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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

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大聖国 四


 聖女様との謁見を終えたところ、次いで訪れた先は、お城にほど近いところへ設けられた建物だった。案内をしてくれた修道女さん曰く、同国を訪れた国賓が滞在するのに利用するお屋敷なのだという。

 丸っと建物一つ貸し出して下さるとは太っ腹だ。ぱっと見た感じ首都カリスで眺めた魔道貴族宅ほどの規模がある。お屋敷というよりは完全に城である。庭も広大。馬車で乗り付けることが前提の幅広な正門は増山寺の大門を超えるサイズだ。

 そして、いざ望んだエントランスでのこと。

「お、おい、これは……」

「あらぁん? どこかで見たような光景ねぇ」

 我々を歓迎するようズラリと並んだのはメイドさんと執事の一団。

 前者は十代を中心として下は一桁後半から上は二十代半ばまで、一騎当千の綺麗どころが並ぶ。胸の大きさもぺったんこから超弩級までいろどりみどり。町娘風の素朴な子から、イケイケな雰囲気のお姉さま系まで揃っていらっしゃる。

 一方で後者もまた一人の例外なくイケメン揃い。こちらも下は一桁から上は二十代半ばまで、非の打ち所のないナイスガイが並んでいる。線の細いジャニーズ系から、ガタイの良いマッチョまで幅広に取り揃えていらっしゃる。

「ようこそいらっしゃいました、タナカ男爵」

 一団を代表するよう、老齢の執事が歩み寄ってきた。

 どこかで見たような顔だ。

 たぶん、気のせいだろう。

「これはこれは、ご丁寧にどうもありがとうございます」

「聖女様より仰せつかっております。どうぞ、こちらへ」

「あ、これはどうも」

 きっと居室までご案内して下さるのだろう。

 促されるままに足を進める。すると、我々が歩み始めるに応じて、エントランスにてお迎えして下さったメイドさんと執事が、これに続くよう後続に並んだ。つい先日、リゾート地に眺めたそれと同様、大名行列さながらとなる。最高にセレブな気分だ。

 おかげでエディタ先生の表情が芳しくない。

「お、お、おい、こんな高そうな場所に宿を取っては……」

 廊下を行くすぐ隣で、即座にお財布の中身の心配をし始めている。

 どんだけ貧乏症なのだろう。

 あっちを見てブルブル、こっちを見てブルブル、小動物感迸る。

「こちらでの支払いは問題ありません。気になさらないで下さい」

「だが、さ、流石にこれは……しかも他国だし……」

「聖女様のご好意で宿泊させて頂く運びとなりましたので」

「…………」

 ご説明を行って尚も、不安気な表情は晴れそうにない。

 勝手な想像ではあるけれど、たぶん、エディタ先生は奢りとは縁遠い生活をされてきたのだろう。多少でも奢られた経験のある女性であれば、このような状況で財布の心配などしない。故に先生が可愛い。可愛い。

 一方、縦ロールの堂々とした振る舞いはどうだ。

「ふぅん? なかなか良いところじゃないのぉ」

「はい、ご主人が休暇を過ごすにふさわしい環境だと思います」

 伊達に貴族していない。自身が招待された訳でもないのに、まるで我が家を往くように闊歩していらっしゃる。その豪奢な出で立ちと、あまりにも立派な縦ロールを鑑みれば、高級感溢れる背景にも自然に溶け込んで思えるから悔しい。

 人生を楽しむって、たぶん縦ロールのような生き方を言うのだろうな。キモロンゲも主人の笑顔が喜ばしいのか、いつもより嬉しそうだ。思い起こせば、この二人が休暇以外の体で活動している姿、紛争以降一度も見ていない気がする。

「もちろん私も、ここでは好きにして良いのよねぇ?」

 ただ、縦ロールも縦ロールで意外とお財布の心配をするタイプだ。

 根っこの部分は先生と同じなのかもしれない。

 幾ら好きに使って良いと言われているとはいえ、あまり散財すると後々で聖女様との交渉が不利になりそうで怖い。しかしながら、縦ロールとの貸し借りもまた確かであるから、ここはちゃんと返しておくべきだろう。

「ええ、約束は約束ですから」

「ふぅん? こうして滞在先を取っ替え引っ替えするのも悪くないわねぇ」

「お手柔らかにお願いします」

 先生と同様に可愛いと思ってしまった自分が憎い。

 そうした具合にあれこれ語らいながら歩くことしばらく。

「こちらがお部屋となります」

 ややあって、先頭を行く老齢な執事さんからお声が掛かった。

 どうやら目的地に到着したらしい。

 意識を向ければ、そちらには両開きのドアの先、豪奢な一室が広がっている。

「この屋敷で一番に広い主寝室となります」

 宗教国家というと簡素清貧なイメージがあったのだけれど、そんなことはなかった。むしろ逆だ。ペニー帝国と同じくらい贅を尽くして思える。例によってベッドは巨大で天蓋付きだし、寝室にも関わらずソファーセットやルームバーっぽいの並んでいるし。

 高級リゾート地の一泊数百万な三星ホテルが霞んで見えるぞ。

「ご用の際にはこちらのベルをご利用下さい」

「これはご丁寧にどうも」

 受け取ると思ったよりズッシリきた。

 とてもお高そうなシロモノだ。

「銀色のベルがメイドを、金色のベルが執事を呼ぶものとなります」

「なるほど」

 マジか。

 呼び鈴が男女別とか、完全にセックス用じゃん。

 ハメベルじゃん。

 男性用はエディタ先生にプレゼントだろうか。

 あ、いや、でも、この距離感で致されたら凹む自信ある。っていうか、絶対に凹む。事後の少し上気した先生とか見たら、悲しみから逃げ出してしまう。現実から逃げてしまう。そのままゴッゴルちゃんを回収して二人で世界旅行してしまう。

「それではどうぞ、ごゆるりとお楽しみ下さいませ」

「ありがとうございます」

 こちらが素直に頷いて応じると、老齢の彼は歩み去っていった。

 後は若いのにお任せして、ってところだろう。

 故に残されたのはメイドさんと執事の一団。

 部屋に入ってすぐの場所にずらりと並んでいらっしゃる。

 心なしか執事の面々の意識がエディタ先生と縦ロールに向かっているような。一方でメイドさんたちの視線はキモロンゲへ。おかげで醤油顔的は非常に悲しい気分だわ。自分だけお呼びじゃないスワッピングって、こういう感じなんじゃないかね。

 しばらくを悩んでいると、メイドさんの一人が動いた。

「お飲み物を用意させて頂きます」

「え? あ、それはどうも……」

「ご注文を頂戴できませんでしょうか?」

 声を駆けて来た彼女とは別、数名のメイドが自ずとルームバーに向かう。

 壁に沿って設けられた棚には数多のボトルが並び、正面にはカウンター。ただし、椅子は小さな丸椅子が二つばかり。恐らくソファーに座って頂くのが、こちらをデザインした匠の想定するスタイルなのだろう。

「大聖国オススメのものなどありましたらお願いします」

「わたくしもこの男と同じものを頼もうかしらぁ」

 適当にお願いすると、間髪置かずに縦ロールが続いた。

 コイツの酒好きは本物だと思う。

「わたしもご主人と同じものを」

 自然とキモロンゲがこれに習う。

 見上げた奴隷根性だ。

 他方、酷く慌てた様子を見せるのがエディタ先生である。

「え? あ、わ、わ、私は、その、酒はあまり好かんが故にっ……」

「承知いたしました。では搾りたての果実をお持ち致します」

「あ、あぁ……たのむ」

 少し残念そうな表情は、もしかして自分だけ仲間外れだからだろうか。とかなんとか、エディタ先生のコロコロと変化する表情を眺めては、心をホコホコとさせる。

 そうした最中の出来事であった。

 カウンターの傍ら、不意にメイドさんが身体をかがめた。膝を折ることなくピンと伸ばしたまま、腰を曲げて棚のしたの方へ手を伸ばす形だ。

 自ずと極めて短いスカートが尻肉によりめくれ上がる。

 当然、童貞野郎の視線はその奥に潜む魔物に万全の警戒を。

「…………」

 あれ、もしかして穿いて――――。

「お、おいっ! なにを見ているっ!?」

 瑞々しい桃に入った深い切れ目の奥が垣間見えようとした寸前のことだった、片端よりエディタ先生の叱咤が飛んだ。咄嗟に視線を移すと、そこには眦を釣り上げる金髪ロリムチムチ氏の姿が窺える。どうやら醤油顔の注目する先を精巧にトレースしていたようだ。

 なんということだ。

 取り繕わねば。

「随分と色々なお酒が並んでいますね。とても気になります」

「え? あ、そ、そうか?」

「はい、どのようなお酒が出てくるものかと気になります」

 慌ててはいけない。

 キョドってはいけない。

 ここは落ち着いた対応が必要だ。甚だ遺憾ではあるが、彼女の側を振り向く。当然、メイドさんは視界からフェードアウト。見たかった。最後まで見てその存在を確かなものとしたかった。ノーパンのノーの部分を。

「だ、だがしかし、あまりジロジロと見るのは良くないと思うぞっ!」

「たしかにエディタさんの仰ることは尤もですね」

「……う、うむ」

 ギリギリセーフ。

 全力ですっとぼけてやったぜ。

 なんて醤油顔が奮闘している傍ら、その全てを台無しにするのが縦ロールの何気ない一言である。その視線は平素と変わらない眼差しをジィと、今だモロモロしているだろうメイドさんに向けてはつらつらと。

「こっちのメイドは随分と清々しい格好をしているのねぇ」

「っ……」

「前に居たところの方が、まわりくどくて良かったかしらぁ?」

 なにがどう清々しいのか。

 おじさん気になります。

 しかし、全ては既に視界の彼方である。

 本当にノーパンなのか。

 穿いていないのか。

 事実関係の確認が切に望まれる。

 自分は一ミリも見ておりません。

 なんということだ。エディタ先生、なんということだ。

「おいっ、こ、こっちへ座って待つぞっ!」

「そうですね。ゆっくりさせていただきましょう」

 醤油顔がどっかとソファーへ腰掛けると同時、急ぎ足で対面のソファーに周った先生は、酷く慌てた調子で着座。かと思えば、早々にも足を大きく組んで見せる。いつもより膝の位置が高い。そんな先生のパンチラも嬉しいけれど、今はどこの誰とも知れないメイドさんの具に興味津々でございます。

 大聖国のお持て成しの心、おそるべし。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 エルフさんを探すこと丸一日、遂に日が暮れてしまいました。

『くぬぉぉぉ、あのエルフはどこに消えたんだっ!』

 吠えるドラゴンさん、割と焦っていらっしゃいます。

 たぶん、エルフさんがタナカさんと仲の良いことをご存知だからでしょう。時間の経過とともに段々と焦りを増してゆく様子は、出会って当初の粗暴な振る舞いからすると、非常に新鮮なものでした。

 多くは今の小さくて可愛らしい姿格好に由来するのでしょうが、それでも昨今の彼女は随分と棘が取れたように思われます。まあ、一介のメイドからすれば、未だ大した脅威であり、恐怖の対象であることには変わらないのですが。

「……もう暗い」

『そ、そんなこと理解しているっ!』

「…………」

『……ぬぅっ』

 現在、私たちは大聖国にほど近いリゾート地の空に浮かんでおります。今の今までエルフさんの行方を空の低いところから探しておりました。ですが、どれだけ時間を掛けても、その姿を見つけることはできませんでした。

 既に灯りも落ちて真っ暗です。

 帰りたいです。

 おうちに帰りたいです。

 でも、エルフさんを探さなければなりません。もしも怪我をして動けないような状況にあっては、一刻を争う事態です。思い起こせば彼女も普通に魔法を使っていたような気がしますが、空を飛ぶことは可能であったのでしょうか。

「あの、エ、エルフさんは空を飛べるのでしょうか?」

 今更ながらの問い掛けに答えて下さったのはゴッゴルさんです。ドラゴンさんとその背に乗った私から距離を設けること、槍が届かないほどの距離に浮かんでいらっしゃいます。日が暮れたことで、その姿も幾分か暗がりに陰って思えますね。

「飛べる」

「そ、そうだったんですね! 良かったです……」

「けど、おそらく負傷している」

「え?」

「そのドラゴンの飛行障壁に触れていた筈だから」

「…………」

 魔法的なお話はサッパリ分かりません。ですが、負傷との言葉はまさか聴き逃しません。落下に際しては大きな悲鳴が聞こえておりました。もしかしたら、それが飛行障壁とやらに触れた瞬間なのかもしれません。

 また仮に意識が確かであったとしても、あのエルフさんですから、慌ててしまって上手く飛べないのではないかとか、どうしても不安ばかりが鎌首をもたげてしまいます。叶うことなら夜通し探してでも安心を得たいところでしょうか。

 しかしながら、如何せん屋外は暗いのです。

「……宿を取るべき」

『あぁ? 宿?』

「拠点を確保する。近くに大聖国という人間の街がある」

 一瞬、チラリとお二方より視線が向けられました。

 なんでしょうか。

 やっぱり、私が足手まといなのでしょうか。

 ごめんなさい。

 空を飛べないメイドは荷物持ちにもなれません。

『ぐるるるるるる、貴様の言葉に従うのは甚だ癪だ……』

「ならどうする?」

『だが、良いだろう。今回は提案に乗ってやる』

「案内する。付いてくる」

『ふんっ……』

 危うい距離感でのお話し合いを経て、向かう先が決まったようです。

 大聖国。

 私も耳に覚えがあります。

 この大陸に住まう人であれば、知らない人はいないでしょう。多くの国の多くの人たちが信仰する主要な宗教、その総本山に位置する国となります。教徒の方でなくとも、同国の栄華は誰もが知るところにあります。

 私自身、死ぬまでに一度は観光へ言ってみたいと思っていました。

 まさかこのような形で夢が叶うとは想定しておりませんでしたとも。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 ドラゴンさんの背に揺られること、辿り着いた先は大聖国です。

 初めて訪れる場所ですが、首都カリスに比肩する街の規模に加えて、そこらかしこに並んだ案内や教会の類から判断しますところ、こちらが同国の中枢都市であることは容易に判断ができます。

 既に日が暮れているにも関わらず、通りには人の姿が見られます。特に繁華街と思しき通りなどは日中にも勝るのではないかと思うほどの賑やかさを感じます。如何に聖女様のお膝元とあっても、酒場や色街の類は変わらないようですね。

 そうした只中、我々は通りを歩んでおります。

『おいっ! それ以上近づくなっ! けっこう近いぞっ!』

「……人が多い。あまり離れるとはぐれる」

『読んでないだろうなっ!? まさか読んでないだろうなっ!?』

「読んでない。ソフィアもいる」

『グルルルルル』

 飛行魔法で降り立った先、本日の宿を求め歩んでいる次第にございます。これがなかなか大変です。空を飛んでいる最中は良かったのですが、地上に下りて手狭い街中を歩むとなると、お互いの距離感に一悶着でしょうか。

 ゴッゴルさんとは距離を設けなければ心を読まれてしまいます。敏感になったドラゴンさんが数歩を歩む都度、後ろを振り返っては声を上げられます。もちろん私も気になります。声を上げる度胸がないだけです。

 地上に降り立ってしばし、そうした具合に通りを歩んでいる最中のことでした。

 不意に他所より投げかけられたのが聞き慣れぬ声です。

「おいっ! どうして奴隷でもないゴッゴル族が街を歩いてるんだっ!?」

 誰とも知れない男性でした。

 聞き慣れた響きを耳として、先行する私とドラゴンさんが後方を振り返ります。そこには槍が届かないほどの距離を隔ててゴッゴルさんが歩んでおります。ただ、今し方の声を耳としてでしょう。彼女は歩みを止めておりました。

 自然と我々の足も止まります。

 ゴッゴルさんが視線を向けた先には、顔をしかめた男性がいらっしゃいます。まるで汚物でも見るような眼差しで、彼女を見つめていらっしゃいます。実はこれまでも少なからず気になっておりました。ゴッゴルさん、とても注目されておりましたから。

 しかし、まさか非難の声が挙がるとは思いませんでした。

 彼が大きく叫んだおかげで、周囲からも注目が集まります。

「いやねぇ、街中にゴッゴル族が入り込むだなんて」「いったいどうやって入りこんだんだ?」「奴隷じゃないのか?」「首輪がついてねぇんだ、奴隷じゃないだろう」「首輪をしていないゴッゴル族なんて、危なくて仕方がないわよ!」「誰が連れ込んだんだ?」「もしかして勝手に入ってきやがったのか?」

 自然と彼女を巡り声が伝搬してゆきます。

 どうやらゴッゴル族お断りの雰囲気です。

 多少は想定しておりました。ですが、まさかここまで露骨に注目を集めるとは思いませんでした。首都カリスであってもゴッゴル族の方はたまに見ます。多くの場合は貴族様が抱えているのですが、その身分は奴隷に限りません。

 もちろん嫌な顔をする方は少なからずおります。ただ、それでも街の通りで声を上げてまで非難をすることは稀です。主人である貴族様を恐れてのこともありますが、そこまで露骨に迫害はされておりません。街で買い物をするくらいなら問題ないでしょう。

 しかしながら、こちら大聖国では勝手が違うようです。

「門番はなにをやっていたのかしら?」「さっさと追い出しちまおうぜ」「見ろ、汚らしい色の肌じゃないか」「あぁ、本当に汚らしい」「ここが大聖国と理解しているのかしら?」「みているこっちの心が汚れちまいそうだぜ」「触った相手の心を読むんだろう? 悪魔の所業だな」「おい、こっち見てるぞ? 汚らわしい」

 段々と街の人たちが勢いづいてゆくのを感じます。

 夜遅い時間帯も手伝い、通りを歩む人たちの中には、お酒が入っていらっしゃる方も少なくないようで、過激な言葉も多いです。このままでは暴動騒ぎになってしまいそうです。個人的にはどうにかしたいと思います。しかし、いきり立った街の人たちは怖いです。

『ふふん、ざまぁない』

 一方で良い笑顔なのがドラゴンさんです。

 思い起こせば彼女は一貫してゴッゴルさんを嫌っておりましたね。

 満足そうにニマニマしていらっしゃいます。

『そいつらの言うとおり、大人しくどこへでも帰れば良いのだ』

「あの、さ、流石にそれは……」

 申し訳ない気がします。

 私自身、ゴッゴルさんに対する苦手意識はございます。しかしながら、ここ数日を共に行動したところ、多少なりとも仲間意識が芽生えているのもまた事実です。なによりタナカさんの仲間なのですから、これを突き放すことには抵抗があります。

『どだいゴッゴル族が人の世に紛れるというのが無理なのだ』

「それは……その……」

 そう言われると、メイドとしても辛いです。

 彼女の傍らに立てる人は、きっと本当に少ないと思いますから。

 私自身も彼女とは距離を設けていた都合、右か左かで言えば、群衆の側に立っております。その事実が今まさに良心を叱咤すると同時、しかしながら、痛みを訴えるばかりで、一歩として寄り添うことができません。

 タナカさんだったら、たぶん、すぐさま彼女の下に向かったでしょう。

 私にはそれができません。

 やはり、心のなかを読まれるのは、とても怖いことです。

「ゴッゴル族は出て行けっ!」

 あれこれ考えている最中のこと、不意に街の人たちの方から、石が飛んできました。拳ほどの大きさです。かなりの勢いに投げられたようで、それは気付けばゴッゴルさんの顔に当たっておりました。

 ゴンという音が鳴りました。

 勢いを失った石は彼女の足元に落ちてコロコロと。

 一方でぶつけられた側、彼女の頬には僅かばかり肌に赤みが窺えます。もしも彼女が私たちと同じ普通の人間であったのなら、骨を砕かれていたかも知れません。かなり勢いがありました。

 ただ、タナカさんが仰るには、彼女は特別なゴッゴル族で、とても強いのだそうです。恐らく石を投げられた程度で、どうこうすることはないでしょう。だから、石がぶつかっても彼女の身体は、僅か揺らぐことすらありませんでした。

「…………」

 それでも自分より小さい女の子が、見ず知らずの相手から石を投げつけられる光景というのは、なかなか胸に響くものがあります。立ち振舞こそ変わらず、だた、石のぶつかった箇所を指先で静かに撫でる姿が、妙な哀れさを誘います。

 幼い見た目と、酷く達観して思える物静かな眼差しとが、そうした感慨を殊更に深いものとして訴えます。ご本人は何を語ることもありません。ただ、どこか遠くを眺めて呆と立つばかりです。

 どうしましょう。

 一度出直した方が良いでしょうか。

 そうですよね。

 そうしましょう。

 私は野宿でも大丈夫です。この辺りは伊達に貴族様方がリゾート地などを設けておりません。一年を通じて気候も温暖であり、同時に治安も良い場所だと聞きます。きっと一晩や二晩程度であれば大丈夫でしょう。

 考えがまとまったところで、ドラゴンさんを説得すべく向き直ります。

「あの、よ、よろしければ……」

『おい、いま石を投げたヤツ』

 今まさに勇気を振り絞ったメイドが、お声掛けさせて頂こうとしたところ、ドラゴンさんの意識は他所に向かっておりました。先程までの笑みは失われて、顰め面に街の方々を睨みつけていらっしゃいます。

 かと思えばスタスタと、通りに集まった街の人たちの方に向かい、歩んで行くではないですか。その歩みが向かった先は、ゴッゴルさんに野次を飛ばしていた男性の一人です。今し方に石を投げつけた方でもあります。

『貴様だよな?』

「な、なんですかね? 貴族さまにお声がけされるような真似はしてませんぜ?」

『貴様が投げたんだろう?』

「街をゴッゴル族が歩いていたんですから、敬虔な教徒として石を投げるくらい、当然の行いだと思いますが、な、なんですかね? まさか貴族のお嬢さまは、ゴッゴル族に慈悲を与えろと仰るので?」

 男性はロリゴンさんの身なりから、彼女を貴族と判断したようです。彼女の衣服はファーレン様が用立てておりますので、相応に値の張る代物が大半です。町作りでホコリまみれになったそれを洗濯するのはメイドの仕事でございましたから断言できます。

 実際は貴族どころか人でさえない彼女です。ただ、ドラゴンシティの町長を任されているという点では、並の下級貴族より身分としては上と思われます。あの街で流通する貨幣の量は馬鹿になりません。しかも日に日に増えております。

『私が傷めつける分には構わないが、貴様らにやられると無性に苛立つ』

「……ぇ?」

 ドラゴンさんの腕が振り上げられました。

「っ……」

 これは良くないと思います。絶対に良くないですよ。

 次の瞬間にでも、真っ赤に染まった界隈が想像されます。

「ま、待ってくださいっ!」

 大慌てで止めに入ります。

 振り上げられたドラゴンさんの腕に両手でしがみつきました。

『っ……じゃ、邪魔するなっ!』

「ひっ……」

 ドラゴンさんに怒鳴られるの怖いです。

 いま少し漏れました。

『危うく貴様の腕を引き千切るところだったろうが! 分かってるのかっ!?』

「こんな場所で喧嘩を起こしたら、タ、タナカさんに嫌われてしまうと思います! 私が、私がなんとかしますから、ですからどうか、クリスティーナさんは下がっていてくださいっ! お、お、お願いします!」

『ぐっ……』

 タナカさんの名前を出したところ、ドラゴンさんの腕が下がりました。

 効果は抜群です。

 一方で訝しげな表情を浮かべるのが石を投げつけた男性でしょうか。

 そんな彼に向き直り、メイドはご連絡させて頂きます。

「も、申し訳ありません。こちらの方はペニー帝国のさる大貴族様のご令嬢となりまして、そちらの彼女もまた、お嬢さまの家の者となります。万が一があっては、私や貴方さまの命に関わりますので、ご、ご容赦いただけたらと……」

「え……」

『おいっ、どうして貴様がそいつに頭を下げる必要があるっ!?』

 少しばかり嘘が入っていますけれど、大凡正しいので問題ありません。

 そうしてツラツラと述べたところ、石を投げた男性の顔色が真っ青に。どうやらゴッゴルさんの印象が強すぎた為、離れて歩んでいた我々にまでは意識がまわっていなかったようです。同行者であったことは彼もまた完全に想定外みたいですね。

「いやでも、く、首に輪っかが付いてないっ」

「お嬢さまは寛大なお心の持ち主でありまして……」

「っ……」

 今度はドラゴンさんに向いたところで、私は恭しく頭を垂れます。いつぞや学園都市の寮で受けたメイドとしての教育が遺憾なく発揮されておりますよ。腰の角度が大切だと学びました。腰の角度が。

『……グルルルルル』

 今にも男性に飛びかかりそうなドラゴンさん怖いです。

 おかげで男性は数歩ばかり後ずさりました。

 そして、次の瞬間には土下座です。

 地面に額を擦り付けるよう、それはもう見事な土下座と相成りました。

「お貴族様の従者とは知らず、も、も、申し訳ありません! どうか、どうかお許し下さい! 何卒、心を入れ替えますので、ご慈悲をっ! ご慈悲を下さいっ! なんでもいたしますので、どうか命だけはっ……」

 大聖国であっても貴族と平民の立場は絶対のようです。同国は海外から足を運ぶ貴族も多いでしょうから、市井では理不尽も多いのかもしれません。その最たるが今まさに自らの引き起こしたところと考えると、同じ平民として複雑な気分でしょうか。

 ただ、大人の男性が自分の足元にひれ伏すの、ちょっと快感です。

「お、おいおい、貴族の従者だってよっ!」「誰だよ、奴隷じゃないとか言ったやつっ!」「巻き込まれちゃ堪らねぇ、さっさとずらかるぞ!」「ママー、ゴッゴルー! ゴッゴルー!」「駄目、見ちゃいけませんっ!」「あの男、貴族さまの身内相手に石を投げるとか、完全に死んだな」「あぶねぇ、俺も一緒になって投げるところだったわ……」

 同時にメイドの口上を耳としたところ、集まっていた通行人の方々が蜘蛛の子を散らすに去ってゆきます。今まさに土下座を晒す男性の姿を眺めてのことでしょう。巻き込まれては堪らないとばかりの反応です。

 瞬く間に人は流れて、残ったのは私とドラゴンさん、ゴッゴルさん、そして、石を投げつけた男性となりました。通行人の方々は、これを避けるよう距離をおいて、我関せずの姿勢で行き交っております。これがお貴族様の力なのですね。

 一連の様子を目の当たりとしては、ドラゴンさんも冷めた視線です。

『……ふん、下らない。さっさと行くぞ』

 どうやら熱を収めて頂けたようです。

 良かったです。

 危うく旅行先で牢屋に突っ込まれるところでした。

 そうでなくとも大問題を起こすところでした。

「……ありがとう」

 胸をホットさせているメイドの傍ら、ゴッゴルさんからお礼を頂戴してしました。なんでしょう、心がソワソワとしてしまいます。猛獣から獲物を頂戴した気分です。ただ、決して嫌な気分ではありません。頑張って良かったです。

 いつか両者の距離が縮まる日とか、訪れたりするのでしょうか。

 流石にそれはないと思いますが、でも、来たら嬉しいような気もします。

『べ、別に貴様のためにやった訳じゃない!』

「私はソフィアに言った」

『ぐっ……』

「……冗談」

『だ、だ、だったら、なんなんだっ! あぁっ!?』

「……ドラゴンも、ありがとう」

『うるさい! だまれ! ゴ、ゴッゴル風情がっ』

 彼女なりの照れ隠しなのでしょう。

 頭を下げるゴッゴルさんに構わず、ドラゴンさんが我先にと歩き出しました。

「あ、ま、待ってくださいっ!」

 そんな彼女にメイドもまた付き従わせて頂きます。これに遅れること槍の届かない距離を隔てて、ゴッゴルさんの付いていらっしゃる気配が窺えます。先程よりも少し距離を取って思えます。たぶん、私たちに気遣って下さっているのでしょう。

 そうした彼女の負担を減らす意味でも、まずはゴッゴルさんのお洋服など新調すべきですね。今の肌も顕わな姿格好のままでは、また同じことを繰り返してしまうかもしれません。お宿に到着し次第、早急にご提案させていただきましょう。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 大聖国に数多ある大衆向け宿屋の一つに、私たちは当面の拠点を設けました。格は中の上といったところです。平民向けの施設としてはそこそこです。

 これまで何ら役に立たなかったメイドですが、その支払を巡ってはようやっと、活躍する機会を得ました。いつぞやドラゴンさん退治で王様から貰った金貨を存分に利用させて頂いた次第にございます。

 三人、一週間分を前払いです。

 これで当面はエルフさん探しに専念できますね。

 ただ、お宿に到着して以後、ゴッゴルさんのお洋服を購入したところで、本日の活動は終了となりました。既に夜も遅いので今日のところは休み、また明日から捜索しようというお話となりました。ドラゴンさんとゴッゴルさんがそのように決められました。

 なんの力もないメイドとしては、大人しく従う限りです。

 そんなこんなで今、私はベッドに身体を横たえております。

「…………」

 当然、眠れません。

 本当に寝てしまって良いのでしょうか。エルフさんを探しに行くべきではないのでしょうか。そんな疑問が胸の内に渦巻いては、目が冴えてしまいます。明日を思えば今は身体を休めるのが正しい判断だと思うのですが、身体は休んでくれません。

 しかしながら、自分一人では現場まで移動するだけで夜が明けてしまいます。私を乗せて下さるドラゴンさんが眠るというのであれば、これをどうこうすることはできません。どうにもこうにも申し訳なさばかりが先立ちます。

「…………」

 それでも目をつぶっていると、人の身体とは不思議ですね。

 うつらうつらしてくるではありませんか。

 やがて半刻ばかり過ぎると、いよいよ睡魔は訪れました。一日中、ドラゴンさんの背に揺られていたので、相応に疲れていたようです。段々と頭が働かなくなり、耳に届く音が遠く感じられ始めます。

 そうした頃合いのこと、不意に傍らのベッドより声が聞こえてきました。

『……やっと寝たか』

「…………」

 独り言でしょうか、ボソボソとした呟きです。

 お返事をしようか迷います。

 ぼんやりとした頭で迷います。

「…………」

『…………』

 お布団気持ちいいです。でも、お返事をした方が良いような。

 でも私に話しかけた訳ではないのかも。

 とかなんとか。

 ぼんやり迷っている間にタイミングを逃してしまいました。

 すると、ドラゴンさんは何やら納得された様子で、続くところを再びボソリ。

『行くか……』

 モソモソと布の擦れる音が、他に音のない一室に静々と響きます。かと思えば、ギィと戸口の開く音が。

 もしかしてお出掛けでしょうか。それともトイレか何かでしょうか。お返事をするにも時機を逃してしまった為、メイドは目を瞑って寝た振りの体であります。

 ドラゴンさんに寝たふりしていたと思われるのは怖いです。目を瞑ったまま、あれこれと音の理由について考えておりました。

 すると、今度は窓の方からゴッゴルさんの声が。

「……早く出る」

『むっ、ど、どうして貴様がそこにいるっ! まさか見てたのか?』

「別に……」

 どうやら今の掠れた音は、部屋の窓を開けた音のようですね。

『あ、おいっ! そ、それ以上近づくなっ! 近づくなよっ!?』

「残念」

『なんて性質たちの悪い生き物だっ……』

 少しだけ、ほんの少しだけ薄目を開いて様子を伺います。

 想定した通り、開け放たれた窓ガラスの先には、空に浮かぶゴッゴルさんの姿がありました。彼女の力の都合、お一人だけ別室として宿をご用意させて頂きました。同室はドラゴンさんが絶対に嫌だと仰った為です。

 非常に卑しい話ではありますが、私もまた少しホッしておりました。

「知ってる」

『……いちいち鼻につくヤツだな』

「そっちは意外と付き合いの良いドラゴン」

『口答えできなくなるくらい苛めてやろうか? あぁ?』

「あまり騒ぐとソフィアが起きる」

『ぐっ……』

「早く出発する。……エディタが心配」

『ぐるるるるるる、黙れ! い、言われずとも出るわっ!』

 ドラゴンさんが窓枠を蹴って、空に飛び立たれました。

 空に浮かんだお二人の姿は、夜の闇に消えて早々に見えなくなります。

「…………」

 どうやら私はドラゴンさんとゴッゴルさんに気を遣われたようです。

 お二人の間で事前に示し合わせていた訳ではないと思います。たぶん、各々が最初から今し方に眺めた通り、再び探しに向かう腹づもりで宿を取ることと決めたのでしょう。通りでドラゴンさんがゴッゴルさんの提案に素直に従った訳です。

「…………」

 一人だけ眠ろうとしていた自分が恥ずかしくなります。

 なんて私は無力なんでしょう。

 これまでも幾度となく感じてきた感慨にございます。

「……流石に眠気も吹き飛びましたね」

 私も私にできることをしましょう。

 もしかしたらエルフさんもこの街まで移動して来ているかもしれません。彼女が私と同じ平民であることを考えると、決して小さくない可能性です。何故ならば日中帯に探していた界隈は、大貴族や王族さまの保養地なのですから。

 それなら私にも、及ばずながら出来ることはあると思うのです。

 町中での聞き込みとか、地道なところから頑張ってゆきましょう。
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