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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

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アウフシュタイナー家 二


 誰がどんな気持ちで乗っていようと、船は淡々と進むばかり。

 学園都市を発って数日が経過した。段々とペニー帝国が近づいてきた。既に船はプッシー共和国の界隈を進んでいる。同共和国と領土を接する田中男爵領はといえば、両者の位置関係的に考えて、いの一番に目に入ることだろう。船長さんに確認したから間違いない。

 故に心はざわめき立つばかりである。

「…………」

 ペンダントの一件から、醤油野郎の心中は覚束ない。

 まさか往路で対応した空賊がアウフシュタイナー家の人だったなんて。そんなの流石に想定外だろ。これも低LUCが故の顛末なのだろうか。だとすれば、LUCほど重要なステータスは存在しないように思える。

 むしろLUCさえあれば幸せに生きてゆけるのではないかと。

 いかん、考えれば考えるほど、それが真実のような気がしてきた。

「……どうしよう」

 船室で一人、今後の運び方に頭を悩ませる。

 ことは自分だけの問題ではない。

 もちろんJCとの関係は重要だ。

 ただ他にもう一人、自分はアウフシュタイナー家の人間と関わりを持っている。他の誰でもない、ゴンちゃんだ。そして彼は今現在、タナカ男爵家の臨時騎士団として、ドラゴンシティの運営を担ってくれている。

 つまり今回の一件は、タナカ領の運営そのものをひっくり返す大失態なのだった。

「…………」

 もはやどうにもならない。

 こればかりは無理だろう。

 素直にお伝えする他にあるまい。

 まさか未来永劫、自らの行いを隠して彼らに接することは、髪の毛が何本あっても足りない。ただでさえ一連の事実を耳としてから、円形脱毛症が脱毛速度を増して思えるのだ。真っ白なシーツにより見える化された脱毛状況は男の朝をナイーブにさせる。

「……よし」

 お伝えしよう。

 全てを隠し立て無く。

 そして、ゴッゴルちゃんと二人で長い旅行にでも出かけよう。

 宛のない旅だ。

 もうそれしかない。

 なんて考えていたところ――――。

「お、おいっ! オッサンっ!」

「っ!?」

 ドンドンドン、ドアの向こう側からノックと共に人の声が届けられる。

 続けざまに響いた声色は、まさか忘れることの叶わない愛しい人のもの。それも残すところ僅か数日であると思うと、なんと切ないこともあったものだ。一回くらいセックスしたかった。愛情生中出ししたかった。

「アウフシュタイナーさんですか? どうされました?」

 多少ばかり躊躇したところで、それでも歩みはドアの下へ。

 ドアノブを捻り戸口を開けば、正面には想定した通りの相手が立つ。

「なんか下に飛空艇っぽいのが墜落してるんだよっ!」

「っ……」

 おいおいちょっと、それってまさか。

 できればもう少しだけ、心の準備をする時間が欲しかった。自然と思い起こされるのは往路の光景。今は亡きガールフレンドの兄上が、ファイアボールで撃沈されて、大地に向かい落ちゆく軌跡である。

「見た感じ墜落から大して経ってないみたいだったし、船長の人にも報告した方がいいんじゃないかと思って知らせに来たんだよっ! もしかしたら生きてる人がいるかもっ!」

「それはわざわざお手数をお掛けしました。ありがとうございます」

「いや、べ、別に、こういうのはオッサンに知らせるのが一番だと思って……」

 はにかんで見せるJC可愛い。

 しかし、今はその可愛らしさを正面から、素直に愛でることが叶わない。

「ですが、今回に限っては不要ですね」

「あ、やっぱり気にしない方がいいのか? こういうのって……」

 セックスしたいなんて贅沢はいいません。

 せめて復路くらいは、イチャラブなまま過ごしたかった。ガールフレンドと共に過ごす甘い時間というやつを謳歌してみたかった。青春というなの不良債権を、せめて全年齢バージョンで良いから、回収してしまいたかった。

「いいえ、違います」

「え?」

 しかしながら、世界はこれを否定した。

 分かった。

 良いだろう。

 受けて立とう。

 きっと世の中、そういうふうに出来ているのだ。

「実はアウフシュタイナーさんにお伝えしたいことがあります。今の今まで黙っておりましたところ、大変に申し訳ないとは思いますが、どうか、落ち着いて私の言葉を最後まで聞いて下さい」

「な、なんだよ、いきなり改まって……」

 正面に立つJCが、少なからず緊張した面持ちで居住まいを正した。

 今この瞬間こそ、世界がブサメンに与え給うた運命なのだろう。そういうことならば、あぁ、これに抗うことなく自らの定めを全うして見せようではないか。全ては自身の浅慮な対応が成した成果である。

 これを誇り。

 これを嘆き。

 これを省みよう。

 さらばセックス。

「貴方のご家族に関することです」

「私の家族?」

「はい」

 家族という単語を耳として、途端、神妙な表情となる我がガールフレンド。やはり彼女にとって、アウフシュタイナーという響きは、未だに大きなものなのだろう。否応なく自らの所業を意識させられる。

 そんな彼女に醤油顔は伝えさせて頂く。

 あまりにも大きなブサメンの罪の行方を。

「貴方が見つけた飛空船は、学園都市へ向かう道中、私が落としました」

「え? あ、あれってオッサンがやったのか? あれ? でも、それと私の家族ってどういう関係があるんだ? 飛空艇なんて私に縁のあるものじゃないし……」

 疑問に首を傾げるJC。

 ただ、敏い彼女はなにやら気づいた様子で、早々に言葉を続けた。

「あ、オッサンが落としたっていうことは、もしかして、く、空賊ってヤツか? 出発するときにも、他の貴族や船長の人とそんなこと話してたりしたような……」

「ええ、そうですね」

「おおぉ! やっぱりオッサンって凄いんだなっ! 飛空艇まで落としちゃうなんて、どうやったんだ!? 前に学園で使った大きなフレアランスみたいなヤツかっ!?」

 喜々として言葉を返してくれるガールフレンド。

 そんな彼女に伝える。

「似たようなものですね」

「でも、それと私の家族ってどういう関係があるんだよ?」

 こちらの表情が堅苦しい点を鑑みてだろう、普段より天真爛漫に振る舞ってみせるJCは本当に良い娘さんだ。きっと素敵なお嫁さんになるだろう。叶うことなら自らのザー汁を用いて、らーじポンポンを達成したかった。

 しかし、それもこれも全ては儚いまぼろし。

「あの船を操っていたのは、貴方の愛するお兄さんです」

「……え?」

「貴方の愛する兄上は、ロックという方は、既にこの世におりません」

 息をつく暇も与えない。

 素直に、ただただ素直に。事実を。

「私が……殺しました」

「っ!?」

 次の瞬間、JCの表情が凍りついた。



◇◆◇



 事実説明は容易だった。

 襲われた。反抗した。殺してしまった。淡々と述べたところ、愛しい愛しいガールフレンドはと言えば、一連の説明をおとなしく耳としていた。しかしながら、だからといって容易に納得の行くものではないだろう。

「……え、な、なんだよ……それ」

「申し訳ありません」

 今この状況まで至ってしまっては、仮にアウフシュタイナー家の一員としてゴンちゃんを紹介したところで、彼女の心の中にあるあれやこれやは決して収まるまい。本人曰く、一番に尊敬していた兄上とのこと。

「そんな、そんなこと……」

「…………」

 語りながら考えたところで、一つ自らの意識が定まった。

 入学当初に語られていた世紀の麒麟児として、今まさに再び覚醒した彼女なのだから、その意識を又もニートへ落としてしまうのは心が痛い。故に自らへ残されたルートは唯一、彼女が敬う人物を殺した憎き仇として、その行く先を導く限りだ。

 彼女の今後の人生が、より富んだもんであるように。

 より幸福であるように。

「…………」

「…………」

 導けるかよ。

 無理に決まってるじゃん。

 どうしようこのやろう。

 どうしようもないわこのやろう。

 それでも勢いに任せて突っ走るしかないんだわ。

「私は貴方の兄上の仇です。アウフシュタイナーさん」

「…………」

 愛しい人から我が身に向けて、与えられる視線は驚愕の一色。

 そりゃそうだ。

 助けてエディタ先生。

「それじゃあロック兄ぃは……」

「アウフシュタイナー家の事情を思えば、彼の行いも当然でしょう。対して私は、これをろくすっぽ理解しないまま、会話さえ満足に交さず葬ってしまいました。その行いの如何はさておいて、事実は事実として、お伝えさせて頂きます」

 真正面から再三に渡り伝える。

 ジワリ、JCの眦に涙が浮かんだ。

「ただ一つお伝えするならば、貴方の兄上は最後の最後まで勇敢でした。ペニー帝国の大貴族より最新鋭の飛空艇を任された、空を語るに相応しい歴戦の操舵者すら、その舌を巻くほどの手腕を見せて見せて下さりました」

 自然と舌が動いて、あれこれ盛ってしまうのは、自らに染み付いた社畜の業が所以。でも、決して嘘ではない。リチャードさんも認めただろうフィッツクラレンス号の船長さん。彼の語ったところは決して世迷い事などではないと信じている。

「そ、それじゃあ、それじゃあロック兄さんはっ……」

「繰り返します。私がこの手で殺しました」

 ただ、結果は変わらない。

 失われた人は戻らない。

「私は貴方の兄上の仇なのです」

「っ……」

「悔しいですか? 悔しいでしょう。さぞかし恨めしいことでしょう」

 こうなったらもう後戻りはできない。

 さっきの方針で行くぞ。全力だ。

「この身を恨むというのであれば、一向に構いません。どうぞ、幾らでも臨んでください。私はこれを迎え撃ちましょう。何故ならば、私は貴方の兄上さえをも凌駕する最強の錬金術師なのですから」

 完全に彼氏彼女の距離感は逸脱してしまった。

 これでは主人公の師匠と見せかけて実は仇だったポジである。

 レア過ぎるだろ。

 狙って取れる肩書じゃない。

 いやもう、いいよ、このまま進むよ。

 全ては自らの過失が所以。

「それじゃあ、わ、私に近づいたのは……」

「いえ、その点は誤解なきよう。アウフシュタイナーの方は優秀ですので」

「っ……」

 意味深な物言いで適当にはぐらかさせて頂く。ぶっきらぼうな日々の受け答えとは異なり、意外と性根の素直なJCのことだ、きっと自身にとって良くない方向へ、自ずと受け取ってくれることだろう。

 まさか結婚を前提にストーキングしていたとは、口が裂けてもお伝えできない状況である。今もチェック柄なミニスカートの裾が訴える先、チラリチラリとお目見えする太ももに心を奪われないよう、意識を高く保つことに必至である。

 ということで、これだけ煽れば十分だろう。

 改めてJCの具合確認させて頂く。

 すると案の定、彼女の表情は間もなく変化を見せる。

 くしゃりと悲しみに歪んだ。

 早々に踵が返される。

 間髪入れずに駈け出してゆくガールフレンド。

 タッタッタッタ、って感じだ。

「…………」

 完全に涙目だった。

 そんな彼女を追いかける理由を、残念ながらボーイフレンドは持たない。

 恐ろしいほどに胸が痛い。

 物理的に痛い。

 背中が丸まってしまうほど。

 なんだろう、人としてこれ以上の罪はないと感じてしまう。

「……終わった」

 完全に終わってしまったよ。

 初恋。

 生まれて初めての相思相愛。

 僅か数日で終わるとは思わなかったけどな。

 しかもこんなに後味の悪い形で。

「久しぶりに飲むか」

 幸い、この船には上等な酒が山程積まれている。リチャードさんの許可も得ている。縦ロールが消費したことにして、好き勝手に頂戴させていただこう。そうだ。それが良い。むしろそれしかない。

 自然と歩みは動いて、お酒を求めた。

 本当になんだよこれ。

 完全に想定外なんだけれど。

 まだ顔が不細工だからと振られたほうが、心持ちは楽だったろうに。



◇◆◇



「ちょ、ちょっとぉ、飲み過ぎじゃないのぉ?」

「このくらいなら問題ありません」

 その日の晩、平たい黄色は飛空艇の上の方に設えられたバーフロアで、お酒を頂いておりました。五、六席ばかりが並ぶカウンター越し、バーテンだろうメイドのお姉さんに高そうなお酒を注文すること、かれこれ五杯目となる。

 隣にはいつの間にやら縦ロールが腰掛けて、同じようにグラスを傾けている。例によって暇に任せて船内をウロウロとしていたところ、偶然にもこちらを見つけたのだろう。どこへ行くのかと問われて素直に答えたところ、例によって勝手に付いてきた。

 日中にも飲んでいたことを鑑みるに、かなり酒には強いと思われる。

 お酒に強い処女って可愛いよな。

「そうは言っても、目元が怪しいのだけれどぉ」

「顔の造形に難があるのは貴方も以前から知っての通りです」

「そ、そこまでは言ってないわよぉ……」

「なるほど、それは失礼しました」

 まだ大丈夫。

 あと二、三杯くらいなら問題ない。

「……昨日の今日で、なにかあったのかしらぁ?」

「別にそう大したことではありませんよ」

「あらぁん? 珍しく素直なのねぇ」

 おっと、口が滑ってしまった。

 思えば女の子と一緒にお酒を飲むのって初めての予感。いいや、この表現では語弊も甚だしい。正確には、お金を支払うことなく同席してくれる女の子と二人でお酒を飲むのって初めての予感。

 ふと気付いたところで、縦ロールに愛おしさが溢れてきた。

 ただそれだけのことが、心の底から嬉しい。

 しかし、それも僅かな間のこと。

「どうかしたのかしらぁ?」

 キラリ光るその瞳には覚えがある。

 いつぞや学園都市の図書館でオチンチン劇場を一緒に鑑賞した際のことだ。ブス教授の弱みを握るべく注目していた彼女と同様である。なるほど、酒の席で平たい黄色の弱点を得ようという魂胆だな。

 いいだろう。

 今は素直に吐露したい気分だ。

 悪いが甘えさせてもらおうかな。

 たまにはいいじゃないの。

 無料でお酒の席に付き合って下さるお礼をしなければ。

 だって相手は膜付ロリ巨乳。

 ほんとうにもう、かわいいなぁ。

「少しばかり失敗をしてしまいましてね。反省しているところです」

「ふぅん? これまた珍しいこともあるものねぇ」

「滅相もない。私の人生など失敗続きの恥まみれですよ」

「それは私に対する嫌味かしらぁ?」

「私はドリスさんの生き方、割と嫌いではないですよ」

 刹那的のような、そうでないような、やっぱり刹那的のような、なんだかんだで自らを大切にしつつ、その時その時で存分に人生を楽しんでいるような気がする。言い換えれば適応力が高いのだろう。でなければ、魔族を下僕に楽しんだりできる筈もなし。

 そんな貴方と祝言を上げたかった。

「おだててもヤラせてはあげないわよぉ?」

「結構ですよ。今はそんな気分ではありませんから」

 飲み過ぎて勃ちそうにないしな。

 それでも飲むよ。今日は。

「……ふぅん?」

「どうしました?」

「べつにぃ? ゲロスにも見せてあげたかったわぁ」

「やめてください。男相手に酒の席で愚痴る趣味はありません」

「それは愚痴ではなく甘えではないかしらぁ?」

「そうかもしれませんね」

 なんだよもう、やっぱり鋭いな縦ロール。

 そういうところも愛してる。

 結婚したい。

 あぁ、ソフィアちゃんと距離をおいて久しい為か、膜確の縦ロールにラブの矛先が向いてしまう。本来であればJCへ行くべきところ、目的地を失ったラブが、ラブが、この世で最も気持ちの悪い代物が。

 ゲロスのヤツ、いいなぁ。羨ましいなぁ。

 縦ロールに調教されたいなぁ。

「……本当にどうしたのかしらぁ」

「気分の問題ですよ。貴方が相手なら私も気分が楽なのです」

「やっぱり、これって口説いてるわよねぇ?」

「酔っぱらいの与太話です」

「ふぅん? それなら無様な酔っぱらいに、一つ訪ねたいのだけれどぉ」

「なんでしょうか?」

 チラリ、一瞬ばかり縦ロールの眼球が動いた。

 自らの肩越し、その先を窺ったように思われた。自然とこちらの意識も彼女の注目した先に向かう。手にしたグラスをカウンターに置いたところで、背後を振り返った。しかしながら、そこにはバーフロアへの出入り口があるばかり。

 これといって注目すべき対象は見つけられない。

「どうかしましたか?」

「……いいえ、なんでもないわぁ。面白そうだから放っておくわぁ」

「それはまた意味深ですね」

「それもこれも貴方が愚かだからよぉ?」

「たしかに今の私は、あまりにも愚かだと思います」

「自覚はあるのねぇ」

「これ以上を付き合っても、ドリスさんが得をすることはありませんよ?」

「本当かしらぁ? もっと語ってくれても良いのよぉ?」

「ええ、本当ですとも」

 グビリ、グラスを傾ける。

 思えば回復魔法を手に入れてから、水割りと別れて久しい。お腹の調子を気にする必要がないから、好き放題ストレートで頂くことができる。もしかしたら回復魔法を手に入れて一番に重宝しているの、これかもしれない。

 お酒美味しい。あぁ、お酒美味しい。

「ねぇ、もう一杯貰えないかしらぁ?」

 空になったグラスを片手に揺さぶり、縦ロールがメイドさんに注文を。

 まだ飲むつもりか。

 これは醤油顔も負けていられませんな。

「すみませんが、私も先ほどと同じやつをください」

「いいのかしらぁ? それ、一本でちょっとした屋敷が買えるわよぉ?」

 なんだかんだで愚痴っぽい中年野郎に付き合ってくれる縦ロール可愛い。そこまで暇なのかと、疑問に思わないでもない。もしくはコイツと一緒にいると美味しいお酒を飲めると判断されたのかもしれない。それならそれでどんと来い。

 この旅行に限り、お財布はリチャードさん持ちだしな。

 いや、今の彼女になら、自腹で支払っても惜しくはない。

 なんか無性に可愛いんだよくそうくそう。

「構いませんよ。どうですか? 貴方も一杯」

「え? い、いいのかしらぁ?」

「開けてしまっても構いませんよ。お互いに国土を接する同士、こうして親睦を深めることは大切です。今後ともアハーン家の方とは仲良くしてゆきたいと考えております。私は貴方のことが、当初思ったより嫌いではないようだ」

「……そぉう? そういうことなら、えぇ、頂戴しようかしらぁ」

 醤油顔が適当を語ったところ、一言を発することなく動いたバーテンのメイドさんが、自らが飲んでいるものと同じお酒を新しいグラスに注いでトクトクと。ショットグラスにダブル一杯ほどの分量が注がれる。

 縦ロールはストレートが好みらしい。

 すぐにグラスが二つ並びでカウンターに並んだ。

「タナカ男爵とアハーン子爵の円満な交流に乾杯するわぁ」

「ええ、乾杯しましょう」

 今晩は潰れるまで飲もう。

 お酒に飲まれてしまおう。



◇◆◇



 飛空艇は空を進む。スイスイと。

 醤油顔が如何に自らの行いを悔やもうと、お船は往路と同じ速度で、ただ淡々とペニー帝国を目指す。船長さんには首都カリスへ向かう道すがら、ドラゴンシティに寄って欲しい旨、伝えさせていただいた。

 次に飛空艇が止まった時、タナカ男爵の貴族生命は終了する。

 堪らないね。胸のドキドキが止まらないよ。

 やがて、眼下に現れたるは懐かしきドラゴンシティ。

 期間にして十数日ぶりの帰還だろうか。そう長いこと離れていたつもりはない。ちょっとばかり長い帰省から故郷より、翌日に仕事を控えて自宅へ戻ったような心持ち。月曜日的な気分というヤツだ。

 するとどうしたことか。

 驚いた。

 飛空艇から眺める街の風景は、出発に際して眺めたものと様相を大きく変えていた。

「……ず、随分と背の高い建物が立っているわねぇ」

「ええ、そのようですね……」

 縦ロールと共に甲板へ並び立ち、その様子に呆然と。

 街の中央に雲まで届こうかという、巨大な塔が新しく建造されていたのだ。東京タワーだとか、スカイタワーだとか、自らの知るその手の類の高層建築物と比較しても、ぶっちぎりで高みを目指して思える。

 何故ならば先端が確認できないほどである。

 ゴンちゃんとのトークを直後に控えて、少し風でも浴びて気を引き締めようかと考え外に出たのだけれど、なんかもう、こっちはこっちで明後日な方向へ全力で動いてくれているから、これ、間違いなくクリスティーナが調子に乗っただろ。

 こんなの建てちゃってどうするんだよロリゴン。

 リチャードさんあたりが見たら、きっと最高にしょっぱい顔するぞ。

 首都カリスに所在するどの建物より圧倒的に高いもの。

「……これって大丈夫なのかしらぁ? 許可は取ったのぉ?」

「さて、私には判断しかねますが……」

「これより高い構造物、ペニー帝国にあったかしらぁ」

 流石にアウトだろう。

 見栄とメンツで生きているペニー帝国の貴族連中の反応は目に見えている。

 けれど、たぶん、きっと、製作者がロリゴンとなると、容易に取り潰すことはできないだろう。もしもそれを行ったのなら、ペニー帝国全土を巻き込んでエンシェントドラゴンVS醤油顔の争いに発展する可能性が高い。

 外壁面の些末な造形の一つをとっても、相当に力が入って思えるもの。

 絶対にヤツの最高傑作だ。

「とりあえず、現地で状況を確認しようと思います」

「貴方と一緒にいると退屈しないわぁ」

 JCとのあれこれで大変なところ、なんかもう、どうしてくれようか。



◇◆◇



「おぉ、久しぶりだなっ! よく返って来た」

 飛空艇を降りたところで向かった先は町長宅の執務室だ。

 同所にはゴンちゃんやソフィアちゃん、ノイマン氏の姿があった。いの一番に声を上げたのはゴンちゃんである。笑みを浮かべて我々を迎え入れてくれた。今はその笑顔が他の何にも増して胸を傷ませる。

「お久しぶりです、ゴンザレスさん」

「学園都市で一仕事してきたんだってな?」

 相変わらずの男前。

 恐ろしい顔面とは対照的に、浮かべられた笑顔は無邪気な少年のそれを思わせる。

「ええ、随分とお耳が早いようで」

「中央からノイマンの奴に知らせが届いてな」

「なるほど」

 どうやらノイマン氏があれこれ動いてくれた様子だ。

 思い起こせば、未だに彼の歓迎会を開けていない。そうこうするうちに領地経営の危機に至っている訳だけれど、ああ、せめてそれだけは達しておきたかったと強く思う。タナカ男爵として、例えそれが最後の仕事となったとしても。

「向こうではどうだった? なにやら新顔も増えているようだが」

 ちらり、ゴンちゃんの視線がJCに向かう。

 同じ血筋とあっては、やはり顔くらいは分かるものなのだろうか。見つめられた側もスキンヘッドな彼を姿を目の当たりとして、少なからず驚いた様子である。お互いに面識があるのだろうなぁ、なんて。

「お知り合いですか?」

「素直に言うと驚いたぜ? まさか再び、こうして家の人間と顔を合わせる機会を得るとは思わなかった。それが他の誰でもない、アンタが連れてくるとは。これも一つの運命というヤツなのか?」

「さて、それはどうでしょう」

 何気ない台詞がいちいち格好いいゴンちゃんマジ憧れる。

 運命とかいうフレーズ、ブサメンには絶対に使えない。

 おかげで、どうやら間違いなさそうだ。

 JCがアウフシュタイナー家の人間であることは確定である。

「しかし、見ないうちに随分と変わっちまったようだな……」

「ゴ、ゴンザレスッ!」

 珍しいものでも眺めるようJCの様子を窺うゴンちゃん。

 これに彼女は甚だ焦った様子で彼の名を吠えた。

 その身が震えるに応じて、チェック柄のミニスカートがヒラヒラする。

 ヒラヒラ。

「どうした? そんなに俺の顔が懐かしいか?」

「誰がっ!」

「どういった心境の変化だ? 跳ねっ返りだったお前がそんな格好で……」

「ちょ、ちょっと待てよっ! 言うなっ! それ以上言うなっ! こっちだって色々とあったんだよっ! アウフシュタイナーってだけで、問答無用で殺されかけたりして、ほ、ほ、本当に大変だったんだからっ!」

「あぁん?」

 もしかして、二人は仲が悪かったりする感じだろうか。

 アウフシュタイナー家の内部事情など知る余地もない。ただ、ゴンちゃんの見せる笑みを鑑みるに、そこまで険悪という訳でもなさそうだ。JCもJCで人見知りなところがあるから、まあ、どうなんだろうね。

 今はそれよりも自らの抱える面倒を解決しよう。万が一にもJCの口を経由して事実が伝わってしまったら大変だ。こういうのは自分の口から伝えなければならない。多分、ゴンちゃんはそういったところを非常に重要視するだろうから。

「ところでゴンザレスさん、一つ重要なお話があります」

「ん? なんだ? 戻ってきて早々に神妙な顔しやがって」

「できれば私とゴンザレスさん、二人だけで話したい事柄です」

「……そりゃまた随分と穏やかじゃねぇなぁ」

「そうですね。今回ばかりは穏やかでありません」

 ちらり周囲の面々を確認する。

 同所には他に大勢、見知った相手の姿がある。縦ロールはエステルちゃんと共にソファーへ腰掛けて、あれこれトークしている。キモロンゲは前者の傍らに立ち、何が面白いのかご満悦の表情だ。

 一方でエディタ先生はソフィアちゃんやノイマン氏と共に、執務机に向かい紙面を前にあれこれ話をしている。部屋の隅には狙ったようにゴッゴルさんが体育座り。瞬きすら忘れたように、ジットこちらを見つめてくれている。

 各々の前にはソフィアちゃんの手により煎れられたお茶など湯気を上げている。自分も足を運んで早々に頂戴したところ、既に喉を潤した後である。緊張からかやたらと喉が乾いていたので、一息に飲んでしまった。

 やはり、お茶を頂くのであれば、ソフィアちゃんが煎れて下さった一杯に限るよな。彼女が煎れてくれたというだけで、同じお茶でも風味すら違って思えるぜ。伊達に飲食店で看板娘などしていない。

「どうした? 他の連中に用件か?」

「いえ、そういう訳ではありません」

 この様子なら二人で外に出ても大丈夫だろう。

 幸い、出入り口に近いところでの立ち話なので、目立つことなく動ける。

「すみませんが、私と共にこちらへいらして頂いても……」

 なんて考えていたのだが。

「そいつとは仲が良いのか?」

 醤油顔の言葉を遮るよう、顎でJCを指し示したゴンちゃんが言う。

 当の元カノはと言えば、今も自らの隣に立っている。

 他に向かう先もないのだろうな。申し訳ないばかりだ。

「はい。向こうでは仲良くさせて頂きました」

「なら俺とそいつの関係も知っているんだろう?」

「ええ、存じておりますよ」

「どうしてドラゴンシティまで連れてきたんだ? 俺の記憶が正しければ、そいつは学園都市に留学していた筈だ。わざわざ危険を犯してまで、ペニー帝国まで連れてくるなんて、正気の沙汰とは思えねぇなぁ」

「そうした疑問も併せて回答させて頂きますので」

「向こうで身内を殺しちまって、その責任から引き取った、なんてか?」

「っ……」

 部屋の外へ向かうべく促したところで、けれど、これを遮るよう述べられた文句は、まさにお伝えしたかったところズバリそのものである。子細こそ異なるものの、一番に重要なところは見事大当たり。

 ゴンちゃん、勘が鋭いなんてもんじゃねぇぞ。

「どうした? タナカさんよ。顔色が悪いぜ?」

 笑っているような、笑っていないような。

 リチャードさんのそれを彷彿とさせる笑みがあった。

 もしかして知られていたのだろうか。いやしかし、途中でゴンちゃんが介入する余地などなかった筈だ。全てはペニー帝国より外で起こったことである。ドラゴンシティでお留守番していたこの男が知るには不自然だ。

「……そうです。ゴンザレスさんの仰るとおりです」

 とはいえ、まさか嘘などつけない。

 皆にも説明する必要があるのだ。

 いっそのこと、この場で全てを晒してしまおう。

「相変わらず難儀な男だな」

「いえ、話はそう簡単ではありません」

 全てをこの場でご説明だ。

 素直に何も彼もお伝えさせて頂く。

「私が殺したのは彼女の兄、つまりアウフシュタイナー家の人間です」

「……ほう」

 醤油顔の言葉を受けて、同所に居合わせた面々の注目が、我々の下へ一斉に向けられる。エステルちゃんも、ソフィアちゃんも、縦ロールも、ノイマン氏も。ゴッゴルちゃんに限っては当初からズッとだけれど。

 一瞬にして室内の喧騒が失われる。

「たしかにそれは穏やかじゃねぇなぁ」

「そうでしょう」

 見つめ合う二人。

 今日のゴンちゃん、目がマジだ。

 最高に怖いわ。

 胸が痛いほどにドキドキしちゃってるぜ。

「どうしてわざわざ、そいつをここまで連れてきたんだ? 良心が傷んだのか? アウフシュタイナー家に対する負い目がそうさせたのか? 俺に会わせれば、それで多少は兼ね合いが取れるとでも考えたか?」

「いいえ、殺して当初はまるで痛みませんでした」

「そりゃまた随分な文句だな?」

「私が殺したアウフシュタイナー家の方は空賊でしたので、一思いに殺らせて頂きました。でなければ、私の船は落とされていたでしょう。もちろん、相手の船を落とさずにどうこうすることも可能ではあったと思いますが」

「いつだって正直者が好まれるとは限らないぜ、タナカさん」

「事実を知ったのは、私がこちらの彼女と出会ってからです」

 もうやけくそだ。

 カミングアウトしてしまおう。

 罪の意識が口を軽くする。

 JCを視線に指し示して語る。

「当初はアウフシュタイナー家の生き残りとして、貴方を紹介するつもりでした、ゴンザレスさん。ですが偶然から、彼女から他にもう一人、アウフシュタイナー家に生き残りがいることを聞いて、それが既に殺してしまった空賊の名だと知りました」

 ああそうだ。

 絶賛亡命中の元カノに対するフォローも忘れてはいけない。

 今だアウフシュタイナー家に対する風当たりは強い。

 ゴンちゃんと共に行動してきた自分だから理解できる。

「こちらの妹さんに関しては、貴方とドラゴンシティで引き合わせたところで、すぐにでも学園都市に送らせていただきます。もちろん護衛には私が付きます。船にはフィッツクラレンス家の最新鋭を用いさせて頂きます」

 すると、何を思ったのか、不意にJCの口が開かれた。

「ゴンザレスっ! か、勘違いするなよっ!? 私から言ったんだっ! 一緒に連れて行って欲しいってっ! 自分の愛した男の下へ共に行きたいってっ! だから、私はもう学園都市に帰らないっ! それにオッサンも、私の愛を受け入れてくれたっ!」

 マジかよ。

 平たい黄色は兄貴の仇なんだぞう。

「……ほ、ほぉう?」

 すると、ゴンちゃんの顔が妙なことになった。

 それまでの余裕たっぷりな似非スマイルから、便所に地蔵でも見つけたよう、驚愕から頬を引きつらせてみせる。もしかしてあれか、彼にとっては目に入れても痛くないほどに愛しい妹とか、そういったご関係だっただろうか。

「だから、過ぎたことをああだこうだ言うんじゃねぇよっ! ロックの兄貴は空賊なんてやってたんだ! 自分から家を出て行った不良兄貴じゃないかっ! むしろ襲われたオッサンは被害者じゃんかよっ!」

「そ、そうか? まあ、その、な、なんだ……」

 まさか元カノからフォローして貰えるとは思わなかった。

 あまりの嬉しさに、今ちょっと眦に熱いものが浮かんでしまったぞ。そこまでラブしてくれていたとは思わなかった。どうせ一時の気の迷いだと、思春期の女の子にありがちな勘違いだとばかり。

 その想いだけで、もう醤油顔の胸は一杯だ。

 ありがとうございます。本当にありがとうございます。

「いいえ、違います。私は貴方の兄の仇であり、それ以外の何者でもありません」

「だけど一昨日は、プ、プッシー共和国の変な貴族とっ……」

 これ以上、元カノに負担を掛ける訳にはいかない。

 あれこれ語り始めた彼女の口上を片手に制す。

「アウフシュタイナーさん、すみませんが例のペンダントを」

「う、うん……」

 JCが懐からペンダントを取り出す。飛空艇の墜落現場で採集した一品だ。どうやら丹念に磨かれたようで、落下の衝撃から少しばかり傷が付いてしまっているけれど、それでも表面には周囲の光景が映り込むほど。

「ほら、ゴ、ゴンザレスっ……」

「こちらです。ご存知ありませんか?」

 これをJCから受け取ったゴンちゃんは、手慣れた様子で、ペンダントを指先にスライドさせた。二枚に割れた内側より姿を見せたのは、つい一昨日にも確認したばかり、アウフシュタイナー家の紋章である。

「あ、ああ、たしかに、うちの家のものだな……見覚えがあるぜ」

「ご確認ありがとうございます。私からは以上です」

「…………」

 一頻りを伝えたところで、どうにも反応のよろしくないゴンちゃん。

 驚いたような、何かを忌諱するような、半歩ばかり後ずさったりして。

 なんだろう、こちらの想定とは少し異なる。

「……ゴンザレスさん?」

 やはり身内の死はショックだっただろうか。そうだよな、なんだかんだで情に厚いのが、この男の良いところだ。想定はしていたけれど、こうして実際に本人を前とすると、まったくもう、緊張と後悔から胃がキリキリと痛むぜ。

 全てを捨ててエディタ先生のスカートをめくり上げるだけの機械になりたいわ。

「勝手な申し出となりますが、少し時間を設けたほうが良さそうですね……」

「ああ待て、待ってくれよ、タナカさん」

「……どうされました?」

「い、いや、まったく、流石はタナカさんだぜ。少しばかり驚かせてやろうと考えていたんだが、まさか、逆にこっちが驚かされる羽目になるとはな。しかも、よりによって、アンタがアーシュに興味を持つとは思わなかった」

「驚かせる?」

 なんだそれは。

 疑問に思ったところで、ゴンちゃんが吠えた。

「おいっ、そろそろ入って来いっ! これ以上は話が拗れちまう!」

「……あ、ああ」

 すると声に応じるよう、すぐ傍らで廊下に続くドアが開かれた。

 皆々の注目する先、そこには人が一人、所在なさ気に立っている。

 おいこら、ちょっと待てよ。

「あ、貴方はっ……」

「……まさか助けを求めた先が、あの船の主人が治める街とは思わなかった」

 廊下にはフックの野郎が立っていた。

 その特徴的な姿は、まさか見間違える筈もない。

 最高にフックな野郎だわ。

「数年ぶりにロックの野郎が姿を現したかと思えば、貴族に船を落とされて行き場がなくなったから、少しばかりかくまって欲しいと来たもんだ。どんな相手にやられたのかと確認したところで、ドンピシャだったぜ? 笑っちまうよな」

「……ゴンザレスさん」

 流石にこれは想定外だろ。

「どうする? もしもタナカの旦那が、コイツのせいで失ったものがあるのであれば、この場で殺してくれても構わない。先に手を出したのはロックの奴だ。当然の結果だろう。これを否定することは決してしない」

 ジッっと真正面から見つめてくれるゴンちゃん。

「ただ、もしも旦那がコイツと関わったことで失ったものがないのなら、そこに容赦を与えるだけの余裕があるのなら、どうか慈悲をくれてやって欲しい。俺にできることがあるなら、なんだってする。だから、どうか、どうかこのとおりだっ」

 かと思えば、その場にうずくまり土下座スタイル。

 寸毫の躊躇もなく額は床に擦り付けられる。

 ガツンと頭蓋骨が床を叩く音が大きく部屋に響いた。

「ゴンザレスさん、今すぐに頭を上げてください」

 こんなに格好の良い土下座、見たことないぞ。

 むしろ頭を下げられている方が、無様に見えちゃうじゃんかよ。

「……たのむ。何卒」

「彼の命が惜しいのであれば、頭を上げてください」

「代わりに俺のことは好きにしてくれて良い」

 これ以上、この男に頭を下げさせたら駄目だろう。

 ゴンちゃんにはいつだって、威風堂々と構えていて欲しい。

 土下座は主に醤油顔とメルセデスちゃんの役割である。

 後頭部を足蹴にグリグリとされている近衛レズ最高にラブい。

「私は今すぐにと伝えましたよ? でなければ、私は彼を許しません」

「っ……」

「被害はゼロです。あまりタナカ男爵を舐めないで欲しいですね」

「……あ、ありがてぇ。助かる」

「それはこちらの台詞ですよ」

 おかげで滅多でない文句を口にしてしまったわ。

 黒歴史確定だよ。

 ゴンちゃんが腰を上げるのを見計らって、フック野郎に向き直る。

「生きていて下さって、本当にありがとうございます」

 するとビクリ、相手は酷く戦いた様子で身構える。

 とりあえず場を制する意味でも、先制してご挨拶など一つ。

「はじめまして、田中と申します」

「ほ、本当に、私を許すのか? ペニー帝国の貴族である貴様がアウフシュタイナー家の人間である私を……それに、そ、そこに見えるのはフィッツクラレンス家の娘ではないのか? それに、そっちの娘も、それなりに位のある貴族のようだが……」

 ゴンちゃんと同じ家の癖して細かいところ気にするんじゃないよ。

 女であるJCより余程のこと女々しく映るぞ。

「許されたいのか、許されたくないのか、さっさと決めて欲しいのですが」

「も、申し訳ない、その慈悲に感謝する。私はロック・アウフシュタイナーという。そちらも知っての通り、ペニー帝国界隈で空賊などしていた。だが、こ、今後は二度とそのような真似は行わないこと、ここに深く誓いたいと思うっ!」

 ソフィアちゃんさながら、完全にガクブルモードのフック野郎。

 ゴンちゃんが身元引受人ということだし、この様子であれば、逆恨みからどうのこうの、面倒に発展する可能性も低いだろう。アウフシュタイナー家との関係を思えば、これ以上の追求は百害あって一利なしというやつである。

「はい。存じております」

 色々と思うところはあるけれど、良かった。

 本当に良かった。

 生きてくれていてありがとう。

 JCとのラブイチャ関係は既に修復不可能かも知れない。完全に仇キャラを演じてしまったからな。だけれども、元カノの悲しむ顔を拭うことができて、元カレとしてはこれ以上ないエンディングであったと思うよ。

 なにより今後の人生で元カノという単語を用いることができるの、凄く嬉しい。

 想像した以上に嬉しい。

 飲み会の席とかで、同僚や後輩が元カノという単語を口にする度、チクチクと心を傷ませていた過去の自分にサヨナラグッバイ。わずか数日でも元カノは元カノだ。これで心置きなく、決して自らに嘘を付くことなく、元カノと発声することができるぜ元カノ。

「あ、兄貴っ!」

 そうこうするうちに元カノが動いた。

 一歩を踏み出したかと思えば、次の瞬間にはフックの野郎に抱きついている。

 ちくしょう、こんな可愛い妹に抱きつかれるなんて、羨まし過ぎる。

 妹、欲しかった。

 可愛い妹が欲しかった。

 兄にいつでもお股を開いてくれる可愛い膜付の妹が欲しかった。

「ア、アーシュッ……」

「良かったっ! 兄貴、兄貴が生きていて、本当に良かったっ!」

「あぁ、私もお前が元気なようで嬉しいよ。よくぞ無事でいてくれた」

 互いに抱きしめあう兄妹。

 最高にストレスフルな光景だぜ。

 ふつふつとお酒が飲みたくなってきたわ。



◇◆◇



 アウフシュタイナー家の方々が落ち着きを取り戻すには暫しを要した。

 場所は変わらず町長宅の執務室。居合わせた面々も変わらない。兄と妹の抱擁が終えられたところで、ようやっと同所には穏やかさが戻った。殺した殺してない云々も、これで一段落といったところだろうか。

 元来の調子を取り戻したゴンちゃんが語る。

「すまねぇな、騙すような真似をしちまって。ロックの野郎がやってきて、更にアンタがアーシュを連れて帰ってきたもんだから、少なからずこっちも気張っちまった。悪いことをしたと思う。このとおりだ」

 再三に渡り頭を下げてみせる。

 フックの野郎がゴンちゃんの一連の運びから登場したことで、ようやっと状況が理解できた。きっと彼らは醤油顔を試していたのだろう。もちろん、身内を助けたいという思いも多分にあったとは思う。

 それでも荒事へ運ばず、素直に頭を下げてくれたのは、きっと、こちらが彼らに対して誠意を見せたから。だから、彼らもまたこちらに対して、頭を下げることで、真摯に対応してくれたのだと思う。

 もしも空賊の件を隠し立てしていたのなら、ゴンちゃんは部屋から去っていたのではなかろうか。

「いえ、家族の一大事とあれば、この程度は行って然るべきでしょう」

「そうは言っても、先に手を出したのはロックの野郎だ」

「アウフシュタイナー家の事情については、彼女から伺っておりますので」

 元カノを視線に指し示して語る。

 彼らが貴族を恨むのは当然だ。

 おあつらえ向きにも、我々が乗り込んだ船には大公爵の家紋が打たれていたしな。

「だとしても、だ」

「そうですか?」

「ああ。おかげで俺は、心置きなくアンタに忠誠を誓うことができる」

「……どういうことですか?」

 またゴンちゃんが妙なことを言い出した。

 今度はなんだよ。

「以前に受けた話、どうか取り成してもらいたい」

「すみません、話が見えてこないのですが……」

 ゴンちゃんと自分の間で保留事項などあっただろうか。

 あれこれと考えたところで、思い至ったところは唯一。

 もしかして、と喉元まで出かかったところ、声は先方より。

「黄昏の団をタナカ男爵の騎士団として、どうか召し抱えて頂きたい」

「それはまた急なお話ですね……」

 過去、あれほどまでに自由であることを望んだゴンちゃんだ。それが僅か数週ばかりの付き合いに過ぎない、どこの馬の骨ともしれない平たい黄色に忠誠だなどと、過ぎたご提案のように思う。

 こうして改まった形で機会を頂戴すると、逆に緊張してしまう。

 マジかよ。本当に良いのですか。

「無理にとは言わないが、どうか、俺たちを率いては貰えないか?」

「……よろしいのですか?」

「実はこれまでにも団の連中とは何度か話をしていたんだ。もちろん、満場一致とはいわねぇ。だが、八割方の賛成は貰っている。残り二割もなんとかして説得するつもりだ。ちなみに俺は昨日までは反対寄りだった」

「な、なるほど」

 既にそこまで話をまとめていたとは、流石のゴンちゃんだ。

 しかも今のやり取りでスイッチしちゃったのかよ。

「もちろん事情が変わったって言うなら、無理にとはいわねぇが……」

「いえ、ゴンザレスさんからのご提案、とても嬉しく思います」

 完全に想定外の展開である。

 当初の想定とは百八十度反対の方向に物事が進んでゆく。学園都市で味わった低LUCはどこへ行ってしまったのか。胸のうちに抱えていた面倒事が、全て良い方向に転がってゆくのを感じる。上手く行き過ぎて怖いくらいだ。

「本当か?」

「こちらこそ至らぬところ多々あるとは思いますが、どうぞよろしくお願いします」

「おいおい、そんなに畏まらないでくれよ。俺はアンタとのこれまでの距離感も含めて、居心地が良いと感じていたんだからな。もしも扱いが変わるっていうなら、やっぱり考えさせてもらうぜ?」

「そういって貰えると尚の事嬉しいですね。改めてよろしくお願いします」

「おうよ!」

 紆余曲折したけれど、最終的には良い形で収まった予感。

 タナカ男爵領におけるドラゴンシティの立ち位置が、より盤石なものとなった。黄昏の団との契約如何によっては、年内の解散もあり得た街の運営状況だ。最悪、リチャードさんに丸っと売り払うことも考えていた次第である。M&Aってやつだ。

「詳しいところは日を改めて伝えさせてもらうぜ」

「はい、よろしくお願いします」

 互いに笑みを浮かべ合う。

 そうした頃合のこと、不意に部屋のドアがガチャリ控えめに開かれた。

 自然と皆々の意識が廊下の側に向かう。

 すると、そこにはいつの間にやら、屋敷の主がご帰宅の様子だ。

『むっ、貴様、帰っていたのかっ!?』

「これはクリスティーナさん、お久しぶりです」

 上から下まで土埃にまみれた姿格好から判断するに、屋外で建設作業に従事していたのだろう。思い返せば銅貨一枚すら支払った覚えがないのに、セコセコとよく働いてくれるドラゴンだ。ホコリまみれの幼女姿とか、ビジュアル的に強烈だから、今更ながら申し訳ない気持ちが溢れてきてしまった。

 やっぱりご褒美とか上げたほうが良いよな。

 ドラゴン的に嬉しいプレゼントって、どういったものなんだろう。

 ベイビーとかオススメしたい。

『そ、外はもう見たか!? 当然見たんだよな? どうだっ!?』

 数歩ばかりを足早に近づき、酷く興奮した様子で訪ねてくる上目遣い。

 十中八九であのやたらと高い塔についてだろう。

 早く褒めろと言わんばかりに興奮した表情が眩しい。ほっぺのお肉がこれまでにない勢いでプニプニプニだ。左右交互に高速ツンツンしたい。もしも今の彼女に尻尾など生えていたのなら、後ろのドアを蝶番ごと吹き飛ばす勢いで、ブンブンと振り回していたのではなかろうか。

 流石にこれは否定できない。

 駄目だとは言えない。

 まさか元在ったとおりに戻してください、などとお伝えした日には、絶対に暴れまくるのが目に見えている。ところ構わず渾身の腹パンを繰り出すに違いあるまい。きっと新作の塔のみならず、街全体が、国全体が廃墟と化すだろう。そう思わせるだけの悦びがロリゴンの全身から溢れている。

「え、ええ、そうですね。とても立派な建築物だと思います」

『そ、そうだろうっ!? そうだろうなっ!?』

「まさかこれほどのものを建てているとは驚きです。細かな造形も素晴らしい」

 ここは素直に褒めてあげよう。

 認めてあげよう。

 実際、その出来栄えはドラゴンシティにおいて一等賞である。

 恐らく今の自分では難しい領域にある。

『まあな! 貴様ごときには到底、及びがつかないところであろう! この私だからこそ構想し、建て上げることができたのだ! 細かいところまでしっかり確認するといい! 貴様が建てた建物とは一線を画した美しさを! 貴様だけは、ま、まあ、なんだ? 最上階まで上がることを許してやらないでもないぞっ!』

「そのようですね。後でじっくりと拝見させて貰います」

『今すぐにでもいいんだぞっ!?』

「すみません、今日のところは少しばかり疲れておりまして、そのような体調で眺めても、建物が持つ本来の美しさを感じることはできないでしょう。一晩を休んで、明日の早い時間にでも伺わせて頂きます」

『…………』

「……どうしました?」

『まあ、そ、それならそれでも、いいけどな。別に……まあ、うん……』

 目に見えて勢いを失うロリゴン可愛い。

 他の皆も考えるところは自分と大差ないようで、彼女の作品に対して口を挟む者はいなかった。部屋の各所からクリスティーナに与えられるのは生暖かい眼差し。下手に触れては命が危ないと理解しての距離感だろう。

 建ててしまったものは仕方がない。

『ああそれと、ほ、ほんの僅かばかりではあるが、内側はそっちのヤツらが面倒を見ている箇所があるかもしれない。ニンゲンの都合など知らないが、これでなかなか居心地は悪くないんじゃないかとは思うがな!』

 何かを思い起こしたように、ハッとした様子でロリゴンが語る。

 その視線が指し示す先にはゴンちゃんとノイマン氏の姿が。

 なんとまあ、この荒くれドラゴンが人間相手に気を使う日が訪れるとは。

 塔の出来栄えにも増して、その事実に感動している自分がいる。

「なるほど、彼らと共に作業へ当たられたのですね。私が不在でありながら、互いに協力して下さったこと、とても喜ばしく思います。なにより、こうして他の誰でもない、貴方自身の口からその事実が伝えられたことが、私としては嬉しいです」

『ほ、ほんの僅かだ! 僅か!』

「僅かでも事実は事実です」

『っ……やっぱり、ぜんぶ私の手柄だ。そいつらは関係ない』

「素直じゃないドラゴンですね」

『うるさい黙れっ!』

 終ぞプイとそっぽを向いてしまう土方ドラゴン。

 そんな彼女の頬が、カァと赤くなる様子に心が温まる。

 良かった、彼女のお仕事を否定しないで。正しい選択をできたと素直に思える。もしも誰かから塔に対して文句を言われた時は、あぁ、その時こそタナカ男爵が貴族として打って出るときなのだろう。どんなお偉い肩書が相手でも、守り切ってみせる心意気だわ。ロリゴンタワー。

「ありがとうございます。クリスティーナさん」

『明日だ! 明日! 部屋まで迎えに行くからなっ!?』

「お待ちしております」

 語るだけを語って、お忙しい町長は部屋を逃げるように去っていった。

 少しだけ明日が楽しみになってしまったぜ。

 それとなくソフィアちゃんの様子など窺えば、小心者筆頭代表の彼女にして、少なからずほんわかした表情を浮かべているから、多分、今後とも彼女は町長として、上手くやってゆくことができるのではないか、などと思った。

「仲良くやってくださっているようで、ありがとうございます」

「あれで永きを経たエンシェントドラゴンだっていうんだから、世の中、なにがどうなっているか分からないものだな。仕事仲間としちゃあ申し分ないんだぜ?」

「ゴンザレスさんにそうおっしゃって頂けると、私も安心できますね」

「ちなみにノイマンのヤツは苦手そうにしているがな」

「お、おい、ゴンザレス、滅多なことを言うな! 私は少しばかり……」

「一度、コイツに気づかず町長がストーンウォールを撃ったことがあってな。巻き込まれたところ、地上から塔の中ほどまで一気にすっ飛ばされて、ありゃぁウケたわ」

「それは言わない約束だろうゴンザレス!」

「な、なるほど」

 ロリゴンの去っていった側を眺めては適当を語る。

 終ぞゾフィーちゃんが成し得なかった、街のアイドル的存在を勝ち取る日も近いのではないか。などと下らないことに意識を割いてしまう程度には、ロリゴンの行く先が気になる昨今のドラゴンシティ事情である。

 彼女のおかげで場も随分と和んだ。

 これに流れを合わせたところで、改めてゴンちゃんから問いかけを頂戴する。

「ところで話は変わるんだが……」

「なんですか?」

「いや、さっきも呟いたところなんだが、まさかタナカの旦那がアーシュに興味を持つとは思わなかったからよ。流石に少しばかり驚いているんだわ」

 しみじみと語らいながら、改めてこちらに向き直る黄昏の団の団長さん。

 少しばかり真面目な表情になっているのが気になるな。

「ゴンザレスさん、先程も耳にしましたがアーシュとは?」

「おいおいおい、まさか知らないのか? 弟の名前だぜ?」

「というと、そちらの空賊の方ですか?」

 並び立つフック野郎へと視線をチラリ。

 だが、どうしたことか、不正解。

「なに言ってんだ? コイツは今し方にロックだと名乗ったろうがよ」

「え?」

「そっちの弟に決まってるだろうが」

 自ずとゴンちゃんの指し示した先には、はて、JCの姿が。

「あ、お、おい、ゴンザレスっ! それは言っ……」

 咄嗟、酷く焦った様子でJCの口から待ったが掛かる。

 だが、これに構わずゴンちゃんは続けた。

「まさかアンタが男色家だったとは知らなかったぜ。どおりでこんな良い女にばかり囲まれていながら、碌に手を出さなかった筈だ。ようやっと納得したぜ」

 腕を組んでウンウンと頷いている。

「すみません、ゴンザレスさん。もう一度お尋ねしますが、弟とは?」

「いや、だからそこのアーシュだよ。俺の自慢の弟だぜ?」

 ゴンちゃんの見つめる先には、幾度を確認してもJCの姿が。

 JC、JCなんだよ。

「…………」

 カモン、ステータスウィンドウ。



名前:アシュレイ・アウフシュタイナー
性別:男
種族:サキュバスハーフ
レベル:43
ジョブ:錬金術師
HP:4285/4285
MP:10050/10050
STR:410
VIT:350
DEX:2204
AGI:1070
INT:6542
LUC:580



 なるほどな。

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