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エウレールの森の民 作者:アヤキリュウ
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第24話

 「ナウル、どういうつもりだ!?」
 イニスの声を追って、アスティは隣の部屋に飛び込んだ。
「何やもう。今ええとこやのに……。」
 部屋の奥からのんびりとしたナウルの声が響いてきたが、肝心のナウルの姿は見えない。アスティの視界は、イニスの背中と、イニスの背を優に越える本の山で塞がれていた。
「ナウル……さん?」
 アスティがナウルの姿を探しながら呟くと、本の山の向こうから機嫌の良い返事が返ってきた。
「なんや、アスティちゃんも一緒なんか。」
 アスティが声の発生源であるらしい部屋の奥——本の山の向こうを睨んでいると、ナウルのものらしき手が本の山の上で揺れた。
「……うわっ、ひでえ……。」
 アスティの背後でジェイスの声が響いた。目の前の本の山に対する感想だろうか。アスティが振り返ると、ヨルンにギムニク、そしてマリアンヌが恐る恐るといった風で部屋の中を覗き込んでいる。キーロも飛んできて、アスティの肩に留まって「グエッ。」と不愉快そうな声を上げた。
「すごいですねぇ……。」
「よくまあこれだけ積み上げたもんだな。」
「……これじゃあ掃除もできませんわ。」
 各々感想を口にするが、イニスは何も言わずにため息を一つ吐いて目の前の本の山を崩し始めた。
「あ、そこの山の本は他のと一緒にしたらあかんで! 今、読み終えた奴やねん。」
 本の山の奥からナウルの声が響く。
「……。」
 大きな山から取り崩した数冊を足下の別の小さな山に重ねようとしていたイニスは一瞬不愉快そうな表情を見せたが、黙って本を部屋の入り口まで運び出した。アスティたちもそれを手伝い、視界を塞いでいた山が次第に小さくなると、やっとナウルの顔が見えた。
「やあ、おおきに。これ、あのまんまやと部屋から出られへんなあて困っててん!」
 ナウルは寝ころんだ姿勢のまま、部屋の中央に浮かんでいた——いや、正確に言えば、部屋の両端に置かれたベッドの支柱に漁網のような網を張り渡し、それに体を預けて揺れていた。
「何をしているんだ、お前は。」
 イニスが呆れた表情でナウルを睨む。
「何って……見て分からへん? 本読んでんねや。」
 ナウルはきょとんとしてイニスに答え、分厚い本を顔の上に掲げた。
「そういうことを聞いてるんじゃない。」
 イニスは呆れた様子で答えるが、改めて問うのも無駄だと思ったのか、問い直すことなく部屋を見回してため息を吐いた。
 イニスがため息を吐くのも無理もないと思えるほどに、部屋の中は散らかっていた。床に大量の本が山積みになっていただけではない。ベッドの下に設えられた机の上にも正体不明の品々が転がっている。壁には派手な色彩の布や額装された昆虫標本、魚の解剖図らしき紙切れなどが所狭しと飾られていて、壁に居場所を見つけられなかった物が部屋の隅に積み上がっている。中には動物の頭蓋骨らしきものもあり、アスティは一瞬ぎょっとして身を引いた。
「なかなかのコレクションやろ? その机の上のアカゲオオツノシカの角はこないだ東の森の外れで拾ってん。アカゲオオツノシカは元は北の森が生息域やけど、最近、急激に個体数が増えとるみたいやから、東の森にも活動域を広げとるんやろな。アカゲオオツノシカの角自体は別に珍しくも何ともあらへんけど、その角は立派やろ? そんだけのもんはなかなかないで。」
 ナウルが机の上に載せられた品々の上にどんと載せられた流木のような淡黄色の物体を指して言う。
 アカゲオオツノシカはアスティも東の森で何度か見たことがあるが、確かに、ここまで立派な角を持ったアカゲオオツノシカを見たことはない。
「わあ、すごいですねえ!」
 アスティの背後で嬉しそうな歓声を上げたのはヨルンだ。ヨルンは不機嫌そうなイニスを押し退けて机に近づき、巨大な角に手を伸ばした。
「特にこの曲線美は素晴らしいです! 左右比もほぼ黄金率ですし……こんなにも完璧な芸術が自然に存在しているなんて……神様は偉大です!」
 ヨルンは早口でまくし立てると、巨大な角を愛おしそうに撫で、うっとりと眺める。
「さすがヨルンはよう分かっとるなあ。」
 ナウルが嬉しそうに笑うが、アスティの背後でジェイスが大きなため息を吐いた。
「俺、お前のセンスって全然分かんねえ……。」
「え? ジェイスはこの角の芸術性が分からないの!?」
 ヨルンが巨大な角を抱えてジェイスを振り返る。
「普通、分かんねえと思う……。」
 ジェイスは呆れた様子で乾いた笑いを浮かべる。
「ええ!? 一目瞭然なのに! イニスさんは分かりますよねえ、この素晴らしさ。」
 ヨルンが巨大な角をイニスに向かって差し出した。イニスは一瞬驚いた様子で瞬きを繰り返した後、巨大な角をじっと見つめる。ヨルンが固唾を飲んで返答を待つ中、イニスはふっと表情を緩ませ、肩を竦めて首を傾げた。
「いや、あんまり……。」
「えー! この曲線美と黄金比は数学的にも美しいでしょう!?」
 イニスの答えに、ヨルンが不満そうな声を上げる。
「あかん、あかん。イニスは頭悪いから数字にしないと分からへんねん。」
 ナウルが手をひらひらと振って言うと、イニスは不愉快そうにナウルを睨み付けたが、反論して喧嘩を始める気はないらしい。
「こんなに美しいのに……。」
 巨大な角を抱えて、ヨルンがしょんぼりと呟く。
「……あ! そうだ、森の民のアスティさんならこの自然の美しさはよく分かってるんじゃ……!」
 ヨルンがふと期待に満ちた笑顔をアスティに向けた。
「え、えっと……。」
 アスティはヨルンが放つ期待感に気圧されながら、曖昧に笑う。
「はいはい、そのへんにしとこうな。アスティちゃんがどん引きしてるから。」
 ジェイスがヨルンとアスティの間に割って入り、ヨルンの肩をぽんぽんと叩く。
「でも、アスティさんなら……。」
 ヨルンが口惜しげにジェイスの肩越しにアスティを覗き見るが、ジェイスは問答無用でヨルンの口を手のひらで塞いだ。
「ごめんな、アスティちゃん。こいつの芸術センス、ちょっとおかしくって……。」
 ジェイスが苦笑いを浮かべながら言い、ヨルンは鹿の角を抱えたまま、もごもごと言葉にならない声を発している。
「……でも、確かにその角は立派ですよね。」
 アスティの言葉に、ヨルンがパッと瞳を輝かせた。
「アスティちゃん、無理しなくていいんだからな? 下手に相手すると変態がうつるし。」
 ジェイスが言うと、ヨルンがジェイスの手を振り払って叫んだ。
「ちょっと待ってよ! それじゃあまるで僕が変態みたいじゃない!」
「……鹿の角を抱いてうっとりしてる男なんて変態だろ、どう考えても。」
 ジェイスが呆れた表情で言い放ち、ヨルンの手から巨大な角を取り上げた。
「ああ、もうっ! どうしてこの芸術性が分からないわけ!? こんなに説明してるのに!」
「……だから分かんねえって、普通。」
 ジェイスは再び大きくため息を吐き、巨大な角を机の上の雑多な品々の上にそっと戻す。
「ああ、もうどうしてみんな芸術を理解しないのかなあ。機械部門の新しい作業小屋だって、もっと芸術的にしたかったのにさ……。」
 ヨルンがため息混じりに呟き、頬を膨らませた。
「作業小屋って、ギムニクさんがいたあの白い小屋ですか?」
 アスティが聞き返すと、ヨルンの表情が輝いた。
「そうそう! しっかり見てくれた? あの小屋、実は僕が設計したんだよ! 騎士団に入って初めて一人で任された設計の仕事で、すっごく気合い入れて頑張ったんだ!」
 ヨルンはアスティに駆け寄ると、興奮した様子でまくし立てた。
「あの小屋をヨルンさんが一人で作ったんですか?」
 アスティは驚いて聞き返す。ギムニクの小屋は、国旗を掲げた塔をはじめとする王宮の中心的な建物に比べれば簡単そうな造りではあったが、アスティとムリクが暮らしていたテントよりはしっかりした造りに思えたし、一人で作るのはなかなか大変そうだ。
「いや、一人で作ったわけじゃなくて、僕はあの建物を設計しただけ——つまり、あの建物の構造や形を決めて図面に起こしたのが僕ってこと。ほら……こんな感じに。」
 ヨルンが言いながらごそごそと懐から折り畳んだ紙を取り出すと、アスティの目の前に広げた。
「お前、それいつも持ち歩いてんの?」
 ジェイスが呆れた口調でこぼし、ヨルンが振り返って答える。
「当然でしょ? 僕の記念すべき最初の大仕事だもん。」
 アスティはジェイスとヨルンのやりとりに耳だけ向けながら、目の前に広げられた紙を見つめた。
 大きな紙に描かれているのは、確かにあのギムニクの小屋の側面図のようだ。縦横に引かれた線はギムニクの小屋と同じ箱状のものを描き出し、所々に描かれた丸は荷物で塞がれていた窓だろう。各所には細かな数字や記号もたくさん書き込まれている。
「数字がいっぱい……。」
 アスティはヨルンが広げた紙に顔を寄せて呟くと、ヨルンが笑った。
「建物の大きさや壁の厚さはもちろん、建材の性質も踏まえて構造上の必要強度を計算するんだ。ここで計算を間違えると風が吹いただけで壊れるような危険な建物になりかねないからね。建築家にとって、これが一番重要な仕事。」
 ヨルンが言いながら紙をめくると、今度は小屋の鳥瞰図らしきものが現れ、やはりこちらにも細かな数字や記号が書き込まれている。
「すごいですねえ。」
 アスティは感心して漏らす。図中の数式や記号は、そのほとんどがアスティには意味の分からないものだ。
「ありがとう。ただ……ねえ。」
 ヨルンが大きくため息を吐き、がっくりと肩を落として俯いた。
「……ただ?」
 アスティが聞き返す。
「これは僕が最初に考えた小屋のデザインとはちょっと違うんだよね。本当は、もっと素敵な建物になるはずだったんだ。それなのに……。」
 ヨルンは顔を上げると、恨めしそうな視線をイニスに向ける。
「国の支出は国民が支払った税金でまかなわれてるんだ。無駄遣いはできない。」
 イニスが無表情のままヨルンに向かって言った。
「無駄遣いなんかじゃありません! 当初のデザインが実現していれば、日陰になりがちな機械部門の小屋周辺の雰囲気も明るくなります! そうすれば、機械部門に所属する団員の気分も前向きになって、仕事の効率が上がって、ひいては国の利益を拡大することになるんですから!」
 ヨルンは手にしていた図面を隣のジェイスに押しつけると、拳を握ってイニスに向かって力説する。
「……ならねえだろ、これじゃあ。」
 イニスがヨルンに答えるよりも早く、ジェイスが押しつけられた図面を何枚かめくり、ため息を吐いた。
「どう思うよ、これ……。」
 ジェイスがアスティの目の前にヨルンから押しつけられた図面を差し出して問う。
「……。」
 アスティはきょとんとして差し出された絵を眺めた。それは間違いなく、図面と言うよりも、絵と呼ぶべきものだった。細かな数字は書き込まれておらず、また、鮮やかな彩色が施されているという点において最初の図面とは明らかに異なっている。
 実際の小屋と比較しても、ほぼ長方形の形や扉や窓の位置こそ同じだが、こちらの絵には壁に奇妙な模様が描かれていた。青、黄、緑や紫の原色が散りばめられていて、花のような、新種の生き物のような、とにかく何だかよく分からないもので小屋の壁が埋め尽くされている。屋根の上の巨大な風車も実際にはなかったような気がするが、この絵に描かれた建物があの白くのっぺりとした地味な小屋とは全く違うもののような印象をもたらす最大の要因は、その色彩に違いない。
 絵の中の小屋ははっきり言って、かなり派手——東の森ではまず目にすることのなかった色使いで、どうにも落ち着かない感じだ。それが厳かな王宮の建物群に混じって建っている状況を想像すると、一層不自然に思える。
「とても斬新と言うか……印象的な絵ですね……。」
 アスティは慎重に言葉を選んで答えた。その絵が印象的であることは間違いない。一度見たら二度と忘れず、夢にも出てきそうなほど強烈で、衝撃的な絵だ。
「そうでしょう! 良いでしょう!? これがあの小屋の最初のデザイン画なんだ。この屋根の上の風車は風力発電機で、風が吹いてくるくる回ると七色に光るんだ。充電池に蓄電して非常用電源としても活用できるようにって考えたんだよ。」
 ヨルンはアスティの言葉を肯定的にとれたようで、屋根の上に描かれている巨大な風車を指さしながら嬉しそうに声を上げた。
「……ヨルン、『印象的』と『良い』は同義語じゃないから。」
 ジェイスが苦笑いを浮かべながらヨルンの肩をポンッと叩く。
「え?」
 ヨルンがきょとんとしてジェイスを振り返り、それからゆっくりアスティに視線を戻した。
「でも、アスティちゃんは、このデザイン、印象的で良いと思ってるよね?」
 問いながら、ヨルンはがっしりとアスティの両肩を掴む。ヨルンは笑みを浮かべてはいるが、その目は否定的な答えを完全に拒絶している。
「そ、そうですね……。」
 アスティが気圧されながら笑い返すと、ジェイスがため息をこぼす。
「はっきり変だって言ってやってくれ。」
 ジェイスの呆れ声にヨルンの笑みがむっとした表情に変わった。
「俺はその最初のデザイン、好きやったんやけどなあ。」
 一触即発の危機に間の抜けた声を挟んだのはナウルだ。空中に張り渡された網から軽やかに飛び降り、手にしていた本を読み終えた本の山に積み上げる。
「そうでしょう!? さすがナウルさん! よく分かってる!」
 ヨルンはアスティの両肩から手を離すとナウルを振り返り、嬉しそうに手を叩いた。
「こないけったいな建物が王宮に建ったらおもろいやんなあ?」
 ナウルはジェイスの手からヨルンの絵を奪い、ひらひらとイニスに向かって振りながら笑う。
「けったい……?」
 ヨルンが怪訝そうに首を傾げ、ナウルからデザイン画と設計図の束を取り返した。
「いずれにしても、壁に絵を描くってことはその分の塗料代と人件費が建設費用に上乗せになるってことだ。風力発電機も外壁に囲まれた王宮の敷地内じゃ発電効率が悪くて設置費用を回収できない。風車が壁よりも高くなるように設置すれば話は別だが、そのために屋根をかさ上げするのは非現実的だし、発電機の重みと嵐の時期の暴風雨に耐えられる支柱を建てようとすればコストは更に跳ね上がる。合理的な設計とは思えない。既に散々説明したとおりだ。」
 イニスは淀みなく説明し、ヨルンに視線を向ける。
「でも……。」
「工期を短縮する簡便な構造や軽量な新素材の活用は良い提案だったし、二重構造の建具で気密性と防音性を高めたことも評価するが、壁の模様と屋根の上の風車に関しては全く合理性が認められない。」
「……ぅうー……。」
 ヨルンは悔しそうに下唇を噛みながら唸る。
「まあまあ、その奇抜なデザインは、お前が夢の遊園地を実現するときのために取っておけってことだ。」
 ギムニクがやれやれとため息を吐き、ヨルンの肩を叩いた。
「夢の遊園地?」
 アスティが聞き返すと、ヨルンの表情が明るく変わった。
「アスティちゃんは遊園地って行ったことある?」
 ヨルンの問いに、アスティは左右に首を振った。行ったことがないどころか、その言葉が一体何を指しているのかもアスティにはよく分からない。「行く」ところであるからには、場所を指す言葉なのだろう。
「遊園地っていうのは、色んな遊具や体験施設を集めた巨大な公園というか、まあ、一種の娯楽施設だな。」
 ジェイスが説明してくれたが、アスティにはそもそも「娯楽施設」の意味がよく分からない。
「ゴラクシセツ……?」
「簡単に言うと、遊ぶための場所ってことだよ。」
 アスティが首を傾げて聞き返すと、ヨルンが補足してくれた。
「遊ぶための場所……ですか。」
 娯楽施設という言葉の意味は分かったつもりだが、具体的に遊園地がどういう場所なのかが想像できない。遊ぶための場所なら森の中にもたくさんあったが、「遊園地」というのは、木登りに最適な巨木や気持ちよく泳げる泉のことなのだろうか。
「遊園地にもそれぞれ特色があって、内容も様々だけど、最近王都の郊外に出来た遊園地には、地上百メートルから時速百キロで回転しながら落下する乗り物や巨大な古代生物が追いかけてくる迷路があるよ。」
 ヨルンが言い、アスティの頭の中は余計に混乱した。
「時速百キロで落下……?」
 アスティはヨルンの言葉を繰り返しかながら考えたが、アスティの脳裏に描き出されたのは、どうにも悪夢にしかならない光景だ。アスティはぞっとして、青ざめた。
「あ、もちろん、落下するって言っても、体は専用の機械に固定されるから、地面に叩きつけられるなんてことはないし、安全性は確保されてるよ。」
「そうそう。古代生物が追いかけてくるって言うのも、ホログラムで再現した映像だしな。かなりリアルではあるけど、実際に捕まってとって食われたりはしない。」
 ヨルンとジェイスは笑いながら説明するが、実際に危険はないと言っても、それはやっぱり「怖い」のではないだろうか。そんな怖い場所に好き好んで出掛ける人がいるとも思えないが、王都ではそれが「遊ぶための場所」らしい。
 アスティにはどうにも理解できず、うーんと唸ってしまった。
「まあ、最近の遊園地は、スリルを味わいたい若者向けの設備が主流になってるからね。苦手な人も結構いるよ。」
「私は苦手ですわ。」
 ヨルンの説明に、マリアンヌが呟く。
「だからこそ、僕は夢の遊園地を作りたいと思ってるんだけど……。」
「ヨルンさんは怖いのが好きなんですか?」
 アスティが尋ねると、ヨルンは肩をすくめて笑った。
「嫌いじゃないけどね。僕が作りたい遊園地は、そういうのじゃないよ。」
 そう言ってヨルンは手にしていた紙の束をもう一枚めくり、アスティの眼前に差し出した。
「僕が作りたい遊園地はこれ!」
 目の前に現れた絵は、ギムニクの小屋の壁に描かれるはずだった絵のような鮮やかな色彩の絵だ。赤い三角屋根の塔に、色とりどりの花畑、空には虹が架かっている。大胆な線は子供の落書きのようにも思えるが、ギムニクの小屋の壁に描かれるはずだった絵よりも物の形がはっきりと描かれており、何が描かれているのかはきちんと分かった。
「小さなお城を中心に、一年中色とりどりの花を咲かせて、ホログラム技術で天使や精霊が飛び交う魔法の世界を再現するんだ。鮮やかな衣装をまとった風船売りに、お菓子で出来た家、翼の生えた馬に跨って空を飛ぶこともできる! 小さい子供もお年寄りも、みんなが楽しく遊べて、楽しい夢を見られる場所……それが僕の作りたい遊園地なんだ。」
 ヨルンの声は話すうちに熱を帯びた。先ほど話に聞いた恐怖の遊園地とは違って、そんな遊園地なら確かに楽しそうだ。ヨルンが説明した遊園地の内容はもちろん、何より夢を語るヨルンが楽しそうだったから。ヨルンが示した絵も、決して上手とは言い難いが、見ていて優しい気持ちになる魅力的な絵だ。この絵なら、例え夢に出てきても、それが悪夢になることはないだろう。
「そういう遊園地なら楽しそうですね。」
 アスティは微笑んで答える。
「でしょう? いつか絶対に作るんだ、夢の遊園地! 妹と約束したからね!」
 ヨルンが胸を張って答えた。
「ヨルンさんは妹さんがいらっしゃるんですか?」
「うん。五年前に病気で亡くなったけどね。」
 ヨルンが寂しそうに微笑み、アスティは予想外の答えにその先の言葉を続けることができなかった。
「原因不明の難病でね、色んな治療法を試したけど、効果がなくて、結局……。」
 ヨルンが目を伏せ、長い睫が瞳に影を落とす。
「そう……だったんですか……。」
 アスティにはそう漏らすのが精一杯だった。こんな時、どんな言葉を掛けたらいいのだろう。ありきたりな慰めの言葉は、どれもふさわしくない。
「……この遊園地の絵はね、妹が描いたんだよ。小さい頃からずっと病院に入院してたから、遊園地に遊びに行くどころか学校にも通えていなかったけど、いつか元気になったら遊園地に遊びに行くんだって言って……。それで、僕は彼女に約束したんだ、その時のために、僕が世界一の遊園地を作ってあげるって。」
 ヨルンは愛おしそうに夢の遊園地の絵を眺める。
「もう妹を遊園地に連れていくことはもうできないけど、せめて妹が夢見た最高の遊園地を僕の手で実現したくて……。ごめんね、何だか辛気くさい話になっちゃったね。」
 ヨルンが申し訳なさそうに笑った。
「いえ、そんな……。」
 アスティは慌てて左右に首を振る。
「妹さんとの約束、果たせるといいですね。」
 アスティが言うと、ヨルンは「ありがとう。」と嬉しそうに笑った。

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