにはいかない。
「森の守護者……ね。なるほど、さすがムリク長老の孫ってわけか。」
 ゴートンはアスティを見下ろしてにやりと笑ったかと思うと、再びイニスを振り返った。
「全く、お前もとんだお人好しだな。こんな面倒な小娘を王宮に連れ込んで。」
 ゴートンは肩越しにアスティを指さして言う。
「森で一人で行き倒れられても困るから保護しただけだ。」
「開発計画のためには、とっとと行き倒れてもらった方が有り難てぇんだけどな。」
 淡々と返すイニスに対し、ゴートンはあくまでも冗談めいた口調を貫いている。アスティにはゴートンが何を考えているのかよく分からなかった。
 アスティと真剣に話をする気がないということなのかもしれない。事実、先ほどからのゴートンの言葉は、独り言とも取れる呟きを除けば、ほとんどイニスに向けられたものだ。
「私は……東の森の開発には反対です。」
 アスティはぎゅっと両手の拳を握り締めて繰り返した。小さな声だったがゴートンの耳には届いたらしく、ゴートンが再びアスティを振り返る。
「まあ、好きにすればいいさ。小娘一人が反対したくらいで政府の方針は変わらねえし、仮に政府の方針が変わったとしても、俺の給料が減るわけでもねえからな。」
 ゴートンは笑いながら、初めてアスティに向かって答えた。それはアスティにとって予想外の反応だった。開発推進派のゴートンの立場からすれば、もっと強く批判されるものだと思っていた。
「なんや、給料変わらなきゃせっかくの仕事がふいになってもええんか。」
 それまで夢中で料理を頬張っていたはずのナウルが、食器をテーブルに置いて口を挟んだ。
「そりゃあ仕事の内容次第だろ。」
 ゴートンが端的に答える。
「そら、白紙撤回してもええくらい東の森の開発計画の内容が気に入らへんっちゅうことか?」
 ナウルが挑発するような笑みを見せて問い返した。
「そうは言ってねぇだろ、開発反対派じゃあるまいし。将来的なエネルギー需要を賄うために新規のプラント建設は必要だし、諸々の条件を踏まえれば、建設場所は東の森がベストだと思ってるさ。ただ、一建築家としては、規制基準通りの四角い箱を作るだけのプラント建設なんて大して興味も湧かねぇし、思い入れもねぇってだけだ。プラントの要になる中の設備機器は俺の領分じゃねぇしな。」
 ゴートンはつまらなそうにナウルに返した。
「そやかて、東の森の開発計画は国の威信を懸けた一大プロジェクトやで。この御時世に予算もぎょうさんついとるし、成功すれば、あんたの大きな実績になるんとちゃうの?」
 ナウルが意地悪そうに笑いながらゴートンに言う。
「別に今更点数稼ぎなんかしなくても、俺はお前と違って既に十分な実績があるんでね。」
 ゴートンが呆れた様子でナウルに返す。
「ゴートンさんはね、僕と同じで建築学が専門なんだけど、すごい人なんだよ。見た目によらずとっても繊細な設計をするんだ!」
 ヨルンが楽しそうに口を挟んだ。
「ちょっと待て、ヨルン。見た目によらずってのはどういう意味だ!?」
 ゴートンがヨルンに突っ込みを入れるが、ヨルンはきょとんとしてゴートンを見つめ返す。
「どういう意味も何も、そのまんまの意味に決まっとるやろ。」
 ナウルが笑い声と共に脇から口を挟み、ゴートンがむすっとしてナウルを睨み返す。
「アスティちゃんは、エルタワーは見た?」
 ヨルンに問われ、アスティは首を傾げた。
「王都で一番高い建物だから、きっとどこからか見てると思うんだけど……。」
「王都に入る時、橋のたもとから摩天楼群が見えたやろ? あん中の一番高い建物のことや。王宮の周りをぐるぐるしてるときにも遠くに見えとったはずやで。」
 ナウルの説明で、アスティは思い出した。鏡のような外壁に青空を映した建物は、細長い先端を真っ直ぐと空へ伸ばしていた。
「ああ、あの青っぽい色の……。」
「そのエルタワーを設計したのがゴートンさんなんだ。鏡面素材を張り付けたの外壁のデザインも斬新だけど、内部の吹き抜けに吊された照明がすごく綺麗なんだよ! 僕が王宮騎士団に入ったのは、あれを設計したゴートンさんがいたからでもあるんだ。」
 ヨルンが興奮した様子で語る。
 アスティは脳裏に日の光に輝く青い塔を描きながら、目の前のゴートンを見た。確かに、あの繊細そうな建物といかにも屈強なゴートンの容姿は容易には結びつかない。
 そもそも、あの細いガラスのような建物が風雨に耐えて建っていること自体、アスティには魔法のように思われた。アスティが知らない王都の様々な最新技術が使われているのは間違いないだろうが、そういう技術を使ってもなお、あのような独特の建物を設計することが決して容易なことではないということは容易に想像がつく。ヨルンの言うとおり、ゴートンは「すごい人」に違いない。だからこそ、ゴートンにはきちんと話を聞いてもらいたい。しっかりと説得しなければならない。
「あの……。」
 ヨルンの介入で逸れた話題を戻そうと、アスティは口を開いたが、その時、食堂の扉が大きな音を立てて勢いよく開き、アスティの声はかき消された。

最新の執筆状況(更新予定)等はTwitter(@ayaki_ryu)で呟いています。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ