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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫
81/131

ドラゴンシティ 一

 エディタ先生とショタチンポの騒動からしばらく。

 醤油顔の向かった先はドラゴンシティの南地区に所在するスラム街だ。今の自分に楽しみがあるとすれば、それはきっと同所に見つけることが出来るだろう。街として機能し始めてからそれなりに期間が経過した。いよいよ良い感じに荒廃しているのではなかろうか。

 もしかしたらウォチしてしまうかもしれない。

 お外プレイヤーたちの勇姿を。

 あれこれ妄想したところで、胸のドキドキが歩みを早くさせる。やがては駆け足となり、最後は飛行魔法に身体を浮かせての疾走。足を地面から数センチばかり浮かび上がらせたところで、人の流れを避けつつの高速移動である。

 おかげで目的地には早々に到着した。

 しかし、これはどうしたことだ。

「……マジかよ」

 街は見るも無残な姿に変わり果てていた。

 ファイアボールを駆使することで、本格的にデザインした廃墟たち。その大半が人の手により補修されている。隙間に粘土が埋められたり、壁板が打たれたり、場合によってはガラス窓まで嵌められて、完全に民家の底だろうか。

 路上にぶちまけておいた汚物はどこへ消えてしまったのだろう。苦労して所々掘り返した石畳も綺麗に修理がなされており、凹凸は目立たない。更に通りの各所には樹木や花の類が植えられていたりするから目も当てられない。なんかいい匂い。

 頑張って作ったビンテージ極まる町並みが完全に失われていた。

 当然、ファックの気配は感じられない。

 それとなく意識を向けた先では、可愛らしい十代中頃の女の子が路上でチョウチョ的な昆虫を追い回してはキャッキャしている。これをすぐ傍らより同い年ほどのイケメンが、穏やかな眼差しに見つめている。彼氏彼女のフィールド作ってくれちゃってる。

 違う。それは違う。

 そこは前者が垢にまみれた大勢の浮浪者に輪姦される様子を、後者が痴女に逆レイプされながら、口では止めろ止めろ吠えるも、下半身は素直に膣内射精しちゃうシーンだ。当然、後者の視線に構わず腰を振りまくる前者は既に快楽の虜である。メスまっしぐら。

 そんな光景を眺めて、領主は今晩のおかずを得る筈だった。

「これはいかん、いかんぞ」

 まさか認められる筈がない。

 このままでは痴女やレイプマンの活動フィールドが失われてしまう。ドラゴンシティに失望した彼ら彼女らが出て行ってしまった後、この街のスラム街はどうなる。きっと早々に廃れて、活気は失われて、ロリゴンの建築魔法の餌食となり再開発だ。

 そんなの嬉しくない。主に俺が嬉しくない。

「……やるしかないな」

 心を鬼にして決める。

 俺はやるぞ。

 腕まくりなどして覚悟完了。

 今回ばかりは譲れない。

 そうと決まれば早急に行動へ移ろう。飛行魔法で空へ浮かび上がると共に、スラム街にあっても比較的人気のない場所を探す。すると東端のほうに修繕の甘い区画を発見だろうか。どうやら街の改修は途中のようである。

 ということで、ここぞとばかりに狙わせて頂きましょう。

 背中に羽織っていたマントで顔を隠す。

 今から醤油顔は心を鬼にしてスラムマンとなる。

 地上へ降り立ち、界隈に人がいないことを入念にチェック。無人であることを確認したところで、並び立つ建物の一つに向けて景気よく撃たせていただく。威力は十分に控えめ。ただし、炸裂に際しては大きく爆ぜて音を立てるよう意識して。

「ファイアボール!」

 正面に掲げた手の平より、バレーボールほどの火球が打ち出される。

 真っ直ぐに進んで、ズドン、壁に着弾すると同時に轟音を立てて炸裂だ。

 一発目の具合を確認したところで、立て続け、近隣一体に音が届くよう、幾度と無くファイアボールを撃ち放つ。当然、騒音を聞きつけて人がやってくる。だが、こちらの姿を確認すると、飢えた肉食獣を目撃した草食獣のように駆け足で逃げ出してゆく。

 魔法という脅威に加えて、醤油顔の着用した貴族的おべべを鑑みた上での反応だろう。怪しさ極まるマントな覆面も少なからず影響しているのは間違いない。完全に変質者だ。おかげでこちとら、やりたい放題できるって寸法さ。

 良い感じである。

 一つ、建物が半壊した。

 これを確認したところで、続く建物に移る。

 全壊はさせない。壁と屋根が残る程度に傷めつける。嘗てない繊細さを伴いファイアボールを行使だ。激しくも優しく壁を爆風で炙り煽ってゆく。そんなことを繰り返して、一つ隣、また一つ隣と順番に建物の装飾を進めてゆく。

 壁の穴を埋めていた粘土は吹き飛ぶ。石畳は禿げて地肌を顕とすると共に凹凸が生まれる。通りに植えられた樹木や花々は焼けてゆく。小奇麗に取り繕われようとしていた界隈が、着実に元のスラム感を取り戻してゆく。

 心が傷まないでもないが、これもスラム街の為だ。

 っていうか、そもそも街の中に居住を許可した区画は一つもない。住居を設けるほどに領土としての土地がないから、下手に切り売りしては街の運営にも問題となる。そういった意味でも、ここばかりを優遇する訳にはいかないのだ。

 ここはスラム街なのだ。それ以上でも、それ以下でもない。

 決してホームレスに輪姦されるアヘ堕ちツンデレ乞食っ娘の姿が見たい訳ではない。

 これもまた街の運営に必要なことなのだ。

 理想のスラム街を胸の内に抱きつつ、確実に建物を半壊させてゆく。道路を砕き、樹木を焼いて、花を踏みにじる。チョウチョもどきはきっと近くで見るとグロいから、ファイアボールの熱で遠くから追い払わせてもらおうか。

 そうした具合に一棟、また一棟、建物が、町並みが、スラム化してゆく。

 半日も繰り返せば、きっと元の素敵な光景が戻ってくるだろう。

「……よしよし」

 思わず口元に笑みが浮かんでしまうぜ。

 などと作業に夢中となっている最中の出来事だった。

 不意に建物の脇から、なにか小さいものが飛び出してきた。見た目はカピバラっぽい。サイズもカピバラとそう変わらない。ただ、狐を思わせる長い尻尾が生えており、その分だけ少し大きめな印象を受ける。

「っ!?」

 咄嗟、腕をクロスしてこれに対応する。

 対して正体不明のカピバラもどきは、真正面から遠慮無く、こちらの腕に食らいついた。鋭牙が腕に突き刺さる。つい数日前はぴーちゃんの魔法すら無傷で防いだボディーは、しかし、ガッツリと食らいつかれて、プシッと血液を吹き出した。

 なんだこいつ、もしかしてヤバそうな予感。

 ステータスを確認しなければ。



名前:ポチ
性別:女
種族:ヌイ
レベル:110
ジョブ:ペット
HP:13000/14000
MP:2005/2005
STR:8111
VIT:7900
DEX:9035
AGI:13903
INT:3931
LUC:1555



 おう、小さい癖におもったより強いぞ。

 ハイオークといい勝負だ。

 しかもよくよく見てみると、コイツのこと見覚えあるかも。スラム街を作った当初、そこいらの森から拾ってきた害獣担当だ。下水道を這いまわるネズミ的な生き物が欲しくて、とりあえず的に対応したのを思い起こす。

 捕獲先の森で抱き上げた時は暴れることもなく、飼猫でも浚うような気分でゲットできたのに、なかなかどうして本性を現しやがったこのやろう。まさか、こんなに凶悪な生き物だとは思わなかった。騙された気分だわ。

 しかもペットってなんだよ、ペットって。俺もそのジョブがいい。

「くっ……」

 流石に腕が痛い。

 大きく振り回すと、幸い、牙は素直に外れてくれた。

 害獣担当はクルリ、空中で宙返りを決めて、シタっと地面に着地。

『がるるるるるる』

 そのままこちらを睨みつけるよう、喉を鳴らしてくれる。

 どうやら完全に敵対認定されてしまったよう。

 さて、どうしようか。

 腕の無事を確認したところで、改めてカピバラもどきの側を確認する。

 すると、威嚇の姿勢を取る同個体の後ろには、数メートルを設けて幼い少女の姿があった。年の頃は七つか八つほどだろうか。こってこての幼女だ。そんな彼女の足元にもまた、別の個体としてカピバラもどきの姿が見つけられる。

 こちらも醤油顔に牙を向いて、ガルルル、と。

「……あ、あぶないよっ、やけどしちゃうよっ」

 少女は酷く心配した様子でカピバラたちに声を書ける。

 その腕に抱かれて彼女の胸元には、とても小さなカピバラの姿が。

 生まれて間もないのか、まだ碌に目も開いていないように思われる。起きているのか、寝ているのか、少女に抱かれるがまま、幸せそうに身を任せている。もしかして、今襲ってきている個体の子供だったりするのだろうか。

『がるるるるるるるっ』

 こちとら最高に悪役な気配じゃんね。

 自然と他にも気が向いて、自らの周りを見渡すよう視線を巡らせる。

 すると他にも数名ばかり、騒動を聞きつけて集まっただろう住民の姿が見て取れた。そして困ったことに、彼らの傍らにもまた他に十数匹ばかり、カピバラもどきの姿が見受けられる。どいつもこいつも醤油顔に牙を向いてぐるるるる、してくれている。

 その姿は並び立つ人々を守っているように映えるから困った。

「…………」

 まさかスラム街の害獣担当が、スラム街を不法占拠した現地住民と、和平を結ぶとは思わなかった。想像した以上にペットしているじゃないか。こちらが考えた役回りとは、まるで遠い立ち位置に収まっているぞ。

 しかも自分の記憶が正しければ、スラム街に放ったのは数匹ばかり。何故に数が増えているのか。まさか成体が発生するほどに繁殖の為の期間があった訳でもない。恐らく外から個体が流入してきたのだろう。

 いやしかし、どうやって街の中に入ったのだ。壁があるぞ、壁が。

『がるるるるるる』

「だ、駄目だよっ、貴族さまに逆らったら、だ、駄目だよぉ……」

 涙目で訴えるロリータ。

「…………」

 幼女と絆に厚い動物の組み合わせって、卑怯だと思うんだわ。

 こんなのどうにもならないじゃないか。母性が刺激されてしまう。まさかロリータの目前、カピバラたちにファイアボールを撃つことは叶わない。今まさに猛っていた部分から熱が引くと同時、どうにもこうにも申し訳ない気持ちが溢れてしまう。

 有り金全部置いて逃げ出したくなる。

 だがしかし、そうなるとスラム街はどこへ行けばいいのだ。

 くそう。

 俺のスラム街くそう。

「……この度の争い、今回は引き分けとしましょうか」

『がるるるるるるる』

 害獣担当の喉を鳴らす音が各所から聞こえてくる。

 最高にサラウンド。

「しかし、私は諦めません。絶対にスラム街を取り戻してみせます」

 この場で下手に立ちまわるのは良くない。

 場合によっては街の運営にも関わってくる。一度引いて、確実な策を考えるのが正しいやり方だろう。夜、目立たない時間に手を出すというのも一つの案だろうか。大丈夫、やり方は幾らでもある。諦めない心があれば、きっと最後は輪姦が勝つ。

「それでは今回のところはこれで」

 次は覚えていろよな、カピバラもどきめ。

 踵を返すと共に飛行魔法。

 捨て台詞と共にスラム街を後とした。



◇◆◇



 なんちゃってスラム街を脱してしばらく、町長宅まで戻ってきた。

 自室に向かい廊下を歩む。

 スラム街の荒廃はショックだった。

 ふて寝をしようと考えた次第だ。

 すると、部屋まで残すところ最後の角を曲がった際のこと、パタパタと慌ただしい足音が聞こえてきた。なにかと思えば、自らの向かう先から、更に一つ角を越えてメイドさんが姿を現した。まさか見紛うこともない、ソフィアちゃんである。

「あ、タナカさんっ!」

「これはこれはソフィアさん、そんなに慌ててどうしたのですか?」

 ハァハァと息を荒げる姿がエロい。

 メイド服の胸の部分が呼吸に応じて動く様子が酷く艶めかしい。

 額には脂汗が滲んでいる。

 もちろん脇にも。

 最近のソフィアちゃん、汁度高いよな。いい感じだ。

 抱きついたらネチョってなるくらいが理想。

「お客様です! エステルさまのお父様がっ……」

「リチャードさんがいらっしゃっているのですか?」

「はいっ!」

 どうやら彼女は醤油顔を探していたようだ。その歩みが既に醤油部屋を超えている点からして、居室を訪れて留守だったところ、直後にこうして廊下で顔を合わせたのだと思われる。非常に良いタイミングだろうか。

 しかしながら、パパさんが何用だろう。

 いやまて、なんとなく想像は付くぞ。

 あれだよ、ほら、ロリゴンの作ったやたらと高い塔だよ。

「承知しました。すぐに向かいます」

「応接室でお待ちです!」

「ご連絡ありがとうございます」

 さて、どうして言いくるめたものだろう。



◇◆◇



 場所を応接室に移して、リチャードさんと面を合わせる。

「お久しぶりです、リチャードさん。てっきり首都カリスでお待ちかと思ったのですが、わざわざドラゴンシティまで足を運んで下さるとは痛み入ります。なにか急ぎの用件でもありましたでしょうか?」

「……単刀直入に窺います。あのやたらと高い塔はなんですか?」

「この街の新しいランドマークですね」

「…………」

 ジッと見つめ合う二人。

 今回ばかりは押し負ける訳にはいかない。万が一にもお取り潰しとなっては、ドラゴンシティの進退が揺らぎかねない。自慢の作品を失ったロリゴンが、悲しみのあまりペニー帝国を滅亡へ追い込む未来が容易に想像される。ヤツのことだ、絶対にやる。

 あぁ、そう言えば今朝迎えに来るとか言ってたな。

 やばいな。約束ブッチしちゃった。

 ゴンちゃんに呼び出されたことで完全に失念していたわ。

 スラム街という楽しみもあったし。

「とても素晴らしい構造物ですね、タナカ男爵。遠く離れた首都カリスからも、その一端を窺うことができますよ。我が家のテラスからも見えました。空高く伸びた先、雲の上に消えてゆく様子は圧巻です」

「流石はフィッツクラレンス公爵、お目が高いですね」

「突如として現れた塔への調査団が、首都カリスから派遣されるそうです。王立騎士団及び王立魔法騎士団を中心として、総勢百五十名からなる一団です。近日中に編成の上、数日以内に出発するとの話でした」

「…………」

 あかん、想像した以上に大事となっている。

 ちょっと勘弁だろ。

「……いかがされますか? タナカ男爵」

 平素からのニコニコ笑顔で問うてくるリチャードさん。

 相変わらず目が線だ。

 これが開かれないうちに妥協案を出したいところである。

「そうですね……」

 あれこれと悩んでみるが、良い案は浮かばない。

 さて、どうしたものか。

 本格的に困っていたところで、ふと部屋のドアがノックされた。

「失礼するぞ」

 ガチャリ、開かれた先から姿を現したのは魔導貴族だ。ここ最近、ずっと姿を見ていなかった。未だドラゴンシティに居たとは思わなかった。もしかして今の今までずっと篭って転移魔法の研究などしていたのだろうか。

 ボサボサとなった髪や、伸び散らかした髭が、その篭もりっぷりを意識させる。

 イケメンは引き篭もってもイケメンだ。少しくたびれた感じが最高にダンディーである。もしも自分が同じことをしたのなら、絶対にホームレス認定喰らうもの。更にヒゲを剃ってサッパリしたところで、ギャップから世の中の女性一同の胸キュンは確定的だろう。

「おや、ファーレンさん」

「久方ぶりに外へ出てみれば、なにやら随分なモノが立っているではないか。あれは貴様の作品か? 先端が雲に隠れて碌に見えん。上まで登りたいのだが、差し支えなければ案内を頼みたい。どうか頼む」

 くたびれていても好奇心全開である。

 おかげで閃いた。

「そのことなのですが、ファーレンさん、是非ご相談したいことが」

「……改まってなんの相談だ?」

 このオッサンの実験ということにしてしまえ。

 きっと誰も文句は言えまい。



◇◆◇



 場所は変わらず町長宅の応接室。

 魔導貴族を含めて今し方にリチャードさんから窺ったところをご説明だ。かくかくしかじか、まるまるうまうま。端的にご説明させて頂いたところ、当の魔法キチガイはと言えば、二つ返事で快諾してくれた。

「なるほど、そういうことであれば力を貸そう」

「ありがとうございます。きっと彼女も喜ぶことでしょう」

 もちろんロリゴンの作であることもお伝えさせて頂いた。

 惚れた弱みを利用するようで申し訳ないが、今回ばかりはごめんなさい。

「これほどまでに優れた構造物だ、まさか碌に魔法を理解せぬ輩に好き勝手される訳にはゆかぬからな。この魔道貴族、必ずや下らぬ政から守ってみせるとここに誓おう。まだ一歩も足を踏み入れていないのだ」

「ファーレンさんにそう仰って頂けると、私としても安心できます」

 良かった良かった。

 これで無事にお休みを取れるぞ。

 ホッと胸を撫で下ろしたところで、リチャードさんからちゃちゃが入った。

「タナカさん、また上手いことやりましたね。まさかこちらにファーレン卿が残っていらっしゃるとは想定外でしたよ。てっきり私に泣きつくものだとばかり。これではなんの為に急いで飛空艇を飛ばしてきたのやら」

 やれやれと言わばかりの態度で語ってくれる。

 やっぱりだよ。

 そんな気がしてた。

 良かった、魔導貴族が登場してくれて。

 低LUCも捨てたもんじゃないな。

「こちらの塔に万が一があっては、ペニー帝国の進退に関わりますからね。もしも打ち壊しなど話に上がった日には、首都カリスが壊滅しかねません。彼女が認めた者以外、塔には上げないようにお願いします」

「うむ、当然だ」

 深々と頷いてくれる魔道貴族頼もしい。

「その点は私も理解していますよ。エンシェントドラゴン、だったでしょうか?」

「ええ、そうですね」

 今回の一件、リチャードさんは醤油顔に貸しを作るつもりですっ飛んできたようだ。まあ、実際には魔道貴族の存在なくして調査団が到着したら、それはそれで大変だったろうから、心配をしたという側面も多少はあるのかもしれないけれど。

「ところでタナカさん、これからの予定なのですが……」

「ええ、陛下にご報告へ向かおうと思います」

「そういうことであれば、こちらは私とファーレン卿とで面倒を見ましょう」

「お手数を申し訳ありません」

「飛空艇はそのままお使いになって下さって結構ですよ」

「あ、そちらに関してなのですが、今回の件でリチャードさんには、随分と良いモノを用意して頂いたようで、本当にありがとうございます。後日、改めてお礼に向かわせて頂きますので」

「いえいえ、お気になさらずに」

「お預かりした品に関しては、ジャーナル教授にお渡しして起きました」

「……本当ですか?」

「ええ、フィッツクラレンス家の現当主から、ということになっておりますので、後日、あちらさんから連絡があるかもしれません。すみませんがその時はご対応のほど、どうぞよろしくお願い致します」

「よくまあ、あの堅物が私からの品を受け取りましたね」

「色々と機会がありましてね」

「機会、ですか……なるほど。まあ、そういうことにしておきましょう」

「ええ」

 首都カリスに戻ってからと考えていたけれど、これでリチャードさんへのご報告は完了したと考えて良いだろう。後はアレンとエステルちゃんの存在をパパさんに隠したまま、首都カリスまで移動できれば完璧だ。



◇◆◇



 リチャードさんとのトークを終えたその足で、エステルちゃんの居室に向かった。

 ちなみに彼女の隣のお部屋がアレンである。

 当初は同室をご提案させて頂いたのだけれど、アレンがこれを断ったことで別室と相成った次第である。なんだかんだで未だにヤツは醤油顔に一歩引いた形でロリビッチとの関係を続けているらしい。

 ドアをノックすると数秒の後にドアが開かれた。

「……え? 貴方が私の部屋を訪れるなんて、どうしたのかしら?」

「少し面倒なことになったので、ご連絡に来ました」

「面倒なこと?」

「はい」

「まあいいわ、とりあえず入ってちょうだい」

「失礼します」

 促されるがまま、十代少女のお部屋へお邪魔します。

 入って瞬間、なんか良い香りがした。非処女の癖に香り高いのがエステルちゃんの長所であり短所でもある。後手にドアを閉めて、先を行く小さな背中の後に続こうしたところ、数歩を歩んだところでクルリ。

「お茶を入れるから座って待っていて」

「いえ、お茶は結構です。少しばかり急ぎの用件となりますので」

「そんなに面倒なことなのかしら?」

 二人して居室の中ほどに設けられたソファーの下へ。

 どうやらアレンは留守のようだ。もしかしたら二人仲良くパンパンしているかもしれないと、少なからず緊張していた。リア充のセックス風景とか、童貞が目撃したら当面の社会生活に支障を来すレベルの劇薬だからな。

 お互いの位置取りは足の短いテーブルを挟んで、ロリビッチと向かい合わせ。久しぶりに真正面からマジマジと眺めさせて頂く金髪ロリータは、流石のミニスカに組み足で絶妙な太ももの露出具合。自然と脳裏に蘇ったのはメイドさんから貰ったアナルビッチの書。

「それで、私に話っていうのは?」

「今、こちらにリチャードさんがいらっしゃっています」

「え? パ、パパが!?」

「先程、少しばかりお話をしてきたのですが、どうやら町長の立てた塔を確認しに来たようです。最低でも数日は滞在するようなので、エリザベスさんとアレンさんには早急にドラゴンシティを発ってもらいたいのです」

「……そう、そうよね。ええ、見つかったらアレンが大変だわ」

「出発には我々も飛空艇で同行します」

「い、いいのかしら? 貴方は他にやることがあるのでしょう?」

「私も首都カリスに用事がありまして、その点は問題ありません」

「そうなの?」

「はい」

 王様へのご報告が残っている。

 あと、有給の申請と。

「……そ、そう。ありがとう。とても助かるわ!」

「そういうことなので、急いで出発の支度をしてもらえませんか?」

「わかったわ! アレンに連絡してすぐに準備をするわね」

「ええ、お願いします。それと部屋からはできる限り出ないようにしてください。アレンさんと共にいる姿を見られたら大変ですからね。なにか用事があるときは、黄昏の団の方にお願いして下さい。こちら、アレンさんにも共有をお願いします」

「大丈夫、絶対に出ないわ!」

 真剣な表情で頷いてみせるエステルちゃん。

 その姿を確認したところで、ソファーより腰を上げる。

「しばらくしたら迎えに上がります」

「ありがとう、この部屋で待っているわ」

「はい。それでは私も支度があるので、一度これで失礼しますね」

「ええ、教えてくれて本当にありがとう、とても助かったわ」

 こちらも支度を急ぐとしよう。

 遅くても明日には、叶うことなら今日中に出発するべきだ。



◇◆◇



 リチャードさんがドラゴンシティまでやって来てしまった都合、あまり悠長に同所で過ごす訳にはいかない。何故ならば同所にはアレンとエステルちゃんの二人が、今まさに逢引の最中であるのだから。

 特に前者の安全を考えるのならば、早々に首都カリスへ向けて出発するべきだろう。ただ、せっかく我らがホームまで帰ってきたのだから、ひとっ風呂くらい浴びておきたいところ。昨晩は疲労から身体を拭うことさえ忘れていた為、髪とか油でベタベタだ。

 ということで、醤油顔の歩みは西地区の温泉に向かった。

 フィッツクラレンス号の乗組員一同には、今し方に出発のお願いをしておいた。あと半刻もあれば首都カリスに向かい錨を上げられるそうな。その間、こちらは久しぶりの広々お風呂を堪能させて頂こうと考えた次第である。

「……生き返るわぁ」

 幸い、他に人はいない。

 湯船を貸しきりってヤツだ。

 湯船に浸かり一時の幸せを甘受する。ニラ紫製の入浴剤は相変わらず心地が良い。早々に全身が癒やされてゆくのを感じる。久方ぶりだからだろうか、想定していたよりも強烈な快楽に身を包まれて、思わず声が漏れてしまうほど。

「やっぱり風呂は最高だよなぁ」

 首都に向けて出発するのが面倒になってしまうぞ。

 このままずっとグダグダとしていた気分だ。

 何も彼もがどうでもよくなってしまいそう。

「…………」

 あぁ、気持ちが良い。

 心地が良い。

 割と本格的に人を駄目にする温泉だよな。

「…………」

 っていうか、流石にこれはちょっと気持ち良すぎないだろうか。

 以前はもう少し控えめだった気がする。

 おかげで猛烈にオシッコをしたい気分になってしまったぞ。

「…………」

 そして今この瞬間、お誂え向きにも風呂場に人の姿は皆無だ。

 仮に醤油顔が溜まりに溜まったブツを浴中にリリースしたところで、誰も気づくことはないだろう。多少の罪悪感も人の目がなければ、数瞬の後には霧散して、ただただ体重の軽くなった事実に快楽をえることができるだろう。

 したい。

 お風呂の中でおしっこしたい。

「……するか」

 歳を取ると緩くなっていけない。

 そう、これは決して自発的な行いではなく、偶発的な生理現象にほかならない。

 だから誰も悪くない、誰にも過失は存在し得ない。

「……ふぅ」

 たまらないな。

 極楽極楽。

 これは癖になりそうで――――。

「……お風呂で尿をしたのはだぁれぇー」

「っ!?」

 どこからともなく声が響いてきたぞ。

 咄嗟、立ち上がる。

 身を強ばらせたところ、同時にお湯の中から、人影が浮かび上がった。今の今までお湯に溶け込んでいたような、そんな浮かび上がり方だ。水しぶきはまるで上がらず、まるでお湯の一部が立ち上るよう、ふよふよとした感じである。

 手を伸ばせば触れられるほどの距離だ。

「っ!?」

「だぁれー? オシッコしたのー、だぁ……」

 パッと見た感じ人間、それも女性の姿形をしていらっしゃいる。年の頃は三十代ほど。ただ、後ろの光景が透けて見えるほどに半透明だ。しかも服を着ていないぞやったぁ。一糸まとわぬ格好ですわ。ここはお風呂なので、全裸であることは正しいのだがね。

「……どちらさまで?」

「あ、れ……」

 イソップ寓話、金の斧を髣髴とさせる登場シーン。

 いつぞやのエディタ先生を髣髴とさせるヴィジュアルである。

 いやまて、その姿には見覚えがあるぞ。

「もしかして、ナンヌッツィさんですか?」

「……だ、だったら……なんなの?」

「い、いえ、少しばかり驚いたもので」

 思い起こせば、こちらのお風呂は彼女がロリゴンに腹パンされた場所である。自然と思い起こされるのは四肢を四散されて散った裸体。回復魔法の甲斐もなく失われたとばかり考えていた人妻が、今まさに目の前にいる。

 もしかして、エディタ先生のときと同じような感じなのだろうか。

 霊体といっただろうか。この半透明な姿は。

「貴方に関わったばっかりに、私は、私の人生は……」

「まさか存命であるとは思いませんでした」

 流石は人妻だ。全裸に立ち上がった中年野郎を正面に見据えて、まるで動じた様子がない。これが女の自然体だと言われると、ちょっと男の理想がブレイクされてしまいそうなので、非処女だけの特権モードだと考えておこう。

「どうするつもり? ……この訳の分からない状態の私を、また殺すの?」

「いえ、まったくもってそのようなつもりで訪れたわけではありません」

「……だったら何なのかしら?」

 凄むように問うてくる人妻ゴースト。

 そんなこと言われても、こちとら汗を流しに訪れた限りだ。

「そちらが先客であれば、ご迷惑をお掛けしました。私は上がりますね」

「あ、ちょっと……」

 こちらは混浴の筈だけれど、まあ、今回ばかりは致し方なし。

 彼女に対する負い目も手伝い、自然と足は動いた。

 湯船の中、一歩を踏み出す。

 目元に汗が垂れる。

 これを片手に拭い、ついでに髪をぐわしとかき上げる。

 そこで、ふと気がついた。

 指先に違和感があった。

 より具体的に言えば、本来なら円形脱毛症が所以、何に遮られることもなく頭皮が触れるだろう箇所に、想定外の抵抗が感じられるではないか。それは同症の患部外、他の部位と同様に茂る毛根の猛り。

「……あ」

 毛が生えている。

 間違いない、毛が生えているぞ。ツルツルと心地良い感触を返した筈の部位に、ジョリジョリと、生まれて間もない毛先の感触を得る。それはもう何度となく、指の腹で擦って確かめてしまうほどに。

 何故だ。

「……な、なに? やっぱり私のことを殺すの?」

「い、いえ、そうではありません。そうではありませんが……」

 服を脱ぐ際、脱衣所の鏡で確認したときにはツルツルであった。紛うこと無くツルツルであった。これは間違いない。だって三回も確認したもの。それがどうしたことか。ええい、まどろっこしい。居ても立ってもいられないとはこのことだろう。

「すみませんが失礼します」

 湯船から上がり、洗い場の壁に掛けられた鏡で確認する。

 するとどうしたことか。

「おぉっ……」

 生えている。

 確かに生えているぞ。

 しかも回復魔法のように一瞬でフサフサとは違う。ほんの僅かばかり、芽吹いて間もない若葉のように、一分刈り級の茂りが窺える。ただ、今はむしろその瑣末極まりない成長が、未来に繋がる確かな芽吹きのように思えてサンクチュアリ。

「……まさか」

 自然と意識は湯船に向かう。

 ここの湯に何が起こったのだろう。他のお風呂ではそのような報告は上げられていない。少なくとも街の近況を確認した際、ゴンちゃんやノイマン氏、ソフィアちゃんから報告が上げられることはなかった。

 たぶん、同所のみ見られる効能なのだろう。

「……ハゲなの? ふふん、良い気味ね」

 ふと、思い至った。

 もしかして、この人妻か?

 人妻なのか?

「一つ訪ねたいのですが、貴方は以前よりここに?」

「ええ、そうよ。貴方の知り合いに殺されてからずっと、ずっと、ここにいるわ。お風呂から離れようとすると、身体が消えてしまいそうになるの。だから、私はここから離れることができない。お風呂から外に出られない。本当、ふざけた話だわ」

「なるほど」

 これは調査の必要がありそうだ。

 ハゲのQOLを著しく向上させる可能性を秘めた代物である。なにがどうなって毛が生えたのかはまるで知れないが、世の中、顕著な発明の第一歩はいつだってそんなものである。レントゲンだって、ペニシリンだって、八木アンテナだって、最初は偶然から見つかったのだ。

「……すばらしい」

「はぁ? なにが素晴らしいのよ。お風呂で尿を垂れておいて」

「いえ、あの、それは歳のせいといいますか……」

 ただ、今は状況が覚束ない。

 とりあえず現状は保留としよう。ただ、バカンスを終えて帰ってきたら覚えていろよな。本腰を入れて取り組むぞ。絶対だ。もしかしたら、もしかするかもしれない。男なら誰もが望んでやまない秘薬、毛生え薬、その一歩に届くかもしれないのだ。

「すみませんが、私はお先に失礼します」

「ちょ、ちょっと、待ちなさいっ……」

 人妻はなにやら吠えているが、まあいいや。

 ゴンちゃんあたりに、こちらのお風呂の保護をお願いしよう。

 絶対に失ってはならない財産である。

 バカンスから帰ってきたら、ガッツリと調査させて頂く次第である。
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