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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

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学園都市 一

活動報告を更新しました。

 空の旅は極めて順調に進んだ。

 いつぞやのようにワイバーンの群れからアタックされることもなく、道半ばで飛空艇が墜落することもなく、リア充のラブコメに晒されることもなく、お空に浮かんだ船は目的地を目指して飛んでゆく。

 船長に確認したところ、行程は片道三、四日程度だという。

 この調子ならば道中は安心だろうと考え始めた頃合のことだった。

 それは起こった。

「空賊、ですか?」

「ええ……」

 自室でゴッゴルちゃんとお話をしながらゴロゴロしていたところ、船長さんから相談を受けた。年の頃は四十代中頃ほどだろうか。オールバックになでつけた金髪が印象的なナイスミドル系の中年イケメンである。

 その表情は酷く深刻そうで、傍目にも一大事であることが窺えた。海でエンカウントするのが海賊である一方、空でエンカウントするのは空賊というらしい。そうした手合いが、今、我々の後方から付いてきているのだという。

「飛空艇というのは、そう沢山飛んでいるものなのですか?」

「如何せん高価なものですから、海に浮かぶ船ほどの数はありません」

「よく成り立ちますね。相手も船を持っていることが前提でしょうに」

「それでも一隻あたりの揚がりが大きいからでしょう」

「なるほど」

 まあ、ファイアボールの一発も飛ばせば追い払えるだろう。

 もしかしてこれも、ここ最近の低LUCによる影響だったりするのだろうか。

 そう考えるとちょっと怖い。

「旦那様からはタナカ男爵は腕の立つ魔法使い様であらせられるとお伺いしております。大変に恐縮ではありますが、そ、その、面倒を見て頂けませんでしょうか……」

「甲板に出れば確認できますかね?」

「は、はいっ! やって頂けますでしょうかっ!?」

「この船はリチャードさんからの借り物ですからね。傷を付ける訳にはいきません」

「ありがとうございます!」

 ゴッゴルちゃんをベッドの上に残して、船長さんと共に船室から外へ。

 事後の女を部屋に放置して仕事に出る男っぽい感じが最高にダンディじゃんね。

 まるでヤれてないけどさ。



◇◆◇



 外に出てみると、確かに後ろへ続く飛空艇が確認できた。

「そう大したサイズではありませんね」

「飛空艇の建造はサイズに比例して額が著しく上昇します。その中でも特に浮遊力の源となる魔石の調達が大きな課題です。近い将来には人工的に合成が可能となる、といった話もありますが、ここ数十年くらいは進展がありません」

「なるほど」

 何気ないコメントが、かなり勉強になった。

 大きい魔石は非常に貴重、と。

「……あの、それで、い、いかがでしょうか?」

「そうですね……」

 ドラゴン退治の足として魔導貴族が引っ張ってきた船と比較しても一回り小さい。完全に飛ぶことだけを目的として思える。あまり長い距離を運行することは考えられていないのだろう。まさに空賊向けと言える。

「専任の魔法使いが守りに付いてはいるのですが、いかんせん相手側の魔法使いが強力な使い手でして、あまり長くは持たないとの報告が上げられております。そこをタナカ男爵にご対応して頂けたらと……」

「分かりました」

 さくっとファイアボールしてしまおう。

 ドラゴンよりは簡単に沈んでくれる気がする。注意すべきは落下した先であるけれど、今現在、我々が進んでいるのは人気も皆無の荒野である。どこへ落ちたところで、そう大した被害はないだろう。

 いやまてよ、それほど貴重な魔石ならば、逆にこっちからアタック掛けて、ゲットするというのはどうだろう。相手は不埒者ということだし、別に戦利品の一つや二つ、火事場泥棒したところで問題はないだろう。

 いやむしろ正当な報酬というやつだ。

 なんて考えていたところ、不意に問題の後続船から声が届けられた。

「そこの飛空艇! 墜ちたくなければ今すぐに止まれっ! こちらにはSランク冒険者が搭乗している。今までの攻撃は牽制だ。止まらないというのであれば、一撃の下に撃墜する用意がある!」

 船首に男が立っている。

 三角帽に襟付きの白シャツ、裾長の外套、右目に黒の眼帯、頬には十字の大きな傷という、全力でパイレーツ系のそれとを思わせる出で立ちをしている。まさかと思い腕の先を確認すれば、右腕の肘から先がフックである。

 年の頃は二十代中頃ほどだろうか。肩に掛かる長髪とは対照的、綺麗にヒゲの剃り上げられた顎が若々しさを際立たせる。そして、あぁ、遠目にも見紛うことのないイケメン。マジでフックな野郎だぜ。最高に格好いいじゃんもう。

「割と狙ってくるものなのでしょうか?」

 我々が搭乗しているのは、それなりに値の張る貴族仕様の飛空艇である。空賊も無事なままゲットしたいのだろう。壊してしまうのは勿体無いという心意気が、今し方の警告からも窺える。

「これは私の経験からですが、墜落しても魔石は無事なケースが多いですので……」

「なるほど」

 どうやら最終的には撃ってくるみたいだ。

 そういうことなら船が傷つかないうちに終わらせよう。

 また逆を言えば、こちらも相手を落としてしまったところで、価値のある部位はゲット可能ということである。これは良い手土産ができた。換金の後、家財の類に変えてドラゴンシティに持ち込んだのなら、町長も喜んでくれることだろう。

 やる気が湧いてきた。

「こちらの言葉が聞こえていないのか!? 今すぐに止まれっ! 止まれば命だけは助けてやろう。だが、止まらないというのであれば、その船とともに乗組員は全員、空に散ることとなるだろう!」

 空賊は依然としてああだこうだと喚いている。

 相手は犯罪者だし構うことはない。ええい、やってしまえ。

 数歩ばかり歩みを進めたところでレッツ魔法。

「ファイアボール!」

 軽い気持ちで一撃を放った。

 直径十メートルほど、少し大きめ。

 するとまあ、どうしたことか。

「旋回っ! 面舵を切れっ!」

 真正面から直撃を狙って放ったファイアボール。船首を目掛けて突き進んだそれは、急遽、船体を揺らした敵機の脇をギリギリのところで通り過ぎていった。どうやら交わされてしまったようだ。与えた損害は、側面を多少ばかり焦がした程度である。

 なんだよ、やるじゃないか。

「そんなまさかっ! あの機体であそこまでの旋回をっ……」

 隣で船長さんも驚いている。

 どうやら大したテクであるよう。

「もしかして凄い技術だったりするのでしょうか?」

「あのような直進性を優先したタイプの飛空艇では、今し方のような急な旋回は不可能に近い技術です。よほど操船に精通した者が乗り込んでいるに違いありません。私もこれほど見事な操舵は、初めて見ました……」

 なるほど、飛空艇業界も色々とあるようだ。

 船長さんの顔が職人のそれに変化して思える。

「もしや側翼の数が少ないのは、通常運行時の安定性を削ってでも、有事の旋回性能を上げる為の、なるほど、そうなると納得がいきます。故に船体を転がすことで、緊急回避をなしているという。しかし、そうなると船内は……」

 空賊の飛空艇をジッと見つめながら、ブツブツし始めた船長さん。

 自らの命が懸かっているにも関わらず、相手の考察にのめり込んで思える。この人、あれだ。魔導貴族と同じ職人タイプだ。違いがあるとすれば、興味の向かう先が魔法か飛空艇か、その程度である。伊達にリチャードさんから船を任されていない。

 そんな彼にそっとアテンションプリーズ。

「衝撃があるかも知れません。注意して下さい」

「え? し、しかし、ファイアボールは外れて……」

 うちのファイアボールはホーミング仕様である。

 後方でUターンした火球は、今まさに敵飛空艇のお尻を捉えていた。

 ズドンと大きな炸裂音が響く。同時に膨れ上がった炎が、小柄な飛空艇を包み込むよう空を赤く染めてゆく。飛行速度は瞬く間に失われて、あとは落下する限り。みるみるうちに高度は失われてゆく。

 やがて、ズズン、低い地響きと共に飛空艇は大地に墜ちた。

「そんな……障壁に守られた装甲艇を、ファ、ファイアボールの一撃で……」

「魔石の回収を行いたいので、地上に下りて頂いても良いですか?」

「は、はいっ! 承知致しましたっ!」

 かなり派手に墜としてしまった。

 魔石とやらが無事だと良いのだけれど。



◇◆◇



 船長さんにお願いして飛空艇を地上に着けて貰った。

 自分とゴッゴルちゃん、それにエディタ先生の三名で連れ立ち、落下した飛空艇の残骸の下へ確認に向かう。先生には留守番をしていて欲しかったのだけれど、どうしても行くと主張されたので、なにがあってもお守りさせて頂く心意気での同伴だ。

 ちなみに船長さん他乗組員一同は、すぐにでも飛び立てるよう飛空艇で待機となる。

「……随分と酷いことになってますね」

「そうは言っても、落としたのはお前だろう?」

「ええまあ、そうなんですけれど」

 遠慮のないエディタ先生の物言いに少しばかり胸が痛む。

 飛行機の墜落事故みたいな感じだ。

 装甲から骨組みに至るまで、グチャグチャになってしまって、なにがなにやら。それでも多少ばかり膨らみを残したあたりが、おそらく船としての心臓部なのだろう。下手に基材を動かして、下からぺちゃんこになった死体がニチャァとか嫌だな。

「ヒールっ!」

 とりあえず、回復魔法など掛けておこう。エリア型。

「相手は賊なのだろう? 気を使う必要などなかろうに」

「私は小心者なので、自分の行いを正当化しようかなと」

 俺は悪いことなんてしてないんだぞ、的な。

 流石に飛空艇丸ごとっていうのは、良心が痛まないでもない。なにより今回は圧倒的優位から、まるで何某かスイッチの類でも押下するよう、碌に苦労することもなく落としてしまった。これで妖精さんの時のように、一度でも殺されかけていれば違ったのだが。

「……難儀な男だな」

「ですかね」

 先生の表情が呆れたものに変化した。

「ということで、生き残りからの反撃が考えられます。お二人は下がっていて下さい。エディタさんは可能であれば、ロコロコさんの近くに居て頂けるとありがたいです。彼女はドリスさんのところの魔族と同じくらい強いですから」

「な、なんだとっ!?」

 先生が驚愕の表情でゴッゴルちゃんを見つめる。

「どうしました?」

「……そんなに強いのか? こ、このゴッゴル族の娘は」

 互いに視線を交わす白と黒のロリータ。

「取っ組み合いの喧嘩になったら、たぶん、クリスティーナさんくらいじゃないですかね、彼女に勝てるのは。もちろん、ロコロコさんは非常にお淑やかな方なので、そのようなことはないと思いますけれど」

「そ、そうかっ……」

 完全にビビってるエディタ先生可愛い。

 クワと見開かれた瞳が最高にプリティーだ。

「……なに?」

 ジィと向けられるエディタ先生からの視線。

 これにゴッゴルちゃんがボソリ。

 彼女から能動的に語り掛けられるなんて、先生、意外と好かれてるっぽい。彼女のお話係としては、思わず嫉妬してしまうぞ。ゴッゴルちゃんは自分だけが共に居てあげられるんだ、みたいな独占欲、実は凄くある。

 とかなんとか考えていたら、速攻でツッコミが飛んで来る昨今。

「……独占したいの?」

「いえ、ロコロコさんの交友関係が広がるのは良いことかと」

「ほんとうに?」

「そうすれば貴方の孤独はより強く癒される」

 できれば遠慮して欲しいな。

 自分だけのゴッゴルちゃんであって欲しいな。

 ゴッゴルちゃん愛してる。

「…………」

「どっち?」

「……すみません、どうか虐めないでやって下さい」

 だって仕方がないじゃない。

 ゴッゴルちゃん可愛いんだもん。

 なんてゴッゴルトークしていると、今度はエディタ先生からツッコミが。

「お、おいっ、なんの話だっ!?」

「なんでもありません、こちらの話です。エディタさんには今後とも、ロコロコさんと仲良くして頂けたらと。もちろん無理にとは言いませんし、必要に応じて距離をおくことも大切です。今回も近くとは言え、槍が届かないほどの距離を意識して頂けたらと」

 ところで、この一連の流れ、ちょっとハーレムっぽいよな。ロリータ二名から取り合いされてるっぽい感じ、とても具合がよろしゅうございます。これで二人との間にラブラブ膜付き肉体関係があれば、それはもうハッピー万事休すだろ。成仏する自信ある。

 義務教育の時分にも、似たような経験が一度だけあった。委員会の仕事とかで、女子二人から同時に声を掛けられて、おいおい、俺の身体は一つしかないんだぜ? みたいな充足の瞬間が。思えばあれが人生の最高到達点だったな。

 実態は校内清掃と書類仕事の肩代わりだったけれどさ。

「わかった。ま、まぁ、ほどほどにな。ほどほどに……」

「はい、お願い致します」

 神妙な面持ちでゴッゴルちゃんとの距離を詰める金髪ロリータ先生。

 そんな彼女に褐色ロリータからはアドバイスが。

「そこの石が転がるあたりなら平気」

「石? そこに転がってるやつか? ちょっと大きい感じの」

「そう」

「わ、分かった」

 同じロリータ同士、二人には仲良くやって頂ければ幸いだ。

「それでは飛空艇の様子を見てきます」

 キャッキャウフフする白と黒のロリロリを残して、単身、飛空艇の残骸へ足を向ける。一応、無敵魔法で身体をキラキラさせながらの挑戦だ。いつぞやダークムチムチに首チョンパされた経験が遺憾なく生きている。

 手始めに一番膨らみが残っている辺りに狙いを付けて、残骸の幾らばかりかを飛行魔法で持ち上げてみる。

 すると一発で当たりを引いた。

 瓦礫の内から、巨大な宝石みたいなのが出てきた。

「これはまた……」

 宝石博物館のお土産コーナーなどで売られている紫水晶。あれを大きくしたような代物だ。形は一本の柱状。サイズは縦二メートル、横一メートルほどだろうか。内側へ向かうほど深い紫色となる。

 いつぞやレッドドラゴンの退治に際して眺めたものとは大きさが異なる。あれはもうちょっと大きかった。色もここぞとばかりに赤かった。同じようなものがロリゴンの体内にもあるのかな、なんて考えると、どうにもフワフワした気持ちになる。

「……さっさと回収して戻るか」

 調子に乗ってヒールなど放った為、残党から不意打ちを貰う可能性もある。

 手早く魔石とやらを飛行魔法に浮かせて撤退だ。

 踵を返すと共に一歩を踏み出す。すると、その足が何か固いものを踏んだ。

 なんだろう。

「……ペンダント?」

 金属に作られた小綺麗なペンダントが落ちていた。なにやら紋章の掘られた、ちょっとした値打ち物っぽい気配を感じさせる一品だ。質屋に出せば、銀貨の数枚くらいには化けてくれるのではなかろうか。

「…………」

 ついでに貰っておこう。

 ドラゴンシティの運用資金の足しになるかもしれない。

 やばいな、空賊。

 こんな簡単に金目の物が手に入るなんて、癖になりそうだ。



◇◆◇



 船に揺れること更に一晩、事件は翌日に発生した。

「こ、これはっ……」

 朝、目覚めて鏡の前に身だしなみを整えている最中のことだった。手櫛に寝ぐせを整えていたところ、ふと、頭部に違和感を感じたのだ。側頭部を撫でるに際して、妙に抵抗感のない部分があるなぁと。

 これで社畜時代、朝の忙しい時間であったのなら、大して気にすることもなく、流していたかもしれない。しかしながら、今は他にやることもない空の旅の最中である。自然と意識は向かって、指で撫でること幾往復と。

 結果、判明した。

「……ハゲてる」

 鏡に写った自らの頭部、額から右側へ十数センチのところに、十円ハゲを発見である。いわゆる円形脱毛症というやつだろう。綺麗に抜け落ちた当該箇所は、指の腹で撫でると、妙にさらさらとした触り心地。

 一つあれば二つ三つあると言われる円形脱毛症。大慌てで頭髪全体のチェックに移る。すると、襟足のあたりにも同じくらいの大きさの十円ハゲを発見。どうやら二箇所に渡り発症していたようだ。

「マジか……」

 不細工の上にハゲとか笑えねぇよ。

 人生、ゲームオーバーだよ。

 たぶん、ここのところ続いたストレスフルな生活の反動が、今まさに訪れたのだろう。思えば忙しい日々だった。下手に回復魔法とかあるから、風邪の類を引くこともなく、若い頃にも増して無理ができてしまえた。

 当面の目標であり、希望でもあった若返りの秘薬が、手の届かないところにあると理解してしまった点も大きいように思う。もしかしたら昨日の空賊行為に関しても、自らの意識しないところで負担となっていたのかもしれない。

 一つ一つはそう大したものでなくとも、小さな負荷の積み重ねが、今この瞬間、円形脱毛症という結末を中年野郎に与えたのだろう。しかも、こちらの世界にはステロイドなんて便利なお薬は存在しない。

 どうしよう。マジどうしよう。

 ハゲはヤバいぞ、ハゲは。

 しかも、多発性の円形脱毛症は、進行すると極めてエグいハゲ方をする。

「いやまて、まだ諦めるのは早い」

 ステロイドに頼らずとも、自分には回復魔法があるじゃないか。

 四の五の考える間も惜しくて、怯えに促されるままサンクチュアリ。

「むぅんっ」

 全身全霊を込めて、過去にないパワーで回復魔法を自らの肉体に打ち込む。船室に設けられた洗面所の床に浮かび上がった魔法陣が、眩しいほどに輝いては白い光を放ち、ハゲ野郎の頭部を包み込んでゆく。

 いいよ、いいよ、ビンビンきてる。

 毛根が刺激されるのを感じる。

 入念にヒール。

 十分な時間を輝きの中で過ごした。

 ややあって、これくらい癒やせば大丈夫だろう、適当なところで判断を下して、魔法陣をお片付け。輝きが失せると共に、洗面所に落ち着きが戻る。

 恐る恐る、鏡に写った自らの頭部へ指を伸ばす。問題の箇所が露出するよう周囲の髪を上げて患部を確認だ。頼む、祈るような気持ちで鏡を見つめる。

「おぉっ……」

 生えてる。

 ちゃんと生えてるぞ。

「よ、良かった……」

 ハァと安堵から、今まさに生えたばかりの髪に手櫛を通す。

 すると、碌に抵抗らしい抵抗もなく、プツリ。

「あ……」

 おにゅうの髪毛が、さっそく十数本ばかり指に絡んでいる。

 なんということだ。

 思わず背筋にゾクリと来たぞ。

 今まで見たどんなホラー映画より恐怖だわ。

「…………」

 これはあれだ、たぶんだけれど、ずっとヒールしてないと駄目なんだ。いつだかペニー帝国のロイヤルマンコが患っていた病気と、症状こそ異なるが、状況は同じである。常に回復魔法を掛けていないと、毛根を頭皮にキープしておけない。

 多分、数日も経てば、先ほどの状況に落ち着くだろう。

 もしも髪の毛を完全に戻したいのなら、根本治療を行わなけれなならない。対症療法では今し方の繰り返し。しかもストレスなどという、目には見えない敵が相手であるから、原因のはっきりしている呪いより尚のこと性質が悪い。

「……どうするよ」

 かなりショックなんだけど。

 髪が抜けるって、ここまでショックなことなんだな。

 三十も中頃を過ぎて、こんな強烈な学びを得る日が訪れるとは。

 ちょっと現実逃避したくなる。

 まさか四六時中を回復魔法でキラキラしている訳にもいくまい。

「…………」

 詰んだな。

 中年野郎の人生、積んでしまったな。

 剣と魔法のファンタジーな世界ですら難治性とか、業が深すぎるだろハゲ。

 ハゲこそ死に至る病。社会生活的な意味で。

「いや、まて……」

 それでもまだ、まだ、諦めるのは早いのではなかろうか。

 今の自分のジョブはなんだ? 錬金術師だ。

 そう、魔法が駄目ならば、お薬で対応だ。

 イラマーチオ病が治せて、円形脱毛症が治せない筈がない。

「……これはもう、本格的に錬金術するしかないな」

 若返りどころの話じゃない。

 髪だ、髪の毛をなんとかしないと。

 幸い我々が向かう先は学園都市。おそらくは医薬品に対する研究も盛んに行われていることだろう。つまり同所であれば、毛生え薬の一つや二つ、レシピを確認することができるかもしれない。

 なにせここは剣と魔法のファンタジー。

 今度ばかりは絶対に、絶対に作ってやるわ、育毛剤。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 本日もメイドは執務室でお仕事に励んでおりました。

 ここ最近、お茶を入れたり洗濯物をしたりといったお仕事以上に、机へ向かい書類に触っている時間が増えました。メイドとしての存在意義に少なからず思わないところがないでもありません。

 今も着用するエプロンドレスに、果たして意味はあるのでしょうか。疑問は尽きません。ですが、今は与えられた仕事をこなす限りです。いえ、与えられたというよりは、なし崩し的に対応しているというか、なんというか、そんな感じですけれど。

 などと、あれこれ憂いながらも書面とにらめっこしている最中のことでした。

「おぉおおおおおおほほほほほっ!」

「っ!?」

 バァンと音を立てて、部屋のドアが勢い良くあきました。かと思えば、大きな笑い声が執務室に響き渡ります。

 ドリス様です。ドリス様がいらっしゃいました。

 ここ最近、毎日のように遊びにいらっしゃっております。それで尚も唐突に与えられる彼女のおほほ笑いには慣れることがありません。

「ソフィアっ! 少し出掛けてくるわぁっ!」

「ど、どこへ向かわれるのですか?」

 今日もまた昨日に同じく、暇つぶしにやって来たのかと思いました。

 しかしながら、どうやら違ったようです。

「学園都市よっ! なんでも大きな会合があるらしいのよぉ」

「会合、ですか?」

「お父様から、暇をしているなら行って来いと、連絡が届いたの」

「な、なるほど……」

 確かにここ最近のドリス様、とても暇そうにしてましたからね。

 多分、この街の温泉へ一番に浸かっているのが、こちらの貴族様です。

「これから向かわれるのですか?」

「すぐに出発するわぁ。でも、途中でカリスに寄らないといけないわねぇ」

「え? 方向的には逆のような……」

 学園都市に関しては知識として知っています。

 足を運んだ経験はありませんが、位置関係くらいなら私もわかります。

「リズが自分も連れてけとうるさいのよぉ」

「え? でも、エステルさまは首都で過ごされているのでは……」

 ここ最近、お顔を拝見しておりません。

「首都とトリクリスは魔力信号の伝達装置が設けられているじゃない?」

 魔道信号。

 聞いたことがあります。極めて高価な魔法と魔道具を用いて、離れた場所とお話をする為の機械です。これによりトリクリスと首都とは連絡を取り合うことが可能なのですね。国境にほど近い街ですから、有事を思えば必要な備えなのでしょう。

 思い起こせば紛争の折、エステルさまもそのような道具を用いて、物資の調達や相談をトリクリスから首都に対して行っていました。直接やり取りする姿を見た訳ではありませんが、ファーレン様とその旨を話し合われていたこと、しかと覚えております。

「な、なるほど」

 いつのまにやらトリクリスまで足を運ばれていたのですね。

 たしかにイケメン魔族さんと一緒なら、簡単に行って帰ってこれそうです。しかし、本当にこの方は捕虜なのでしょうか。圧倒的に自由です。思わず他国の方だという事実すら忘れてしまいそうになります。

「アレンと言ったかしら? ここの領主を追いかけ始めるまで付き合っていた、あの騎士と仲直りしたらしいわねぇ。おかげで父親から目の敵にされていて、一緒に国外まで逃げ出したいらしいわぁ」

「……え?」

 それは初耳です。

 エステルさま、タナカさんに飽きてしまったのでしょうか。最終的にはお二人こそ、くっつくと思っておりました。なんだかんだでタナカさんは押しに弱い方ですから、エステルさまが実力行使に出たのなら、きっと一発ではないかと考えていた次第です。

 でも、そうですね。アレン様も格好いいですから。

「リズにはしばらく外出すると伝えるつもりだったのだけれど、そういうことなら自分も一緒に乗せてゆけだなんて、本当、相変わらず股の緩い女よねぇ? 親の目の届かないところで、好き放題盛るつもりなのだわぁ」

「いえ、その、それはなんというか……」

 流石に面と向かって同意はできません。

 私は割とエステルさまのこと尊敬しておりますので。

 タナカさん、逃した魚は大きいですよ。

「ということで、おみやげを楽しみにしていなさぁい!」

「お、おみやげですか?」

「あらぁ? ソフィアは私からのおみやげなんて不要かしら?」

「めめめめ、滅相もございません! 楽しみにさせて頂きますっ!」

「おほほほ! それでは行ってくるわぁ!」

「い、行ってらっしゃいませ!」

 登場と同様、自らの語りたいだけを語ったところで、ドリス様は執務室より去ってゆかれました。パタパタという足音はすぐに聞こえなくなります。

 他国の方ではありますが、貴族であるにも関わらず、私のような平民を相手にわざわざ出発の連絡をして下さるなんて、とても懐が広いです。

 ちょっと変わった方ではありますが。



◇◆◇



 ハゲに悩んでいたら、いつの間にか目的地に到着していた。

 せっかく先生とのトークを思う存分楽しむ絶好の機会だったのに、もしもハゲがバレたらと思うと、機会を持つことにすら抵抗を覚えてしまう。自然と自らに充てがわれた船室へ引き篭もりがちとなり、会話すら儘ならないまま道中は過ぎていった。

 もちろんゴッゴルちゃんには全力でバレてしまったけれどさ。

 とか、そんなこんなで当初の予定通り到着したのが学園都市。

 まさか延々と部屋に篭っている訳にはいかず、当初の予定をこなすべく活動開始。

「これはまた、随分と栄えていますね……」

 ペニー帝国の首都カリスは大したものだった。

 しかしながら、こちらの学園都市も決して負けては居ない。

 目的地である会合会場、学園都市が誇るなんとかという建物に設けられた専用の船着場は、同都市において比較的高いところに存在し、そこから見下ろす街の光景は壮大だった。日が明けて間もない頃合、人々が一日の活動を始める様子を遠目に眺めては感嘆も一入。

 雑多に建物の並んだ首都カリスとは対照的に、こちらの街は理路整然としている。いわゆる碁盤の目というやつだ。相応の都市計画を伴っているのだろう。いずれも街としての歴史は古いそうだけれど、この辺りに都市としての違いが窺える。

「…………」

 チラリお隣を窺うと、難しい顔のエディタ先生が。

 もしかして船酔いだろうか。

 道中はそんな気配は感じられなかったのだけれど。

 それとももしかして、醤油顔のハゲに気付いて、不快を感じていらっしゃるのだろうか。一応、周囲の毛を利用して、本人でも気付かない程度に隠しているのだけれど。おかげで少しばかり髪型が変な感じになってしまってはいるが。

「……エディタさん、大丈夫ですか?」

「ん? あ、な、なんだっ!?」

「いえ、気分が優れないように見えましたので」

「べ、別にそんなことはないぞっ! 普通だ、普通っ!」

「そうですか? であれば良いのですが」

 学園都市とやらに嫌な思い出とか、あったりするのだろうか。だとすれば申し訳ないことをした。しかしながら、同行を望んだのは先生自身である。どうなんだろう。分からない。今の流れだと一歩を踏み込める話題もないし、一時保留だろうか。

 多少ばかり景色を眺めて過ごしたところ、背後から声が掛かった。

「ペニー帝国の使者さま、ご案内させて頂きます。どうぞこちらへ」

 どうやら案内役の役人がやってきたよう。

 言われるがまま、我々は船着場から学園内部へと足を向けた。



◇◆◇



 今回の会合に関して、引率の役人から説明を受けた。なんでも式の開会には随分な猶予があるらしい。既に参加者は続々と集まってきているようだけれど、如何せん世界各国からの出席とあっては、足並みを揃えるにもそれなりに時間が必要だそうだ。

 差し当たって早めに到着した我々はと言えば、待ちぼうけ。

 学園の来賓室を貸して頂き、当面の暇を頂戴した次第である。

「あの、エディタさん」

「なんだ?」

 今に皆と顔を突き合わせるのは、自らに充てがわれた一室、そのリビングだ。

 ペニー帝国で眺めたフィッツクラレンスのお屋敷と比較すれば幾らか劣る。だが、むしろ比較対象が例外なだけであって、素人目には全力で最高級。

 例えば木製の調度品。そのどれもは良く磨かれて鈍い輝きを放ち、ベニヤ板の家具に慣れ親しんだ下級国民には、眩しいほどに瞬いて思える。腰掛けたソファーも全身を浚うような柔らかさ。尻を降ろせば腰をガッと持っていかれて、再び立ち上がるのが億劫になるほどのフカフカ具合である。

 そこにエディタ先生とゴッゴルちゃんの姿もある。

 ハゲに悩むのも結構だが、悩んでばかりも良くない。

 気分を一身して、先生とのコミュニケーションを試みる。

「もしも可能であれば、学園都市に関して勉強させていただきたいのですが」

「ん? 貴様はここを訪れるのが初めてか?」

「はい、恥ずかしながら碌に他の国を知りませんでして」

「ほう……」

 ソファーに腰掛けて、お茶などしばきながらのトーク。

 ちなみにゴッゴルちゃんは部屋の隅の方に立っている。どうしてかと尋ねたところ、エディタ先生を気遣っての行いらしい。これは勝手な推測だが、少なからず先生には肯定的な感情を抱いているのだろう。

 それじゃあ醤油顔はどうなのかと言えば、割と謎なのだけれど。

「いいだろう、この場で説明してやる」

「お願いします」

 途端、ノリノリとなって語り出す先生可愛い。

 しかしながら、普段ならこのタイミングで与えられるだろうパンチラが、今はない。ここ数日に渡り行動を共にしていながらも、一度として機会を頂戴していないのだ。

 階段の登り降りなどに際して、豪華尻たぶ付きパンモロを偶然から目撃する機会は幾度と無くあっても、正面のチラチラからは皆無である。

 先生ってばガード緩すぎ。

「学園都市を学ぶというのであれば、まずは地理から入るのが良いだろうな」

 ごほんと咳払いなど一つして、ティーチングモードとなった先生が続ける。

「学園都市は東西南北、それと現在の我々が滞在する中央、大きく五つのブロックに分けられる。このあたりは貴様が作った街と同じだな。他に特別区と呼ばれる区画もあるのだが、そのあたりは今はまだ控えておく」

「なるほど」

 やはり明確な都市計画が為されているよう。

「学園都市などという呼び名にふさわしく、都市内では研究や教育が盛んだ。これは貴様が通う学園が教えるのような魔法に限らず、言語や数理に関するあれこれも含む。要は声の大きい者が学問だと言えば、全て学問になる訳だな」

「なるほど」

 その辺りは自らが知る大学云々と大差ないように思える。

 ただ、ここはその規模が極めて大きいのだろう。

「貴様のような他国の貴族が重きをおくべきは、各区画の力関係だ。学園都市にはペニー帝国における貴族のような身分制度は存在しない。一方で独自の身分制度が敷かれており、これにより序列が決められている。教授だとか、准教授だとか、そういうのだな」

「なるほど」

 人の世はいつだって上や下やを作るのが好きなものだ。

「まず一番に大きな権力を持つのが中央だ。エリートと呼ばれる連中は、おおよそここに所属している。学園都市の運営にも関わっている、いわゆる首脳部と呼ばれる機関が、中央には設けられているのだ」

「なるほど」

 ところで自分、なるほどしか言ってないぞ。

 もう少し相槌のレパートリー増やしたいかも。

「これに準ずる形で東西南北が続くのだが、中央が常に一番であるのとは異なり、こちらは時代によって力関係が上下する。その先々で旬な研究題材だとか、席を置く者だとか、諸々の要素から入れ替わり立ち代り、というやつだな」

「そうなのですね」

「私が最後に訪れた折には、西、東が順に並び、南北が同列ほどだったろうか。ただまあ、入れ代わり立ち代わりとは言え、そう頻繁に起こることはない。これまでの経緯を鑑みれば二、三百年に一度といったところだろうか」

「貴族の派閥争いのようなものでしょうか」

「そういうことだ」

 しかし、随分と学園都市に詳しいですね、エディタ先生。

 もしかして関係者だったりするのだろうか。

「それとだな、先程は魔法にかぎらず垣根を広げているとは説明したが、やはり、主軸を担うのは魔法技術に他ならない。派閥を聞かせているのも、界隈の研究で成果を上げている研究者たちが占める」

 ここで先生、ゆっくりとした動作で太ももを動かし、足を組む。

 否、組もうとして、少なからず慌てた様子で止められた。

 もしかして先生、パンチラが癖になってたりしませんかね?

 露出癖のあるエルフさんとか最高に調教したい。

「とりたてて中央の施設では、いわゆる流行りものの研究が行われている。例えば貴様が自らの領土で行ってみせたヒールポーションの研究なども、中央で行われている代表的な研究の一つとして挙げられる。あとは魔石の合成とかな」

「あれは流行りものだったのですか」

「周期的に流行るんだよ。昔から挑戦する輩は大勢いたんだが、実際にモノを作るところまで漕ぎけたヤツは、私が知る限り一人しかいない。それもほんの僅かな完成品を残して姿を眩ませてしまった。無論、誰も再現はできていない」

「それはまた残念なお話ですね」

 自身が作ったポーションも入浴剤の域を出なかったからな。やはり難しい分野なのだろう。可能であれば、完全なヒールポーションを検討してみたいけれど、今はまとまった休みを取ることが難しい状況だからな。

 なにはともあれ、目の前の仕事を終わらせないと。

 その後には長期休暇が待ってる。頑張れる。

「もちろん、この題材は中央でなければ研究してはいけない、ということはない。どこで何を研究しても自由だ。しかしながら、資金や施設的な面から、自然と研究の舞台は住み分けがなされるようになっている」

「中央以外ではどのような研究が?」

「いろいろだ」

「いろいろですか」

「貴様が大好きなファイアボール、あれの形を研究しているヤツもいる」

「それはまた芸術的なお話ですね」

 なんていうか、Fラン大学の文系研究室みたいな内容だよな。

 それでも肩書さえついていれば、生徒さえ集まれば、ご飯を食べていけるのが大学という場所の凄いところだ。個人的にはそういう研究室のボスになって、しょーもない研究しながら、ぐーたら生きていくのが、今でも願ってやまない将来の夢だよな。

「まあ、何が役に立つか分からん世の中だ。思考停止して何もしないよりは遥かにマシだろう。案外、そうした下らないと思われていた技術が、妙なところで威力を発揮することもある」

「……たしかに、そうかもしれません」

 おぉう、先生ってば非常に視野を広く構えていらっしゃる。

 今の発言、超カッコよかった。

 思わず惚れなおしてしまった。

 Fランだとか馬鹿にしてしまった自らを恥じるわ。

「そういった訳だから、細かいところは自らの目で見て周るのが良いだろう。学園都市内では研究の成果を発表する機会が、そこらかしこに溢れている。取り立てて資格を持たずとも、確認する場所は幾らでもあるだろう。もちろん、資格がなければ立ち入ることのできない場所も多いのだがな」

「それは非常に楽しみですね」

「うむ、私も久方ぶりだから、少なからず楽しみにしている」

 あれ、さっきは深刻そうな表情をしていたけれど、今に語ってみせる先生の顔には、裏表のない笑みが浮かんでいる。やっぱり、エステルちゃんと同じで、船酔いの類だったのだろうか。それならそれで幸いなのだけれど。

「もしよろしければ、案内をしていただけませんでしょうか?」

「う、うむっ! 良いだろう、この私が案内してやるさ」

「ありがとうございます、エディタさん。とても助かります」

「まあ、大船に乗ったつもりでいるといい! なっ!」

「はい」

 何気に面倒見が良いのが先生の魅力の一つだ。語り口調は突き放した物言いが目立つのだけれど、これでなかなか細かいところまで助言をくれたりする。良いお嫁さんになりそうな感じが、高齢童貞的に極めてポイント高い。

 いつかは裸エプロンを着用の上、マンチラなどお願いしてみたいものだ。

 なんて、今ならゴッゴルちゃんも圏外だし、卑猥妄想し放題。開放感。自ら提案したこととは言え、ここ最近の先生のパンチラ業もめっきりだ。自然と脳内では金髪ロリ太もも大フィーバー。マジロリムチムチ。

 とか考えていたら、不意にゴッゴルちゃんの歩みが数歩ばかり前に。

「ん? どうかされましたか?」

「……別に」

 読まれてないよな? 槍の届く範囲って、魔導貴族も言ってたし。

 だよね、ゴッゴルちゃん。

「…………」

「…………」

 おぉ、さっぱり分からない。



◇◆◇



 先生から学園都市に関して教示を頂戴している最中のことだ。

 居室のドアがコンコンと軽くノックされた。

 自らを含めて、三人の意識が廊下の側に向く。自然と足を動かしたゴッゴルちゃんが、幾らばかりかを歩んでドア正面にまで移動。数瞬ばかり、未だ見ぬノック音の主の気配を伺ったかと思えば、こちらを振り返り、コクリと頷いてみせる。

「……安全」

「あ、ありがとうございます。ロコロコさん」

 納得のドア越しリーディング。

 どうやら気を利かせてくれたようだ。たしかにここは自国領とは違うから、用心するに越したことはないだろう。できる従者っぽい動きと、極めてロリロリな彼女の外見、両者の格差が面白可愛かった。

 自分とエディタ先生とが、延々と二人でお話をしていた状況を鑑みるに、なるほど、その輪へと入る機会を虎視眈々と窺っていたのだろう。なんだかんだで寂しがり屋な彼女だから、心が読めなくても自然と考えが及んでしまう。

 先程の前進も同様の理由からだろう。そう考えると納得がゆく。

「どうぞ、鍵は掛かっておりませんので」

 その姿にほっこりしつつ、予期せぬ来客に声を掛けさせて頂く。

 するとドアはギィと開かれて、廊下の側から人が姿を現した。

「失礼します」

 姿を現したのは十五、六ほど思われる少年だ。穏やかな顔立ちのイケメンで中性的な魅力が感じられる。身の丈も百七十に届くか否かといったところで、女装とかさせたら下手な女性より可愛らしく化けるのではないかと思わせる。

 出で立ちはと言えば、学園都市の制服なのだろうか、紺色の生地で作られた、法衣のようなローブのような、ヒラヒラした姿格好をしている。スカートのように生地の垂れた腰下の作りが、殊更に彼の中性的な面を顕著にして思える。

 チャームポイントは丸メガネだ。

「はじめまして、オズボーン・ピーコックと申します。本日は皆様方のご案内を仰せつかっております。少しお時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」

「これはご丁寧に。私はペニー帝国の代表として、タナカと申します」

 こちらもまた席を立ってご挨拶だ。

「タナカさまですね? どうぞ、よろしくお願い致します」

「それとこちらがエディタ、あちらに立っているのがロコロコです。共に私と同じく、ペニー帝国からの使者となります。後者に関しては見ての通りゴッゴル族ではありますが、我々と同じように扱って頂けると幸いです」

「承知致しました。おふた方とも、どうぞよろしくお願いいたします」

「あ、ああ、よろしく頼もうか」

「……よろしく」

 見た目に相応、非常におっとりとした口調の青年である。

 ゴッゴルな褐色ロリータを目の当たりとしても、表情を崩すこと無く対応してくれる。なかなか良い子じゃないか。封建制度全盛のペニー帝国では、まずあり得ない反応である。舌打ちの一つは余裕である。

 今後はピーちゃんと脳内呼称させて頂こうか。

「ところで、あ、あの、そちらのエルフの方……」

「……なんだ?」

「大変に失礼ですが、どこかでお会いしたことはありませんか?」

「いいや? 初めてじゃないか? 少なくとも私は貴様を知らない」

「そ、そうですよね。すみません、初対面にありながら妙なことを」

「い、いや、誰だって勘違いはあるさ。なぁ?」

 同意を求めるべく、こちらに視線を寄越すエディタ先生。このエルフさんが他人へ伺いを立てるような話題の振りをするとは珍しい。少なからず緊張した様子も見て取れる。もしかして、こういう中性的な感じの若いイケメンが好みなのだろうか。

 っていう、これってナンパだよな。

 先生、イケメンにナンパされちゃってる。

 そんなの許しませんよ。ダメ、絶対。

「ええまあ、仰るとおりかと。ところで、ご案内というのは?」

「え? あ、は、はいっ! そうですね。話を進めさせて頂きます」

 ひとまず話題を本来のところへ軌道修正。

 今一度、姿勢を改めたところでピーちゃんは語り始めた。

「大変に申し訳ありませんが、現在、中央の代表が都市を留守にしておりまして、代わりに副代表からご挨拶をさせて頂けたらと。もしもお時間に余裕がありましたら、私とともにいらしていただきたいのですが」

「そういうことでしたら、ご案内のほどよろしくお願いいたします」

「ありがとうございます。では、こちらになります」

 深々とお辞儀を一つして、行く先を自らの腕に指し示すピーちゃん。

 これに続く形で醤油顔は客間を後とした。



◇◆◇



 訪れた先は執務室を思わせるスペースだ。

 廊下から通じるドアを過ぎた先は、広々二十平米ほどの空間となる。中央には幅広なデスクが設けられて、その正面には向かい合わせのソファーセットが並んでいる。また、これらを囲うよう壁沿いに本棚の類が並ぶ。

 屋外に面する一面は全面がガラス窓となっており、これを隔てて屋外には、遙か眼下に学園都市を見下ろすことができる。都心部に建てられたタワーマンション。その上の方の階って、こういう感じなんだろうな、なんて思わせる一室だった。

 持ち家欲が刺激される。良いじゃん、学園都市。

「ようこそ学園都市へ。私は中央で副代表を務めるクラウス・ブス教授だ」

「はじめまして、私はペニー帝国から参りました、タナカと申します」

 デスクに腰掛けていたのは四十代中頃ほどを思わせる壮年男性だった。

 白衣姿が印象的な美丈夫で背も高い。百八十ほどだろうか。七三分けの黒髪が親近感を感じさせる一方、もれなくコーカソイド属性のイケメンである点が、近づいた分以上に距離感を与える。

 ピーちゃんと同様に眼鏡を掛けており、彼のが丸メガネである一方、こちらは横長なデザインだ。彫り深い顔立ちに加えて、鋭い眼差しと相まり、初見では幾分か攻撃的に映る相貌の持ち主である。

「ペニー帝国の代表は随分と足が早いようだな。会合まではまだ余裕がある」

「私は男爵の位にございまして、恐らく他の方々と比較したところで、その肩書に大きく見劣りすることでしょう。せめて我が国が今回の会合に向ける意欲だけでも汲んで頂けたらと」

「なるほど、その率直な物言いは好感が持てる。タナカ男爵」

「ありがとうございます、ブス教授」

 外見がインテリっぽかったので、スパっと言い切ってみたら好感触の予感。

 ちなみにゴッゴルちゃんとエディタ先生は客間でお留守番だ。流石に学園都市のお偉方とお会いするのに褐色ロリータ同伴というのは危険だろうと判断した。ひとまずは様子見ということで、自分一人での顔合わせである。

「ときにタナカ男爵、ペニー帝国の学園については詳しいかね?」

「そこまで深くは存じませんが、学生の身分として籍を置いております」

「ほう? それはまた興味深い話だ。あそこは若い者が多いと聞くが」

「この歳になってから、新しく学びたくなることもありまして……」

「なるほど、タナカ男爵は随分と勉強熱心のようだ」

「人生とは死ぬまで勉強にございます」

「ああ、そのとおりだろうな」

 じゃないとご飯を食べていけなくなってしまうからな。げに恐ろしきは競争社会の営みというやつよ。叶うことなら勉強など放棄、稼ぎの良い美幼女のヒモとなって、毎日を食う寝る児童ポルノの三拍子で過ごしてゆきたいものである。

「機会を見て学園の話を聞かせてくれたまえ」

「その際にはお声がけ頂ければと」

「うむ」

 ところで、一つ失敗した。エディタ先生に確認し忘れた。学園都市における教授って、ペニー帝国の貴族と比較すると、どの程度の立場にあるんだろう。自身が一国の代表である点を鑑みると、あまり下手過ぎるのも良くない気がする。

「会合まではしばらくある。学園都市に興味があるのであれば好きに見て回ると良い。ピーコックはあれで多忙な身の上、他に身の回りの世話をする者を手配しよう」

「お心遣い痛み入ります」

 女子学生だといいな。

 ノーパン趣味のミニスカートがよく似合う女子学生だといいな。

「なにか質問は?」

「今のところはございません」

「そうか。そうなると足を運んで頂いた手前、こちらの都合で大変に申し訳ないが、他に用件が立て込んでいるのだ。今日のところは下がって貰えないだろか」

「承知致しました。ご多忙のところ、ありがとうございました」

「こちらこそ、足を運んでくれたことに感謝する」

 ハキハキとした気持ちの良いやり取りと共に、ブス教授へのお目通しは終えられた。なかなか気持ちの良い相手である。自身の拙い社会経験からも、こういう人は得てして仕事が出来る傾向にある。仲良くしておいて損はない気がする。

 ちゃんと名前を覚えておくとしよう。



◇◆◇



 ブス教授の部屋から廊下へ出たところ、往路の面倒を見てくれたピーちゃんの姿が消えていた。エディタ先生とゴッゴルちゃんが待つ客間までは、そう大した距離でもない。勝手に戻らせて頂こうと、軽い気持ちで歩みだしたのが半刻ほど前のこと。

 結果、迷子野郎のいっちょ上がりだ。

 今更ながら現代社会における案内板文化の素晴らしさを実感である。街や建物の随所に設けられたグラフィカルな指示の数々は、実に多くのシーンで人々の時間を救っていたのだと理解である。

「……どうしよう」

 相対位置でブス教授のお部屋を把握していた為、客間の収まるフロアが何階であるのか分からない。また、各フロアともに同じような作りをしており、幾度か階段を上下したところで、今自身が何階にいるのか完全にロスト。

 窓から顔を覗かせて実際に数えてみようか。

 いや、それはちょっと切ない。

 取引先のビルで迷子とか、割と社会人として危機迫るじゃんね。

「…………」

 とかなんとか、あっちこっちへ歩いている間に、建物の雰囲気までもが変わってきてしまう。いよいよ本格的に独力でのルート復帰が難しいレベルである。ゴッゴルちゃんを放置している手前、このままではいかんと、他に人を頼ることに決定した。

 同所で会合とやらが開かれていることは、学園関係者であれば知っているだろう。それっぽい人に声を掛けて、来賓の為に確保されているだろうフロアをお伺いすれば、きっと近いところまで戻れるのではなかろうか。

 もしくは最悪の場合、ピーちゃんの名前を出して、お迎えに来て貰うプランも考えられる。到着早々、非常に情けないけれども仕方がない。痺れを切らしたゴッゴルちゃんが一人で歩きまわるような事態だけは避けなければ。

「……よし、そうするか」

 覚悟を決めて、声を掛けるべき対象を吟味である。

 出来れば女の子がいい。

 若くて可愛いミニスカートの女子学生がいい。

 それっぽい候補を探して、建物の中を歩きまわる。伊達に学園都市だなどと名乗っていない。同所は地方大学にありがちな構造をしている。幾つかの棟が渡り廊下により繋がれて、全体として巨大な建物の体を成している。

 可愛い女の子とのトークを決めたのなら、躊躇はない。より学生が多そうな方向へ向かい歩みも早くズンズンと。壁の色や柱の作りを変化させてゆくに応じて、行き交う人の数は増えたり減ったり。その出で立ちも色々と変化を見せる。

 そうしてしばらくを歩んだところ。

 少しばかり奥まった棟の内廊下、ふと、耳に響く声があった。

「なんかムカつくよな?」「ああ、ムカつくよな」「もう脱がしちゃおうぜ?」「ああ、それは名案だ」「そりゃいい、ひん剥いて服を捨てちまおう」「そうしたら素直に自分の過ちを認められるかもな」「間違いない」「ライフポーションなんて作れる筈がないものな」「ああ、やっちまおうぜ!」

 なんて心躍るご提案の数々だ。

 ひん剥かれて惨めな立場に涙する女の子可愛い。

 自然と歩みは声の聞こえて来た側に向かう。数メートルばかり廊下を歩んだ気、曲がり角を折れて、幾らか奥まった場所である。突き当りとなり他に行き交う人も皆無、人目も碌に届かない場所でのことだった。

 十代前半ほどと思われる男の子が三名、同じくらいの年頃の女の子一人を囲っていた。いずれも学園の生徒だろう。ピーちゃんが着用していたものとは別の、学園の制服だろうパリっとした衣服を着用している。きっと幾つか種類があるのだろう。

 内訳、男に関しては以下のとおり。

 一人はビッグデブ。

 一人はガリメガネ。

 一人はイケメン。

 高いチーム性の感じさせる組み合わせだ。

 だが、そうしたバランスの良さも十代までさ。近い将来、リーダーっぽい立ち位置のイケメンが進学と共にパーティーを離脱、他のイケメン連中とヤリサーを結成する一方で、残されたデブとガリが二次元やドルオタへ堕ちてゆく未来が見える。

 可哀想に。

 デブとガリ、可哀想に。

「オマエらっ、離せ! 離せよ、この変態!」

 ただ、そんな三人から襲われている少女はもっと可哀想だ。

「変態はお前だろう?」「粛正が怖いなんて言い訳じゃないのか?」「だよな? 絶対に頭おかしいって」「このスカートとか、他のヤツらより短くない?」「あ、それ俺も思ってた」「もしかして、本当は期待してんじゃねぇの?」「うわ、それってヤバくね?」「なら望みどおり剥いてやろうぜ」

 男の子たちの手が女の子に伸びる。

 いいぞもっとやれ。

 個人的には剥き終わるまで鑑賞会したい。

 だが、廊下の壁から顔だけ覗かせて、性的な虐めの現場を眺めている中年野郎とか、絵面的に気味が悪いにも程があるので、自重せざるを得ない。ここはアウェイ。万が一にも誰かに見つかっては大変だ。素直に虐めを窘める大人として振る舞おう。

 異国の地で美少女学生との甘いアバンチュール作戦。

 どうか女の子が年上好きのB専でありますように。

 ほんの僅かばかりの可能性に賭けて一歩を踏み出す。

「こらこら、君たち。流石にそれ以上は看過できないな」

「っ!?」

 廊下の角より姿を現すと共にお声掛け。

 大人としての余裕ってやつをタップリお見舞いしてやろう。

「だ、誰だよっ!?」「なんか妙な顔のヤツが来たぞ!」「っていうか、黄色くね?」「しかも平たいよな?」「リザードマンみたいなヤツだな」「お、おい、ちょっと待てよ、でも格好的に貴族っぽいぞ」「どこの国の貴族だよ?」「知らねぇよ、でも……」

 良かった。本日、貴族仕様のおべべを着用してて良かった。

 やっぱり人間、見た目が全てだよな。肌で実感するわ。

「一つお伺いしますが、このような行いは学園で日常的に行われているものなのでしょうか? だとすれば、私も自らの子弟が入学を予定している都合、ブス教授に色々とお伺いする必要がありそうですな」

 他に知っている人も居ないし、副代表の名前を使わせて貰おう。

 語るところは完全にハッタリだ。

「おい、やっぱり貴族じゃんかっ!」「う、うちだって貴族だしっ!」「服は高そうだけど、顔はなんか安っぽくね?」「きっと小さな国の貧乏男爵だろっ」「いきなりブス教授の名前を出すとかハッタリだろ!?」「どこの貴族だよ!」

 マジかよ。思ったよりダメージ与えてない。

 むしろ図星を突かれてカウンター喰らった感じ。ご指摘の通り貧乏男爵ですわ。ちょっと想定してた展開と違う。もっとこう、蜘蛛の子を散らすように、男の子たちが一斉に逃げていくタイプの展開を想定していたのだけれど。

 致し方なし、ここは一つリチャードさんの名前を借りるとしよう。

 大人の余裕なんて微塵も感じられない対応だけれど。

「私はペニー帝国の貴族として、フィッツクラレンス公爵家に名を連ねる者です。もしも覚えがありましたら、後日、リチャード卿を通じてご連絡を下さっても構いません。いつでも応じさせていただきます」

「ペニー帝国のフィッツクラレンス?」「マジかよ!? 大貴族じゃんかっ!」「お、おいっ! どーすんだよっ!」「どーするって、お、お前が適当言ったからっ!」「お前だって調子に乗ってたじゃんかよっ!」「そ、それよりも早く謝った方が……」

 一変して男の子たちの反応が変化を見せる。

 凄いじゃんフィッツクラレンス家。

 国外でもバリバリに幅きかせてる感あるわ。

 グローバル企業ってヤツだな。

「如何しますか?」

「っ……」

 少しばかり声色を落として語りかける。すると、少年たちは身を震わせると共に、勢い良く駆け出していった。互いに名乗り合っていない都合、逃げてしまえば後には響かないと考えたのだろう。なかなか賢いじゃないか。

 一方でこちらはと言えば、取り立てて追いかけることもない。

 そこまでする必要はないだろう。

 少年たちの姿は瞬く間に曲がり角の先に消える。バタバタという慌ただしい足音もまた、すぐに聞こえなくなった。後に残されたのは、ハッタリこいた情けない貧乏男爵と、衣服を肌蹴させた美少女学生が二人ばかり。

「学園都市は想像した以上に随分と賑やかなところなのですね」

 適当を語りかけながら、イジメられっ子の下に向かい歩む。

 改めて眺めてみると、なかなかの美少女だ。他のコーカソイド連中と比較しても青白く映る肌と、ツインテールに結われた艶のある黒髪が印象的である。身の丈はエステルちゃんより幾分か小さい。入学間もない小柄な中学生といった印象を受ける。

 目つきは妙に鋭くて、こちらを威嚇するようジロリ見つめてくる。これで相手がゴンちゃんのような大男であれば恐怖だが、小柄な体型と可愛らしい顔立ちを鑑みれば、むしろ愛らしさが先んじる。なんかこう、よく吠えるチワワ的な。

 出会って当初のエステルちゃんを思い起こして、少し懐かしい気分になった。いや、エステルちゃんのことは忘れよう。彼女のデレ期は二度と戻らない。今頃、ヤツはアレンと仲良く突き合っていることだろうさ。

「大丈夫ですか?」

「……だ、大丈夫もなにも、心配するようなことなんて何もないっ!」

 おう、元気が良いな。

 相当にプライドの高い性格と見た。

「怪我があるようなら治癒いたしますが」

「怪我なんてしてない! イ、イジメられてなんていない!」

「であれば良かったです」

 やっぱりイジメの現場であったよう。

 こちらはイジメのイの字も出していないのに、必至の形相で否定してみせる。常習化したイジメにより心が固ってしまっているのだろう。

 乱れた制服の胸元を自らの手に隠して、こちらを警戒するよう半歩を後ずさる。

 もしかしたら今回に限らず、既に輪姦経験とかあるのかもしれない。妄想したところで、グッと来た。輪姦ってエッチの最終形態だと思うんだ。最高に興奮する。

「女性職員の方を呼んできましょうか?」

「……なんでだよ」

「やはり女性には女性にしか分からない問題もあるかと」

「っ……」

「それともやはりどこか怪我でも……」

「う、うるさいな! 私に関わるなっ!」

 よしんばお持ち帰りをと考えたのだけれど、相手は俊敏だった。

 幾らばかりか言葉を交わしたところで、その足が動いた。全力でダッシュ。気がつけばこちらの脇を通り過ぎて、後方へと駆けていた。その背中は今し方に逃げていったいじめられっ子一同と同様、すぐに曲がり角の向こう側である。

 イジメられっ子とか大好物であります。

 更に言うと、リアル女子中学生みたいな言葉遣いが、恋愛弱者の胸の内に心地良く響きます。過ぎ去った青春の一ページが、なんの気まぐれか、ひらり舞い戻ってきたような感じ。やっぱり恋人にするなら現役JCだよな。

 その願いが叶ったのなら、童貞としての飢えが完全に癒やされる気がする。

「……よし」

 年下の異性とお話して、ちょっとやる気が出てきたわ。
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