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エウレールの森の民 作者:アヤキリュウ
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第11話 機械部門長ギムニクの小屋

 工事現場を離れたアスティは、ナウルから前髪の重要性に関する詳細な説明を聞きながら、巨大な壁沿いの道を歩いた。隙間なく積み上げられた石壁は変化に乏しかったが、壁の反対側に広がる街並みは美しかった。高台を取り巻くように続く道からは、王都を眼下に見渡すことができた。
 手前に広がる街並みは古い石造りの家で、赤い屋根が絨毯のように広がっている。その先に、高層ビル群があった。青っぽい色をした外壁は鏡のようで、日の光にきらきらと輝いている。その先には緑の森が広がり、西の山脈の稜線が青い空との境界をはっきりと描き出していた。気になったのは西側の一帯が黄土色の山肌をむき出しにしていることだが、色鮮やかに塗り分けられた街並みは東の森では見られないものだ。そもそも、こうして高台から町を見渡すということがアスティには新しい体験だった。森の中では高い木に登って周囲を見渡したことはあるが、その時見えたのは延々と続く緑の森と青い空だけだった。
 十分ほど歩いただろうか。変化に乏しい石壁にはめ込まれた小さな木戸の前で、イニスが足を止めた。
「ここから入ろう。」
 イニスが木戸をノックすると、木戸に取り付けられた小窓が開き、青年が顔を覗かせる。
「イニスだ。」
 イニスが名乗ると小窓は閉まり、間もなく木戸が内側へと開いた。イニスが木戸をくぐり、アスティもそれに続く。
「お疲れさまです。」
 木戸をくぐり抜けたイニスに、黒服の青年が敬礼した。イニスは右手を挙げてそれに答える。
 イニスと青年のやり取りを眺めていたアスティは、ふと視線を上げ、息を飲んだ。
「……ぅわぁ……。」
 目の前に、巨大な石造りの建物がそびえていた。黄色味を帯びた石を整然と積み上げて造られ、空まで届きそうなその頂にはエウレールの国旗がはためいていた。
 眼前の巨大な構造物の全貌を確認するには、アスティはあまりにもそれに近づきすぎており、アスティの視界に入っていたのは頂に国旗を掲げた一つの塔だけだったが、それはアスティの眼前に力強く腰を据え、アスティを圧倒するのに十分な存在感を放っていた。
 アスティの驚きに共感したのか、キーロもゆったりと長く鳴いた。
「どや、すごいもんやろ? こんなでっかい城で、王様はよく迷子にならんもんやと思わへんか。」
 背後から発せられたナウルの言葉でアスティはやっと我に返り、目の前の塔が王都の外からも見えた背の高い塔であり、エウレール王国の王宮だということに気がついた。
 アスティは目の前の塔を見上げながら、改めて感嘆の息を漏らした。
「イニス団長、そちらのお嬢さんは?」
 アスティが声に振り返ると、黒服の青年がアスティを見つめながら怪訝そうに首を傾げていた。
「俺の客だ。気にするな。」
 イニスが端的に答えると、青年は一層怪訝そうに首を傾げた。
 アスティは名前を名乗るべきか迷ったが、イニスが青年に対して「気にするな」と言い添えたということは、彼にアスティを紹介するつもりはないということなのだろうし、そうだとすれば、アスティが名乗るのはイニスにとってはむしろ不都合かもしれなかった。先刻も、ヨルンとジェイスに誤解を与えてしまったようだし、イニスとしては余計な説明で時間を取られたくもないのだろう。
 そう考えて、アスティは黙ってイニスの後ろに立っていた。
「とりあえず、俺は機械部門を覗いて回収された部品について話を聞いてくる。アスティは……まあ、とりあえず俺に付いてきてくれ。仕事が済んだら王宮内を案内する。」
 イニスが言い、アスティは黙って頷いたが、それに異議を唱えたのはナウルだ。
「何でアスティちゃんがお前の仕事に付き合わなあかんねん。王宮の中なら俺が案内したる。」
 ナウルはそう言ってアスティの手を取った。
「待て! お前はユミリエール姫のところへ行って今回の東の森の調査結果を報告してこい。アスティは俺が案内する!」
 ナウルが引っ張ったアスティの手を、イニスが掴んで引き留めた。
「はあ? 何で俺が一人で姫様のとこに報告に行かなあかんねん! 今回の仕事はお前が命じられた仕事やで。」
「元はお前が作り出した仕事だろう。どうせ何の成果もなかったんだ、戻ってきたことだけ伝えてくれれば十分だ。」
 ナウルの抗議に動じることなく、イニスはアスティの腕を引っ張って歩き出した。
「嫌や! お前が行かんと、姫様は機嫌悪ぅするに決まっとる!」
 ナウルがイニスの肩に手を掛けて叫ぶと、イニスはゆっくりと振り向いた。
「それをうまくなだめるのがお前の腕の見せ所だろう?」
 イニスはナウルに向かってにこりと微笑んだかと思うと、肩に置かれたナウルの手を払いのけ、アスティの手を引いたまま歩き出した。
「嫌や、嫌や! アスティちゃんと一緒がええ!」
 アスティの手首を掴んだナウルがその場に踏みとどまってだだをこね、アスティは足を止めた。イニスも立ち止まり、呆れた様子でナウルを振り返る。
「アスティちゃんがイニスと一緒に行くんやったら、俺もイニスと一緒に行くで! それに、やっぱり王宮騎士団の副団長としては、重要な報告は直接聞いとった方がええやろ?」
 ナウルはアスティの背後から腕を回し、アスティを抱き寄せた。
「俺はお前を副団長に任命した記憶はないぞ。」
 イニスが不満そうに眉をひそめる。
「そうやった? まあ、そもそも実力からすれば、俺は副団長やのうて団長のはずやしなあ。」
 ナウルが自慢げに呟くと、イニスがため息を吐いた。
「……そうなんですか?」
 真偽を確認すべくアスティがナウルを振り返ると、ナウルはいつも通りの笑みを浮かべて答える。
「そやそや。イニスより俺の方がずーっと頭もええし、人望もあんねん!」
「……もう勝手にしろ。」
 イニスがそっとアスティの手を離し、独り先へと歩き出した。ナウルは勝ち誇ったような笑みを見せ、アスティの前へ回した腕を緩める。
「ほな、行こか。」
 ナウルに背中を押され、アスティはイニスの後を追いかけた。

 イニスは正面の塔には入らずに、巨大な石造りの建物の脇に建てられた小屋へと向かった。黒光りする板と逆さにした傘のような機械を屋根に載せた小屋は、塔がある荘厳な造りの建物とは明らかに趣が異なっている。壁は石造りでもなければ木材でもないようだが、あまり頑丈そうには見えないのは、のっぺりとした白っぽい塗装のせいだろうか。
「あれが王宮騎士団の機械部門の研究室や。王宮騎士団の団員は各々専門分野に合った部門に分かれて活動しとる。どの部門も基本的に王宮内に事務所を持っとるんやけど、機械部門は機械装置の開発を担当しとって、試作機の製造作業なんかでうるさいさかい、別棟になっとるんや。」
 ナウルが小屋を指差し解説する。
 イニスは小屋の扉を三回叩き、扉を押し開けた。アスティはイニスの背後から小屋の中を覗き込んだ。
 小屋の中は薄暗く、扉の両脇——というよりも、小屋の中の至る所にゴミ——のようにも見える何かが乱雑に積み上げられている。小屋の中が薄暗いのは、積み上げられたものが小さな窓をほとんど塞いでいるせいだろう。
「ギムニク、いるか?」
 イニスが小屋の奥に向かって呼びかけると、小屋の奥で何かが動いた。
「おお、イニスか? ちょっと待て……あ。」
 声に続いてガシャンッという大きな音が響き、アスティは身をすくめた。一瞬、辺りが静まり返り、しばらくしてから、小さな金属音に続いて小屋の奥から光とともに声が姿を現した。
「……いやあ、すまん、すまん。久しぶりに徹夜なんかしたもんだから、ついうとうとしちまって……。」
 ランプの灯りを差し出しながら、機械部品の山の間から、一人の男が顔を覗かせた。顎に白い髭をたたえた男は、小柄でムリクとそう変わらない年齢にも思えたが、背筋はしゃんと伸びていた。
「悪いな、疲れてるのに。徹夜は例の爆弾事件の件か?」
 イニスが神妙な面持ちで男に問う。
「まあ、それもあるが……半分くらいは趣味の工作だ。現場で回収された部品の解析はとっくに済んだ。報告書はまだ書いてないがな。」
 イニスに向かって答えながら、男は壁際に積み上がった山を崩すと、壁を叩いた。同時に、部屋の中が明るく照らし出される。天井からぶら下がった球体が光源になっているらしい。
「口頭で構わない。何が分かった?」
 イニスが問いかけると、男は機械部品の山から椅子を発掘し、机に載った機械部品の山を端へと押しやると、イニスに座るよう勧めた。
「まあ、そう焦るな。とりあえず、お前が連れてるそこの嬢ちゃんが何者か紹介してくれないか? ついでにその肩の妙な鳥についても説明してもらえると有り難いね。」
 男はにやりと笑い、アスティを見た。
「東の森で保護したんだ。彼女のおじいさんが密猟者に撃たれて亡くなった。」
「……そりゃあ……大変だったな、嬢ちゃん。」
 男は声を落とし、目を細めた。
「嬢ちゃん、名前は? 俺はギムニク。」
「あ、アスティです。こっちはキーロ。私の友達です。よろしくお願いします。」
 アスティはぺこりと男——ギムニクに向かって頭を下げた。
「友達か、そりゃいいな。よろしくな、アスティ、キーロ。」
 ギムニクが笑い、キーロは嬉しそうに「クエッ。」と鳴いた。
「ギムニクは王宮騎士団の機械部門の責任者で、移動用円盤ディスク・ボードの開発にも関わった優秀な技術者だ。」
 イニスが言った。
「移動用円盤って、あの空を飛ぶ奴ですよね!? すごい! ギムニクさんの発明品だったんですね!」
「まあ、あれは別に俺一人で作ったわけじゃねえけどな。」
「なあなあ、ギムニク? あんたがイニスに作った改造版の移動用円盤、俺も欲しいんやけど。二人乗りができる奴。」
 床にしゃがみ込んだナウルがギムニクの服の裾を引っ張りながらねだった。
「ああ、あれか。俺は別に構わんが……。」
 答えながら、ギムニクはイニスを見る。
「基本性能に問題はないと思う。発進時の急加速を抑えられるようにしてくれると有り難い。」
 イニスが答えると、ギムニクはにやりと笑った。
「そこは調整する。ナウルの移動用円盤も一週間預けてくれるならいじってみるぜ。」
 ギムニクが言い、ナウルが万歳して飛び上がった。
「よっしゃ! ついでにイニスの奴より速く飛べるよう改造してや!」
「無茶言うな。今の公用仕様の移動用円盤は最新のエンジン積んで限界まで速度上げてるんだ。あれ以上出したらコントロールが効かなくなる。」
「大丈夫やて。俺の操縦技術をもってすれば……。」
「こいつの戯れ言は聞かなくていい。それより、事件現場で回収された部品について教えてくれないか?」
 ナウルの言葉を遮ってイニスがギムニクに問うた。ナウルが不満そうな表情でイニスを睨んだが、イニスが腰の剣に手を添えて睨み返すとナウルはくるりと背を向けて床にしゃがみ込んだ。ナウルは床に散らばった機械部品を拾い上げ、退屈そうに手の中で遊ばせ始める。
「部品と言ってもほとんどは破片だったが、幸い、一つだけいいものが残ってた。」
 ギムニクは机の上の部品の山を漁りながら、機械部品が入った透明な袋をイニスに差し出した。
「そいつはたぶん、爆弾の制御装置の配線盤だ。使われてる部品はどれも一般に流通している大量生産品で町中の店で素人でも購入できるものばかりだが、無駄のない簡素な造りと仕上げの美しさは一目で分かる。正直なところ、俺はこいつに感動した! 大部分が吹き飛んじまってるのが惜しいが、その一片だけでも作り手が優秀な技術者だってことは分かる。特にそのはんだの形! うちの若い連中に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ!」
 説明するギムニクは次第に興奮してきたようで、声を張り上げた。
「要するに、こいつの製造者は機械設計に詳しく、かなり器用な奴ってことだな。」
 イニスはギムニクから受け取った部品を見つめながら言い、「俺には普通の部品にしか見えないが……。」と呟くように言い足した。
「ああ、ぜひともうちにスカウトしたいくらい優秀な技術者だ!」
 イニスの呟きはギムニクの耳に届かなかったのか、ギムニクは高揚を保ったまま返す。
「爆弾犯だぞ。」
 イニスがため息混じりに言うが、ギムニクの高揚に水を差すには不十分だったらしい。
「それでも、優秀な技術者なのは間違いない! そいつを見て、俺も一技術者として感化されるものがあった。それでつい、徹夜で新しい工作を始めちまったってわけだ。」
「……なるほど。」
 イニスは小屋の中央に置かれた作業机の上の丸い固まりに目を遣り、薄笑いを浮かべた。作り掛けの機械と思われる固まりは、小さな窓から差し込む陽の光にてかてかと輝いている。
「綺麗……。」
 アスティが思わず呟くと、ギムニクの瞳が輝いた。
「おお、嬢ちゃんにはこいつの美しさが分かるのか! そうだろう、そうだろう、綺麗だろう? こいつは十数枚の金属板を繋ぎ合わせて球形にしてるんだが、この完璧な継ぎ目を作るのに俺がどれが苦労したか聞きたいか? 聞きたいだろう?」
 ギムニクはアスティの手を取り、顔を寄せた。アスティは半歩後ろに下がりつつ、「聞きたくない。」と答えられる状況ではないことを察した。
「ギムニク、悪いが、その苦労話を聞いている時間はないんだ。ユミリエール姫と国王陛下に帰朝報告に行かなきゃならない。」
 イニスが落ち着いた声で言うと、ギムニクはアスティの手を離した。
「そうか……それは残念だ。嬢ちゃんはしばらく王宮に滞在するのか?」
 ギムニクはアスティにではなく、イニスに向かって尋ねた。
「少なくとも今夜は俺の客人として騎士団の宿所に泊まってもらうつもりだ。」
「そうか。なら、報告が済んだらまたここへ戻ってくればいい。機械工作に興味があるなら、一から解説してやろう。」
「あ、ありがとうございます。」
 聞き始めたらきっとムリクの説教並みに長い話になるのだろうと思いながらも、アスティはこの場を穏便に立ち去るために感謝の言葉を述べた。
「まあ、時間があれば……な。行くぞ、アスティ。」
 イニスはいささか面倒そうな口調で言い、早々にきびすを返して小屋の出入り口へと向かった。
「ああ、待て! イニス。」
 ギムニクがイニスを呼び止め、イニスが嫌そうな表情を浮かべて振り返った。
「もう一つ、報告事項があるんだ。」
 ギムニクの言葉に、イニスの表情が締まった。
「といっても、これについては俺も確信は持てないんだが……。」
 そこでギムニクは躊躇いがちに言葉を切った。
「優秀な技術者ということ以外にも犯人の手掛かりがあるのか?」
 イニスの言葉にギムニクは頷き、それからゆっくりと口と開いた。
「……今回の爆弾を作った奴は、二年前の事件の犯人と同一人物かもしれん。」
 ギムニクの言葉に、イニスの表情が強ばった。
「今回の爆弾と二年前の爆弾の設計は必ずしも同一じゃあないが、設計の癖とでもいうのかな、それが二年前の奴と似てる。ただ、仕上げの美しさは今回の方が格段に上だ。新しい助手でも雇ったか、この二年間で腕を上げたのかは分からないが。」
 ギムニクの説明を聞きながら、イニスの意識はどこか遠くにあるようで、イニスの目はギムニクの方を向きながらもギムニクを見てはいなかった。
 しばらくの沈黙の後、イニスが口を開いた。
「……ありがとう、ギムニク。参考にする。」
 イニスは強ばった表情のままきびすを返し、小屋の扉を引き開ける。
「お、おい、イニス!」
 ギムニクの声に、イニスはドアの取ってを掴んだ手を止めた。
「……その、何だ……あまり無茶をするなよ。」
「分かってる。ありがとう、ギムニク。」
 振り返ったイニスは、ギムニクに向かって柔らかく微笑んだ。その表情は優しく、それでいて、ぞっとするほど悲しげだった。
「アスティ、行くぞ?」
 小屋の外からイニスに呼ばれ、アスティはギムニクに向かってぺこりと頭を下げると、イニスを追って小屋を飛び出した。

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