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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

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大聖国 八


 結局、ソフィアちゃんとエディタ先生を見つけられないまま、一晩が過ぎてしまった。同日は夜通し探すこととなり、自身も含めて関係各位が床についたのは、空も白んだ明け方のことだった。シーツに身体を横たえたのなら、早々に意識は夢の中である。

 ゴッゴルちゃんとベッドインする夢だった。

 最高だった。

 夢の中では、ブサメンでも女の子とイチャラブできるの、喜ばしい。

 しかし、何故か挿入ができなかった。うまく挿らなかった。

 まただよ。

 夢の中で挿入しようとすると、何故か挿らないのだ。理由は知れないが、兎にも角にも穴に棒が入らない。過去に幾度と無く繰り返されてきた事象だ。盲目的にサイズの合っていない太糸を縫い針へ通さんとするが如く。

 おかげでもれなく、夢のなかでも童貞人生を継続中である。

 まさか人の夢とは、経験がない行いを再現できないのだろうか。

 そんなのひどい。

 そうこうしているうちに、醤油顔の意識は覚醒する運びとなった。

 起こして下さったのはお屋敷のメイドさんである。なんでも客が来ているので、早急にご対応をお願い致しますとのこと。これほど悔しい起床は久しぶりだろう。普通のセックスじゃない。ゴッゴルちゃんとのゴム無しセックスだったのに。

 悔しさを引き摺りつつも、手早く身支度を整えて居室を後とする。

 気分を入れ替えて今日という日を頑張ろう。

 もしかしたら、早々に聖女様が成果を上げてくださったのかも。そんな淡い期待と共に向かった先は、先日にも利用した応接室だ。しかしながら、同所に待っていたのはこちらが想定しなかった相手である。

 ソファーには勇者ピエールの姿があった。

「これはこれは西の勇者さん、どうされました?」

「朝からすまない。どうしても君の耳に入れておきたいことがあって来た」

「私の耳に、ですか?」

「ああ、そうだ」

 いつぞや縦ロールとのプレイをウォチされて以来だろうか。

 彼はこちらが部屋へ到着するに応じて、わざわざ立ち上がり会釈などしてくれた。こんなドリーム童貞が相手でも、ちゃんと貴族として扱って下さるらしい。自然とこちらも頭を下げたところで、互いに腰を落ち着けて向かい合う形だ。

 メイドさんが間髪を容れず、お茶を運んできて下さる。

 少し濃い目に煎れられたそれは、寝起きのお口にティスティ。

 景観も上々。

 連日に渡り、大聖国が誇るおもてなしの心が炸裂中である。

「急ぎの用件ですか?」

「朝早くから申し訳ないとは思う。だが、どうしても伝えておきたかったのだよ」

 なんだろう。

 こうして改まってお伝えされると緊張する。

「どういった内容でしょうか?」

「東の勇者が聖女様の命令で、君の仲間を拘束した」

「…………」

 おいおい、それはちょっと穏やかじゃないじゃんね。

 もしかしてソフィアちゃんやエディタ先生だろうか。

 だが、聖女様とは昨日の晩、当人のお宅で顔を合わせたばかりである。更にソフィアちゃんとエディタ先生の姿格好をお伝えの上、身柄の捜索を手伝って頂けるよう、お願いしたばかりである。

「拘束というのは本当でしょうか? 確保ではありませんか?」

「いいや、拘束だ。君と共にいたエルフは今、牢獄の中にある」

 マジかよ。

 どうして先生が牢屋に突っ込まれているのか。

 しかも勇者さまを動員してまで。

「……いつ頃のお話でしょうか?」

「昨日の日中帯だ」

「なるほど」

 なんてこった。昨日、聖女様と面会する以前じゃん。

 どんなに遅くても昨日の面会時点では既に、拘束命令が発せられていたことになる。つまり聖女様は裏で金髪ロリムチムチ先生を牢屋に突っ込みつつ、一方で満面の笑みを浮かべ、醤油顔をお迎えしていたということだ。まさかそんな馬鹿な。

 しかし、これを伝えるのは西の勇者ピエールである。

 聖女様に近しい男の言葉、まさか嘘ではあるまい。

 なにより目の前のイケメンが、性根の真っ直ぐな男だと自分は知っている。そう長い付き合いではないが、幾度ばかりかのやり取りは、一生に数度が精々の土壇場ばかり。そんな状況でも理性を崩さない彼の姿勢は未だ記憶に新しい。

「聖女様は東の勇者に君の仲間の拘束を命じた。一方で僕には、君が大聖国に滞在している最中、一連の行動に対する調査を与えたのさ。本当は誰にも言うなと命じられているのだけれど、言うなと言われると誰かに言いたくなるのが人の性でね」

 両手の平を天井に向けたところ、肩の高さまで持ち上げては、溜息など一つ。口元には小さく微笑みなど浮かべている。やれやれだと言わんばかりの態度が、少し皮肉の入った立ち振舞にとても似合っていらっしゃる。

 西の勇者さまイケメン。マジ格好いい。

「これはまたなんとも、西の勇者様には迂闊にあれこれと喋れませんね」

「ま、そういうことだね」

「ありがとうございます。とても助かります」

 たぶん、このイケメン勇者は、借りを返して下さったのだろう。いつぞや暗黒大陸での一件に恩義の類でも感じているに違いあるまい。情けは人の為にならずとはよく言った言葉だ。ありがたい限りである。

「東の勇者は決して悪人ではない」

「貴方とはあまり仲が良くないようですが」

「ただ、些か勇者という言葉に敏感なところがあってね。僕とは生まれの関係で色々と物騒なことになっているけれど、他の面々とは上手くやっているよ。彼に共感を覚える者たちも決して少なくないのだから」

「なるほど」

 そうなると本丸は聖女様ということになる。

 だがしかし、何故に聖女様はエディタ先生をパクったのか。

 少なくとも醤油顔は初めて彼女に出会った。これといって害意を持たれているような感触もなかった。むしろ歓迎されていると考えて良いだろう。自身の身の上が場末の男爵風情である点を鑑みれば、相応に掛かって思える接待費用は、肯定の証拠に違いない。

 つまり、考えられる可能性としては、先生と聖女様、或いは大聖国に何かしらの確執があったか、もしくは先生が国を跨いだ大悪党の類であったか。ソフィアちゃんに次ぐ小市民筆頭代表の先生が大悪党というのも考え難いので、濃厚なのは前者だろうか。

「……彼女は私にとって大切な方です」

「だろうね」

「すみませんが、すぐにでも行動に移ろうと思います」

「そうするといい。勇者の僕が言うのもなんだけれど、聖女様は少し怪しい」

 あの笑顔の裏側に何が隠れているのだろう。

 考えるのが怖い。

 けれども、まさか先生を放っておくことなど出来ません。

「君の仲間は地下の牢屋にいる。そこでなければ最悪、拷問の部屋だ」

「色々とありがとうございます」

 真剣な表情で語ってみせる西の勇者さま。

 相変わらずのイケメンである。伊達にツートップ主人公の片割れを担当していない。東の勇者さまの行いと比較して、極めて対象的な行動の運びが、想像したよりもドキュメンタリーな展開じゃないですか。

「ところで一つ確認なのですが」

「なんだい?」

「そこにもう一人、十代中頃の女性は一緒ではありませんでしたか?」

 一応、ソフィアちゃんに関しても伺っておこう。

 そう考えて、彼女の愛らしいところを余すことなくお伝えさせて頂いた。もしかしたらメイド服を着ているかも知れない。ポニーテールが良く映える美しきブロンド少女。胸が大きくて非常に女性らしい体付きの、男なら誰もが一度は振り返るような。

「いいや、そのような娘のことは聞いていないね」

「そうですか」

 良かった。

 どうやらソフィアちゃんに関しては別件のようだ。

 もちろん、そっちはそっちで気になる。ただ、今はエディタ先生を優先したほうが良いだろう。目の前のイケメンの語ったところが正しければ、かなり危機的な状況にあると思われる。まさか悠長に手分けをしている暇などない。

「このお礼はいつかか必ず」

「むしろ僕のほうが借りている立場さ、気にしないでいいよ」

 すぐにでも出発である。

 一刻も早く、聖女様のお宅を訪問せねば。



◇◆◇



 訪れたる先は昨日も足を運んだ聖女様のお宅。

 本日は傍らにロリゴンとゴッゴルちゃんを引き連れての来訪だ。本当は後者だけで良かったのだけれど、ゴッゴルちゃんにお声がけしている姿を前者に発見されたところで、自然と共連れの流れとなった。

 どうやらエディタ先生、同じ人外連中と仲が良いようだ。

 西の勇者さまから伝えられたところを素直に話したら、ロリゴンとゴッゴルちゃん、共に自らを連れて行けと意思表示を受けた。その表情には憤りの類も窺えて、なんだか無性に嬉しい気持ちとなってしまったぜ。

 ちなみに縦ロールとキモロンゲは、万が一に備えて別行動である。

『ここか? また随分とツンツンした屋敷だな』

「……早く中へ進む」

 そんなこんなで今まさに我々は聖女様宅の正面に立っている。

 今回は誰の案内もなく、自分たちの足でやってきた次第だ。

 だって時間がない。

 先生のステータスと聖女様のステータス。両者を比較すれば後者に軍配が上がる。それも全てにおいて圧倒的だ。仮に聖女様が自ら出張って来ては、先生に勝ち目などない。自然と西の勇者ピエールが語っていた拷問の部屋なる単語が思い起こされる。

 あの愛らしい先生が虐められて泣き叫ぶ姿など。

 実は少し見たいと思いながらも、やっぱり見たくないと、複雑な男心。

 ただ、今は後者のほうが遥かに大きくて、飛行魔法を駆使すること、超特急で訪れた次第である。途中で地上に立つ憲兵から怒声を上げられたけれど、今回ばかりは急ぎの用事なので勘弁していただきたい。

「ゴッゴルさん、すみませんが今回ばかりは全力でお願いします」

「言われなくても分かってる」

「頼もしい限りです」

 現在、ゴッゴルちゃんは少しばかりおめかししている。いつぞやフィッツクラレンス家で、同家の派閥の貴族様方の心を乱読した際と同様、肌の色を隠し、髪の色を隠し、全身をローブで覆って、流浪の魔法使い然とした姿格好だ。

 彼女がゴッゴルであることを外見から判断することは難しいだろう。

 ただまあ、近づけば読まれる。

 実際に今も自分の思考はダダ漏れだ。

 なので相変わらず、ロリゴンは我々の傍らより槍の届かない距離である。

『さっさと進めっ! わ、私が進めないだろうがっ!』

「ええ、行きましょう」

 どうかピエールの勘違いであって欲しいと願いながら、一歩を踏み出した。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 メイドの目覚めは見慣れぬ牢屋の一角に訪れました。

「……あ」

 目覚めて直後、ここはどこだろうと疑問に思ったところで、自分が同所に閉じ込められていることを思い起こしました。恨むべきは自らの失態から私を投獄してくれた、こちらの屋敷の名も知れぬメイドでしょうか。

 今更ながらふつふつと怒りがこみ上げてくるのを感じます。

 一晩眠って体力が戻ったからでしょうね。

 これから私はどうなってしまうのでしょう。お隣さんと同じよう、拷問される運命にあるのでしょうか。聖女様が自ら足を運ばれるようなお屋敷なのに、拷問だとか物騒なお話、とてもではありませんが信じられません。

 ですが、昨日のやり取りは然と記憶にございます。

「…………」

 どうにかして逃げ出さないといけませんね。

 このような状況では、タナカさんの助けも望めません。

「なにか、なにか道具でも……」

 改めて自らの突っ込まれた牢獄を確認です。

 しかし、これといって使えそうな道具は見つかりません。寝床の藁束とトイレ代わりの壺が目につく限りです。舞台劇の類であれば、囚われのヒロインが脱出する為、良さ気な小道具とか、傍らに用意されているのが鉄板だと思うのですけれど。

「…………」

 ないですね。

 まるで見当たらないですね。

 どうやら私はヒロインではなかったようです。

「……タ、タナカさぁん……たすけてくださいぃ……」

 やっぱり無理ですよ。

 こんなの絶対に無理ですよ。

 段々と恐怖が増してきて、自然と呟いてしまいます。ただ、そんなメイド風情の祈りも虚しく、無慈悲にもブーツの硬い石畳を叩く音が近づいて参ります。どうやら誰がしか、牢の側に向かい近づいてきているようです。

 ややあって、姿を見せたのは聖女様でした。

 その意識が向かう先は一つお隣の牢屋です。

 良かった、私ではありません。

「随分と待たせてしまいましたが、ようやっと支度が整いました」

 神々しい法衣姿で聖女様は語られました。

 そのお姿は世界に名立たる教祖様の直系として、相応しいだけの美しさを備えて思えます。もしも自分が彼女ほど美しかったら、それはもう、世界中のイケメンを取っ替え引っ替えしたのではないかと、確信するほどの美しさです。

 二十回は妊娠できますね。

「……ふん、やるならさっさとやれ」

「その強がり、いつまで持つでしょうか」

「今のうちに言っておくが、貴様の呪いは案外大したことがなかったぞ?」

「ぐっ……」

 一方でお隣さん、聖女様を煽りまくりです。

 美しいその顔がくしゃり、憤怒に歪みます。

 危険です。

 眼力で人が殺せそうなほどに歪んでいらっしゃいます。

「殺せるものなら、あぁ、殺してみると良い。この私を」

「上等です。その吠え面、すぐに泣き顔へ変えてみせましょう」

 売り言葉に買い言葉、聖女様も段々と勢いづいて思えます。

 まさかこちらに飛び火するとは思いませんが、流石に怖いものがありますね。拷問とは恐ろしいものです。生きたまま全身の皮を剥がれたり、性器に焼けた金属を流し込まれたりするそうです。とてもではありませんが、耐えられそうにございません。

 どうにかして逃げなければ危険です。

 せめて、聖女様がどこかへ行って下されば。そう願わずには居られません。そうすれば牢屋の中を探しまわることもできます。ほんの僅かな時間さえ惜しいです。睡眠を取って疲労を癒やした為か、今まさに本能が生存を求めておりますよ。

「さて、それでは向かいましょうか」

 聖女様が呟くに応じて、お隣さんの牢がギィと音を立てて開きました。

 もしも私がタナカさんであったのなら、颯爽とファイアボールとか、そういう感じの魔法で自らも、お隣さんも、すんなり助け出すことができたのでしょう。しかしながら、一介のメイド風情には、魔法など遥か遠い国の出来事のようにございます。

「ぐっ……」

 お隣さんから苦しそうな声が漏れました。

 牢に半歩を踏み込んだ聖女様が、お隣さんを掴んで思われます。

 そうした頃合いのことです。

 カンカンと喧しい音を立てて、兵の方が近づいてまいりました。軽鎧姿に剣を携えていらっしゃいます。近衛兵というのでしょうか。私のような素人でも、とても上等な装備であると、ひと目見て判断ができます。

「聖女様、タナカ男爵が面会に参っております」

「……タナカ男爵、ですか?」

「いかがなされますか?」

「…………」

 なんと、この期に及んでタナカさんです。

 タナカさんが面会に来たそうです。

 もしかして、もしかしてしまうのでしょうか。無実の罪から囚われたメイドを助けに、タナカさんが動いて下さったのでしょうか。だとすれば家臣として、これほど喜ばしいことはないでしょう。タナカさん素敵です。タナカさん格好いいです。

「……分かりました。すぐに向かいます」

「承知いたしました」

 結果、お隣さんへの拷問は延期の予感です。

 そんな彼女へ呟く聖女様は、酷くつまらなそうな声色でしょうか。

「ふんっ、命拾いしましたね」

「お、おい、今、タナカと言ったか?」

「安心して下さい。彼には頃合いを見て、貴方の死体を確認させる予定です。街を一人で歩んでいたところ、暴漢に攫われてしまったようです。我々が発見した時には、すでにこのような無残な姿に果てておりまして、といった感じでしょうか」

「貴様っ! あの男までをも騙すつもりかっ!?」

「彼の心配をする前に、自分の心配をしたらどうですか?」

「黙れっ! アイツをどうするつもりだっ!?」

 なんと、お隣さんもタナカさんをご存知のようです。

 しかもその身柄を巡り、随分と猛って思われます。

「安心してください。彼には私を守る騎士となって貰います。如何せん、この世は危険が一杯ですからね。学園都市に放置した先代魔王の肉片、そのキメラを打倒するだけの使い手となれば、戦力としては申し分ありません」

「奴には手を出さないと約束するか!? 絶対に手を出さないとっ!」

「どうして私が自らの騎士を殺さねばならないのですか?」

「……いつぞやのような真似、絶対に許さんっ!」

「あら? 随分とあの不細工な男に入れ込んでいるみたいですね」

「い、入れ込っ……とか、べ、別に! かっ、勝手に言っていろ!」

 お隣さん、タナカさんに随分とお熱のようです。

 ご自身の危機を目前として、それで尚も他者に気をかけるなど、私には全く想像ができません。それもこれも愛ゆえにというヤツなのでしょうか。いつか私も、そう思えるだけの殿方とお会いする日が来るのでしょうか。

 いいえ、今の状況を鑑みるに、かなりの確率で訪れないような気がしますよ。

「それ以上の力を得てどうするつもりだ? 魔王とて封印がある限り、二度と転生することはない。他の誰でもない私自身が保証しよう。そのような状況で貴様を打倒しうる存在など、それこそ暗黒大陸の深部にでも向かわねばいないだろう」

「暗黒大陸から凶悪な魔物が訪れないと、どこの誰が保証してくれるのです? 今の私は人の上に立つ身分です。来るべき時に備えて、身辺を固めておくのは人として当然のことでしょう。貴方のように身ひとつで何処へでも行けるような化け物とは違うのですよ」

 語る聖女様の声は喜々としていらっしゃいます。

 ちょっと怖い感じの響きですね。

「この世界には危険が満ちていることを、私は貴方との旅で知ってしまったのです」

「そこまでして生きたいか?」

「ええ、生きたいですね」

「何がそこまで貴様を駆り立てる? もう長いこと生きたろうに」

「それこそ長寿族の奢りではありませんか?」

「ああ、否定はしない」

「私は生きて生きて生き抜いて、いつまでもこの世界を見ていたいのです。魔王が誕生し、破れ、再び誕生し、更にまだ見ぬ何かが訪れる。いずれは全てが果てる最後まで、この目で全てをっ! それを死なだと、あまりにも恐ろしい! ありえませんっ!」

「……永く生き過ぎて心を病んだか。無様な」

「心を病んでいようと病んでいまいと、無様であろうと、愚かであろうと、生きている者が勝者なのです。故に私は永遠に生き延びることでしょう。この世界の有象無象が全て死に絶えた後、最後にその脚でこの大地に立つのは、この私以外にありません」

「その身体はどこから手に入れたんだ? 以前とは随分と違って見えるが」

「慰問先で見つけた娘です。私の霊体とも良く馴染んでくれてますね」

「っ……奪ったのかっ」

「当然です。でなければ肉体間の霊体転移など不可能ですよ。貴方ならば問うまでもないのではありませんか? 私に霊体の扱い方を教えたのは、他の誰でもない、貴方ではないですか。おかげで打倒魔王の道中、私は今ある姿を想像することができました」

「そんなに死ぬのが怖いかっ!? そこまでして生きたいかっ!?」

「ええ、生きていたいです。全ての生き物を代償にしたとしても」

「っ……」

「若返りの秘薬を作った時も、貴方は随分と渋い顔をしていましたね」

「っ!?」

 ガタリ、壁越しに物音が響きました。

 人が姿勢を崩したような。

「まさか、き、貴様っ、あの集落でもっ!?」

「さてどうでしょう? まあ、正解は後ほど、ですね……」

「お、おいっ! 待てっ!」

「そう焦らずとも、すぐに私は戻ります。楽しみにしていて下さい」

 最後に短く呟いて、聖女様は踵を返されました。

 後手に放られた鍵を受け止めた兵の方が、先ほど開かれたばかりの格子を、ガチャン、再び元あった形に収めます。そして、彼もまた聖女様の後を追うよう、駆け足でどこへとも去って行きました。

 後に残されたのは、なんとも言えない沈黙ばかりです。

 ややあって、お隣さんの牢獄から嗚咽のようなものが。

「くっ……どうして、どうして私はいつもいつも肝心なところで……」

 その弱々しい声を耳として、ふと、気付きました。

 むしろ何故に、今まで気づかなかったのでしょう。

「……あの、もしかしてエディタさんですか?」

「っ!?」

 息を呑む気配が石壁一枚を隔てて届けられました。

 たぶん、正解です。

「まさか……も、もしかして、ソフィアかっ!?」

 返されたところは紛うことなく自らの名前です。

 その響きを受けて私は、胸の内が暖かくなるのを感じました。



◇◆◇



 通された先は昨晩にもお邪魔した応接室だ。

 流石に今回は交渉の難易度も高いぞ。正直、喧嘩せずに回避できるとは思えない。というより、こちらとしても喧嘩してしまって良いのではないかと考えている。しかしながら、万が一にも勘違いやすれ違いなどあっては大変である。

 暴力は最後の手段だ。

 どれだけ自身に正義があろうと、胸ぐらを掴んだだけで、暴行罪は成立した。

 こちらの世界がどうだかは知れない。

 それでも、ここぞという時まで、取って置かなければならないとは思う。

 そして、やるなら全力だ。

 あれこれ考えたところで、まずはお目通りという形に相成った。

 まずは事実関係を確認するべきだろう。幸い我々には最終兵器ゴッゴルちゃんが同行してくださっている。ロリゴンやキモロンゲすら恐れる彼女だから、如何に聖女様とはいえ、その力で読めない心はあるまい。

「よくいらっしゃいました。タナカ男爵」

「お忙しいところ面会の機会をありがとうございます」

 そんなこんなで今、目の前には聖女様がいらっしゃる。足の短いソファーテーブルを挟んで対面に腰掛けていらっしゃる。その姿は昨日までと変わらず、薄くなめらかな生地に作られたアダルティっくな修道女姿だ。

 対する我々はといえば、自分とゴッゴルちゃんが二人でソファーに横並び。

 一方で腰を落ち着けることなく、出入り口の傍ら、部屋の壁を背にしてロリゴンと西の勇者ピエールが並び立つ。いつもとは役者の入れ替わって思える配置は、本日の打ち合わせがゴッゴルちゃんを中央に据える必要があった為だ。

 ロリゴンには緊急時の対応をお願いした形だろうか。

 西の勇者様は正直、居てもいなくても良かったのだけれど、本人がどうしても同席したいと頭を下げてきたので、一人だけならと承諾した次第だ。彼のパーティーのメンバーたちは廊下で待機している。

「本日は一人ではないのですね?」

「こちら、私の妻となります。ロコロコさん、聖女様にご挨拶を」

「はじめまして」

 小さく会釈をして応じるゴッゴルちゃん。

 フードを被ったままなので、碌に表情も見えない。流石に失礼かとは思うけれど、こればかりは仕方がない。ちなみに妻云々は同所を迎えるに差し当たり、事前に共有したでっち上げの設定である。興奮する。

「……結婚していたのですか? 独身だと聞いていましたが」

「つい先日に婚約したばかりなのですけれどね」

「それはまたなるほど、ご迷惑をすみませんでした」

 恐らくは大聖国を訪れてしばらく、一連のおもてなしを鑑みての反応だろう。やはり彼女が音頭を取っていたのは間違いないようだ。そこまでして醤油顔を抱き込むことに、どれだけの意味があるのだろうか。

「ところでタナカ男爵、本日はどういったご用ですか?」

「実は一昨日の件に関して、お返事をさせて頂こうかと思いまして」

「本当ですか?」

「ただ、その為に一つ、どうしてもご確認したいことがあります」

「なんですか? 私に答えられることであれば、なんでも問うて下さい」

 ニコリと穏やかに微笑む聖女様。

 その様子を確認したところで、チラリ、ゴッゴルちゃんに視線をやる。

 すると彼女は――――。

「…………」

 無言のまま、小さく首を横に振って応じた。

 そうかい。

 無理かい。

 事前にゴッゴルちゃんへお願いした反応は四つ。交渉不可能、交渉可能、西の勇者様の勘違い、その他こちらの想定外。聖女様の心を読んだところで、そのいずれかを頂戴する算段となっていた。

 今のは交渉不可能の合図だ。

 つまり、聖女様がエディタ先生を拉致っているのは間違いない。

 ちなみに交渉可能であればアイーン、西の勇者様の勘違いであればゲッツ、その他こちらの想定外であればコマネチをお願いしていた次第である。個人的には一番最後であれば心身ともに健やかであったと強く思う。

「どうしましたか?」

「申し訳ありませんが、今回のお申し入れは無かったことにさせて下さい」

「……なにか問題でもありましたか?」

 すぐにでもエディタ先生を助けに行きたい。

 そのステータスを思い起こしたところで判断は早々に。

「こちらの屋敷に私の友人が幽閉されているという話を聞きまして」

「っ……」

 醤油顔の言葉を耳として、聖女様の顔が引きつった。

 大丈夫、仮に戦闘となっても我々の戦力は十分だ。

「聖女様、詳しくお聞かせ願えませんか?」

 ロリゴンとゴッゴルちゃん、更に窓の外では万が一に備えて縦ロールとキモロンゲのペアが待機している。嘗てない勢いでフルメンバーの予感。これだけの手勢を前に一騎当千できる存在があるとすれば、それこそまだ見ぬ魔王くらいなものだろう。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 お隣さん改め、エルフさんと情報の共有が為されました。

 どうやら我々がドラゴンさんから落ちてしまった彼女を探している一方、既にタナカさんと合流されていたエルフさんは、こちらのお屋敷に拉致されてしまったメイドを探して下さっていたそうです。

 そのお話を耳としては、思わず眦が熱くなりました。

 このような町娘風情の為に動いて下さり、とても嬉しかったです。

 しかしながら、その最中のことエルフさんは、東の勇者さまパーティーに拉致されてしまったのだそうです。曰く、ここの聖女とは昔に色々とあったんだよ、とのことです。もしかしたら、とは思いましたけれど、どうやら本当に顔見知りのようです。

 詳しいところはしれませんが、只ならぬ仲であることは先程のやり取りからも間違いございません。ただ、それ以上はお伺いしておりません。下手に突っ込んでは痛い目を見るのが、ここ最近の流れですから。

「た、タナカさんが来て下さったのですから、きっと大丈夫ですよ!」

 檻の中、姿の窺えないエルフさんにお伝えさせていただきます。

 しかしながら、返されたところはうだつがあがりません。

「まさか私が囚われているとは思わないだろう」

「それは……そ、そのっ……」

 仰ることは尤もです。

 大聖国が誇る聖女様が人浚いなど、真っ当な人であれば絶対に思い至らないことでしょう。私自身もまた一晩に渡り、隣の牢に収まっているのがエルフさんだとは気づきませんでした。お声まで耳としていたにも関わらずです。あまりにも想定外です。

「故に、我々は自力で脱出しなければならないっ!」

 覚悟を決めた様子でエルフさんがおっしゃられました。

「な、なるほどっ!」

 なんとも熱い覚悟であります。

 こちらまで心が盛り上がるのを感じます。

「そっちの牢には何かないか? 手がかりとなりそうなものは」

「手がかり、ですか?」

 ご指摘されたところ、今一度、自身の収まる牢内を確認です。

 それっぽい道具など皆無であることは確認済みです。しかし、諦める訳にはいきませんから。自分とエルフさんの命が掛かっているのですから。些末な違和感をも逃さぬよう、必死になってあれこれと探させて頂きます。

「…………」

 壁から天井に至るまで隅々を、まるっと眺めてみます。

 すると、あ、なんか見つけたかも知れません。

「ご、ご期待するところと違ったら申し訳ないのですけれど、あの」

「どんな些末な気付きでも構わないぞ」

「一本だけ根本の色の薄い格子があります……」

 自ずと手を伸ばしましたところ、試しに握り捻ってみました。するとどうしたことでしょう、多少の抵抗と共にズズズと回るではありませんか。非力な私でもズズズと。これはもしやと考えて、上下に動かしてみます。

「……あ」

 スポッと抜けました。

 思ったよりも重くて、大慌てで両手に支えます。

 危うく通路の側に倒すところでした。

「おい、今見えた金属棒はまさかっ……」

「ぬ、抜けちゃいました……」

 どうしましょう。

 これって外に出ても良いのでしょうか。

 いえ、今この瞬間に出なくて、いつ出るのだという話ですよね。

「良かった。せめて貴様だけでも逃げろっ!」

「……そ、そういう訳にはいきません」

 エルフさん、この場は鍵を取って来いと命じる場面ですよ。

 任せて下さい、たまにはメイドだって頑張ります。

「待っていてくだださい。すぐに戻りますっ」

 他の牢は閑散としており、どうやら収められているのは私とエルフさんのみのようです。だからでしょうか、幸い、目の届く範囲に人の姿はありません。そうした状況が、私の背中を押しました。

 右を見て、左を見て、格子を引っこ抜いて生まれた隙間から脱出です。無事に通路へと身が戻ったところ、自然と意識が向かった先はお隣の牢屋でしょうか。ようやっと声の主と対面することができます。

「お、おぉっ……」

 そこには頬を緩ませるエルフさんのお姿がありました。

 取り立ててお怪我をされている様子はなく、私としても嬉しい限りです。この手の展開では、声だけ聞こえていた相手が、実は見るも無残な姿と果てていたとか、よくあるパターンじゃないですか。

「行ってきますっ」

「あまり無理はするなよっ!?」

 そんな彼女に短く告げましたところ、一路、牢屋の鍵の捜索です。

 他の人に見つかったら大変ですから急がないといけません。

 こちらへ連行された際のこと、牢全体の出入り口となる箇所に、管理人の詰め所を思わせる場所があったこと、しかと覚えております。自然と歩みが向かった先、そこには昨晩と変わらず、ちょっとした部屋がありました。

 ドアの類は存在せず、通路から凹むように居室が設けられております。

 同所では椅子に腰掛けた男の方が、机に突っ伏し眠っておりました。

 その背後には壁にかけられた木製のケースへ鍵が綺麗に吊るされております。十中八九で我々の収められていた牢の鍵でしょう。木製のケースには牢全体の縮尺が描かれており、鍵は各個室と対応する位置に下げられております。

 素晴らしい管理方法ですね。

 誰が見てもひと目で把握できます。

 おかげでメイドは迷うこと無く、エルフさんの牢の鍵をゲットです。

 途中で男の方が目を覚ますこともありませんでした。

 私は大慌てでエルフさんの下に戻ります。足音を立てないよう細心の注意を払いながらの移動でしょうか。胸がドキドキと脈打って痛いほどです。脇の下など嘗て無い勢いでグッチョリです。タナカさんに飲ませたいです。

「だ、大丈夫だったか!?」

「はいっ! すぐに開けますっ!」

 鍵を差し込み、ガチャリ、錠を落とします。

 無事にエルフさんの収まる牢が開かれました。

「おぉっ……」

 感嘆の声と共に、エルフさんもまた牢を脱出です。

 二人で格子の前、通路の側に並び立つ形でしょうか。

「すまない、助かった」

「い、いえっ、これくらいぜんぜんですっ!」

「この礼は必ずする。その為にも、今は屋敷から逃げるぞ!」

「はいっ!」

 力強いエルフさんのお言葉に不安が払拭されます。

 一人じゃないというだけで、とても救われた気持ちになります。こちらのお屋敷には今まさにタナカさんもいらっしゃっているとのことですし、これはもしかしたら、なんとかなってしまうかもしれませんよ。

 なんて考えたのが良くなかったのでしょうか。

「それは俺たちが許さない」

「っ……」

「ひっ!?」

 予期せず投げかけられたのは覚えのない声です。

 自然と意識が向かいます。

 すると、どうしたことでしょう、そこには勇者さまです。

 東の勇者さまと仲間の方々が、臨戦態勢で我々に構えられておりました。見間違えるはずがありません。とても有名な方々なのです。ペニー帝国の首都カリスにも、何度か来訪しており、その姿を町の方々に見せていらっしゃいます。

 私も過去にパレードの最中、お姿を拝見したことがございます。

「聖女様の導きが示す先、貴様らは檻の中に戻らなければならない」

 腰に下げた剣が、するりと抜かれました。

 切っ先は間違いなく、私たちに向けられております。

「ひ、ひぃっ……」

 私やエルフさんが、どれだけ悪いことをしたというのでしょう。

 まるで身に覚えがございません。

 勇者さまは正義の味方なのではないのでしょうか。
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