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エウレールの森の民 作者:アヤキリュウ
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プロローグ 黄金の鳥の伝説

 エウレールの森には、黄金の鳥が眠っている。
 その鳥は、黄金に輝く翼を持ち、天使のような美しい声で鳴く。しかし、黄金の鳥がその真の姿を現すのは、森の王の側にある時のみである。
 森の王は、神から特別な力を与えられ、エウレールの森の管理を任された者である。
 森の王は、その役職にふさわしい者が現れた時、神によって任ぜられ、ふさわしい者がなければ、その職は空席となる。
 長い間、森の王は空席である。黄金の鳥は、森の王を待っている。森の奥深くで、目覚めの時を待っている。
 いずれ森の王にふさわしい者が現れるだろう。その時は決して遠くないと、神は巫女に伝えた。

「天使のような美しい声ってどんな声かしら?」
 ナウルが王立図書館の倉庫で見つけた古文書にあった黄金の鳥の伝説について語ると、エウレール王国の王女ユミリエールは、真顔で尋ねてきた。
「そら、とても美しい声なんとちゃいますか?」
 ナウルが答えると、ユミリエールはむっとした表情で早口にまくし立てた。
「美しい声なのは分かるわ。でも、あなた、天使の声なんて聞いたことある? 聞いたこともないのに『天使のような』なんて言われても、どう美しいのかさっぱり分からないわ!」
 ユミリエールの主張はもっともだが、ナウルは古文書の記述の通りに話しただけだ。そもそも、この話の要点はそこではない。
「まあ、要するに、天使が実際におったらこんな声で歌うんやろなあってくらい美しい声っちゅうことなんとちゃいますか?」
 ナウルは苦笑しながらユミリエールをなだめようと試みた。
「そもそも天使の声が美しいとは限らないのよ!」
「やけど、世間一般のイメージとしては、天使の歌声っちゅうたら美しい声をイメージするんとちゃいますか? この世のものとは思えないほど素晴らしい声っちゅうイメージで……。」
 言いながら、ナウルはこれはもう何を言っても無駄だろうと思っていた。ユミリエールの主張は正論だとナウルも思うが、それを今ここで長々と論じることは正しくない。ユミリエールのこの細かさは、彼女の頭の良さの現れだが、ナウルはこれを実用科学を重視する国の教育方針の弊害だと思った。
「天使の歌声のイメージなんて人それぞれよ! 私は天使にだって音痴はいると思うわ!」
 案の定、ユミリエールはナウルの説明を遮って叫んだ。
「……ああ、姫様みたいに。」
 ナウルは段々ユミリエールの頑固な主張に付き合うのがばからしくなってきて、思わず投げやりに呟いた。ユミリエールがキッと鋭い視線をナウルに向ける。
「私みたいに……何?」
 ユミリエールはナウルの頬をぎゅうっとつねりながら、ナウルに顔を寄せた。よく見れば王族らしい高貴さも漂う可愛らしい顔をしているのだが、ひきつった笑みは怒りに満ちている。
「ひ、ひや……へんしのうはごえゆうんは、ひめはまみはいなこへをいふんひゃなひはと……。」
 ナウルが薄ら笑いを浮かべながら答えると、ユミリエールはぱっと手を離した。
「そうね、そうかもしれないわ。でも、それなら最初からそう書いておけばいいのよ。」
 ユミリエールはナウルに背を向け、一人ぶつぶつと呟く。ナウルがベッドの脇に置かれた鏡台の鏡を覗くと、つねられた頬にはしっかりと赤い痕が残っていたが、それについてユミリエールが謝罪する気配はない。
「いや、この古文書が書かれたんは、姫様が生まれるよりもずっと昔ですから……。」
 ナウルは、ユミリエールが聞いていないことを承知で、頬をさすりながら説明した。
「まあ、いいわ。それで? 黄金の鳥はどこにいるの?」
 ユミリエールは「天使の歌声」の比喩の不適切さに関する討論に飽きたのか、くるりと振り返ると瞳を輝かせながらナウルに続きを催促した。
「残念ですけど、俺が見つけた古文書における黄金の鳥に関する記述はそこで終わっとります。そもそも、その後、現実に森の王が現れたのかどうかも記録があらへんし、黄金の鳥もまだ目覚めてはおらんのとちゃうやろか。もしエウレールの森を黄金に輝く鳥が飛んどったら、とっくに誰かが見つけて捕まえとるはずですから。」
 ナウルが答えると、ユミリエールは怪訝そうに顔をしかめた。
「あら、森の王はとっくに現れているはずよ。私のお父様のお父様のそのまたお父様の……ええと、とにかく、私の先祖である初代エウレール国王が森の王なんじゃなくて? そうじゃなきゃおかしいわ。だって、エウレールの森を管理しているのは、エウレール国王なんだもの。」
 ユミリエールの指摘は、エウレール王国の王女としては十分に正しい認識に基づいている。しかし、だからと言ってその答えが真実正しいとは限らない。
「姫様の御指摘はごもっともや思いますが、エウレール国王は神によってその職に任じられてはおりまへん。伝説の森の王とは同一視するんは無理や思います。」
 ナウルはにこりと笑って答えた。答えは、国王に対する侮辱と解釈することもできただろうし、少なくとも、国王たる父を尊敬しているユミリエールを不快にすることは間違いなかったが、ナウルはあえて口にした。
「でも、お父様は神様から特別な力を与えられているわ! お父様の聡明さや優しさ、先見の明は神様がエウレールの国をより良くするためにお父様に与えられたものだわ。そうでしょう?」
 ユミリエールは腰掛けていたベッドから飛び降りるようにして立ち上がり、ひざまずいて彼女に語り掛けていたナウルを勝ち誇ったように見下ろす。
 この人一倍プライドの高い少女は、少々思慮に欠けるところはあるが、決して頭が悪いわけではない。ただほんの少し性格が悪いだけ——要するに、面倒な子供なのだ。
 自分も他人のことをとやかく言える立場ではないが——と思いつつ、ナウルは苦笑した。
「ねえ、黄金の鳥を見つけ来て! ホログラムの七色鳥にはもう飽きちゃったわ。」
 そう言ってユミリエールは枕元に転がっていたリモコンを掴み、赤いボタンを押した。同時に、部屋の隅で天井から吊された止まり木で歌うようなさえずりを繰り返していた七色の長い尾を持った鳥が止まり木ごと消える。
 絶滅危惧種である七色鳥をホログラムで映し出すこの装置は、ほんの一月ほど前にエウレールでも有数の映像機器メーカーが開発した最新の鑑賞用ホログラムシステムで、国王陛下がユミリエールの誕生日祝いに贈ったものだ。動物好きのユミリエールのためにと、彼女の誕生日に間に合うよう国王陛下直々にメーカーの責任者に書簡を送って開発を急がせ、未だ一般発売はされていない特注品なのだが、彼女はもう飽きてしまったらしい。
 ユミリエールのわがままは今に始まったことではなく、ナウルも度々それで迷惑を被っている——ユミリエールに「おもしろい話」をねだられて彼女の私室に連れ込まれた今この瞬間がまさに迷惑を被っている最中であるとも言える——のだが、彼女が一月で七色鳥のホログラムに飽きてしまったことは無理からぬことだとナウルは彼女に同情した。というのも、生物学の心得があり、特に森の希少生物についてはエウレール王国でも一番の知識を有すると自負しているナウルの目で見れば、この七色鳥のホログラムはあまりにも幼稚すぎた。確かに、映像は美しい。羽の色や質感は本物通りに再現されている。だが、止まり木に止まったまま動かない鳥なんて、鳥ではない。鳥は、羽ばたき、空を飛んでこそ鳥だ。鶏だって、大空を滑空することまではできずとも、空中に跳び上がるくらいはするものだ。この七色鳥のホログラムは、七色鳥の正しい生態を全く反映していない。もし自分が開発に携わっていたら、こんな面白味のない装置は死んでも作らへんわ、とナウルは思う。
「そうよ、それがいいわ!」
 ナウルがホログラムの七色鳥が消えた中空を睨みつけている間に、ユミリエールは一人で話を進めている。
「もし黄金の鳥が見つかって、お父様の前でそれが真の姿を現せば、お父様が森の王だって証明できるわね?」
「俺は国王陛下と森の王は別の存在やいう主張を支持したいと思うとるんですが……。」
 ナウルが小さくため息を吐いて答えると、ユミリエールは「分かっているわ。」と微笑んだ。
「私の主張を証明する役は彼に頼むつもりよ。」
 ユミリエールは「彼」の名を口にはしなかったが、それが誰を指しているのかはナウルにも分かっていた。ユミリエールが「彼」と言えば、それは間違いなく「彼」のことだろう。ナウル以上にユミリエールのわがままによる迷惑を被り続けている「彼」が頭を抱える姿を脳裏に浮かべつつ、ナウルは話が大方自分の予想通りに進んだことに満足を覚えた。

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