Chapter 3 『道化師はサイコロを振らない』(“グラシオーソ”視点)
「……それは、本当なのか?」
俺は今、“アルルカン”の言うことを聞いて酷く困惑した。
「ああ、間違いない。この町から出られないんじゃない。私達が出ないだけだ」
この男が言うには、俺達が出口を見てもそこを町の出口ではなく、行き止まりであると認識しているために町から出られなくなっていると言うのだ。
「つまりこの事件を引き起こした犯人は、相手の認識を操作する能力を持つ者という可能性が高いな」
そして“アルルカン”は、すぐにそう言う発言をする。
と言うことは、やはり “道化師”の中に犯人がいると言うことになる。
何故なら、そのような特殊な力を使える人間は“人外”か“道化師”だけだからである。
今回は“人外”の仕業であるとは考えにくい。
この町の近くに既に“メテオ”がいた。
“人外”は自分のテリトリーを侵されることを最も嫌悪することであるとしている。そのため、“人外”同士は互いのテリトリーを侵さないことを暗黙の了解にしていると聞いたことがある。
「そこでだ。私達が間違った認識をしないためには、あそこを出口であると考えなければいい」
言うのは簡単だが、それはかなり難しいことである。
俺達の頭の中では、この町の出口イコール行き止まりと言う方程式が成り立ってしまっているのだ。つまり、門をくぐる時は、完全に頭から出口の存在を消し去らねばならないと言うことである。
「と言うことは、目を閉じてくぐるのが最も効果的ということかな?」
俺はふと思ったことを口にした。
目を閉じれば、視覚を失う代わりに物事を認識し辛くなる。認識が重要になる今回、この行為はかなり効果的であると考えられる。
「確かに目を閉じてくぐるのは効果的な手段と言える。しかし、一瞬でも出口のことを考えてしまったらアウトと言うことだ。まず私が最初にやってみる」
“アルルカン”はそう言うと、顔を下に向けながら目を閉じて歩き出した。
いきなり出口の前でことを起こすのは賢い判断とは言えない。出口の近くでそう言うことをする以上、どうしても出口を意識してしまうからである。
しかし問題は彼の歩き方である。 どうやら彼は骨盤が歪んでいるらしく、少しずつだが進む方向が右に傾き始めている。
それだけ歩くことに集中していることはよく分かるが、あのままではぶつかってしまう。
声をかけたいところであるが、そんなことをすれば間違いなく出口を思い出す。
歯がゆいと言うのはまさにこのことである。
しばらくして、彼は門の近くまで来た。
彼の仮説が正しければ、そのまま彼は向こう側にいけるはずなのである。
俺は固唾を呑んで見守る。
彼はそのまま、門を通り抜けた。
なんと、彼は門を通ることに成功したのである! 彼の仮説は正しかったのだ。
彼はそのまま門の外にある木にぶち当たり、ようやく歩くことをやめた。
俺もそれに習おうとして一歩踏み出そうとした瞬間、体中に悪寒が走った。
何だ……? 何が起こった……?
俺は辺りを見回すが、何もない。だが凄く嫌な予感がするのは確かである。
ふと前を見ると、“アルルカン”が門の外で厭らしい笑みを浮かべていた。
それを見た俺の頭の中に、できれば浮かんでほしくない疑問が浮かんできた。
あの人は、動物に擬態できる能力を持っていると言っていた。
それならば、彼は鳥類にも擬態できるはずである。鳥類に擬態すれば、堤防を越えていくことも可能なはずである。
それなのに、何故わざわざあんな面倒くさいことをするのか?
考えられる理由はひとつしかない。彼の能力が偽物ならば、全てつじつまがあうのだ。
つまり俺は――――奴にはめられたと言うことだ!
「ようやく気づいたようだね。お馬鹿さん」
奴は向こう側でニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべながらこちらをじっと見ている。
くそ! 完全にあいつのペースに乗せられてしまっていた。
「お前がこの事件の犯人だったのか!」
と俺はお決まりの文句を言うが、彼はその言葉を聞いた途端に不思議そうな顔をした。
「ん? 違うよ。私は別の目的で君をそこに閉じ込めたのさ」
「別の目的だと?」
「そう。君はこれから私がしようとすることの邪魔になりそうだから、しばらくそこでおとなしくしていて欲しいんだ」
俺は酷く驚いた。
一体奴は何をしようとしているのだろうか?
「まぁ何だ。取りあえずここから出れるようにがんばってくれ。それじゃな!」
奴はそう言うと俺を置いてそのまま町から去ってしまった。
何故だ? 一体どう言うことなんだ?
俺の頭には謎だけが残った。
奴は確かにいきなり現れた変な奴だったが、何度も俺達の言い争いを止めたりとかなり献身的にしてくれていたはずなのだ。
それなのに俺を裏切ると言うのは完全に誤算であった。
誤算であっても奴は俺を裏切ったに変わりはない。これでは先ほどの仮説も怪しくなってくる。
くそ! くそ! くそ! くそ!
何故だ! こんなはずじゃなかった!
俺はあの女が俺をまるで犯人みたいに言うから、あいつについてきただけなのだ!
その結果がこれか……。俺はもう駄目だな……。
ヴゥーン! ヴゥーン!
突如携帯のバイブ音が鳴り出した。見れば、地面に携帯が落ちている。
確かあれは――あいつの携帯だ!
確かこの町の電話は繋がらなくなっているはずなのだ。それなのに電話が鳴ると言うのはどう言う――と一瞬だけ思ったが、深いことは考えずにそのまま携帯を取った。
「もしもし……?」
「私だ」
俺が電話にでると、間髪いれずにあの男の声が返ってきた。
「お前! 一体どう言うつもりだ!」
俺は携帯を握り締め、噛み付かんばかりの勢いで相手に怒声を飛ばした。
「悪いな。そこのメンツに見られている可能性があるのでな。“道化”をさせてもらった」
「メンツって何のことだ?」
メンツ? バイトか何かでもやるのか?
「気づかないか? そこにいる奴ら全員“気狂い人形”だ」
何! そんな馬鹿な!
しかし、彼らはフラフラと死人のように歩いている。確かにあの動きは“気狂い人形”に見られる動きそのものだ。
と言うことはこいつらは“パンチネロ”が操っていると言うことなのか?
「ついさっき、その町にある看板を見て思い出したんだが、その町は半年くらい前に廃墟となった町だ。震災が起こって崩落したんだ。崩落した町が田舎過ぎたせいか、あまり知られていないようだがな。それなのに、まだ人がいるといると言うのはおかしい。さっき目を閉じている間そのことをずっと考えていた。そして分かった――」
「何が……分かったんだ……?」
俺は渇いた喉を潤そうと、つばを飲み込む。
「これは俺達“道化師”を陥れるための策略だ。この町から電話をしてきたと言うのも“気狂い人形”の仕業だろう。あいつら自身、自分が人形であるか人間であるかの認識さえも曖昧になっているようだ」
「それじゃ犯人は一体――」
誰だと言うのだ? そんなことができる人間が俺達の中にいると言うのだろうか?
「とにかく事態は急を要する。君には“気狂い人形”の処理を頼む。その間に、私は決着をつける!」
“アルルカン”がそう言うなり、電話が切れてしまった。
どうやらあいつは自分で犯人を捕まえるつもりらしい。そこに俺がいるのは邪魔と言うことだったようだ。
「ったく、勝手すぎるだろ」
と呟いてはみたものの、俺ができることなど高が知れている。
「ではまあ、さっさとやりますか!」
そう言うなり、“気狂い人形”達は一斉にこちらを向いた。
ウケケケケと笑い出し、首が反転する。
「誰も見ていないから大丈夫だが、この数は俺でも対処しきれるかな……?」
俺は独り言を言うと、ポケットからナイフを取り出す。
こうして、俺と“気狂い人形”軍団との戦いの火蓋が切って落とされることとなった。