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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

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錬金術師エディタ 七

活動報告を更新しました。
【ソフィアちゃん視点】

 現在、メイドはタナカさんのお部屋に向かっています。

 それもこれも偏に長期のお休みを頂戴する為でございます。ここ最近、どうにもこうにも屋敷に篭もりっきりで、男性との出会いがございません。このままでは女として行き遅れてしまいます。そんな自らの身の上に危機感を感じての決断であります。

 素直に事情をご説明するのは体裁が悪いので、たまには実家に帰りたいとお伝えさせて頂くつもりです。このように訴えれば、タナカさんはまず間違いなく駄目だとは言わないでしょう。そんな確信と共に彼のお部屋を目指しておりました。

 そうした最中のこと、廊下の角を曲がった先でばったり人と会いました。

 黄昏の団の方です。モヒカンの方です。

「あ、ソフィアの姉御じゃないっスかっ!」

「え? あ、ど、どうも……」

 名前は知りません。しかしながら、週に数度の頻度で執務室を訪れては、ゴンザレスさんからの言伝など下さったりする方なので、その印象的な出で立ちと相まっては強く記憶に残っております。

 ただ、私はこの方が苦手です。

 何故ならば顔が怖いのです。

「調度良かった、どうしてもタナカの旦那に伝えて欲しいことがあるんでさぁ!」

「え、タナカさんにご伝言ですか?」

「うっす! 旦那にありがとうございましたと、どうかお伝えくだせぇ!」

「あの、それはどういったことで……」

 まるで事情が掴めません。

 大切な伝言であったりしたら大変ですので、自然と聞き返してしまいました。すると、モヒカンの方は少しばかり躊躇したところで、何やら言い難そうな表情となりました。ただ、それでもボソボソと続くところを語り始めました。

「こんなことをソフィアの姉御に伝えるのは申し訳ねぇんですが、俺ら黄昏の団が不甲斐ないばかりに、タナカの旦那に嫌な仕事を押し付けちまったんスよ。それでちょうど今日、偶然にも旦那がその仕事に当たる姿を俺は見ちまって……」

「嫌な仕事、ですか?」

 なんでしょう。

 溝さらいとかでしょうか。

 タナカさん、意外とそういう地味な仕事とか好みそうな気がしますけれど。

「ここのスラム街へ不法に住み着いた難民がいるんスが、そいつらが何故かヌイのヤツらと結託していて、どうにもこうにも手が出せなかったんですわ。ゴンザレスの兄貴にも相談したんスが、最終的にはタナカの旦那に頼むことになっていて……」

「な、なるほど」

「つい先日、旦那が学園都市から戻ったとゴンザレスの兄貴から聞いたんですが、まさか昨日の今日で向かって頂けたとは恐縮っスよ。しかも自身の腕をヌイに喰われながら、難民相手に情けを掛けるなんて……」

 難民ですか。

 ペニー帝国とプッシー共和国の紛争により発生したのでしょう。近隣の村が幾つか、両軍の侵攻に伴い焼けたと噂話に聞いております。その直後に出現したこちらの街の存在は、住む場所と財産を失った人々にとって渡りに船であったこと間違いありません。

 ただ、難民の問題は非常に面倒だと聞いたことがあります。

 一人受け入れたら二人、三人と増えていくそうです。ですから小さい村や街は基本的に難民を受け入れることはしません。規模の小さい集落であれば、共倒れというケースも決して珍しくないのだそうです。寒村における介護や保育と同じ問題ですね。

 ここドラゴンシティも土地が極めて狭い為、難民の受け入れは行っていなかった筈です。そもそも私たちや黄昏の団の方の住居を除いて、一般的な居住地というものは設けておりません。基本的には宿場町なのです。

 ヌイというのは聞いたことがありませんが、なんでしょう。

 たぶん、黄昏の団の方が手を焼くほどに強い何かなのでしょう。

「あぁ、やっぱりタナカの旦那は人の上に立つお方だ! この狭い領地で難民を受け入れるなんて、よっぽどの覚悟がなけりゃあ出来ねぇッスよ。下手をしたら共倒れになっちまいますからね!」

 なんとタナカさん、難民を受け入れたそうです。

 ちょっとそれはどうなのでしょう。ここ数週に渡り街の財務を預かっていた手前、非常に気になるお話です。規模はどの程度でしょうか。数十人程度ならまだしも、三桁を超えていたら色々と考える必要がありそうです。

 今現在も黄昏の団の方々、数百名の食費だけで大した額なのです。

「あの、それは……」

「俺、見たんスよ。旦那が並み居る難民に対して、自ら引く姿を。何故か顔をマントで隠していらっしゃったんスが、ありゃあ間違いないですわ。あの黄色い肌と、絶妙な加減で放たれるファイアボールは、黄昏の団でも憧れる奴が多いんッスよ!」

「…………」

「旦那ほどの力があれば、幾らでも手はあったんスよ! ヌイの数十匹なんて、物の数に入らない筈なのに、それなのに、相手の顔を立てて引いたんスよ! しかも相手は勝手にスラム街を占拠していた難民なのに! そこいらの領主じゃ考えられねぇッスよ!」

 モヒカンさんが仰ることは尤もです。

 ですから普通は力尽くで追い払うと聞いております。当然、難民の側からも反発があります。身を寄せるべく唾を付けた先が小さな集落だった場合は、山賊まがいの行いから自分たちのものにしてしまう場合もあるのだと聞きます。

 伊達に命が掛かっていません。

 ですから、これを迎える側もまた必至です。近隣の冒険者や奴隷商の方にお声がけの上、強引に片付ける場合も相当数あるのだとか。特に亜人の集落が崩壊した際などは、喜々として奴隷商の方が動くと聞きます。冒険者の手配まで率先して行うらしいです。

「…………」

 でもまあ、タナカさんなら、どうにかしてしまうような気もしますが。

 大切なところで世間とズレているのが、私のご主人様の長所であり短所です。

「そういう訳で姉御、タナカの旦那にありがとうございますと、お伝えくだせぇ。自分もゴンザレスの兄貴に拾われる以前は難民だったんで、思わず胸を打たれちまったんですわ! 流石はタナカの旦那だ! 難民を前に踵を返す姿、最高に格好良かったッス!」

「わ、わかりましたっ……」

 しかしタナカさん、いつの間にお仕事を受けていたのでしょう。

 そのようなご連絡は一度も受けていないのですが。

「矢継ぎ早に申し訳ありませんが、それじゃあ俺はこれで失礼しやす! タナカの旦那の仕事をゴンザレスの兄貴へ報告に行かなきゃならないもんで! いやぁ、これからドラゴンシティは忙しくなりそうですぜ!」

「あ、はい」

 モヒカンの方は笑顔となり、駆け足で私の傍らを過ぎて行かれました。

 顔が怖い割にいい人っぽいです。

 幾分か意識が改まりました。

 ドタバタとした大きな足音は、すぐに聞こえなくなりました。

「…………」

 タナカさん、色々と大変そうですね。

 あまり長く留守にするとノイマンさんにもご迷惑となりそうですし、今回の帰省は短めで帰ってきたほうが良いかもしれません。一、二週間くらい首都カリスで過ごさせて頂いたら、早馬で戻ることにしましょう。

 電光石火で気になる男の人をゲットして帰る覚悟完了です。

 そうですね。それが良いと思います。二人の愛はドラゴンシティでゆっくりと育むことにしましょう。大丈夫です。イケメンの一人や二人、ちゃんと養ってみせますから。学園都市から戻られて直後、タナカさんがお給金を上げて下さったので、懐だけは不必要なほどに暖かなのです。

 ぼーなすというのも頂戴しました。凄かったです。

「…………」

 ええ、これはもう養うしかありませんね。



◇◆◇



 ドラゴンシティにリチャードさんが乗り込んできた都合、首都カリスへの移動を急ぐこととした。万が一にもアレンとロリビッチがパパさんと顔を合わせた日には、いつぞやの危機一髪が再びである。結果として、我々は即日で同所を発つこととなった。

 足はパパさんのご厚意に預かり、フィッツクラレンス家の飛空艇である。

 もしも事態が露見せずに出立できたのなら、首都カリスでビッチとイケメンはお別れである。そうすれば全ては元の鞘だ。仮に留守を疑われたところで、少なくともアレンの存在を問い詰めることは難しいだろう。

 もちろんパパさんの心象は悪くなるだろうが、奴の命には変えられない。

 すまないロリゴン、君との約束は果たせそうにないぜ。まあ、自分のような不細工野郎に褒めるより、フックの野郎あたりに褒めてもらった方が、ヤツとしてもご機嫌だろうさ。こういう時こそブサメンはイケメンを上手く使うべきだよな。

 ということで最大出力、船は首都カリスに向かい飛んでゆく。

 搭乗員は飛空艇の運用を行って下さるフィッツクラレンス家所属のメイドさんと船員の皆さまを筆頭として、エステルちゃんとアレン、エディタ先生、ソフィアちゃん、縦ロールとキモロンゲといった塩梅だ。

 ソフィアちゃんに関しては出発の間際、どうしても実家に顔を見せたいとのお願いをされてしまったから、まさか断ることもできまい。思い起こせば数週間に渡り、年頃の娘さんをお預かりしていたのだ。現代日本なら即日逮捕からの禁固刑である。

 縦ロールとキモロンゲはゴッゴルちゃんとの兼ね合いから、いずれかを連れ立つ必要に駆られたところで、お出掛けを頑なに訴えた前者を理由に、今回は後者のお留守番が決定された。帰宅後は一週間付きっきりでゴッゴルトークする約束となった。

 そんなこんなで出発からしばらく。

 船が十分に高度を取ったところで、醤油顔の歩みは甲板に向かった。

 周りには他に誰の姿もない。

「……今更ながら割と面倒くさいことになってるよな」

 柵の向こう側、はるか先眼下に地上を眺めては、誰に言うでもなく呟く。

 一人で首都カリスの近所の森を彷徨っていた頃が懐かしい。当時は誰に気遣うこともなく好き勝手に過ごしていたような気がする。それがいつの間にやら、あれよあれよと人と触れ合う機会が増えたところで、気付けば心身をすり減らしている予感。

 JCはショタチンポだったし。

 スラム街もスラム感ゼロだったし。

 ソフィアちゃんとは依然として距離感あるし。

「…………」

 あれこれと考えたところで、なんというか、これはあれだ。

 ほら。

 バカンスは一人で行こうかな。

 飛行魔法でビューンと飛んで、適当な南国パラダイスへ。白浜にビーチパラソルの下、トロピカルフルーツジュースとか、やたら曲がりくねったストローでチューチューするのが良いと思うんだ。砂浜を歩むTバックおねーさんをまったり視姦旅行。

「……ありだな。一人旅行、断然ありだな」

 むしろ他に手はないような気さえする。

 全てのしがらみを他所へうっちゃって、真っ更な気持ちで過ごすバカンスは、きっと開放感に満ち溢れたものだろう。そうした最中、予期せず出会った膜付ロリータとの甘いアバンチュールとか、そう、そういうのが理想的だと思う。

 もしかしたら捲ちゃうかもしれない、青春の一ページ。

「よし一人だ。一人でいこう」

 決めたぞ。

 旅行には一人で行くぞ。

 真っ更な気持ちで、なんの気概もなく過ごす日々はきっと安楽。

「一人旅こそ出会いの王道だよな」

 覚悟を決めたところで、少し前向きに生きて行けそうな気分だ。ここ最近は他所様に気遣うシーンも増えて、なんかこう、気分転換的なサムシングが必要なんだよ。言い訳のように一頻り呟いたところで決定である。

 なんて決心した瞬間、背後に人の気配が生まれた。

「あらぁ? 旅行に行くのぉ?」

 その特徴的な響きは間違えようがない、縦ロールだ。

 振り返ったところで、まず目につくのは非常に特徴的な髪型である。

「……ドリスさん」

「貸しを返してもらいにきたわぁ」

 彼女を首都カリス行きの飛空艇に載せたのは自分だ。ただ、今更ながら思い起こした。そもそもこの娘はプッシー共和国に対する捕虜だったのではなかろうか。あまりにも自由過ぎる立ち振舞から、その事実を忘れてしまいそうになる。

「なにを求められますか?」

 約束は約束だ。

 ここは真摯に応えたい。

「その旅行、私も連れて行って貰おうかしらぁ?」

「…………」

 マジかよ。

 一人旅行、速攻で断念じゃん。

「……何故ですか?」

「だって暇なのですものぉ。貴方のところの温泉も飽きてしまったわぁ。首都カリスも久方ぶりだけれど、過去に足を運んだことが無い訳ではないの。それだったら貴方と共に、まだ見ぬ新天地を目指さんとするのは、当然の欲求ではないかしらぁ?」

「なるほど」

 そりゃまあ、温泉ばかりでは飽きるよな。些か年寄り臭いし。

 しかし、このタイミングで付いてくるというのは如何なものか。男女二人で旅行だなどと、そんなの期待してしまうぞ。童貞的に考えて、膜付ロリ巨乳は十分に射程圏内だ。というか、ぶっちゃけどストライクである。

「ですが、よろしいのですか? うら若き乙女が私のような男と旅行だなどと」

「あらぁ? もちろんゲロスも一緒よぉ? なにを言っているのかしらぁ」

「そうですね。たしかに彼も一緒でしたね」

 そうだった。

 完全に忘れていた。

 それもこれもドレスの襟口から覗く巨乳が良くない。なにかにつけて動く縦ロールの立ち振舞いにワンテンポ遅れて、ぷるるんぷるるん、震えては弾ける若々しくも瑞々しい果実の至るところ、思考の大半が奪われてぷるるん。

「あらぁん? もしかして期待させてしまったかしらぁ?」

「いえいえ、少しばかり確認させて頂いた限りです。他意はございません。なにより私はペニー帝国の貴族であり、貴方はプッシー共和国の貴族。各々の身分から線引は非常に重要なものだと思いますよ」

「ふぅん?」

「他になにか?」

「べつにぃ?」

「であれば結構です」

「もちろん費用は、そちらで負担して貰えるのよねぇ?」

「借りは借りです。しっかりと返させて頂きます」

「あら優しい」

 まあいいか。

 ゴッゴルちゃんとキモロンゲの関係を思えば、うち一方を傍らに置いておくことは自分としても益のある話だ。今回の同伴飛行も、その意味合いから来たもの。むしろ安心できる。自分が距離を置いたところで、二人が拳を交えるような事態は絶対に避けたい。

「子細は首都カリスに着いてからお伝えします」

「分かったわぁ。うふふふふ、楽しみにしているわぁ」

「ええ、そうしてください」

 縦ロールの目的は暇つぶしである。

 キモロンゲという世話役も一緒であるから、まあ、そう面倒にはならないだろう。一人旅に毛が生えたようなものだ。一人の時間が欲しくなったら、断りを入れて別行動を取ればなんら問題はない。

 足取りも軽く船室に向けて歩む縦ロール。

 段々と小さくなってゆく背中を眺めては、そんなことを考えた。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 タナカさんにお願いして、首都カリス行の飛空艇に乗せていただきました。久しぶりに父親の姿を見たいとお伝えしたところ、酷く申し訳無さそうな表情となった彼は、二つ返事でこれに応じてくれました。更に当面の休暇まで頂戴してしまいました。

 タナカさんには悪いのですが、実家に帰るつもりは毛頭ございません。

 ここ最近はお仕事ばかりの日々を過ごしておりました。私もそろそろ良い年なのに、このままでは仕事に埋もれて婚期を逃してしまいます。そんな焦りから首都カリスへの切符を頂戴するに至った次第です。

 ドラゴンシティに出会いがないかと言われれば、それは決して違います。ですが、やはり私のホームは首都カリスです。それにあそこは宿場町という色が強いので、男性の方もそういった意識で女性に接するのですよね。一晩の愛というやつです。

 故に本気の出会いを目指すならば、やはり首都だと思うのですよ。

 私もエステルさまのように、アレンさまのような素敵な男性と出会いたいです。

 などと悶々としたものを抱えながら、船内を探検しておりました。なんでもこちらの飛空艇はフィッツクラレンス家の所有だそうで、広大な船内と非常に豪華な内装が特徴的です。冒険心が刺激されてしまうのも仕方のないことでしょう。

 タナカさんに許可を頂戴したところで、あれこれ見て回っております。飲食店の娘として生きていたら、絶対に経験できないことだと思います。セレブリティ、感じてしまいます。タナカさんと一緒だと、こういうイベントがたまにあるの嬉しいです。

「こっちは倉庫ですかね……」

 船内、廊下を歩んでいます。

 段々と人気がなくなり、廊下の作りにも貴族っぽさがなくなり始めました。恐らくは裏方へ通じているのではないでしょうか。これ以上は進んでも、あまり楽しいものは見つけられない予感がします。

「…………」

 次の角を曲がってなにも無かったら、引き返しましょうか。

『おい、で、出てけ。ここは私が最初にいたんだっ!』

「……他は鍵が掛かっている」

『そんなこと関係ない! ここは私の縄張りだっ!』

「…………」

『出てけっ! ほらっ、早くっ! 出てけよっ!』

「…………」

『いい加減にしないと殺すぞっ!?』

「……彼はそれを望まない」

『ぐっ……で、でも出てけっ! そこは入り口に近いんだよ!』

 なんて決めたところで、ふと人の声が聞こえてきました。

 意識を向ければ、僅かばかり隙間の窺えるドアを発見です。

 角を過ぎて少しばかり進んだところに設けられたドアとなります。他にも幾つか同じような戸口が等間隔で規則的に並んでおります。そのうち一つが少しだけ開かれておりました。室内でどなたか作業中だったりするのでしょうか。

「…………」

 ちょっと中の様子が気になりますね。

 お貴族様の船の舞台裏はどのようになっているのでしょうか。

 自然と歩みが向かいます。

 ゆっくりと壁の縁より顔を覗かせるよう、室内の様子を確認させて頂きます。部屋の中は空でした。やはり倉庫のようですね。がらんどうの空間、壁に寄せる形で空の棚が幾つか設けられております。

 照明の灯されていない薄暗い部屋、他にモノらしいモノが窺えない同所において、目に入ったのは隅のほうで丸くなっている誰かの姿です。一つは一番に奥まった位置に。更にもう一つ、幾らか出入り口へ近いところに。

『……あ』

 相手もこちらに気づいたようです。

 小さく声が聞こえました。

『き、貴様はっ……』

 目を凝らしてみると、どうしたことでしょう、ドラゴンさんです。

 街でお留守番している筈のドラゴンさんが、部屋の奥のほうで身体を丸めていらっしゃいます。いいえ、ドラゴンさんだけではありません、出入り口に近い側ではゴッゴルさんが足を抱くよう座っていらっしゃいます。

 何故でしょう。彼女もまたお留守番の筈でしたが。

『言うなよっ!? ぜ、絶対にヤツには言うなよっ!?』

「……言ったら、読む」

 ドラゴンさんに凄い表情で睨まれました。

 一方でゴッゴルさんは普段となんら代わりません。

 でも、心を読まれるの怖いです。

「あの、ど、どうして……」

 反射的にお伺いしてしまったところ、お二人からは互いに主張の連なりが。

『べ、べつにどうだっていいだろうがっ!』

「ここ数日、貴方の主人の私への扱いが適当。お話の時間も少ない」

『数日? 数日だと!? 私なんて数日どころか数週以上だっ!』

「……それは貴方が粗暴だから」

『なんだとっ!?』

「私とのお話は契約。これは絶対。彼は私とお話しなければならない」

『わ、私だって町長だっ! 町長なんだぞっ!? 偉いんだからなっ!』

 喧嘩です。早々にお二人はいがみ合い始めました。

 こんなところでドラゴンさんとゴッゴルさんが喧嘩を始めたら大変です。間違いなく飛空艇が落ちてしまいます。そうなったらもう、タナカさんがどうこうといったお話ではありません。

 なんてところに私は首を突っ込んでしまったのでしょう。

「あの、あ、あまり騒がれるとっ……」

『だったら貴様はさっさと出ていけっ! そして何もしゃべるなっ!』

「喋ったら、読む」

「は、はひっ!」

 身を飛ばすよう、慌てて距離を取らせて頂きます。タナカさん曰く、槍が届く距離を保たないと、ゴッゴルさんに心の内側を読まれてしまうのだそうです。今し方の私、かなりギリギリだったような気がします。

 真実を尋ねることは、あまりにも怖いです。

 タナカさんは何故に彼女と共にいられるのでしょう。

 まるで信じられません。

『分かったなら、さっさと出てけ! ドアはしめろよッ!』

「わわ、わかりましたっ!」

『言うなよっ!? 本当に、ぜ、絶対だからなっ!?』

「……絶対」

「はひぃっ!」

 大慌てでドアを閉めさせて頂きます。

 緊張していた為か、バタン、大きな音が鳴ってしまいました。

『し、静かに閉めろよっ!』

「もももも、もうしわけありませんっ!」

 逃げるように同所を後といたしました。

 そう言えばドラゴンさん、出発間際に執務室までやって来て、愚痴をこぼしていらっしゃいました。曰く、ヤツが居なかった。ヤツが部屋に居なかった。どれだけ待っても、全然帰ってこなかった。

 なんでも本日の朝、タナカさんと新しく建てた塔を見て回る予定だったのだとか。それをすっぽかされたらしく、とても憤慨していらっしゃいました。グルルルと喉を鳴らしていらっしゃいました。

「…………」

 私はなにも見ておりません。

 私はなにも聞いておりません。

 私はなにも知りません。

 お二人が密航していたなんて、まるで気づいておりませんとも。

 タナカさん、お忙しいとは思いますが、もう少しお二人に構ってあげて下さい。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 船内は何が潜んでいるか分かりません。とても危険です。激しく脈打つ胸の鼓動を落ち着けるべく、メイドは外に出ることとしました。甲板から地上の風景でも眺めて、気分を穏やかにしようと考えた次第です。

「甲板は……こっちですね。なるほど」

 落ちないように注意しないといけません。

 いつぞやドラゴンさんの背中に揺られた記憶が蘇ります。

 ちょっとしたトラウマです。

「やっぱり景色は見ておきたいですよね。せっかくの飛空艇ですし……」

 覚悟を決めてドアを開きます。

 船内から船外へ。

 同時に頬を撫でる風がふわり。本来であれば、髪や衣服を激しくバタつかせるだけの勢いに飛んでいながら、飛空艇の甲板は比較的穏やかに感じられます。恐らくは魔法的な何かが働いているのでしょう。

 ここ最近の飛空艇に関する技術の進歩は凄いと噂に聞いたことがあります。

「とても綺麗ですね」

 甲板の一端まで移動したところで、柵の先に眺める地上の光景に圧巻です。

 小さいです。

 なにもかもが小さく、そして、凄い勢いで前から後ろに流れてゆきます。

「……すごい」

 飛空艇の乗るのは二度目ですが、こればかりは慣れそうにありませんね。平民にはとても手の届かない乗り物なのです。一生に一度、乗る機会があるか否かといったところでしょうか。タナカさんに感謝です。

 ドラゴンさんの背中では落ち着いて窺えなかったところが今、私の目前にございます。

 世界の広さを感じます。

 凄いですね、世界。

 私はこのような場所に生まれ落ちたのですね、なんて。

「…………」

 しばらくを呆けておりました。

 空から眺める地上の光景に圧巻されておりました。

 その意識が戻ったのは、耳に届いた聞き覚えのある声です。

「おい、あ、あまり押してくれるな」

「でもこっちだと、ちょ、ちょっと、見えないわ!」

「これ以上は進めん! 見えてしまうだろうがっ」

 視界の隅、艇内に通じるドアに接した外壁の影に隠れるよう、エステルさまとエルフさんの姿を発見です。共に戸口の脇から壁より顔だけを覗かせるようにして、その先の様子を窺っていらっしゃいます。

「…………」

 何事かと驚いたところ、皆さまが見つめる先には人の姿がありました。甲板に立ったタナカさんと縦ロールさまです。自然と意識が向かったところで、自らもまた彼に近づきつつ、物陰に隠れるよう足が動きます。

 応じて鮮明となるのが、お二人の会話でしょうか。

「貸しを返してもらいにきたわぁ」

「なにを求められますか?」

「その旅行、私も連れて行って貰おうかしらぁ?」

「……何故ですか?」

「だって暇なのですものぉ。貴方のところの温泉も飽きてしまったわぁ。首都カリスも久方ぶりだけれど、過去に足を運んだことが無い訳ではないの。それだったら貴方と共に、まだ見ぬ新天地を目指さんとするのは、当然の欲求ではないかしらぁ?」

「なるほど」

 タナカさん、どうやら旅行に行かれるようです。これに縦ロールさまが同行すべく交渉中でしょうか。私のご主人さまは何だかんだで奢れる方ですから、きっと目をつけられてしまったのでしょう。学園都市からの復路でも良いお酒を飲まれたのだとか。

 そうこうするうちにタナカさんは承諾を。

 縦ロールさまは彼が頷くのを確認したところで、意気揚々と船内に戻られました。

 後に残されたのは一人黄昏るタナカさんと、これを外壁の角に隠れるよう眺めていらっしゃるお二人でしょうか。それとなく貴族さま方の表情を窺えば、その在り方は非常に対照的に思われます。

「ドリスが男に靡くなんて珍しいわね」

「え? そ、そういう関係なのか!?」

「知らないわ。でも、あの子はあれで男が苦手なのよ」

「それにしては随分と軽快なように思えるが……」

「昔、好きだった男に逃げられて、それっきりじゃないかしら?」

「……なるほど」

 珍しいものでも眺めるようにエステルさま。

 一方で少なからず焦って思えるエルフさん。

「ところで、そ、そういう貴様はどうなんだ?」

「私?」

「そうだ」

「……べつに、わ、私はアレンがいるし」

「…………」

 なんというか、こちらもこちらで顔を出しにくい雰囲気ですね。面倒そうな予感がヒシヒシと感じられます。個人的にはエステルさまを応援したい昨今ですが、当のエステルさまが記憶喪失とあっては、流石の私も手が出せません。

 タナカさんも日記をお渡しして以後、取り立てて行動されていないようですし。

「…………」

 こちらも見なかったことにしましょう。

 タナカさん、エステルさま、頑張ってください。

 私は後ろのほうから離れて応援させて頂きます。

 槍の届かない距離というヤツです。



◇◆◇



 飛空艇に揺られることしばらく、無事に首都カリスへ到着した。

 連休を焦る気持ちが、歩みを王宮に向かわせる。船から下りて早々、醤油顔は王様のところへ向かうこととした。以前は半日ほどを要した謁見までの流れだが、勝手を知ったところで今回はスルスルと進み、半刻ばかりで例の一室へ。

 謁見の間を過ぎて先、王様のプライベートルームに通された。

「よくぞ戻った、タナカ男爵よ」

「早々の謁見をありがとうございます、陛下」

 部屋に入ったところで労いの言葉を頂戴した。

 ニコニコ笑顔である。

 なにや良いことでもあったのか、機嫌が良さそうだ。

「こちらへ座ると良い」

「はっ! 失礼させて頂きます」

 素直に頷いて王様の座る正面、ソファーに腰を落ち着ける。

「して、どうだった? 学園都市の様子は」

「私が訪れるに際しましては、ちょうど国外に出掛けていた都市の代表が帰国したところにありまして、言葉を交わす機会を頂戴しました。詳しいところはフィッツクラレンス公爵にご確認いただければ間違いないかと」

「ふむ? なるほどな。ならばその辺りは公爵に任せるとするか」

「ありがとうございます」

 よし、事後処理をリチャードさんに丸投げ完了。

 上司は上手く使わないとな。

「ところで陛下、随分とご機嫌が麗しいように思われますが」

「ん? あぁ、分かるか?」

「はい」

「実は娘が……いや、男爵には関係のないことだな」

「そうでありますか」

 よく分からないが、言いたくないのなら強いることもあるまい。藪をつついて蛇を出すような真似は御免だ。どうせ親馬鹿的なイベントだろう。それよりも自身が大切にするべきは、目前まで迫った長期休暇の確認である。

 最低でも五連休は欲しいじゃんね。

「ところで陛下、一つご確認させていただきたい点がございまして」

「なんだ? 言うてみよ」

「以前のお約束の件なのですが……」

「約束? なんの話だ?」

「いえ、あの、私に休暇を頂戴できるというお話なのですが」

「あぁ、そういえばそうであったな。たしかに約束していた」

 しかし、上の人って簡単に下々との約束を忘れるよな。

 打ち合わせする前に相手とのやり取りのメモを見直すとか、割と一般的だと思うのだけれど。ファンタジーの世界も人の上に立つ方々の意識ってやつは変わらないのな。

「頂いてもよろしいでしょうか?」

「うむ、タナカ男爵にはあれこれと頑張ってもらったところもある、ここいらで身体を休めるのもまた貴族として重要な仕事だろう」

「お心遣い恐縮です」

「そういうことであれば、ペニー帝国が持つ遊療地の一つを一時的に貸し与えよう。こちらから話を通しておくので、好きなように使うと良い」

「よ、よろしいのですか?」

「貴殿の活躍には余も満足しておる」

「はっ! ありがたき幸せにございます!」

 陛下ってば最高にイカしてる。メモがどうのとか、偉そうなこと考えちゃってごめんなさい。やっぱり上に立つ人物っていうのは、どっしりとしてないと駄目だよな。細かいことを気にしているようじゃ物事は前に進まないって。

 おう。まったくもってその通り。

 このタナカ、遊療地とやらが楽しみでなりませぬ。



◇◆◇



 陛下との謁見を終えて以後、近衛の方に遊療地について窺った。

 なんでも大聖国の近くに気候も穏やかな一帯があるそうな。大陸的に見ても有数のリゾート地だそうで、各国の著名人はこぞって行楽施設を持っているのだとか。現代世界に眺めるドバイのようなものだろうか。

 あれこれ詳細を窺ったところで期待は鰻登りである。

 最後は王族の印がなされた封書を頂戴したところで、準備は万全である。後は身一つで向かっても十分な歓迎を受けられるのだとか。なんでも事前に魔道通信とやらで連絡が行われるのだそうで。

「……これはもう最高の連休になりそうだわ」

 フワフワとした気持ちで王宮を後とする。

 具体的に何日とは指示されなかったけれど、まさか三日やそこらということはないだろう。移動の手間も含めて、十日くらいは休ませて頂けるのではないかと、気分は仕事納め直後の社畜さながらである。

「しかし、どうやって行こうか……」

 王宮を発って学園寮に向かいがてら考える。

 何故に学園寮かと言えば、縦ロールとマゾ魔族のペニー帝国における宿泊施設として、我が家をご提供したからだ。お客人はプッシー共和国絡みであるが故、こればかりは他に人の手を借りることも難しかった次第である。

「…………」

 流石にフィッツクラレンス号は使えない。というより首都カリスに戻って早々、お返ししてしまった。リチャードさんこそドラゴンシティを訪れており留守であったが、代わりにエステルちゃんの祖父、パワージジイが出てきて受け取ってくれた。

 相変わらず年齢を感じさせないマッチョ具合だった。

 その足でソフィアちゃんは実家に戻り、エディタ先生もアトリエにご帰宅されて、自分とサドマゾコンビは学園の寮まで戻った形だ。筆頭問題児であるロリゴンとゴッゴルちゃんがドラゴンシティでお留守番している都合、色々と動きやすい。

「流石に馬車はないよな……」

 なんでもリゾート地までは、ごく一般的な馬車で十日前後、飛空艇でも一日から二日ほどを要するらしい。地理的にはプッシー共和国側に所在しているようで、ドラゴンシティからなら少し早まるそうだが、それでも日を跨いだオーダーとなる。

 自分一人なら飛行魔法で行けば良いが、縦ロールが一緒となると、少しばかり考えてしまう。

 いやでも待てよ、ヤツならキモロンゲに抱えてもらえば自走可能か。

 こちらの方が飛空艇を使うより余程のこと早いだろう。

 縦ロール自身、そういう細かいところってあまり気にしない気がする。ここ最近、お話をする機会が増えたおかげで理解したのだけれど、意外と実利を取って喜ぶタイプの性格をしている。個人的には彼女のそういう賢母的なところ、かなり愛おしいのどうしよう。

「決定だな」

 さくっと魔法で向かうとしよう。



◇◆◇



 学生寮まで戻ってきた。

 リビングまで歩みを運んだところで、そこには縦ロールとキモロンゲの他に、何故かエディタ先生の姿があった。別れてから半日ほど、ご自宅のアトリエに戻られているものだとばかり考えていたのだけれど、飛空艇に忘れ物でもしたのだろうか。

 少なからず緊張した面持ちでソファーに腰掛けている。ピンと伸びた背筋がとても美しい。ロリの真っ直ぐな背筋は良いものだ。後ろからギュッと抱きしめたくなる。綺麗に揃えられた膝の上、握られた両手がちょこんと乗ってるのも愛らしい。

 パンチラやパンモロも良いが、たまにはこういうのも情緒があって素晴らしいと思う。

 一方で我が家の如く寛ぎに寛いでいる縦ロールは大したものだ。大仰にも足を組んで、深々とソファーに腰掛ける様子は最高に偉そうである。片手にはどこから引っ張り出してきたのか、グラスにお酒のようなものを揺らしてはチビリチビリと。

 もう少し短いスカートを履いていれば言うことなかった。伊達に処女を謳っていない。彼女が着用するドレスは大抵の場合でスカートの丈が長い。結構な確率でヒザ下。いつかモモ上の超ミニを履かせて、膜付スージーをゼロ距離から拝んでみたいものだ。

「あらぁ、やっと帰ってきたわぁ」

「ええどうも、ただいま戻りました」

 醤油顔の姿を目の当たりにするやいなや、縦ロールが声を掛けてきた。

 これに会釈を返したところで、自然と自身の意識はエディタ先生に向かう。

「か、勝手に失礼しているっ、少し話があって来た!」

「ようこそエディタさん。とりあえず、お茶を煎れますね」

 縦ロールのやつ、自分の分しか飲み物を用意してないからな。

 もしかしたらマゾ魔族が用意したのかもしれないけれど。

「いや、け、結構だっ、それより少しばかり話をしたいのだが……」

 ちらり、先生の視線が正面に腰掛けた縦ロールと、彼女の後ろに立つマゾ魔族に向けられる。もしかして彼女たちのいない場所でトークをご所望だろうか。だとすれば、縦ロールの前でそういう振る舞いは禁忌だ。

 こいつ絶対に茶々入れてくるぞ。

「あらぁん? わたくしが聞いていては不味いのかしらぁ?」

 その瞳にサドの魂が宿る。

 咄嗟に息子のポジショニングを意識してしまう。

「いや、ま、不味いということはないのだが、その、だな……」

「私の部屋に行きますか? そこなら落ち着いて話せるかと」

「男女二人きりで寝室だなんてぇ、なぁんてイヤラシイのかしらぁ」

「っ……」

 金髪ロリムチムチ先生のピンと伸びた背筋が、ビクリと震える。

 縦ロールってば余計なことを言うんじゃないよ。人前で変に意識させてしまったら、むしろ距離が遠退いてしまうではないかブサメンの婚活事情。女性は交流を持つ異性の顔面偏差値に対する周囲環境の評価に極めて敏感なんだよ。

 まあ、それこそがヤツのサディズムだといえば、あぁ、そういうことか。

 ここ最近はショタチンポとのベロチューとか、ピーちゃんとブス教授のショッキング映像だとか、色々と思うところあって、女の子とイチャイチャしたい意欲が高まりつつあるのを感じております。

 子作りまでは進まずとも、ベロチューしたい。ショタチンポのオスベロで疲弊してしまったマイベロを先生のメスベロで癒やしたい。メスベロチューがあれば、童貞はまだまだ頑張れる気がする。

「いや、この場で大丈夫だ。……気にするほどのことでもない」

「そうですか? 日を改めてお伺いさせて頂くこともできますが」

「きょ、今日じゃないと意味が無いんだよ」

「そうなのですか?」

 なんだろうね。

 その緊張具合も手伝って、少なからず気になる。

「そのなんだ? ほら、こ、これから貴様はどうするつもりだ?」

「どうするというのは?」

「せっかく首都界隈まで来たのだ、なにかしら予定があるのだろう?」

「ええまあ、そうですね……」

 明日にでも旅行へ出発するつもりでございます。

 リゾート地でのバカンスが社畜の心を捉えて離さない。

 休暇を終えた先に再び仕事が待っていようとも。

「ああもちろん、言えない予定であれば、これ以上は尋ねることはないが、まあ、ほら、あれだ、もしも余裕があるのなら、錬金術に関する談義でも、良い機会ではないかと思うのだがな。そう、談義だ、談義など」

 なんか先生がちょっと変だ。

 そわそわと落ち着きが無い。

「急ぎの用件ですか?」

「いや、だから、そ、そういう訳ではないのだが……」

「ですが先程には今日でないと不味いと仰っていましたが」

「それはほらっ、あ、あれだよっ! そういう時間軸にあるというかっ!」

 どういう時間軸ですか先生。

「貴様がどこかへ出かけるというのであれば、あまり無理はできないが、もしも、その、余裕がないというのであれば、私はこれでなかなか暇をしているから、そっちの都合に合わせることも吝かではなくてだな……」

 モジモジと太ももを擦り合わせ始める先生ラブリー。

 少しばかり伏せられた顔からの上目遣い。

 金髪ロリモジモジ極めて愛らしい。

 これで経験値三桁というのだから、ハイエルフとは恐ろしい生き物だ。

 童貞には処女と見分けがつかないぜ。

「そういうことでしたら、来月の頭にでも向かわせて頂きますね。明日から数週は他に用事がございまして、首都を留守にしなければならないのですよ。大変に申し訳ありませんが、少しばかりお時間を頂戴できたらと」

「っ……」

 素直にお伝えしたところ、驚愕に瞳を見開く先生。

 かと思えば、みるみるうちに背中が丸まってゆく。ソファーに浅く腰掛けては、両膝を揃えてまで綺麗にピンと張られていた背中が、まるで一夏を過ぎて花弁を散らしたヒマワリのように萎々と。

「……どうしされました?」

「いや……な、なんでも、ない。なんでもない」

「そうですか?」

 急にがっくりと肩を落とす先生。

 かと思えば、すっくとソファーより立ち上がる。

「あの、エディタさん?」

「もう帰る」

「え? よ、よろしいのですか? なにかお話があったのでは……」

「……いい」

 これまでの緊張はどこへ行ってしまったのか。語る気力さえをも失ってしまったよう、トボトボと玄関の方に向かって歩んでいく。再三に渡り声を掛けてみるけれど、一度としてこちらを振り返ることはなかった。

 すごすごと去ってゆく。

 やがて、その小さな背中姿は、ギィ、バタン。

 玄関ドアの向こう側に消えて、すぐに見えなくなってしまった。

 コツコツと寂しげな足音が段々と遠ざかってゆく。

「変なエルフねぇ」

「たしかに今日のエディタさんは変でしたね」

 おかげで縦ロールと共に首を傾げることとなった。

 もしもゴッゴルちゃんが一緒だったら、なにか分かっただろうか。

 旅行から帰ってきたら、ちゃんとフォローしないと。
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