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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫
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学園都市 五

 ポーションの材料採集から翌日。

 ペニー帝国の大使が一人、平たい黄色男爵に与えられた来賓室では、今日も今日とて学園の生徒を招いてレポートの作成が行われていた。近日に迫った発表会を目指して、あれこれと作業の只中にある。

 ただ、そこには懸念点が一つ。

 昨日と比較して、JCの醤油顔に対する態度が悪化している。

「私、オッサンなんかじゃなくて、あの人に教わりたかったなぁー」

「…………」

 昨日、キメラとやらを一撃で屠ったピーちゃんの姿を思い起こしてだろう。一方でなんの活躍もなかったオッサンに対するJCの当たりが非常に強い。チラリ、こちらを眺めては、ハァと大きな溜息など吐いてみせるほどだ。

 完全に親の脛かじりで道楽生活しているダメ貴族と思われている。

「本当にカッコ良かったよなぁ。あれなら誰でも惚れるって」

 やっぱり顔か? 顔なのか?

 段々と仲良くなり始めているような気がしていたのに、イケメンの介入で無残にも二人の仲は遠のいてしまった予感。せっかく出会えた等身大な女の子だったのに。これまでにない普通の子だったのに。

 これがリアルか。必然なのか。

「やっぱり目指すなら、ああいうのだよな。オッサンもそう思うよな?」

「そ、そうですね。確かにピーコックさんの魔法は素晴らしいものでした」

 同意を求められてしまったぜちくしょう。

 正直、どういった類の魔法により事態を決したのかは知れない。効果の程も、敵キメラの強さも。だが、まさかこの場に否定しては、嫉妬に狂った見苦しい中年野郎の称号を付与間違いない。否応にも行程せざるを得ない自らの立ち位置が、どうしてこうなった。

「たしかに先日の閃光魔法は、あの歳で撃つには大したものだったな」

 エディタ先生までピーちゃんをヨイショしてる。

 それちょっと童貞的にダメージ大きいって。

 もしかして先生までピーちゃんに惚れてしまったのですか。

「だが、あのような場所でキメラが発生するなど、きな臭いにも程がある」

「きな臭いって、な、なにがだよ?」

 エディタ先生の呟きにJCが問い掛ける。

「学園都市の郊外に設けられた施設にキメラだ。まさか、自然発生したものではあるまい? 他の研究者の目に留まる可能性を考慮しても、都市内部ではなく、ほど近い郊外へ施設を設けなければならない理由、果たしてそれはどれほどだ?」

「なるほど、そう言われると確かにきな臭いですね」

 どうやらエディタ先生は先のバケモノが人の手により作成されたものと疑っている様子だ。しかもその犯人が、学園都市に所在するのではないかと訴えていらっしゃる。キメラがどれほどのものかもしれないが、名の通りの存在であれば、然り。

 醤油顔も金髪ロリムチムチ先生に同意させて頂く所存にございます。

「研究者の暴走というのは、この手の学術機関にはつきものなのですか?」

「十中八九でそうだろうな」

 マッドサイエンティストというやつだろう。その響き、最高に格好良い。日本の大学では絶滅危惧種扱いだったけれども。平たい黄色を代表して意見させて貰うと、もう少し増えても良いと思うんだ。

「とは言え、我々は大使の身分ですからね……」

 どうこうすることはできない。

 下手に手出しをして大事になったら大変だ。国際問題ってやつだ。ヤバイ案件には関わらないのが大切。打ち合わせにはなにかと理由を作って欠席する。メールの返信は二、三日おいてから。ほどほどに出来ないヤツをセルフプロデュース。

 それが出来る社畜の鉄則だと、上司も酒の席で語っていた。大切なのはいざというときに全力投球できるよう、日々を適度にセーブして生きることらしい。あと御上へのゴマの擦りどころだそうな。

 しかしながら、会社社会の悪意を知らないニートは呟かれた。

「なんだよオッサン、相変わらず最高に情けないのな」

 今まさにJCからの評価が最底辺の予感。

 センセとして尊敬を集める筈が、世の中上手くいかないものだ。

「少しはピーコックさんを見習ったらどうなんだよ?」

「…………」

「そんなだから、いつまで経っても道楽息子のままなんだよ」

 あれこれ言われるの悔しい。でも、それ以上に気持ちいい。

 黒髪ツインテールJCに構ってもらっている感じが中年的にスーパーレア。これくらいの子と無料でお話できるの本当に嬉しいじゃんね。しかもこの子の至って現代的な学生っぽい口調が、失われてしまった青春を呼び戻しているようで童貞狂喜乱舞。

「……なるほど、分かりました」

「わ、分かったって、なにが分かったんだよ?」

 少しばかり表情を固くして、挑むような眼差しとなるJC。

 そんな彼女の瞳を正面から見つめて、お伝えさせて頂く。

「そこまで仰るのであれば、真相を暴いてみましょうか」

「え、本気かよ?」

「ええ、本気ですよ」

「こんなところで無理すんなよオッサン、だ、誰も期待してないってっ」

 本気で気を使われている感じが、やっぱり切ない。

 だがしかし、そこまで老けて見えるのだろうか。あぁ、もしかして、ハゲに気付かれてしまったのだろうか。思い至って咄嗟、手が頭髪に伸びそうになった。これを強靭な精神力でもって、危ういながらも回避する。

「無理なんてしてませんよ。ですが代わりに、無事に事件の真相が暴かれたのなら、真摯に学業へ取り組むことを約束して下さい。できますか?」

「オッサンがその約束を守ったのなら、授業だろうとなんだろうと幾らでもやってやろうじゃん。むしろオッサンこそ大丈夫かよ? 無茶すると腰に来るぞ?」

「本気ですとも」

 たしかにヘルニア持ちだけれど、今は回復魔法があるからへっちゃらだ。

 さよなら神経根ブロック。君には二度と会いたくないよ。

「……本当かよ?」

「そちらこそ今の言葉、絶対に忘れないでくださいね?」

「お、おう……」

 よし、言質は取ったぞ。

「では早速ですが、ブス教授の下へ本件の報告に行ってまいります」

「はぁ!? な、なんだよそれ! チクるつもりかよっ!?」

「当然です。学園の不手際であれば、尻を拭うのもまた学園の仕事です。ちなみに私は、誰が解決するかまでは指定していませんのであしからず」

「っ……」

 愕然とするJCを相手にしたり顔で語ってやる。

 解決するとは言ったが、自分が先導するとは言っていない。

「ひ、卑怯だぞっ!」

「私が報告せずとも、既に話は上がっていると思いますけれどね」

 だってピーちゃん本人が言ってたじゃん、通報を受けてから調査に来たって。既に学園側が動いている状況で、門外漢が顔を突っ込むなど迷惑以外のなにものでもない。真っ当な思考の持ち主なら普通は自重して然るべきだ。

「ぐっ……お、大人の癖にこんな騙すようなことしてっ……」

「落ち着いて物事を良く考えることです。貴方は些か落ち着きが足りない」

 吠えるJCに構わず、部屋を後とした。



◇◆◇



 ブス教授の居室を尋ねたところ、残念ながら留守であった。

 仕方なくノックを止めて踵を返したのが、つい数分ほど前のこと。大人しく部屋に戻ろうと考えたところで、ふと思い起こしたのは会合の他、自らに課した学園都市における第二ミッションである。

 自然と歩みは図書館に向かった。

「お、あった……」

 何故に図書館かと言えば、偏にハゲの治療薬を作る為である。

 いつぞやエステルちゃんとエンカウントしたところで、断念してしまった目的を再び。今度は無事に目的地まで到着することができた。数十分ばかり彷徨ってしまったのは、同所に導きの幼女がいらっしゃらない為だろう。

 今も首都カリスで元気にしているだろうか。

 なんてちょっと郷愁を感じつつの移動。

 出入り口付近に設けられたカウンターで、錬金術関連の書架を確認させて頂く。書士は男性だったので、会話もそこそこにさようなら。歩みも早く目的のフロアに向かった。人体に作用する魔法は三階フロアの奥のほうにあるそうな。

 そうした最中の出来事であった。

 目的とする書棚に向かう道中、不意に響く声があった。

「んっ、あっ……こ、こんなところで……だめです……」

「イヤラシイな、もうこんなに濡れてるぞ?」

「あんっ……」

 向かう先より、ボイスが聞こえてきた。

 とてもエッチなボイスだった。

「…………」

 ただ、息子は微塵として反応しなかった。

 何故ならば、届けられる声色は、そのいずれもが男のモノであったから。自然と身を正すよう、ピンと背筋が伸びる。警戒するよう視線が向かった先、本棚を一つ隔てたところ、本と本の間より人の姿が窺えた。

「……マジかよ」

 ピーちゃんとブス教授だった。

「んっ、い、いい、すごくいいです……」

「ここか? ここがいいのか?」

 ブス教授がピーちゃんを喘がせている。

 より具体的にはブス教授がピーちゃんを背後から抱きしめている。

 キレイ系のモーホー動画が好きな連中には堪らない光景だろう。だが、女の子が大好きな中年野郎的にはダメージ甚だしい。ちょっとオマエら、とんでもないもの見せてくれたなおい。これ絶対に夜中、悪夢で目が覚めるタイプの記憶になるわ。

「ふふ、相変わらず淫乱だな。今日も自ら求めてくるとは……」

「だ、だって、教授のが欲しくって、欲しくって、我慢ができないのです……」

「なんて可愛いやつだ」

 幸いであったのは、未だ二人が着衣していた点だろうか。服の上からセーフな部位を触れ合っている程度だ。前戯前のトークタイム的な瞬間なのだろう。もしもブツをジョインしている最中だったらヤバかった。

「教授、ください。教授の素敵なところ、はやく……」

「まったく貴様の性欲は底なしだな。よもや私が男に狂う日が来るとは」

「だって……きょ、教授のオチンチンが、あまりにも立派だから……」

 駄目だ、これ以上を聞いていては頭がいかれてしまう。

 逃げるように回れ右。

 したところで、いつの間に接近されたのか、傍らには見知った顔が。

「ふぅん? おとなしい顔して、意外と好きものなのねぇ」

 縦ロールである。

 縦ロールが興味津々な眼差しで、絡みあう男たちを見つめていた。

 傍らにマゾ魔族の姿は見られない。

「い、いつの間にいらっしゃったのですか?」

「貴方が図書館に入っていくから、気になって後を付けたのよぉ?」

「……そうですか」

 全然気づかなかったわ。

「図書館には暇つぶしですか?」

「そうよぉ? リズは機嫌が悪くて相手をしてくれないし、代わりにお付の騎士へ話しかけたら、やっぱりリズに吠えられるし、こんなことならソフィアを連れてくれば良かったわぁ。あの子、とても付き合いが良いのよぉ? 私に貰えないかしらぁ?」

 どうやらソフィアちゃんは、ドラゴンシティで縦ロールの話し相手を担当していたようだ。また大変な手合いに懐かれたものである。あの小心者なメイドさんのことだ、膜付ロリ巨乳の肩書に怯えながら、ガクブルしつつのお付き合いであったのだろう。

「ソフィアさん自身が行きたいと本心から願うのであれば、私はこれを止めることはしません。ですが、貴方が権力にものを言わせて彼女の首を動かすというのであれば、今この瞬間にでも私は貴方の敵となりますよ?」

「わ、分かってるわよぉっ、ちょっと、ちょっとした冗談よぉ?」

 少しばかり警笛を鳴らすと、縦ロールは面白いくらい反応してくれる。

 紛争の折に経験したファイアボールが、未だ脳裏に染み付いているのだろう。

「ええ、そうですね。ドリスさんは冗談が面白い」

「そうよね、お、おほほほっ! わたくしの冗談、とてもおもしろいわぁっ!」

「ところで一つ確認したいのですが、彼は一緒ではないのですか?」

「ゲロスなら波動を感じるとか言って、どこへとも出掛けて行ったわ」

「なるほど」

 波動ってなんだよ。

 昔、まったく同じ台詞を呟いて、上司が夜のソープ街に消えていったわ。

 面倒なことを企んでいなければ良いのだが、とは思う。ただ、つい先日にはこれでもかとお願いした手前、少なくとも自身の目が届く範疇で、騒動を起こすような真似はするまい。学園都市に自分やゴッゴルちゃんが所在していることはヤツも理解している。

「なぁに? もしかしてゲロスのことが気になるのかしらぁ?」

「彼の動向は決して無視できない、と思います」

「あら、もしかして貴方も男色なのぉ? ああいうのが好きなのぉ?」

 ちらり、視線でピーちゃんとブス教授を指し示して語る縦ロール。

 どうやら彼らはこちらに気づいた様子がない。

 まさか他者に見られているとは知らず、熱烈に愛し合っている。

「まさか? 彼が一緒とあっては、貴方と落ち着いて話ができませんので、失礼とは思いますが、事前に確認させて頂いた次第ですよ。ついこの間は言葉を交わす暇もなく、出会い頭に睨まれてしまいましたしね」

「……もしかして、わたくしを口説いているのかしらぁ?」

「まさか口説かれたいのですか?」

「おほほほほ、そういう生意気は顔を直してから出直して欲しいわぁ!」

 なかなか語ってくれるじゃないか縦ロールめ。

 いつか絶対に寝とってやるぞう。

 しかしながら今は状況がよろしくない。十数メートル先では、男が二人、今にも服を脱ぎだしそうな気配で絡み合っている。キスとかしてる。舌と舌を絡ませて、非常に濃厚なやつを、さっきから連発している。ヤバイ。もう無理。

「ところで、私はそろそろ移動しようと思うのですが」

「あら、最後まで見ていかないのかしらぁ?」

「どうしてそんなことを言うのですか?」

「弱みになるじゃない」

「……仮になったとしても、私は遠慮しておきます」

 意外と冷静じゃないかい。

 これがエステルちゃんと縦ロールのレズシーンだったら、自身もまた同じ意見だったろうさ。きっと最後まで鑑賞させて頂いたさ。だけれども、我々の意識が向かう先、絡み合っているのは共に男性なのである。

 どれだけピーちゃんが女顔で可愛くても、ダメ。無理。

「ふぅん? なら私も一緒に行くわぁ」

「何故ですか?」

「だって暇なのだもの」

「…………」

 不味いな。

 調べ物が調べ物なだけあって、縦ロールと一緒なのは困る。本来なら喜ぶところだけれど、今この状況では困る。もしもハゲが知られてしまったのなら、このお喋りロリータのことだ、あっちこっちへ風聴するだろうことは目に見えている。

 いや待てよ、そもそも彼女はハゲを知っているぞ。

 だってエステルちゃん、縦ロールの前で全力ご指摘してくれたもの。

 しかし、だからといって毛生え薬の研究をしているだなんて知られたら、殊更に笑いの種を提供するばかり。男らしくハゲるならハゲろと構えているならまだしも、女々しくハゲの治療に躍起となっていることを知られるのは、あぁ、辛いぞ。

 縦ロールは近年稀に見る奇跡の膜付ロリ巨乳。もしもソフィアちゃんに振られてしまったのなら、次にアプローチする先はきっと、この女の子なのだ。普段は割とお馬鹿なのだけれど、たまに見せる賢い一面が、かなり深刻に愛している。

 故に自らの行いは隠さねば。

 ハゲ・イズ・デッド。

 俺は生きたい。まだ、生きていたい。

「すみません、他に用事がありますので……」

「用事? なにかしらぁ? 手伝ってあげても良いのよぉ?」

「いえいえ、結構ですので」

 それにしても、どうしてこうも邪魔ばかり入るのだ。図書館になかなか辿りつけなかったのも、ホモの絡みを見せつけられたのも、縦ロールに絡まれているのも、ここ最近のLUC低下が招いているのだろうか。

 いやいやいや、きっと気のせいだ。気のせいに違いない。そう信じて頑張ろう。だってドラゴンシティに居る時は、それほどでもなかったじゃないか。むしろ、偶然からリチャードさんの策を見破ったり、日々の経営にしても順調であったりと、そこそこ幸多い。

「それでは、私は失礼しますね」

「あ、ちょっと、待ちなさぁいっ!」

 縦ロールをその場に残して、ハゲは逃げ出すように場を後とした。



◇◆◇



 オチンチン劇場を脱出してしばらく。

 図書館を去ろうか、やっぱり調べ物を断行すべくか、頭を悩ませながら館内をウロウロとしていた。縦ロールは無事に撒いた。もしも後者を望むのであれば、彼女とのエンカウントを避けつつ、目的の書架を目指すべきなのだが。

 さて、どうしよう。

 そんなこんなで数分ばかりを悩んでいた最中のことだ。

 一階フロアの一角より、耳に覚えのある声が聞こえてきた。それとなく辺りを見渡せば、本棚に周りを囲まれて、幾つか机の類が並んだ一角に人の集まる姿が見つけられた。皆々で一つの机を囲い、勉学の最中を思わせる光景だろうか。

「ほら、ちょっと、そこのところ間違えてるわよ」

「え? ど、どこですか?」

「ここよ、ここ。さっき指摘したばかりでしょうが」

「あ、は、はいっ! ありがとうございます!」

 エステルちゃんだ。

 彼女の周りには他に人の姿がある。こちらも同様に見覚えがあるぞ。JCを虐めていたデブ、ガリ、イケメンの少年たちだ。彼らはロリビッチと共に一つの机を囲い、卓上に広げた紙面に対してペンを取っている。

 もしかしてエステルちゃん、本当に彼らのレポートの面倒を見ているのだろうか。

「あ、ちょっと、また間違えてるわよ。そこはそうじゃなくって……」

「す、すみませんっ!」

 指摘されてペコペコと頭を下げているのはリーダー格のイケメン。

 少年たちの様子に目を光らせる彼女は、彼らがペンを動かすに応じて逐一、その誤りを指摘して正しい方向へと導いてゆく。語る口調こそ幾らか厳しいものに聞こえるが、課題へ真摯に向き合う姿勢は、彼女の優しさを表して思える。

 生意気だった少年たちも、エステルちゃんに対しては敬語での受け答えだ。

 それも貴族に対するヨイショというよりは、素直に従って思える。。

「あの、ふぃ、フィッツクラレンスさま……」

 ガリが恐る恐るといった様子でエステルちゃんに話しかける。

「なにかしら?」

「フィッツクラレンスさまは、あの、とても博識でいらっしゃいますが……」

「ふん、まぁね。これでもペニー帝国では王立学園に通っているのだから、貴方たちくらいの年頃の子が学ぶ内容であれば、多少は教えることもできるわ」

「ペニー帝国の王立学園ですかっ!? 凄いですっ!」

「そ、そうかしら?」

「だってあそこは、選ばれた者しか入れない、伝統と格式のある学校でしょう。ここ学園都市の生徒でも、ペニー帝国の王立学校に憧れる生徒は多いんです! 待遇が良いので、教員として雇用を狙う教授だって沢山います!」

「へぇ、そうなの? 初めて聞いたわね」

「あの、そういう僕も、じ、実はそのうちの一人でして!」

 ガリめ、エステルちゃんに惚れてしまったな? ロリビッチを見つめる眼差しが、とても暑苦しいことになっている。しかもチラチラや太ももと胸のあたりに視線を向けて、なんてマセたお子様なのだ。

 こうして覗き見していると、少しばかりお胸がチクチクするぜ。

 自分も彼ほど若ければ、或いは、なんて。

 いやいやいや、若返りは諦めたのだ。過ぎたことを願っても仕方がない。

「が、学費はどの程度なのでしょうか!?」

「学費は……えっと、どのくらいだったかしら。毎年金貨五百枚くらい?」

「えっ、そ、そそ、そんなに必要なんですか?」

「学校なんてそんなものじゃないの? ここはどうなのかしら?」

「…………」

 少年ガリの心の折れる音が聞こえた。どうやら彼の家の経済状況では難しそうだ。よしんば今回の機会を利用して、ペニー帝国の学園にロンダを決めるつもりだったのだろう。まあ、世の中そう簡単には進まないものである。

 言葉を失ったガリに代わり、デブがあれこれと答えてみせる。

「ここはピンきりです、フィッツクラレンス様。一口に入学とは言っても、その人の能力や技術力によって待遇は上下します。優秀な人は学園から給与を貰いながら通っているケースも、決して少なくありません」

「給与を?」

「はい、多くの方は教授のお付になります。そうなったら将来は約束されたも同様です。普通は付いた教授の口利きで研究室を起こして、学園で教鞭を取るようになります。僕ら一般の生徒からすれば憧れですね」

「ふぅん? 流石は学園都市、キャリアに対する考え方も進んでいるのね」

「は、はいっ!」

 頷くブスもまた、エステルちゃんを見つめる眼差しはキラキラと。たぶん、心の中はガリと同じだろう。唯一、平静を保っているのはイケメンくらいだろうか。やっぱりイケメンは強いよ。異性に対する耐性が半端ないわ。

 そんな彼らに何気ない調子でエステルちゃんが伝える。

「まあ、もしもペニー帝国を訪れたのなら、私に一声掛けると良いわ」

「え? い、いいのですかっ!?」

「本当ですかっ!?」

「で、でも、フィッツクラレンスさまは本家の方で……」

 三人組は酷く慌てた調子で応じる。

 ただ、当の本人は何ら構った様子もない。

「こうして一緒にレポートを作っているのも何かの縁というものよ」

 あっけらかんと言ってのける。

 これを耳としては少年一同、酷く萎縮した様子で言葉を返す。ガリ&デブなど傍目にも明らか、天にも登りそうな笑顔である。なんて罪づくりなロリビッチだろう。

「あ、ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

「恐縮ですっ! フィッツクラレンスさま!」

 思ったより楽しそうにやっているじゃないか。

 醤油顔さえいなければ、エステルちゃんは普通に良い女している。あれで存外のこと面倒見が良いのだ。思い起こせばソフィアちゃんとも仲良くしていた。アレンに対してもゾフィーちゃんを二号として受け入れるなど、その懐は相当に広い。

 エディタ先生の講演の最中、客席から吠えた主義主張も立派だった。将来、多くの上に立つことを考えれば、彼女の訴えたところは、恐らく彼女の立場において、最も重要且つ口にすることを憚られる点だ。

 強くてニュービッチ。

 記憶を失ったところで、彼女の人格に変わりはない。

「…………」

 あれこれと思い起こしたところで、ちょっと切ない気持ち。ここ最近の騒動も、偏に自らの低すぎる顔面偏差値が理由だ。彼女が書いていた日記と相まっては、二人の間に修復不可能な亀裂を入れて思える。自身がイケメンだったら、多分、行方は違っていた。

 彼女の魅力的なところは、きっとブサメンには観測できないのだろう。

 決して復縁したいとは言わない。

 彼女はアレンと結ばれるべきだ。

 自身のラブが向かう先はソフィアちゃんである。

 その一点に関しては、決して歪みない。

 ただ、少年たちと和気藹々、トークする彼女の姿を目の当たりとして、普通にお話できるくらいまでは仲直りしたい、なんて思ってしまった時点で、いかんいかん、せっかく相手が自ら距離をおいたというのに、自身が求めてしまっては意味がないではないか。

「…………」

 少し心が寂しくなったところで踵を返した。

 こうして人は少しづつダンディーに近づいて行くのだろうさ。

 お願い信じてる。



◇◆◇



 日が暮れてしばらく。

 夕食と入浴を済ませて以後、後は眠るばかりとなったところで、訪れるのは日課となったゴッゴルちゃんとのお話の時間である。自室に二人きり、ベッドの縁へ横並びとなりお話するのが、ここ数日のスタイルだ。

 ソファーで正面から向かい合うと、すぐにエッチな妄想をするからと、彼女からの指示に従った結果である。個人的には横並びの方が距離も近い分だけ、頻度高いと思うのだけれど、ゴッゴルちゃん的には違うらしい。

 そんなこんなでつれづれなるままに、ロコロコさんの隣に並びて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく語らっている最中のことだった。

「……ピーコックさんが嘘を?」

「そう」

 話題に上がったのはピーちゃんの名前だった。

 それもゴッゴルちゃんのお口からである。

 二人は碌に面識もない筈だ。もしも接点があったとすれば、つい先日、郊外の森へポーションの材料を調達に向かった折、遺跡で化物に遭遇した際のこと。恐らくはその機会に読心したのだろう。

「……気をつけた方がいい」

「なるほど、ご忠告ありがとうございます」

 こうして名指しで誰々がヤバイと警笛を鳴らして頂くのは、学園都市の自室でゾフィーちゃんを吹っ飛ばして以来だろうか。口が固いロコロコちゃんとしては、非常に珍しい訴えである。

「あの遺跡には……」

 続けようとする褐色ロリータの口を、自らの言葉で遮る。

「お気遣いは非常にありがたいです。ですが、そこまでで結構です。誰でも秘密にしておきたい嘘の一つや二つはあるものです。それを貴方の口から聞くのは、私が決めた私のルールに反しますので」

「……とても危ない」

「大丈夫です。多少の危険は自らの力で解決してみせます。今はそれ以上に貴方という存在が、その能力が所以に他者から忌諱されることを避けることの方が、遥かに重要だと考えております」

 暗黒大陸であったのならまだしも、人類の生存圏であれば、滅多なことはないだろう。それこそレッドドラゴンが群れを成して襲ってくるような、世紀末的展開でも訪れないかぎり大丈夫だ。

 それに下手こいてオチンチン劇場に巻き込まれたら大変だからな。

「私はいい。貴方が死んだら暗黒大陸に戻るだけ」

「私が死んでも、せめて貴方一人分くらいの居場所は残したいなと」

「…………」

 その為にはやはり、ロリゴンの説得は必要だよな。

 アイツが認めれば、少なくともドラゴンシティはこの子の居場所となる。

 ゴッゴル族の寿命がどれほどかは知れないが、流石にロリゴンより長生きということはないだろう。ロリゴンがゴッゴルちゃんを生涯の友として認めてくれれば、自分としては心置きなく逝くことが出来るのだが。

「もし本当に必要となったのなら、その時は遠慮無くお手伝いをお願いしますから」

「本当に? 必ず? 絶対?」

「ええ、本当です。これまでも何度かお願いしてきたでしょう?」

 特に首都カリス界隈ではあれこれと頑張ってもらったし。

「……分かった」

「むしろお願いしてばかりで申し訳ない限りです。ロコロコさんからしたら、良いように使われているように思われるでしょう。もしも至らないところがあったら、なんでも仰って下さい。出来る限り都合したいと思います」

 ゴッゴルちゃんにはお世話になりっぱなしだ。

 色々と贔屓したってバチはあたるまい。

 好きな女の子にあれこれ買ってあげるの、夢だった。夢だったんだよ。

「べつに……こうして話をしてくれれば、それでいい」

 おう、なんて控えめなんだゴッゴルちゃん。

 もちろん彼女にとっては、それこそが一番の贅沢なのかも知れない。だが、少なくとも今この瞬間、自分自身がどうかと問われれば、それほど苦はない。明日には気持ちが変わっているかもしれない。しかし、今晩はずっとゴッゴルちゃんと一緒にいたい。

「ロコロコさんはお酒など飲まれますか?」

「……飲まない」

「そうですか。私はこれで割と好きでして、もし良かったら一緒にと……」

「…………」

「酔っぱらいは嫌いですか?」

「……考えておく」

「ありがとうございます。とても嬉しいです」

 いつか一緒に飲みに行きたいものだ。

 あぁ、エディタ先生も誘わないとな。三人で楽しく飲みたいな。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 ここ最近、ドラゴンシティの貴族街でとある噂が流れています。

 なんでもとある湯船に湧いた温泉がやたらと心地良いのだとか。ただでさえ気持ちの良い同所のお風呂の只中にあって、更に逸脱した心地良さとはどの程度のものなのでしょう。甚だ好奇心が刺激されます。

 ということで訪れてみたところ、そこは覚えのある浴室でした。

「あ……」

 思い出しました。

 以前、学園都市で学技会が催されていた最中、ファーレン様を筆頭として首都カリスより訪れた貴族さま方がお浸かりになられたお風呂であります。同時に縦ロールさまがゴーストを見たと主張されていたお風呂でもあります。

 私自身は浸かっておりませんが、ご案内したことを覚えております。

 夜の遅い時間帯とあって、他に人の気配は感じられません。私以外、誰の姿も見つけられません。ここ最近は貴族のお客さまも増えてまいりましたので、これはとても喜ばしいですね。ゆっくりと浸かることができます。

 掛け湯は止めておきましょう。

 乾いた身体で一息にお湯へ浸かるのが気持ち良いのです。

 タナカさんは事前に汚れを落とすようおっしゃられておりました。ですが今は他に人の目もありません。大丈夫です。遠慮無くお湯の中で身体の汚れを落とさせていただきましょう。たまにはヤンチャしたくなるのがメイドという生き物なのです。

「ぁぁぁあああああ」

 ざぶんと肩まで沈んだところで、きました、きましたよ。

 とても心地良いのが。

「ああああああああ……」

 たしかにこれは他所のお風呂と比較しても強烈です。

 思わず声が漏れてしまいます。

 一日の疲れが癒えてゆくのを感じます。

「……た、たまりません」

 一度味わったら癖になりそうですね。

 おかげで、オシッコ、したくなってしまいました。それもこれもお風呂が気持ち良いのが良くないのです。このままじょぱーっと景気よくやったのなら、殊更に心地良い気持ちとなれるのではないでしょうか、なんて考えたら、ますます気分が高ぶります。

「…………」

 いけません。そんなはしたないこと、年頃の娘の行いではありません。

 ですが、この心地良さは危険です。

 ふとした弾みで下半身の筋肉が緩んでしまいそうです。

 あぁ、いけません、そんなのいけません。

 ここは貴族様のお風呂なのにあぁ。

「っ……」

 悦楽。

 悦楽でございます。

 お風呂でオシッコ最高です。

 これは癖になりそうで――――。

「……お風呂で尿をしたのはだぁれぇー」

「っ!?」

 どこからともなく声が響いてきました。

 咄嗟、立ち上がります。

 身を強ばらせたところ、同時にお湯の中から、人影が浮かび上がりました。今の今までお湯に溶け込んでいたような、そんな浮かび上がりかたでした。水しぶきはまるで上がらず、まるでお湯の一部が立ち上るよう、ふよふよとした感じです。

 手を伸ばせば触れられるほどの距離でしょうか。

「ひぃっ!?」

「だぁれー? オシッコしたのー、だぁれー?」

 パッと見た感じ人間、それも女性の姿形をしていらっしゃいます。年の頃は三十代ほど。ただ、後ろの光景が透けて見えるほどに半透明です。しかも服を着ておりません。一糸まとわぬ格好であります。ここはお風呂なので、全裸であることは正しいのですが。

「あのっ、こ、これはっ、そのっ……」

「…………」

 もしかして、これがゴーストというやつでしょうか。縦ロールさまの主張されていたあれこれが自然と思い起こされます。見間違いだとばかり考えていたのですが、まさか本当にいらっしゃったとは想定外です。

 ただ、その姿はどこかで見た覚えがあるような。

 いいえ、きっと気のせいですね。

 ゴーストの知り合いなんておりません。

「……貴方しかいないわね」

「い、いえっ、あのっ! わたしはっ!」

 そうです、今、お風呂には私しかおりません。

 バレてしまいました。

 湯船でオシッコしたの、ゴーストさんにバレてしまいました。

「ご、ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!」

「こらー、まちなさいー」

 大慌てでお湯から上がります。

 身体を洗うことも忘れて、メイドは同所を後といたしました。

 浴室を過ぎたところで、ゴーストさんの追跡は失われました。もしかしてお風呂場から出られないのでしょうか。それとも目くじらを立てるほど怒ってはいなかったということでしょうか。わかりません。

 ただ、いずれにせよ当分は、こちらのお風呂は使えませんね。



◇◆◇



 それなりに楽しくも穏やかな日々を過ごすこと幾日か。

 ついぞ訪れたのは、学園の生徒さんを巻き込んだエステルちゃんとのレポート勝負、ではなくて、その発表に先んじること、同所を訪れた本来の目的、魔王復活を巡る国際会合である。その開催日当日がやってきた。

 本日ばかりは最高に貴族な衣装に身を包んで会場に臨む。

 リチャードさんが用意して下さった一張羅だ。

 広々とした会議室には五十平米ほどあろうか。他に数十名、参加者が大きな円卓を囲むよう腰を落ち着けている。非常にプレジデントな雰囲気のお部屋である。年収五千万以下はお断りな気配を感じる。

「この度はよく集まってくれた」

 議長を思わせる法衣姿の男性が語る。

 お誕生日席に腰掛けた彼こそが、ここ最近の頻出ワード、大聖国なる国家の大使なのだろう。同所にはブス教授の姿も見られるが、彼は他に我々と同じく、数多ある円卓に並んだ椅子の一つへ腰を落ち着けている。

「つい数ヶ月前のこと、聖女様より魔王復活の予言が為された。来る時に向けて本日、第七十九回、魔王対策会議を開きたいと思う。世界の平和を守るため、どうか、各国の惜しみない協力を願いたい」

 演技がかった物言いで大仰に語ってみせる。

 なるほど。

 その立ち振舞を眺めて、ペニー帝国の王様の言葉を早々に理解だ。

「際しては今回、会合には先んじて魔王復活の調査に向かっていた勇者一向を招待している。暗黒大陸まで向かっていた都合、高速艇を用いても到着がギリギリとなり、本日まで会合の開催が伸びたことをお詫びしたい」

 暗黒大陸、その単語が同所に響いたところで、随所よりざわめきが上がった。どうやら世間のお偉さま方にとっても、同所は相応に難儀な場所であるらしい。実際に足を運んだ後なら身を持って納得できる。あそこは人が生きて行ける場所じゃない。

 ところで勇者さんご一行が来てるってマジですか。

「選ばれし勇者とその仲間たちよ、こちらへっ!」

 法衣の男が声を上げると共に、部屋のドアが開かれる。

 応じて姿を現したのは、つい数週前に別れたばかりの面々だ。

 西の勇者ピエールと、東の勇者なんとか。また、彼らと共に冒険していたパーティーメンバーが続々と会議室に入ってくる。誰も彼も見覚えがある。名前こそ知らない、もしくは忘れてしまっているけれど、ヴィジュアルには覚えが確かに。

「あらぁ、結構格好良いじゃないの」

 すぐ隣で縦ロールがなんか不愉快なこと言ってる。

 確かにヤツらは格好いい。男は全員イケメンだし、女は……あぁ、若干一名、恐ろしく苦労していそうな外見の方がいらっしゃるが、それを除いては絶世の美女、美少女、美幼女がズラリと並ぶ。膜は何枚残っているだろうか。

「好みのタイプが?」

「外見など偽りよぉ? わたくしは人を内面で判断するのよぉ?」

「それはそれは素晴らしいですね」

 以前とは言ってることが違うぞ縦ロール。

 この子、実は何も考えていないんじゃなかろうか。

「西の勇者殿、皆を代表して挨拶を……」

 法衣姿の司会進行がピエールに呼びかける。

 ただ、当の勇者様はと言えば、同所に醤油顔を発見して驚愕。

 酷く驚いた表情でこちらを見つめていた。

「タ、タナカっ……」

 そうした反応は彼に限らない。彼のパーティーメンバーや、東の勇者パーティーも含めて、一様にこちらへ驚きの眼差しを向けている。どうやら平たい黄色が打倒魔王の会合に顔を出しているとは思わなかったよう。

 当然だ、自分だって想定外の出席である。

 一方でこちらとしては、彼らが暗黒大陸くんだりから、本日の為に引き返しているとは思わなかった。確かに我々が暗黒大陸を後としてからは、十分な時間が経ている。陸路ならまだしも、飛空艇なら不可能ではない。だが、いやはや、これは驚いた。

 金持ちが乗り回す小型ジェットほどには普及しているのだろうな、飛空艇。

「勇者殿? タナカとは?」

 勇者ピエールの反応を訝しむよう、法衣の男から声が掛かる。

 凡そこの世界の人名とは程遠い響きに疑問を覚えてだろう。

「あ、いや、そのだね……」

 驚きから呟いたところ、周囲の反応に慌てる西の勇者ピエール。

 今この場において、彼らはオーディションの舞台に登った芸人に等しい。そして、各国の代表として顔を並べた我々は、謂わばスポンサーである。ペニー帝国の王様から確認した限り、勇者という存在は、財政界においてそこまで大きな権力を持たない。

 世間的にはどうだか知らないが、少なくとも勇者と魔王と大聖国の関係を知る金持ち連中は、決して勇者という存在をありがたがったりはしない。仮にその時がくるとしたら、五百年前にあったという、魔王さまの大進行が現実となったときだ。

 悲しいけれど、強いのはいつだって金を持ってる者たちである。

「す、すまない、少しぼうっとしていたようだ」

「そうかね? 疲れはあるとは思うが、ここは頑張ってもらいたいものだ」

「大丈夫だ。それでは報告を行わせて頂こうかい」

「うむ、各国の代表への報告だ。しっかりと頼むぞ、勇者殿」

「承知した」

 司会進行に促されたところで、ツラツラと語り出す勇者殿。

 恐らく彼らの登場も、場に集った各国の代表から、協力とやらを無心する為の策に過ぎないのだろう。それとなく円卓を囲う面々を眺めれば、誰も彼もはつまらなそうな顔で一連のやり取りを眺めている。

 耳糞をほじっているオッサンとか、爪を研いでいるおばさんとか。

 なんかもう、ちょっとピエールが可哀想になるくらい。

 でも、世の中ってこういうものだよなって、社畜の頃を思い起こす。必至にプレゼンする平社員の前で、つまらなそうにしている上役。そうして気だるげに応じる姿は、世界を跨いでも酷く在り来りな風景なのだろう。

 だから、せめて田中男爵くらいは、他と一味違うところを見せてみたい。

「なるほど、素晴らしい成果ですね、西の勇者ピエールさん」

「っ……」

 一頻り、報告を耳としたところで声高らかに語ってみせる。

 他に喋っている者はいないから、随分と大きく部屋に響いては聞こえる。

 成果云々はさておいて、こういうのは褒めることが大切だ。

 彼らの努力は自身もまた十分に理解するところである。

「暗黒大陸が如何様な場所であるか、私は少なからず理解しているつもりです。故にこうして、無事に生きて帰るばかりか、様々な知見を我々に齎して下さる皆様に対して、惜しみない賞賛を送りたいと思います」

 精々この程度だけれど、それでも屁の足しにはなるだろう。

「ほぉ、ペニー帝国は勇者殿の行いに協賛して頂けますか!」

 間髪置かずに法衣姿の男が食いついてくる。

 こっちはこっちで協力を集めるのに必至なのだろう。

 なんとも面倒なものだ。

 一つのノンケ針で美少女とゲイが釣れたような気分である。

 資金には多少の余裕があるけれど、それもこれもリチャードさんから頂戴したものだ。まさかこのような場所で消費する訳にはいかない。お金の使い方としては、間違いなく最悪の部類に入るだろう。

「ペニー帝国というよりは、私個人としての思いですね」

「なるほど? とは言え、心温まるお言葉ではありませんか。主神もきっと、貴方の気遣いには心を暖められていることでしょう。これをより確実な形として、信仰に繋げることを神の御心は臨んでおられますぞ」

「あぁ、誤解なきようお願いします」

「というと?」

「私自身、暗黒大陸で活動していた時期がありますので」

「っ……」

 それとなく呟いたところ、法衣な彼の表情が強張った。

 他の大使一同もまた、酷く驚いた様子でこちら振り返ってみせる。

「しかしながら、私の場合は碌に中域へ足を運ぶこともなく、すぐに引き返してしまいましたがね。あそこは本当に危ない。その日に泊まろうとしていた宿が、ドラゴンの襲来で崩れた経験は、この歳で未だ忘れられません」

 有る事無い事、適当を語ってみせる。

 すると、どうやらそれは存外のこと響いたよう。

 法衣姿の彼は続く言葉を失った。

「そのような場所で調査活動に勤しんだ勇者さま方の努力を思えば、私のような一介の大使風情、なにを貢献することがありましょうか。ペニー帝国へ足を運ぶ機会がありましたら、是非、タナカ男爵領まで足を運んで下さい。歓迎いたしましょう」

「な、なるほど、タナカ男爵は暗黒大陸のご経験があるのですな……」

「今の身分もフィッツクラレンス公爵に腕を買われてのことです」

「それはまた、な、なかなかのものですな……」

 リチャードさんの名を耳としたところで、法衣な彼の顔が強張る。

 大聖国にまで響いているぞ、その名前が。

 どんだけヤバイことしたんだよ、エステルちゃんのパパさんは。

「は、話が脇道にそれましたなっ! 議題を進めましょう」

 タナカ云々はなかったことのよう、場を取りなす法衣姿の彼。

 会議室に居合わせた面々も少なからず全体の流れを気にした様子で、勇者ピエールに意識を向けている。自身が少しばかり目立ってしまった点に関しては減点だが、勇者さまへの先行投資だと思えば、これも納得の範疇だ。

 これで多少は彼らに対する風当たりも良くなるだろう。

 会合の流れもスムーズになる筈だ。

 なんて考えた時期が、私にもありました。

「それでは当代の魔王に関してですが……」

 法衣の男が改めて語らんと口を開いた瞬間だった。

 ズドン、大きな音が会議室全体を揺るがすよう響いた。

「っ……」

 誰も彼もが表情を強ばらせる

 音は窓ガラスの先、屋外から聞こえてきた。咄嗟、椅子より腰を浮かせる参加者の姿も少なくない。会場は中央に所在する棟のそれなりに高い位置に所在している。ガラス越しには自然と都市を見下ろす形となる。

「んもぅ、今度はなにかしらぁ?」

「さて、なんでしょう」

 隣に腰掛けた縦ロールと適当を交わす。

 他の参加者と異なり、このロリ巨乳は腰が座っている。

 会議室は二面を屋外に接している。その一角にほど近い席に腰掛けた参加者から声が上がった。どうやら窓の外に何か見つけたらしい、駆け足で窓まで近寄ると、その一端を指先に指し示して吠えた。

「お、おいっ、あれを見ろっ!」

 参加者一同の視線が声に反応して移ろう。

 そこには眼下に広がる学園都市の町並みと、これに迫る巨大な何かの姿があった。形は形容しがたい。ただ、全体的な雰囲気は、郊外の森に所在する遺跡で眺めたキメラとやらに似ている。凡そ生き物として真っ当な外観とは程遠い出で立ちだ。

 そう長くない幾百本もの多足に支えられたナメクジのような胴体と、その背中から伸びた触手から構成される。非常にカンブリア臭の感じられる生き物だ。今し方に耳とした音は、触手が振り回されるに応じて発せられたよう。

 ズドン、ズドン、大地を叩くに応じて、地響きが界隈に響き渡る。

「あらぁ? 随分と大きいわねぇ」

「そうですね」

 大きさはドラゴンモードのロリゴンと同じくらいある。触手をピンと伸ばしたら、それ以上かも知れない。今でこそ都市の縁に接近する程度であるが、もしも市街地に暴れられたら、一晩で一体は総崩れだろう。

 そうこうする間に会議室のドアが開かれた。

 姿を現したのはピーちゃんだ。

 そして、伝えられた事実はといえば――――。

「強大なキメラ体が、ま、街を襲撃していますっ!」

 そんな文句だった。

 キメラ体、どこかで聞いたような単語だよな。
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