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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫
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学園都市 二

活動報告を更新しました。
 学園都市に到着して翌々日。

 もそもそと起き出したペニー帝国からの大使一同は、醤油顔へ充てがわれた部屋に集まり、少し遅めの朝食をとっていた。料理はつい今し方、部屋付きだというメイドさんがワゴンに載せて運んできてくれた。

 国賓扱い、とても嬉しゅうございます。

 こういうセレブになりたかった。なってしまった。

 暖かな湯気を上がるスープが、寝起きの空きっ腹に染みるの心地良い。少しとろみの付いたコーンスープのような品である。コンビニ弁当ばかりであった前世を思えば、昨今の食卓事情は比較にならない充実を感じる。

「な、なあっ」

 テーブルを挟んで正面、エディタ先生からお声がけを頂戴した。

 食器を卓上に置いて、なにやら真剣な眼差しだ。

「なんでしょうか?」

「せっかっく学園都市までやってきたのだ。会合とやらまでにも時間があるようだし、す、少しくらいは観光にでも出かけたらどうなんだ? なんだったら、あ、案内をしてやってもいいぞ?」

「本当ですか?」

「うむっ!」

「差し支えなければ、是非ともお願いしたいところですね」

「そうか!? そうかっ! そういうことなら、ま、任せろっ!」

 やったぞ。予期せず本日の予定は、エディタ先生とのデートに決定だ。

 なんて素直に思ったところで、ふと部屋の隅の方から視線。ゴッゴルアイズがこちらをジッと見つめている。それまでハグハグと料理に食らいついていた彼女が、手元も静かに上目遣いで、ジッと、ジッと。

 たぶん、自分も連れて行けという意思表示なのだろう。

 ちなみに今の彼女はといえば、我々が腰掛けたダイニングセットとは別、床に体育座りしながら、一人でご飯を食べている。どうやらエディタ先生に気を使ってくれているらしい。ここ最近のゴッゴルさんは行動が奇抜でちょっとビビる。

 酷く申し訳ないと思う一方で、そんなゴッゴルちゃんの惨めっぽい光景も極めて心のおちんちんを刺激する。暖かな団らんのすぐ近くで、テーブルに腰掛けることなく、床に置いたお盆からご飯を食べる褐色ロリータ哀れ可愛い。

 晩ごはんの折にはテーブル一式、ちゃんと用意してもらおう。

「ロコロコさんも一緒でよろしいですか?」

「え? あ、あぁ、まあ、いいだろう」

「ありがとうございます。では三人で巡りましょう」

 よし、本日の予定が決まったぞ。

 本当は育毛剤の研究を行うべく、図書館の類を巡ろうと考えていたのだけれど、先生からのお誘いとあっては無下にできない。学園都市には当面滞在する予定だ。資料集めはいつでも可能であるから、本日はデートを優先するとしよう。

「……と、ところで、一ついいか?」

「なんですか?」

「いや、貴様じゃなくてだな……」

 先生の視線が向かった先にはゴッゴルちゃん。

 どうやら醤油顔ではなく彼女に語り掛けたよう。

「彼女がなにか?」

「……なに?」

「本当にそこで食べてていいのか? い、椅子に座らなくて……」

 今の今までもチラリチラリ、気にしていた先生だ。

 しかし、これにゴッゴルちゃんは平素からの態度で応じる。

「……いい」

「だが、さ、流石に床で食事というのはどうかと思うが」

「気にしなくていい」

「…………」

 それは無理な相談というやつだぜ、ゴッゴルちゃん。

 他人に気後れするエディタ先生も、まったくもってラブいぞう。



◇◆◇



 朝食を摂って後、足を運んだ先は学園都市の賑やかなあたり。

 伊達に学問を名に関していない。いつだか首都カリスに眺めた学技会的な催しが、一年を通じて都市の随所で開かれているとのこと。規模もピンきりで、数千、数万と人が集まるイベントがあれば、数十人でこじんまりと開かれるものもあるそう。

 また、これらは形式も多岐に渡り、日時を限定して開かれるオーソドックスな講演スタイルから、いわゆるポスターセッション、更には美術館よろしく展示会の態を成したものまで、実に様々だそうな。

 そうした只中、我らがエディタ先生の案内して下さった場所はといえば。

「これは凄いですね……」

「そうだろう? 規模こそ小さいが、歴史のある施設なのだ」

 色とりどりのポーションがズラリ並んだ光景は圧巻だ。

 宝石博物館の宝石をポーションに置き換えたような感じ。

「貴様はポーションの類に興味があるようだからな。ここの資料館は見ておいて損はないと思うぞ。過去の研究者たちが錬成してきた、数多のポーションが陳列されている。レシピが公開されているものに関して、かなりの数を網羅している」

「とても貴重な資料館ですね。見ているだけでも意欲が湧いてきます」

「うむ、そういうことだ」

 何気ない相槌に対して、満足気に頷いてみせるエディタ先生。

「だから、その、なんだ、今の貴様に対しては申し訳ないと思っている。か、叶うことならば、前向きに摘出と治癒、もしくは代用の研究をしていけたらと。も、もちろん、いずれの場合でも私は全面的に協力す……」

「過ぎた話は結構ですよ。それよりも早く先を見て回りましょう」

「あ、おいっ!」

 もじもじエディタ先生を促して、ポーション博物館を眺めて周る。

 ゴッゴルちゃんも少しばかり距離を取りながら付いてくる。

 赤だったり、青だったり、緑だったり。澄んでいたり、濁っていたり。物に依ってはハブ酒の如く名前の知れない生物が浸かっていたり。実に様々なポーションが陳列されている様子を眺めるのは、思いのほか楽しいことだった。

 傍らには効能やレシピが示されており、過去にどのような生い立ちで作られたのか、などと歴史的経緯が確認できるものも見受けられる。このような文化的な施設が、こちらの世界に存在するとは思わなかった。

 剣と魔法のファンタジーだからと、少なからず侮っていたのだけれど、もしかしたら自分が考えていた以上に、こちらの世界の文明レベルは高いのかもしれない。ペニー帝国から外へ向かう機会を得たことは正解だったかも、とかなんとか思うくらいに。

 ちなみに残念ながら、今のところ発毛ポーションの存在は見つけられていない。叶うことなら先生にもお尋ねしたいのだけれど、我が身のハゲを知られたくない都合、こればかりは秘密裏に行わなければならない。

 絶賛、褐色ロリータにはモロバレだけれどな。

「何気なく眺めているだけでも十分に楽しめますね」

「だろう?」

「ええ、素敵なところに案内して下さりありがとうございます」

「べ、別に、そんなかしこまる必要ないだろうがっ」

「割と素直に感動しておりまして」

「……そうかよ」

 デートコースとしてはこれ以上ないチョイスだ。

 先生ってば素敵。

 こんなの惚れてしまうじゃないの。

「たしか奥の方には、も、もう少し錬成難易度の高いポーションが……」

 エディタ先生の案内に従い館内を歩む。気分的にもやはり宝石博物館など巡っているような感じ。おみやげコーナーとかあったら、意味もなく紫水晶とか買ってしまいそうな雰囲気がある。

「ここだ、たしかこのあたりに……あった、これだ!」

 飾られた陳列台の一つを指し示して、先生が声を上げられた。

「……これは?」

「これまで公に研究が進められてきたなかで、最もライフポーションに近しいと考えられているポーションだ。二百年以上前に書かれたレシピではあるが、今のところこれ以上の報告はどこにも上げられていない」

「なるほど、それは興味深いですね」

「本当はより完成に近しいものがあったのだが、レシピが存在せずな……」

「エディタさんは見たことが?」

「……すまない、本当に見たことがある程度なのだ」

「いえいえ、それだけでも十分な情報ですよ」

 ドラゴンシティの入浴剤と比較して、どちらが癒やされるだろうか。

 いや、流石に比べるのは失礼か。

「ライフポーションはいつの時代であっても切望されている。だがしかし、こうした歴史的背景からも判断できるとおり、その研究は学園都市において、一種の政治の道具に成り下がってしまっているとも捉えられる」

「というと?」

「最終的に作れずとも、それなりに金を出して声を上げれば目立つ。伊達に歴史を重ねていない。結果としてライフポーションの生成が失敗したとしても、一歩でもその生成に対して前進があったという成果を主張できれば、まあ、少なくとも名は響く」

 一昔前の抗癌剤の研究みたいになっている。

 完全なモノを作れないことが前提の研究題材なのだろう。

 ちょっと悲しい。

「だから、私は貴様のやり方を非常に好ましく思っている。入浴剤とは傑作だった。ここも随分と長いこと、学園都市という枠組みの上に凝り固まっている。喝を入れるには良い頃合いだと思うのだ。まあ、容易にはゆかぬのだろうがな」

「権力の形は貴族という単語に縛られたものではありませね」

「うむ。仕方がないと言えばしかたのないことだがな」

 エディタ先生としんみり系トーク。

 たまにはこういう落ち着いた雰囲気も悪くない。

 なんて悦に浸っていると、不意に傍らより声が上がった。

「げっ、またアイツだっ! この前の黄色い貴族っ!」

 甲高い子供の声だった。どこかで聞いたことがある声だった。

 更に黄色い貴族呼ばわりとなれば、十中八九で自身を指しての話だろう。声の聞こえてきた方を振り返る。するとそこには見知った相手の姿が並ぶ。つい先日、学園内で迷子になった際、建物の一角に出会ったいじめっ子たちである。

 傍らには案の定というか、彼らに囲まれてイジメられっ子の姿もある。

 建物の柱の影となり、人目に付きにくい場所だった。

 どうやらイジメっ子三人組から先制捕捉されたもよう。エディタ先生とのお話に夢中で、あまり周りが見えていなかった。ゴッゴルちゃんという最強ボディーガードが一緒である点も気を緩ませるに一入だ。

「クソっ! い、行こうぜっ!」

 リーダー格のイケメンが吠える。

「だ、だなっ! もう見るものなんてないし!」

「さっさとレポート書いて、終わりにしようか!」

 これにデブ&ガリが応じる。

 以前のフィッツクラレンス的忠告が効いているのか、彼らはこちらの姿を発見すると同時、駆け足でフロアから逃げていった。去り際、ガリメガネが語ったところから察するに、学校から出されたレポート課題の資料集め的な来訪だろうか。

 駆け足でパタパタと駆けて行くその姿を鑑みるに、今日もまたツインテールっ子を囲って、あれこれ楽しんでいたのだろう。そういうことをするのならオジサンも混ぜなさいと口を酸っぱくしてお伝えしたい。しかも屋外、公共の施設でだなんて羨ましい。

 自然と後に残されたのは、イジメられっ子な少女である。

 ご褒美ロリータ。

「……知り合いか?」

 ちらり彼女を眺めたエディタ先生から尋ねられる。

「少しありまして」

 これに軽く答えて、歩みは自然といじめられっ子の下へ。

「またお会いしましたね。怪我などされてはいませんか?」

「っ……べ、べつに、そんなのしてないっ!」

 彼女の立つ場所は二面を壁に遮られており、これに陳列棚の類が幾らか並べば、良い物陰となっていた。苛めには絶好のロケーションだ。慌てて衣服を整える様子から、おう、少なからず弄くられていたのだろう。

 いい。すごくいい。

「それなら良かった。このような場所で騒いでいては大変です」

「私じゃないっ! ア、アイツらが勝手に絡んできたんだよっ!」

「ええ、私もそう思います」

 以前は逃げられてしまったけれど、本日は少しばかりお話できそうな予感。すぐ近くにエディタ先生の姿がある為だろう。ご褒美ロリータ本人より小さい先生の存在は、少なからず醤油顔のエマージェンシーレベルを下げて思える。

 ちなみにゴッゴルちゃんは気を利かせたつもりなのか他人の振りしてる。

 ポーションとか眺めてる。指でツンツンしてる。

「そ、それじゃあ私は……」

 それでも長くは付き合ってくれそうにない。

 少女は早々のこと、踵を返そうとする。

 これを童貞野郎は全力で待ったする。ここは待ったするべきシーンだ。

「このような素晴らしい施設が身近にあるというのは、更に教育の現場として日々活用されているとは、とても素晴らしいですね。レポートなどと耳にしましたが、学校の課題か何かですか?」

「……そうだけど、だったらなんだって言うんだよ?」

 訝しげな表情で見つめられた。

 完全に不審者を眺めるそれだ。

 エディタ先生が一緒じゃなかったら一発で通報余裕だったな。

「いえ、私は学園都市の人間ではないので、学生さんがどのような形で学業に臨んでいるのか、少しばかり授業内容が気になったのですよ。身分としては私もまた学生なのですが、学ぶ場所の違いがどれほどのものかと」

「……オッサンが学生? 歳幾つだよ?」

「今年で三十七ですが」

「なんだ、金持ちの道楽か……」

 やっぱりこちらの世界でも、高齢学生ってそういう扱いなのな。確かにその気持ち、分からないでもない。三十過ぎてイラストの専門学校に入学した中学時代の級友とか、同窓会でレジェンド打ち立ててた。

「ちゃんと働いてますよ。余剰資金の将来投資というやつです」

「モノは言いようってやつだよな」

「まあ、そういうふうに捉えられなくもないですけれど」

 しかし、このツインテールっ子の喋り方、いいよな。こっちへ来てからというもの、妙な語り口調の女の子ばっかりだから、日本標準的な感じが酷く新鮮に映る。縦ロールみたいな奇抜なのも大好きだけれど、たまには望郷を覚えるってやつさ。

 このオッサン、ちょーキモいんだけど、とか、お醤油の味と同じくらい郷愁ある。あぁ、思い起こすと無性にガングロ系の作品を鑑賞したくなってきた。ゴッゴルちゃんにお願いしたら、やってくれるだろうか。山姥仕様のゴッゴルちゃん見てみたい。

「そういう貴方は、こちらへどういった用件で?」

「……レポートがあるんだよ」

 おぉ、少女からトークの兆し。

 何事も努力してみるものだな。

「レポート? ポーション関係でしょうか?」

「こんな場所まで来てるんだから、そうに決まってるだろ?」

「なるほど」

「とは言っても、そう大したもんじゃないけど」

「そうなんですか?」

「ライフポーションの合成に関して、可能でも不可能でもいいから、どちらかの立場でその理由を説明しろっていう、なんか馬鹿みたいな内容のヤツだし」

「ライフポーションですか……」

 それはまたタイムリーな話題だな。

 しかしながら、エディタ先生から伺った内容を鑑みるに、少女の語ってみせたところは恐らく、ライフポーション開発の是非に関する判断を要求される課題ではなく、論理的な文章に慣れる為の理系作文って感じのレポートに思われる。

 彼女ほどの年頃から行うとあらば、なかなかレベルの高いカリキュラムじゃないか学園都市。想像したより進んでいる。少なくとも自分がちゃんと時間を掛けて学んだのは二十歳前後、学部生の頃である。

「私が作れる側に決めたら、アイツらは作れない側から寄ってたかって……」

 あれこれ考えていたところ、不意に少女の顔がくしゃり歪んだ。

 どうやら課題の内容以上に思うところがあるらしい。

「いずれにせよ苛めは関心しませんね。何か理由などあるのですか?」

「べ、別に理由なんてない! アイツらが悪いんだよ! アイツらが!」

「なるほど」

 まあ、苛めってそういうもんだよな。

 仮にあったとしても、見ず知らずの醤油顔に語るべくもない。

「っていうか、もうこれ以上、こ、声とか掛けるなよなっ!?」

 そして、トークの継続も僅か数分、少女はどこへとも走り去っていった。

 艶やかな黒髪のツインテールの背中に揺れる様子は、その未熟な制服姿と相まり、咄嗟、追いかけたくなる衝動を覚える。ひらひらと揺れるスカートの下、僅かに垣間見えた白へ、心の底からありがとうを送りたい。

 これを見送ったところで、ボソリ、エディタ先生からお声が掛かる。

「行かせてしまって良かったのか?」

「そこまで仲が良いという訳でもありませんので」

「そうか? なら良いが……」

 以降、同日は予定通り先生との学園都市巡りに過ぎていった。



◇◆◇



 翌日の出来事だった。

 打倒ハゲ。本格的に毛生え薬の研究を進めるべく、部外者でも入館可能な図書館の所在を確認しようと、一人自室を後とした際のことである。廊下を歩こと幾らばかりか過ぎたところで、向かう先、予期せず見知った相手と遭遇した。

 今まさに廊下の角を曲がり、姿を現した人影が四つばかり。

「あっ……」

「あらぁ? こんなところで会うなんて奇遇かしらぁ」

 一人の例外もなく面識がある。先頭を歩むのがピーちゃん。これに続く形でエステルちゃんと縦ロールの姿がある。更には彼女たちの後ろに続いてアレンとマゾ魔族まで一緒だから、これはどうしたことか。

 ピーちゃんは以前と変わらず、穏やかな笑みを浮かべ問うてくる。

「あ、タナカさん。どうされました?」

「いえ、どうされたというか、あの、ピーコックさん、そちらの方々は?」

 どうして金髪ロリータたちが学園都市に所在しているのか。

 ちょっとオジサン分からない。

 っていうか、魔王の対策会議に魔族が同席とか良いのかね? 人類的に限りになくアウトだと思う。それでも全く気づいた様子がないピーちゃんは、きっとキモロンゲが頭の角やら何やらを引っ込めて、人間のふりをしているからだろう。上手いこと化けたものだ。

 それとなく両者の間で視線を動かしたら、マゾ魔族に無言で睨まれた。

 大丈夫だよ。チクったりしないよ。

「もしかして、お知り合いでしたでしょうか?」

「ええまあ、そのようなものですが……」

「こちらプッシー共和国からいらっしゃった使者の方々となります」

「なるほど」

 内二名はプッシー共和国ではなくペニー帝国の人間である。更に内一名に関しては人間ですらない。色々と突っ込みどころ満載だ。もう二度と会うまいと別れて、僅か数日に再会するとは、思わず運命めいたものを感じてしまうぜ。

「どうして貴方がここにいるのかしら?」

 誰にも先んじて問うてきたのはエステルちゃんだ。

 ここ数週に渡り眺めてきたデレデレモードとは程遠い。ピンとつり上がった瞳が威力的な眼差しを向けてくれる。問い掛ける口調も、幾分か厳ついもので、心なしか嫌悪が混じって思える。頬の張りは緊張によるものだろう。

 心が痛いぜ。

「私はペニー帝国の使者としてこちらに参りました」

「……ふぅん」

 記憶喪失は相変わらずのようだ。

「ところでエリザベス様。どうして貴方とアレンさんが学園都市に……」

「幾らパパの知り合いとは言え、気軽に名前を呼ばないで欲しいわね。貴方は男爵で、私は公爵家の娘なのよ? 最低限の礼儀を弁えて貰いたいのだけれど。もしかして平民扱いしたことを未だ根に持っているのかしら?」

「これは申し訳ありません、フィッツクラレンス様」

「ふんっ……」

 プイとそっぽを剥いてしまう金髪ロリータ。

 まさに出会って当初の彼女である。

 再びロリビッチがツンデレの称号を得る日は来るのか。いいや、二度と訪れない方が、彼女にとっても、自分にとっても、良いことなのだとは理解している。いつぞやパパさんに語ってみせたところは、決して強がりなどではない。

 ただ、彼女たちの動向に関して情報収集は必要だ。

「アレンさん、もしよろしければ、後で事情を窺えませんか?」

「は、はい。分かりました」

「アレン? もしかして、この男と知り合いなの?」

「うん、そうだよ。エステル」

「……なによそれ」

 金髪ロリータの機嫌が急転直下である。

 ただ、これに構わずアレンは続けた。

「タナカさん、もしよろしければ後ではなく、今からでも少し……」

「よろしいのですか?」

「はい」

「ではすみませんが、よろしくお願いいたします」

「ちょ、ちょっとアレン、どういうつもりっ!? この私より、その男を優先するの!? 顔はやたらと平たいし、なんか肌は黄色いし、側頭部なんて、ほら、見てみなさいよっ! ハゲがあるじゃないの! そんな得体のしれない相手にどうしてっ!?」

 バレた。

 速攻でハゲがバレた。

 上手く隠したつもりだったのに。

 目敏すぎるぞロリビッチ。

 ピーちゃんとか目が泳いでるし。

「ごめん、エステル。どうしても僕は彼に用があるんだ。少しの間だけ席を外させて貰えないかな? ほんの少しだけでいいんだ。時間が欲しいんだ。代表の方へ挨拶をしている間だけで構わないから」

 なるほど、どうやら彼らはこれからブス教授の下へ向かう予定のよう。

 一昨日、自分たちが到着間際に遭遇したものと同じイベントの最中なのだろう。

「……後で事情は説明して貰うわよ?」

「当然さ」

 エステルちゃんに強く当たられても、醤油顔を優先してくれるイケメン。

 なんて良い奴だろう。

 これがイケメンの余裕というやつか。

 自分には絶対に不可能だ。

「それじゃあ、少しばかり失礼するね」

「ふんっ、勝手にすれば?」

「ありがとう。助かるよ、エステル」

 エステルちゃんの傍らを離れて、アレンがこちらに歩み寄ってきた。

「タナカさん、すみませんが一緒にお願いします」

「え、ええ。ですが本当によろしいのですか?」

「これからエステルたちは、学園都市の副代表の方へ挨拶に向かうそうです。一介の騎士に過ぎない僕が一緒でも、邪魔になるだけですよ。それよりもタナカさんには、どうしてもお伝えしたいことがありまして」

「そういうことならお願いします。私も確認したいことがありますので」

「はい。こちらへ」

 我々はエステルちゃんの下より逃れるよう場所を移した。



◇◆◇



 男二人で廊下を歩むことしばらく。角を幾つか曲がり、他に人気も少ない界隈まで移動したところで、我々は歩みを止めた。どちらからともなく向かい合い、現状の共有と相成った次第である。

「なるほど、そのようなことが……」

 アレンから伝えられた事柄は、非常にエステルちゃんらしい経緯だった。

 ことの発端はエステルちゃんのパパがアレンの存在を知っていると、エステルちゃん本人が気付いたことにあるらしい。今更既に周知の事実なのだが、このままではイケメンの命が危ういと考えた記憶喪失娘の判断と行動は、非常に迅速であったそう。

 幸か不幸か、時を同じくして、縦ロールからエステルちゃんに外出の連絡が入ったのだという。理由は自分と同様、学園都市で行われる会合へ参加する為である。城を失い碌に領地も経営できていない暇な彼女へ、本国から与えられたミッションだそうな。

 相変わらず捕虜らしからぬフリーダムさを発揮する縦ロールの自由気ままな行い。これに相乗りする形で、愛の逃避行は実現されたのだった。

 記憶を失ったエステルちゃん的には、捕虜云々など知らぬ話だろうが、まあ、足さえ手に入ればなんでも良かったのだろうとは想像に難くない。

「すみません、僕がもっと強く出たら良かったのですが」

「アレンさんが謝る必要はありませんよ。エステルさんの行動力は大したものですが、それでもリチャードさんは父親なのですから、少しは気をつけて貰いたいものですね。娘の性格であれば、十分に理解しているでしょうに」

「い、いえ。それにフィッツクラレンス公爵は決して僕に当たることはなく……」

「安心して下さい。私の方からも国へ戻り次第に根回しをしておきます」

 ちょっと出来過ぎた話だ。

 仮に縦ロールからの連絡が本当だったとしても、アレンがエステルちゃんに同行するのは甚だ不自然である。一人ならまだ分かる。けれど、わざわざ今このタイミングでエステルちゃんと共に訪れた理由はなんだろう。

 ちなみにアレンはエステルちゃんの記憶喪失を知っていた。

 リチャードさんから連絡を受けたのだそうだ。脅迫とも言う。

 故にこれ、アレンとしては完全に命がけである。

 もしもパパさんに知れたら、間違いなく殺される。きっと本人だって理解している筈だ。一方で現在のゾッコンラブモードのエステルちゃんだったら、言葉の運びで幾らでも思い止まらせることはできたろう。パパさんとの関係を素直に伝える限りでも良い。

 少なくとも命が惜しいなら、大人しくしているべきだった。フィッツクラレンス家のパワーを知るアレンなら、まさか愛の逃避行などとリスクを取ることは甚だ疑問である。現状ではゾフィーちゃんのパパと復縁するのが正しいルートであり、きっと正解だ。

 二人の為にも、今本人が語ってみせたところ、強く出るべきだった。

 一年も切磋琢磨すれば、リチャードさんもこのイケメンの良さに気づくだろう。元々そういうルートで進んでいたのだから、少し考えれば気づきそうなものである。目の前のイケメンが、そこまで愚かだとは思わない。

 死んでも良いから直ちにセックスしたいと主張されれば、それまでなのだが。

 いかん、最後のが一番説得力ある気がしてきた。ヤリチン的に考えて。

「本当にすみません。このようなタナカさんに縋るような形になってしまい」

「エステルさんが一緒であれば、これも仕方がないことですよ。それに彼女の奇行に振り回されるのは、アレンさんほどではありませんが、私も幾らか慣れていますしね。この程度は如何様にでも対応できます」

「……すみません」

 流石に気になる。アレンがやって来た理由。

 ただ、素直に確認することは憚られて、さて、どうしたものか。

 男女のアレやソレって、ちょっと尋ねにくいものじゃんね。

 適当に情報共有を継続して、距離感を掴んでいこうか。

「ところでアレンさん、エステルさんはドリスさんとは上手くやっていらっしゃいますか? 恐らく彼女との一件に関しても、エステルさんの記憶からは失われていると思うのですけれど」

「あ、はい。その点に関しては大丈夫そうです。以前からドリスさまとエステルは交友があったそうで、細かいことを気にしない性格が幸いしたみたいですね。あと、ドリスさまにも事情はお伝えしていまして、あれこれと気遣って下さっています」

「なるほど、そうだったのですね」

 あの縦ロールが他人に気遣いを見せるだなんて、本当だろうか。

 ちょっと想像できないな。

 喜々としてイジり始めそうな気がするのだけれど。

「タナカさんもドリスさまと同じく、会合に参加するのですか?」

「ええ、ペニー帝国の代表として参りました」

「なるほど、そうだったのですね。お一人ですか?」

「いいえ、他に二人ほど一緒ですね」

「そういうことであれば、後でご挨拶に向かわせて頂きます」

「いえいえいえ、そこまで気を使って頂かなくとも結構ですよ」

 それは駄目、絶対に駄目。

 エディタ先生とゴッゴルちゃんまでアレンに寝取られてしまったら、もう生きていけない。挫けてしまう。心がポキンと、小気味良い音を立てて折れてしまう。それだけは、それだけは避けなければ。

 強く感じたところで、今後の方針が決定だ。

 アレンとエステルちゃんとは極力距離を取るよう立ち回るべきである。可能であれば、以降は接点ゼロで過ごしてゆきたい。そして、会合が終わり次第、速攻でペニー帝国に帰国させて頂く算段だ。

 このイケメンは良いイケメンだが、それはそれ、これはこれ。

 ヤツの下半身はロリゴンの腹パン級に危険な代物だ。

「色々と情報をありがとうございます、アレンさん」

「そんなとんでもない。こちらこそ迷惑ばかり、本当に申し訳ありません」

 粛々と頭を下げて応じるアレン。

「しかし、今日のエステルさんは殊更に機嫌が悪そうでしたね」

「あ、いえ、それはその……」

「やはり、リチャードさんとは喧嘩別れになったのでしょうか?」

「喧嘩別れには違いないのですが、原因はそれと違います」

「となると船酔いですかね」

 以前もゲロゲロやってた。

「こういうことをタナカさんにお伝えするのは心苦しいのですが、なんでもエステルは自室で日記のようなもの数冊ばかり見つけたらしいのです。その内容が今の彼女にとっては、受け入れることが難しいものであったようで……」

「日記?」

「タナカさんとの関係について、出会いから始まり、以降の交流が凄まじい量の文章で綴られていたそうです。記された大半は彼女の記憶には存在しない、失われてしまった記録ばかりとなりますから、きっと混乱しているのだと思います」

「それはまた……」

 もしかしてあれか、いつぞや本を書き始めたエディタ先生に対抗して、私も書くわと語っていた全五十巻だという一大叙述詩。まさか本当に書き進めているとは思わなかった。しかも、既に数冊とか普通に凄い。

 でもさ、そういうアイテムは普通、記憶を取り戻すタイプの効果があると思うんだ。むしろ逆方向に働くって、ブサメンの業深すぎるだろ。アンデット系モンスターにヒールを撃つとダメージ通るタイプの仕様じゃん。

「なんかもう、ご迷惑ばかりおかけして、本当にすみません」

「い、いえっ、タナカさんが謝罪することはありませんよ!」

 ただまあ、納得と言えば納得だろうか。

 現在のエステルちゃんが、そのような代物を目の当たりとしたのなら、醤油顔に対する反感は急上昇だろう。見ず知らずのキモい中年野郎に対する愛のポエムが、自らの筆跡に並んでいたら、それはもう恐怖以外の何者でもない。

 そのストレスは他者が想像する以上に大きなものだろう。

 自分が当事者だったら、きっと泣くわ。殊更にハゲるわ。

「まさか本当に書いているとは思いませんでした」

「……エステルは本気でしたよ、タナカさん」

「そうかもしれませんね。ですが、それも全ては過去の出来事です」

「タナカさんにとってはそうかもしれません。ですが、僕は今の状況を決して好ましく思ってはいません。そして、タナカさんにとっても、エステルにとっても、きっと好ましくない状況だと思います」

 酷く真面目な表情で語り掛けてくるアレン。

 その台詞を耳として、ピンときた。

 なるほど、相変わらず清々しいまでに性根の真っ直ぐなイケメンである。仮にエステルちゃんと縒りを戻すにしても、記憶喪失をなんとかした上で、正々堂々と真正面から寝取らないと気が済まないのだろう。

 思ったよりあっさりと先程の疑問が解決だ。

 縦ロールからの連絡は、アレンとしても渡りに船であったんだろう。多分、こちらが学園都市に向かったことを、このイケメンはゾフィーちゃんあたりから聞いていたのだろうな。そう考えるとアレンがエステルちゃんと共にやって来たのも納得が行く。

 しかしまあ、それだけの為にパパさんを敵に回して、学園都市まで乗り込んでくるとは、相変わらず格好の良い男である。同時にエステルちゃんのことが本当に好きなのだとも理解できる。紳士というのはこういうヤツのことを言うのだろう。

 でもね、そんなことされたら、脆弱な童貞の心は簡単に滅んでしまうのさ。だから醤油顔のことなど気にせず、好きなようにズコパコしてくれて良いと思う。君はもっと下半身に素直な人物であった筈だ。

 といういことで、今の勝ち逃げ的な状況こそ中年野郎としてはウェルカムである。膜を切らせて心を断つというヤツだ。まさか相手のペースに乗る訳にはいかない。非モテ野郎は早々に別れの言葉を切り出させて頂きたく候。

「叶うことなら僕は、タナカさんとは常にフェアで……」

「アレンさん、すみませんが実はこの後、他に急ぎの用事がありまして」

 何事か言いかけたイケメンの言葉を遮るようお伝え。

 人の良いアレンはこれに抗う術を持たない。

「そ、そうだったのですね。呼び止めてしまいすみませんっ」

 慌てた調子で幾度目とも知れないお辞儀姿を晒すイケメン。

 その姿に多少ばかり胸を痛めつつも、ここは心を鬼にしてアディオス。

「いえいえ、それでは私はこれで、失礼させていただきますね」

「はい。お付き合いくださり、ありがとうございました」

 アレンが頷くのを確認して、醤油顔は逃げるよう同所を後とした。

 当初予定した図書館行きは却下である。マゾ魔族の存在を確認してしまった都合、まさかゴッゴルちゃんの傍らを離れる訳にはいかない。万が一、ヤツと彼女が自分という緩衝材を挟まずに出会ってしまったのなら、とても大変なことになる。

 ドラゴンシティならまだしも、ここは学園都市、完全なアウェイである。状況によっては人外大戦争を発端として国際問題に至りかねない。リチャードさんや王様に迷惑を掛ける訳にはいかないのだ。

 その事実をお伝えする為、急ぎ足で自室へと戻った。



◇◆◇



 部屋には変わらずゴッゴルちゃんとエディタ先生の姿があった。

 ベッドの上でゴロゴロしているゴッゴルちゃん。出入り口付近からでは、斜め四十五度の角度で下半身を窺える。パンツが見えそうで見えないギリギリのラインで、チラリ、チラリ、健康的な褐色太ももが楽しめる。

 先生が例のカミングアウト以後、一向にパンチラしてくれない都合、今は褐色ロリータが唯一のパンチラ補給源。する理由がなくなったと言えば、そのとおり。それともやっぱり、ハゲが良くないのか。きっと気づかれてるよな、側頭部の薄いところ。

 エステルちゃんだって、一発で気付いていたし。

 あぁ、そんな気がするぞ。

 早く何とかしないと。

 ところで、ゴッゴルちゃんが右へ左へ寝転がるに応じて、褐色肌がシーツに擦れてゆく。濃厚に擦れてゆく。きっと良い感じでゴッゴル臭がシーツに付着してくれることだろう。今晩の睡眠が今から楽しみでならない。早く夜にならないかな。

「……説明、しないの?」

「え、ええ、そうですね」

 こちらの心を読んだゴッゴルちゃんからの催促。

 ハゲ野郎は促されるままに事情をお二人へご説明である。縦ロールがマゾ魔族と共にやって来ていること。これに同行する形でエステルちゃんとアレンもまた、同所で当面を過ごす予定であること。

「分かった」

「ご理解ありがとうございます」

 こういったとき、やはりゴッゴルちゃんは都合が良い。リアルタイム読心により、全てを早急にご理解して下さる。粛々と頷いて見せる立ち振舞も、随分と様になっている。ビバクールッ子

 一方、一連のやり取りを受けて、疑問の声を上げたのがエディタ先生だ。

「あの貴族が来ているのか? そういうことなら挨拶に向かおう」

 思い起こせばエステルちゃんとは面識がある先生だ。いつぞやは魔道貴族主催の学技会で、その席を共にした経験もあるのだとか。ソフィアちゃん曰く、それなりに友好的な間柄らしい。コミュ症な先生らしからぬアクティブな提案はこれを裏付けて余りある。

 しかしながら、そう容易に事は運ばない。

 マゾ魔族の存在に引き続き、エステルちゃんの記憶喪失も改めてお伝えだ。

 面倒なところは省略して、彼女の置かれた状況を端的に先生へお伝えする。

「なるほど、そのようなことがあったのか……」

「はい」

 ちなみに残念ながら、先生はゴロゴロしていない。代わりにソファーへ腰掛けており、原稿のチェックなどしている。何の原稿かと言えば、つい数日前に拝読させて頂いた著作の原稿である。旅先で完成させてしまおうという腹づもりなのだろう。

「しかし、私のことも覚えていないのか……」

「どうやら過去の一定期間に及び、一切合財を忘れてしまったようです」

「そうなのか……」

 残念そうな表情となる先生。

 少なからずエステルちゃんに友情めいたものを感じていたのかもしれない。

「だ、だが、ところで、そうなると貴様はどうするのだ?」

「というと?」

「その、なんだ? こうして私などと共に、無駄に時間を過ごしていて良いのか? 如何に記憶喪失とは言え、打つ手がない訳でもないだろう。もしも貴様が望むのであれば、私も力となることに吝かではないのだが……」

 醤油顔のロリビッチに対する執着を語っているのだろうか。

 であれば、答えはノーだ。

「それは誰も幸せになりませんので、私の方で辞退させて頂きました」

「……どういうことだ?」

「彼女はアレンさんと共にあるのが、一番に幸せなのです」

 アレンの気持ちはさておいて、今回の一件で彼と彼女の事情は非常に綺麗な形で整理された。あとはイケメンが根性を見せれば、きっとリチャードさんも納得する筈さ。ゾフィーちゃんのパパもバックアップしてくれることだろう。

 たしかに下半身はヤンチャ極まりない男だが、性格は極めて良いし、実力も若くして騎士団の副隊長とやらを務めるほど。部下からの信頼も厚い。なにより頗る優れた外見は、同性から見ても非の打ち所のないイケメンである。

「……貴様はそれでいいのか?」

「ええ」

「あれだけ努力したのにか? あの娘の為に、随分と苦労したのだろう?」

「努力や苦労に意味はありません。少なくとも自身の外側に対しては」

 大切なのは自己満足さ。

 そういうことにしておいて下さいよ。

 ここいらでエステルちゃん離れしておかないと、後で辛いことになりそうだ。良い機会と言えば、良い機会なのである。当初より、いつかはと想定していたところが、今まさに訪れただけのことだ。

「まあ、他の誰でもない貴様自身が良いのであれば、強くは言わないが……」

「ありがとうございます」

 呟いて、再びソファーに腰を落ち着けるエディタ先生。渋い表情は納得とは程遠い。しかしながら、一連の騒動は自分とエステルちゃんの問題である。中身が大人な先生は、それ以上を突っ込んでくることはなかった。

「だがしかし、き、貴様は……あの者を好いていたのでは、なかったのか?」

「私がエステルさんをですか?」

「そ、そうだ。いつも一緒だったではないか」

「いいえ、別にそのようなことはありません。人としては尊敬していますが」

「え、そ、そうなのか? 本当に? 嘘じゃないだろうな?」

「ええ、そうですよ」

 ということで、こちらの意識は再びベッドの側へ。

 無論、ゴッゴルちゃんのパンチラを狙って切磋琢磨である。

 先生と比較して難易度が高いのだ。

 だが、挑むだけの価値がある。

「流石に緊張したので、少しばかり横にならせて頂きますね」

 適当を呟いたところで、彼女がゴロゴロするベッドの傍ら、その縁に腰を下ろす。それとなく伸びなど繰り返しながら、ゆっくりと、けれど確実に、対象との距離を詰めてゆく。そして、ナチュラル気取ってシーツに背を転がす。

 クイーンサイズほどの大きさに作られたベッドだから、ゴッゴルちゃんがゴロゴロしてても、他に人が一人二人くらい横となるスペースはある。これを上手いこと利用して、褐色ロリータの下半身を視界の隅に納める作戦だ。

 枕に対してまっすぐに転がるゴッゴルちゃん。

 これが成熟した竹であるならば、脇へ転がった自分は筍だ。

 竹のすぐとなりに生えた筍だ。

 足はベッドの縁から床に下ろしたまま、背中から上だけをシーツの上に乗せる形で、ベッドへ横になる。都合、こちらの頭部の位置が、ゴッゴルちゃんの腰のあたりという、空前絶後のアイポジショニング。

 ちらり、目玉だけを動かして横の様子を伺うと、数十センチ先に眺めたるは、民族衣装なミニスカートから伸びる健康的な太もも。やばい、想像した以上に魅力的で、思わず真横にゴロリしそうになった。

 すぐ触れられる位置にあるゴッゴルちゃんの褐色太もも魅惑の果実。エステルちゃんとのトークで傷ついた心が凄まじい勢いで修復されてゆくのを感じる。このまま褐色太ももで、アジアン頭部を絡めとっては貰えないだろうか。ギュって。ギュって。

 などと妄想を開始して間もない頃合の出来事である。

「おっと……」

 部屋にエディタ先生の声が響いた。

 同時にバサリ、なにやら物の落ちる音が聞こえた。今の今まで原稿のチェックを行っていた点を鑑みるに、おそらくは原稿を手元から滑らせてしまったのだろう。ちょっと面倒くさそうな音だろうか。ページ番号を確認して元に戻すの大変そうだなぁ、みたいな。

「すまないが、そちらへ原稿が飛んでしまった。取って貰えないか?」

 くっ、もう少し褐色太ももを堪能したかった。

 だけれども致し方なし。

 先生のピンチをお救いするのは自らの義務である。

 早々に身を起こす。

「……こちらですか?」

 金髪ロリムチムチ先生の言葉通り、ベッド脇には一枚、滑りに滑り飛んできた原稿が落ちていた。また、他にも幾枚か、彼女の足元には紙面が散らばってしまっている。想像したとおり、原稿を滑らせてしまったらしい。

 さっさと回収してゴッゴルちゃんの太もも鑑賞に戻ろう。

 などと考えたところだ、不意にロリムチな下半身に動きがあった。

 足元に落ちた原稿を拾い上げるべく身体が動く。応じて、その太ももが大きく左右に広がった。それはもうガバッという擬音が相応しいほどの勢いである。そして、先生は股を開いたまま、一枚、また一枚と手を伸ばして、原稿を回収してゆく。

 都合、今の今まで固く閉じられていた先生の太ももが、ソファーに腰掛けた姿勢でフルオープンである。オパンツが丸見えである。パンモロ警報発令。パンモロ警報発令。安定の黒。ローレグ。その中央に寄った縦シワの細部に至るまで鮮明に確認できる

 首都カリス行きの馬車で閉店したパンチラ屋さんが、今、営業再開である。

 お豆の膨らみまで生地越しに窺えるぞ。少し大きめ。

 先生は少し大きめ。

 先生は少し大きめ。

 ソファーテーブルの向こう側で、組むことすら忘れた足は、先生の恥ずかしいところをなんら隠すことなく大開脚。太ももの内側の、なんかこう、筋肉が段差になっているところまで見えちゃってる。そこ大好き。名前知らないけど、そこ大好き。

「どうぞ、こちらですよね……」

「う、うむ! 助かった」

 平静を装い、拾い上げた紙面を手渡す。

 応じるエディタ先生の開かれた足は、以後も変わらず開かれたまま。尚且つ、落し物を届けるべく歩み寄った自分に対して、蒼い色の大きな瞳がクリクリと動いたかと思えば、ジィと見つめてくる。両者の位置の関係上、上目遣いというやつだ。

「……一つ、た、頼みたいことがある」

「え? あ、はい。なんでしょうか」」

 思わずガン見してしまったではないか。

 危ういところで視線を相手のアイラインに移す。

 まさか気づかれてはいけない。

「製本をしたい。施設を借りたいので、貴様の顔を貸してくれないか?」

「なるほど、この暇な時間を利用しない手はありませんね」

「そ、そういうことだ」

 首都カリスでは碌に滞在する暇もなく、学園都市に向けて出発となった。先生も本をどうこうしている時間がなかったのだろう。原稿を持ち込んでいた点からも、いつか適当なタイミングで始めるのだろうなとは想定していた。

「そういうことならピーコックさんに窺ってみましょう」

 顔を貸すくらいパンチラなど要せずとも気持良く応じるというのに、わざわざ見せてくれる先生は良い人だ。この大盤振る舞い、思わず一生ついて行きたくなってしまう。やはりパンチラならエディタ先生である。安心と信頼のブランドだ。

 しかも落し物を拾う為に仕方なく、というロールプレイが最高。

 落し物を拾う為なら、パンチラしてしまっても仕方がないよな。

 あぁ、仕方がない。

「そうして貰えると助かる」

「私も早く形になった本を見たいので、今からでも行きましょうか」

「い、いいのか? なにやら疲れていたように思えたのだが……」

「大したことではありません。エディタさんとの用事の方が遥かに大切です」

 ゴッゴルちゃんの場合だと、肌が黒いから奥のほうがシャドーっててよく見えないんだよな。思えば一度も生地を拝んだ覚えがない。ここ数日は一日の大半を一緒に過ごしているので、際どい角度から覗き見る機会も、結構な頻度であったのだけれど。

 その点、先生はホワイトロリータ且つ下着ブラック率高めで完璧である。

「そ、そうなのか!? そういうことなら、た、頼むとしようかなっ!」

「はい」

 大きく頷かせて頂く。

 すると、どこからともなく視線が。

 ここ最近で妙に慣れて思える感覚だろうか。それとなく視線を向ければ、いつの間にやら上体を起こして、シーツの上、座り込んではこちらを見つめる褐色ロリータの姿がある。健康的な太ももがミニスカートの裾から先、露出して女の子座り。

「……ロコロコさんも一緒に行きますか?」

「いく」

「分かりました。では、三人で向かいましょう」

 即答だった。

 この寂しがり屋さんめ。



◇◆◇



 ピーちゃんにお願いしたところ、存外簡単に製本施設を借りることができた。

 場所は同じ中央に所在する棟の一角である。そこでは戦前の紡績工場を思わせる光景が広がっていた。初めて見る機械式、もしくは世にも不思議な魔法式だろう印刷機。これを操作するオペレーターが一列に並び、次々と本を為してゆく様子は圧巻である。

 伊達に研究施設を謳っていない。

 魔道貴族あたりが見たら喜びそうな光景だ。

 ただ、流石にそこまでの施設はオーバースペックである。必要部数が多くないことをお伝えしたところ、それではこちらへどうぞと、別のスペースを紹介して頂いた。扉を幾つか越えた先、二十畳ほど、いわゆる印刷室的な空間だった。

 自分たちの他に手差しで本を作る学生や教員の姿がチラホラと窺える。小数部を個人的に作成する場所なのだろう。本に限らずチラシの類を印刷する人の姿もちらほらと。道具は一通り揃っているようで、なかなか使い勝手は良さそうだ。

「む? タナカ男爵か?」

「え?」

 急に名前を呼ばれた。

 慌てて振り向いた先、そこには副代表の姿があった。

「これはこれは、どうもお世話になっております。ブス教授」

「このような場所にどうした?」

「どうしても急ぎで纏めてしまいたい本がありまして、少し場所をお借りできないかとピーコックさんにご相談させていただいたところ、こちらを紹介して頂きました」

「本? 男爵は本を書くのか?」

「いいえ、こちらの彼女の著作となります」

 それとなくエディタ先生をご紹介。

「エディタという。勝手な申し出をすまないが、少しばかりこちらの施設を借りることはできないだろうか? 紙を刷るつもりはない。本としてまとめる程度だ」

「その程度であれば、幾ら使っても構わないが……」

「そうか、とても助かる」

 エディタ先生の表情に笑みが浮かぶ。

 そんな彼女の顔を眺めて、ポツリ、ブス教授が呟いた。

「……ところで、私とどこかで会ったことが?」

「な、ないっ!」

「そうか。妙なことを聞いた。すまない」

「いや、か、構わない。他人の空似というやつだろう。よくあることだ」

 つい数日前にも同じようなやり取りを見たぞ。

 もしかして、ブス教授もナンパか? いい年してエディタ先生みたいな、ムチムチのロリータが好きなのか? 俺は大好きだ。いい年してエディタ先生みたいな、ムチムチのロリータが大好きだ。

 しかし、学園都市はロリコンが多いな。まったく油断も隙もない。

「もしよければ、読ませて貰っても良いか?」

「あぁ、構わない。その間に施設の使い方を教えてもらうとしよう」

 エディタ先生の呟きに応じて、ブス教授からピーちゃんに指示が飛んだ。

「ピーコック、客人に施設の紹介を」

「は、はいっ!」

 ピシっと背筋を正してピーちゃん、我々に向かい一歩前へ。

「こちらになります。一通りご説明させて頂きます!」

 ブス教授の命に従い、以後はピーちゃんがあれこれと世話を焼いてくれた。必要な道具はどこにあるだとか、この道具はどうやって使うだとか、資材はこちらにあるものを利用して下さいだとか、微に入り細に入り丁寧に教えてくれた。

 一頻りを確認したところで、いざ作業へ移るべく、ブス教授のもとに原稿を取りに向かう。随分と熱心と読んでいるようで、当初はペラペラと軽い調子に紙面をめくっていた彼だが、今は一字一句を丁寧に追いかけて思える。

 やがて、我々が傍らまで歩み寄ったところで、彼は反応を見せた。

「すまないが、これは本当に貴方が書いたのか?」

 エディタ先生をジッと見つめては問うてくる。

「いや、私とこの男との共著だ。そう示してあるだろう?」

 表紙を視線に指し示して語る金髪ロリムチムチ先生。

 そこには少し恥ずかしいタイトルと共に、二人の名前が仲良く並んでいる。

 先生の隣、かなり嬉しい。

「タナカ男爵がファーストオーサーなのか?」

「より重要な気付きを得たのは、私ではなくこちらの男だ。私はそれを書籍として説明したに過ぎない。そういった意味では、その書籍での私に対する比重は大して重いものではない。名前が並んでいるのは、この男の好意からだ」

「そうは言っても、エディタさんが書かねば私は本になどしませんでしたよ。そういった意味では、エディタさんこそが著者であると考えております。あまり細かいことにはこだわらず、以前お話したとおり共著と仰って頂けるとありがたいです」

「う、うむ……」

 そもそも先生がいなければ、本にするという発想がなかった。個人的には彼女こそファーストオーサーに相応しいと思う。ただ、こちらは素直にお伝えしても、プライドの高い金髪ロリムチムチさんは、決して首を縦に振らなかったけれど。

「なるほど? そういった意味では本としての質も大したものだ」

「そうか? ま、まあ、そう言われると、決して悪い気はしないな……」

 素直に照れているエディタ先生かわいい。

 珍しい光景だ。

 そんな彼女を眺めて、ブス教授は続ける。

「これは提案なのだが、この本の内容で講演を行ってはみないか?」

「こ、講演?」

「場所は中央の講堂を提供させて貰う。例の会合までも、まだ時間的には余裕がある。暇をしているようであれば、是非、ここの者たちにタナカ男爵とエディタ女史、二人の知識を教示して頂きたい」

 これは想定外のご提案である。

「無論、この書籍の存在が公のものであれば、ではあるが」

「いや、こ、講演とは言っても……」

 エディタ先生が困った様子でこちらを見つめてくる。ジッと見上げてくる。ただ、その顔には困惑の他に、少なからず好奇心のようなものが見て取れる。きっと、興味は十分にあるのだろう。

 それなら自分はこれを否定することもない。

「私はエディタさんの判断に従いますよ」

「わ、わたしか?」

「ええ、どうしますか? 私はどちらでも構いません」

「だが……」

「もちろん、やるのであればお手伝いはいたします」

「…………」

 少しばかりを頷いて考え始める先生。

 ややあって、再び上げられた顔が真正面、ブス教授を見つめる。

「分かった。その提案、受けさせて貰おうか」

「そういって貰えると助かる。とても良い刺激になるだろう」

 これに頷くブス教授は、平素からの仏頂面に幾らかの笑みが混じって思える。

 なかなか機嫌が良さそうじゃないの。

 どうやら気遣いの類ではなく、本当に本の内容を気に入ってくれたようだ。多少を話した程度ではあるが、自らの主戦場でこの手のおべっかを使うような人ではないと思う。その点、自分もまた素直に嬉しいな。

 先生の名前が世間に売れるのは良いことだ。

 ただ、不安がないと言えば嘘になる。この金髪ロリータさんコミュ症だし。

「後ほど打ち合わせを行おう。夜にでも部屋へ使いを向ける」

「分かった。待っていようっ!」

 自信満々に頷いてみせるけれど、大丈夫だろうか。

「うむ。では私は他に用事があるので、これで失礼する」

 必要なところを語ると、スタスタ、早歩きで去ってゆくブス教授。

 副代表という肩書にふさわしく、忙しい身の上にありそうだ。それでもこうして常に他所へアンテナを張り巡らせるだけの余裕は、一つ上の層に立つシニア研究者といった気配を存分に感じさせる。同じく責任ある立場に移った身の上として非常に憧れる。

 自分も努力しなければって気分になるじゃんね。

「よ、よしっ! それじゃあ早速だが本を作るか!」

「はい、お手伝いできることがあれば、なんでも申し付けて下さい」

 そんなこんなで、少しばかり想定外のイベントに見舞われるも、先生との製本作業は順調に進んでいった。作業自体は大した手間が掛かるものでもなく、凡そ夕食の支度をする程度の時間に終えられて、我々の手元には一冊の書籍が出来上がった。

 たった一冊。

 されど一冊。

 思い返せば本を作るなど、生まれて初めてのことである。

 想像した以上に達成感だろうか。

 先生が何かにつけて本を書かれる理由、少なからず理解である。
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