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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫
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大聖国 九

 現場は相変わらず聖女様のお宅である。応接室でソファーに腰掛けて、高そうな金縁のローテーブル越し、家主と相対している。傍らには変わらずゴッゴルちゃん。そして、部屋の出入り口には西の勇者ピエールとロリゴン。

 勇者様ちゃんと立っているけれど、ロリゴンに至ってはいつの間にやら床に尻を落ち着けて、あぐら。膝のあたりに肘を立ててはふくれっ面だ。さっさと殺ってしまえ、訴えんばかりのオーラを発して思える。おパンツ見えそうで見えないの悔しい。

 この後に及んでは、もう隠し立ても必要ないだろう。

「ロコロコさん、お願いします」

「……分かった」

 醤油顔のお願いに応じて、小さく頷いたゴッゴルちゃんの手が動く。自らの頭部に被ったフードを外す。同時に身体をすっぽりと覆っていた衣服もまた手早く脱ぎ捨てる。瞬く間にその出で立ちは平素からのそれだ。

「……貴方の伴侶はゴッゴル族なのですか?」

 訝しげな表情となる聖女様。

 そんな彼女にゴッゴルちゃんのマジでヤバイところをお伝えだ。

「私の妻は少しばかり特別でして、普通のゴッゴル族とは異なります」

「特別、ですか?」

「はい」

 しばらくを考えた様子をみせる聖女様。

 ややあって、その表情がピシリ、傍目にも分かるほど強張った。

「……まさか」

「今、彼女は貴方の心を読んでいます。ご理解いただけますか?」

「っ……」

 途端、ソファーより立ち上がった聖女様。

 バッと背もたれを飛び越えて、我々より距離を取る。

 槍が届かない距離という奴だ。

「古い世代のゴッゴル族ですか」

「流石は聖女様、博識でいらっしゃいます」

「……だとすれば、今の貴方もまた読まれているのではありませんか?」

「先ほどお伝えした通り、私は彼女の夫ですから、どれだけ心の内を読まれたところで、なんら問題はございません。恐れ多いとは思いますが、この度の提案は我が家の一大事とありまして、妻を同伴させて頂きました」

 今更だな。

 むしろ率先して縦ロールとのお馬さんプレイを思い起こす。背中に感じた暖かな処女膜の感触。お手々で直々に尻を叩かれる喜び。その全てをゴッゴルちゃんに読んで頂き、セカンド逆レイプ達成おめでとうございます。

 やはり時代は逆レイプ。

 女尊男卑も極まる昨今、草食系男子が台頭、自分からレイプとか難易度高い。

 それができたら、今頃はイケメンの仲間入り。

 レイプするよりレイプされたい。

 能動的レイプに意欲的な陵辱ゲーの主人公、マジリスペクト。

 故に憧れる。

「……憧れてる場合じゃない」

 おうふ、速攻で褐色ロリータ夫人から駄目出しを受けた。

 どうやら本当に危ういようだ。

 気を引き締めて望むとしよう。

「……何故ですか? タナカ男爵」

「大した理由ではありません。ただ、貴方はあまりにも聖女らしかった」

「…………」

 ちらり、聖女様の視線が西の勇者さまに向かう。

 そりゃそうだよな。

 この状況だと他に疑いようがないよな。だから一緒に来るなって何度も言ったのに、どうしても一緒に来るというのだから、これでなかなか、西の勇者様は肝っ玉の大きな男だと思う。だからこそ、まさか不幸にする訳にはいかない。

 ここは一つ、醤油顔に益して下さった彼の為にも、頑張りどころだ。

 ヤツがチクったと確信されてはいけない。

 万が一にもこちらが競り負けたら、一緒に沈没してしまうのだから。

「いずれにせよ怪しいとは感じておりました。少しばかり伝手あって、私には善良なる魔族の知り合いがいます。その者が伝えるところと、大聖国が発するところ、昨今の魔王を巡るお告げには違和感を覚えておりましたので」

「っ……」

 できれば使いたくなかったカード、効果は抜群だ。

 殊更に険しくなる聖女様の表情。

 ただ、それも僅かな間の出来事である。

「なるほど、タナカ男爵の交友関係は非常に広いようですね。そうした人脈もまた、貴方の魅力の一つだと私は思います。どうでしょうか? 大聖国であれば、ペニー帝国では叶わなかった贅沢も思うがままですよ?」

 魔族云々を棚に上げて、この期に及んで勧誘を続けて下さる。

 これが世界の半分をチラつかされる快感か。

 その胆力は、こちらの想定した以上である。目的の為には多少の不都合を飲み込むだけの気概がある。見た感じ十代中頃の少女なのに、自分より遥か年上の老齢を相手にしているような気分だ。速攻で逆ギレ、チンしゃぶ宣言したピーちゃんに、爪の垢を煎じて飲ませたい。

 そもそも、どうしてエディタ先生なのか。一国の代表を勤めるほどの彼女が、何故に金髪ロリムチムチ先生を求めるのか。先生は優れた錬金術師であるが、それでも一介の平民に過ぎない。グローバルなシーンで登場するには、それも聖女様が自ら拉致監禁するなど、いささか過ぎた扱いだろう。

 こればかりは尋ねる他にない。

「……何故にエディタさんを攫ったのですか?」

 すると、聖女様は落ち着いた調子で語り始めた。

「全ては彼女の行いが所以です」

「彼女がどのような行いを為したのですか?」

「あのエルフは今、エディタなどと名乗っているのですね」

「……というと?」

「彼女は本名をヴァージンといいます」

 大丈夫、知ってた。ステータスウィンドウで確認したし。

 言っちゃ悪いけれど、醤油顔と交友のある人々は、多くが偽名で生活している。こうして改めて思い起こすと、無性に切ない気持ちとなる。人には人の事情があるだろうけれど、切ないものは切ない。

「それがどうかしましたか?」

「彼女は、五代前の……いいえ、貴方に虚偽は無用ですね。止めましょう」

「…………」

 首を小さく振って、彼女はこちらに向き直った。

「正確には先代勇者が魔王討伐に際して率いたパーティーのメンバーにして、稀代の大魔導と誉れ高くあったハイエルフ、それが彼女の過去なのです。今でこそ錬金術師だなどと名乗っているようではありますが」

「それはまたなんとも……」

 マジかよ。先生ってば想像した以上に大物じゃないですか。

 大魔導とか魔導貴族並に恥ずかしい称号だ。

 しかし、そうなると魔王の復活具合に関しては、キモロンゲの言葉が正しかったことになる。その事実を知りながら数百年に渡りお告げとやらを連発してきた大聖国の在り方には、流石に疑問を感じざるを得ない。

 十中八九で神様は関係ないところから出たものだろう。

「それを私に語って貴方はどうするつもりなのですか?」

「彼女は大罪を犯しました」

「……大罪、ですか?」

 まだ他にあるのかよ。

 今し方の告白だけでも十分なんだけれど。

「度重なる試練を超えて訪れた魔王打倒の直後、彼女はあろうことか仲間たちに魔法を放ったのです。今まさに強敵を打ち破ったばかりであった満身創痍の勇者は元より、同様に疲弊していた他のパーティーメンバーたちもまた、その凶弾に撃たれました」

 それちょっと聞き捨てならないな。

 あのおっかなびっくり系エルフさんにそんな大それたことができるだろうか。

「魔王打倒の手柄を独占すべく動いた大魔導ヴァージン。これを止めたのは同じく勇者の仲間として行動を共にしていた、当時の聖女でした。こちらの話は表立っては語られていないので、知っている者は少ないでしょう」

「…………」

「では、もう少し続けましょうか」

 コホン、小さく咳払いをして聖女様は語る。

「五代前の聖女は大魔導ヴァージンの腐心を受けても決して屈することなく、これに抗したと言います。そして勇者が、戦士が、仲間たちが次々と倒れゆくなか、自らの命を賭けて、彼女を打倒したのだそうです」

「以前聞いた限りでは、そのような話はありませんでしたが……」

「あれは大魔導ヴァージンの世間体を守る為に、当時の聖女が、わざわざ自らの口から市井に向けて流布した作り話です。二人は打倒魔王の道中、交流がありました。これを哀れに思った当時の聖女の、せめてもの情けというヤツだと思います」

「なるほど」

 それが本当なら聖女様、めっちゃ良い人じゃんね。

「大魔導ヴァージンを打倒して後、当時の大聖国に戻った彼女は、その成果を民に称えられ盛大に凱旋したといいます。この名誉は世界中の人々からも讃えられて、今の大聖国を支える大きな礎となっているそうですよ」

「……勉強になります」

 こうして耳にすると、それっぽく聞こえるから不思議だ。

 しかしながら、エディタ先生が戦犯というのは信じられない。

 まるで現実感がない。

 あの金髪ロリムチムチ先生が、地位や名誉の為に仲間を裏切る様子など、まるで想像できない。どちらかと言えば、むしろ先生の方が一方的に信じた末、土壇場で裏切られるのが昨今の展開あるある。学園都市でも似たような光景を見てきた。

「ご理解して貰えましたか?」

 そんな先生だからこそ、素直に太もものムチムチを楽しめるのだよ。

 ブサメンに無償でパンチラして下さる先生が悪者の筈がない。女を安売りする女性は良い人率が高いのだ。年齢イコール彼女いない歴だからこそ、信じることのできる女性像というヤツがある。

 今この瞬間、己のチンチンを信じて突き進もう。

「一連のお話を確認する為、私の妻に再び読まれていただけませんか?」

「……何故ですか?」

「だって不安じゃないですか」

 嘘をついているのは目の前の聖女様だろう。

 まちがいないわ。

 醤油顔にとって金髪ロリムチムチ先生は社会生命を賭けるに値する存在さ。

「…………」

「どうされました? まさか嘘をついていた訳ではないでしょう?」

「っ……」

 恐らく今の彼女は一杯一杯だろう。

 それでも僅かばかりの可能性に賭けて、あれこれと語ってみせたに違いあるまい。さも自らの語ったところが正史であると言わんばかり、平然を装って。ゴッゴルちゃんの読心も万全ではない。その時点で心に存在していないあれこれまでは読めないのだ。

 きっと相手はそれを知っている。

 故に繰り返させて頂きます。

「私の妻は読んだことを誰にも伝えません。お約束いたします」

「それでは読む意味がないのではないですか?」

「しかしながら、彼女が貴方のことを好むか、嫌うか、そればかりは私も関与できません。妻と大魔導ヴァージンさんは懇意にしておりまして、日々を過ごすに距離感も、今の私とそう変わりません。まさか平静ではいられないでしょう」

「っ……」

 その瞬間、ピクリ、聖女様の眉が僅か震えた。

 ブサメンという生き物は他人からの好意に疎い一方、害意には極めて機敏である。都合三十余年に渡り鍛えられた洞察力が訴える。目の前の女は危ない匂いがするぜと。美人局の可能性が高いと。

 とかなんとか、あれこれ考えたところでゴッゴルちゃんがボソリ。

「……たぶん、目の前に居るのが当時の聖女本人」

「え?」

 マジで?

「マジ」

 マジかよ。

 当時というのはつまり、公には五代前、実際には先代と説明されたところ、約五百年前の勇者様パーティーに参加していた聖女様ということ。どういった理由があるのかは知れないけれど、ビンテージにも程があるだろう。

 見た感じ全力で十代中頃の美少女である。ゴッゴルちゃんの言葉が正しいのであれば、人類の寿命とか完全に超越してしまっている。ハイエルフの先生ならまだしも、彼女はステータスウィンドウが示すところ人類枠の筈なのに。

 なにより焦るべきはゴッゴルちゃんが自分との約束を破ったということ。多少なりとも面識のあった聖女様の心を公衆の面前に語ってみせたのだ。そうしたら絶縁だと、事前に伝えたにも関わらず。

 これすなわち先生の危機に違いない。

「くっ……」

 ゴッゴルちゃんが呟くに応じて、聖女様が動いた。

 今の今まで自らが座っていたソファーを盾とするよう立っていた彼女だ。唐突にも踵を返したかと思えば、その背後に設けられた壁に向かう。絵画の類など掛けられて非常にオシャンティーな応接室の壁である。

 まさか何が在る訳でもない。

 突き進めば身体をぶつけて痛い痛い。

 なんて考えていたのだが、彼女の手が触れるに応じて、壁の一部が回転した。

 甲賀の忍者屋敷もびっくりの展開だ。縦に半回転して、聖女様の姿は壁の向こう側に消え失せた。バタン、大きな音が鳴り響いたところ、数瞬の後には反転する以前と変わらぬ壁が我々の見つめる先に残る。

 どうやら裏と面で同じデザインのよう。

『お、おいっ! あのエルフはどこにいるんだっ!?』

 間髪を容れずロリゴンが吠えた。

 対するゴッゴルちゃんは素直に応じる。

「この回転扉の先にある。聖女も向かった」

「なるほど」

『いくぞっ!』

 自ら率先して飛び出すロリゴン。

 これに続くこと、醤油顔とゴッゴルちゃん、更に何を思ったのか、気付けば西の勇者様まで駈け出している。ちらり眺めた限りであっても、酷く真剣な眼差しが印象的である。今し方に垣間見た聖女様とのやり取りには、少なからず思うところあってのことだろう。

 ここから先は掛け値なしだ。

 我らが愛しの金髪ロリムチムチ先生、絶対に助けださねば。

 黄金の太ももに傷一つでも付いていようものなら、大聖国許すまじ。

『じゃまな壁だっ!』

 ロリゴンが壁パンを繰り出した先、壁が木っ端微塵に砕け散る。

 その先にはポッカリと空いた階下に続く穴が。

「相変わらず良い仕事をしますね、クリスティーナさん」

 追いかけっこの始まりだ。絶対に捕まえる。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 喧嘩です、喧嘩が始まってしまいました。

 それも困ったことにエルフさんと東の勇者さまの喧嘩です。

 後者に関しては他にパーティーメンバーの方々もいらっしゃいます。仮にメイドを一つと数えると、二対五という一方的な喧嘩にございます。そして、メイドは頭数に入れられるほど強くはありません。実質的に一対五です。

「大人しく討たれろ、この罪人風情がっ!」

 東の勇者さまが叫ぶとともに魔法を放たれました。

 光り輝く矢が数本ばかり、こちらに向かい飛んできます。これを私とエルフさんは牢屋の角、石壁を盾として、危ういところに回避でしょうか。着弾と同時に拳ほどの抉れを見せる壁と、黒く焦げた断面とが、メイドの背筋を震わせます。

「だ、誰が罪人だっ!」

 呼応するよう、エルフさんもまた魔法を放ちました。

 数本ばかり生まれた氷柱が東の勇者さまに向かい飛んでゆきます。しかしながら、彼の傍らに控えたパーティーの方々が呪文を唱えるに応じて、面々の正面に生まれた目に見えない壁が、その尽くを床へと落としました。

 ちなみに場所は変わらず、地下に所在すると思しき牢獄です。

「くっ……」

「エ、エルフさん……」

 その表情から今の状況が酷く切羽詰まったものであることが窺えます。

 一介の市民に過ぎない我々が、どうして勇者様に狙われなければならないのでしょうか。その理由は十分に理解しております。脱獄したところを見られてしまったのですからです。それもこれも仕方のないことでしょう。

 牢屋で声をかけられて直後、今のような争いとなったのです。

「大丈夫だ、必ず助ける。安心するといい」

「いえ、あの……ちゃ、ちゃんと説明すれば分かって頂けるかもと……」

「……いいや、無理だな」

「な、なぜでしょうか」

「この者たちを私の下へ向けたのは、十中八九で聖女のヤツだ」

「聖女さまだと、な、なにか良くないのでしょうか?」

「…………」

 お伺いを立てたところ、エルフさんは口を閉ざしてしまいました。もしかして過去に大聖国で何かやらかした経験などあったりするのでしょうか。そうだとすれば、今し方の罪人云々といったお二人のやり取りも納得であります。

 とかなんとか、あれこれ意見を交換している間にも、勇者さまとパーティーの方々が魔法を放ちながら近づいて参ります。まるで獲物を追い詰めるよう、ゆっくり、しかし確実にこちらへいらっしゃっておりますよ。

「……すまない。貴様だけは必ず無事に逃がす」

「い、いえ、それよりも二人で助かる方法を考えましょうよっ!」

 ズドン、光の矢がまた壁に当たりました。

 私とエルフさんは駆け足で場所を移動です。迫る勇者様方より逃れるべく、数多並んだ牢をぐるりと巡ります。どうにかして出入り口まで辿り着きたいところでしょう。外にさえ出てしまえば、少しは希望も湧いてくると思うのです。

 四角いフロアには牢が規則正しく並んでおります。太い通路が合計三つありまして、壁沿いの牢を除き、二面で通路に接する牢が二列ございます。出入り口の側から見通しを良くする為でしょう、他に通路の類はありません。

 そうして作られた縦長のフロアは、天井続きの壁と相まり、追いかけっこをするには逃げる側に大変都合がよろしゅうございます。おかげで今もこうして、私とエルフさんは辛うじて命を取り留めております。

 ただ、そうした意図に気づいた勇者さまとパーティーの方々は、人数という利を活かしまして、三手へ別れると共に、私たちを挟み撃ちの気配がビンビンと。五名が二人と二人と一人に手分けする形で、奥まった場所まで逃げ込んだ我々を狙い始めました。

「……いけるな」

「え?」

 人海戦術へ打って出た相手の姿を眺めて、ニィとエルフさんの口元に笑みが。

 どうやら少なからず勝機を得て思えます

「あの、そ、それはどういった……」

 自然とメイドはお伺いさせて頂きます。

 すると、エルフさんがその視線で、一人となった勇者さまを指し示しました。彼は三つある通りの中央を歩み、こちらに近づいてきております。ゆっくりと、けれど確実に、我々との距離を縮めて思えます。

「連中、こちらの魔法が弱いからだろう、随分と侮ってくれている」

「…………」

「中央の通りを突破する。すまないが私の後に付いてきてくれ!」

「は、はいっ!」

 吠えるに応じて、エルフさんが駆け出しました。

 足を引っ張らないよう、メイドも頑張って走ります。

 多少を進めば、すぐに勇者さまのお顔を確認できる距離まで至ります。左右を牢屋の格子に挟まれて、その向こう側に他のパーティーメンバーの方々が迫っていると思うと、まるで生きた心地のしない状況でしょうか。

「ふん、この俺を相手に正面からとは、ついに観念したか」

「馬鹿めがっ!」

 悠然と剣を振り上げる東の勇者さま。

 その正面まで至ったところで、エルフさんが腕を横薙ぎに振るいます。

 するとどうしたことでしょう。

「う、うぉおあああああああっ!?」

 東の勇者様が悲鳴を上げて、今まさに構えたばかりの剣を手放しました。カンカンカラン、乾いた音を立てて、とても高そうなそれが床に落ちます。一方で落とした本人はと言えば、剣より距離を取るべく大きく後ろに後ずさりました。

「聖女さまより頂戴した聖剣がっ! ど、どうなっているっ!?」

「当代の勇者は大したことないなっ!」

 これと時を同じくして、エルフさんが再び腕を振るいました。

 先程まで用いていた氷柱の魔法です。

 数本ばかりが勢い良く飛来して、勇者さまの手足を打ち抜きました。

「ぁあああああああああああ!」

 耳を劈くような悲鳴が上がります。

 とても痛そうです。

「今だっ、行くぞっ!」

「は、はひぃっ!」

 怖いです。恐ろしいです。

 エルフさん、とても穏やかな方かと思っていたのですけれど、頑張るときは頑張れる方のようです。非常に頼もしいですね。自分より遥かに幼い筈の横顔が、何故だか遥か年上のそれに思えます。凛々しくて格好いいです。顎の部分とか特に。

「こっちだっ!」

「はぃいいっ!」

 エルフさんの案内に従い、駆け足で牢獄を脱します。

 背後からは東の勇者さまの負傷に気づいたパーティーメンバーの方々が、その名を口に叫ぶ声が聞こえてまいります。もはや言い逃れはできませんね。本日よりメイドは名実ともに犯罪者の仲間入りにございます。

 まさか勇者さまに手を上げては無事に済む筈がございません。

 ですが、今は明日を生き残る為、頑張って足を動かすのです。

「このまま屋敷の外へ出るぞっ!」

「はいっ!」

 頼もしいエルフさんの声に従い、必至に足を動かします。

 牢獄に降りる長い階段を駆け上がりますと、通ずる先はお屋敷の一階フロアとなります。見た目もガラリと変わりまして、石造りそのものであった壁にも、壁紙が貼られて貴族様のお屋敷然としたものに。

 続く先、廊下には絨毯が敷かれてふかふかですよ。

「あの、今さっきのはどういった……」

「簡単な幻覚魔法だ。まさかああも容易に掛かってくれるとはな。奴には自らの手にした剣が蛇の魔物となり、身体へまとわり付いてくるよう見えたことだろう。これで相手が熟練の剣士であれば、構うこと無く切りかかってきたものだが」

「な、なるほどっ」

 よく分からないですが、凄いです。

 エルフさん、実は魔法の達人だったりするのでしょうか。

「こっちだ!」

「はい!」

 背後からは人の迫る気配が感じられます。

 耳に覚えのある声の一つは、間違いなく東の勇者様のものです。パーティーの方から、回復魔法を受けたようです。振り返れば階段の最中にその姿を発見です。自ら先頭に立ち、再び剣を手に走る姿が窺えます。

 憤怒の形相が恐ろしくて、メイドは全力疾走です。

 エルフさんの背を追いかけて、廊下の窓から中庭へと移動しました。

「このまま大きな通りまで逃げる! 人混みに紛れれば、連中も無理はできまいっ」

 後続のメイドを振り返り、エルフさんは頼もしくも語って下さります。

 この調子なら無事に逃げきれるかも。

 そう思うだけの説得力がありました。

 ただ、次の瞬間、不意にメイドの足が揺らぎます。

「あっ……」

 予期せず身体のバランスが崩れました。

 咄嗟に踏み出した右足を見つめます。

 すると、何故でしょう。

 足首より先が見当たりません。

「ぁああああああああああああああああああああ!」

 数瞬を遅れて痛みがやってきました。

 痛いです。

 すごく、すごく痛いです。

 叫びが止まりません。

「き、貴様らぁぁぁあああああああっ!」

 エルフさんの声がやけに遠く聞こえます。

 自然と身体は前のめりに転がり、庭草の上に転がりました。視界は真っ赤に染まって、自ずと患部を庇うよう両手が向かった先、そこには綺麗に切断されて、足首より先を失った右足がございました。

 いたいです。

 とてもいたいです。

 気を失ってしまいそうなほど、いたいです。



◇◆◇



 隠し扉の先には下り階段が設けられていた。

 ロリゴンを先頭としてこれを飛行魔法で飛び下る。わざわざ足を動かして下っている余裕などない。エディタ先生の一大事なのだから。続く我々の並びは醤油顔、西の勇者さま、ゴッゴルちゃんといった連なりだ。後者は例によって槍の届かない距離。

 階段は結構な深さを下った。

 やがて、たどり着いた先、そこは牢屋だった。

『なんだここは……』

「どうやら牢屋のようですね」

 壁の裏の通路は途中で幾つか枝分かれしていた。これをゴッゴルちゃんのナビゲーションにより進むこと、我々は今の場所に立っている。恐らく牢屋の他にもお屋敷内の各所に通じているのだろう。

 いよいよ本格的にラスボスの屋敷って感じがしてきたよ。

「ど、どうしてっ!?」

 向かう先、悲鳴じみた声が聞こえてきた。

 そこには空の牢を前として、驚愕に慄く聖女様の姿が。

「どうされました?」

「っ!?」

 お声掛けしたところ、熱いものにでも触れたよう、こちらに向き直る聖女様。

 当てが外れた、といった顔をしている。

 彼女の背後には戸口の開いた牢屋が見受けられる。もしかして、その内側には誰かが囚われていたのだろうか。それは例えば、我らがエディタ先生だったりするのではなかろうか。醤油顔に対する人質としてはこれ以上ない対象だ。

「随分と慌てていますが、飼っていたペットでも逃しましたか?」

「っ……ま、まさか、貴方がっ」

「それこそまさかですよ。エディタさんは何処に?」

「誰が言うものですかっ」

 咄嗟に身を後ろへ飛ばせる聖女様。

 理由は我々の後ろに控えるゴッゴルちゃんの存在だろう。

 吠える表情は眉間にシワが寄るほど厳ついものだ。

「こんなことなら、貴方など呼び寄せるのではなかった」

「そうですか?」

「ええ、とんだ疫病神が付いていました。それもこれも、あのエルフが悪いのです。いつだって私の邪魔をしてくれる。本当ならば私が手に入れる筈だった戦力なのに、それなのに、あの雌エルフっ……」

「先日は魔王に関して伺いました。戦力を求めるのは、その関係ですか?」

「ぇ? あ、そ、そう! そうなのですっ! なのにあのエルフはっ……」

「それは嘘。戦力を求めているのは保身のため」

「っ……」

 ボソリ、ゴッゴルちゃんが呟いた。

 先ほどの時点で既に読んでいたのだろう。

 一方でこれを受けて聖女様はといえば、悪鬼のごとくゴッゴルちゃんを睨み付ける。イケメン大学生との不倫がブサメンの旦那にバレた友人Sの奥さんが、有責の確定から慰謝料を請求された時の表情が、そう、まさにこんな感じだった。

「こ、このゴッゴル族っ……」

 完全にヒステリック入ってる。

 エディタ先生に全て押し付けて逃げる気満々じゃないか。

「魔王が復活云々に関しては、嘘だったのでしょうか?」

「……悪いですか?」

「ええまあ、あまり褒められた嘘ではありませんね」

 一連のやり取りを受けては西の勇者様が声を荒げた。

「聖女さま、それはどういうことだいっ!? 僕は貴方からお告げを受けた! 勇者を拝命してから本日まで、世界のために戦ってきたのだよ。それなのに魔王の復活が嘘というのは、驚愕以外のなにものでもないっ!」

「魔王、魔王ですか? ええ、居ますよ、魔王は。この手の中に」

 呟いた聖女様の手が、胸元に下げたペンダントへ伸びた。

 細い指に支えられて我々の目前に掲げられる。

「魔王の転生体はここに封印されています。これがある限り、次世代の魔王が現れることはないでしょう。本来ならば死と転生を繰り返す魔王ですが、その隙さえ与えなければ、再び甦ることはないのです」

「そ、そんなっ……」

 西の勇者さまの表情が愕然としたものに変わる。

 そりゃそうだろう。

 思い起こせば、つい数週前など暗黒大陸にまで飛ばされて、命懸けであれこれ頑張っていた彼らである。今更うっそぴょーんとか言われてしまったら、これまでの努力はなんだったのかと感じて当然だ。

『おい、さっさと殺してしまえ』

 傍らから物騒な注文が飛んできた。

 当然のようにロリゴンである。

 その表情は不機嫌の一言に尽きる。

「相手が相手ですからね、あまり強引な手段は考えものでしょう。それに彼女にはエディタさんの所在を尋ねなければなりません。優先すべきは彼女の安全です」

『……だったら早くしろよ』

 ロリゴンの訴えるところは尤もだ。

 ただ、今はどうしても他に確認したいことがある。

「ところで聖女様に質問なのですが、先の説明にあった転生とは何ですか? 魔王とは偶発的に発生する強大な魔族、という訳ではないのですか?」

「あの雌エルフと共に行動していながら、そんなことも知らないのですか?」

「教えて頂けると幸いですね」

 何故にそこでエディタ先生が出てくるのだろうか。

 聖女様と先生の関係が非常に気になるぞ。

 なんて考えたのが良くなったのか、或いは顔に出てしまったのか。

「私の仲間となれば全てを教えて差し上げますよ?」

「……なるほど」

 少なからず自らのペースを取り戻した様子で語ってくれる。

 この期に及んで尚も、交渉の姿勢を諦めないところ、割と嫌いじゃない。彼女の強かさには外見年齢以上の人生経験を感じる。ステータスウィンドウ的には人類枠だったけれど、もしかしたらファンタジー的な要因で先生並みに老成しているのかもしれない。

 ゴッゴルちゃんも意味深なこと教えてくれたし。

「エディタさんが無事に戻るのであれば、検討しても構いません」

「ならば今日のところは身を引いて下さい」

「いいえ、それはできませんね。今すぐにでも安否を確認させて下さい」

「あまり多くを求める男性は女性に好かれませんよ?」

「お気になさらず。妻はこれで私には勿体無いほど良く出来た女ですので」

 ちらりゴッゴルちゃんを眺めては適当を呟く。

「…………」

「…………」

 何処に居るとも知れないエディタ先生の安否を巡って、状況は完全に硬直状態である。更に相手が大聖国の代表ともなれば、どうやって片付けたものか。下手をしてはペニー帝国が近隣諸国から政治的に、経済的に、兎にも角にもフルボッコ確定である。

 カノッサちゃんの屈辱的なエロ画像が切に求められる。

 個人的には先生さえ帰ってくれば、後は野となれ山となれといった気分だ。ただ、そうした背景も手伝い、出来るところまで頑張ってみようと思う。何事も最後まで諦めなければ、意外となんとかなることは多い。ただ、急がなければならないのも事実ではある。

「一つ確認ですが、エディタさんは無事なのですよね?」

「さて、どうでしょう」

「今この場で無事が保証されないのであれば、私は貴方を拘束します」

「良いのですか? ペニー帝国など大聖国が動けば容易に傾きますよ」

「彼女と帝国を比べることがそもそもナンセンスですよ。この肌の色を見て下さい」

 もしもどちらか一つ選べと言われたら、絶対に先生じゃんね。

 ゴッゴルちゃんと三人で世界旅行に旅立つ自信あるわ。

 更にロリゴンも交えて、一緒に暗黒大陸で新しい街作りしちゃうもの。

「……大した自信ですね」

「試してみますか?」

「…………」

「彼女を連れ出すような相手に心当たりがあるのであれば、すぐに教えて下さい。私にとって一番は彼女の安否です。まさか貴方が逃がした訳ではないのでしょう?」

 ここにエディタ先生がいらっしゃったのなら話は早かった。

 先生に対して、聖女様を土下座させて一件落着だった。

 だというに、本当に誰だよもう、勝手に連れて行っちゃったのは。

「……正直、当てがないですね」

「本当ですか?」

「この期に及んで嘘をつくと思いますか?」

 聖女様の視線がゴッゴルちゃんに向かう。

 褐色ロリータさん大活躍である。

 無事に決着したら今晩は朝まで生トークさせていただく所存。

「だとすれば、こちらとしては彼女の安否を保証する意味でも、貴方という存在をこの場で逃す訳にはいきません。そもそも貴方は、どういった理由があって、彼女を捕らえたのですか? 背景を教えて下さい」

「聞いてどうするのですか?」

「貴方に対する対応の是非に関わります」

「…………」

「先に語ったところ、五百年前の出来事が原因なのですか?」

 ずっと気になっていたところを問うてみる。知りたいような、知りたくないような。聞くのが怖いような、怖くないような。自分が知らない先生は果たして、過去にどのような道を歩まれてきたのか。いいや、信じている、金髪ロリムチムチ先生。

 これには聖女様も何やら考える素振りだ。

 嘘を吐くか、本当のことを言うか、悩んでいるのではなかろうか。

 大魔導ヴァージンだった頃のエディタ先生は、彼女と喧嘩でもしていたのだろうか。当時から数えて五百年という歳月は、自身にとって永遠にも等しい。二人の間に如何様な関係が存在しているのか、出会って数ヶ月の自分には想像がつかない。

 などと皆があれこれと葛藤している最中のこと。

「おぉぉぉおおおおおおっっほほほほほほほほほほほほほほほほっ!」

 後方から段々と近づいてくるおほほの旋律。

 縦ロールとキモロンゲには、お屋敷の外で応接室に面した窓の下、待機していて欲しいとお伝えしていた筈だ。万が一にも聖女様が屋外脱出した際に備えての措置である。それがどうして、室内へ乗り込んだ上、更に地下牢まで降りてきてしまったのか。

 狭い地下牢の通路の途中では、キモロンゲが空間魔法を発揮。

 絶対の障壁であるゴッゴルちゃんを、華麗に回避しての登場である。

「いつまで経っても反応がないじゃなぁい? 気になって部屋を覗いてみたら、ずいぶんと楽しそうなことになっているじゃないのぉ? 私を抜きで隠し階段とか、そういう冒険するのは良くないと思うわぁっ」

「ご主人の言うとおりだ」

 なるほど、ロリゴンの壁パンを確認してやってきたらしい。

 主従揃って相変わらずの観光気分である。いいや、主従揃っているからこそ、イケイケドンドン状態なのだろう。この二人が一緒だと日々生活のテンポが七割増しだ。縦ロールは当然として、キモロンゲのヤツも心なしか楽しんで思える。

「ドリスさん、この場はそう面白いものではありませんよ」

「本当にそうかしらぁ?」

 どうしたものか。

 思考が脇に逸れた。

 一方で顕著な反応を見せたのが聖女様である。

「なっ……ど、どうして、こんなところにゲロスがっ!?」

 その瞳は大きく見開かれて、マゾ魔族を見つめていた。

 自ずと一歩、背後に後ずさっている。

 一方で見つめられる側もまた、顔には色濃い困惑が浮かんでいる。

「……ニンゲン風情が、何故に私の名を知っている?」

「っ……」

「この姿を知っているのは先代の勇者と……」

 語りかけたところで、はたと何かに気づいた様子のキモロンゲ。

「貴様、随分と様変わりしているが、中身はイードか?」

 まさかの知り合い。

 どうして聖女様と魔族の間に面識があるのか。

 っていうか、キモロンゲってば頭の巡りが滅茶苦茶早いぞ。

 天才だわコイツ。

「ぐっ……」

「そうなのだろう? 他にこの姿を知る者はいない筈だ」

 皆々の注目が聖女様とキモロンゲの間で行ったり来たり。ヤツのご主人様である縦ロールもまた、二人の関係には覚えがないようで、どういうことかしら? 言わんばかりの視線を自らの下僕に向けている。

 っていうか、次の瞬間には口が動いた。

「……どういうことかしらぁ?」

「勘違いしてはいけない。大したことではないのだ、ご主人よ」

「知り合いなのぉ? たぶん、相手はこの国の聖女よぉ?」

「先代の魔王さまが健在であった頃、当時の勇者と剣を交えたことがあった。その際、後ろのほうで震えていたのが、恐らく、その娘なのです。私にとってのご主人はご主人しかありえない。その一点だけはどうか信じて頂きたい」

「ふぅん?」

「姿こそ変わっているが、この魔力の波動は覚えがある。間違いない」

 キモロンゲの不安が完全に明後日な方向へ空振りしているぜ。

 っていうか、魔族の主人は魔王さまじゃないのかよ。

 本格的にマゾい。

 しかも今の発言ってば、西の勇者様を巻き込んで完全にアウトだぞ。

「魔族っ!? その男は魔族なのかいっ!?」

「そういえば、ここ最近は人の格好ばかりしているわねぇ」

 伊達に勇者などしていない。聖女様に次いで、キモロンゲに対しても身構えてみせる。前方に佇むの聖女さまと、後方より現れたの主従コンビの間で、せわしなく視線を右往左往させている。気苦労の絶えない青年だ。全力で他人事な縦ロールとは対照的。

 おかげで話が見事に発散してしまった。

 主従コンビのやり取りを受けて、今度は聖女様が瞳を見開くと共に問うてくる。

「タナカ男爵、まさか貴方は魔王の転生体を狙っているのですか?」

「勘違いしないで下さい。私の要求はエディタさんの身柄です」

「なにっ! 魔王さまの転生体だとっ!? どういうことだっ!」

 最終的には一周巡りして、キモロンゲが聖女様の言葉に喰らいついた。

 くそう。

 どうするよ。

 醤油顔はエディタ先生の下に行きたいだけなのだが。

「おい貴様っ! 魔王さまが転生されていない理由を知っているのかっ!?」

 おい、ちょっと待てよキモロンゲ。なんだよ、その反応は。

 次の魔王復活まで百年くらい猶予があるって、ドヤ顔で語ってたじゃん。

 反射的に醤油顔もまた、迷走する話題にジョインしてしまう。

「ちょっと待って下さい、ゲロスさん。魔王の転生には一定の期間が空くのではないですか? そして、次の転生は当面先だとおっしゃっていたと思います。それが転生していない理由を、他の誰でもない貴方が求めるというのは、どういった意味合いですか?」

「っ……」

 キモロンゲの言葉もまた聖女様の嘘に同じく、全てが全て正しくはなかったようだ。ヤツの魔族としてのミッションが、転生した魔王の確保だとすれば、その是非を巡る情報は非常に重要なものだ。嘘を吐くのも然り。

 そう考えると、あぁ、なんとなくだけれど、見えてきた。

「ゲロスさんには以前、転生直後の魔王は脆弱な存在だと伺いました。それでも人と比較しては遥かに強力だとも。故にやがては貴方たち魔族の王になるのだと。その圧倒的な力を用いて魔族を統べるのだと」

「だとしたら、なんだというんだ?」

「それは半分ばかり正しく、同時に半分ばかり間違っているのではないでしょうか? この世界の何処に転生したとも知れない未来の魔王が成長して、再びあなた方、魔族の目につくまで、幾らばかり。ただ、これは絶対ではありません」

「…………」

「魔王という存在は、必ずしも魔族の味方とは限らないのではないですか? エルフであっても人の世で生きる者がいるように、魔王であっても転生先次第では、魔族以外と共存するような場合もまた、あり得るのではないかと」

「…………」

「だからこそ、貴方のような魔族がその存在を探している」

 勢いに任せて問い掛けたところ、続く言葉は返らない。

 確信は持てないけれど、正解のような気がする。

「善意在る人間に拾われれば、あるいは英雄足り得るのではありませんか?」

「……ふん」

 忌々しそうに顔をしかめるキモロンゲ。

 これはやったのではなかろうか。

 もしかして正解の予感。

「いかがですか?」

 催促などしてみる。

 すると、ややあってキモロンゲは、ボソリボソリと呟き始めた。

「三代前の魔王さまが、そうだった。彼女を取り戻すべく動いた我々は、本来は自分たちが王と崇めるべき存在に蹴散らされて、その数を大きく減らす羽目となった。そして、圧倒的な力を振るった魔王さまは、これを恐れた人の手により殺された」

「なるほど……」

 どおりで魔王さま探しに躍起となる訳だ。

 しかしまあ、三代前の魔王時代とか、キモロンゲも随分と長生きである。もしかしなくても千年以上を生きているのではなかろうか。その結果として縦ロールのマゾ奴隷なのだから、雄とは悲しい生き物である。

 一方でキモロンゲの言葉を耳として、聖女様の表情に笑みが戻る。

「……これはまた、良いことを聞きました。ふふ、ふふふふっ」

 その手が動いた先は、自らの胸元に下げられたペンダントである。今し方に彼女が語った言葉を信じるのであれば、そこには魔王の転生体とやらが封じられている。転生体がどういった代物かは知れないが、上手く育てれば強力な駒となるのは間違いあるまい。

 それこそ醤油顔に協力など願うこと必要もなくなる。

「聖女の娘、まさか当代の魔王さまを囲っているのか?」

「さて、どうでしょうか」

「……身体こそ変わっても、その厭らしい笑みは変わらんな。反吐が出る」

「今の身体は割と可愛らしく気に入っているのですけれど」

「貴様さえ、貴様さえいなければ、先代の魔王さまはっ……」

 極めて危うい状況だ。

 万が一にもキモロンゲに事情を知られれば、ヤツは聖女様を殺してでも、ペンダントを奪い取ろうとするだろう。マゾ魔族の得意技は瞬間移動である。手狭い牢屋の通路にあっても、障害物ゴッゴルちゃんを回避して、聖女様の下まで到達する術を持っている。

 一触即発である。

 そうした只中、最も情報を持っていない西の勇者さまが絶賛混乱中である。

「ま、まって欲しい! 聖女様、貴方は何を考えているんだい!?」

「全ては神の御心のままにあります。私を信じてください」

「この期に及んでなにを信じろと言うのですかっ! 僕には無理だっ!」

 残念ながら、彼を導くだけの余裕がある者はこの場にいない。

 三つ巴どころか、誰もが自らの思惑を片手に同所へ臨んでいる都合、てんでバラバラである。聖女様とキモロンゲは元より、西の勇者さまと醤油顔の間柄も、この様子では危うい。更に背後では苛ついて床を足でトントンとやり始めたロリゴンとか控えているから、どうするよ。

 こういう時は優先順位を決めて事に当たるのが大切だ。

 自分が全てに優先すべきはなんだろう。

 そんなの決まっている、エディタ先生の安全である。

「聖女様、ひとまず話を戻しましょう」

「あぁ、タナカ男爵。貴方には感謝します。こうしてもたらされた情報は、私にとってこれ以上ない吉報でした。おかげで貴方を求めることにも意味を見出さなくて済みます。どこへでも好きなように出て行って下さい」

「ええ、エディタさんの無事が確認でき次第に出ていきます」

「本当に知りません。勝手に確認したらどうですか?」

 心の底から興味ありません、言わんばかりの態度である。

 彼女の中では既に、次世代の魔王さまが自らの手勢となることが、決定事項と思われる。それならそれで醤油顔的にはなんら困らない。勝手によろしくやってくれれば良い。まさか聖女の立場にありながら、世界征服とか企んだりはしないだろう。

 ただ、エディタ先生に対する害意が本物であるのならば、あまり強大な手駒は与えたくない。何故に彼女がエディタ先生を狙うのか、その点だけは確認しなければ。全ては金髪ロリムチムチ先生の穏やかなる生活の為に。

「一つだけ教えて下さい。貴方は何故にエディタさんを狙うのですか? 貴方とエディタさん、いいえ、私の知らない大魔導ヴァージンとの間には、どのような関わりあいがあったのですか? 一方的に捕らえて牢へ入れるだなどと、普通じゃありませんよ」

「タナカ男爵、人に尋ねてばかりでは成長できませんよ?」

 ちょっとイラっと来た。

 流石にイラっと来た。

 少しファイアボールな気分になった。

「聖女さま、私は真面目にお伺いしているのですが……」

 醤油顔は早くエディタ先生の下に行きたいのだ。

 焦りから自然と拳など握ってしまう。

 すると、代わりに吠えたのがマゾ魔族だ。

「お、おい待て、聖女の娘と大魔導ヴァージンのしがらみか? それなら私が知っている! だから妙なことは考えるな? ここにはご主人もいるのだ。いいのか!? ご主人が失われるような真似をしてっ!」

 恐らく学園都市での一件を鑑みての反応だろう。

 巨大なファイアボールがトラウマって思える。

「知っているのですか?」

「当然だ。私は当時、先代の魔王さまと共に行動していたのだ」

「なるほど」

 そういうことは最初に言ってくれよ。

 自ずと醤油顔を含めて、皆々の視線がキモロンゲに向かう。多くは疑問の表情を浮かべてのこと。ただ唯一、聖女様だけは視線を厳しくして、忌々しげに。もしかしたら、彼女としては公にされたくない過去なのかもしれない。

「お願いします、ゲロスさん」

 なんて考えたところで――

「あ、ああ。その娘は魔王さまと結ばれた先代の勇者に、嫉妬したのだ。そして終ぞ二人が、人と魔族が和平を結ぼうとした瞬間、自らの手で仲間である筈の先代勇者と、その仲間を殺したのだ。自らが魔王さまに選ばれなかったばかりに」

「…………」

 ちょっと待てよキモロンゲ、この期に及んでそういうの面倒臭いじゃんよ。
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