挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫
8/131

冒険者ギルド 五


 向かえて翌日。

 昨日のうちに指定されていた待ち合わせの場所、街の南門に隣接して作られた広場まで俺はやってきた。どうやら馬車付き場のようで、周囲には沢山の馬もどきと、これに引かれるべく作られた車が並ぶ。ようは駅前のバスステーション的な場所だ。

 そこには既にホワイトラインの面々が立っており、こちらの到着を待っていた。

 面々の下へと駆け足に向かい、朝の挨拶を交わす。

「すみません、遅れていたら申し訳ありません」

「いや、こっちが少しばかり早く着いただけなんで、気にしないで下さい」

「ありがとうございます」

 三人を代表してイケメンが受け答え。

 少しは他二名ともお話したいけれど、それは難しそうだ。

 共にこちらを見ていない。ツンとそっぽを向いている。

 悲しい。

「それじゃあ出発しましょう」

「はい」

 イケメンの号令を受けて、一路、オークが出るという村へ向かう。

 移動は馬車だった。事前に彼らが用意していたレンタルの品だ。これに少しばかり揺られれば、目的の場所まで到着するのだという。彼の案内に従い街の外に出れば、馬二匹に引かれた、なかなか立派な幌車が止まっていた。しかも行者付き。

 金髪ロリの全身白銀鎧といい、この二馬力な馬車といい、ランクの低い若年パーティーにしてはリッチな連中である。構成員の誰かが金持ちなのは間違いない。というか、きっと金髪ロリの実家が金持ちなんだろう。

 まあ、色々と勘ぐったところで、それを尋ねることは憚られる。訳の分からないことには近寄るべからず。素知らぬふりをして馬車に乗り込み、目的地までご一緒させて貰う事と決める。下らない詮索は止めておこう。

 下手に踏み込んで、ただでさえ宜しくない心象を殊更に悪化させるのは、絶対に避けたかった。せめて普通に挨拶くらい交わせる間柄になりたいものだ。パーティーを組むということは、今回だけで終わらない可能性もあるのだから。

 出来ることなら、次も是非と言って貰いたい。

 たった一言でも、それは毒男にとって、非常に嬉しいものだ。

「ところで、少しいいかな? タナカさん」

 馬車へ乗り込んでしばらく、街が小さくなった頃合にイケメンが口を開いた。

「あ、はい。なんでしょうか?」

「もしよろしければ、回復魔法のレベルを確認したいんですが」

「あぁ、なるほど」

 スペック確認の時間ですね。

 とは言え、これはどうして伝えたものか。

「ところでレベルっていうと、どういう感じで説明すれば……」

 ステータスウィンドウにはLvMAXとあった。

 これを素直に伝えれば良いのだろうか。

「普通にランク指定でいいですよ? Eくらいでしょうか?」

「えっと……」

 ランク指定とか知らない。

 しかしながら、彼らの間では常識のようだ。

 これは下手に答えられない。

 ということで、適当に頷いておく。

「え、えぇ、まあそんなところです」

「なるほど。了解です」

 嘘も方便だ。

 ランクEとやらがどれほどのものかは知らない。しかし、それ以上であることはあっても、それ以下であることは無いだろう。なんたってレベルがマックス。であれば、誰も損をすることはないので、何ら問題ない。と思う。

「まるで使えないわね。その歳でランクEとか、今まで何をしてたの?」

「い、いやまぁ、その、色々と……」

 金髪ロリからストレートな嫌味を貰った。

 どうやらランクEというのは、三十代の所持スキルとしては相当に低いらしい。とは言え、今し方に公言したばかりなので、早々に撤回することも難しい。今は自らの無知を恥じて現状に甘んじるほかにない。

「至らないところばかりで、どうにも申し訳ない」

 とりあえず素直に謝っておく。

 相手がキレてたら、何はともあれ謝罪だ。

 誰が悪いとか、どこに責があるとか、そういうのは二の次。

「まあまあ、エステルもそれくらいに。一緒に仕事をする仲間なんだから」

「……ふんっ」

 イケメンに宥められて、つまらなそうにそっぽを向く金髪ロリータ。

「ところで気になったのだけれど、剣も使えたりするんでしょうか?」

「え? あ、いや、これは……」

 イケメンの視線が俺の腰に向かう。

 そこには昨日に購入したばかりのショートソード。

 まだ一度も振ったことのない代物。

「護身用というか、飾りというか、まだ一度も振ったことがないんで……」

「あぁ、なるほど。変なことを聞いてしまってすみません」

「いえいえ、こちらこそ紛らわしい格好をしていて、申し訳ない限りで」

 さっきから謝ってばかり。

 この世界での自分の立ち位置とは、日本に居たときと比べても尚のこと低いんだろう。だからこその謝罪なのだと、なんとなく理解した。

 剣や鎧を手に入れた程度で満足を得ていたけれど、この程度では何の足しにも足らないのかも知れない。レベル上げとか、ちょっと頑張ってみようか。

 そんな具合に他愛ない会話を交わしつつ、しばらくを馬車に揺られて過ごした。



◇◆◇



 ゴトンゴトン。荷台が揺れる。ゆっくりと進んでゆく。会話も早々に失われて、荷台の上は静かなものだ。車輪が道の凸凹に触れて鳴る音だけが、やけに大きく響いては聞こえる。そんな気まずさ。

 もしかしたら、本来のホワイトライン一同であれば、賑やかな旅路であったのかも知れない。自分という異物が紛れ込んだ結果、この沈黙があるのだとしたら、などと考えたところで、どうにも居たたまれない気持ちになった。

 まあ、我慢だ。我慢するしかない。

 例のイケメンは、少し眠ると言って横になった。

 その傍ら、金髪ロリータは体育座りで顔を膝に突っ伏している。

 これはフード系魔法少女も同様だ。

 おかげで頭を上げているのが俺だけという奇跡の事態。

「…………」

 更に言うと尻が痛いのも辛い。

 我々が乗り込んだ馬車の荷台は、いわゆるフローリング張りで三畳ほどの平たい空間。これを幌に包んで居住空間としている。椅子の類いは設けられていない。例えるなら軽トラの荷台みたいなものだ。

 無言の重圧に加えて、尻の不調。

 痛い。辛い。悲しい。

「…………」

 ちょっと帰りたくなってきた。

 年齢の相違がここまで大きなモノだとは思わなかった次第。話しかける切っ掛けがなければ、話題もない。ただでさえ日本の文化や常識が通じないし。なんかちょっと思ってたのと違う感じ。

 今この瞬間、一人淡々と馬車を操る行者が酷く羨ましい。

 まあ、現実なんてこんなもんさ。

「あ、あの……」

 とりあえず、適当に話題でも振ってみようかと口を開いた――――、

「そろそろ休憩の取れる場所へ着きますが、どうしますか?」

 ところで、行者から案内が入った。

 おうふ、お昼ご飯の時間だ。



◇◆◇



 昼ごはん。

 延々と馬車に揺られていた限りなので、あまりお腹が減っていない。朝飯を宿屋の食堂でしっかりと摂った点も大きい。なので今日の昼は昨日の雑貨屋で購入した干し肉でも食んでいれば良いかと考えていた。

 だがしかし、ホワイトラインの人たちはちょっと違った。

「それでは昼食の支度をしましょうか」

 意気揚々とイケメンが言う。

 現在、我々が居するのは街から延々と伸びた街道の脇。

 馬車は止められて道行く他の人々を邪魔しないよう隅の方へ。これを引いていた馬もどきは樹木へ繋がれて、足下の草をムシャムシャとやっている。

 道の左右は林が続く。なんでも森の一端を切り開いて作られたのが、この街道であるらしい。なので延々と同じような光景が今後も続くとのこと。

 そして目的地である村とは、この街道に沿って進んだ先、街から半日程度の距離にあるのだそうな。いわゆる旅人の為の宿場町というやつだろう。

「あ、それじゃあ自分は薪でも拾ってきます」

「いや、それは良いよ。火種は彼女が作れる」

「え?」

 俺の提案を遮ったイケメン。

 その視線が向かう先にはゾフィーちゃん。

 なるほど。魔法ってやつですよ。

「えっと、それじゃあ自分は……」

「一緒に調理を手伝って貰えると嬉しいんですが」

「あ、はい。分かりました」

 料理係に抜擢された。

 どうやら本格的に調理を予定している様子だった。

 まさか自分だけ単独行動に移るわけにもいかない。素直に頷いてこれを手伝うことと決める。昨日に購入した簡易調理台を筆頭とする調理器具一式及び飲食物一般が、早々のこと役に立つ。買っておいて大変に良かった。

 伊達に大きなバッグを背負っていない。傍目、もしも同じ格好で東京を彷徨いていたら、間違いなくホームレスと間違われるレベルの荷物の多さだ。馬車移動だから良かったものの、そうでなければ出発早々に詰んでいた。

 次からは少し荷物の配分を考えた方が良いかも知れない。

「あの、水はどうすれば?」

「水もゾフィーが用意してくれる筈です」

「なるほど、水も魔法ですか」

 便利だな。魔法。

 飲み水も出せるのなら、いつか覚えたいところだ。

「あのー、水を頂戴したいんですが」

 少し離れたところに立っていたゾフィーちゃん。

 その下まで向かい伺いを立てる。

 隣では金髪ロリが、こっちくんな、酷く鋭い視線を向けてくれる。大丈夫だよ。別に話しかけないよ。用事があるのは君じゃなくて、君の隣に立ってる子だから。

 ちなみに彼女は腕を組んで突っ立っている限り。どうやら偉い人らしい。

「鍋はそれです?」

「あ、はい、これです」

 フードな少女に言われるがまま、手にした鍋を差し出す。こちらはホワイトラインさん提供。あらかじめ馬車に乗せられていた。まだ購入から新しいようで、それほど焦げ付きも見られない。

 ゾフィーちゃんはこれを受け取ると、両手に持って胸の前に。鍋底をジッと見つめて、何やらブツブツと呟き始めた。何も知らない人が見ると、頭の終わっちゃった可愛そうな子のよう。

「この器に恵みの水を……」

 眺めてしばらく、鍋の内側から水が湧き出した。

 これは凄い。

 小さな噴水のよう。

「おぉ、これは便利な」

「……はい。どうぞです」

 鍋を差し出される。

 チャプンチャプン、八分目まで水の湛えていた。受け取った両腕には、ズッシリと重い感触。間違いなく本物の水だ。取り立てて変な匂いはしないし、不透明感もない。その言葉を信じるのなら、十分に飲めそうだ。

「あ、どうも。ありがとうございます」

 今一度、会釈をして俺は鍋と共に調理台の下へ。

 頂戴した水で野菜を洗いつつ、その皮を剥いてゆく。

「いやぁ、便利ですね。魔法ってやつは」

「そうですね。彼女の魔法には我々も非常に助けられています」

「素敵なパーティーですねぇ」

 そうした具合、一部でコミュニケーションエラーは発生しつつも、昼食の支度は恙なく進んでいった。ゾフィーちゃんはそれからも事ある毎に、水を出したり、火を出したり、調理場のインフラとして協力してくれた。

 おかげで屋外にも関わらず、随分と快適に調理が行える。

 トントントン、名前も知らない正体不明の根野菜を、買ったばかりのナイフでみじん切りにしてゆく。切り終えた野菜は、すぐ隣でグツグツと湯気を上げる鍋へ、片っ端から突っ込む。出汁は昨日に万屋で購入した干し肉を湯がいて取った。

「あの、タナカさん、ず、随分と見事な包丁捌きですね……」

 一連の光景を傍らに眺めては、甚く驚いた様子でイケメンが言う。

「お恥ずかしい話ですが、一人暮らしが長いもので」

「な、なるほど」

 パンの用意があると言うので、メニューはポトフ的な何かと決めた。材料となる野菜は、どれも覚えがないのだけれど、まあ、なんとかなるだろう。

 まな板を置く簡易調理台は自前の用意。脇に設けられた釜戸は、元々この場所に設えられており、その起源はこの街道が生まれた時代、幾百年もの歳月を遡るとのこと。

 つまり、ここは自然発生した旅人の為のオートキャンプ場。大きな街が近いから、こういう場所も自然と作られたのだろう。

「あの、他に何か手伝うことはありますか?」

「あ、でしたら皿などの用意をお願いします」

「分かりました」

 率先して手伝ってくれるイケメンは良いヤツだ。

 他方、そこいらに腰を下ろして、過程を眺める限りの金髪ロリはどうしたものか。詳しく話を聞いたところ、なんでも料理の腕は壊滅的との話だった。

 ちなみにゾフィーちゃんも同様に不器用であるからして、これまで調理一切はイケメンが全てを引き受けてきたのだとか。

「いやー、タナカさんが料理の出来る方で助かりました」

「こんなことでも役に立てたようなら幸いです」

 笑顔で食卓の用意を進めるイケメン。

 それに適当な相槌など打ちつつ、俺は食事の支度を進めた。全ての準備が整い、各々が食器を手にしたのは、それから十数分ばかりの後のこと。

 食卓は馬車の荷台でとなった。

 ホワイトラインの三名に俺、更に行者を加えた五名からなる食卓。

「……美味しいじゃないの」

 やたらと不機嫌そうな表情で金髪ロリが言った。

「本当ですか? 良かった」

「ふんっ……」

 努めて笑顔を浮かべつつ応対するも、彼女はそっぽを向いてしまう。

 簡単な日常会話であっても、交わすことは難しそうだ。

 残るフード系少女にしてもこれは同様。無言に食事を摂る限り。

 しばらくを無言にモグモグとやる。

 モグモグ。モグモグ。モグモグ。

「タナカさん、ちょっといいでしょうか?」

「あ、はい、なんでしょうか」

 イケメンがこちらを見ていた。

 手元の皿から顔を上げて、意識を彼に向ける。

「突っ込んだ話題となってしまい申し訳ないのですが、タナカさんは回復魔法が使えるとのことで、もしかして教会の出なのでしょうか? それとも学園で教鞭を執られていたなどとか……」

「あー、いや、そういうのじゃないんですけれど」

 どこかで聞かれたような話だ。

 おかげで適当な設定をスラスラとでっち上げることが出来る。

「遅咲きの桜と申しますか、色々と事情がありまして、恥ずかしながらこの年でギルドに登録したんですよ。それまでは普通に街で働いていまして、これと言った経歴や武勇のない普通の人間です、はい」

 肝心なところはボヤボヤだけど。

「そうですか……」

「ですので、ご迷惑をお掛けするところあるかとは思いますが……」

「あぁ、いえ、こちらも初心者ですから、気にしないで下さい」

「ありがとうございます。そう言って頂けると大変にありがたいです」

 ついでに頭を下げておけば、それ以上を尋ねてくることはなかった。



◇◆◇



 食事を終えて再び馬車に乗り込む。

 それから二、三時間ばかりを揺られたところで、我々は目的の村へと辿り着いた。イケメン曰く、世帯数数百と村にしては幾分か規模が大きく、町と言うには若干小さい。そんな集落だった。

 そして、村へ到着以後、夜までは自由行動とのこと。

 なんでも問題のオークは深夜にやって来て畑を荒らしたり、人に危害を加えたりするそうだ。これまで日中帯は一度として姿を現したことがないらしい。まるで鹿や熊といった害獣のような習性だ。

 宿へのチェックインを終えて荷物を整理。

 ちなみに部屋割りは男性一部屋女性一部屋で二部屋を押さえる形。個人的には四人一部屋が嬉しかったのだけれど、僅かな希望は木っ端微塵だ。とは言え、一人だけ別の部屋という悲しい結末は避けることができたので良しとしよう。

「それじゃあ、時間になったらまた宿屋によろしくお願いします」

「あ、はい。分かりました」

 部屋を出て女性二名と合流。

 廊下先で一連の情報共有が行われたところで一時解散。

 三人はこれからどうするんだろう。

 分からないけれど、流石にここは空気を読む俺カッコイイ。

 邪魔者は去るとしよう。

「それじゃあ、失礼しますね」

 会釈をして三人の下を後とする。

 宿を出て屋外へ。

 これまで活動していた街と比較しては閑散とした近隣。行き交う人の数も段違いに少なくて、地方の農村といった気配を感じる。特に日中帯は男手が仕事に出ている為か、人口密度が低いのだろう。

 土面剥き出しの道をどこへとも当てなく歩む。

 宿を出てきたは良いが、考えてみれば他にやることなんて無い。

 これは失敗した。

 ということで、早々、宿へと戻ることを決める。

 もしも彼らが部屋に残っていたら気まずいのだが、流石に夜中までを延々と部屋に籠もっていることもないだろう。あの手のリア充グループは外で遊ぶのが生き甲斐みたいなものだし、きっと三人で楽しく食事でも摂っている筈だ。

 俺は昼ごはんがまだ腹に残っているので、夕食はいいや。

 適当に干し肉でも摘まんでおけば問題ない。

 それよりも朝が早かったので、夜間活動に備えて一眠りするのも悪くない。馬車に揺られていただけなのに、どうにも体力を使った感じがある。柔らかなベッドで横になりたい気持ちが迸る。

「よし、そうしよう」

 道具屋だの酒場だのを遠目に眺めながら、村を一周。

 パッと見た感じ、ファンタジーゲームのなんとか村、みたいな感じ。

 小一時間ばかりの散歩。

 いい加減に足が疲れたなと感じたところで、再び宿屋へと戻る。店先に立っていた女将さんに会釈して店内へ。一階は飲食店として機能しており、その傍らにある階段を上って、二回以降に宿屋としての客間が連なる。

 ギシギシと軋む廊下。これを進むことしばらく。

「あー、ねむい」

 部屋の前までやってきたところ、不意に耳へ届く音。

 ドアノブへ伸ばした手が止まる。

 それは今まさに入ろうとした男性部屋の隣、女性用の部屋から聞こえてきた。

「あっ、あっ、アレス、いいっ、きもち、いいっ、です」

「ああ、いいよ。僕もだっ」

「ちょ、ちょっと、はやく私にもしなさいよっ!」

「ん? 何をだい?」

「それは、そ、そのっ……マ、マッサージっ! マッサージよっ!」

「うん、待ってて。直ぐに気持ち良くしてあげるから」

 凄いエッチな声。

 心の砕ける音がした。俺の。

「…………」

「あぁんっ、もっと、もっと強くしてぇ! もっとぉっ!」

「あぁぁんっ、あっ、い、いいです、アレンっ! あんっ!」

 女性二名と男性一名の声が、部屋の中から聞こえてくる。どれも耳に覚えのある響きだ。女性二名は普段と違って聞こえたので一瞬戸惑った。けれど、男性の声はここ数時間、それなりに会話を重ねているので間違いない。

「……マジか」

 これはあれだな。

 馬車旅に疲れた少女たちへ、アレンがマッサージをしてやっているのだろう。騎士団で鍛えた腕っ節から繰り出されるマッサージは、それはそれは気持ちが良いことだろう。

 そう、きっとそうに違いない。

「…………」

 これ以上ここにいても、童貞が得られるものは何一つ無い。

 むしろ一方的に失ってゆくばかりだ。

 今もガリガリと削られている。

「……行くか」

 誰にいうでもなく呟いて、ブサメンはそっと踵を返した。

 そのまま宿屋を後にした。

 自ずとその足が向かった先は、村の酒場である。

 村には数件酒場があった。そのうち一番に人の入りが良かった店へと入店。カウンター席へ腰を落ち着けて、四の五の言わずにアルコールを注文である。杯は早々に進んで、小一時間と掛らずに三杯目を平らげた。

 お酒最強伝説。

「あー、お酒おいしいわぁー」

 数時間後に仕事が控えてるけど、それでも飲んじゃうよ。

 日が暮れ始めた頃合、酒場は段々と賑わいを見せ始める。仕事を終えた男たちが続々と入店しては、乾杯の音頭に喉を鳴らす。そう広くない店内は、小一時間と経たぬ間に満席となった。

 客の相手をするウェイトレスも忙しそうだ。

「ユーナちゃん、おかわり-!」

「はーい!」

「こっちも頼むぜ-!」

「はいはーい! ちょっと待っててねー!」

 街の飲み屋に見たエロ美女ソフィアちゃんほどじゃないけれど、この店のウェイトレスもなかなかの綺麗どころ。歳は十代中頃だろうか。美しいというよりは可愛いという感じ。茶色の髪を肩に掛る程度で切りそろえたショートカット。

 客に呼ばれる都度、元気一杯に声を上げる様子は、傍目に眺めて心地良い。小柄な身体にあっちこっちへ動き回る姿は、彼女の快活とした性格を表しているよう。客からのウケも良く、ユーナちゃん、こっちに来てお酌してよ、などと遊ばれること度々。

 地元オッサン連中のアイドルといった具合だ。

「……あの子も夜は彼氏と、なんて考えると捗るな」

 エロエロな妄想を肴にお酒を頂く。

 ビールっぽい発泡性のアルコール弱めなお酒。

 蒸留酒はこちらの世界ではあまり一般的ではないよう。転生前の世界で蒸留酒が世間に出回り始めたのは、十世紀以降である点を鑑みれば、こちらの世界の文化文明がどの程度の地点にあるのか、なんとなく分かるのではなかろうか。

 知らんけど。

 なんて、お酒に思考を慰めていたところだ。

 怒鳴り声が転がり込んできたのは。

 バタン、大きな音と共に酒場のドアが開かれる。

 同時――――、

「で、出たっ! オークだっ! スゲェ数のオークが出やがったっ!」

 どこの誰とも知れない男が、ありったけの声を張り上げて吠えた。

 途端、酒場は喧噪を大きくする。

「そりゃほんとうかっ!?」「なんでこんな早い時間に来るんだよっ!?」「スゲェ数って、具体的にどこで何匹くらい出たってんだっ!?」「おいおいおい、討伐依頼はどうなったんだよ! 長老が出してただろっ!?」「女子供を家の中に入れろっ!」「お前ら、男は武器を持って村の東へ急げっ!」

 どうやら仕事の時間が幾分か繰り上がったよう。

 場所は村の東らしい。

 しかたないが、出動だ。

「ユーナちゃん、ユーナちゃん」

 ウェイトレスさんを呼ぶ。

「え? あ、あの、お客さんっ? オークがっ……」

「これ、代金」

「あ、はい」

「お釣りはいらないから、とっておきな」

「は、はぁ……」

 カウンターへチャリン、酒代として銀貨を一枚。お酒に酔った勢い、死ぬまでに一度は行ってみたい台詞を口にして腰を上げる。

 マジでダンディー。

 これをユーナちゃんは、呆け顔に眺める限りか。

 構わず俺は店の外へと向かう。

 店の外でも騒動は伝搬していたようで、村人が右へ左へ駆け足に騒ぎ回っている。この様子では宿屋で盛るチーム乱交まで伝えに向かうことも無いだろう。

「行くか……」

 問題となる村の東とやらへ直行することと決めた。



◇◆◇



 オークは想像した以上にデカかった。

 身の丈三メートルほどの巨体。若干の知性があるのか、腰に獣の皮を巻いていたり、手に木製のこんぼうを握っていたり。ただ、知り合いのゴブリンのように、話が通じるとは思えない。

 集団で現れたオークは、村の外れで暴れ回っていた。

 数は大凡十数匹ほど。

 一足先に駆けつけた村人が対応に当るも、二、三体を多少ばかり負傷させたところで全滅。男は皆殺しとなり、女はその場に陵辱されていた。

「……デカイなぁ」

 阿鼻叫喚の地獄絵図。

 女の泣き叫ぶ声が耳に痛いほど響いていた。

 流石に数が多いのか、村の男衆もこれを受けては少なからず躊躇して思える。既に事切れて倒れる他者の姿が、目の前のオークたちを殊更に大きな脅威として認識させる。そりゃ怖いだろう。

 俺も酔っ払っていなければ、ここで傍観を決めたろう。

「おぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 雄叫びを上げて、オークの一体がこちらへ走ってきた。

 次なる獲物を求めてだろう。

 なんでも彼らは人間を喰らうのだそうだ。

 それがオークの生活様式。

「くっそ、こっち来るなよ」

 例の火炎魔法で攻撃だ。

パッシブ:
 魔力回復:LvMax
 魔力効率:LvMax
 言語知識:Lv1

アクティブ:
 回復魔法:LvMax
 火炎魔法:Lv1

残りスキルポイント:0


 そう、これ、これだよ。

 いくぞ、ちくしょうめが。

「出てこいっ! 俺が考えた最強の魔法っ!」

 片手を正面に突き出して、声高らかに吠える。すると、足下に魔法陣がブォンと浮かび上がった。真っ赤な輝きに描かれた、円形の幾何学図形。ファンタジーゲームの魔法エフェクトそのまんま。

 何これカッチョイイ。

 かと思えば、腕の肘から先が輝きを放ち始める。同時にオークへ向けて掲げた手のひらの先、数十センチの大きさで火の玉が生まれた。ボウボウというより、ゴウゴウと火の粉を散らし脈動している。

 これはイケてる感が高いよ。

「おっしゃ、いけちくしょうっ! ファイヤボーッ」

 発射。

 拳銃を撃ち放つイメージを炎の塊へ向ける。

 結果、すっ飛んでゆく炎。ファイヤボー。

 飛行速度は思ったよりも早い。

 目にも止まらぬ勢いで突っ込んで行き、オークに命中した。

 ズドン、着弾と共に炎の塊が爆発。対象の上半身を完全に消失させる。夕暮れ時、薄暗い一体を真っ赤に照らし上げる。肉を抉るように吹き出した炎が、肉を抉り、腰から上を奪っていた。

 半身を失ったオークは、その場にバタリ倒れて、ピクリとも動かなくなる。

 あ、なんかレベルあがったっぽい。

 ティンと来た。


名前:タナカ
性別:男
種族:人間
レベル:5
ジョブ:特になし
HP:609/609
MP:93500000/93500000
STR:75
VIT:60
DEX:52
AGI:42
INT:5922000
LUC:19


 LUCの上がりがよろしくない。これは運が悪いと考えて良いのだろうか。

 あぁ、そうだ、レベルが上がったのなら、例によってスキルポイントとかも増えてるんじゃなかろうか。流石にこの数を相手で唯一の攻撃手段がLv1というのは心許ない気がするんだ。

パッシブ:
 魔力回復:LvMax
 魔力効率:LvMax
 言語知識:Lv1

アクティブ:
 回復魔法:LvMax
 火炎魔法:Lv1

残りスキルポイント:2

 よし、グレイト。増えている。

 ここはもったいぶらずに突っ込もう。


パッシブ:
 魔力回復:LvMax
 魔力効率:LvMax
 言語知識:Lv1

アクティブ:
 回復魔法:LvMax
 火炎魔法:Lv3

残りスキルポイント:0


 よしよし、これで良し。

 なんて考えると、前方、立て続けに咆吼が上がる。

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」「おおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおお!」「スイィイイイイイイイイイイイイイイイツゥウウウウ!」

 オーク一同の意識がこちらへ向いていた。どうやら仲間を殺されてムカチンの様子。表情が少し強ばったように思える。

 一匹また一匹とこちらへ向けて駆けてくる。

「…………」

 適当にサンプルを選んでステータスを確認。


名前:未設定
性別:男
種族:オーク
レベル:13
ジョブ:未設定
HP:1420/1509
MP:0/0
STR:170
VIT:220
DEX:121
AGI:187
INT:20
LUC:88


名前:未設定
性別:男
種族:オーク
レベル:13
ジョブ:未設定
HP:1500/1809
MP:0/0
STR:220
VIT:190
DEX:101
AGI:177
INT:10
LUC:78


名前:未設定
性別:男
種族:オーク
レベル:13
ジョブ:未設定
HP:1220/1509
MP:0/0
STR:201
VIT:190
DEX:121
AGI:161
INT:29
LUC:38

 個体差はあるけれど、大凡のところ変わらない。以前に酒場で絡んできた酔っ払いマッチョの上位互換って感じだ。ただ、HPが突出しているのが気になる。きっと図体がデカイからだろう。

「ふっ、雑魚め」

 数を、数をイメージしよう。

 一つじゃ足りない。ぶん殴られて一発KOだ。

 負けるのこっち。

 割とギリギリ一杯。

 それでも余裕を感じられるのは、お酒のおかげ。

 マジお酒最強伝説。

「伊達に三十まで童貞守ってないだろ」

 突き出した腕の先、炎の玉がポコポコと生まれる。さっきは一つしか出てこなかったので、これはレベルが上昇した為だろう。数にして十数個。

 サイズも大きくなっている。一メートル超といったところ。燃えさかる、という印象がしっくりとくるほどに、その表面は轟々と炎が猛っている。

 こりゃ大火力だ。

 流石Lv3だ。

 ファイヤボールというよりは、メテオストームな気配を感じる。ただまあ、当って倒せればどちらでも構わない。大切なのは確殺だ。一撃必殺こそ魔法使いの命題。俺はそれをネトゲで学んだ。

「「「「「ぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」

 数メートルの距離まで迫るオーク一同。

 これに向けて火の玉を放つ。

 先程にも増して勢いの付いた火球は、瞬く間、オークたちへと着弾した。ズドンズドンと大きな炸裂音が幾つも連なる。応じて地面の震える感触が僅かブーツ越しに足へと伝わる。大した衝撃だ。

 火球は対象へ触れるに応じて、火薬が爆ぜるよう炸裂。片っ端からオークの肉体を散らしてゆく。スキルのレベルを上げたからだろう。先程より爆風が強烈だ。飛び散った肉の欠片が、びちゃびちゃ、そこらじゅうに飛び散る。

「汚いな……」

 買ったばかりの鎧にも、べちゃっと来た。

 どこの部位とも知れない生肉。

 革製品だから、早めに落とさないと染みになりそうで嫌だな。

 多少ばかり立ち上った煙。

 これが晴れた先、見事、オークは全滅だ。

 動いている個体は見つけられない。多くは体組織の大半を消失して、なんだかよく分からない肉の塊となって倒れる。

 爆発の衝撃から地面が大きく抉れてしまっている点が、ちょっと気になるけれど、まあいいや、頑張りましたでしょう。マジ頑張った感じ。

「……終わったか」

 誰に言うでもなく呟いて、腕を下ろす。

「いや、終わってないか」

 アフターケアが残ってるだろ。

 むしろ俺の役目はそっちが本領。

 被害にあった女性一同の下へと向かう。

 役得だ役得。

 とか歩み向かったところ、今一度、咆吼が届けられる。

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 村に隣接する森の中から、一体、オークが現れた。

 今し方に倒したヤツとは色が違う。肌の色が灰色だ。更に図体も大きい。五メートル近い。下手な樹木よりも背が高い。登場のタイミングといい、出で立ちといい、これ以上無いボス臭を感じる。

「…………」

 ジッと眺めて、眺めて、眺めてみても、何も見えてくるものはない。

 ステータスを確認だ。


名前:ゲイル
性別:男
種族:ハイオーク
レベル:56
ジョブ:リーダー
HP:20609/20609
MP:100/100
STR:7500
VIT:9662
DEX:6752
AGI:9942
INT:190
LUC:1339


 こりゃヤバい。なにこのゲイルふざけてる。

 幾らボスでも、このステータスは設定ミスだろ。

 雑魚との性能差が二桁とかどうなってるの。

「は、ハイオークだっ……」

 後ろの方で村人が何やら騒ぎ出す。

「なんでこんなところにハイオークがっ」「に、逃げろっ! 勝てる相手じゃねぇ!」「早く逃げろッ! 逃げるんだっ!」「村を出ろっ! 街へ、街へっ!」「早馬を出せっ! 騎士団へ連絡を入れるんだっ!」「うぉあああああああああっ!」

 相当に焦って思える村人一同。

 俺も焦ってる。

 コイツ、魔法ってどれくらい効くんだろう。

 もしも確殺できなかったら終わるじゃん。

 なんて焦りに焦っていると、後ろの方から耳の覚えのある声が聞こえてきた。

「タナカさんっ!」

 ホワイトライン改めチーム乱交の到着である。

「あー、来ましたか」

 身体をオークへ向けたまま、チラリ、視線だけをそちらへやる。

 俺の下に向けて駆け足にやってきた彼らは、けれど、その正面、二、三十メートルの地点に巨人を見つけて、ピタリと歩を止める。その表情は驚きと恐怖に固まり、灰色のオークを見つめていた。

「は、ハイオーク……」

 アレン氏が呟く。

 これに女性二名も同様。

「……何故にこのような場所にいるですっ」

「え、あ、あれが、は、ハイオーク? あんなに大きいのっ!?」

 完全にビビってる。

 俺もビビってる。

 全員ビビってる。

 これを倒すのが仕事だというから、冒険者っていうのは大した仕事だ。これからやっていく自信がなくなりそうだろ。入社間も無い新人にOJTと偽って、受託四桁万円な国プロの現場指揮を命じるようなもの。

 しかしながら、早稲田や慶応出身の優秀な新卒さんは、そんなアホみたいな指示にも真っ当に従い、頑張ってしまって、なんとかしちゃうから、やっぱり高学歴は違うと痛感すること度々。伊達に良い大学出ていないなと。

 最後にモノを言うのは、人間としての基本スペック、それと根性。この二つだと思うね。むしろ下手に歳を取ってたり、業務経験があったりすると、尻込みをしてしまって、本来の力を出し切れない、或いは保身に走ってしまうから。

「タナカさん、こ、この状況は……」

「あと一体です。皆で頑張りましょう」

 オークと睨み合った姿勢のまま、ヤリチン少年と言葉を交わす。

 嫉妬なんてしてない、してない筈なのに、いや、してるか。して悪いかよ。

 俺も3Pしたいよちくしょう。

「いや、しかしっ……」

 アレンの意識はオークとツンデレの間を行ったり来たり。

 自分の女が心配なんだろう。

 金髪ロリ子ちゃんが一号で、ゾフィーちゃんが二号の様子。

 あぁ、俺も誰かそういう存在を手に入れてみたいものだ。

 守るモノがあるって、超絶羨ましいじゃんね。憧れるわ。

「タナカさんっ、ここは引きましょうっ! 我々だけでは不可能ですっ!」

「いやしかし、それだとあそこで倒れている人たちが」

 顎に指し示す先、そこでは被害者女性が数名。彼女たちもまた、デッカいオークの登場に身を強ばらせていた。乱暴に扱われた為か、ケガをしている人も多い。あらぬ方向へ手足が曲がっている者もちらほら。自ら逃げ出すこともままならない様子だ。

「それでもですっ! 騎士団であればすぐに呼べますからっ!」

 さっきも誰か吠えてたな。騎士団。

 自衛隊みたいなものだろう。

「ですから、タナカさんは引いて下さいっ!」

 しかし、そうは言っても、相手は待ってくれない。

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 咆吼を上げて、こちらへ向かいボス系オークが走ってきた。

 これまでのオークと比較にならない勢いだ。バイクの急発進にも増して早い。まさか自らの足に駆けて逃げ切れるとは思えない。となると、残された道は一つ。正々堂々頑張りましょう。なんだそれ。

「デカけりゃ偉いってもんじゃないだろ、くそっ」

 大慌てで火の玉を生み出す。

 なにせ相手は俺を目指しているのだから。

「タナカさんっ!」

「ちょっと貴方っ!」

「っ……来たですっ!」

 背中越し、ホワイトライン三名の声が届けられる。

 構わず右腕を突き出した先、幾十もの火球が生み出される。それは俺とオークとの間を遮るよう、ふわふわと空中に浮かぶ形。その只中へ相手は自ら突き進んでくる。どれだけ自分に自信があるんだろう。

 構うことはない。やってしまえ。

「ふっ、燃え上がれっ!」

 あー、俺カッコイイ。こんな台詞カッコイイ。

 ギュッと拳を握る。

 呼応して火の玉がオークへと迫る。その周囲を取り囲むよう浮かんでいた火の玉が、一斉に動いて対象へと着弾する。

 ズドンズドンと炸裂音が響く。

 先程の比では無い衝撃が近隣一帯に轟く。思わず耳を覆いたくなる。ただ、それは絵図ら的にちょっと格好悪いので我慢。

 腕を突き出し、拳を握った姿勢のまま、ピクリとも動かず、その場に待機だ。

 もう一方の手はズボンのポケットに突っ込んでいたりするから堪らないだろ。

 マジ俺カッコイイ。

挿絵(By みてみん)

 正面ではモクモクと土煙が上がり、視界はゼロ。いつその中からオークが飛び出してくるかと、気が気じゃない訳だが。

 まあ、その時はその時だ。

 お酒、ヤバいな。相当にキてる。

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 煙の中から再三に渡り咆吼が上がった。

 まだ生きてるのか。断末魔だといいな。

 なんて考えていると、次の瞬間、来た。

「っ……」

 煙幕を突き抜けて、巨大な身体が迫る。

 振り上げられた拳が、俺の身体を捉える。こちらの胴体ほどもある巨大な拳骨だ。まさか逃げる間も無い。この期に及んで取り得る対策など皆無。

 黙ってその姿を見つめる限り。

 ほら見なさい。だから魔法使いは確殺が大切なんだよ。

 俺、死んじゃうよ。

「…………」

「…………」

 だが、衝撃が身体まで至ることはなかった。

 迫る拳は、わずか数センチ、俺の鼻面を前にしてピタリ、停止。かと思えば、オークの巨漢はグラリ揺らいで、ドスン、地響きと共に地に倒れた。

 以後、しばらくを待っても、その身体はピクリとも動かない。どうやら完全に絶命したようだった。

 ギリギリ、間一髪ってやつだった。

「……フッ、他愛ない」

 精々、適当に言ってやる。

 心臓とかバクバクしてる。脇の下とかスーパー湿ってる。

 けれど、こういう時はカッコつけたヤツが勝ちだ。

 正面に掲げていた腕をゆっくりと下ろす。

 これに応じて、一連の出来事を眺めていた村人一同から、ワッと歓声が上がった。どれもこれもは、今まさに収められた成果を湛えるものだから、おうふ、気分が良いじゃない。こんなの生まれて初めて。

 いいよいいよ。最強だよ俺。

「タナカさんっ!」

 アレンの他、ホワイトラインの人たちが駆け寄ってきた。

「いやどうも、すみません。先走ってしまったようで」

 とりあえず頭を下げておく。

 独断専行はチーム全体の迷惑というが、今回の場合など最たる。

「いや、そ、それは良いんですが……」

「申し訳ない」

「それよりも、あ、あの、タナカさんは攻撃魔法も使えたんですね」

「ええまあ、回復魔法に比べればレベルは低いのですけれど」

 未だにスキルレベルの上限は不明だ。

 一体幾つまで上げれば最大になるのか。

「……そ、そうなんですか」

「ええ」

 回復魔法と呟いて、はたと思い起こすのは被害にあった女性たち。

 まさかイケメンとのトークに邪魔されてなるものか。

 彼との会話も適当に、俺は踵を返す。

「た、タナカさん?」

「先にあっちを何とかしようと思いますので」

「あ……」

 歩み早に女性たちの下へと急いだ。

 被害女性一同に対しては、ステータス画面で確認できる限り、HPを最大値まで回復しておいた。死んでいるっぽい人間を眺めると、HPが0。やはり、人の生死を分けるのはHPで間違いなさそう。

 一部の人間には、性病とか毒とかいうステータス異常があったので、それも治療である。非常に分かりやすくて良い。回復魔法も便利だけれど、このステータスウィンドウも相当に便利だろう。



◇◆◇



 怪我人の治療を終えてしばらく、村長の家へと呼ばれた。

 十畳ほどの広さの応接室。椅子とテーブルが設えられて、卓上にはお茶のような何かがカップに煎れられて、静々と湯気を燻らせている。良い香りだ。

 俺の他にホワイトラインの方々も同席だ。隣にアレン。その隣に金髪ロリ。更に隣にゾフィーちゃん。横一列にソファーへ腰掛けている。

 そして正面には村長だ。

 年の頃は四十代中頃。茶色い短髪に白髪が交じり始めて思える、中肉中背の壮年男性だ。我の強そうな顔つきを、けれど、今は柔和に歪めて、口元には溢れんばかりの笑みが浮かぶ。こちらに対する物腰はものごっつ低い。

「本当にありがとうございました」

 開口一番、村長さんは頭を下げた。

 額が机に触れそうなほど深い。

「いえいえ、お気になさらず」

「おかげで被害も少なくすみました」

「それは良かった」

「本当に助かりました。ありがとうございます」

 一度顔を上げて、もう一度お辞儀。

 凄く丁寧だ。

「いえ、そういう契約だったのですから、畏まって頂く必要はありませんよ」

「ですが、まさかハイオークまで現れるとは思わなんでして……」

「何事にも予期せぬ障害というのはつきものですから、お気になさらずに。むしろ、決して少なくない被害を出してしまったようで、大変に申し訳ないです」

「いやいやいや、そんなことはありません。確かに被害はありました。しかしながら、あれだけの数のオークを相手に、ここまで働いて頂いたのですから」

「そう言って頂けるとありがたいです。すみませんでした」

 こちらも頭を下げる。

 相手が下げたら、こっちも下げるのが礼儀だ。

「タナカさん、止めて下さい。謝罪すべくはこちらなのですからっ」

「いえいえ、そうは言っても……」

 なんでも十三人死んだそうな。それも二十代から四十代の働き盛りな男性が。数百人規模の集落にとっては大きな損失だろう。

 その当たりの補償はどうなっているのか。ギルドとの契約をまるで確認していなかった。後でアレンに確認するとしよう。賠償金とか請求されたら目も当てられない。

 出先ではアリガトウとか言っておきながら、後日賠償請求してくるヤツなんてごまんといる。そういうヤツには先手を打つのが何よりも大切だ。

「今日はお疲れでしょうから、どうぞ、我が家でゆっくりと休んでいって下さい」

「あ、はい。ですが宿は既にとっておりまして……」

「では、荷物を移させましょう。少しでも広い部屋を用意しますので」

 至れり尽くせりだ。

 とは言え、勝手に決められることでもない。

「あの、アレンさん、どうしましょうか?」

 隣に腰掛けた少年へと尋ねる。

 村長宅に来てから口数が少ないが大丈夫だろうか。

「え、あ、はい。良いのではないでしょうか?」

「では、大変に恐縮ですが、どうぞよろしくお願い致します」

「いらして頂けますか! では、夕食は腕によりを掛けて用意させて頂きます。今しばらく時間が掛ってしまいますが、少々お待ち頂いてもよろしいでしょうか?」

「本当ですか? ありがとうございます」

 予期せず夕食のグレードが上がった模様。

 嬉しい。やったじゃんよ。

 この後、他に村長宅やその周りに集まっていた村人たちから、幾度となく感謝の言葉を貰った。ありがとう。ありがとうございます。ありがとうございました。一日にこれほど多く謝礼を受けたのは、生まれて初めてのことだった。

 そして、同日は食事を摂って、すぐに就寝となった。

 疲れているだろうと、村長さんが気を利かせてくれた。

 ただし、部屋割は変わらず、俺とアレン氏で一つ、金髪ロリとゾフィーちゃんで一つ。流石の村長宅も一人一室を振る舞うほど、部屋数に余裕はないようだ。

 それなら宿の部屋に一人で寝た方が快適だなんて思ったけれど、流石に言っちゃいけないラインは弁えて、ご厚意に与ることとした。

 思えば他人と就寝を共にするなんて、十数年ぶりのことだ。大学生の頃、友達の部屋に泊まった以来か。なんとも懐かしい気分。

 そして、夜、宛がわれた部屋でのこと。

 男性部屋には俺に加えて、ホワイトライン一同の姿があった。

「タナカさん、本当にすみませんでした」

「いや、別に気にしなくていいですよ。無事に終わりましたし」

「ですが我々は……」

「いえいえ」

 お礼にエステルちゃんとゾフィーちゃんを一晩貸して下さい、とか素直に言えたら、俺の人生もきっと楽しいものだったんだろうなと、非常に強く思う。

 今回の仕事でお給料が入ったら、絶対に風俗へ行くわ。異世界なら児ポ法とかないだろうから、十代前半の若くてムチムチな子を抱いてやる。中出ししてやる。

 女の子が欲しい。女の子に愛されたい。例え有償でも。

「今回の依頼、報酬は全てタナカさんにお譲りします」

「そこまでしなくても良いですよ。諸経費も掛っているでしょうし」

「その点は大丈夫です。僕らは余裕が十分にありますから」

「……よろしいのでしょうか?」

「はい」

「それではすみませんが、ありがたく頂戴します。如何せん、先立つものに乏しくて、実を言うと、非常に助かる提案だったりしまして」

「それはなによりです」

 語るイケメンは穏やかなものだ。

 ちなみに皆々の位置関係はと言うと、横並びのベッドA及びBに向かい合い腰掛ける形だ。ベッドAに俺、ベッドBに金髪ロリ、アレン、ゾフィーちゃん、という。

 もう少しバランス良く座る配置があるような気がするんだけれど。

「貴方、あの魔法は何なのかしら?」

 アレンの左隣に腰掛ける毒舌ロリータ。

 憤る視線は酷く釣り上がって思える。

「……ファイヤーボールっぽくなかったですかね?」

「そういう話をしているんじゃないわよっ!」

 素直に答えたら、いきなり怒鳴られた。

 声が大きい。

「いや、すみません」

「回復魔法もそうよっ、ランクEなんて大嘘じゃないの!」

「はぁ、すみません」

 スゲェ勢いでディスられてる。

 とりあえず謝っとけ。

「なんか色々と申し訳ない限りで……」

「ちょっと、貴方、私のこと馬鹿にしているのっ!?」

「エステル、彼には彼の事情がありそうだ。むやみに突っ込むのは良くないよ。君だって聞かれたら嫌なことの一つや二つ、持っているだろう?」

「で、でもっ……」

「すみません、タナカさん。彼女はどうにも気の強いところがありまして。根は良い子なので、悪く思わないでやって下さい」

「いえいえ、こちらこそ騙すような形になってしまいまして、すみません」

 今にも飛び掛かって来そうな表情の金髪ロリ。相変わらず気性が荒い。これをイケメンが苦笑いにギリギリのところで収めている。

 悪く思わないで、とは言われても、死ねっとか、本人へ面と向かって言っちゃう時点で、その性格は根っこまでデロデロに腐ってると思うんだわ。

「アレンっ!」

「まあまあ、少しは落ち着いて、エステル。特に今回はタナカさんのおかげで、我々としても助かったところが大きい。それは君だって理解できるだろう?」

「だけれど、この私を騙したのよっ!?」

「彼だって我々と同じ冒険者だもの。ましてや僕らは昨日の今日で出会ったばかりだ。その点を咎めるのは、冒険者として、お門違いだとは思わないかい?」

「それはっ……そうかも、知れないけれど……」

 愚図る金髪ロリ。

 その傍ら、珍しくもゾフィーちゃんが口を開いた。

「一つ尋ねたいです。貴方はどこで魔法を学んだのですか?」

「あー、えぇと、そうですねぇ……」

 そんなの知らんがな。

 適当、言っとけ。

 こんな可愛い顔してパコりまくりなんだもんな。ゾフィーちゃん。オークに遭遇した際、イケメンが見せた反応を鑑みるに、どう考えても彼女は二号さんだ。それでも身体を許しちゃうくらい貞操観念の適当な子。

 俺の中で彼女の株はストップ安だ。

 清楚ビッチは好きだったけど、実際に目の前でやられると凹むわぁ。

 なんていうか、他の男の女って、同性以上に興味なくなる。

「神に祈りを捧げたら、使えるようになったんですよ」

 それでも本当のことを伝える俺カッコイイ。

「……神、ですか? できれば、具体的に名前を知りたいです」

「名前、名前ですか。えっとー……」

 あのチャラい神様、名前とか言ってたっけ?

 聞いた覚えがないな。

「いや、流石に名前まではちょっと……」

「名前を知らない神を祈ったです?」

「ええまあ、色々とありまして」

「……なるほどです」

 ところで、俺、この語尾にデスを付けて喋るタイプの女の子が割と嫌いだわ。自分を作ってる感が半端なくって、どうしても嫌悪感が先に立つ。

 しかしながら、エロ漫画のヒロインとしては最高だと思う。漫画の中の語尾デス清楚系ビッチは至高。やっぱり大切なのはバランスってヤツだよな。

「不信を持たせる形になってしまい、本当にすみません」

「いえ、お気になさらずに」

 そして、イケメンが一番良いヤツな気がする。

 なんだよヤリチンの癖に。

 これが女を二人囲っている男の余裕か。

 憧れるわ。

 俺もこういう余裕が欲しい。切に欲するわ。

「それじゃあ、今日はもう遅いですから、休みましょう」

「そうですね」

 アレンに同意を頂いて、本日のところはお開きとなった。



◇◆◇



 翌日、無事に仕事を終えた我々は街へ帰還である。

 帰りの馬車には村長の息子さんも一緒だ。なんでも村の被害状況を街の役人へ伝えに行くのだそうな。年の頃は二十代中頃。近いうちに代替わりして、村の正式な村長になるのだと言う。

 ガタンゴトン、相変わらず尻の痛い荷台。

「いやぁ、流石は冒険者ですね。オークの一匹やニ匹なんてことはないと、村の腕自慢も息巻いてはいたのですが、いざ群れに襲われてみれば、碌に抗うこともできませんでした。それを僅か一瞬で焼き尽くしてしまうのですから」

 息子さんは酷く興奮したようすで語る。

 地元から十数名の死傷者を出しているにも関わらず元気なものだ。出発してから小一時間、その勢いは留まるところを知らない。まだ年若いからだろうか、キラキラと輝いた目に見つめられて、どうにも居心地が悪い。

「いやまあ、危機一髪でしたけどね。死ぬかと思いました」

 思い起こすのは、顔の目前にまで迫ったオークの拳。

 あれはヤバかった。マジで。

「本当にありがとうございます。オークの群れの規模が事前の調査より大きかった点や、ハイオークが混じっていたことなど、その辺りはちゃんと私の方からギルドへ連絡させて頂きますので」

「あ、はい。どうもありがとうございます」

「実はあの場に娘がおりまして、本当に、本当にありがとうございました」

「あぁ……」

 なるほど。だからこんなに元気なのか。

 少しばかり納得か。

 行きと同じく、帰りもまた取り立てて何が起こることもなく過ぎていった。昼時には往路で利用したオートキャンプ場(仮)を利用。行者を含めて六人で昼食を摂った。

 そして、そろそろ日も暮れようかという頃合、無事に街へと到着だ。

 レンタルな馬車を返した後は、五人揃って冒険者ギルドへ移動である。



◇◆◇



「なるほど、事情は分かった」

 なんとか村の村長代理のお話と、ホワイトラインの面々の助力により、状況説明は想像した以上にスムーズに運んだ。

 思うにとても強烈なモンスターだろうハイオークを、自分のような雑魚が倒したことを証明するのは非常に大変だと思われた。

 が、実際に持ち込まれた遺体の一部と、これを見ていたのだという面々の証言とは、かなり確りと店員マッチョへ響いた様子。

「じゃあ、そういう形で処理をする」

「すみませんが、お願い致します」

 こちらが頭を下げると、ヤツは珍しくも殊勝な態度を見せた。

「それと、すまなかったな。今回はギルドのミスが大きいわ。しかも群れの計り間違いはおろか、ハイオークが一緒になっていたとあっちゃぁ、こりゃ数年に一度あるかないかの大きな失態だ」

「そうなんですか」

「この件については別に保証金を出す。ただ、額については上と相談する必要があるから、すぐにって訳にはいかねぇ。悪いが明日また来てくれないか? 報奨金もその時に合わせて渡すわ」

「でしたら、それらは全てタナカさんにお願いします」

 さらりと語るイケメン。

「え? それもですか?」

 流石に聞き返す俺。

 あの場に居合わせたのだから、危険手当は貰って然るべきだろう。

「居合わせたとは言え、我々は見ていただけでしたから。むしろ、我々だけでは、恐らく、ハイオークが相手では敗北していたでしょう。そういう意味では、あの村の人たちと同様に、僕らもまた命を救われた側ですから」

「いやしかし、額もまだ確認していませんのに……」

「そういう訳ですから、お願いします。マスター」

 こちらに何を言わせる間もなく言葉を続けるイケメン。

 どんだけ太っ腹だよ。

 それに残る女性二人が、金銭のやり取りに関心ゼロなのも気になる。

「まあ、お前らがそういうなら、こっちはどうだって良いけどよ」

「ではそのような形で」

「あいよ」

 話はサクサクと進んでいった。

 まあ、貰えるものは貰っておくとしよう。

 彼らは金髪ロリが金持ちだから、どうとでもなるのだろう。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ