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エウレールの森の民 作者:アヤキリュウ
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第12話

 ギムニクの小屋を出ると、イニスは塔のある王宮の本殿の外壁に沿って歩き、アスティは黙ってそれに続いた。
「悪いな、アスティ。」
 しばらく押し黙っていたイニスが突然口を開き、アスティはイニスを見上げた。
「気のいいじいさんなんだが、機械作りのことになるとこだわりが強くてな……まあ、だからこそ技術者としては優秀なんだが。」
 イニスは苦笑いを浮かべながら言い、アスティはイニスがギムニクについて話をしているのだと理解した。
 イニスの口調は明るかったが、先ほどまでの強ばった深刻そうな表情との差が大きく、アスティにはイニスが無理に笑顔を作っているように思えた。
「ギムニクさんって、面白そうな方ですよね。後でお話を聞くの、楽しみです。」
 アスティが笑顔で答えると、イニスは驚いた表情でアスティを見つめ返した。
「本当に、聞きに行くつもり……なのか?」
 イニスは引きつった笑みを浮かべながら漏らす。
「だ、だめですか?」
「いや、だめと言うつもりはないが……たぶん、期待しているほど面白い話にはならない思うぞ。」
 イニスは頭を掻きながら、空を見上げた。
「そう……ですか。」
 アスティは声を落とした。アスティが東の森でムリクから聞かされた長話には聞き飽きたものも少なくなかったが、時に素晴らしい経験や知識を含んでおり、アスティはムリクの話を聞くことが決して嫌いではなかった。その延長で、ギムニクの熱意に気圧されながらも、彼の話の内容には興味を持っていた。
「でもまあ、ギムニクの技術は王都の最先端だ。東の森にはなかったものばかりだろうから、一度くらい聞いてみるのも悪くはないかもな。」
 アスティの落胆に気付いたのか、イニスが取り繕うように呟く。
「はい!」
 アスティが元気よく答えると、イニスがふっと息を漏らした。その微笑みに不自然さはなく、アスティもほっとして表情を緩めた。
 しかし、それも束の間のことで、イニスの表情は再び沈み、視線は中空をさまよい始める。黙って先を歩くのイニス姿が蜂蜜色の石壁の先に回り込んだ時、アスティは足を止めた。
「あ、あの……イニスさん!」
 アスティは意を決してイニスの背に向かって声を掛けた。先を行くイニスがぴたりと足を止めてアスティを振り返る。
「あの……ひ、一つお聞きしたいことが……。」
「何?」
 聞き返したイニスの声は低く押さえられ、その冷たい響きにアスティは一瞬怯んだ。しかし、だからこそ、聞きかけた言葉をそのまま飲み込むことはできないと思った。
「ギムニクさんが言っていた二年前の事件って何ですか? さっきの壁の大きな穴も、ジェイスさんは爆弾が仕掛けられたって言ってましたよね? どういうことなんですか?」
 アスティは一気に疑問を吐き出した。今ここで聞かなければ、アスティは二度とこれらの疑問について尋ねることができないような気がした。
「聞きたいことは一つじゃなかったのか?」
 イニスが笑ったが、アスティは構わず続けた。アスティがイニスの問いに答えてしまったら、アスティはイニスから答えを引き出せないままでこの話が終わってしまいそうだった。
「昔、おじいちゃんが王都は戦争好きがいっぱいいる危ないところだって言っていました。そうなんですか? 王都の人たちはまだ戦争をしているんですか?」
 アスティの続けざまの問いに、イニスは困ったような表情を見せ、しばらくの間、どう答えるべきか考えている様子で視線を下へ向けた。
「西の森との戦争は九年前に終結してる。それ以後、王都で表立った戦闘行為は行われていない。」
 しばしの躊躇いの後、イニスははっきりと言い切った。イニスの明確な口調にアスティはほっとしたが、イニスはすぐに続けた。
「だが、それで全ての問題が解決したわけじゃない。」
「どういう意味ですか?」
「戦争が終わってもなお、反政府勢力は存在しているし、暴力的な手段で政府を打倒しようと考えている者もいる。今回、王宮の外壁に大穴を空けたあの爆発も、そういう連中の仕業である可能性が高い。最近は表立った行動はほとんどなかったが、二年前にも王宮広場に時限爆弾が仕掛けられて人的被害が出てる。そういう意味で、戦争はまだ終わっていない。」
 イニスの口調は落ち着いていたが、その表情は明らかに苦々しげだった。
「どうして……。」
「今の国王は科学技術の振興を国の重要政策の柱として位置づけているが、それを快く思っていない連中もいる。十年前の西の森の戦争も、それが原因だったからな。」
「おじいちゃんも……科学技術振興令は悪法だって言っていました。伝統を破壊してるって……。」
「別に、政府の政策に反対することが全て悪いわけじゃない。議会でも野党の連中は政府の政策を片っ端からこき下ろしてるしな。問題は、批判の手段だ。その点で、アスティのじいさんは穏当だったと思うよ。政府の移住勧奨には頑として応じなかったようだが、移住したいという者を無理矢理引き留めることはなかったし、王都の開発計画を不法に妨害することもなかった。」
「ましてや王都に爆弾を仕掛けるなんてこともせえへんかったやろしなあ。」
 イニスの言葉に続いた関西弁はアスティの背後から発せられていた。
「ナウルさん!」
 アスティが振り返ると、ナウルがにこにこと笑顔を浮かべて立っていた。
「お前、いつからいたんだ?」
「たった今や! 二人して俺を置き去りにしよるんやもん、気がついたら二人ともおらへんから驚いたわ!」
「置き去りって……あの小さな小屋の中にいて俺たちが出たことに気付かないのは異常だぞ。お前、何してたんだ?」
 イニスが尋ねると、ナウルが待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべる。
「これや、これ! これ作っててん!」
 ナウルは額を指さしながら嬉しそうに答えた。ナウルの額には、イニスによって真っ直ぐに切り揃えられた前髪が花形の飾りによって左に寄せて留められている。曲げた針金で器用に花の形を作っているらしい。
「その髪飾り、ナウルさんが作ったんですか? すごいですね!」
「かわええやろ?」
 アスティが素直に誉めると、ナウルはにっこりと笑う。
「……女じゃあるまいし。」
 イニスが呆れた様子で呟くと、ナウルはむっとした表情で抗議した。
「誰のせいでこうなった思てんねん! 前髪ぱっつんよりはましや!」
「……元はと言えば、お前が俺に報告を上げなかったせいだろうが。お前、反省してないだろ?」
 イニスが反論すると、ナウルは一瞬気まずそうな顔をして、くるりとイニスに背を向けるとアスティに向き直った。
「それから、もう一つ!」
 ナウルは懐に右手を突っ込みながらにやりと笑う。
「じゃじゃーん! アスティちゃんためにギムニクのじいさんの部屋にあった部品でロボット作っててん! どや? かわええやろ?」
 ナウルは懐から四角い箱を組み合わせた機械らしきものを取り出すと、アスティの目の前に差し出した。
「ロボット!? それってもしかして、王都の素晴らしい発明品で、自動で歌ったり踊ったり、家事の手伝いをしてくれたりする人型の機械のことですよね? これも歌ったり踊ったりできるんですか!?」
 アスティが尋ねると、ナウルは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐににこりと笑う。
「もちろんや! 歌って踊って魔法も使えるで!」
「すごい! さっそく使ってみてもいいですか!?」
 アスティはナウルの顔を見上げ、心から感心して声を上げた。
「あ、いや、それは……。」
「それは……?」
「その、今はちょっとエネルギーが足りないっちゅうか……なんちゅうか、その……電池切れ? そう! 今、ちょっと電池切れやねん。充電には特別な機械が必要やから、それが手に入るまでは残念ながら動かへんのや。」
「そうなんですか……。」
 ナウルの説明に、アスティは肩を落とした。
「ま、まあ、いずれその機械を手に入れたらちゃんと動かしてみせたるさかい、楽しみにしとってや!」
「はい! 楽しみにしています!」
 アスティはナウルに笑顔で答え、手にしたロボットを見つめた。四角い箱にねじを止めて、針金を手足の形にして巻き付けただけにも思えるそれは、一見、藁で作った人形と大差ないようにも見えたが、きっとこの小さな箱に王都の素晴らしい技術が盛り込まれているのだろう。この両手に収まるほどの小さな機械が歌って踊って家事の手伝いまでしてくれるなんて……つくづく王都はすごいところだとアスティは感心した。

 アスティはイニスとナウルに連れられて、石造りの建物の頑丈そうな扉の前に出た。
 扉の左右にはイニスと同じ黒い服を着た青年が立っていて、厳重に警備されているらしい。
 アスティたちが扉に近づくと、左右の青年が緊張した面もちで敬礼した。アスティは青年たちの機敏な動きに驚いて立ち止まったが、イニスとナウルは青年たちに向かって軽く右手を挙げると、重く軋む音を響かせてゆっくりと開いた扉をくぐって行く。アスティも二人に遅れないように扉をくぐる。
 石造りの建物の中に一歩足を踏み入れた瞬間、アスティは今日何度目になるか分からない感嘆の息を漏らした。
 足下にはふかふかの赤い絨毯が敷き詰められ、正面には大きな階段、見上げた天井は東の森の木々よりも高いのではないかと思われるほどで、色鮮やかな美しい絵が描かれている。階段脇の彫刻をはじめ、壁や柱、至る所に細かな装飾が施され、見たこともない景色が広がっていた。
「ぅわぁ……。」
「アスティちゃんはほんまに予想通りの反応してくれるんやなあ。まあ、森の中にはこんな無駄に豪勢な建物はないやろし、驚くのは当然やろけど。」
 ナウルがくつくつと笑うと、アスティの肩にとまっていたキーロも興奮した様子で甲高く鳴いた。見たことのない豪華な内装に、キーロもはしゃいでいるのかもしれない。
 キーロはアスティの肩から飛び上がり、高い天井へと羽ばたいた。キーロの体から黒い羽根が一枚、赤い絨毯に落ちた。
「キーロ、お家の中で飛び回っちゃだめ!」
 アスティがキーロを見上げて叫ぶと、キーロはゆっくりと階段の踊り場の手すりに着地して、アスティを見下ろした。
「別にええんとちゃう? こんだけ広いんやし。柱にぶつかって墜落するようなアホとちゃうやろ、キーロは。」
 ナウルは笑いながら言い、キーロが落とした羽根を拾い上げた。
「しっかし、ほんまに真っ黒な羽やな。誰かさんとお揃いや。なあ?」
 ナウルが拾い上げた羽根を指先でくるくると回しながら、先を歩くイニスの背中に向かって笑い掛けると、イニスはぴたりと足を止めた。
「先に国王陛下への報告を済ませる。案内は後だ。」
 イニスはそう端的に言い、独り先に正面の階段を登り始める。
「ちょい待ち! 姫様への報告はどないすんねん!」
「んなもん後回しだ。壁の穴の件について陛下と話す必要がある。」
 イニスはナウルに背を向けたまま答えた。
「後回しって……そないなことしたら姫様、絶対に機嫌悪ぅするっちゅうのに。」
 ナウルはため息混じりに零し、イニスの後を追って面倒臭そうに階段を登り始める。アスティも二人に遅れないようその後を追った。
「クエッ。」
 イニスが踊り場に差し掛かると、手すりにとまったキーロが挨拶代わりに短く鳴いた。しかし、イニスはキーロを一瞥しただけで、無言でその前を通り過ぎる。
「グエッ。」
 キーロが不満そうに声を上げ、ばさばさとその場で羽ばたいた。
「キーロ!」
 アスティはキーロを静止すべく声を上げ、キーロに駆け寄った。アスティが静止しなければ、キーロはまたイニスに体当たりをかましていたかもしれない。
「すまへんなあ。ほんまに愛想のない奴で。」
 踊り場に到着したナウルがキーロの頭を撫でながら、なだめるように言った。
「やっぱりさっきの発言は撤回や! あんなんと一緒にするんはキーロに失礼っちゅうもんや。キーロの方がずっとカッコええで。全身真っ黒やのうて、くちばしが黄色いんがチャームポイントやな。」
 ナウルにおだてられ、キーロは御機嫌な様子でナウルの頬に体を寄せる。アスティは機嫌を直したキーロを再び肩に乗せた。
「ここは王様もお家なんだから、大人しくしてなきゃだめよ。」
 アスティがキーロに向かって念を押すように囁くと、キーロは分かったと言わんばかりに短く鳴いた。
 アスティとナウルはちょうど階段を登りきったところでイニスに追いついたが、先に二階の廊下を右手へ曲がったイニスが不意に足を止め、アスティはイニスの背に顔面をぶつけた。
「あ……ご、ごめんなさい。」
 アスティは謝罪したが、イニスはそれには答えず、黙って前を見据えている。
「……イニスさん?」
 アスティが反応のないイニスの顔をのぞき込むようにイニスの左側へ回り込むと、イニスの視線の先に見知らぬ少女の姿があった。
「お帰りなさい、イニス。東の森での調査はどうだったのかしら?」
 廊下の中央に立つ少女はにこりとイニスに向かって微笑んだ。
「ユミリエール殿下。」
 イニスがため息を吐くように口にした名にはアスティも聞き覚えがあった。現エウレール国王の一人娘がユミリエール姫だ。
 レースがついたふんわりと裾の広がる桃色のドレスに、花を模した髪飾りとリボン。亜麻色の髪は緩やかな曲線を描いて流れ、色白い肌には微かに紅がさしている。昔、母に読んでもらった絵本に出てきた「お姫様」にそっくりなその姿を目の前にして、アスティは思わず息を飲んだ。
「いやはや、姫様自らお出迎えやなんて恐縮ですわ。」
 ナウルがイニスを押し退けるように前に出て、賑やかな声を上げた。
「あなたはどうでもいいのよ、ナウル。」
 ユミリエールはナウルを追い払うように手を振ると、腕組みをしてイニスを見据える。先ほどの柔らかな笑みはいつの間にか消えており、ユミリエールは不愉快そうに顔をしかめた。
「イニス、あなたの帰りが遅いから、騎士団の宿所を覗いたら、ジェイスたちが騒いでいたわ。あなたが妙な小娘を連れて帰ってきたってね! 私はあなたに伝説の鳥を捕まえてくるよう頼んだはずよ。それがどうして妙な小娘なんかを捕まえてくることになったのかしら? そもそも、王宮に戻ったのなら真っ先に私に報告すべきでしょう? それなのに一体どこをほっつき歩いていたの? 私はすぐにあなたが報告に来ると思って三十分以上も部屋で待っていたのよ!」
 ユミリエールは一気にまくし立て、イニスを睨みつける。
「まず、御報告が遅れたことにつきましては、お詫びいたします。東の森での調査につきましては、三日ほど東の森に滞在し、調査いたしましたが、黄金の鳥は発見できませんでした。更なる調査を御希望であれば、専門の捜索隊を編成して派遣した方がよろしいかと存じます。」
 イニスは淡々とユミリエールに答えた後、アスティを振り返って続けた。
「それから、殿下のおっしゃる『小娘』というのは彼女のことだと思いますが、東の森を調査中、偶然、彼女の祖父が密猟者に撃たれた現場に遭遇しました。撃たれた方は亡くなり、他に身寄りがないということなので、私の責任でしばらく騎士団の宿所に置くつもりです。報告は以上です。私の不在中に生じた外壁の損傷について国王陛下に報告がありますので、これで失礼いたします。」
 イニスは後半を早口で一気に言い終えると、一礼してユミリエールの脇を通り過ぎようとした。アスティは、廊下の中央で不満そうにこちらを睨んでいるユミリエールに小さく会釈して、そっとイニスの後に続いた。
「待ちなさい!」
 突然ユミリエールが叫び、アスティはびくりと体を縮めて立ち止まった。
「あなたにはまだ聞きたいことがあるわ。」
「調査報告の詳細なら、ナウルにお尋ねください。私より詳しく報告できるはずです。」
 イニスが振り返り、ユミリエールに答える。
「あなたじゃないわ。私はそっちの小娘に話があるのよ!」
 ユミリエールがアスティを指差し、アスティは念のため周囲を確認するが、自分とイニス以外に周囲に人影はない。ユミリエールが指差しているのは間違いなく自分だ。
「私に……ですか?」
 アスティが恐る恐る尋ね返すと、ユミリエールは無言で大きく頷いた。

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