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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

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暗黒大陸 七

活動報告を更新しました。

 ドルツ山から空を飛ぶこと半刻ばかり。

 我々は無事にドラゴンシティまで帰ってきた。

 帰宅して早々、魔導貴族は紙面に写し取った魔法陣を研究するのだと、すぐに客室へと引っ込んでいった。どうやら空間魔法とやらは、相当にレアな代物らしい。先の魔法陣を鑑みれば、応用の幅も多岐に渡るだろう。良い機会だし、ヤツが落ち着きを見せたら、隙を見て話を聞いてみようと思う。

 一方でロリゴンはと言えば、久方ぶりに戻ったドラゴンシティの姿を目の当たりとして、テンションも急上昇。誰からなにを言われるまでもなく、街のパトロールへと出かけて行った。曰く、私が留守の最中に問題がなかったか確認しないとな! 町長としてっ! だそう。愛着を持って貰えて嬉しい限りだろう。

 そして、当の自身はと言えば、二人と別れて以降、自室のベッドで一人ゴロゴロしている。お風呂に入ることも面倒で、着替えることすらせずにシーツの上に倒れこんで、ゴロゴロ、ゴロゴロ、なにをするでもなく寝転がっている。他にやるべきことは幾らでもあるのに、どうしても身を起こす気になれないのだ。

「…………」

 理由は偏にゴッゴルちゃん。

 別れ際に見た彼女の立ち振舞が、先刻から脳裏にちらつく。

 それは酷く単純な妄想だ。

 たとえば近い未来の出来事である。再びドルツ山の魔法陣を利用する機会が訪れた際のこと。空間魔法とやらで飛んだ先、例の三十平米ほどの石室で出会うのは、きっと、たぶん、藁敷の寝床で腐敗、或いはミイラ化したゴッゴルちゃんの亡骸だろう。

 もしも彼女が原因として、自分のメンタルがブレイクするとしたら、それは彼女がこちらの心を読んでいた事実以上に、その最後の光景こそ、取り返しの付かない汚泥となって、以降の人生に良くないシコリを残すことだろう。

 そう考えると、どうも億劫な気持ちばかりが膨れ上がる。

 魔法陣を起動するには結構な魔力が必要だ。ステータスを確認した限り、ゴッゴルちゃんでは難しいだろう。だからこそ、彼女はどれだけ強く求めても、こちらを訪れることは叶わず、きっと、自らの生まれを呪いながら朽ちてゆくのだ。

「…………」

 もしかしたら思いとどまるかも知れない。

 それが一番理想的である。

 ただ、現在の自分はどうにも悲観的になりがちで、あれこれと良くない方向に物事を考えてしまう。静かな部屋に一人で過ごしているという状況も良くないのだろう。ただ、今この瞬間は一人で考えるべきだと思った。

 結果として、指向は巡り巡って、あぁ、これはどうしたことか。

「…………」

 いずれにせよロリゴンからの講釈が正しければ、空間魔法の魔法陣は一晩が過ぎるまで利用することは敵わない。こちらから働きかけることもまた不可能だ。

 それなら悩むことはない。

 眠ってしまおう。

 そうだ、それが良い。

 そうしよう。

 きっと明日になれば、少しは心も晴れている筈さ。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 タナカさんが街に戻られました。ファーレン様とドラゴンさんもご一緒です。なんでも暗黒大陸まで行っていらっしゃったそうです。私も噂に聞いた限りですが、とてもとても遠い場所にある大陸です。

 街を留守にしていた期間で、行って帰ってこれるものなのでしょうか。

 特にタナカさんは数日を空けた程度です。どれだけ急いでも、片道さえ儘ならないと思うのは、私だけでしょうか。でも、タナカさんなら或いは、なんて思ってしまいます。

 いずれにせよ、無事に戻ってきて下さり良かったです。このメイド風情、心の底から喜ばせて頂きます。良かったです。嬉しいです。これでようやっと救われます。特に昨今のお仕事的な意味で。

 ただ、もう少し早く戻ってきてくれると素敵でしたね。強く強く思います。おかげでお盆に乗せたお茶は特別製です。

「タナカさん、朝になりました。お茶の用意をしてきました……」

 羞恥と困難を乗り越えたメイドは強いのです。

 攻めます。今日は攻めますよ。

 寝起きを狙ってモーニングティーのお時間に突入です。

 後頭部のあたりがゾクゾクしますね。

 ドアをノックしてお声掛けをさせて頂くことしばらく、お返事がドアの向こう側から聞こえてきました。ちょっと待って欲しいとのお言葉を受けまして、それに従うことしばらく。ややあって、お部屋のドアが内側から開かれました。

 姿を現したのは、普段着に着替えたタナカさんです。

 相変わらず隙のない方ですね。

 私のようなメイドの前でも、寝巻き姿を見せることは稀です。

 お着替えを手伝ったことは一度もありません。手伝えと言われたら嫌ですけれど、一度も言われないと、それはそれで傷つくのが女心というものでして、タナカさんにはそこのところ、ここ数日の留守を預かった苦労と合わせて、ご理解して頂きたく思います。

 いつも見てくるばかりで、手を伸ばされたことが一度もないのです。流石に女としての自信を失いそうですよ。もちろん、伸ばされたら伸ばされたで、それは非常に困るのですけれど。

「おはようございます、ソフィアさん」

「あの、お茶をお持ちしました……」

「おっと、これは素敵なお心遣いをありがとうございます」

 半歩身を引いたところで、今し方に開いたドアを片手に抑えてくださります。こうした何気無いところで妙に気が利くのが、私のご主人様の油断ならないところです。自然と自身に求められるところも、ハードルが上がって思えます。

 パタン、ドアが閉じられるに応じて、タナカさんは部屋の中央に設けられたソファーに向かい、ゆっくりと腰を降ろされました。ちらりベッドに視線を向けると、既に掛け布団は畳まれて、シーツもシワが伸ばされております。

 いずれにせよ私の手により洗濯されることは、タナカさんもご存知の筈です。しかしながら、いつもこうして綺麗にしてあるのです。だからというか、なんというか、まるで年頃の娘さんのお部屋にでもお邪魔したような気分になるのですよね。

 私も十分に年頃の娘なのですが、タナカさんの方が自然に年頃の娘をしているような気がして、これはあれですね。敗北感というやつでしょうか。数ヶ月の付き合いながら、たまに女として、負けた気分になるのです。日常の何気無い場面で。

「…………」

「……どうかしましたか?」

「い、いえっ、なんでもありませんっ!」

 あまりジロジロと見ていては危険です。

 意識を改めてメイドの職務に戻りましょう。私はタナカさんの傍らに立ち、ポットからカップにお茶を注がせて頂きます。コポポポポってな具合です。お茶を煎れるのは得意ですね。実家でもやってましたから。

「ど、どうぞ……」

「ありがとうございます。ソフィアさん」

 ところで、今日のタナカさん、どこか元気がないですね。

 普段ならば例え寝起きであったとしても、胸やお股に視線がチラチラと向けられるのですが、本日はそれがありません。どこか遠くを見るような眼差しで、その焦点すら定まらないまま、正面に向かい呆けて思えます。

 どうしたのでしょうか。

 ちょっと気になりますね。

 思えばノックをしてから顔を覗かせるまでの間も早かったような気がします。男性の方が朝に不自由するというのは理解しております。タナカさんもそれなりに時間を置いていらっしゃるみたいですが、今日はそれが早かったです。

 もしかして、枯れてしまったのでしょうか。

「……タナカさん、お疲れですか?」

「え? いえ、別に疲れてはいませんが……」

 決して気のせいとは思えないのですが。

「さ、差し出がましいことを、すみませんでした」

「いえいえ、こちらこそ気遣って下さりありがとうございます。ソフィアさんにそう仰っていただけて、私はとても嬉しいですよ。心が温まります」

「は、はひっ」

 相変わらず物々しい語り口調です。

 自然と背筋がピンと伸びてしまいますね。

 出会ってからの期間こそ短くとも、タナカさんとは結構な時間を共に過ごしております。男性の方であれば、これだけの時間を一緒に過ごしたのなら、少なからずは見せる内側の顔というヤツが、あるのではないでしょうか。

 実家が飲食店兼飲み屋をしている都合、思うところは多い訳です。

 お酒が入ったら即日一発余裕ですよね。

 しかしながら、一方でタナカさんの寡黙なこと、正直、同じ人間とは思えないストイックさですから、どうしたものでしょう。一貫した態度はまるで崩れることなく、出会ってから本日まで続いております。むしろ気持ちが悪いです。

「留守の間、ソフィアさんには随分とご迷惑をお掛けしたことでしょう」

「い、いえっ! そんなことは……」

 あるのですけれど、自然と首を横に振ってしまいます。

「すみませんでした。今回は完全に私の不注意からのことでして」

「あの、べ、別にわたしは……」

 結局、こうしてタナカさんのペースです。

「……ソフィアさんに、一つ伺いたいことがあるのですが」

「え? わ、わたしにですか?」

 改まって何事でしょう。

 ますます緊張してしまうじゃないですか。

 もしかしてクビでしょうか。

 せっかくお仕事にも慣れてきたのに、それは流石に悲しいと思います。

 恨みますよ、もしもクビになってしまったら、タナカさんのこと、私はきっと恨みますよ。どれだけ素敵な王子様と結婚しても、たぶん、ここでクビになったことは覚えていて、王子様にお願いして嫌がらせとかするくらい恨みますよ。

「ソフィアさんはこれまでの人生で、たった一度でも、もう死んでしまいたいと考えたことはありますか? 自らの手で、自らの命を失わせてしまいたいなと」

「え……」

 なんですかそれは。

 朝っぱらから重いですよ、タナカさん。

 想定外ですよ、タナカさん。

 お答えするにも、うまい言葉が見つかりません。

「あのっ、それは、そ、その、どういった……」

「……すみません、少しばかり勢いが過ぎました」

「…………」

 とても珍しいです。

 こんなタナカさん、出会ってから初めてです。

 普段の余裕が薄らいで思えます

 いつもの飄々とした感じが。

 それは例えば、自分と同じ一人の人間のように。

「…………」

「…………」

 少し気不味い沈黙が、私の心に冷静さを与えてくれます。

 きっと暗黒大陸でなにかあったのでしょう。タナカさんでも、こうして人並みに悩むことはあるのですね。不謹慎ながら、少し、親近感を覚えました

 ですから、私の口も幾分か軽くなって、続くところ開いてしまいます。

「あ、あの……」

 止めておけばよいのに、とは数瞬先の私が頭を悩ませるところですね。

「誰も、きっと、好き好んで死にたいなんて、思う方はいないかと……」

「…………」

 碌に考えることもなく、反射的にこぼれた慰めの言葉です。

 口にしてから、自分でもそれはどうかと、自問自答でしょうか。

「あっ……す、すみません、勝手なことをっ……」

 大慌てで頭を下げます。

 ただ、そうした私の正面で、ふと、タナカさんが。

「そりゃ生きていたいですよね。せっかくこうして、生まれたのですから」

「…………」

 呟かれました。

 正直なところ、彼がなにを考えているのか、私には想像できません。

 しかしながら、その表情は先ほどと比較して、少しばかり前向きなものに感じられます。心なしか瞳の動きも、胸やお股を意識しているような気が。まあ、今はタナカさんがご主人様ですから、服の上から見るくらいは構わないです。見れば良いですよ。

 エステル様やエルフさんのようにサービスはしませんけれども。

 けれども。

「……ありがとうございます」

「えっ……」

 不意に投げ掛けられた感謝の言葉に戸惑います。

 まるで意図が知れません。

「あ、あのっ……」

「ソフィアさん。すみませんが、少し出掛けて来ます」

「えっ、あ、あのっ、お茶はっ……」

「せっかく煎れて頂いたところ申し訳ないですが、後で頂きますね」

「…………」

 なんということでしょう。

 タナカさんは一口としてカップに口を付けることなく、ソファーより立ち上がりました。そして、歩みも早くドアに向かい、私がお声を掛ける間もなく、廊下の先へと駆け足で去って行かれました。

「…………」

 ショックです。

 せっかくのお茶が手付かずだなんて。

 タナカさんはどこへ向かわれたのでしょうか。

 お茶を飲んで下さいよ。



◇◆◇



 ソフィアちゃんに真理を頂戴した。

 誰だって死にたくて生まれてくるヤツはいないだろう。生きたいから生まれてくるのだ。精子だって卵子とガッチャンコしたいから、一生懸命に膣内を泳いで、我先にと子宮を進んで、死に物狂いで卵管攻略を目指すのだ。

 なによりも自分は約束をしたではないか。

 本人の手前で偉そうに語ってみせたではないか。

 貴方の経験を初めて破る人間になりましょう、と。

 まさか相手がこちらの心を把握しているとは思わなかった。けれども、それを理由に前言を撤回するのは、少しばかり卑しいのではなかろうか。約束は約束だ。もしも非があるとすれば、それは事前の確認を怠った自分自身だろう。

 膜ブレイクの誓いは、確かに自らの本心である。

 彼女の膜を破るまで、童貞は街に帰らない。

「…………」

 ということでメイドさんと別れて直後、ドラゴンシティを発った我が身は、飛行魔法で空を飛ぶこと、一路ドルツ山へ。

 焦る気持ちが飛行速度を上昇させる。

 以前に訪れた際と比較して、半分ほどの時間で目的地が見えてきた。一度は訪れた場所というのも大きいけれど、それでも大した勢いだろう。

 炭鉱出入口には例によって並び立つ兵士二名の姿があった。

 共に覚えのある顔立ちだ。

「すみません、失礼しますね」

 飛行魔法をキャンセルして、彼らの正面に降り立つ。

 すると、こちらに気付いた二人は、大慌てに敬礼の姿勢を取る。

「こっ、これはタナカ男爵っ! どうぞお通りくださいっ!」

「お通り下さいっ! タナカ男爵っ!」

 つい昨日、帰路で魔道貴族と共に同所を通行した都合、そこでヤツの顔を目の当たりとした兵士二人は、酷く従順になっていた。貴族云々をようやっと信じて貰えたようだ。今も初対面とは別人を思わせるピリッとした態度で敬礼などしている。

 そんな彼らにこちらは会釈で済ませる。

 いかんせん急いでいるのだ。

 立ち止まる時間も惜しくて、そのまま駆け足で炭鉱へと向かった。

 内部には他に人の気配も感じられない。覚えのある道順を急いで進む。照明代わりのファイアボールが照らす先、自分以外に人の気配は皆無だ。目的の石室までは、すぐに辿り着くことができた。

 もしかしたら魔道貴族あたりが魔法陣の調査に訪れているかも知れない、などと考えたのだけれど、同所は無人だった。昨日は紙面にあれこれと写し取っていたので、自室での研究に専念しているのだろう。

「…………」

 天井に空いた穴以外に出入り口のない一室。

 その中央に描かれた魔法陣を眺めて覚悟を決める。

 最後の利用から一晩が経過した今、空間魔法とやらは起動が可能だろう。魔力を込めてやれば、再びこの身はゴッゴルちゃんちまでひとっ飛び。そして、一晩を過ごすまで、こちらには帰ってこられない。

 ちょっと危うい感じがゾクゾクとくる。

 良いじゃん。良いじゃん。

 行こうかね。

「よし……」

 両手の平を床に向けて、魔法陣に魔力を注入した。



◇◆◇



 浮遊感が訪れると共に、周囲の光景が一変する。

 数瞬前までは百平米ほどあった部屋が、今は三十平米ほど。どうやら空間魔法は無事に起動したようだ。四方を囲う石の並びは、つい先日に目の当たりとしたばかり、記憶に新しいものだった。

 ただ、部屋の様子はと言えば、一変していた。

「なっ……」

 真っ赤だった。

 部屋中が真っ赤だった。

 照明代わりのファイアボールが照らし上げる先、ぬめぬめとした粘液が部屋中に飛び散っている。そして、これに埋もれる形で、おいおい、妖精さんだ、妖精さんがたくさん、部屋のあちらこちらに倒れているぞ。

 それも大半は見覚えのあるスージーだ。

 間違いない、グリーンシルフである。幾十というグリーンシルフたちが、部屋のあちらこちらで倒れている。そして、どの個体も背中から羽を毟り取られていた。ピクリピクリと小刻みに震えている。まだ生きているのだろう。

「あ……」

 部屋の一角っから反応があった。

 ボソリと呟かれたのは、とても可愛らしい低音ロリボイス。

 同所で唯一、自分以外に自らの足で立っている手合だ。

 左手には今まさに仕留めただろう、妖精さんが胸元に掴まれている。そして、右手に二枚一組の羽を掴んでは、ぶちり、根本から豪快にも引き抜く。まるで地面に生えた雑草の類でも引き抜くが如く、淡々とした行いである。

 皮膚が破れて、赤いものがプシャァと飛び散った。

 その飛沫が羽を抜いた彼女の頬を真っ赤に染める。

 部屋の赤と同じ色だ。

 ピギャーと妖精さんの悲鳴が一室に響き渡る。

「……あの、これは一体……」

 問いかけた先は、他の誰でもない、ゴッゴルちゃんである。

 もしかしてグリーンシルフの大群が、彼女の下に復讐へ訪れたのだろうか。もしもそうだとすれば、一方的に巻き込んでしまった都合、とても申し訳ないことをした。この有り様では部屋を掃除するだけでも大変だろう。

「……ちがう」

「…………」

 どうやら違うらしい。

 では何故にスージーたちが、これほど大勢倒れているのか。

 自然と意識が向かった先は、部屋の中央、魔法陣の上に集められた、グリーンシルフの羽である。各個体から毟り取った羽が、そこへ大量に集められている。本来であれば淡い緑色の羽が、今は血にまみれて真っ赤である。

 ふと思い起こされたのは、エディタ先生のお言葉だ。

「秘薬の生成に欠かせない材料、その一つがグリーンシルフの羽だ」「暗黒大陸の中域に生息しているハイシルフの上位種族だ」「その羽には高純度の魔力が宿る」

 高純度の魔力。

 集められた先には空間魔法の魔法陣。

 そして、彼女が最後に見せた願いはと言えば――――。

「……せいかい」

「…………」

 想定を脳裏に上げる間もなく、こちらの思考を読んだ彼女からアナウンスが。

 なるほど。

 ゴッゴルちゃんはグリーンシルフの羽を用いることで、自らの魔力不足を外部から補い、この部屋の魔法陣を起動させるべく考えていたようだ。

 実際に羽からどの程度の魔力を得られるのかは知れない。ただ、過去に確認したステータスを鑑みれば、これだけの数だ、決して不可能ではないように思える。

「…………」

「…………」

 マジか。

 想像してたのと、ちょっと違うな。

 空間魔法により場所を移って直後、血まみれの部屋を確認したところで、終ぞ間に合わなかったかと、胸がとても痛んだ。ドクン、脈打つように痛んだのだ。その想いが伝えるところは、本心からの後悔だろう。

 けれど、実際に間に合わなかったのは妖精さんたち。当のゴッゴルちゃんはと言えば、全身を返り血に染めて、爛々と輝く赤い瞳でジッとこちらを見つめている。表情こそ変わらずとも、瞳の輝きは力強さを増して思える。

 良くない兆候だ。

「羽、無駄になった」

「ええ、どうやらそのようですね……」

 ちょっと怖い。

 血まみれのゴッゴルちゃん怖い。

「お話、したい」

「…………」

 お話をするのは構わないけれど、彼女は魔法陣を起動させて、どうするつもりだったのだろう。暗黒大陸からペニー帝国に舞台を移して、なにをするつもりだったのか。

 正直、尋ねるのが怖い。

「お話をしたい。お話をして欲しい。して貰えないのなら、この魔方陣を起動して、貴方の思考の全てを、エディタ? ソフィア? ファーレン? ゴンザレス? エステル? 誰でもいい、貴方が大切だと思う、大勢の人たちに伝える。なにもかもを伝える」

「…………」

 いかん、いかんぞ。

 ゴッゴルちゃんが壊れてしまった。

 覚悟完了のご様子だ。

 哀れな美少女の救済に向かったら、病んで病んで病み尽くしてお出迎えとか、流石にこれは対処に困る。自殺未遂からの開き直ってドメスティックバイオレンス。伊達に自殺を考えていないな。相当にギリギリ一杯な彼女の心中が窺える。

 他人の心を読めない自分でも、だ。

「わ、わかりました。お話をしましょう。お話を」

 万が一にも魔法陣を起動されたら、今のゴッゴルちゃんでは、なにをしでかすか分からない。自分の恥ずかしいところをバラされるだけならいざ知らず、物理的に他者をゴッゴル致しかねない気迫が感じられる。それだけは絶対に避けなければ。

「本当?」

「ええ、本当ですとも」

「帰らない?」

「か、帰らない訳にはいかないのですが……」

「…………」

 言葉を濁したところ、ジィと真っ赤な瞳に見つめられる。

 白に近い銀髪のオカッパが、浮世離れした赤い瞳と相まってミステリアス。褐色肌で倍ドンだ。これで彼女が醤油顔ラブだったら、それこそまさに自らの求めていた展開なのだけれど、そこんところどうなのだろう。

「では、こ、こうしましょう。私は十日に一度、貴方とお話に来ます。それで手を打って下さい。こちらの魔法陣は一晩を待たねば再利用できませんから、お話する時間は、それでも十分に取れるでしょう」

「五日に一度」

「あの、流石にそれはちょっと……」

「五日に一度」

「……わ、分かりました。良いでしょう。そうさせて下さい

 これって愛されていると考えていいのかな? 病みがちな褐色ロリータに愛されちゃった、みたいな前向き捉えてもいいのかな? いいや、愛するとまでは届かずとも、ちょっと気になる男の子、くらいのご褒美はあっても良い気がする。

 どうなんだい、ゴッゴルちゃん。

「…………」

「…………」

 ゴッゴルちゃん。ゴッゴルちゃん。

 ゴッゴルちゃんのオマンコぺろぺろしたい。

「私との会話に自信を持つ者は大勢いた。でも、すぐに大切なところを読まれて、壊れていった。離れていった。今の貴方のように、自尊心を折るような心中が漏れて尚も、平然と話をする者はこれまでなかった。貴方は会話ができる。私と会話ができる」

「私も貴方のような可憐な方に求められて、非常に嬉しいですね」

 どうやら愛されてはいないらしい。

 完全に孤独を埋める為の道具のようだ。

 他人の心を読める少女は人の深みを知り、やがては達観したクール少女になる、っていう一方的な印象があったのだけれど、普通に考えればこっちだよな。迫害されて、一人になって、孤独になって、メンタルブレイク納得すぎる。

 正常な人格の形成には真っ当な家庭環境が必要ってことだ。

 っていうか、今回のお話を終えて帰ったところで、対となるペニー帝国側の魔法陣を消してしまえば良いんじゃなかろうか。そうすればゴッゴルちゃんはどう足掻いても、暗黒大陸から出られなくなる。幸い彼女は魔法陣の作りを理解していないようだし。

「この距離なら、私は貴方を組み伏せて、縛り上げることができる」

 ええ、そうですね。

 そのとおりだと思います。

 こちらの思惑は全て筒抜けなのですよね。

 ごめんなさい。

 どうか浅慮な醤油顔を許してやって下さい。

「おっしゃるとおり、この狭い室内での対処は非常に苦労するでしょう」

 この緊張感、ロリゴンの腹パンを彷彿とさせる。

 室内だから下手にファイアボールは撃てない。ストーンウォールで壁を作ったら凌げるだろうか。いや、どうだろう。心を読まれている訳だから、常に作戦はモロバレ状態である。対策の一つや二つは事前に打つことが可能だろう。

 この場で争うのは自殺行為だ。

 大人しく彼女の言葉に従うべきだろう。

「……ペニー帝国の場所は知っている」

「大丈夫です。消しません。消しませんから……」

 マジだよこの子。

 あまりにも必死だ。

 どれだけ会話に飢えているんだろう。

 孤独は人をここまで狂わせるのか。

 寂しがり屋さんめ。

「私と話をしてくれるのなら、貴方の大切なところには向かわない。危害を加えるような真似をすることもない。話をしてくれるだけでいい。話をするだけで。それ以上を私は貴方に決して求めないと約束する」

 どうやらオチンチンのご提供は不要であるよう。

 悲しいね。

 無料オプションなのに。

「約束いたしますよ。沢山お話をしましょう」

「ええ、たくさん、たくさん」

「ですが、もしかしたら先に貴方の心が壊れてしまうかもしれません」

「私の心?」

 オマンコ連打で打倒ゴッゴルちゃん。

 セクハラに嫌気が差した彼女が、自発的に距離を取るのを待つ作戦だ。

「大丈夫、そういうのには慣れているから。どれだけ考えてもいいよ」

「…………」

 今のちょっとエロくて良かった

 特に最後の、いいよ、の部分がエッチな響きだった。

 美ロリボイス。

「…………」

「…………」

 どうだまいったか。

 今のは素の反応じゃない。

 意識して攻めたのだ。

 攻撃だ。

「…………」

「…………」

 嘘だよ。

 ごめんなさい。

 素だよ。

 でも、建前ってやつもまた重要だと思うのだがね。

 一方で実態はと言えば、そういうプレイだと考えたら良い。好みの美少女に心の隅々まで掌握されてしまっている。素晴らしいじゃないか。一生に一度あるかないかのミラクルだ。故にこれを楽しむことは吝かでないと自分に言い聞かせる。

 ゴッゴルちゃん愛してる。

「どうぞ、今後ともよろしくお願い致します」

「……よろしく」

 紆余曲折の末、ゴッゴルちゃんの話し相手に就任することが決まった。



◇◆◇




【ソフィアちゃん視点】

 タナカさんを見送って後、メイドは執務室でお仕事をしておりました。

 本当なら留守の間のご報告をしたり、色々と判断の必要な部分を決めて頂いたり、予定を立てていたのですけれど、その全てが保留、ないしは我が身に舞い戻ってきた形でしょうか。タナカさん酷いです。

「…………」

 しかしながら、仕事があるのはありがたいです。

 幸せなことです。

 実家の飲食店という狭い世界で生きていた私にとって、こちらで与えられる仕事はどれも新鮮で、刺激的です。もう少し控えめだったらなぁ、などとタナカさんに心のなかで愚痴をこぼしながら、毎日を頑張っております。

 やり甲斐というやつですね。

 しかしながら、本日のそれは少しばかり、難易度が違って思えます。

「なるほど、タナカ男爵は留守なのですね」

「は、はひぃっ!」

 執務室には私の他に一人、お客様の姿があります。つい今し方、ゴンザレスさんとノイマンさんに案内されてやって来たのです。しかも、お二人は私に彼を紹介するだけ紹介すると、すぐに部屋を去って行ってしまいました。

 去り際に頂戴したのは、「そ、それじゃあ、俺らはこれで失礼するぜ? 街作りが忙しいからな」「ソフィアくん。あとは町長代理兼領主代理の君にお願いする」とかなんとか。日頃のお二人からすれば、些か男気に掛けた物言いでありました。

 おかげで二人きりなのです。

 デスクの正面に用意された、向かい合わせに並ぶソファー。その片割れにお客様は腰を掛けられています。年頃は二十代後半から三十代前半ほどでしょうか。ニコニコとした細目が印象的な方で、とても優しそうな男性です。凄く格好良いです。

 装いはシャツにベストというごく一般的な商人の姿格好をされております。しかしながら、上も下も非常に質の良い仕立てです。それもその筈、こちらの方は貴族様なのだそうです。それも男爵であるタナカさんとは雲泥の差、なんと公爵様なのだそうです。

「た、たたたた、ただいまお茶をお持ちいたしますっ!」

 給湯室へ向かうべく、私は大慌てで立ち上がりました。

 すると、公爵様はニコニコと人の良い笑みを浮かべて仰りました。

「構いません。貴方も仕事があるのでしょう? わざわざ私に構って時間を無駄にすることもありません。こちらが勝手に押しかけてきているのですから、お茶くらい欲しくなったら自分で煎れますよ」

「そそそそそ、そんなっ! 貴族様のお手を煩わせるなど申し訳が立ちません!」

「その貴族様本人の意向ですよ。勝手に待たせて貰っている身の上ですし」

「っ……」

 とりあえず、お茶を煎れることとします。

 私は逃げるように給湯室へと飛び込みました。そして、自分用に購入した高級茶葉を濃い目に煎れてトクトクと。癖でタナカさん用のボトルを仕込みそうになり、これを危ういところで回避です。お盆にお茶菓子と併せてセット完了でしょうか。

 大急ぎでお客様の下に戻りました。

「そっ、粗茶になりますがっ……」

 ソファーテーブルの上、カップにお茶を注がせて頂きます。手も足もガクガクと震えております。ポットの口から出てくるお茶が、コースアウトしてしまうのではないかと、気が気ではありません。

 たぶん、今の私は王女様に煎れた時よりも緊張しています。理由は簡単です。私のような町娘でさえ、こちらのお方の名前は知っております。昨今、ペニー帝国を代表する大貴族であり、国内でも極めて影響力のあるフィッツクラレンス家のご当主様。

 そうなんです。

 こちらのお方は、なんとエステル様のパパさんなのです。

「気を使って下さり、ありがとうございます。ソフィア・ベーコンさん」

「ひっ!? あ、あのっ、どうして私の名前をっ……」

 そう言えば、ノイマンさんが名前を呼んでいたような。

 いいえ、だとしても苗字までは口にしていませんでしたよ。

「貴方に関しては娘から色々と伺っておりましてね。なんでも主人思いの良いメイドだとか。学園では自らの身を顧みず、タナカ男爵の危地を救ったこともあるそうで。更にこうして今は領主の代わりまで勤めていると」

「もももももっ、申し訳ありませんっ! 申し訳ありませんっ!」

 これはどうしたことでしょう。エステルさまから色々と伝わってしまっているようです。貴族様に名前を覚えられるなどと、そのような恐ろしい、いいえ、名誉なこと、私のような一介のメイド風情には過ぎた栄光です。

 どうか、どうか今この瞬間にでも忘れて頂きたいです。

「謝罪する必要はありませんよ」

「で、ですがっ!」

「どうぞ、仕事を続けて下さい。私はお茶を楽しませて貰いますので」

「こここ、公爵様にそのような失礼はできませんっ!」

「貴方の仕事の邪魔をしたとあっては、タナカさんに怒られてしまいますからね」

「滅相もございませんっ! そ、そのようなことは絶対にありませんっ!」

 街の噂に聞いていたフィッツクラレンス公爵とは、なんだか印象が違います。もっとこう、恐ろしい方を想定しておりました。平民を人とは扱わず、気に入らない相手には問答無用で、みたいな、そういう感じです。

 このような物腰の低い方とは思いませんでした。しかしながら、こういう人ほど本当は怖いのです。ぜったい、そうに違いありません。裏では何を考えているか、分かったものではありませんよ。

「では貴族として平民である貴方にお伝えします。ご自身の仕事を優先して下さい」

「ですがっ……」

「公爵である私の言葉が聞けませんか?」

「も、もももも、申し訳ありませんっ!」

 大慌てでデスクに戻ります。

 椅子に腰掛けます。

 手にはペンを。

 視線の向かう先には書きかけの帳簿が。

「…………」

「…………」

 とは言え、この状況で真っ当にお仕事などできる筈がありません。数字がまるで頭に入ってきません。頭の中が真っ白です。しかも公爵様は本当にタナカさんの帰りを待たれる心積もりのようで、カップを片手に寛いでいらっしゃいます。

「…………」

「…………」

 どこに行ってしまったのですが、タナカさん。

 どうか、どうか早く返ってきて下さい。

 お腹痛いです。

 もう、これ以上は挫けそうです。お腹痛いの辛いです。

 脇の下も汗でぐちゅぐちゅです。

 お部屋のベッドで、ずっとずっと、毛布に包まれていたいです。



◇◆◇



 ゴッゴルちゃんの容態は落ち着いたものの、依然として面倒は山積みだ。

 差し当たって、昨晩までは小奇麗だった彼女のお部屋が、グリーンシルフの血によって真っ赤である。今後の生活を思えば早急に解決すべき問題だろう。足の踏みどころもないほど、そこらかしこに血液が飛び散っているのだから。

 瀕死の妖精さんたちには、回復魔法など掛けてみたところ、その大半が蘇った。ただ、まさかお話など叶う状況ではなくて、身体の自由を取り戻した途端、我先にと同所から逃げ出していった。想像した以上に心が切なくなった。

 完全にグリーンシルフとの縁は切れてしまった。

 他方、一連の行いを眺めるゴッゴルちゃんは酷く淡々としたもの。表面上これまでとなんら変わりない。涼し気い顔して随分と良い仕事するよな。羽を毟ることには納得したものの、流石に数が数なのでハードルが高い。

 腹パンドラゴン然り、それが暗黒大陸の流儀だといえば、それまでだけれど。

「とりあえず、この部屋をなんとかしないとまずいですね」

「……それは後で構わない。それよりも話をする」

「なら話しながら掃除をしましょう。その方がお話も弾むと思います」

「…………」

 表情こそ変化は見られないが、返答がないのは不服の現れだろう。なんとなく彼女の感情の変化を理解しつつあるぞ。その内側を妄想しつつ眺めると、普段からのジト目が殊更に可愛いく思えてくる。

「とはいっても、それなりに道具がないと、これは難しそうですね」

 場所が地下である為、水に流すことも難しい。下手にバシャバシャしたら部屋自体が水没してしまう。それとなく室内を確認してみたけれど、排水管が敷かれている様子は見受けられなかった。元在ったとおり綺麗にする為には、ポンプの類が必要だ。

 いやまてよ、そうしたら魔法陣まで一緒に流れちゃったりしないだろうか。

「……ポンプを買ってくる」

「流すつもりですね?」

「…………」

 くそう、なんて厄介なんだ読心術め。

 その涼しげな表情が憎たらしいぜ。でも可愛いぜ。

 ベロチューしたい。

「大丈夫、魔法陣はしっかりと刻まれている。水で流れたりしない」

「……であれば良いのですが」

 もしかしてジョークのつもりだろうか。

 冗談になってないだろ、ゴッゴルちゃん。

 ひやっとしてしまったぞ。

「ポンプを買いに向かうなら、私もご一緒させて貰います」

「何故? ここで大人しくしている」

「いえ、今の貴方を一人にするのは、流石に不安なものでして」

 それに自身もまた本日の昼食や夕食だとか、一晩を明かすに毛布の類だとか、色々と入り用だ。次に訪れる際、あれこれと持ち込む腹積もりではあるけれど、近々で必要となる日用品は決して少なくないのだよ。

「……分かった」

「ご理解ありがとうございます」

 しかし、読心術も真っ当な意見交換には便利だよな。

 いちいち口にしなくて良いというのはストレスフリーだ。

「本当に?」

「ロコロコさんの気を悪くしたのであれば謝ります」

 流石に便利というのは言葉が過ぎたな。ゴッゴルちゃんにとっては不便こそしていても、便利であった試しなど、きっと碌にあったものではないだろう。少しばかり調子に乗り過ぎたかも知れない。

「…………」

「……大丈夫ですか?」

「別に、なんでもない」

「そうですか」

 ちなみに彼女の名前を口としたのはこれが初めてのこと。

 出会って数日の間柄ながら、それなりに時間を過ごしたので、試しに呼んでみた次第である。せっかく可愛い女の子と一緒なのだから、互いに名前で呼んで呼ばれてな間柄になりたいじゃないの。

 なんて考えたところ。

「っ……」

 ビクリ、褐色ロリータの肩が震えた。

 なるほどなるほど、ドンピシャだ。

「……ロコロコさん?」

「…………」

 これはあれだ、見方を変えてみよう。たしかに心を読めてしまうのは不便かもしれない。一方で心を読まれてしまうというのは、そう、決してマイナスばかりではない。こうして稀に一撃を喰らわしてやることができる。

 なんて自らのメンタル保全を行いつつのトーク。

「幾らなんでもそれは前向きすぎ」

「名前を呼ばれるのは嫌ですか?」

「……別に」

「では、これからもたまに呼ばせていただきますね」

 ロコロコちゃんに逆レイプして欲しい。

「…………」

「…………」

 あぁ、気を抜くとすぐにこれだ。

 でも自分に嘘はつけないって、偉い人も言ってた。

 彼女の前では常に素直でありたいものだな。

「ところで、一つ提案したいことがあるのですが……」

 話題を変えよう。

 出来る限り彼女に負担を掛けないで済むよう、自然な話題を。

「……なに?」

「先に約束したとおり、私は貴方の下へ定期的に訪れます。ですので、まずは部屋の片付けにも先んじて、枕元に置かれた毒物をどうにかしたいなと考えているのですが」

「…………」

 二人の視線が向かう先、そこには木箱が。

 内側に納められたるは、魔道貴族曰く暗黒大陸に在っても大した毒物。

 彼女が自決の為に用意した代物。

「……三日に一度」

「はい?」

「三日に一度、来て欲しい」

「……それはどういったことでしょうか?」

「そうしたら捨てる」

「…………」

 ここで条件を訂正してくるとか、本格的にメンヘラってる。

 最近のエステルちゃんもそれっぽい感じあったけれど、この褐色ロリータは最初から全力だ。ヤバイよゴッゴルちゃん。相変わらずな無表情が拍車を掛ける。

 でも、三十越えて童貞だと、手首のメンヘラカット痕とか、むしろクリピアス級のオシャレだからな。率先して声かけたくなっちゃう。

 だってメンヘラっ子ってエッチだっていうし。濃厚なセックスが大好きだっていうし。そういうの、凄くいいと思います。今月はメンヘラ強化月間。

「……四日に一度でもいい」

「…………」

 しかも速攻で譲歩しちゃうところが、ちょっとグッと来た。

 くそう。

 完全に手玉に取られているぞ。

 童貞の心が。

「五日に一度は変えられません。私にも予定がありま……」

 心を読まれている都合、完全にゴッゴルちゃんのペース。

 これはマズいと意識を改める。

 少し強気に出るべきだろう。

 なんて今後の対応を考えていた最中の出来事であった。

「突入っ!」

 第三者の声が響いた。

 かと思いきや、バァンと大きな音を立てて、部屋の戸口が外側から内側に向かい、勢い良く吹き飛ばされた。どこの戸口かと言えば、屋外からゴッゴルちゃんの居室に繋がる唯一の出入口であって、地上に通じる木製のドアだ。

 はじけ飛んだ蝶番がカランカラン、乾いた音を建てる。

 その先には今まさに足を蹴り上げて、ドアを壊しただろう者の姿がある。

「なっ、き、貴様はっ……」

「これはまた、いきなりな登場ですね……」

 ダークムチムチだ。

 ダークムチムチがやって来たぞ。

 しかも彼女の後ろには他に大勢、見知った手合が連なっている。それは例えば東西の勇者パーティーであったり、チャラ男パーティーであったり、学園都市の教授陣パーティーであったり、アウトロー混成パーティーであったり、他にもいろいろと実に様々な。

 流石にこれは想定外だろう。

 ここはビッグウォール界隈からすると、結構奥まった位置にある。なるほど、それでも流石に数十人と集まれば、トリさんの一匹くらい倒せてしまうのかもしれない。店員ロドリゲスが語ってみせたところ、黄金パーティーの本領発揮である。

「な、何故に貴様がこのような場所にっ!?」

 吠えるダークムチムチ。

「それは私のセリフですよ。どうして貴方がこのような場所に?」

「…………」

 ゴッゴルちゃんと二人立ち並び、お客さんに向き直る。

 君らは壁を調査していたのではなかったのかね。

 一方、相手は我々を目の当たりとして直後、完全に硬直だ。

「おい、その女はゴッゴル族ではないのか!?」

 ダークムチムチが吠える。

 その眼差しは我が麗しきお話相手を睨むように見つめている。

「だとしたら、なにか問題がありますか?」

 褐色の肌に白銀色の髪、それにお尻から伸びた悪魔っぽい尻尾は、ゴッゴル族の証だという。魔導貴族が言ってたので間違いない。一目見て判断されるあたり、きっとこちらの世界では広く知れた常識なのだろう。

 そんなゴッゴルのうら若き乙女の姿を確認した途端、ダークムチムチの表情が凍る。うわ、マジかよ、みたいな。伊達に暗殺者なんてジョブしていない。きっと人に知られては不味いところが、胸の内には沢山秘められているのだろう。

「いやまて、暗黒大陸の深部にゴッゴル族だなどと聞いたことがない」「あの者たちの生き物としての程度は、我々人間と大差ないぞ」「そ、そうですよね。まさか、暗黒大陸で生き抜いていけるほど強靭ではなかったはずですっ!」「私も同意見です」「となると彼のパーティーメンバーということかしら?」「そんな酔狂なっ……」

 これに異を唱えたのが学園都市の教授陣である。

 知識アピールの機会を得たことで、途端に賑やかとなる。

 これを制するよう、西の勇者ピエールが声も高らかに言った。

「僕らは魔王復活の調査を行っている。今回の又と無い機会を用いて、他のパーティーにも協力して貰い、ビッグウォールの調査から続いて、暗黒大陸の深部へ足を踏み入れることと決めたんだ。そうした最中、この地下に続く階段を見つけた」

「なるほど、たしかに以前も仰っていましたね」

 流石は勇者さまだ。

 こちらが欲しいところを的確に教えてくれる。

 数多の優秀なパーティーが、理由はどうあれ結束したのだ。これを期に大きな仕事を成そうと考えるのは自然な流れだろう。更に暗黒大陸の深部と言えば、地図も引かれていない未開拓の地域だという。

 これは勝手な推測だけれど、そこに轍を作るという作業は、冒険者として極めて名誉な行いに違いあるまい。いわゆる教科書に載るタイプのお仕事だ。だからこその結束であり、今こうして出会った我々と彼ら彼女らなのだと考える。

「ところで君は、このような場所でなにを?」

 ダークムチムチに代わり、問い掛けてくる西の勇者ピエール。

 彼の他、後ろに連なる面々からもまた、ジィと一様に視線を向けられている。階段を下りきらない場所にも、まるで飲食店の前にできたランチ行列のよう、人の並びが窺える。まったくもう、大繁盛じゃないですか。

 別になにも悪いこととかしてないのに、妙な罪悪感を感じる。

「詳しいところはお伝え出来ません。ただ、ここは彼女の自宅です」

 視線にゴッゴルちゃんを指し示して応える。

 ペニー帝国に暗黒大陸へ通じるワープ装置があることは、他国の人間には伝えないほうが良いだろう。ここは同国の貴族として、国内の利権を守るよう動くべきだ。あとで宰相あたりからいちゃもん付けられたら堪らないからな。

「この遺跡がかい? それにしては随分と散らかっているようだけれど」

 西の勇者ピエールの視線が向かう先、そこにはグリーンシルフの血液が。

 凡そ年若い少女が日々を過ごすスペースには思えない。

 自分もそう思う。

 っていうか、ここ最近この手のニアミスが多い気がするのだけれど、もしかしてステータスのLUCが下がってきている点と関係していたりするのだろうか。今後を慎重に見守る必要があるような気がしないでもない。

 ちょっと確認しておくか。



名前:タナカ
性別:男
種族:人間
レベル:205
ジョブ:錬金術師
HP:201800/201800
MP:410000110/410000110
STR:15012
VIT:12711
DEX:20100
AGI:31322
INT:33010005
LUC:-7100



 マジかよ。

 低いだろうなぁとは思ったけれど、まさかマイナス四桁とは思わなかった。大幅に上昇したレベルが気にならないほどに、LUCが下がってしまっている。

 レッドドラゴンくらいなら、真正面からガチンコ勝負できるほどのステータスが、LUCただ一点において、即負けしてしまいそうな危うさを感じる。

 そもそもLUCって具体的になんだよって。

 もしも今の危機的状況がLUC依存なのだとしたら、これ以上、下手にレベルは上げられないぞ。いずれは致命的なところまで進んでしまいそうだ。

「……どうかしたのかい?」

「い、いいえ、晩御飯の支度に少しばかりエキサイトしてしまいまして」

「そうかい? 君がそう言うのであれば、僕はこれ以上を追求しないが……」

 流石に良い言い訳が浮かばない。

 傍目、完全に怪しい儀式の最中だもの。

 勇者さまからの指摘が非常に辛い。

「ところでジャーナル教授、一ついいだろうか」

「なんじゃ? スター殿」

「先の話からすると、彼女は普通のゴッゴル族とは違うのかい?」

「それはどういったことじゃろうか」

 わずか数日を共に過ごした間柄だろうに、いつの間にやら、互いに名前で呼び合う仲を披露してくれる。流石は勇者さまだ。コミュ力高い。きっと学園都市の綺麗どころをパーティーメンバーとして迎え入れちゃったりするんだろうな。

 きぃくやしい。

「暗黒大陸にゴッゴル族は分布していないのだろう?」

「そうじゃな。もしも儂の知識が正しいのであれば……」

 ジャーナル教授は西の勇者ピーエルからゴッゴルちゃんへと視線を移す。

 他の面々は教授の一挙一動に注目だ。部屋中を真っ赤に染めるスージーズの血液が、否応なく、立ち会う者たちの気分を盛り上げて思える。

 彼は少しばかりを溜めてから、厳かな調子で続くところを述べた。

「その者は恐らく、ハイゴッゴルではかなろうか」

「ハイゴッゴル?」

「うむ。ゴッゴルの上位種族と称すべき存在だ」

「そのような種族があったとは初耳だね」

「儂も文献に追った限りだ。なんでも暗黒大陸に適応したゴッゴル族らしい。通常のゴッゴル族とは一線を画した身体能力を誇るそうじゃ。ただ、それ以上に特筆すべきは、より発達した読心にあるという」

「あぁ、あれかい? 触れたものの心を読むという」

「それは従来のゴッゴル族の話じゃろう。ハイゴッゴルは対象へ触れることなく、相手の心を読むことができるそうじゃ。大聖国の目録にそのような古文が残されていたのを読んだ覚えがある」

「ふ、触れずとも、かい?」

「文献の記載が正しければ、おおよそ槍が届く範囲は、その射程に収まるのだという。この距離であれば読まれることはないと思うが、個体差がどの程度あるものなのか。叶うことなら確認してみたいものじゃ」

「なんとっ……」

 ジャーナル教授の言葉を耳として、西の勇者さまが後ずさる。

 その動きは他者へも伝搬した。都合、混成パーティーの面々が全体として数メートルばかり後退だ。部屋の出入り口に設けられたドア付近からダークムチムチも含めて、先頭集団が一様に遠退いた。

 叶うことなら、俺も取り返しのつくうちに後ずさりだかった。

 後ずさりたかったんだよ、ゴッゴルちゃん。

 ベロチューしたい。

「如何せん古い文献であるが故に、真偽の程は定かではない。だが、こうして実際に暗黒大陸の深部で出会った点を鑑みれば、それなりに信憑性のある話のように思える。少なくとも隣に立つ相手の心を読むくらいは造作もないじゃろう、と思うのだが……」

 自然と皆々の視線がこちらに向かう。

 俺、注目されてる。今最高に注目されている。だって、ゴッゴルちゃんの隣に立っているから。手を伸ばせば触れられる距離というやつだ。槍どころかナイフでも十分に届いちゃう。思わず肩を抱きたくなるな。

「……君は、彼女を理解しているのかい?」

「少なくとも、今し方にジャーナル教授が述べてみせた程度は重々に」

「そ、そうなのかい……」

 来いよ。ズズイと来ちゃいなよ。

 君らも一緒に感じようぜ。

 ゴッゴルちゃんに心を丸裸にされる快感を。

「どうしました?」

「いや、その、なんだ? よくまあ平然としていられるものだとな。感心してしまった訳なんだが、それともなんだ? 君ほどの実力者であれば、たとえゴッゴル族であろうとも、その思考を読まれることはないと?」

「ぜんぶ、読めてる」

 間髪置かずに、ボソリ、ゴッゴルちゃんが呟いた。

 そこは黙っておいてくれた方が嬉しいんだけれどな。

「……だそうです」

「そ、そうかい……」

 これを受けては、流石の勇者さまも返す言葉を失った。

 しばしの沈黙。

 なんとも気不味い雰囲気だろう。

 このままではいかん。

 話題を変えるべく試みる。

 自分が何故にゴッゴルちゃんと一緒にいるのだとか、そのあたりの話題に突っ込まれたら非常に危うい。今一番に注力すべきは、我々のプライベートなところに話の流れが向かないよう会話の流れをコントロールすることだ。

「彼女に対して声を上げるのは、この場では控えませんか? ただでさえ当人のお宅に押し入って、あまつさえドアを蹴り壊してしまったのですから、その辺りは慎みというか、他人を思いやる心を持って接していただけると嬉しいのですけれど」

「君は人ならざる者にも心を割くのかい?」

「美しい女性は人に限らず私の信仰の対象ですので」

 こればかりは本心だ。

「なるほど、どうやら今この瞬間、少し君という存在を理解できた気がする。君の顔を立てるという意味でも、ひとまずゴッゴル云々はおいておこう。我々には君たちと敵対する意志などまるでないのだから」

「ありがとうございます」

「ただ、僕はどうしても君に訪ねたいことがある」

「……というと?」

「人の姿をしていながら、人を遥かに超えた力を振るう君という存在が、僕にはまったく理解できないんだ。この場に出会った事実すらも、全てが仕組まれた、君の思うところが我々に与えた機会なのではないかと」

「…………」

 言わんとすることは理解できる。

 あまりにも怪しいヤツだよな。

 更に自分とゴッゴルちゃんの背後には、幾重にも重なりあったグリーンシルフの羽と血液とが、怪しい魔法陣の上に放置されている。如何に乙女の居室を言い訳とするにしても、このサバト的光景を誤魔化すには無理がある。

「君には悪いけれど、僕は疑念を持っている。暗黒大陸のモンスターさえものともせず、あまつさえフェニックスさえをもファイアボールで往なすだけの実力を備えている存在、それが人の姿を成し、人に紛れて活動している」

「なんでしょうか?」

「君は魔王や魔王に類する存在、ではないだろうか? こういうことを命の恩人である君に言うのは、気が引ける。けれど、僕は勇者としてこれを為さなければならない。君という存在は、人として、あまりにも異質ではないか」

「…………」

 なんとまあ、随分とストレートな物言いだろう。

 大聖国の聖女様のお言葉とは、それほどまでに影響力のあるものなのか。

 これはもうまさに、ゴッゴルちゃんの出番だ。

 是非とも心が読めるが所以の言い訳を述べて頂きたい。

 さぁ、どうぞ。

「……そう、この人は魔王の化身」

 おいちょっと、なんでそうなるんだよ。

 ゴッゴルちゃん嘘は良くないと思う。

 応じて、こちらを見つめる誰も彼もの瞳が見開かれた。

「なっ……」「そ、そんなっ……」「いやしかし、あれだけの魔力は相応の背景がなければ説明がっ!」「タナカさん、ま、マジなんすかっ!」「俺にくれたヒールはっ! あの手厚いヒールは、う、嘘だったんですかっ!?」「ま、魔王の化身だと!?」「どおりで強いわけだっ!」「だから、フェニックスをああも簡単にっ……」

 あれこれと言われている。

「ち、違いますっ! 私は普通の人間ですっ!」

 ゴッゴルちゃんの狙いはなんだ。

 いや、考えるまでもない。病んでいる彼女の考えていることなど、心を読むまでもなく理解できてしまう。人類というパーティーから醤油顔を爪弾き。彼女の隣以外、他に居場所を与えるまいという戦法だ。三日に一日が二日に一日へ、やがては毎日に至る道。

 全ては彼女が孤独を癒やす為の行い。

「…………」

 ちらり、当人に意識を向ける。

 すると述べられたところは。

「……せいかい」

「いや、正解じゃないですよ……」

 ロリゴンの腹パンじゃないけれど、ゴッゴルちゃんの虚言癖も相当なものだ。むしろ、回復魔法で癒やすことが不可能である分だけ、より性質が悪いぞ。何気無い一撃で人間関係をズタズタにしてくれる。

 これはヤバイ。

「いったい何が目的なんだい? どうか、僕に教えては貰えないか?」

 魔王の化身呼ばわりが暫定適応されたところで、尚も西の勇者さまからはトーク継続のお知らせ。いきなり殴りかかって来ないのはありがたい。フェニックスの一件で恩義を感じているのか、それとも勝機がないと考えているからなのか。

 いずれにせよ、このワンクッションは非常にありがたい。

「今のは彼女なりの冗談です。真に受けないでください」

「……冗談?」

「ええそうです。私は普通の人間です。皆さんと変わりありません」

「…………」

 ゴッゴルちゃん。フォローして、フォロー。

 じゃないともう二度と来ないよ。ここに。マジで。

「……ええ、冗談。嘘を言って、ごめんなさい」

 よし。

 ペコリ、ゴッゴルちゃんが頭を下げた。

 素晴らしきは言葉を介する必要のない意思疎通。

 当然、皆々を代表するよう問うてくる西の勇者ピエール。

「……本当かい?」

「本当」

 これにゴッゴルちゃんは粛々と頷いてイエス。

「…………」

「…………」

 果たして理解して貰えただろうか。

「ず、随分と仲が良いようだね。君と彼女とは」

「それはもう、私は心の全てを読まれておりますから。それで尚も、こうして肩を並べて下さることを思えば、彼女の心の広さは他に比肩するものがありませんね。これほど喜ばしいことはありません」

 愛しているぜゴッゴルちゃん。

 お願いだから逆レイプして。

「……それはいや」

 今は反応しなくていいよ。

 会話の流れが混乱するからさ。

「だとしたら、君という存在は一体……」

 ゴッゴルちゃんのフェイントも手伝い、困惑も著しい西の勇者ピエールと彼が率いる黄金パーティーの一同。状況は最悪だ。他の面々も同様に訝しげな眼差しを向けてくれる。つい数日前までは同じパーティーで頑張っていたのに悲しいじゃないの。

 だがしかし、ここは暗黒大陸だ。怪しいモノは全て疑って掛かるのが当然である。そして、この場合で疑わしモノとは、すなわち人以外の全てである。こちらに味方する声は、残念ながら一つも聞こえては来なかった。

 チャラ男ブラザーズでさえ、どうしたものかと悩む素振りを見せるばかり。

 そして、こと他人を疑うことに掛けては一級品、ヤツが動いた。

「だ、ダマされるなっ! そいつは危険だっ!」

 他の誰でもない、ダークムチムチだ。

 彼女の土壇場における判断力は大したもの。

「そいつは高位の魔族ですら圧倒する力を備えているっ!」

 いつぞやの紛争に際して、プッシー共和国と争った出来事を指し示してだろう。縦ロールが従えるマゾ魔族との一戦には、彼女の姿もあった。心など読めなくても、その表情からは全てを読み取ることができるぞ、ダークムチムチ。

 多勢に無勢、今この流れで屠ってしまおうという算段なのだろう。

 伊達に有名所が組んでいない。規模としては先のグリーンシルフ軍団に勝る戦力だ。そして、こちらはと言えば、数にものを言わせた戦略にすこぶる弱い紙装甲。如何に無敵モードであっても、連打される即死級魔法は恐れが先んじる。

 相変わらず大局を見る目が素晴らしい。

「だとすれば、どういったことでしょうか?」

 少しばかり声を低くしてお尋ね。

 すると、彼女は続くところ、声を震わせながらも語ってみせた。

「魔王の化身とあらば、こ、この場で打倒するべきだ!」

 以前より裏切り芸に磨きがかかって思える。

 彼氏と彼女の位置関係に垣間見たお乳が、今はとても遠い。

 ただ、一度は裏切られている都合、あまりショックじゃないかも。

 今回は無理矢理パーティーに誘ってしまったという負い目もある。

「打倒してどうするのですか?」

「そ、それはっ……」

 試しに問いかけてみると、すぐに言葉を失うダークムチムチ。

 漆黒プリケツ舐めたい。

「これ以上のお話は難しそうですね。今日のところはお引取りください」

 まさか彼らに手を出す訳にはいかない。誰もがグローバルに活躍する一流プレーヤーばかりだ。万が一にも敵対したのなら、ゴッゴルちゃんの策ではないけれど、人里での生活を国を跨いで阻害されることになるだろう。

 それこそエステルちゃんの実家、フィッツクラレンス家でさえ比ではない影響力だ。全世界的に指名手配って感じ。そうなったら国外逃亡でも逃れることはできない。ゴッゴルちゃんと同じポジションに落ち着く羽目となる。

 だからこそ、ゴッゴルちゃん、攻撃しちゃ駄目だよ。絶対に駄目だよ。

「…………」

「…………」

 いや、本当に頼むよ。

 じゃないとこれ、どう考えても君を殺して私も死ぬ系のエンディングしか待ってない。もちろん君がゴッゴルちゃんで、私が自分だ。それでも君が私を逆レイプしてくれるのなら、私は君と二人だけの世界を作ることも吝かではないのだけれど。

「……そう」

「ええ、そうなんです」

 この子、少なからず考えてたよな。

 攻撃するっていう選択肢、抱えてたよな。

 釘刺して良かった。

 あと逆レイプは本格的に駄目っぽい。くそう。

「一つ確認したい」

 今度は東の勇者が問うてきた。

 相変わらずドラゴン退治してそうな面構えだ。シリアスな表情も非常に格好いい。防御力の高そうな紫のフルプレートメイルが臨場感を掻き立てる。手にした剣もMPを使わずに炎系の魔法とか撃てそうなデザインだ。

 油断なく身構えたその姿からは、疑念と恐れの入り混じった感情が伺える。

「なんでしょうか?」

「本当にお前は魔王と無関係な存在なのか?」

「ええ、無関係です」

「それを示すだけの証があれば、我々も納得できる」

「そうですね……」

 彼もまた西の勇者と同様、争いは回避したいよう。

「流石にこの状況では、そこのエルフの言葉の方が信憑性を帯びて思えるだろう。グリーンシルフの血と羽を用いて、なにをするつもりだったんだ? すまないが、俺には良くないものを召喚する現場に居合わせてしまったようにしか思えないんだ」

 まったくもって仰るところはごもっとも。

 これほど魔王召喚の儀っぽい背景もないだろう。

 床に描かれた魔法陣と血のコラボレーションとか鉄板。

「たしかに東の勇者さまの言わんとするところは理解できます」

 しかしながら、魔法陣云々に関しては、正直なところお伝えしたくない。強いては空間魔法のあれやこれやに対する情報を与えることになる。繋がっている先が繋がっている先なので、この点はどうしても譲れない。

 貴族としての立場上、後で情報を漏らした責任を取れとか言われたら大変だ。状況によっては同領土を納めるエステルちゃんにまで被害が及ぶかもしれない。なにより貴族の親と子による関係上、彼女は我が身の連帯保証人的な位置づけにある。

 あぁ、そう思うと下手は打てないぞ。無理矢理に責任を取らされて、段々と堕ちてゆくエステルちゃんも非常に魅力的だ。しかし、流石にそれは恩義に欠く行いであるからして、今は脳内で妄想するだけに留めておこう。

「ただ、この度の実験はペニー帝国における機密となりますので、大変に申し訳ありませんが、お伝えすることはできません。それでも子細をご用命とあれば、お手数ですが我が国のファーレン卿を通じて、ご連絡を下さい」

「ファーレン卿? それはペニー帝国が誇る魔道貴族のことか?」

 魔法キチガイの名に反応したのは、ジャーナル教授だ。

 魔導貴族ってば誇られてるのかよ。

 流石だな。その名は海外にまで及んでいるよう。

「ええ、そうです。私の名前を出して頂ければ、彼は必ず応じるでしょう」

「……なるほど、ヤツが一枚絡んでいるという訳か」

 こんなところでも役に立つ魔導貴族の有用性といったらもう、あの男と結婚する子は間違いなく、この世で一番に幸せなお姫様だろうさ。

 おかげで会話の流れも少しばかりこちらへ向いて思える。

 ダークムチムチには悪いけれど、ここは多少強引にでも乗り切らせて貰おう。

「そういう訳ですから、この場はお引き取り下さい。先程も申し上げましたが、ここは彼女の自宅なのです。年若い少女の居室へ無断に足を踏み入れて、あまつさえ剣や杖を振り上げるなど、凡そ人としてあるまじき行いかと思います」

 果たしてゴッゴルちゃんを担ぐことに意味があるのか。

 ないのだろうか?

 いいや、きっとある。

 世界は顔だ。顔が全てだ。

 かわいい少女とイケメンが全てを決するのだ。

「……分かった。そちらの言い分は理解した」

 静々と頷いて応じる西の勇者ピエール。

 流石はイケメンだ。女性に対する扱いがなっているじゃないか。

 もしもブサメンが相手だと、こうはいかない。

 ブサメンは女性からリターンを受ける機会が少ないのだ。御恩と奉公、否、ヨイショとセックスの関係が成立しないのだ。どうがんばってもセックスを得られないのにレディーファーストを掲げるなんて、現代日本の草食系ブサメンくらいなものさ。あぁ。

「ご理解いただけて何よりです。では大変に恐縮ですが……」

 お帰り願えませんでしょうか。

 適当に締めの言葉を続けようとしたところで、それは響いた。

「ぎゃぁあああああああ」「ま、魔族だっ! 魔族が来たぞぉおおおっ!」「逃げろッ! 逃げるんだっ!」「態勢を整えるんだっ!」「勇者さまだっ! 勇者さまのパーティーにお声をっ!」「うぉあああああああああああああっ!」「たのむ、か、回復魔法をくれっ! 回復魔法をぉっ!」

 今度はなんだよ。

 悲鳴はゴッゴル邸に通じる階段の上の方から聞こえてきた。地上に待機する面々が、何某か脅威と遭遇したのだろう。最後に確認した限りであっても、三桁近い人数であった。それだけの数が控えていれば、流石に人目は隠せまいて。

 だがしかし、魔族とはまた物騒な話だ。どのような手合だろう。思えば数日前のトレインにも、それっぽいヤツがちらほら紛れていた。あれこれと疑問は湧いて出る。そうこうする間に、そいつは階段を下り姿を現した。

「む、き、貴様っ!」

「なんとまあ、これはこれは……」

 マゾ魔族だった。

 キモロンゲだった。

 よりによってこのタイミングで現れるってどうなのよ。
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