挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

本文

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

98/132

魔王復活 一

 ドラゴンシティに戻ってから数日が経過した。

 我々が実親を巻き込んでエステルちゃんの処女性に一喜一憂している最中、世間では魔王を巡り大きく動きがあったようだ。より具体的に言えば、田中男爵が聖女様と喧嘩をしたせいで、大聖国がグローバルにペニー帝国をディスり始めていた。

 曰く、国際協調の足並みを崩す悪しき国家。

 西の勇者様も裏切りの勇者と名前を変えて、東西の勇者連合は完全に分断。歴代の勇者様方がそうであったように、現在では東の勇者様の一人体制。西の勇者様は逆賊扱いとなり、大聖国内では指名手配すら受けているという。

 僅か数日の出来事ながら、国を跨いで個人の悪口が伝わってしまう。凡そファンタジーらしくない情報の伝達速度ではなかろうか。それもこれも魔道通信とやらの成せる技だろう。おかげで完全に後手へと周った形だろうか。

 聖女様ってば相当に動きが早い。

 結果、醤油顔は我らが陛下からお呼び出しを喰らってしまった次第。

 ちなみにエステルちゃんはまだ眠ったままだ。

 ショタチンポ曰く、数日ほど休眠状態が続くらしい。

「すみませんが、しばらく街を留守にします」

 ソフィアちゃんを始めとして、ゴンちゃん、ノイマン氏、更に縦ロールやキモロンゲと、ドラゴンシティの運営に関わって下さっている面々にご連絡をする。場所は例によって執務室だ。この手の挨拶はちゃんとしておかないと行けないと反省した次第。

 ロリゴンの姿が見えないのが気になるが、まあ、ヤツは自由だからな。

「首都に用事ができたので、数日ばかり出掛けて参ります」

 今回は状況が状況だ。

 下手をしたら留守中に国内外から袋叩きに遭いかねない。

 もちろん、人外グループが出張ってくれれば、そう滅多なことではどうこうすることもないと思う。しかしながら、いつぞや学園寮で発生したエステルちゃん襲撃事件を思い起こせば、備えるに越したことはない。

「今後はこちらの街も風当たりが強くなると思われます。ドリスさんにお願いして、プッシー共和国側に亡命ルートを確保して頂いたので、今後の行き先に不安がある方は、私か彼女にご相談下さい」

 チラリ、ソファーに腰掛けた彼女へ視線をやる。

 応じて部屋に響いたのはおほほサウンド。

「おぉおおおおっほほほほほ、ここから逃げ出したいなんていうおバカさんは、さっさと手を上げなさぁい! 我らがプッシー共和国であれば、当面の生活は保証してあげないこともないわよぉ?」

「あまり煽らないで下さいよ。手を上げにくくなるじゃないですか」

 相変わらず緊張感のない娘さんである。

「だってそうじゃなぁい? ここより安全な場所が、他にあるのかしらぁ? わたくし、絶対に出て行きませんわよぉ? 追い出してもしがみつきますわよぉ? 捕虜の面倒はちゃんと最後まで見て欲しいわぁっ」

「……好きにして下さい」

 まあ、それならそれで良いけどさ。

 キモロンゲも戦力として数えられるのはありがたいし。

「その嬢ちゃんの言うとおりだ。俺たちのことは心配いらねぇよ。もちろん、街のことも任せてくれ。アンタはさっさと首都へ行って、面倒を片付けてくればいいさ。ここの風呂が恋しくならないうちにな?」

「ありがとうございます」

 相変わらず頼もしいぜ、ゴンちゃん。

 いちいち台詞が格好良いんだよ。

「タナカ、私も一緒にゆこう」

「良いのですか? ノイマンさん」

「貴様だけでは宮中で面倒があったとき、動きにくかろう」

「……そうですね」

 彼のご指摘は尤もだ。貴族の位を得て直後より、街作りに躍起となっていた手前、宮中での事務手続きなど、貴族としての知識がまるで足りていない。優秀な役人であるノイマン氏が一緒であれば、これほど力強いことはない。

「お手数ですが、ご厚意に甘えさせていただいても良いですか?」

「うむ、任せておけ」

「ありがとうございます」

 ノイマン氏がパーティーメンバーになった。

 今回は男二人旅かな。

 たまにはそういうのも、良いかもしれない。ここ最近は迷惑かけっぱなしだし、いつぞや紛争の折、トリクリスの酒場でそうしたように、お酒の席で愚痴とか聞いて上げたりとか、必要なんじゃなかろうか、なんて。

 よし、それでいこう。

 首都に妻子残して来ているとの話だし、色々と思うところもあるだろう。

「この街のことは私に任せておくと良い。なんたって、さ、最強だからなっ」

「ありがとうございます、エディタさん」

 ここ最近、先生の最強アピールが激しい。

 一度、完膚なきまでに負かして、涙目にしてみたいものだ。

 先生はレイプでも逆レイプでも美味しく頂けそうな感じが最高だと思います。



◇◆◇



 出発前にお風呂に入ることとした。

 足を運んだ先はドラゴンシティに数多あるお風呂の中でも、一際心地が良いと評判の人妻温泉である。バカンスへ出発する直前、同所に浸かり毛根の復活した事実が、未だにハゲの意識を掴んで離さない。

 もう一回くらい浸かったら、今度はちゃんと芽吹いてくれるのではなかろうか。

 そうした切なる想いと共に訪れた次第である。

「……やっぱり生えるな」

 お風呂に浸かってしばらく、著しい改善を見せた頭髪を指先に感じる。

 丈こそ短いが、それは間違いなく発毛の兆し。

「…………」

 これはあれだな。

 回数が必要なのかもしれない。

 育毛剤の類は往々にして、続けて実感とか、よく宣伝されてるものな。そのキャッチフレーズが販促以外の何モノでもないと、頭では理解していても、繰り返し手にとってしまうのがハゲの悲しい習性である。

「……ボトルに詰めて持ってくか」

 それが良い。そうしよう。

 年寄り臭いけれど、背に腹は代えられない。

 決めたところで湯船から上がり、適当な容器を探し始める。ここ北区、いわゆるお貴族様向けのお風呂には、ゴンちゃんの部隊がガラス瓶でボディーソープ的なのを用意していた。これを一つばかり頂戴して、醤油顔の育毛剤スペシャルにしよう。

 そうした最中のこと、不意に出入り口の側から人の気配が。

「あ! オッサンっ!」

 ショタチンポだ。

 ショタチンポとエンカウントしてしまった。

 オッサン呼ばわりは、いい加減に止めて欲しい。

 オッサンだけどさ。

「……珍しい場所で会いましたね」

 浴室という状況も手伝い、当然のようにお互い全裸である。それでも公共浴場を意識してだろうか、湯船に浸かる醤油顔とは異なり、出入り口に立つ彼は腰にタオルなど巻いている。なかなかエチケットがなっているじゃないか。

 おかげで傍から見たら完全に女だ。

 未だ十代前半という年頃も手伝い、幼い体つきは身体の形から性差を表さない。一方で中性的な顔立ちと、お風呂仕様のツインテールが一方的に女性らしさを主張してくれる。結果的に腰の一物が隠れた時点で、完全に美少女しちゃっている。

 ただ、傍目に眺めていると、段々とタオルが盛り上がってくるの勘弁。

 マジモンだよこの子。

「い、一緒に入ってもいいか?」

「ええまあ、別に断る必要もないかと」

 視線を感じる。

 主に下半身に視線を感じる。

 めっちゃチラチラ見てやがる。

 致し方なし、こちらも湯船に移動して守りに入る。ガラス瓶をパクるシーンを見られても、それはそれで体裁が悪いからな。少しばかり長湯をして、ヤツが出て行くのを待ってから犯行に及ぶべきだろう。

「それじゃあ……」

 結果的にだだっ広い湯船で、ショタチンポを肩を並べる羽目となった。

 手を伸ばせば触れ合える距離というヤツだ。

「これだけ広いのですから、もう少し距離を取っても良いのでは?」

「あまり離れると、は、話し声とか聞こえにくいじゃんかよっ!」

「他に人も居ませんし、流石にそれはないかと……」

「あ、っていうかっ! オッサン、ここのお湯って凄く気持ち良いなっ!」

「ええまあ、そうですね」

 くそう、話を無理矢理逸らしてくれて。

 ただまあ、自分も似たようなことをソフィアちゃんやゾフィーちゃんにしているので、あまり強くは言えないよな。むしろ、相手がキモいオッサンである分だけ、彼女たちが日々受けているダメージは計り知れない。

「ここのお湯は大したものですよ。頭髪まで生えてくるのですから」

「え? なんだって?」

「頭髪です。髪の毛。落ち着いたら研究してみようと思うのですが……」

 自らの薄いところを指先に指し示して語る。

 こんななりをして、学園都市では類まれなる知性を示したショタチンポである。今のうちに事情を説明しておけば、自ずと動いて何かしら成果を見せてくれるかもしれない。その興味の範疇にここの風呂の湯が入ってくれたのなら万々歳だ。

 ハゲるか、しゃぶるか。

 仮に後者が一度の不名誉で済むならば、恐らく大半の男は、割と本気で悩む生き物だ。

「…………」

「どうですか? 不思議ですよね」

 適当に語ってみせたところ、ショタチンポの視線が醤油顔の頭部と湯船の間で行ったり来たり。表情もそれまでの浮ついたものから、幾らばかりか真剣味を増して、なにやら悩む素振りを見せる。

 かと思えば、ざぱぁと急に湯船から立ち上がった。

 一寸先はパオーン。

「……どうしました?」

「ちょっと確認したいことがあるから、わ、悪いけど少し見ててくれよっ」

 嫌だよ。

 お断りだよ。

 どうしてパオーンしているんだよ。

 でも、顔が真剣だったので、素直に頷いておく。

「それは構いませんが……」

 なんだろう。

 醤油顔の眺める先、湯船より出たショタチンポは、その脇にしゃがみ込むと、自らの腕を爪に引っ掻いた。随分と力を入れたようで、皮膚がすっぱりと切れる。応じて、赤いものがジクジクと滲んでは、肌を伝い指先へ流れ行く。

「いきなり何のつもりですか?」

「オッサン、この引っかき傷をよーく見ててくれよ」

 殊更に真面目な顔で言われてしまった。

 仕方なく黙る。

 言われたとおり、ショタチンポの腕に注目だ。

 すると彼は、おもむろに湯船の湯を手の平に掬い、腕に作った裂傷にパシャリと掛けた。表面に滲んだ血液が流水に流されて、患部が綺麗になる。表皮を伝った血液は流れて、指先を伝い足元へ。

 当然、固まりきらない傷口からは、新たに血液がにじみ出る――。

「なっ……」

「やっぱりだ」

 筈だった。

 照明に乏しい、お風呂場の薄暗がりの下であっても、確かに判断できる。

 ショタチンポの腕に生まれた怪我が、ゆっくりと治ってゆく。

 裂けた皮膚が段々と塞がってゆく様子は、自らの回復魔法と比較して、いささか緩慢ではある。しかし、それでも数分ばかりを眺めていれば、傷跡は完全に見えなくなった。綺麗さっぱりだ。

「……オッサン、これ、ライフポーションだ」

「な、なるほど……」

 なんてこった、育毛剤じゃないのかよ。



◇◆◇



 ショタチンポからご指摘を受けて急遽、同所で会議が行われる運びとなった。

 参加者は発見者である彼と自分の他、魔道貴族、エディタ先生、それにゴンちゃんといった面々だ。ドラゴンシティきっての有識者である二名の意見は外せない。ゴンちゃんに関しては、同所の管理と保全を任せていた都合、色々と事情聴取をさせて頂きたくご招待。

 当然、全員が全員、衣服を着用の上である。

 エディタ先生だけ全裸が良かった。

 集まって早々、今度は自らの腕を用いて、先程の実験の再現を行った。ショタチンポの腕でなくとも、風呂のお湯は反応を見せた。浅く爪で割いた皮膚が、お湯に反応して段々と癒えていく様子を皆々で確認した。

 これを受けて、いの一番に反応したのは魔道貴族だ。

「なんという発見だ。これは素晴らしい!」

 湯船を見つめる瞳がキラキラと輝いている。

 想像した通りの反応をしてくれて、なんかちょっと嬉しいぞ。

 続くようにエディタ先生からもご質問が。

「これは、ど、どういった作用で治癒が行われているのだ?」

「実はそれが分からないので、皆さんに来ていただいたのです」

 やたら気持ちが良いとは思っていたけれど、まさか怪我まで治してくれるとは思わなかった。他のお風呂ではそのような声は上がっていないし、恐らくこちらのお風呂だけに現れた現象なのだろう。

 もともと人妻さんの殺害現場でもあり、幽霊騒動の出元でもあった同所だから、好んで入浴する者は少なかった。ハゲに効果があると知ってからは、ゴンちゃんに湯船の保全をお願いしていたくらいだし。

「風呂の湯を取っておけなんて、また妙なことを言うと思ったが、なるほど、こういった理由があった訳だ。てっきり俺はタナカの旦那が、けったいな遊びに走っているのかと、色々と勘ぐっちまったぜ。すまねぇ」

「その点に関してはコメントを控えさせて頂きますが……」

 流石にそこまでレベル高くないだろ。

 自分はフレッシュなうちにゴクゴクするタイプのプレイヤーだ。

「しかし、そうなると調査から進めなければならんなっ!」

 ワクワクを隠そうともせず、魔道貴族が語る。

「そうですね。しかしながら、私は急ぎで首都カリスまで向かわねばなりません。ですので、代わりにファーレンさんかエディタさん、或いはお二人に調査をお願いできないかと、こうして集まって頂いたしだ……」

「よし分かったっ! その任、この魔道貴族が見事果たしてみせよう!」

「あ、おい、ずるいぞっ!? わ、私も手伝おうじゃないかっ!」

「では、お二人に対応して頂くということで」

 速攻で決まった。

 ありがたい限りだ。

「治癒の進行を鑑みるに、程度としては初等程度の回復魔法だろうか。いやしかし、程度はどうあれ、術者を介さずに発動する点は素晴らしい。ライフポーションと称しても差し支えない粋にあるだろう」

「ま、まずは現場の保全と、前後関係の洗い出しからだなっ!」

 早速、ああだこうだと言い合い始める魔導貴族と金髪ロリムチムチ先生。

 この調子であれば、近い将来、良い結果が得られるかも知れない。

「なぁ、ところで、ひ、一つ訪ねたいんだけど……」

「なんですか? アーシュさん」

「い、飲精の衝動を我慢してサキュバスになったら、本当の女になれるかな?」

「……それは止めたほうがいいと思いますよ」

 なったらなったで、こっちが非常に複雑な気分だろ。

 ショタチンポが妙なことを為出かさないうちに、さっさと出発するとしよう。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 タナカさんが首都カリスに向かい、街を出発されました。

 ノイマンさんもご一緒です。

 これをお見送り致しましたところで、私は脇目もふらずに自室まで戻ってまいりました。それはもう一直線に早足で、最後の方など駆け足で、戻ってまいりました。

 部屋には自分以外、誰の姿もございません。

「…………」

 ドアに鍵は掛けました。

 大丈夫です。

 これで誰も部屋には入ってこられません。

「……ふふ」

 窓はカーテンを閉めました。外から中の様子を覗き見られることもないでしょう。陽光を遮られたお部屋は、それと比較して幾らか輝きに乏しい室内灯に照らされて、日中だというのに随分と怪しげな雰囲気を醸して感じられます。

 なかなか良いではありませんか。

 自然と笑みが浮かんでしまいます。

「ふふふふ」

 やはり、お楽しみはこうでなければいけませんね。

 自然と身体も踊り出します。

 軽いステップと共に、お部屋の窓際に設えられたテーブルの下へ。

 おもむろに私はメイド服の胸ポケットに手を。

 そこには念願の――。

「……あれ」

 おかしいですね。

 本来であれば指先に与えられるだろう感触が、何故なのかございません。ここに紙の包が収まっていたのですが、どうしたことでしょう。

 決して誰にも見つけられないよう、後生大事に持ち歩いていたのです。毎日、なにかと上から撫でては楽しんでおりましたのに。

 どうしてでしょう。

 焦りから全身をまさぐりります。

「…………」

 しかしながら、幸せのお粉の入った包み紙が、みつかりません。

 これは大変ですよ。

「……そんな」

 せっかく、せっかく持って帰ってきたのに。

 こんなの酷いじゃないですか。

 牢屋に入れられたり、足を切られたり、色々とありましたが、本日まで耐えることができました。それもこれも、胸の内に収まったお粉があったからです。お粉がメイドの心を支えてくれておりました。

 なのに。

「も、もう少し、ちゃんと探してみましょう」

 タナカさんとお話する前までは持っておりました。

 ナデナデして、ワクワクしておりました。

 間違いありません。

 つまり、どこかで落とした可能性が非常に高いです。

「……多分、部屋の外ですね」

 万が一にも、私のテリトリーで他の方に発見されては大変です。

 この手のお粉は、大抵の場合で所持厳禁だったりします。

 最悪のケースを考えて、ここは慎重に行動しなければなりません。

 早く、早く見つけませんと。



◇◆◇



 ドラゴンシティを発って数時間、首都カリスに到着した。

 道中は当然のように飛行魔法である。これまでに幾度となく利用してきたおかげで、人一人くらいであれば、触れることなく容易に運ぶことが可能なのだ。お陰で空を行くに差し当たり、ノイマン氏をお姫様抱っこという、絶望的な状況は避けられた。

 辿り着いた先は首都カリスの賑やかなところ。

「随分と久しぶりに戻ってきた気がします」

「それは私の台詞だろう?」

「すみません、確かにその通りですね。失念しておりました」

「まったく貴様というヤツは……」

 ノイマン氏と二人で並び、軽口など叩き合いながら大通りを歩む。

 醤油顔が数日ぶりであるのに対して、彼は数週間ぶりである。

 しかも妻子と持ち家をこちらに残してとのこと。紛争騒ぎ以前から、トリクリスに左遷となっていた手前、まとまった期間を首都で過ごしたのは、かれこれ数ヶ月以上前といったところだろうか。

 訴えるところは尤もである。

「今日のところはご家族と過ごして下さい。私は学園の寮に戻ります」

「……いいのか?」

「むしろこれまで、ご迷惑ばかり申し訳ありませんでした」

「…………」

 これで根が真面目な男だから、働いてくれと言えば、きっと働いてしまう。だからこそ、今日くらいはゆっくりして頂きたい。以前、彼が上司であった頃に頂戴した無茶振りも、今ならその真面目な気質が所以であると理解できる。

「それでは、私はこれで……」

「ちょっと待て」

「なにか?」

「……私の家に、来るか?」

「え?」

「以前、貴様は私を上司だからと、酒の席に誘ってみせたな」

「ええまぁ……」

「上司を自宅に招き、家族に紹介することもまた、それと同じではなかろうか?」

「……なるほど」

 もしかしたら、醤油顔は想像した以上に、彼と交友を深められていたのかもしれない。だとすれば、これほど嬉しいことはないと思う。年甲斐もなくポカポカと、胸が熱くなるのを感じたぞ。

「どうだ? こう言っては何だが、妻の作った食事は絶品だ」

「そういうことであれば、お邪魔させて頂いてもよろしいですか?」

「うむ、着いてくるといい。こっちだ」

「ありがとうございます」

 なんだろう。いいね、こういうの。

 とても悪くない気がするよ。

「だがしかし、間違っても惚れるなよ? 私の嫁なのだからな」

「承知しておりますよ」

 人妻は全クリ後の隠しダンジョンである。

 たった二文字で処女膜の有無が判断できるのだから、これほど優れた肩書はない。



◇◆◇



 結論から言うと、ノイマン氏からの提案は、地獄への片道切符であった。

 首都カリスの住宅街、その一角に設けられたノイマン家にお邪魔した。勝手知ったる自宅とあって、彼は意気揚々と玄関から屋内へ。ノックもなく、また、ドアに鍵もかかっていなかった為、スタスタと進んでいった。

 結果として我々は目撃してしまう。

「っ……」

「……ニーナ」

 今まさにリビングへ至った我々の目前、広がる光景は完全に想定外。

 そこには半裸の男女の姿があった。

「あ、あなたっ!? どうして、こ、こ、こっちに……」

 床に座り込んだ下着姿の女性が、ノイマン氏を目の当たりとして口を開いた。その表情は酷く驚いた様子であって、驚愕に目を見開いている。また、彼女の正面にはパンツ一丁、やたら堂々とソファーに掛けて、ニヤニヤとノイマン氏を眺める男性の姿が。

「おう、久しぶりだな、ノイマン」

「ヨセフ……」

「どうだ? トリクリスでの暮らしは」

 経験のない童貞野郎でも判断がつく。

 これが不倫の迫力か。

 すげぇな。

 半端ないインパクトだわ。

 しかも相手の男性はノイマン氏は知り合いのようだ。もしかして職場の同僚とかだろうか。年の頃は彼と同じくらい。短く刈り込んだ茶色の髪に青い色の瞳が印象的なイケメンである。体付きはガッシリしたもので、ひょろ長いノイマン氏とは対照的だろうか。

 背丈こそ自分と大差ないところにあるが、綺麗に割れた腹筋など逞しい印象を与える。ただまあ、ゴンちゃんを筆頭として、黄昏の団のそれを日々眺めざるをえなかった我々としては、少し胸板が厚いな、くらいの感じ。連中のマッスルはヤバイ。

「…………」

「どうした? ノイマン。久しぶりに会ったのに挨拶もなしか?」

 部屋に一歩を踏み込んだところで、ノイマン氏は静止。奥さんと間男を目にしたまま、固く握った拳を小さく震わせている。しかしながら、表情はこれまでと変わらず、静かで、静かで、どこまでも静か。

 だからだろうか、彼を煽るよう、男は続ける。

「ニーナの具合、スゲェ良かったぜ?」

「ちょ、ちょっと……」

 そんな彼を窘めるように奥さんと思しき女性が声を掛ける。

 満更でもないような表情が、目前の不倫にリアリティをプラス。頬が上気していたり、肌に汗が雫と浮かんでいたりする。寝取られ好きには堪らないシチュエーションだ。個人的には寝取られるよりも寝取りたい派なので、自分が当事者だったら絶対に勘弁なんだけれど。

「…………」

 一方で、黙ったままのノイマン氏が恐ろしい。

 その視線は、目前の光景を避けるように足元へ。

「おいおい、元気がねぇな? ちゃんと飯食ってるか?」

 これを遠慮無く煽ってくれるのが間男である。

 どうするよ。

 ノイマン氏があまりにも静かだから、奥さんまでもが続けた。

「……そういう訳だから、貴方、あの、で、出て行って貰えない?」

「…………」

 隣の彼に有利を感じているのだろう。

 おかげで見ているこっちの胸が張り裂けそうだわ。悲しすぎる。流石にこれは切ないじゃないですか。ここ数週の付き合いから見えてきた、ノイマン氏の想いと苦労を知っているだけに強く感じる。

「ノ、ノイマンさん……」

 どうにか場を取り持とうと、その名を呼んでみた。

 すると、彼は小さく頷いて応じた。

「……ああ、そうするのが良さそうだな」

 違う。そうじゃないよ、ノイマン氏。

 ここは毅然として構えるシーンだと強く訴えたい。ドラゴンシティではゴンちゃんを筆頭として、黄昏の団の怖い顔一同とも対等に渡り合ってきたではないですか。出会って間もない頃の荒くれロリゴンとだってトークしてきたじゃないか。

「なんだよおい、張り合いがねぇなぁ。折角の機会だってのに」

「…………」

 ノイマン氏はどこまでも静かだ。

 一方でそんな彼をからかうよう、殊更に気を大きくするのが間男である。まるで家主さながらの態度である。パンツ一丁という姿格好のまま、大股開きでソファーに腰を落ち着けている。

「これが宮中で貴族からも一目置かれていた役人の姿か?」

「…………」

「あぁ? どうしたよ? ノイマン、随分と元気がねぇなぁ?」

 これはあれだな。

 上司の出番だ。

 正直、エディタ先生を攫われた時と同じくらい辛いって。

 いいや、困ったことに、男として共感できる分だけ、より辛いかも。

 我慢ができないぞ。

「他所のご家庭の事情に口を出すことには抵抗を覚えますが、それでも出さずに居られないほどに、貴方たちは酷い。ノイマンさんがどれだけ奥さんを愛して、ご家族を愛していらっしゃったのか、お二人はご存知ないのですか?」

 言っちゃたよ。

 首、突っ込んじゃったよ。

「誰だ? テメェは」

「彼と職場を共にしているタナカという者です」

「タナカ?」

 こちらの名前を耳として首を傾げる間男。

 ややあって、その名前に至った様子で笑みを深くした。

「あぁ、あの大聖国の聖女と喧嘩をして帰ってきたっていう、どうしようもない貴族かっ! 聖女様から陛下に直談判があったと、宮中で話題になってるぜ? お家の取り壊しも目前だろう。まだ出来てから一年も経っていないのにな」

「…………」

 マジか。

 タナカ男爵、終わってしまったか。

 ノイマン氏の足を全力で引っ張っている予感。

「本格的に終わっちまったな、ノイマンよ。家も嫁も、子供も、そして、辛うじて残っていた仕事も、これで全て終わりだ。ざまぁねぇな? 来月からは貧民街で、乞食の真似事でもするのが関の山か」

「…………」

 二人揃ってぐぅの音も出ない。

 どうしよう。

 本格的に申し訳ない気分になってきたぞ。

「申し訳ありません、ノイマンさん。私が不甲斐ないばかりに……」

「いや、良いんだ、タナカ。今の道を決めたのは、私自身……」

「ですが、このままでは終わらせません」

「……タナカ?」

 そこまで言われてしまったら、絶対になんとかしないと。

 このままでは引けない。

 ノイマン氏の人生が懸かっている。

「近い将来、必ずや貴方を返り咲かせてみせます」

「…………」

 ジッと見つめられる。

 ノイマン氏に。

 一方で笑い出すのが間男。

「おいおい、そんなことより自分の心配をしたらどうだ?」

 更に追い打ちを掛けるのがノイマン氏の妻だろうニーナさん。

 彼女はなにやら覚悟を決めた様子で、旦那へ口を開いた。

「あ、貴方が悪いのよ? 私、寂しかったのだから。しかも、子供もこれから大きくなるという時に、いきなり左遷されてしまうし。家のローンだってまだ先が長いのに、そんな体たらくでは、とてもではないけど、つ、付いて行けないわっ」

「だそうだぜ?」

「っ……」

 ノイマン氏の痛いところを的確に突いてくる。

 もしかしたら、紛争の折にトリクリスの酒場で伺った、彼を嫉妬心から嵌めたのだという同僚とは、この間男なのかもしれない。一向に崩れることのない余裕から、漠然とそんなふうに思った。

「ほら、理解したならさっさと出てけよ。ここは俺とニーナの家だからな」

 酷い横暴だ。

 持ち家とは男児の心だ。

 それを一方的に出て行けだなんて、あまりにも悲しい。

 しかし、今の醤油顔には、言い返す権利がない。彼の暴落の一端を担ったのは、間違いなくこの身である。ペニー帝国でのタナカ男爵としての立場より、エディタ先生の安全を優先した結果である。

 もちろん、その一点に関しては全く後悔していない。

 ただ、全てを諦めた訳でもない。

「……ノイマンさん」

 口を開いたところで、不意に玄関の方から足音が響いてきた。

 何事かと皆々の意識が廊下の側に向かう。

 すると、そこには何故か槍と鎧で武装した憲兵の姿が。

「平たい顔に黄色い肌! そこに見えるはタナカ男爵だなっ!?」「武器を捨てて、大人しくするんだ!」「魔法に優れるというが、万が一にも使用したならば、こちらも手段は選ばないぞっ!?」「大人しくお縄に付けっ!」

 名指しで平服を促された。

 今度はなんだよ。

「これはどういった騒ぎですか?」

「町民より通報があった! 貴様がタナカ男爵で間違いないな!?」

「ええ、そうですが、それがなにか?」

「貴様を捕らえるべく命令が出ている! 我々と共に来てもらおう」「抵抗するのであれば、貴族と言えども無事にはすみませんぞっ!」「そうだ! 素直に降伏して我々と共に来るのだっ!」「おいっ! へ、返事はどうしたっ!?」

 仮にも貴族を相手に、しかし、酷く一方的な言い方だ。

 つまり、相応のところから発せられた命令ということである。

 まさかこの場で暴れるなど、出来る筈がない。ノイマン氏まで巻き込んで大変なことになる。ご自宅にも被害が及ぶことだろう。自分一人だけならば、捕まったところでどうとでもなるし、ここは彼の社会性と安全と持ち家を優先するべきだろう。

「……わかりました」

 粛々と頷く。

 すると、彼らの視線は他の面々へ。

「他の者たちはどうする?」「面倒だな、まとめて連れてゆくか……」「命令はタナカ男爵の捕縛であった筈だが?」「いやしかし、関係者であるならば、ここで捕らえておくに越したことはないだろう」「確かに、それもそうだな……」

 何やら相談し始める兵たち。

 流石にそれは勘弁だ。

「私の隣に立つ男性はフィッツクラレンス公爵家の人間ですよ。それでも連れてゆくというのであれば、私は決して止めません。ですが、あなた方が無事に明日を迎えられるか否かは、お約束できなくなります」

「っ……だ、男爵だけ連れてゆくぞっ!」

 エステルちゃんの実家を引き合いに出したところ、議論は早急に集結した。フィッツクラレンス家最強伝説。おかげでノイマン氏の身柄に関しては、無事に済ますことができそうだ。ついでに奥さんと間男も。

「お、大人しくしていろよ!?」

「承知しております」

 わらわらと集まってきた憲兵に囲まれる。

 あっという間に縄をかけられてしまった。

 そのまま背中を小突かれて、早々にご用である。

「…………」

 くそう。

 くやしいぜ。

 絶対にこのままじゃ、終わらせないのだからな。

 ノイマン氏、どうか待っていてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ