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エウレールの森の民 作者:アヤキリュウ
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第23話 王宮騎士団の宿所

 アスティはイニスと共に王宮前広場を出ると石壁沿いを歩き、これまで通ったものとは別の裏木戸から王宮内に入った。
 国旗の掲げられた塔を回り込むと、広い敷地の端に「コ」の字型の建物が見えた。
「あれが王宮騎士団の宿所だ。」
 イニスが示し、キーロがアスティの代わりに声を上げる。
 「コ」の字型の宿所は石造りの二階建てで、ギムニクの小屋に比べると重厚な造りのようだったが、細かな装飾の施された王宮の主要な建物群に比べると遠目にもだいぶ地味なものに思えた。それでも、「コ」の字型の中央のくぼみ部分がマリイヤ色の灯りが柔らかな光を放ってその形を薄闇の中にぼんやりと浮かび上げる様は、アスティをわくわくさせた。
 近づくに連れ、マリイヤ色の光の中にこちらに向かって手を振る人影が見えた。
「あれ……誰だろ……?」
 アスティは呟きながら首を傾げ、目を細める。
「イニスさーん! アスティさーん!」
 呼び掛ける声を聞いて気づいた。
「ヨルンさん……?」
 アスティが最初に王宮に着いた時、大穴のあいた外壁を修理していた青年ヨルンが飛び跳ねながら手を振っている。ジェイスも一緒のようだ。二人とも王宮騎士団に所属していると話していたから、宿所にいるのも当然と言えば当然である。
 アスティがイニスを振り返ると、イニスが微かな笑みを見せて頷き、アスティは肩から飛び上がったキーロと共に二人に駆け寄った。
「ヨルンさん! ジェイスさん!」
「良かった。二人とも全然姿を見せないから、どうしたんだろうって心配してたんですよ。」
 ヨルンが微笑む。
「ユミリエール姫と国王陛下にお会いした後、イニスさんに王宮を案内して貰っていたんです。」
 アスティはイニスを振り返ってからヨルンに答えた。
「何か面白いものはあった?」
 ジェイスに尋ねられ、アスティは一瞬答えに窮した。王宮前広場の光景は強く印象に残っていたが、今ここでその話をすることは適切ではないように思われた。
「とても広くてびっくりしました。すぐに日没になってしまったので、全部は見切れてなくて……。」
 アスティは広場での抗議活動デモには触れないよう言葉を選んだ。王宮前広場は王宮を取り巻く石壁の外にあるわけだし、王宮内を見て回る時間がほとんどなかったことは本当だ。ユミリエールの部屋と国王の執務室、それにギムニクの小屋も見たが、それは広い王宮の極一部にすぎないのであって、王宮内のほとんどの場所はアスティにとってまだ未知の領域だ。アスティはまだ王宮の敷地がどこまで続いているのかもよく分かってはいない。この王宮騎士団の宿所が石壁に囲まれた王宮の敷地の北の外れにあるらしいことは分かったが、南側の巨大な建物は複雑で、外側を回っただけではその全容を把握することはできそうもない。
「だろうねえ。全部見て回ろうと思ったら最低でも一週間は掛かるんじゃないかな。僕なんか、未だに中で迷子になるもん。」
 ヨルンが笑い声を立てた。
「そりゃお前が方向音痴なだけだ。」
 ジェイスが呆れた声で呟くと、ヨルンはきょとんとしてジェイスを見る。
「そうかな?」
「……そうだよ。」
 ジェイスがため息混じりに答え、アスティが思わず笑い声を立てると、キィと木のきしむ音がして、「コ」の字型の奥の扉を開いた。
「おっ、嬢ちゃん! やっと俺の話を聞きに来たな。」
 声と共に姿を現したのはギムニクだ。続いてマリアンヌも部屋から出てきた。
「ギムニクさん! マリアンヌさん!」
 見知った顔に、アスティは思わずはしゃいだ声を上げる。正直なところ、トールクが「悪魔の巣窟」と呼んだ王宮騎士団の宿所が実際にどんなところなのかについては不安もあった。でも、見たところ、建物は東の森のテントと比べたら十分立派なものだったし、数人の知り合いもいるとなれば安心感は格段に上がる。
「ナウルに頼まれてた嬢ちゃんの荷物は部屋に入れておいたぜ。」
 ギムニクが言い、「どの部屋だ?」とイニスが問うた。
「もちろん、イニス様のお隣のお部屋を御用意させていただきましたわ。」
 答えたのはマリアンヌだ。
「隣って、あの部屋か? 普通の部屋に空きがあっただろう?」
 イニスが驚いた表情を見せる。マリアンヌが用意してくれた部屋は「普通の部屋」ではないのだろうか。様々な「普通でない部屋」を想像し、どんなおかしな部屋でも我慢しようとアスティは覚悟した。
「お近くの方がよろしいかと思いまして。ちゃんと掃除もしましたし、元々の造りはあちらのお部屋の方が良くできておりますから。」
 マリアンヌは澄まし顔でイニスに答え、アスティを導く。
「こちらでございます。」
 マリアンヌが「コ」の字型の平屋の右から二番目の扉を示した。木製の扉にこれといった異常は認められない。金属製の枠に施された装飾のために左隣の部屋の扉よりも若干高級そうに見えるが、右隣の部屋とほぼ同じもののようだ。
「どうぞ。」
 マリアンヌは小さな金色の鍵を扉に差し入れて回しすと、扉を押し開いてアスティを部屋の中へと促した。
「……わぁ。」
 一歩足を踏み入れて、アスティは思わずため息を漏らす。部屋には薄紅色のカーテンか掛かり、カーテンと揃いの布に覆われたベッドが一台、そして机と椅子が一組置かれていた。机の上には、アスティがナウルに預けていた荷物が置かれていて、その隣には赤い花が一輪飾られている。ユミリエールの部屋と比べるとだいぶこじんまりとしているが、設備としては十分だったし、部屋全体の可愛らしい雰囲気はまるで絵本の中の「お姫様のお部屋」のようで、アスティは感激した。
「ずいぶん小ぎれいにしたな。ずっと開かずの間だったのに。」
 アスティの背後でイニスが感心したように漏らす。
「女性がお泊まりになるお部屋ですもの、当然ですわ。いかがでございましょう。お気に召されましたか?」
「クエッ!」
 マリアンヌの問いに答えたのはキーロだ。
「あら……お肩のぬいぐるみは動きますの?」
 マリアンヌがきょとんとしてキーロを見つめる。
「あ、いえ、この子はぬいぐるみじゃなくて生きている本物の鳥なんです。」
 アスティが説明すると、キーロがもう一度小さく「クエッ!」と鳴いた。
「まあ! ペットをお連れでしたのね! そうと知っていればちゃんと鳥かごを御用意しておきましたのに……。すぐに用意させてお休みまでにはお持ちいたしますわ。」
 マリアンヌがポンッと手を叩くが、キーロはアスティの「ペット」ではないし、「鳥かご」に閉じこめるつもりもない。マリアンヌに悪気はなく、むしろ純粋な好意からの申し出なのだろうが、それゆえアスティはどう断るべきか迷ってしまった。
「違うよ、マリアンヌ。」
 アスティに代わってマリアンヌを正したのはヨルンだ。
「キーロはペットじゃなくてアスティちゃんの友達。……だよね?」
 ヨルンはにこりと微笑んでアスティに確認する。
「は、はい!」
 アスティがヨルンの問い掛けに慌てて頷くと、マリアンヌがキーロの顔をじっと見つめた。
「アスティ様のお友達のキーロ様……?」
 マリアンヌが呟き、キーロはさも「そのとおり!」と言いたげに澄まし顔で胸を張る。
「……困りましたわねえ。この部屋はベッドを二台入れるには狭すぎますわ。」
 マリアンヌが頬に片手を添えながらため息混じりに漏らす。
「いやいや、鳥にベッドは必要ないだろ。」
 ジェイスが笑いながらマリアンヌの呟きに突っ込みを入れるが、マリアンヌはキッと鋭い視線をジェイスに向けて叫んだ。
「いいえ、必要です! キーロ様はイニス様の大切なお客様のお友達ですのよ! それをベッドも用意せず、床で寝ろだなんて! そんな失礼なこと、王宮侍女長として認めるわけには参りません! キーロ様にはきちんと専用のお休み場所を御用意差し上げなければ……。」
 マリアンヌの一喝にジェイスが怯むと、マリアンヌは腕を組み、うーんと唸る。
「こういうこと、マリアンヌ侍女長はこだわるからね。」
 ヨルンが小声で呟き、笑った。
「鳥用にベッド一台とかあり得ないだろ……。」
 ジェイスがふてくされたように漏らすと、マリアンヌが鋭い視線をジェイスに向け、再びジェイスが怯む。
「あ、あの、別にキーロはベッドがなくても大丈夫なので……。」
 アスティは恐る恐るマリアンヌに声を掛けた。東の森では、キーロは大概テントの上に突き出した支柱に留まって眠っていた。いたずらでアスティのベッドに潜り込むことはあったが、基本的にキーロがベッドで眠ることはない。何と言っても野生の鳥なのだ。
「……そうですわ!」
 突然、マリアンヌが顔を上げ、ポンッと手を叩いた。
「いいことを思いつきました。」
 マリアンヌは嬉しそうに顔を輝かせ、部屋の入り口近くの戸棚の扉を開ける。そして、中からふわふわとした柔らかそうな白布を一枚取り出した。
「これをこうして……。」
 マリアンヌは布をいったん大きく広げると、くしゃくしゃと丸めてベッドの脇の机の上に載せる。中央にくぼみを設けたそれは、さながら鳥の巣のようだ。
「ほら、これでキーロ様用のベッドになりましたわ!」
 マリアンヌが自信に満ちた声を上げると、キーロがアスティの肩から白布の巣へと飛び移った。
「いかがでございましょう?」
 マリアンヌが床についたキーロの顔を覗き込む。キーロは満足げに「クエッ!」と鳴くと、心地よさそうに白布に顔を埋めた。
「良かったね、キーロ。」
 ヨルンが体を丸めたキーロの頭をそっと撫でながら笑う。アスティはキーロの機嫌がよいことにほっとして息を吐き、イニスとマリアンヌを振り返った。
「あの、ありがとうございます。こんな素敵なお部屋を用意していただいた上に、キーロにまでお気遣いいただいて……。」
 アスティはぺこりと頭を下げる。
「大切なお客様をきちんとおもてなしするのは当然のことですわ。」
 マリアンヌが微笑んで答える。
「後で御案内いたしますけれど、お食事は朝六時から夜九時までの間に共用部の食堂にお越しいただければ随時御用意いたします。予めお申し付けいただければ営業時間外のお食事や特別なお料理にも対応いたしますわ。シャワールームや洗面所も共用部に男女別でございます。ご利用の際はお部屋のタオルをお持ちくださいね。キーロ様のベッドに使ってしまった分は、後で補充しておきますわ。それから……。」
 マリアンヌが流れるように説明し、アスティはその説明を注意深く聞いたつもりだが、耳慣れない単語もあり、マリアンヌの言葉はアスティの理解よりも速く走っていってしまう。
「そんなに一度に言っても覚えきれないだろう。」
 アスティの戸惑いに気づいたのか、イニスが口を挟んだ。
「森での暮らしとは勝手が違って戸惑うかもしれないが、分からないことがあればその都度尋ねてくれて構わない。」
 淡々とした言いぶりだが、きちんと気遣ってくれていることが分かり、アスティはほっとしてイニスに笑顔を向けた。
「はい、ありがとうございます。」
「僕らの部屋もこの向かいだから、困ったことがあればいつでも声を掛けてくれていいよ。」
 ヨルンが言い、ジェイスもその隣で頷く。アスティは二人に向き直って「ありがとうございます。」と微笑んだ。
「そうそう。忘れないうちにお部屋の鍵をお渡ししておきますわ。」
 マリアンヌが金色の小さな鍵をアスティに差し出す。
「王宮内の各部屋の鍵は既にほとんど最新の生体認証型自動式電子錠に変えておりますけれど、このお部屋は長いこと使っていなかったものですから、未だにこんな古い鍵のままですの。王宮内は各所で最新の警備システムと騎士団の皆様による警戒監視が行われておりますし、そもそも王宮への出入り自体が制限されておりますから、まさか泥棒に入られるなんてことはないと思いますけれど、お出掛けの際はきちんと鍵をお掛けくださいね。」
 マリアンヌの説明に、アスティは頷いて鍵を受け取った。最新のナントカジョウの意味はよく分からなかったが、それが鍵の種類であるらしいことと自分の部屋に出入りするのには必要のないものであるらしいことは辛うじて分かったので、詳しく問うことはやめておいた。森のテントでは、カーテンで仕切られた部屋に鍵を掛けたことなどないし、鍵をかける必要もなかったが、渡された金色の鍵に似たものはアスティも使ったことがある。母から譲り受けた小さな木箱に鍵を掛けるためだ。アスティの大切なものが詰まったその箱は森のテントに残してきてしまったけれど、鍵だけは紐を通して首から下げ、常に身に付けていた。
「ちなみにこちらのお部屋、元は騎士団長の執務室として隣のお部屋と一続きで使われていたお部屋ですから、あちらの扉でイニス様のお部屋と直接行き来できますのよ。」
 マリアンヌが言い、部屋の右奥の茶色い扉を指す。
「え? それっていいんすか!?」
 ジェイスが驚いた様子でイニスを振り返った。
「騎士団長の執務室ってことは、イニスさんのお仕事で使う部屋ってことですよね?」
 アスティもイニスを振り返って尋ねる。
「この部屋を執務室として使っていたのは先代までだ。執務室は本宮にもあるし、この部屋は長いこと使っていない。別に問題ない。」
「こちらのお部屋は最初、イニス様のためにリスティア様がお空けになりましたの。」
 イニスの言葉を引き継いで、マリアンヌが続けた。
「リスティア様?」
「先代騎士団長だよ。イニスさんの前に王宮騎士団を率いていた人。」
 初めて聞く名前にアスティが思わず聞き返すと、横からヨルンが教えてくれた。
「王宮騎士団に正式に入団されるまで、イニス様はずっとこのお部屋をお使いになられていらっしゃったんですよ。」
 マリアンヌの話を聞きながら、アスティの脳裏に一つの疑問符が浮かぶ。マリアンヌは「正式に入団されるまで」と言い、それは即ちイニスが王宮騎士団に正式に入団する前から騎士団の宿所の一室を使っていたことを意味するが、騎士団には見習い制度でもあるのだろうか。尋ねようかと思ったが、アスティがその疑問を口にするよりも早く、ジェイスが口を挟んだ。
「あのー……問題なのは、この部屋が元執務室だったことなんかじゃなくて、隣と繋がってるってことの方だと思うんですけど……。」
「俺は基本的に仕事の書類を宿所に持ち込まないし、勝手に出入りされたところで見られて困るようなものは何もない。」
「……いや、問題なのはむしろ逆の場合……。」
 イニスの端的な答えに対し、ジェイスが困ったような表情を浮かべて呟く。
「逆の場合って……?」
 ジェイスの言わんとすることがよく分からず、アスティは首を傾げて聞き返した。イニスもジェイスの意図をはかりかねているようで、怪訝そうに眉をひそめている。
「それは……いや、いいです! 何でもないです!」
 アスティの問いに、ジェイスはちらりとイニスを見たかと思うと、慌てた様子で両手を振り、発言を取り消した。その脇で、なぜかヨルンがくすくすと笑っている。
「二重扉でそれぞれ内側から鍵をかけられますから、お互い勝手に出入りはできませんわ。」
 マリアンヌが補足するように口を挟むと、皆の視線がマリアンヌに向き、ジェイスがほっとしたようにため息を吐いた。
「そもそも今は、俺の方は書棚で扉が塞がれてるんだ。用がある時は表に回ってくれ。」
 イニスがアスティに向かって言った。
「あら、塞いでしまいましたの?」
「俺が塞いだわけじゃない。先代の頃から塞がってた。」
 マリアンヌがなぜだか残念そうに漏らし、イニスが不機嫌そうに返す。
「でも、イニス様がこちらのお部屋をお使いになっていた頃はちゃんと繋がっていらっしゃいましたでしょう? よくイニス様が一人で寝るのを怖がって夜中に部屋に来るから内扉の鍵はかけないようにしているとリスティア様から伺いましたもの。」
 マリアンヌの言葉に、ジェイスとヨルンが当惑した視線をイニスに向けた。たぶん、二人の戸惑いは、アスティが抱いたものと同じだろう。王宮騎士団長という重役に就き、王国一の剣士とまで言われているらしいイニスが「一人で寝るのが怖い」だなんて、ちょっと想像がつかない。
「大昔の話だっ!」
 イニスが慌てた様子で叫んだ。
「そんなことありませんわ。ほんの数年前のことですよ。小さい頃はまるで子犬のようにいつもリスティア様の後をついて歩いてらして……本当にかわいらしゅうございましたのよ。ねえ、ギムニク?」
 マリアンヌは懐かしそうにアスティに向かって回想を語り、ギムニクに同意を求める。
「え? ああ、まあ……。」
 ギムニクは曖昧に答え、気まずそうにイニスを見やった。
 イニスは口を一文字に結び、眉間にしわを寄せながら不愉快そうに黙り込んでいるが、マリアンヌは構わず続ける。
「それがあっと言う間に、こんなに大きくなってしまわれて……。今では立派にリスティア様の跡を継がれていらっしゃるんですものね。時の流れの速さを思うと心にしみるものがありますわ。」
 マリアンヌは胸に手を当ててうっとりとした。マリアンヌの話を聞きながら、皆が興味深げな視線をイニスに集めるが、各々の口から漏れるのは「へぇ……。」というため息のような声だけだ。マリアンヌの解説が途切れ、妙な沈黙が漂う。
「……マリアンヌの感覚ではほんの数年前かもしれないが、俺の計算では遅くとも八年以上前の話だ。」
 沈黙と注目に耐えかねたのか、イニスが不機嫌そうな表情のまま口を開いた。
「書棚で扉が塞がれたのは俺が部屋を移った後だが、俺が学校に通い始める頃にはあの人の蔵書が扉の前に積み上がって、あの扉は使えなくなってた。この部屋も、俺が部屋を移る前から半分以上あの人が倉庫代わりに使っていたからな。……そう言えば、この部屋の隅にまだあの人の古い本が積み上がってただろう? あれはどこにやったんだ?」
 イニスは部屋を見回して呟き、マリアンヌを振り返る。
「ナウル様がお引き取りくださいましたわ。だいぶ埃を被っておりましたので捨ててしまおうかと思っていたのですけど。」
「ナウルが? あれを全部か?」
「ええ。図書館に収蔵されていない貴重な本もありそうだからとおっしゃって。後で自分で整理するからと、全て御自分のお部屋に運び込まれました。」
 マリアンヌの答えにイニスは再度眉間にしわを寄せた。
「ナウルは部屋にいるんだな?」
 イニスはマリアンヌに問うたが、その答えを待つことなくきびすを返す。
「……ええ、たぶん。」
 間を置いて返されたマリアンヌの答えは、苛立たしげに部屋を出て行ったイニスの耳には届かなかったに違いない。
 イニスの態度は明らかに怒っているが、アスティには、イニスが何に怒っているのか分からなかった。埃まみれで捨てられるはずだった本をナウルが引き取ったことに、それほど重大な問題があるとも思えないのだが……。
 マリアンヌも不思議そうに首を傾げ、アスティと顔を見合わせる。ヨルンとジェイスもきょとんとしてイニスの背中が消えた部屋の入り口を見つめている。
「……やれやれ。こりゃあ一揉めするな。」
 ギムニクだけは事情を分かっている様子で、ため息混じりに漏らした。
「一揉め?」
 アスティがギムニクに問うとほぼ同時に、ダンッという大きな音が部屋の外から響き、アスティは反射的に部屋を飛び出した。

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