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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

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大聖国 十

 剣と魔法のファンタジーが一転して、昼ドラのようなお話へ。

 キモロンゲからもたらされた、エディタ先生と聖女様の過去を巡る問答は、思ったよりも人間味のある、ヒューマンドラマ然とした内容であった。もはや当初語って聞かされた聖女様からの昔話など、影も形も残っていないような。

「ゲロスさん、もう少し詳しくお願いします」

「詳しくも何も今語ったところが全てだ。貴様はあのエルフと行動を共にしていながら、そんなことも知らなかったのか? 私自身は遠巻きに眺めていた限りだが、あの者は当事者なのだぞ? 多少なりとも聞き及んでいて然るべきだろう」

「いいえ、全てが初耳です」

「……本当か?」

「ええ、本当ですよ」

「…………」

 少しばかり考える素振りを見せるキモロンゲ。

 数秒ばかりを溜めたところで、語りは継続された。

「先代の魔王さまと勇者は、出会って当初こそ憎み合っていた。だが、幾度と無く剣を交える過程で、段々と惹かれ合っていったそうだ。詳しい過程は知らん。だが、いつだか魔族に扮した勇者が、魔王さまの城に案内されたこともあった」

 キモロンゲの口からラブ話とか、心が落ち着かない。

 二の腕に鳥肌とか浮かんでしまう。

 しかも先代勇者さまってば、結構フリーダムだった予感。

「結果的に先代の魔王さまと先代の勇者は相思相愛の間柄となり、やがて、トップに立つ者同士の交流は、両陣営全体を巻き込んでの和平へと繋がった。長らく続く戦いには人に限らず、魔族とて疲弊していた」

「……なるほど」

「ただ、それを面白く思わない者は少なからずいたようだ。そこの娘はこれを利用して、策を立てたのだろう。先代の勇者を殺した。更に居合わせた仲間を殺した。寝こみを襲ったのだ。当然、先代の魔王さまは激怒された。大規模な戦闘となった」

「…………」

「後で確認したところ、人の国では聖女が勇者と仲間に代わり、魔王さまを討ったことになっていたがな。恐らく当時を知るものは全て、そこの娘に処分されたのだろう。私も一時期調べたが、真っ当な記録は一つも残っていなかった」

「それはまた、なんとも……」

「実際に激怒した魔王さまを討ったのは、単身これに挑んだ大魔導ヴァージンだ。私も戦闘に巻き込まれて死に体であった為、詳しいところは知らん。ただ、ヤツが強力な魔法を用いて、魔王さまを光の彼方へ追いやる光景は、未だ脳裏に焼き付いている」

「…………」

「貴様がヤツと共に行動する姿には、この私も流石に驚いたものだ。大魔導ヴァージンもまた当時、聖女の裏切りから負傷していた筈だ。にも関わらず、数多の上位魔族をなぎ払い、最後は魔王様をも打ち倒したのだ。正直、私は今でもヤツが恐ろしい」

 それは流石に誇張とか入ってるような気がするぞ。

 エディタ先生そんなに強くないし。っていうか、仲間に裏切られて尚も、逆境をものともせずに魔王ソロ攻略とか、幾らなんでも格好良すぎるだろ。それこそ最高に勇者じゃん。極めてブレイブハートだわ。

 もしかして人違いとかじゃないのか? 双子の姉とか、そういうの。

 いやでも待てよ、思い返してみれば、リゾート地では先生とのエンカウント以降、キモロンゲの姿が見えなかった。翌日、食事の席でも縦ロールが一人だった。しかし、まさか、そんな馬鹿な。

「故に貴様が贔屓する例のエルフ、大魔導ヴァージンの存命を知った聖女の娘が、これを殺そうとするのは当然のことだろう。過去の悪行が露見しては今の立場が危うい。しかしまあ、人の身にありながら随分と長いこと生きたものだ」

 ちらり、キモロンゲの視線が聖女様に向かった。

 一連の語りを耳として尚も、聖女様の態度は崩れない。

「……ふふふ、私はまだまだ生き足りません。当面は生き続けますよ」

 さもそれが当然だと言わんばかりの態度で主張してみせる。

 聖女様ヤバ過ぎるだろ。

 絶対に関わっちゃいけないタイプの女じゃんよ。

 西の勇者さまとか、完全に目が逝っちゃってる。可哀想に。

「私が知るエディタさんは、とてもではありませんが魔王を倒すほど強くはありません。そもそもエディタさんが、それほどの力を秘めているのであれば、聖女さまに拿捕されることなど、あり得ないのでは?」

「そこまでは私も知らん。本人に尋ねればいい」

「そうですか……」

 少なからずエディタ先生の心を読んでいるだろうゴッゴルちゃんにお問い合わせすれば、十中八九で確かな答えは得られると思う。しかし、流石にそれは反則技である。先生からの信頼とか、完全に失われてしまうもの。

「エヴァンゲロス、貴方の説明には一点の誤りがあります」

「なんだと?」

「ヴァージンは魔王を転生させてはいません」

「……どういうことだ?」

「あのエルフはあなた方が話していた魔王の転生に関して、少なからず気づいていたのでしょう。故に打倒するに限らず、その肉体を滅ぼした上で、何処へとも転生する直前、このペンダントに転生体を封印したのです。再び魔王がこの世に現れないようにと」

 首から下げたそれを手に取り語る聖女様。

「待て! 封印というのは、先ほど貴様が語っていた転生体の……」

「もしも貴様に一欠片ほどの良心があるのなら、二度とこのような悲劇が起こらないよう、どうかこのペンダントを守って欲しい、とかなんとか言っていましたね。何かしら使える日が来るかと考えて持っていたのですが、これは想像以上の成果です」

「……そこに魔王さまが」

 ペンダントのこと素直に教えちゃって大丈夫なんですかね。

 さっきは素知らぬ顔ではぐらかしていたのに。

「大魔導ヴァージン、いいえ、今はエディタと名乗っているのでしたね。あのエルフが弱っているのは、魔王を封じる為に自らの魔力を費やしたからでしょう。未だ生き延びていたのには驚きましたが、まあ、魔王の転生体の前には無力ですね」

「そいつを寄越せっ!」

 笑みを浮かべる聖女様に対して、声も大きく吠えるキモロンゲ。

 両者の在り方は対照的だ。

 ステータス的には後者の方が遥かに立派なのだが。

「まさか渡すと思いますか?」

「貴様こそ、無事にこの場を生き長らえることができると考えているのか? 長いこと生きて自信を得たのかもしれんが、私もまた同じだけの時を生きている。ならばニンゲン如きが魔族に敵う筈もない」

「仰るとおり魔族である貴方に私の力は通じないでしょう。しかし、大聖国の聖女に乱暴を働いたとなると、他の面々はどうなるかしれませんよ? 例えば今、貴方の傍らに立つプッシー共和国の貴族など、どうでしょうか?」

 チラリ、縦ロールに視線をやっては語る聖女様。

「私の働きかけがあれば、その娘の家をどうこうするなど容易いのです」

「貴様っ……」

 一連の発言を受けてはキモロンゲの表情も険しくなる。自らの本懐を目の前に眺めて尚、それでも縦ロールを優先するあたり、もはや魔族として致命的なまでに調教されてしまっているのではなかろうか。

 困ったことに聖女様のほうが、キモロンゲと比較して遥かに悪役っぽい。

「理解したのであれば、さっさと何処へとも消えて下さい」

 場は決したとばかり、聖女様が我々一同を眺めては語る。

 酷く冷めた表情だ。

 婚活パーティーでブサメンにトークを申し込まれた女性のそれを思い起こす。既に意識は他へと移ってしまった後なのだろう。彼女の脳裏を占めているのは、転生した魔王さまの育成計画と思われる。

 さてどうしたものか、考えていたところ、一際大きく声が響いた。

「いいえ、消えることなどないわよぉっ!」

 たじろぐキモロンゲの傍ら、縦ロールが一歩前へ。

 腕など組みつつ、威風堂々と言い放つ。

「ご主人?」

「ゲロス、そのペンダントを奪いなさぁい!」

「し、しかし、それではご主人の家が……」

「今までの話を聞く限り、わたくしがその魔王とやらを手に入れれば、問題は万事解決だわぁっ! 貴方は魔王と共に過ごすことができて幸せ。わたくしは大聖国を手に入れて幸せ。とても素敵な未来じゃないのぉ」

「良いのですか? プッシー共和国での貴方の立場など、私の発言如何によっては容易に失われるものなのですよ。それだけではありません。貴方の家はおろか、プッシー共和国そのものの扱いが変わるのです」

「そうねぇ? たしかにそういう未来もあるかもしれないわねぇ」

「……貴方は馬鹿ですか?」

「でも、今ここにいる大聖国の関係者は、貴方だけなのよぉ?」

「っ……」

 ニィと厭らしい笑みを浮かべて語る縦ロール。

 自然と思い起こされたのは、いつぞや紛争の折、出会って間もない頃の彼女である。ここ最近は馬鹿っぽい姿ばかり目の当たりとしていたので、自ずと頭から離れていた。これでなかなか、思い切りの良いお嬢さまであることを。

 伊達に自分も首などスッパ切られていない。

「流石はご主人」

「ゲロス、やってしまいなさぁいっ!」

「承知っ!」

 ご主人様の指示に従い、マゾ奴隷が動いた。

 足元に魔法陣が浮かび上がる。

 次の瞬間には、縦ロールの傍らにあった肉体が、聖女様の傍らまで移動している。相変わらず良いコンビネーションだ。こういうのを阿吽の呼吸というのだろう。見ていて気持ちの良いやり取りだろう。

「んぎっ……」

 キモロンゲの手が聖女様に伸びる。

 真正面から首を掴み、その身体をグッと天井に向けて掲げる形だ。

「この薄暗く陰湿な牢が貴様の最後の場所だ、聖女の娘」

「や、やめっ……くるしっ……」

 ジタバタと足を激しくバタつかせ始める。

 両手は首を掴んだ相手の指を引き剥がそうと動くが、両者のステータス差は絶対的である。まるで万力にでも固定されたよう、キモロンゲの手は動かない。逆にギリギリと肉にめり込んでゆくばかり。

 白く美しい顔が瞬く間に真っ赤となってゆく。

「わ、わかりました、あげます、あげますからっ……」

「…………」

「だから、ゆるして、こ、こ、ころさないでっ……」

 これまでの強気な態度は何処へとも消えて、自らの胸元、ペンダントをその手に掴み、キモロンゲへと差し出すよう掲げる聖女さま。これまでの悪役っぷりから一変、清々しいまでの命乞いである。

 随分と簡単に態度が変わってしまった。

「……ご主人?」

 キモロンゲが主人の側を振り返る。

「そうねぇ?」

 対して、考える素振りを見せる縦ロール。

 彼女は少しばかりを悩んだところで答えた。

「今後ともわたくしやこの者たちに迷惑を掛けないと約束するのであれば、命だけは勘弁してあげてもよいですわよぉ? でも、約束を破ったりしたら、すぐにゲロスが飛んでいって、貴方のことを殺すわぁ」

「……わ、わかりました。だから、た、たす、助けて……」

「ふふ、ふふふふふ、とても良い気分だわぁ!」

 苦痛に歪む聖女様の顔を眺めてご満悦の金髪ロリ巨乳。

 ご主人様が頷くに応じて、キモロンゲの手が緩む。応じて、掲げられていた肉体がドサリと牢屋の床に落ちた。開放された聖女様はその場にへたり込んだまま、ゴホゴホと咳き込むのが精々といったところ。

 今までの威勢がまるで感じられない姿だ。

「寄越せ」

 そんな彼女の胸元から、キモロンゲがペンダントを奪い取る。

 力任せに引っ張り、首に下げられていた金属製の鎖を引き千切る形だ。留め金は容易にはじけ飛んで、輪っか容易に切れる。分断されたチェーンはじゃらりと床に落ちて、本体部分だけがヤツの手の内に残った。

 キモロンゲはそれを感慨深そうに眺めては呟く。

「まさか、このような場所にいらっしゃったとはな」

 場所が場所なだけに分からないでもない。

 そんな彼に聖女様が問いかける。

「も、もう、私はこれで……いいですか?」

 キモロンゲの機嫌を伺うよう、上目遣いだ。

 なんだろう。

 その姿はどうにも穏やかでない。

 不安から、自然と口が動く。

「それでは私からも一点確認です。何度も繰り返していますけれど、エディタさんの身柄に関しても、良いように取り成して頂けると考えてよろしいでしょうか?」

「分かりました。そのようにします……」

「……ありがとうございます」

 確認を頂戴したところで、けれど、落ち着かない。

 なんというか、ほら、あれだよ。

 畏服というより、媚。

 なによりこれまで垣間見せてきた慎重さを思い返すと、今の彼女の立ち振舞いには違和感を覚える。一連の話を鑑みれば、理にかなった命乞いである。自分らしさというやつを存分に演出して思える。

 ただ、童貞の心が訴えるのだ。

 目の前で撓垂れる女は危険だと。

「…………」

 歌舞伎町の塾で習ったことを思い出そう。

 そう、この手のプライドが高い女性は、下手に出た瞬間こそ危険なのだ。

 絶対に何かある。

 一国の代表まで上り詰めた手合とあれば殊更に。

 あれこれと考えたところで、ふと意識が向かった先はキモロンゲが手にするペンダント。黄金色に輝くそれは、随分と値の張る代物と思われる。中央には真っ赤な宝石が嵌められており、牢に僅かばかり灯った照明に照らされては鈍く輝いて思える。

「……なるほど」

 分かった、かもしれない。

 確証はない。ただ、確かめている猶予もない。

 ぶっつけ本番で切り出す。

「ところで聖女様、最後に一つよろしいですか?」

「……なんでしょうか? ま、まだ私に用件が?」

「実際のところ、先代魔王の転生体はどこに封印されているのでしょうか? 私としては右手の中指に嵌められている指輪か、左の手首に嵌められているブレスレットなどが怪しいと思うのですが。それとも自室へ大切に保管されているのですか?」

「っ……」

 伏し目がちであったセイントビッチの顔が驚愕に歪む。

 他者が疑問を唱えるには十分な反応だった。

 その反応を見るや否や、キモロンゲが吠えた。

「ど、どういうことだっ!?」

 同時に聖女様が動いた。

 つい先刻、ゴッゴルちゃんの正体を明かした際と同様だ。すっくと立ち上がり、我々に背を向けるよう踵を返す。全力で通路を奥の方に向かいかけてゆく。これ以上は、ごまかしも難しいと理解したのだろう。めっちゃ綺麗なフォームで全力疾走である。

 何気ない調子でペンダントを弄くり回していた下りから既に、この場を脱する為の布石は打たれていたのだろう。聖女様は現場の力関係を正しく理解していた。キモロンゲの登場と共に、彼女は今の流れを形作り、見事に我々を舞台へ導入してみせたのだ。

 危うく騙されるところだった。

 彼女もまたギリギリ一杯の状況で、我々と対していたのだ。

「待てっ!」

「っ……」

 声を上げることも忘れて、全力で駆ける聖女様。

 しかしながら、キモロンゲの魔法から逃れる手立てはない。

 次の瞬間には再びその首を掴まれる羽目となる。

「ぐっ、がはっ……」

「幾百年と無駄に過ごして、卑しさに磨きが掛かったのではないか?」

 忌々しげに自らの頭上、もがき苦しむ聖女様を睨み付ける。

 尖った犬歯も顕わに吠える様子は、本心から怒っているのだろう。

 これに醤油顔も相乗りさせて頂こう。

「繰り返しとなりますが、エディタさんの行方を教えて下さい。でなければ、魔王の転生体は我々でお預かりすることになるかと思います。こちらとしては、彼女さえ無事に戻るのであれば、他の一切合財に興味がございません」

 何度目になるとも知れないアナウンスをプレゼント。

 すると、対する彼女はといえば。

「他の誰かに与えるくらいなら、こ、この場でっ……」

 首を掴まれた姿勢のまま、その両腕を勢い良く動かす。

 自らの指に嵌められていた指輪をブレスレットに打ち付けた。カイィンと甲高い音が、他に音もない石造りの牢屋の隅から隅まで響き渡る。衝撃から指輪の台座が形を崩す。見事に砕け散った宝石が破片となり、パラパラと宙に舞う。

「なにっ!?」

 キモロンゲの顔がこわばる。

 これと時を同じくして、砕けた指輪より強烈な光が放たれた。

 目の前が真っ白となった。

 併せてズドン、大きな炸裂音が響く。

「ちょ、ちょっとぉ! 今度はなんなのぉっ!?」

 縦ロールの声が地下牢に響き渡った。

 直後に吹き出した爆風が、激しく衣服をはためかせる。髪の毛も同様。ただでさえ不安定な頭髪の育毛事情から、自然と両腕はこれを庇うよう頭部へ向かう。勘弁してほしい。時折、砕けた石壁の破片だろうか。石ころのようなものがコツコツと身体に当たる。

 他の面々もまたこれは同様であって、小さなうめき声が幾つか連なった。薄暗い地下牢に目が慣れていた点も大きいように思われる。当初より緊張に緊張を重ねていた西の勇者様など、もろに受けたらしく、藻掻く気配が数メートルを隔てても窺える。

「っ……」

 そして、これはゴッゴルちゃんもまた同様だ。珍しくも動揺する彼女の姿が、僅か開いた瞼の隙間から窺える。小さく漏れた呻き声と共に、その場でたたらを踏む姿が。誰も彼もが白に埋め尽くされた中で、果たして何か読むモノがあったのだろうか。

「…………」

 ややあって、輝きが収まりゆくのを瞼越しに感じる。

 どうやら爆発と発光は一過性のものであったらしい。

 恐る恐る瞳を開く。

 すると、そこに映った光景はと言えば――。

「……これはなんとまぁ」

 十数メートル先の地点、見事に抉られた地下牢があった。

 まるで爆薬でも炸裂したよう、牢屋の格子はひしゃげ、壁は崩れ、天井までも大きな穴を開けている。その先から差し込む陽光を鑑みるに、どうやら上に立っている屋敷さえも被害を被ったようだ。

 爆心地には倒れ伏すキモロンゲと聖女様の姿が見られる。

 どうやら爆発に巻き込まれたようだ。

 ピクリピクリと動く様子から、死んではいないと思われる。

 レベル三桁が一発撃沈とは、なかなかの威力であったよう。西の勇者さま辺りが巻き込まれていたら、まず間違いないく死んでいただろう。回復魔法も間に合わなかったのではなかろうか。

 ただ、肝心の魔王の転生体とやらが見当たらない。今に晒す聖女様の無様を鑑みれば、まさか伊達や酔狂の末とは思えない。聖女様の意志により開放された存在が、どこかしらに所在している筈である。

 兎にも角にも、爆発のあった地点に駆ける。

 この際、キモロンゲと聖女様の容体は据え置きだ。生きてさえいれば、回復魔法でどうとでもなる。むしろ抱えている背景が背景なだけあって、下手に元気を取り戻し、近くでやんちゃされた方が迷惑だ。

 せわしなく視線を巡らせ始めたところ、その響きは頭上から与えられた。

「……あぁ、ようやっと外に出られた」

 耳に覚えのない声だった。

 地下より見上げること十数メートル先、ぽっかりと空いた穴から空の青が窺える。そして、その中央に何者かの浮かぶ姿が確認できた。声はそちらから聞こえてきた。まさか無視することはできない。

 たぶん、魔王なのだろうな。

 自然と我が身は浮かび上がり、地下牢から空に向かい飛び立った。


◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 絶体絶命とは今のような状況を言うのでしょう。

 それは肉体的に命が危ういと同時、仮に助かったとしても、以後の社会生命は失われたも同然という、つまり、一切合切の希望を断つ、そんな絶対の絶命です。故に人は心を砕かれて、絶望というやつに飲まれてしまうのだと思います。

 今まさに飲まれゆく立場にあるからこそ、理解できます。

「うぅぅ……」

 あまりにも痛いです。

 足を飛ばされたのだから当然です。

 よく田中さんは、こんな痛いのに耐えて、ドラゴンさんと戦っていたものです。今更ながらに驚いてしまいます。同時に尊敬してしまいます。実家でも、お酒に酔った冒険者の方々が語っているのを耳とする機会は、幾度となくありました。

 それは例えば腕を切り飛ばされたとか、足を切り飛ばされたとか。耳とする都度、痛そうだとは思っても、口々に語られる武勇伝に実感を覚えることはありませんでした。所詮は他人事でありました。それが今まさに自らの身の上に訪れております。

「ぅっ……」

 痛いです。頭が狂ってしまいそうなほどに痛いのです。

 いっそ死んでしまいたいと思うほどに。

「ソフィアっ!」

 エルフさんが大慌てで、こちらに駆けていらっしゃいます。

 ですが、彼女が数歩を歩む間に、私の身体は東の勇者さまに拘束されてしまいました。腕を掴まれて、強引に身体を引き上げられます。更に首筋へ、剣の刃が突きつけられます。陽光を反射してギラギラと輝くそれは、とても良く切れそうです。

 もう駄目です。

 これは助かりませんよ。

 無理です。

 メイドの人生はここで終わってしまうのです。

「に、逃げて下さい……エルフさん……」

 足の痛みも手伝い、完全に心が挫けてしまいました。

 痛いの我慢できません。

 でも、死にたくないです。もっともっと生きていたいです。

「そこを動くな? もしも動いてみろ、このメイドの命はない」

「貴様っ……」

 東の勇者さまが語るに応じて、エルフさんの足が止まります。お屋敷の中庭で、槍が届かないほどの距離を隔て、互いに睨み合う形でしょうか。勇者様の傍らには他にパーティーメンバーの方々が並びます。

 戦況は五対一です。

 地下牢での狼狽から一変、余裕の見て取れる勇者様。対してエルフさんの顔には、嘗てない焦りが浮かんでいらっしゃいます。私なんかの為に必至になって下さるエルフさん、本当に良い方です。

「それが勇者を名乗る者の行いかっ!?」

「罪人に対する遠慮など持ち合わせていない」

「……まるで周りが見えていないようだな」

 段々と身体が冷えてきました。

 血液が一度にたくさん流れると寒さを感じると話に聞いたことがあります。寒さを感じてから、一晩以内に回復魔法を受けないと、半分の人は死んでしまうのだと、店で飲んでいた冒険者の方が語っていました。

 私、死んでしまうのですよね。

 このままだと、明日には生きていないのですよね。

 あぁ、怖いです。あまりも怖いです。

 死にたくないです。

「聖女様の手を煩わせることもない。この場で俺が始末してやる」

「くっ……」

 私のせいで、エルフさんが動けません。

 このままでは二人とも助かりません。

 絶体絶命です。

「死ねっ!」

 東の勇者様がエルフさんに向かい、剣を振りかぶりました。

 そうした瞬間の出来事です、不意に轟音が鳴り響きました。

 耳として直後、私は勇者様の魔法かと思いました。しかしながら、音と同時に吹き飛んだお屋敷の屋根を視界の隅に捉えて、それが誤りであると至りました。まるでファイアボールでも爆発したようです。

 エルフさんも、東の勇者さまも、勇者様のパーティーメンバーの方々も、音の聞こえてきた側へ、爆発のあった側へ意識を向けていらっしゃいます。振り上げられた勇者様の腕は、下ろす先を失って、そのままです。

「今度はなんだっ!?」

 東の勇者さまが声を荒げます。

 パーティーメンバーの方々も疑問を口々に。

 そうした只中、爆心地の側より飛来する何かがありました。淡い白の輝きが、狙い澄ましたように、エルフさんの下に向かって迫ります。それは目にも留まらぬ勢いで、彼女の胸を貫きました。

「あぁぁぁあぁああああああああっ!?」

「エ、エルフさんっ……」

 もしかして、他に誰かエルフさんを狙っていたのでしょうか。

 こんなのあんまりです。

 胸を打たれたエルフさんは、支えを失ったように、身体を崩されて――

「あぁぁぁ……あぁ、あぁぁ……あぁ……あ?」

「……エルフ……さん?」

「こ、これは……まさかっ……」

 しかし、倒れることはなく、淡い光に包まれた自らの肉体に驚いていらっしゃいます。キラキラと輝くエルフさん、とても綺麗ですね。腰下まで伸びた髪の煌めく様子は、まるで女神様のようです。思わず拝みたくなってしまいますよ。

 なんて考えていたら、あぁ、そろそろ、メイドが限界です。

 意識が朦朧としてきました。

 これが血の流し過ぎというヤツなのでしょう。

「おい、貴様っ! な、なにをしたっ!? 動くなと言っただろうっ!」

「しかし……だとすると……」

「こちらの声が聞こえないのか? 邪悪なるエルフめが」

 叫ばれる勇者様の声も幾分か遠く聞こえます。

 その腕が動くに応じて、魔法が飛びました。

 雷のようなものが凄まじい勢いで走り、瞬く間にエルフさんの元まで到達します。人の身に避けられるような魔法ではございません。指先から放たれたかと思えば、息を呑む間に着弾であります。

「あっ……」

 火薬でもはぜたように、ズドンと大きな音を立てて爆発が起こりました。地面を大きくえぐったようで、黙々と土埃が立ち上がります。エルフさんの姿は、その向こう側に消えてしまいました。

 朦朧とした意識で、メイドはこれを眺めます。

 最後は私も殺されて、一巻の終わりなのでしょうか。

 こんなの最低です。

 処女のまま死ぬなんて、最低じゃないですか。

 こんなことならタナカさんでも誰でも、破って貰っておけば良かったです。

「…………」

 段々と土埃が収まってゆきます。

 勇者様は追撃を不要だと考えてのことでしょう。落ち着いた立ち振舞いで、これを眺める限りです。パーティーメンバーの方々も、彼に習って落ち着いた様子です。勝敗は決したと考えていらっしゃるのでしょう。

 やたらと時間の経過がゆっくりと感じられます。

 土煙の向こう側には、悲観的な光景ばかりが想像されておりました。黒焦げたエルフさんなんて、私は見たくありません。咄嗟に視線を逸らそうとして、けれど、既に首を動かすことすらままならない身体に絶望でしょうか。

「ぁ……」

「なっ……」

 しかしながら、再び視界が戻った先、そこには自らの足に立つエルフさんの姿がありました。びっくりしました。思わず声を上げてしまったほどです。すぐ隣からは、同じように勇者様の驚かれる声が。

 対する彼女は、ジッと東の勇者様を見つめておりました。

「……今は素直に、このタイミングで力が戻ったことを喜ぶとしよう」

 ボソリ呟くと共に、エルフさんが腕を右から左へ振るいました。

 すると、どうしたことでしょう。

 足首に感じていた痛みが唐突にも失われました。同時に朦朧としていた意識が、急速に覚醒してゆくのを感じます。何事かと足元に意識を向けてみれば、なんと、失われたはずの右足首から先が元通りです。

「あ、足が……」

 もしかして、回復魔法でしょうか。

 凄いです。

 エルフさん、まるでタナカさんみたいですよ。

「貴様、な、なにをしたっ!?」

「良かったな、勇者。どうやら忙しくなりそうだぞ」

「……おい、動くなっ! 動いたらこのメイドをっ」

 勇者さまの言葉は最後まで続きませんでした。

 手にした剣の切っ先が、再び私の首筋に当てられようとしたところで、気づけばメイドの身体は移動しておりました。勇者様の腕の中から、エルフさんの傍らへ。一瞬の暗転を挟んで、いつの間にやら立つ場所が移っておりました。

「え?」

 訳が分かりません。

 足首が治ったり、立つ場所が変わったり、メイドは驚く他にありません。

 これには東の勇者様やパーティーメンバーの方も同様です。

 唯一、エルフさんだけが、さも当然とばかり語られます。

「これで形勢逆転だ」

「まさか貴様、く、空間魔法をっ……」

 それまでの余裕が失われて、勇者様の表情が酷く戦いたものとなります。

 どうやら私の立ち位置が移動したのは、エルフさんの魔法によるもののようです。それも勇者様が驚くほどの代物であったようです。場所を移動する魔法と言えば、いつだか紛争の折、ドリスさまの従者の方が使っているのを見たことがあります。

 しかし、だとすれば何故に今この瞬間なのでしょうか。甚だ疑問です。そのような魔法があるならば、牢屋から脱するのも容易かった筈です。あ、でも、檻には魔法の利用を防ぐ仕組みが為されているそうですから、その為なのかも知れません。

 正直、良くわかりませんね。

 ただ今は素直に、自らの無事を喜びたいと思います。

「不本意だが、見せてやろう。魔王を圧倒した魔法ってやつを……」

「な、なんだとっ!?」

 狼狽する勇者様。

 これにエルフさんは、ニィと不敵な笑みを浮かべて語りかけます。

「言っておくが、今の私は最強だぞ?」

 理由はさっぱり分かりません。

 ただ、それはメイドにとって、とても頼もしい笑みでありました。
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