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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫
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錬金術師エディタ 八

【ソフィアちゃん視点】

 首都カリスに戻って初日、街を歩んでいたら偶然にもミサちゃんに会いました。

 ミサちゃんは幼なじみの女の子です。私の実家が食事処を営んでいる一方で、ミサちゃんの実家は、一つ隣で道具屋を営んでおります。小さい頃から交流があり、なにかと遊ぶ機会にも恵まれて、私にとっては数少ない友達と言える間柄の同姓です。

 何故に私とミサちゃんが仲良しかと言えば、偏に男性趣味の不一致です。

 彼女は年下が好きです。少年が大好きです。

 一方で私は同世代か、少し年上が好みです。

 おかげで今日こんにちまで彼女とは衝突せず、良い友達付き合いを続けてこれました。互いに互いの語る惚気話へ、割とどうでも良いなと思いながら相槌など打ちつつ、十代半ばまで過ごしてきたという自負がございます。

 そんな彼女から、食事会に誘われました。

 なんでも本日の晩、幾名かの男性と少し良いお店で機会を設けているのだそうです。しかしながら、女性側の数が足りずに困っていたとのことでした。さてどうしよう、悩んでいたところ、偶然にも私と出会ったのだそうです。

 こちらとしても渡りに船というやつですね。

 二つ返事でうなずかせて頂いたところ、参加させて頂きました。

 もしかしたら、ち、散ってしまうかもしれませんね、私の初めて。

 などと胸の高鳴りを抑えつつ、ミカちゃんの案内に従い歩みは食事会の会場へ向かいました。場所は首都カリスでも幾分か貴族街に近いところに所在するお店です。実家のそれとは比べるまでもなくお上品な感じです。

 ミカちゃんは一目見て興奮しておりました。なんで男性の側に一人、中央の騎士団に所属する方がいらっしゃるそうで、この場はその方がご予約して下さったのだとか。ちなみにその相手こそ、彼女のお目当てなのだそうです。

 ただ、なんでしょうか。

 お店に限って言えば、そこまで緊張することはありませんでした。

 たぶん、タナカさんに連れられてあれこれ巡った為でしょう。いつぞやファーレン様の行きつけだというお店でランチさせて頂いた記憶が蘇ります。まるで味など覚えていない同店ですが、その店構えが酷く荘厳であったことは覚えております。

 比較すること事態がおこがましいとは思いますが、どうしても並べてしまうのが人の性というやつでしょうか。自分に与えられた贅沢を自分自身の価値だと錯覚してしまうのです。なんて卑しいのでしょう。ただ、おかげで幾分か余裕があります。

 そんなこんなで食事会は始まりました。

「はじめまして、クラインと申します。ほ、本日はどうぞよろしくお願いします!」

 幹事を務める男性、いいえ、少年が言いました。

 とてもお若いです。

 まだ十代も前半ではないでしょうか。

 こういった場には慣れていないのでしょう、とても緊張していらっしゃいます。初々しい感じが、非常に可愛らしく感じます。隣をチラリ窺えば、ミカちゃん、完全に狩人の目ですね。タナカさんを見つめる記憶喪失以前のエステルさまを髣髴とさせます。

 そんな彼に続くよう、他の面々もまたあいさつを交わしてゆきます。男性から始まって、女性に移る流れです。男性が三名、女性も三名。食事会は総勢六名です。ちなみにミサちゃん以外は一様に知らない方々です。

 席順はと言えば、女性側はミサちゃんを中央にして左に私、右側に二十代中頃と思われる茶褐色のロングヘアの方。少なからず外見に不自由して思われる方で、ミサちゃんの意図するところが容易に窺えますね。よくあるパターンです。

 一方で男性の側はと言えば、クラインと名乗った少年を中央として、左側に私と同じくらいの年頃の背の高い方が。右側には程よく日焼けした色黒い方が。共に顔立ちは優れております。格好いいです。年頃は二十代中頃ほどに思えます。

 しっかりとした体躯から、共にクラインさんと同じく騎士さまなのでしょう。クラインさんとの年齢差が気になりますが、中央の騎士団の方は出世が早いと聞きますし、まあ、そういうこともあるのでしょう。

「こっちは私の幼なじみで、ソフィアというの。お二人、どうかしら?」

 さっそくミカちゃんが興味のない二人の意識を私に振ります。

 遠慮ないですね。

 でも、この場に限っては感謝でしょうか。

「ソフィアさんというのかい? とても可愛いね」

「そのメイド服、とても似合ってるよ」

 あ、そう言えば私、メイド服のままでした。

 あまりにも着慣れていたので、完全に失念しておりました。

 これじゃあ変な人ではありませんか。

「クライン君、わたし、クライン君のこと、もっと知りたいなぁ」

「え? あの、ぼ、僕のこと、ですか?」

 一方でミカちゃんはクライン君に全力です。

 おかげで私以外、もう一人の女性の方が非常に可哀想なことになっております。なんのフォローも入らないあたり、完全に人数合わせで集められたのでしょう。ミカちゃんのクライン君に対する情熱を鑑みるに、私も大差ないところにあると思われますが。

 まあ、こちらはこちらで楽しませていただきましょう。

 せっかく格好の良い騎士様とお知り合いになるチャンスなのです。

 などと考えていたら、早速アピールが。

「ソフィアちゃん、騎士って興味ある? 実は俺もクラインと同じ騎士でさ」「そうそう、俺たち騎士やってるんだよ」「クラインとは、こいつが現場で研修していた時に面倒を見てやった仲でさ」「こないだ俺たち、ハイオーク討伐の仕事に行ってたんだぜ?」

 ハイオーク、聞いたことがあります。

 エステルさまから窺いました。

 たしか、タナカさんがファイアボールで倒したのだとか。

 とても格好良かったとおっしゃっていました。

「いやもう、ハイオークってのは凄いモンスターでさ」「そうそう、いや本当にハイオークってやつはヤバイんだよ。普通のオークとはまるで別物なんだよ。知ってた?」「程度の低いドラゴンなら倒しちゃうくらいなんだぜ?」

 タナカさんが自ら対応されるような相手で、更にエステルさまが感心されたとあれば、きっと強いのだと思います。あのおふた方が意識するほどのモンスターを退治なされるとは、はい、目の前のお二人に感心が湧いてきてしまいました。

 やっぱり騎士の方は凄いですね。

 そんな武勇伝、オマタがキュンとしてしまいます。

「まあ、俺たちの敵じゃなかったけどな」「そうそう、盾も使う必要はなかったぜ。迫る拳を交わして、腹に一撃決めてやったら、あっというまに倒れちまったから」「知ってる? ハイオークって結構金になるんだぜ?」「金貨十枚は余裕だな」

 金貨十枚、スゴイです。

 普通に生活していたら、平民には決して触れられない額です。それをいとも簡単に稼いでしまうなんて、きっとスゴイ騎士さまなのでしょう。俄然、興味が湧いてまいりました。もう少し色々とお話をしてみるべきですね。

 そんなこんなで食事会は良い感じに盛り上がりを見せ始めました。

 顔に不自由している女性の方お一人だけ、とても悲しいことになっております。ですが、ミカちゃんからのフォローはありません。私も騎士さまたちのお話に夢中です。可哀想だなとは思いながらも、ええ、女の世は非情なのです。

 勝ち抜かねば、行き遅れてしまうのです。

 終わってしまうのです。女としての期間が。

 私もあと二、三年が正念場だと思われます。

 途中でおトイレに引っ込んでお色直しも完璧です。

 ミカちゃんとクライン君、残り二人の男性と私。場の流れが決定されたところで、食事会は各々の欲望がままに進んでゆきました。私もまた心を鬼にして、男性お二人とあれこれお話をさせて頂いきました。騎士様格好いいです。

 そんなこんなで食事も粗方片付いた頃合でしょうか。

 不意にフロアで大きな音が響きました。

「てめぇ、なめてんのか? 少し懐が暖かくなったから、いい感じの店に足を運んでみたら、おい! こりゃどういうことだっ!? 右も左も男と女がいちゃついてやがる! しかも酒を頼もうとしたら、一杯を持ってくるにも、やたらと時間が掛かりやがる!」

 粗雑そうな男性が一人、カウンター席で荒ぶっています。

 身なりからして冒険者の方でしょうか。

 ウエイトレスの女性に吠えていらっしゃいます。

 どうやら注文したお酒が届くのが遅くて苛々してしまっているようです。この手のお高いお店は、品が届くまで時間が掛かります。それだけ手の込んだものが出てきます。どうやら、そういった仕組みとは縁遠い方のようです。

「おいこら、どうなんだっ!?」

「ひぃっ!?」

 吠えられた店員さんは怯えるばかりです。

 私自身、飲食店で働いており、同じような場面に遭遇した経験も、一度や二度ではありませんので、少なからず同情を感じてしまいます。しかしながら、私という人間は酷く弱々しい生き物です。強面の男性を相手にどうこうすることは不可能でしょう。

 タナカさんだったら、どうするでしょうか。いえ、考えるまでもありませんね。すぐに助けに向かったと思います。そして、瞬きする間に全てを解決してしまうに違いありません。ああ見えて意外と腕っ節も強いのですよね。タナカさん。

 などと自らの非力を嘆いていたところ、騒動は自らの傍らにまで飛び火です。ウェイトレスさんに文句を言っていた彼の意識がこちらに向きました。反射的にビクリ、身体を震わせたところ、その視線は私を素通りして、テーブルを挟んだ正面へ。

「なんだぁ? そんなに女を見せびらかしておもしれぇのか?」

 席を立った男性がこちらにのっしのしと迫ってきます。

 その歩みが向かった先は、今の今までお話をしていた騎士さまたちの下へ。

 怖いです。

 正直、とても怖いです。

「おい貴様。この場を少しばかり誤ってはいないか?」

「上等だ、我々が相手をしよう。大人しく外に出ると良い」

 応じて、騎士のおふた方が立ち上がりました。

 流石は騎士さまです。

 とても格好良いです。

 憧れてしまいます。

「あぁ? 良い度胸だ、まとめてぶっ殺してやらぁっ!」

 お酒が多分に入っているのでしょう。

 伝えられたところ、祖茂な男性はこれに二つ返事でうなずきました。騎士さまお二人が先導する形で、争いの舞台はお店の外に移動です。この手のやり取り、実家でも幾度と無く見てきました。決して慣れることのない展開です。

 クライン君はどうするのでしょう。チラリ視線を向けたところ、顔色がよろしくありません。具合が悪そうにテーブルへ突っ伏しています。ミカちゃんが少年を狩るときの常套手段です。トイレに行った隙に、飲み物に薬でも入れたのでしょう。

 いつの間にやら自席から立った彼女は、彼の隣に立ち、背中を左手にゆっくりと撫で擦りながら、耳元でなにやら優しく囁いております。クライン君のお持ち帰りは確定ですね。右手は既に太ももの辺りに這わされて、その先を狙っております。

 ちなみに顔に不自由な彼女は、いつの間にやら姿が消えています。

 とても自由な食事会だと思います。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 結論から申し上げますと、騎士さまお二人は負けてしまいました。

「や、やめっ……ぎゃっ……」

「ごめんなさいっ……た、たすけっ……」

 祖茂な男性一人に対して、今も足蹴にされて悲鳴を上げていらっしゃいます。当初の威勢は見る影もありません。二対一であるにも関わらず、一方的に倒されてしまいました。頭部に足を置かれて、ブーツの裏側でグリグリとされています。

 とても痛そうです。

「なんだぁ? 偉そうに吠えた割にはよわっちぃなぁ……」

 相手の男性も拍子抜けして思います。

 これは困りましたね。

 お二人に付いて私もまた店の外に出ております。そんなメイドにチラリ、勝者である男性の視線が向けられました。そうですよね。立場的にそうなると思います。なんというか、この身の上が一連の騒動の賞品的な立場にあるのは。

「おい、ねぇちゃん。俺に一杯付き合えや」

「ひっ……」

 無力なメイドはと言えば、身を強ばらせるばかりです。

 それとなく店内の様子を窺えば、ミカちゃんとクライン君の姿がありません。あ、いえ、いました。目を回してしまったクライン君を脇に抱えたミカちゃんが、今まさに飲食店からこっそりと脱出する姿を確認です。

 ズルいです。

 今回ばかりは私もそっちにすれば良かったです。

「な? いいだろ?」

 腰に手が回されました。

「いえ、あ、あのっ、わたしはっ……」

 あれ、近くで見てみると意外とイケメンですよ、この男性。

 しかも騎士様二人を相手に無傷って、結構スゴイんじゃないでしょうか。筋肉はムキムキで胸板も非常に厚いです。綺麗にそられた頭部は、どことなくゴンザレスさんを思い起こします。一方で身の丈はノイマンさんくらいあります。

 こういうアウトローな男性、もしかしたら悪くないのではないでしょうか。

 お酒の入った頭が、私のお股を緩くさせます。

 タナカさんが見た目こうだったら、きっとそれが私の理想ですね。身体とか鍛えたりしないのでしょうか。顔は残念ですが、彼が身体だけでもムキムキになれば、私もきっと妥協してメロメロになれるような気がするんですが。

「ちょっとこい、悪いようにはしねぇ。女の連れもいる」

「あっ……」

 メイド、お持ち帰りの予感です。

 見知らぬ男性に処女を奪われてしまうかも知れません。ちょっとドキドキしてきました。なんだか身体が暑いですよ。いつもより発情している気がします。どうしてでしょう。凄く男の方のモノが欲しくて堪りません。

「……なにやってるんだ?」

「え?」

 お店の前の通り、今まさに攫われようとしていた我が身に声が掛けられました。

 覚えのある響きに意識を向けたところ、そこにはエルフさんの姿が。

「あ……」

 お一人のようです。晩ごはんを食べた帰りとかでしょうか。

 たしか首都カリスでアトリエを営んでいらっしゃるのだとか。

「あまりこういうことを言いたくはないが、男はちゃんと選んだ方がいいぞ?」

「いえ、あ、あの、私は別にそうではなくて、そ、その……」

 そんなに蕩けた顔をしていましたでしょうか。

 していたかも知れません。

 今、私は無性にエッチなことがしたくて堪りません。

「……それともなんだ? そこに倒れている男たちが本命か?」

「そ、そういう訳でも……」

「釈然としないな。酒に酔っているのか? 顔が随分と赤いようだが……」

 あっちを見て、こっちを見て、エルフさん、軽く状況確認でしょうか。場所は飲食店の正面、周囲には私たちの他、騒動を耳として野次馬が集まっております。これらを一巡したところで、ふむ、と小さく頷かれました。

 なにやらご理解されたようです。

 彼女は今一度こちらに向き直り語られます。

「その娘から手を離すといい。今なら魔法の一発で勘弁してやる」

「なんだぁ? この娘の知り合いか? 見たところエルフのようだが……」

「そういうことだ」

「ふぅん?」

 男はエルフさんを値踏みするようジロジロと見つめます。

 対して彼女は甚だ不服そうに声を上げました。

「今の私は非常に機嫌が悪い。それ以上を語るならば……」

「そこを退けや。俺はこのネーチャンに酒を注いで貰うんだからよぉ?」

「誰が退くか」

「もう面倒臭ぇから言うけどよ、このネーチャン、便所の隙にそこの男どもから媚薬を盛られてるんだよ。放っておいたら男共の餌食だぜ? こんな賑やかなところで一晩過ごしてみろ、明日には汁まみれの肉便器になって広場に飾られるのがオチだ」

「なに? そうなのか?」

 男性の口からとてもショッキングな内容が、漏れたような気がしました。ただ、どうにも頭がふわふわとしていて、正しく物事を受け止めることができません。非常に重要なことを伝えられたような気がするのですが。

 肉便器で汁まみれとか、とってもエッチです。ゾクゾクしてしまいます。

「分かった。そういうことなら私が預かる。その娘とは知り合いだ」

「本当か?」

「信じられないか?」

「いや、まあいい。そういうことなら、ほらよ。持ってけ」

「ああ、たしかに」

 腰から男性の腕が離れました。

 代わりにエルフさんのか細い腕が回されます。

 エルフさん、いい匂いです。

 少しキスしたい気分になりました。

 なるほど、これが媚薬の効果ですか。

 癖になりそうです。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 外を歩いて夜の風に当たることしばらく。

 賑やかなところから離れて、半刻ばかりを歩んだでしょうか。その間、エルフさんとは碌に言葉を交わすこともありませんでした。ただ、ギュッと手を引かれて、黙々と歩んだ限りです。途中でなんどか立ち止まって、お水も飲ませて貰いました。

 おかげでようやっと、まともな思考が戻って参りました。

「あの、あ、ありがとうございます……」

「気にするな。ただ、今後は用心を忘れないことだ」

「……はい」

 媚薬、恐ろしいですね。

 危うく流れに身を任せてしまうところでした。ペニー帝国の騎士さまというと、アレンさまのイメージが強くて、一方的に信じてしまっておりました。今後は十分に注意しないといけませんね。

 あ、でも、自室で一人で楽しむ分には、媚薬、少しくらいなら、とか。

 自室で楽しんでいる最中にタナカさんに呼び出されたりしたら、ピンチですね。

 すっごくスリリングです。

 ドキドキしてしまいます。

 でもタナカさんですから、きっとなにも起こらないのでしょうね。

 あぁ、そういえばクライス君、まんまとお持ち帰りされていましたが、大丈夫でしょうか。ミカちゃんは小綺麗な顔して、かなりエグいことをします。小さい頃にスラム街で輪姦されて以来、彼女自身もかなり激しい性格になってしまったとは本人談です。

「一人で帰れそうか?」

「え? あ、は、はいっ……」

 どうしましょう。

 やはり実家に帰ったほうが良いでしょうか。

「不安ならば一晩くらい、へ、部屋を貸してやっても構わないが……」

「あ……」

 エルフさん、お優しいです。

 こんな心の汚れきったメイド風情に気をかけて下さります。

「……どうする?」

「…………」

 できれば実家には帰りたくないです。

 流石に二度も売られた身の上、どんな顔をして父親に会えば良いのやら。もう少しばかり時間をおいて、タナカさんと共に戻るのが私としては一番だと思います。彼の口から説明して貰えれば、多分、あの父親も理解すると思います。

「あの、もしよろしければ……」

「なら付いてくると良い。私の家はここからそう遠くないから」

「あ、ありがとうございますっ!」

 エルフさん、本当に素敵な方です。

 ピュアピュアです。

 対照的に、今更ながら自らの汚らしさに胸が軋みます。

「……別に、そこまで感謝される謂れはない。気まぐれと偶然の賜だっ」

 プイとそっぽを向いてしまうエルフさん、可愛いです。

 小さい女の子、可愛いです。

 まだ少し媚薬が残っているのか、キスしたくて堪りません。少しくらいなら許してくれたりしますでしょうか。いえいえいえ、良くないですよ。そういうの良くないです。まるで盛りのついたオジサンのようではありませんか。

 タナカさんの気持ち、ちょっと分かったかもしれません。

 今後は少しサービスとか、考えても良いかもしれません。

「…………」

「…………」

 再び無言となり、二人並んで夜道を歩んでおりました。

 とても穏やかな時間です。

 ただ、そうした静けさも永遠ではございません。

 しばらく進んだところで、前方から賑やかな声が聞こえてまいりました。

『おいっ! 本当にここがあのエルフの家なのか?』

「……不安なら他所へ行けばいい」

『も、もう少しだけだっ! もう少しだけ待ってやるっ!』

「別に私は頼んでない。付いてきたのはそっち」

『グルルルル、いちいち五月蝿いヤツだっ! それ以上キャンキャンと吠えるなら、こ、この場で殺してやるぞ? あぁ? おいこらっ! どうだっ!?』

「私を殺したら、あの街で町長は続けられなくなる……」

『っ……』

 どこか耳に覚えのある響きです。

 エルフさんと顔を見合わせたところで、歩みが早まります。

 ややあって暗がりの先、姿を見つけたのは見知った相手でした。

 ドラゴンさんとゴッゴルさんです。

 通りに立ち並ぶ家々の前、やいのやいの、賑やかにも言葉を交わしていらっしゃいます。両者の間には十分な距離が設けられて、ゴッゴルさんが身じろぎをする都度、ビクリ、ドラゴンさんが震えては後退する様子が、なんでしょう、どうにも可愛らしくてキスしたいです。

「……きた」

『っ……』

 互いに向かい合っている都合、こちらに顔の向いていたゴッゴルさんが先んじて、私たちの存在に気付かれました。彼女がボソリ呟くに応じて、ドラゴンさんもまた、酷く慌てた様子でこちらを振り向かれます。

 お二人はこちらを見て、何故でしょう、どこか嬉しそうです。

 一方でエルフさんは驚愕でしょうか。

「ど、どうして貴様らが私の家の前にいるんだよっ!?」

 その場に歩みを止めて、酷く戦いた様子で声を荒げられました。

 どうやらエルフさんのお宅はすぐそこらしいです。

「ドラゴンシティで留守番ではなかったのかっ!? アイツの領地でっ! そもそもク、クリスティーナといったか? 貴様はゴッゴル族を毛嫌いしていたではないか! それがどうして共に行動してっ……」

『黙れっ! い、いいから玄関を開けろ、大人しく部屋に通せ!』

「……密航したのか?」

『っ……』

「しかも、い、行く先がないのか? もしかして……」

『…………』

 恐る恐るといった様子で問いかけるエルフさん。

 これにドラゴンさんは返す言葉がないようで、黙ってしまいます。

 ドンピシャですね。

「……私が連れてきた。ごめんなさい」

「いやまあ、か、構うか構わないかで言うと判断に迷うところだが、その、な、なんだ、外で言い合うのは近所迷惑だし、とりあえず中に入るといい」

 ゴッゴルさんから謝罪の言葉が漏れました。応じてエルフさんは些か穏やかな調子となり、続くところを述べられました。つい今し方に私へご提案してくださったところと同様です。誰に対しても優しいエルフさんです。ふとした拍子に愛してしまいそうです。

 他方、一貫して態度を崩されないのがドラゴンさんでしょうか。

『ふんっ! 最初からそう大人しく提案すればいいのだ、エルフめが』

「このドラゴン、相変わらず態度がでかいな……」

『なんだ? やるか?』

「っ……」

 グルルル、喉を鳴らすドラゴンさんに対してエルフさん、完全に及び腰です。

 どうやら力関係的には前者に軍配が上がるようですね。

 個人的には全力でエルフさん派なのですが、ドラゴンさんはタナカさんのお知り合いでもぶっちぎりな感じがあるので、すみません、私では碌な戦力になれそうにないです。せめて、悔しそうな表情となったエルフさんの肩を抱かせて頂きます。

 ぎゅってさせて頂きます。

「……え?」

「あ、す、すみませんっ! つ、ついっ……」

 あれ、もしかして今の私、メルセデスさんみたいになっていませんか。

「いや、あ、あ、なんだ? 気にするなっ!」

 少しばかり元気を取り戻したエルフさん、歩み出されます。

 気恥ずかしいのか、パッとこちらから距離を取られました。かと思えば、懐から取り出した鍵を手に、パタパタと玄関まで走ってゆかれます。錠が落とされドアが開かれます。彼女が小さく手を振るに応じて、室内に明かりが灯りました。

 どうやら本当にお家へお招きしてくださるようです。

「ほら、さ、さっさと入れっ! あんまり騒ぐなよっ!?」

『うむ』

「……ありがとう」

 なんというか、その、私の場違い感が半端ないですね。

 生まれて初めて、友達の家にお泊りしたときのドキドキ、思い出します。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 今、私はエルフさんのお宅のリビングにおります。

 そこで贅沢にもソファーに腰を落ち着けて、他の皆さまとテーブルを囲みお話などさせて頂いている所存にございます。すぐ隣にはエルフさんが座っていらっしゃいます。対面にはドラゴンさんがお一人で。

 ロコロコさんは部屋の隅、出入り口のすぐ横で床に座られています。

「細かいことを尋ねるつもりはない。ただ、自らの職務を全うするつもりがないのであれば、素直にヤツに伝えて、暗黒大陸でもぺぺ山でも、好きなように去るべきだ」

 ドラゴンさんを見据えてエルフさんが仰りました。

『この私に意見するのか? エルフ如きが』

「っ……」

 エルフさん、負けそうです。

 これは良くありません。

 せめて言葉を交わすくらい、私も助力せねばなりません。

「あの、ど、どうしてこちらにいらっしゃったのですか?」

 お尋ねさせて頂きます。

 すると、返されたのは存外のこと素直なお言葉です。

『だって、ヤツが私との約束を破った。許されることではない』

 だって、だそうです。

 なんかちょっと可愛いところが、悔しいです。

「約束? なんだよそれは」

「もしかして、新しく作った塔を見て回るというお話ですか?」

 エルフさんからの問い掛けに、先んじて続けさせて頂きます。

 できる限りエルフさんの心労を減らせるよう、努力させて頂きます。

 ちょっとだけ残った媚薬が、私に勇気を与えてくれます。

『ああ、そうだ! ヤツ自身が、私と約束したのにっ……』

 結果、与えられたのは想像した以上に子供っぽい理由でした。

 でもまあ、それがドラゴンさんにとっては、とても大切なものだったのでしょう。すると、そうした感慨は語った当人に限らず、エルフさんもまた同様であったようです。ドラゴンさんの独白に応じて、小さくうなずいては応じました。

「たしかにここ最近、ヤツは忙しさに感けて適当なところがある」

『そ、そうだろうっ!? 私もそう思うのだっ! まさにそのとおりだ!』

 これにはゴッゴルさんもまた頷かれました。

「その意見には同意」

 コクコクとやたら頷いていらっしゃいます。

 ただゴッゴルさんに関しては、タナカさんもかなりお時間を取っているような。

「今回もヤツはプッシー共和国の貴族と、バ、バカンスだなどと……」

『バカンス? おい、エルフ。バカンスとはどういった話だ?』

「ふ、ふ、二人きりで、遊びに行くらしい! 私たちを放ってだっ!」

『……ほう』

「そのようなことを飛空艇で、あのプッシー共和国の娘と話していた。なんでも長いこと休むらしくてだな、あ、あの街に帰るのも、それが終わってかららしいぞっ!」

『この私との約束を破り、ほ、他のヤツと遊びまわるつもりか……』

 ドラゴンさんの眼の色が変わりました。

 呼応するよう、ゴッゴルさんが口を開かれます。

「……場所はどこ?」

「いや、流石にそこまでは確認できなかったが……」

「…………」

 エルフさんが答えたところで、ゴッゴルさんがすっと立ち上がりました。

 かと思えば、廊下の先に消えてゆきます。

「お、おいっ! どこ行くんだよっ!?」

「……確認してくる」

「え? あ、ちょっと待てっ……」

 エルフさんの問い掛けに構わず、彼女は階段の先に消えてゆきました。

 トントンタタタ、足音はすぐに遠退いて聞こえなくなります。

 やがて、玄関ドアの開いては閉じる音が響きました。

『……あのゴッゴル族、どこへ行くつもりだ?』

「いや、わ、私に聞かれても知らんしっ……」

 なんでしょうね。

 この皆さんの微妙な距離感の上に成り立つ会話って。

 先程から胸のドキドキが止まりません。

 脇の下がぐっしょりです。



◇◆◇



 学園寮で一夜を過ごして翌日、遂に訪れた出発の日。

 醤油顔と縦ロール、キモロンゲの三名は寮にほど近い場所へ設えられた中庭に立ち並んでいた。荷物らしい荷物はない。基本的には現地調達。幾らばかりか革袋に金貨を携えた程度だろうか。

「さて、それでは行きましょうか」

「本当に飛んでゆくのぉ? 貴方、途中で落ちないわよねぇ?」

「そちらの彼よりは幾分か上手に飛びますよ」

「ぐっ……き、貴様ぁっ……」

 今後の道中を思い、適当にマゾ魔族を煽っておく。

 案の定、愛するご主人さまの前で適当を語られて悔しそうな表情だ。

 この様子なら意地でも付いてきてくれることだろう。ロリゴンの翼ほどは求めないまでも、現地まで余裕を持って飛んで貰えれば幸いだ。移動時間は短ければ短いほどに、現地でバカンスする時間が増えて幸せって寸法よ。

 今回の長期休暇は絶対にリラックするのだ。

 ドラゴンシティの人妻温泉に浸かり芽吹いた髪の毛も、翌日には多くが抜け落ちてしまった。もう訳が分からんね。育毛を巡るリアルは世界を違えても変わらない。故に今はリラックス。心と身体を穏やかにして、毛根を労るのが最上位ミッション。

 今回ばかりはボーイ・ミーツ・ヴァージンも次点だ。

「地図はこちらにございます。先行するので後を追いかけてください」

「上等だっ! 貴様が先に落ちゆく姿、眺めてくれよう」

「それはまた頼もしいお言葉ですね」

 ロリゴンに比肩する飛行魔法、まさかマゾ魔族に負けるものか。

 縦ロールに格好良いところみせちゃうんだからな。

「それでは出発しましょう」

「ゲロス、この男の鼻をへし折って欲しいわぁ!」

「承知っ!」

 フワリ、醤油顔と縦ロールを抱えたマゾ魔族の身体が空に浮かび上がる。

 この飛行魔法を利用した競争、実は意外と嫌いじゃないんだよな。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 一晩過ぎて翌日、我々は首都カリスに所在する王立学園におります。

 学園メイドである私の顔を利用して敷地内に侵入しましたところ、向かった先は学園寮です。勝手知ったる学園内ですから、目的とする場所までは最短距離で駆け抜けることができます。勝手口から使用人向けの通路を疾走でしょうか。

 そうした最中のこと、不意にエルフさんから声が上がりました。

 空のある一点を指し示していらっしゃいます。

「い、行ったぞっ!」

 人差し指が指し示す先には、今まさに空へ飛び立たれたタナカさんと縦ロールさまの姿がありました。一連の流れはつい先刻、どこからともなく朝帰りしたゴッゴルさんからお伝えされたとおりです。

 曰く、今朝彼らは首都カリスをリゾート地に向かい旅立つ。

 果たして彼女がどのような手立てを用いて、そのような情報を得たのか、私は詳しいところをまるで知りません。はい、決して知ってはなりません。しかしながら、事実として飛び立った姿を目の当たりです。

『おい、さっさと乗れっ』

 エルフさんのすぐ傍らでは、あぁ、懐かしいですね。

 幼い童女の姿をそのまま、地面に寝そべるドラゴンさんがいらっしゃいます。

 色々と恥を思い出してしまいます。

「……分かった」

『き、貴様は乗るなっ! ぜぜ、絶対に乗るなよっ!? 近づくなッ!』

「…………」

 素直に頷いては一歩を踏み出したゴッゴルさんに、ドラゴンさん完全拒絶です。

 身体を地面に横たえたまま、必死の形相で睨んでいらっしゃいます。唾を飛ばすほどに吠える様子はきっと全力です。それでも立ち上がらずに堪えている辺りが、恐らくドラゴンさんの自尊心の現れなのだと思い知らされますね。

 少し寂しそうなゴッゴルさん、ちょっと可愛いです。

「え? い、いいのか?」

 一方で及び腰なのがエルフさんです。

『いいから早く乗れっ! 見失うってしまうだろうが!』

「あ、ああ」

 促されるまま、ドラゴンさんの背中に座られます。

『貴様もだっ! ニンゲンっ!』

「え? いえ、あの、わ、私はここでお別れでもっ……」

『早く乗れッ!』

「は、はひっ!」

 乗りたくありませんでした。

 本当に乗りたくありませんでした。

 ですが、こちらを睨みつけるよう見つめるドラゴンさんの眼差しを受けては、まさか抗うことなど不可能です。促されるがままに、歩みは向かってゆきました。だって、怖いのです。エルフさんですら圧倒される、それだけのパワーが彼女にはあります。

『行くぞッ!』

 ふわり、ドラゴンさんの身体が浮かび上がります。

「ひぃっ!?」

 咄嗟、ドラゴンさんの身体に抱きついてしまいます。

 一方で我々の後方、拒絶されたゴッゴルさんは自らの魔法でフワリ。

 どうやらご自身の魔法で付いていらっしゃるようです。

 便利ですね、魔法。

 素晴らしいですね、魔法。

 今まさに感じている辛みが軽減されるというのであれば、えぇ、魔法を学ぶというのも、悪くないような気がしてまいりました。もしも機会があれば、タナカさんにご相談してみましょうか。いえ、止めておきましょう。たぶん禄な事にはなりません。

 きっともっと大変なことになるような気がします。

 あ、ドラゴンさんが加速されっ……。

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