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エウレールの森の民 作者:アヤキリュウ
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第25話 イニスの正論

 「……なあ、その話、もう終わりでええ?」
 突然、ナウルの間の抜けた声で口を挟んだ。ナウルはいつの間にか積み上がった本の山に腰掛けていて、退屈そうに大きな欠伸をして見せる。
「ナウル、お前って奴は……。」
 ギムニクが呆れた様子で呟くが、それに構わずナウルは続けた。
「夕食まだなん? 腹減って死にそうや。」
「……既に食堂に御用意しておりますわ。」
 視線を向けられたマリアンヌがため息混じりに答える。
「じゃあ、ナウルさんが死んじゃわないうちに早く食堂に行こうか。今夜はマリアンヌ侍女長が御馳走を用意してくれてるよ!」
 ヨルンは明るい声で言い、絵と設計図の束を素早く胸ポケットにしまうと、アスティの背中を押した。
「そやそや、まずは飯や、飯!」
 ナウルが明るい声で言い、アスティを追い抜いて一番に部屋を出て行こうとする。
「……お?」
 ナウルは扉を開くと同時に部屋の外に一歩踏み出そうと大きく右足を振り上げ、直後、一瞬不自然に静止して後ろへ転んだ。
「あたっ!」
 背中を床に打ちつけたらしいナウルの悲鳴が上がる。
「飯の前に、お前はこの部屋を片付けろ。」
 背中から床に倒れ込んだまま天井を見上げているナウルを見下ろして、イニスが不機嫌そうに命じた。アスティの背後から腕を伸ばし、ナウルのしっぽ——もとい束ねられ後ろ髪を掴んで引き倒したのはイニスだ。
「な、なんで……。」
 ナウルは腰に手を当てて労りながらそっと体を起こし、弱々しい声を漏らした。
「お前のスペースはこの部屋の左半分だけだ。右半分は空けておけと何度も言っているはずだろう。」
 イニスが無表情のまま続ける。
「半分だけ?」
 アスティは小首を傾げた。
「騎士団の宿所は、二人で一部屋が基本なんだよ。この部屋も、イニスさんが騎士団長になって部屋を移るまでは、イニスさんとナウルさんが一緒に使ってたんだ。」
 例によって、答えてくれたのはヨルンだ。
「別にええやん、どうせ誰も使わへんのやから。」
 ナウルは床に座り込んだまま、首を回してイニスに向かって恨めしげに呟いた。
「年度が変われば新人が入ってくる。」
「そんな遠い未来のこと、今から心配したってしゃあないやん。」
 イニスの端的な答えに、ナウルは肩をすくめて笑ったが、イニスは黙ってナウルを見下ろしている。
「今日中に片付けろ。そして、隣の部屋から持ち出した本を俺の部屋に持ってこい。」
 イニスが強い口調で再度命じた。
「あら、あの御本、イニス様も御入り用でしたの? 埃まみれで積まれていたからてっきり処分していいものかと……。」
 口を挟んだのはマリアンヌだ。
「……ああ、一応……。」
 マリアンヌの問いに、イニスが曖昧に答えた。イニスがナウルの部屋に怒鳴り込んだのは、どうやらナウルが勝手に隣の部屋から運び出した本がイニスにとっても大事なものであったかららしい。
「……訳分からへん。なんでリスティアの本をお前に返さなあかんねん。せっかくの稀少本を埃まみれにして放置しとったくせに!」
 ナウルがのそりと床から立ち上がり、イニスに向かって叫んだ。
「……この部屋でまともに管理できるとも思えないが。」
 イニスの言うとおり、この散らかったナウルの部屋で、大量の本——たっぷり埃を被った特に古そうな本の一山が隣の部屋から運び出されたものと思われる——に真っ当な居場所が与えられるということは期待できそうもない。
「埃まみれで放置されるよりはマシや! 俺は少なくとも本の価値は分かっとる! 読みもしない本を本棚に並べて飾っとるだけの誰かさんとは違うてな!」
 ナウルの主張も一理あるような気はするが、埃まみれで放置されるのと、よく分からない奇妙な品々と一緒に雑然と山に積み上げられるのと、果たしてどちらが本にとって幸せなことなのだろう。実際に本の身になったとしても、判断の難しい問題と思われた。
 それでも——と言うか、それだからこそ、イニスはナウルに対する有効な反論を思いつかなかったようで、一瞬、怯んだように口をつぐんだ。
 一方、ナウルはイニスの躊躇いを好機とばかりに強気で続ける。
「……ちゅーか、そもそも不公平やねん! 自分だけ広い部屋に移りよって!」
 ナウルはイニスに向かって人差し指を突きつける。ナウルは得意げに胸を張るが、イニスは呆れたように小さくため息を吐いた。
「……役職に応じた待遇だ。不公平なのは、お前が勝手に二人分の部屋を占拠していることの方だ。他の団員と待遇を違える理由を説明できない。」
 イニスは落ち着いた口調で答え、ナウルの追及は、むしろイニスに真っ当な反論の機会を与えたらしい。
「いんや、俺は一人部屋が貰えてええはずや! 何しろ王宮騎士団の真のナンバー・ワンはこの俺なんやからな!」
 両手を腰に当てて宣言するナウルの表情は真剣で、勝利を確信したかのような自信に溢れている。ナウルの主張は半ば冗談のようにも聞こえたが、誰も笑い声を上げない。隣を見ると、ジェイスがヨルンの陰で青ざめた顔をひきつらせていて、その視線の先では、理不尽な主張をぶつけられたイニスが黙ってナウルを見つめている。呆れているとも怒っているとも判断の付かない無表情だが、沈黙とともに重苦しい空気が漂う。
「……あ、あの、すみません……。」
 アスティは恐る恐る口を開いた。
「ん?」
 きょとんとした表情で視線を向けたのはナウルだ。
「私も一人で広いお部屋を使わせていただいているので……。」
 アスティは俯きながら言った。アスティに与えられた隣の部屋は、ナウルが独り占めしているこの二人用の部屋と遜色ない広さがあった。二人で一部屋が原則で、一人部屋が認められているのは管理職だけというのなら、アスティに一部屋が与えられたことも例外的な特別待遇ということになる。
「え? いや、アスティちゃんはええねん! お客様なんやから!」
 慌てた様子でナウルが言った。
「そうそう。それに、アスティちゃんだってあの部屋を一人で使ってるわけじゃないんじゃない? キーロと一緒だもん。」
 ヨルンが言い、アスティの肩でキーロが「クエッ!」と鳴く。キーロは「ペット」ではなく「友達」とは言え、荷物も体の大きさも人間に比べればだいぶ小さいキーロを一人分として数えるのは、それこそ不公平ではないだろうか。
「でも……。」
「ほれ、イニス! お前がケチくさいこと言うからアスティちゃんが気にしてもうたやん!」
 ナウルがイニスに人差し指を突きつけて言う。
「俺が問題にしているのはお前が部屋を片付けないことだ。アスティは関係ない。」
 イニスは目の前に突き出された指先を睨みつけながら返した。
「お前の問題意識なんか聞いてへん! 問題は、アスティちゃんが肩身の狭い思いしとるっちゅうこっちゃ! お、ま、え、の、せ、い、で!」
 ナウルは遠慮なくイニスを責め立てる。
「俺は……。」
「全く、これやから計算ばっかで人の気持ちの分からん奴はあかんのや。」
 反論し掛けたイニスの言葉を遮ってナウルが大げさなため息混じり呟くと、イニスは黙って視線を落とした。ナウルの主張が言いがかりでしかないことはアスティにも分かったが、もはやイニスに反論を重ねる気はないらしい。
「ほれ、とっととアスティちゃんに謝りぃ!」
 ナウルは満足げに微笑み、胸を張ってイニスに命じる。
「い、いえっ、イニスさんが悪いわけでは……。」
 アスティは慌てて言ったが、イニスはゆっくりと顔を上げ、アスティを見た——のは一瞬のことで、イニスの視線はアスティを通り過ぎてマリアンヌへと向けられた。
「……マリアンヌ、この部屋の片付けが済むまでナウルには一切食事を出さないでくれ。」
 感情の消えた声でイニスが言い、ナウルが驚いた表情でマリアンヌを振り返る。
 マリアンヌは突然集まった視線に一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに微笑んで答えた。
「かしこまりました。」
 マリアンヌの笑顔と対照的に、ナウルの顔がゆっくりとひきつっていく。
「……ちょ……待……。」
 呆然とマリアンヌを見つめるナウルの脇を通り過ぎ、イニスが部屋を出ていこうとする。
「……いやいやいや! ちょい待ちぃ!」
 ナウルが慌ててイニスの肩を掴んだ。イニスが小さくため息を吐き、煩わしげに振り返る。対するナウルは満面の笑みを作ってイニスに問いかけた。
「いくらお前かて、俺一人だけ晩飯抜きやなんてそんな残酷なこと言わへんよな? 俺、今、ものっそい腹ぺこやねん。」
「ああ、もちろんだ。俺はお前に、晩飯抜きなんてつまらない罰を与えるつもりはない。」
 ナウルの笑みとは対照的な硬い表情で、イニスが返した。ナウルの作り笑顔がほっとしたように緩む。
「この部屋の片付けが終わりさえすれば、いつでも食事は取っていい。もっとも、片付けが終わらないなら、今日の夕食はもちろん、明日の朝食や昼食も認めるつもりはない。片付けが終わらない限り、お前はずっと飯抜きだ。」
 イニスが続けた言葉に、ナウルの顔が凍り付いた。一瞬青ざめたかに見えたその顔は、瞬く間に赤みを帯びる。
「何やそれ! そんなん無茶苦茶や! 俺が餓死したらどないすんねん!」
 ナウルが両拳を握りしめて叫ぶが、イニスは動じることなくため息を吐いた。
「部屋を片付ければいいだけだ。」
「無茶言うなや! この状態から一体どないして片付けろっちゅうねん!」
 ナウルがビシッと部屋の奥を指さした。確かに、部屋の中は大量の本と奇妙な品々で溢れており、部屋に備え付けられた棚は既に定員超過も甚だしい。床の上やベッド——その本来の用途で使われてはいないようだ——の上で山になっている品々を片付けようにも、どこに片付ければいいのか分からない。もっとはっきり言えば、部屋中に溢れたものをしまうべき空間が物理的に存在しない。
「……一応、現状のひどさについては自覚があるんですね。」
 失笑とともにそう漏らしたのはジェイスだ。
「その辺のゴミを全部捨てればすぐに片付くだろ。」
 イニスは部屋を一瞥すると吐き捨てた。
「どれがゴミやねん! 全部大事な俺のコレクションや! そっちの骨格標本なんか、博物館級の貴重品やで!」
「……そんな貴重品ならもっと大事に扱ったらどうだ。……この辺の奴は壊れたがらくたにしか見えないが。」
 そう言ってイニスが床から——正確には床に積まれた本の上から拾い上げたのは、赤茶色の陶器の破片だ。イニスの足下に散らばっている破片と組み合わせて見れば、元は大きな壷だったのだろう。壷自体は古いものののようだが、割れ口はまだ新しそうだ。
「……ぬあぁ! 河原で発掘した古代の壷が! 珍しい深海魚の絵が気に入っとったのに!」
 ナウルはイニスから破片を奪い取って叫んだ。
「俺が一週間前に部屋を覗いた時から、こいつはこの状態だったと思うが、今頃気づいたのか? ろくに管理していない証拠だな。」
 イニスが呆れたようにため息を吐いて返す。
「部屋が狭すぎるのがあかんのや! 自分だけ宿所の部屋も広いの貰っとる上に御立派な執務室まで構えよって!」
 ナウルは尖った破片をイニスの鼻先へ突きつけたが、イニスは眉一つ動かさない。
「俺はお前のように執務室に私物を持ち込んで部屋をゴミだめにしてはいない。」
「ゴミやのうてコレクションや! ああ、あんまりや……大事な壷を壊された上に飯まで抜きやなんて……。」
 ナウルはひざまづいて床に散らばった陶器の破片を集め、ぽろぽろと涙をこぼした。ナウルのイニスに対する主張はほとんど言いがかりとしか思えなかったが、破片を一つずつ広い集める仕草は丁寧で、壊れてしまった壷を愛おしむ気持ちに偽りはなさそうだ。
「壷を壊したのは俺じゃない……。」
 イニスは不満そうに呟いたが、その声音は僅かに憐憫の情を含んでいるようにも聞こえた。
「まあ、いずれにしても、この部屋をこのままにしとくわけにはいきませんよね。せっかくのコレクションも埃まみれじゃ価値が半減ですし。」
 ヨルンが部屋を見回しながら言った。
「部屋が狭すぎるのがあかんのや……。」
 ナウルは鼻をすすりながら漏らし、その言い訳めいた台詞がイニスの苛立ちを再燃させたらしい。
「無駄なガラクタをため込むからだ。さっさと片付けろ、餓死する前にな。」
 イニスは眉間にしわを寄せて眼下のナウルを睨み付けながら吐き捨てる。
「……イニスの鬼ー! 悪魔ー! 冷血漢ー!」
 ナウルが泣きわめきながら発した言葉にアスティの心臓がどくんと跳ねた。王宮前広場でイニスを罵ったトールクの言葉を思い出したからだ。
 ——悪魔の犬。
 トールクにその侮蔑の言葉を投げかけられた時のイニスの表情が脳裏をよぎり、アスティはぎゅっと胸を締め付けられるような心地がした。
 しかし、ナウルの言葉にイニスは特段の反応を見せず、相手にする気配もない。他の面々も呆れたような笑みを浮かべるだけだ。ナウルの言葉はありきたな侮辱の文句に過ぎず、深い意味などないのだろう。
「ナウルさん、イニスさんに泣き落としは通用しませんよ。」
 ヨルンが笑いながら声を掛けると、ナウルはぴたりと泣き止んだ。その表情はいかにも不満げだ。
「……イニスさん。実は僕たち、今夜はアスティさんの歓迎会をしようと思ってたんです。せっかくの歓迎会にナウルさんだけ出席できないというのもかわいそうですし、こういうものは人数が多い方がいいでしょう? だからここは、ナウルさんの部屋の片付けは夕食の後にするってわけにはいきませんか。」
 ヨルンがイニスに笑顔を向けて提案すると、ナウルが期待に満ちた目でヨルンを見上げた。
「さすが、ヨルン! お前はよう分かっとる! 部屋の片付けなんかよりアスティちゃんを歓迎せんとな! 片付けは飯の後や、後! そもそも腹ぺこじゃ片付けする気力も湧かへんし!」
 ナウルは嬉しそうにそう言って立ち上がり、埃まみれになった白衣の裾をはたいた。
「……そういう言い訳で何度も後回しにされた結果がこの惨状じゃないのか?」
 イニスの冷静な問いに、ナウルの表情が再び不満げなものに変わる。
「今度はちゃんと片付けますよ。夕食の後で僕らも手伝いますから。ね、ジェイス?」
 ヨルンがイニスとナウルに言い、ジェイスを振り返った。
「え……?」
 突然のヨルンの振りに、ジェイスは悲惨な部屋の現状を横目に顔をしかめたが、明確な賛否を返す間もなく、ギムニクが話に割り込んだ。
「まあ、ここで議論ばっかしても腹は膨れねえからな。とりあえず飯にしよう。俺も腹が減って仕方ねえ。」
 ギムニクがイニスの肩に手を置いて言うと、イニスは不満そうな表情を見せたものの、諦めたように小さくため息を吐いた。
「明日片付いてなかったら、強制処分だからな。」
「っしゃー! 御馳走やー!」
 スキップしながら部屋を飛び出したナウルの耳に、イニスの忠告がきちんと届いたとは思えない。
「ナウルさん、今夜の主役はアスティさんなんですからね! 主役を差し置いて一人で食べ始めちゃダメですよ!」
 ヨルンが慌ててナウルを追いかけて部屋を飛び出し、イニスが再び大きくため息を吐いた。残された面々が乾いた笑いをこぼし、イニスは眉間にしわを寄せたままきびすを返す。
「……ああ、そうだ。」
 開け放たれた扉を押さえながら、イニスが不意に振り返った。
「ジェイス、ナウルが隣の部屋から持ち出した本は捨てるなよ。ナウルが要らないと言った本は俺の部屋の前に置いておいてくれればいいから。」
 イニスはジェイスに向かって念を押す。
「……ああ、はい。」
 ジェイスが応じると、イニスは入り口近くに積み上げられた埃まみれの本の山を名残惜しそうに一瞥して外へ出た。
 そんなに大事な本なのだろうか。埃まみれの古い本は、マリアンヌが捨ててしまおうと思うのも無理のないほど痛んでいる。ページをめくればそのまま粉々になってしまいそうなものもあり、既に粉々になってしまったらしいページの破片も落ちている。
「おおっ、何やええ感じの匂いがするでー!」
 イニスが部屋を出ると同時に、中庭からナウルの声が響いた。イニスに続いてアスティも部屋を出ると、確かにおいしそうな匂いが漂っている。匂いの発生源を追うように視線を動かすと、コの字型の建物に囲まれた中庭の奥——ギムニクとマリアンヌが出迎えに出てきた扉に、ナウルがぴったりと張り付いていた。きっとその扉の向こうが食堂なのだろう。
「ダメですよ、アスティさんが先ですからね!」
 ヨルンが扉に張り付いたナウルの腕を引っ張って、一生懸命引き留めている。
「ほら、早くしねえと腹ぺこのナウルにせっかくの御馳走を全部食べられちまうぞ!」
 ギムニクがアスティの背中を叩いた。アスティとしては、自分より先にナウルが御馳走を食べ始めたとしても何ら文句はないのだが、みんながアスティを待つ間にナウルがみんなの分の食事まで食べきってしまっては大変だ。
 アスティは慌てて歩き出したが、突然、肩の上のキーロが甲高く鳴いて飛び上がった。
「キーロ?」
 アスティが振り返ると、キーロはアスティの部屋へ飛んでいく。扉の前に着地すると、何か言いたげにくちばしの先でドアノブを指し示した。
「……あ、そっか。鍵、掛け忘れてたから。」
 アスティはキーロに駆け寄り、腰に下げた袋から小さな金色の鍵を取り出した。
「賢いですわね。」
 マリアンヌがキーロを褒めたが、キーロは不満げに左右に首を振った。
 アスティが鍵を鍵穴に差し込もうとすると、キーロは突然羽をばたつかせて飛び上がった。驚いたアスティが手を引っ込めると、キーロは再び扉の前に着地して、くちばしでコツコツと扉を叩いた。
「開けろってこと……?」
 アスティがキーロを見下ろしながら問うと、キーロがしっかりと頷く。
「賢いっつーよりも、なんか態度でかいよな、鳥のくせに。」
 アスティの背後でジェイスが呟くと、キーロが素早く反応してジェイスに鋭い視線を向けた。
「ほら、開けたよ。」
 アスティは不機嫌なキーロが再び人を襲うことを回避すべく、慌ててドアノブを回し、扉を開けた。今にもジェイスに向かって飛び立とうとしていたキーロが、くるりと向きを変えて部屋の中に飛び込む。
 アスティは首を傾げながら、キーロの行動を見守るしかない。食いしん坊のキーロが御馳走の用意された夕食会を辞退するとは思えないのだが、マリアンヌの用意してくれたベッドがよほど気に入ったのだろうか。
 キーロは部屋の奥の机の上に着地すると、紙袋をくわえて舞い戻ってきた。ナディとジヴルの店で貰ったパンが入った紙袋だ。
「あ、そっか……。」
 キーロの意図を理解したアスティが両手を差し出すと、キーロは紙袋をアスティの手のひらに落としてアスティの肩にとまった。
「一体どうされたんです?」
 マリアンヌがアスティの肩越しにのぞき込んで問う。
「実は、ナウルさんの御両親のお店でパンを頂いていて……。」
 アスティは紙袋を開きながらマリアンヌに説明した。アスティが開けた紙袋には、アスティが選んだパンの他に、ナディが「こっちの新製品も自信作やねん。おまけに入れとくわ!」と言いながら詰め込んでくれたパンが大量に入っている。ただでさえ、一人——キーロも加えて一人と一羽——では今日の夕食と明日の朝食、さらには明日の昼食までパン三昧にしなければ食べ切れなさそうな気がしていたのだが、今夜に夕食については既にマリアンヌが御馳走を用意してくれているとなると、これを一人と一羽で食べきることはいくらキーロが食いしん坊でも難しそうだ。
「まあ、ナディとジヴルの店で!? こんなにたくさん! ……ああ、おいしそうな匂い!」
 マリアンヌが鼻腔を広げながらうっとりと声を上げた。
「マリアンヌさんもナウルさんの御両親のお店を御存知なんですか?」
「そりゃあ、もう! あそこのパンは王都一ですもの! 王宮への定期納入もお願いいたしましたけど、大量生産ができないからと断られてしまって……。」
 マリアンヌは頬に手を当てながら残念そうに漏らす。
「じゃあ……これ、一人では食べきれないので、よかったら……。」
 アスティは紙袋をマリアンヌに差し出した。
「あら、よろしいんですの?」
 マリアンヌは嬉しそうに瞳を輝かせ、躊躇うことなく紙袋を受け取る。
「それ、マリアンヌ侍女長だけってずるくないっすか……。」
 ジェイスが不満げな表情を見せてアスティとマリアンヌの間に割り込んだ。
「たくさんありますから、ジェイスさんも一緒に召し上がってください。」
 アスティがジェイスに微笑む。
「そうですわね、明日の朝食にお出しいたしますわ。……全員分にはちょっと足りないかしら。」
 マリアンヌが紙袋の中のパンを指さし数えながら言う。
「なら、これも……。」
 脇からイニスが別の紙袋をマリアンヌに差し出した。
「……まあ、ふわふわうさぎのミルクパン! これ、美味しいんですのよ! 私が行くと売り切れのことが多くてなかなか買えませんの。」
 マリアンヌはイニスから紙袋を受け取ると、手早く中身を改めて声を上げる。どうやら、可愛いうさぎ型のパンを好物にしているのは、イニスだけではないらしい。
「あーっ! ちょっと、ダメですよ! ジェイス、早く来て! ナウルさんがぁー!」
 マリアンヌの歓喜の声を打ち消すようにヨルンの悲鳴が響き、アスティたちは慌てて部屋を飛び出した。

最新の執筆状況(更新予定)等はTwitter(@ayaki_ryu)で呟いています。

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