挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫
57/131

暗黒大陸 三

 パーティーメンバーが数名ばかり増えた。

 良いことだ。

 少なからず勢いも乗って、ズンドコと森のなかを歩み進む。

 しかしながら女の子たちとはお話できないままだ。一方で左右から与えられるチャラ男からのヨイショ攻撃は激しさを増して、世の中の不条理を嘆くばかり。唯一の救いは視界の先、パーティーの先頭を歩むダークムチムチの尻か。

 足を動かす都度、左右に揺れる熟れた桃だけが、童貞野郎の心の支えである。

 そんなこんなで半刻ばかり歩んだ頃合いだった。

「うぉああああああああああああああっ!」

 またしても悲鳴が聞こえてきた。

 向かう先、茂みの向こう側からである。

「た、タナカさんっ! なんか聞こえてきましたよっ!」「今の、マジでヤバ気じゃないッスかっ!?」「だよなっ! マジやばそうだし! 絶対にキテるし!」「もしかしてヤバイのが出たんじゃ……」「だよなっ! ヤバイって思うよなっ!?」

 大丈夫。言われなくてもヤバいくらい理解してる。

 むしろ君らの焦り具合のほうが危ない。先の一戦で余程のこと怖い思いをしたのだろう。軽くトラウマって思える。女の子たちが無言で付いてくるのとは対照的、やたらと喧しい男二人である。

「おい」

 先頭を歩むダークムチムチが歩みを止めてこちらを振り返った。

 彼女の言わんとすることは理解できる。

「……先程と同じような形で」

「分かった」

 あぁ、目と目で通じ合った感じが頗る嬉しい。

 片言のやり取りで言葉以上のあれこれを済ませるの憧れてた。

 今最高に冒険者な気分だわ。

 エルフな彼女と場所を入れ替えるよう、一人で先ん立って進む。もちろん後続の彼ら彼女らには隠れて待てと指示を出してのこと。万が一にも付いて来られてた日には、手元が滑ってファイアボールがチャラ男の顔を焦がしてしまいそう。

 十数メートルばかりを単独で進む。

 すると、その光景は見えてきた。

「しっかりしろ、セシルっ! 死ぬなぁああっ!」

「オマエだけでも逃げろっ、ジャスティンっ!」

 地面に膝を突いた男が、ぐったりと地面に横たわる別の男を抱きかかえている。前者は腹が破られて今にも死にそう。後者もまた頬に傷をおっており、赤いものが顎に向かい伝い垂れている。ぱっくりと開いた傷口はとても痛そうだ。

 どちらも共にイケメン。

 特に後者の傷口とか最高に格好の良い傷口である。どのような攻撃を受けたらそうなるのか、綺麗に十字となっているぞ。仮に痕が残ったとしても「これか? あぁ、むかし暗黒大陸で仲間を庇ったときにちょっとな」とか言って遠目を出来る勲章系の傷跡だわ。

「リリー、セシルに回復魔法をっ!」

「で、でもっ、そうしたらシャバダバドゥへの補助魔法がっ!」

「くっ、これまでかっ……」

 しかしまあ、どこかで見たような光景だな。

 更に言えばセシルと呼ばれた彼には見覚えがある。めし処スザンヌで西の勇者ピエールが絡んでいた東の方の勇者である。ジャスティンと呼ばれた頬十字の彼や、他に二人を庇うようモンスターと戦う面々は、彼のパーティーメンバーだろう。勇者と呼ばれた彼ほどではないけれど、そこはかとなく覚えがある。

 それにしても、ここへ来て登場人物がグッと増えた気がする。

 これがグローバルに活躍するということなのか。もしも名刺を交換していたのなら、きっと結構な量になったのではなかろうか。まるで大型SIのスタートメンバーにでもアサインされたよう。その手の案件は入って一週間くらいで、関係各社との名刺交換から二桁枚ゲット余裕である。

 おかげで割と普通に誰が誰だか分からなくなる。セシルだとか、リリーだとか、多分、明日には忘れてる。特にメールや電話でしかやり取りしない人なんて、速攻で顔と名前が結びつかなくなるから、たまに大きな打ち合わせとかで声を掛けられたりすると、非常に困ったもんだ。

 他の人がどうかは知れないが、どうにも人の名前を覚えるのが苦手なもので、取引先の担当者を思い出せなくて慌てたことも一度や二度ではない。相手が首から社員証を下げている場合とか、必至にチラ見して、なんとか名前を確保する感じの。

 ということで、こればかりは仕方がない。以降はパーティー単位で扱うとしよう。チャラ男パーティー、東の勇者パーティー。これなら分かりやすくて良い感じ。取引先の個人名が思い出せないとき、これはどうもなんとか商事さん……、とか会社名で逃げるじゃん。それと同じだ。

「今度はフレアゴーストか」

 いつの間にやら傍らにダークムチムチが並んでいた。

 例によって彼氏と彼女の位置関係が凄く良いと思います。

 正面から見るオッパイは他所行きのオッパイ。見られても良いように取り繕われたオッパイ。真横から見下ろすオッパイは親しい人の為のオッパイ。公共に晒されていないプライベートなオッパイ。

 そう決めた。今決めた。

「さて、どうしたものですかね……」

「やはりオマエでも難しいか」

 それはステータスを確認してみないとなんとも。


名前:デニス
性別:女
種族:フレアゴースト
レベル:401
ジョブ:ホームレス
HP:9001/9100
MP:410111/410111
STR:18000
VIT:4010
DEX:9002
AGI:10035
INT:202100
LUC:1900



 随分とアンバランスなステータスだ。

 どこかの誰かさんみたいじゃないか。

「ヤツには物理攻撃の他、属性魔法が碌に効かない。この界隈に分布する手合としては、一番に面倒だと噂に聞いた覚えがある。東の勇者パーティーが苦戦しているのも、その情報が正しいが所以だろう」

「なるほど」

 そうなるとファイアボールは禁じ手だ。

 属性魔法がどのような代物であるかは知れない。ただ、なんとなく属性ってあたりにヒットしている気がするんだ。火とか水とか、そういう感じのやつだろ。たぶん。

 とは言え、一度くらいは試してみたいのが男の子の冒険心というやつだ。

「いいえ、行けそうです」

「……本当に行くのか?」

「もしも彼ら彼女らが出張りそうになったら、貴方が止めて下さい」

「わ、分かった」

 ダークムチムチが頷くのを確認して、いざ出陣。

 先程に同じく、一息に茂みを飛び出して闘いの場に躍り出る。傍らには川など流れていおり、同所は砂利混じりの河原といった塩梅だ。暗黒大陸などという棘々した名前の割には酷く澄んでいて、とても気持ちの良さそうな清流である。

 幅二、三メートルほどで、深さも大したものでない。もしかしたら河原で一休みしていたところ、予期せず強襲を受けたのかもしれない。だとすれば、やはりパーティーによる連携こそ大切になってくると思う。

 常に気を張らしている仲間が立ってこそ、初めて同所には安心が得られるのだ。そうなってくると、最低でも十数人ほどを集めた上で、三交代体制により臨むのが確実なように思えてきた。

 まあ、パーティー編成論については後で良し。

 今は魔法のお時間である。

「喰らえ、ファイアボールっ!」

 対象の周囲に火球が幾十と浮かび上がった。

 だが、そのまま撃ち放つわけには行かない。モンスターの周囲には、他に東の勇者のパーティーの前衛が数名、これを抑えるべく前に出ている。彼らを巻き込んでしまっては本末転倒である。

「前に出ている方、後ろに下がってくださいっ!」

 とりあえず吠えてみる。

 すると流石は勇者のパーティー、早々に状況を理解して後方へ飛んだ。

 連携ってやつだ。格好いい。

 時を同じくして、生み出した炎の固まりを中央のモンスターに集中させる。

 次々と着弾してゆくファイアボール。一発が当たる都度、ズドン、低い音を鳴らして大きな爆発音が響き渡る。それが十数ばかり次々と連なった。一撃を受ける都度、そのガス状の本体がゆらゆらと揺らぐ。

 同時に回復魔法も忘れない。

「ヒールっ!」

 倒れた東の勇者セシルとこれを支えるジャスティンへ。

 特にジャスティン、ほっぺの格好いい十字傷、絶対に残してやんない。

「なっ、フレアゴーストの毒に蝕まれた肉体が、い、癒えていくっ……」「なんだってっ!?」「フレアゴーストの毒を癒やすなどとっ……」「しかもこれほどの回復魔法を無詠唱だとっ!?」「あ、ありえんっ! ありえんぞっ!?」

 怪我人は全員治ったようだ。

 一方でモンスターの方はと言えば、どんなもんよ。



名前:デニス
性別:女
種族:フレアゴースト
レベル:401
ジョブ:ホームレス
HP:2101/9100
MP:410111/410111
STR:18000
VIT:4010
DEX:9002
AGI:10035
INT:202100
LUC:1900



 たしかに効きにくい。

 これがダークムチムチが語ってみせた特性というヤツだろうか。二万を超えるなんとかローパーが一撃であったのに対して、こちらは数千を削って精々である。

 しかしながら、全く効果が無いという訳ではないよう。相手のHPの低さも手伝い、高INTに物を言わせたゴリ押しでなんとかなりそう。

 もう一回だ。

「ファイアボールっ!」

 先程と同様、数多の火球が敵モンスターを囲うよう浮かび上がる。今回は間髪置かずに動き出して、ズドンズドンと着弾してゆく。

『ぉぉぉぉおおおおお』

 樹洞が強い風に吹かれて鳴るような、低い音が響く。

 フレアゴーストの悲鳴だろうか。

 やがて最後の一つが炸裂すると同時、敵モンスターは蝋燭の火が消えるよう、空中に霧散していった。これまで倒してきたドラゴンやローパーとは異なり、後に血肉が残ることもなく、随分と小奇麗なものだ。

「フ、フレアゴーストをファイアボールで……」

 早々に与えられた呟きは、東の勇者セシル氏のもの。

 無言で立ち去るのも申し訳ない。

 とりあえず、軽くコミュニケーションを取ってみよう。

「大丈夫ですか?」

「っ……」

 その視線がこちらを捉えるに応じて、大きく瞳が見開いた。

 思えば彼らにもパーティー入りを打診していた。

 速攻で断られたけれども。

「怪我の具合はどうですか?」

「……あ、あぁ、問題がない。怪我に加えて毒も完全に癒えている」

「それは良かった」

「…………」

 つい先刻にチャラ男パーティーと遭遇した折、ハーレムリーダーを勤めるイイオンナが浮かべたものと同様、バツの悪そうな表情となる東の勇者さん。やはり、めし処スザンヌでの一件を思い起こしての反応だろう。

 お互いに不幸な出来事でしたね。

「どうしました?」

「い、いや、なんでもない」

 過ぎたことはどうでも良い。

 今は若返りの秘薬の材料、グリーンシルフの羽を求めて先へ進む限り。

 モンスターの打倒を確認したのだろう。すぐにダークムチムチとチャラ男パーティーの面々が茂みの向こう側から姿を現した。こちらに駆け足で向かってくる。途中で東の勇者パーティーの存在を確認して驚いた顔になるが、それも僅かな間だ。

「流石ッスねっ、タナカさんっ!」「最高に興奮ものッスよっ! 今のファイアボール、感動的でした」「間違いないッスわっ! 俺なんて涙でてきちゃいましたもん。ほら、ここ、ここんところ」「俺もっ! 俺もッスっ!」

 相変わらずダブルで煩いチャラ男ブラザーズ。一方で一言も語りかけて下さらない彼らのハーレム構成員たち。ちらりちらりと視線は感じるけれど、最初にリーダーと思しきイイオンナとお話して以後、一度としてアプローチを受けた覚えがない。

 そんな彼ら彼女らの傍ら、ダークエルフから声が掛かる。

「おい、タナカ……」

「ええ、分かってます」

 早くしろと言わんばかり、催促を受けた。

 どうやら彼女、あまり人付き合いが好きではないよう。伊達に普段からキレ顔をキメていない。自身としてもチャラ男ブラザーズを抱えている都合、下手に盛り上がっては面倒臭い。さっさと先を進むとしよう。

「それでは申し訳ありませんが、我々はこれで失礼させて……」

「ちょ、ちょっとまってくれっ!」

「はい、なんでしょうか?」

「……悪いが、すこし良いだろうか?」

 踵を返そうとしたところ、不意に東の勇者さんから呼び止められた。

 今度はなんだろう。

 なんとなく、その先は見えているけれど、一応お伺い。

「どうしました?」

「後ろの者たちは、その、行動を共にしていたりするのだろうか?」

「ええまあ、パーティーという形を取らせて頂いています」

「……そうなのか」

「はい」

 素直に頷いて応じる。

 すると、東の勇者は少しばかり悩んで後、おずおずと続けた。

「……その、も、もし良かったら、我々も一緒させては貰えないだろうか?」

「ですが、我々は勇者様のような方々とは違って一般の……」

「頼む、このとおりだっ! 仲間をこれ以上、危険に晒す訳にはいかないんだっ! 浅慮な頼みだとは思うが、どうか、共に向かわせて欲しい! それが難しいというのであれば、せめて仲間たちだけでもっ!」

 勢い良く語ると同時に深く頭を下げる東の勇者セシル氏。

 どこかで聞いたような謳い文句だ。

 ダークムチムチの言葉を信じるのであれば、フレアゴーストとの不運なエンカウントが彼の勢いを削いでしまったのだろう。誰にだって相性の悪い相手とはいるものだ。自分より仲間を優先するあたりが、最高に勇者してるよな。

 そこまで言われたら、断ったらこっちが悪者になってしまうじゃないの。

「まぁ、そう仰るのであれば、こちらとしては構いませんが」

「ほ、本当かっ!?」

「別に減るものではありませんし」

「ありがとうっ! その、なんだ……とても、助かる」

「いえいえ」

 おう、またパーティーメンバーが増えたぞ。



◇◆◇



 チャラ男パーティーに加えて更に東の勇者パーティーが合流した。総勢三十名近い大所帯となり、森を進む勢いもイケイケゴーゴー状態だろうか。

 木々の枝と虫さんを払ってくれるダークムチムチ。

 彼女を先頭として我々は一路、壁を目指して黙々と進む。

「タナカさん、勇者さまと一緒にパーティーとか最高にキテますねっ!」「最高ッスよ! 自分、今回の冒険は末代まで語り継ぎますわっ!」「これは語るしかないよなっ! 伝説になるって!」「だよなっ! むしろ俺が筆を取っちゃうし!」

 チャラ男ブラザーズのおかげで、完全に小学校の遠足状態だけどな。

 相変わらずハーレム構成員とのトークはゼロ。東の勇者パーティーも遠慮が働くのか、黙って後ろから付いてくる限り。いずれも原因はめし処スザンヌでのやり取りを鑑みてのことだろう。

 おかげ引率の先生は孤独だ。

 きっと当時の先生方も、こんな気分だったんだろうな、などと勝手に想像する。そりゃ気苦労もするし、教室で授業をやっている方がなんぼか楽だろう。遠足の最中、先生方が不機嫌だった理由、なんとなく理解だわ。

 せめて性に目覚めて間もないが所以の好奇心を発揮する小学校中学年の美少女たちが、ねーねー、せんせー、オマンコってなーに? とか聞いてきてくれれば、先生も凄くやる気が湧いてくるのに、どうして暗黒大陸には小学生が分布していないのか。

 美少女とセックスしたい。美少女とラブラブ生中出しセックスしたい。

「タナカさん、最高にビンビンです! もう俺、ずっと付いていくって決めましたっ!」「ちょっと待てよ、最初にビンビンしたのは俺だろう?」「は? なに言ってんの? ヒールして貰ったの俺だし!」「お、俺もして貰った! 頭に怪我してただろ!?」「いやいや、俺の方が重症だったもん」「そういうのは怪我の具合とか関係ねぇよっ」

 チャラ男ブラザーズはもう少し静かに歩けよ。

 オマエら絶対、先生に野次飛ばして怒られるタイプだろ。しかも帰りの電車では爆睡して、最寄り駅に着いたら先生に起こしてもらって、翌日には全て忘れている感じの。先生は歳だから疲れが翌日まで残るんだぞコノヤロウ。

「タナカさん、タナカさんはどう思いますか!?」

「やっぱり俺の方が手厚いヒールでしたよねっ!」

 手厚いヒールってなんだよ。

 アンタら二人一緒に癒えてたじゃん。

「そう変わりは無かったかと思いますが……」

 話とか振られても、ぜんぜん嬉しくない。しかも相変わらず顔がそっくりだから、どっちがフィリップで、どっちがアレクサンダーなのか、申し訳ないけれど判断がつきません。それとハーレムの女の子を恵んで下さい。

「でもでも、俺の方が沢山癒えたッスよねっ!」「ちげぇよっ! ヒールってのは治った傷の大小じゃねぇんだよっ! そこに込められていた思いの強さが大切なんじゃん! そうッスよね? タナカさんっ!」「は? んなこと知らねぇし!」「あんだって?」

 そんな具合で終始チャラ男ブラザーズに絡まれながら歩むことしばらく。

 またしても来た。

「ぐぉぉぉおああああああああああああ!」

 悲鳴だ。

 今度はなんだよ。

 自然と皆々の歩みが止まる。顔を向き合わせて、ああだこうだと悲鳴に対して言葉が交わし始める。数十名から成る団体であれば、その喧騒も大したもの。

 ただ、そうしたやり取りも僅かな間のことだ。最終的にその視線が落ち着いた先は、巡り巡って自分とダークムチムチである。

 取り立てて語り掛けてくることはないが、決断を迫って窺える。

「……どうする?」

「どうすると言われましても……」

 見に行くしかないだろ。

 自身の後ろには目撃者多数だ。小市民的に考えて、ここは救助活動へ向かう他にない。助けられる手合を見殺しにして、グローバルな視点から評価を下げるのは差し控えたい。特に勇者とか、絶対に国を跨いで評価される類の肩書きだろう。

 下手に噂など流されては堪らない。

 有名人からソーシャルネットでディスられたら社会的に死ぬだろ。

 それと同じだ。

「ちょっと、見てきますね」

「……懲りない男だな」

「仕方ないじゃないですか」

 白い目で見つめてくるダークムチムチ。

 それを言ったらアンタだって大したものだぞ、とは喉元まで出かかったところで飲み込んでおく。当時の彼女を思えば仕方のないことだ。

 再び彼女と隊列を入れ替わり、他の面々を後方に残して悲鳴の聞こえてきた方角に向かい、慎重な足取りで進む。自らの手で木々を押し退けての移動だ。

 すると数十メートルばかり過ぎたところで、おう、発見したぞ。

「しっかりしろ、ジャーナル教授っ! 死ぬなぁああっ!」

「お前だけでも逃げるのじゃ、インデックス准教授……」

 地面に膝を突いた男が、ぐったりと地面に横たわる別の男を抱きかかえている。前者は腹が破られて今にも死にそう。後者もまた頬に傷をおっており、赤いものが顎に向かい伝い垂れている。ぱっくりと開いた傷口はとても痛そうだ。

 更にどちらもイケメン。

 腹を破られて今にも死にそうなのは六十代ほどに思われる老年男性だ。年の割にふさふさな金色の髪をオールバックに撫で付けた老齢系イケメン。年寄り好きな子なら、割とイケるんじゃなかろうかと、同性ながら思うほどに格好いい。

 一方でこれを抱えるのは四十代中頃のイケメン。こちらは見事に禿げ上がった逆M字が特徴的だ。ただ、顔はどうにもこうにもイケメン。中年イケメン。おかげで絵面的にかなり怪しいのだけれど、そこんところどうなんだろう。

 また、彼らの傍らでは他に敵モンスターと戦うパーティーメンバーの姿がある。こちらは打って変わって美少女と美女、更にイケメン数名といった組み合わせ。まるでリア充のオフ会のようなメンツが揃っている。

「この私の魔法が効かないですってっ!?」「コッポラ先生、正面から敵がっ! キャァアアアっ!」「なっ、マルゲリータっ! お前、わ、わ、私をかばってっ!」「マ、マルゲリータっ! しっかりするんだマルゲリータっ!」「ここは僕に任せて、君たちはうぎゃああああああっ!」「アレグロ博士っ!」

 続く展開が手に取るように分かる光景だ。

 ここまでお膳立てされたら、もう乗ってやるしかないだろう。見殺し云々の前に、なんかこう、一歩を踏み出さねばならない使命感を感じる。実は誰もピンチなんかじゃなくて、今この瞬間、醤油顔の参戦にウェルカム状態なのではと。

 一連の惨状を目の当たりとしたところで、エルフな彼女が問うてくる。

「……やはり、行くのか? 相手はメテオタートルだぞ? しかも三匹も……」

「そうですね……」

 ダークムチムチの言葉とおり、敵モンスターは亀っぽい。ただし、そのサイズはデカイデカイと評判のウミガメよりも更に巨大だ。四トントラックくらいある。

 更にモーニングスターのようなコブ付きの尻尾を備えており、これをぶんぶんと振り回している。まるで大型重機を思わせる機能性のモンスターだろう。

 一応、ステータスを確認しよう。



名前:ヒュージ
性別:男
種族:メテオタートル
レベル:291
ジョブ:ホームレス
HP:490021/510021
MP:10270/18270
STR:19000
VIT:204010
DEX:11002
AGI:9908
INT:20100
LUC:2900



名前:マイケル
性別:男
種族:メテオタートル
レベル:292
ジョブ:ホームレス
HP:503321/513321
MP:11070/16170
STR:18011
VIT:191000
DEX:10010
AGI:8801
INT:19100
LUC:1022



名前:アンナ
性別:女
種族:メテオタートル
レベル:289
ジョブ:ホームレスの姫
HP:601001/621100
MP:11070/18170
STR:19011
VIT:221010
DEX:12400
AGI:8770
INT:18121
LUC:1200



 よし、たぶん大丈夫。

 AGIが低いから、ストーンウォールを駆使すればなんとかなる。個別に壁で囲っておいて、近いところからファイアボール。順次個別撃破する形を取れば、そこまで苦労はしないと思う。これまでの戦闘から得た知見をフル活用して頑張ろう。

 注意すべきは比較的高いVITだろうか。一発でも受けたらゲームオーバーである都合、最大火力での確殺を目指したい。反撃されたら面倒である。ただまあ、そのあたりはこれまでも同様であったので、要は基本をしっかりと抑えて挑みましょうということだ。

「行きます」

「……もう私は何も言わない。好きにしろ」

「後ろの方々のご対応をお願いします」

「分かった」

 ダークムチムチの了承を得たところで、いざ出陣だ。

 これまでと同様、草むらより勢い良く飛び出して不意打ち。今回はファイアボールでなく、最初にストーンウォールを用いる。敵三体のうち、距離のある二体の周囲を、ストーンウォールでぐるっと囲む。

 更に続けて蓋をすることで、地面と合わせて上下左右前後を完全に密閉である。昨日に生み出した大きな壁を思い起こせば、少なからず持ってくれることだろう。少なくとも体当たり程度では砕けない筈である。

 その間に残る一匹へと向かう。

 キメの魔法はこれだ。

「ファイアボールっ!」

 っていうか、これしかないからな。

 もう一つはエディタ先生を追っ払う為の魔法だ。

 専用なんだよ。

 エディタ先生専用っていう単語が、凄く心地良く響きますね。

 大切にしたい、この感じ。

「なっ、ストーンウォールでメテオタートルを囲っただとっ!?」「ありえんっ! ヤツの尻尾は鋼さえ容易に打ち砕くほどじゃぞっ!」「そのとおりだっ! それをストーンウォール如きで抑えるなどとっ!」「でも見てよっ! ヒビさえ入っていないわっ!」「そんなっ、あ、有り得ないですっ!」「本当にストーンウォールなのかっ!?」

 ああだこうだとざわめきだす教授陣。

 腹を破られたジャーナル教授とやらでさえ、ストーンウォールに注目だ。なにやら声も大きく喚いている。その姿からは魔導貴族と同じ気配を感じるぞ。

 身体の具合は大丈夫なのだろうか。痛くないのだろうか。中身が半分くらい飛び出ているのだけれど、気のせいだろうか。いいや、絶対に気のせいじゃない。

 残る二体はさておいて、先に回復魔法の出番である。

「ヒールっ!」

 例によって適当な叫びと共に癒やしを発動。

 痛いの痛いの飛んでゆく。

 腹の破れは瞬く間に治癒されて、内蔵が元の形を取り戻したかと思えば、肉が生えて、皮が生えて、体毛が生えてと、早々に元のお肌が戻ってきた。叶うことなら女の子を癒やしたかった。老年男性の腹部とか見ても全然楽しくないし。

 まあいい、今は残る二体の処理を急ごう。

「ファイアボールっ!」

 ストーンウォール製の囲いを引っ込めると同時に攻撃だ。二桁を超える炎の固まりが、壁の失われると共に、メテオタートルを目掛けて一斉に飛来する。

 これを敵の数だけ繰り返す。

 着弾に応じて、ドドン、ドドン、爆発が起こる。腹に響くような轟音は鼓膜を振るわせるに限らず、大地までをもビリビリと振動させた。

 一連の炸裂は数秒ばかり続いた。

 やがて噴煙の風に流れた後には、完全に事切れた亀さんたちの姿が二つ並ぶ。先んじて倒した一体と違わず丸焦げである。鼻先には肉の焼ける嫌な匂いが。

「……大丈夫そうですね」

 完全に敵が動かなくなったところで、ひとりごちてみる。

 流石に三度目ともなると慣れた。

 気分は落ち着いている。

 一方で酷く慄いた様子に声を掛けてくるのは、ジャーナル教授とやらを筆頭とした、学園都市の教員さん方である。誰も彼もがローブ姿であって、更に六十過ぎと思しきご老体の存在まで窺えるから、他のパーティーと比較して甚だ違和感だ。

 事前に店員ロドリゲスに教えて貰っていなければ、誰だよこのローブ集団は、なんて思っていただろう彼ら彼女らである。パーティーメンバーに鎧姿が一人として見受けられないのが非常に特徴的だ。

「い、今のは本当にストーンウォールなのじゃろうかっ!?」

 いの一番に声を掛けてきたのは、ジャーナル教授とやらだ。

 つい今し方まで地面に倒れていたところ、すっくと勢い良く起き上がったかと思えば、腹部に大きな穴の開いたローブ姿にも関わらず、駆け足でこちらにやって来た。なんら躊躇した様子がない。ちなみにパーティーで一番に年配の方である。先に挙げた六十過ぎというのは、彼を指しての話だ。

「ええ、そうですよ」

「なんとっ……」

 素直に応じると、酷く驚いた表情となった。

 挨拶もなしに魔法の出来を訪ねてくるあたり、とても研究者っぽい。

「それではファイアボールの方もっ……」

「ええまあ恐らくは、たぶん、普通のファイアボールだと思います」

 なにを持ってしてファイアボールをファイアボールと定義するのかは知れない。ただ、ファイアなボールには違いないので頷いておく。本人がファイアボールだと思っているのだから、もうファイアボールで良いだろう。

「よもやファイアボールでメテオタートルを狩る者がいるとはっ!」

「ところで、お体の方は大丈夫ですか?」

「ああそうだ、助かったっ! 助かったぞぅっ! ありがとうっ!」

「いえ、どういたしまして」

 自身が助かったことに対する反応が後回しとか、流石は魔法の学者さんだ。魔法好きというのは、何故に斯くも変わり者が多いのか。自然と魔導貴族の存在を引き合いに思い起こしたところで、その顔が被って思える。

「それでは我々はこれで……」

 あまり長く付き合って、うんちくを垂れられても面倒だ。

 いつだかに同じく魔法を見せろなどと言われても堪らない。万が一にも巨大な壁のそれと、亀退治に利用したストーンウォールとが同じものであるなどと気づかれた日には、極めて面倒なこととなるだろう。

 感付かれる前にい逃げるが良い。

 それとなく意識を向ければ、今の今まで草むらで様子を伺っていた面々が、こちらに向かい来る姿を確認だ。ダークムチムチを筆頭としてチャラ男パーティー、東の勇者パーティーの面々である。

 これを目の当たりとしてだろう。

 教授の口から届けられたのは、どこかで聞いたような台詞だ。

「むっ……その者たちは?」

「共に壁を目指すパーティーの方々です」

 そう言えば、学園都市で教授な彼らには、パーティーに入れてくれ要求を出してなかった。女の子が在籍していなかった訳ではないのだけれど、なんかこう、学歴とか高そうだったから、恐れ多い気がして、自然と回避していた。

 現代人のさがってやつだ。

「……このような場所ですまぬが、一つ良いじゃろうか?」

「なんでしょうか?」

「こちらの都合で勝手なことを申し訳ないのじゃが……」

 酷く申し訳なさそうな表情でジャーナル教授は続けた。

「もし良ければ我々も共に行かせて貰えないじゃろうか? めし処スザンヌにおいて、貴殿がパーティーを探している姿は私も確認していた。その際に声を掛けなかったこと、この場で平に謝罪させて貰いたい」

 二メートル近い巨漢が腰を折って頭を下げる様子は、随分と威圧感の感じられるものだろう。ローブを纏い杖を手にしているけれども、ガタイだけを鑑みれば戦士と称した方がピッタリとくる。まだまだ長く生きそうだ。

「あ、いえ、別にそこまでかしこまらなくても……」

「十分に学んだつもりではあっても、やはり暗黒大陸とは危険な場所だ。私のような年寄りはまだしも、先のある学徒や若い教師たちの命をこのような場所で散らせる訳にはいかない。どうか、どうか我々も共に行かせて欲しい」

 年上の方から縋るような眼差しを向けられては、まさか頷かない訳にはいかない。

「そういったご相談であれば、こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。暗黒大陸に関しては我々も及ばないところ多々ありまして、学園の皆様の知見をお借りすることができれば、とても大きな助力になるかと思います」

 学生は国の宝だ。

 より具体的に言うと、学歴の高い学生ほど、車で撥ねた時の慰謝料が高い。

 世の中そういうものだ。

 将来のある若い女学生の為にがんばろう。

「本当かっ!? すまない。ありがとうっ、その寛大な心意気に感謝するっ!」

「いえ、そのように大げさに仰って頂かなくとも……」

「貴殿、名前はなんというのじゃろうか? 出自はどこじゃ?」

「タナカと申します。今はペニー帝国でお世話になっております」

「なるほど! ペニー帝国のタナカ殿か!」

 言葉の響きだけ聞くと、なんかこう、大物感あるよな。

「短い間とはなりますが、どうぞ、よろしくお願い致します」

「それはこちらこそじゃ! どうかよろしくお願い申し上げるっ!」

 当初はあれだけ欲しかったパーティー。

 加入を断られ続けたパーティー。

 世の中とは、なかなか上手くいかないものである。



◇◆◇



 道中は終始人の声が飛び交う。

 左右から与えられるチャラ男サウンドの他、学園都市からやって来た先生方からの質問が混じって、本格的に耳喧しい。一方で未だにハーレム構成員たちからはアプローチの一つもない。先生方も声を掛けてくるのは大半が男性だから、もう最高に男臭い。

 本格的に前をゆくダークムチムチの尻だけが救いだ。

「タナカさん、最高ッスよっ! メテオタートル三匹を相手に一人で立ちまわるなんて、格好良すぎるじゃないですかっ!」「俺、惚れました! マジ惚れたッスっ!」「俺なんて前から惚れてるしっ!」「あぁ? 俺の惚れとお前の惚れを一緒にするんじゃねぇよ。深みが違うんだよ、深みがっ」

「先程のファイアボールだが、今一度、確認させて貰っても良いだろうか? 無詠唱であれだけの威力、通常のファイアボールとしては破格だろう」「あ、その点は僕も気になっておりましたっ!」「わ、私もお願いします。できれば回復魔法に関しても……」「詠唱を行った場合だと、更に威力があがるのでしょうか?」

 語り掛けられる都度、相槌など打ちながら応じている。

 流石に疲れてきた。

 けれど、店員ロドリゲスの言葉を信じるのであれば、皆々はグローバルに活躍するプレーヤーだ。東の勇者パーティーは元より、学園の教授陣もまたこれは同様だろう。エディタ先生も学園都市がどうのこうの言っていたの覚えている。

 チャラ男パーティーにしたって、暗黒大陸で活躍している時点で、冒険者としては一流どころに他なるまい。トリクリスに窺うゴンちゃんのよう、ある程度の支持層は各所に存在していることだろう。

 だからこそ、いずれも無碍にするべきではない。最低限の礼節を伴い、お相手をさせて頂いている。ただ、それも限界というものがある訳で、壁に辿り着いたのなら、なるべく早くさようならしようと思う。

 特にチャラ男パーティー。

「おい、そろそろ半分ほどになるが……」

 しばらくを歩んだところで、ダークムチムチの足が止まった。

 額に浮かび上がった汗の雫を思えば、きっと休憩の催促だろう。個人的には一息に歩き通してしまいたいところだ。とはいえ、他にメンバーも大勢いることだし、ここは一つ休みを取るべきだろう。自分自身も慣れない森歩きだから限界が近い。

「そうですね。ここいらで休憩にしましょうか」

 哨戒はパーティー毎の交代で良いだろう。

 自分たちも含めて四パーティーから成る一団だ。十五分くらいで逐次交代してゆけば、一周が巡る頃には身体も十分に休まるだろう。元気の有り余っているチャラ男パーティーには先発をお願いしようか。

 休憩に際してあれこれと考え始める。

 その不意を打つ形で、音は耳に飛び込んできた。

「ぎぁああああああああああああああ」

 どこかで誰かが、今にも死にそう警報発令。

 またこのパターンか。

 しかも野太い響きは十中八九で男性のそれと来たものだ。

「…………」

「…………」

 自然と視線が動いた先、ダークムチムチと見つめ合ってしまう。

 彼女の表情も自身と同様、またかよ、切に訴えて思えた。

 またなのである。

「あの、すみませんが、様子を見てきます」

「……分かった」

 短く断りを入れて、悲鳴の聞こえてきた側に歩みを向ける。

 これでせめて相手が女の子ならば、多少なりともやる気は出るのだけれど、怪我をしているのはいつも男性であるから、こうして集まったパーティーの男連中は、きっと誰も彼もが他人の為に動ける男前なんだろう。

 今この瞬間、そんな野郎たちの熱い魂が恨めしい。

 そうしてあれこれと考えながら歩むことしばらく。木々の合間より見えてきた光景はと言えば、やはりというか、案の定というか、モンスターとエンカウントの末、今まさに全滅の憂き目を見ようとしている冒険者たちの姿である。

「しっかりしろ、スターっ! 死ぬなぁああっ! 君は勇者だろうっ!」

「き、君たちだけでも逃げるんだ……」

「バカ言えっ! 勇者である君を置いていけるものかっ!」

「あぁ、それなら、勇者の肩書きは君に進呈するよ、チャールズ」

「スタァアアアアアアアアアア!」

 地面に膝を突いた男が、ぐったりと地面に横たわる別の男を抱きかかえている。前者は腹が破られて今にも死にそう。後者もまた頬に傷をおっており、赤いものが顎に向かい伝い垂れている。ぱっくりと開いた傷口はとても痛そうだ。

 更にどちらもイケメン。

 スターと呼ばれる彼には覚えがある。西の勇者ピエールだ。

 一方で彼を抱きかかえているのは、同じパーティーメンバーと思しき男性。年の頃は三十代だろうか。全身を覆う金属鎧から判断するに、前線で盾となり踏ん張るタイプの役柄と思われる。

 やたらと広い肩幅や、自分より頭二つほど大きい図体は、他の誰よりも逞しいものとして映る。一方で兜の奥に眺める優しげな眼差しが酷く印象的だ。きっと普段は温厚な性格で、動物とかに好かれちゃったりする系なんだろうさ。

「ナンシーッ! スターに回復魔法をっ!」「ご、ごめんなさい、ジョセフ。さっきので魔力が尽きてしまってっ……」「なんということだっ!」「ナンシー! 余所見をするなっ!」「っ!?」「な、ナンシィィイイイイイイ!」「いやぁああああああ!」

 続くところ他にパーティーメンバーたちの吠える声が響く。

 細かいところは割愛しよう。まとめて西の勇者パーティーメンバーA、B、C、D、その他たくさんとする。この土壇場に覚えたところで、どうせ明日には顔と名前が一致しなくなっているだろう。

 それよりも今は勇者ピエールのピンチである。

 急がねばならない。

 更に言えば、彼らが戦っている相手、かなりヤバイ。



名前:ナターシャ
性別:女
種族:フェニックス
レベル:991
ジョブ:ホームレス
HP:933610/933610
MP:201705/201705
STR:107900
VIT:95000
DEX:43952
AGI:122111
INT:242200
LUC:101010



 出たよ、フェニックス。

 しかもコイツって、昨日に俺のこと追い回してたヤツじゃん。

「…………」

 罪悪感が半端ない。

 トレインの成果が日を跨いで西の勇者様のパーティーを直撃だ。

 流石にこれは是が非でもお救いせねば目覚めが悪い。

 森に入ってから続くボスラッシュの如きエンカウントも、これで最後だと信じて一歩を踏み出す。まさかコイツ以上に強力なモンスターが、この界隈に生息しているとは思えない。今こそ頑張りどころだろう。

 やってやるぞ、フェニックスめ。

「なっ、あ、あれはまさか、フェニックスっ……」

 いつの間にやらすぐ近く、彼女ポジに収まるダークムチムチが呟いた。

 どうやらヤツという存在は、世間的に見ても相応に凶悪な手合のようだ。

「すみませんが、これまで以上に離れていて下さい」

 ロリゴン戦を思い起こせば数十メートルを隔てても危険である。

 高レベルなモンスターが使う魔法は一騎当千の代物だ。

「お、おいっ! いくらなんでも無茶だっ! そもそもヤツはこのような浅い場所に出現するような手合ではないっ! 人間が打倒するなど絶対に不可能だっ!」

 続くところあれこれと吠えているのは無視である。

 彼女の傍らより腰を上げて、数十メートルを一息に駆け抜る。鬱蒼と茂る木々の枝を両手に払いながら、向かう先は西の勇者パーティーが立ち往生する地点。そこだけ樹木が倒れたり、へし折られたりしていて、ちょっとした広場のようになっている。

 木々が荒らされてから、それなりに時間の経過を感じさせる。これは勝手な推測だが、同所に何某か生き物が争った結果として生まれた空間なのだろう。

 そして、今まさに来襲する敵モンスターがトリ属性である点を鑑みるに、同所を訪れた時点で、不運にも空から補足されてしまったのであろう。あぁ、そう考えると開けた場所での休憩は、出来る限り避けるべきだろうな。

 とかなんとか考えたところで、ギャース、敵モンスターの次なる一手が、西の勇者ピエールを狙う。碌に動けない彼だから、向かい来る牙を前としては、為す術もなく瞳を閉じる限り。彼を支える仲間もまた同様だ。

 これはいけない。

「ファイアボールっ!」

 茂みから飛び出して直後、不意打ちを狙っての火炎魔法である。

 自身の叫びに応じて、一メートルほどの大きさで、十数個ばかり火の玉が生まれた。これが間髪置かずにフェニックスへ向かい、次々と着弾してゆく。今までの行使と同様、個々の火球は着弾と共に炸裂する。

 フェニックスとか見た感じ全力で炎属性。事実、ヤツが羽を羽ばたかせるに応じて、炎がチラチラと舞い散る。熱風があちらこちらに吹き荒れる。そんな手合に炎魔法とか、自分でもどうかと思わないでもない。

 しかし、他に手がないのだから仕方がない。

『っ!?』

 数発を身に受けたところで、敵モンスターが大きく羽ばたいた。空へ浮かび上がると共に、十数メートルを後退る形だ。西の勇者パーティーに対するとは打って変わって、酷く警戒した様子で身構えている。

 昨日、空に眺めた際はそこまででもなかったけれど、こうして他に比較対象がある地上で対峙してみると、想像した以上に巨大なトリさんだ。流石にクリスティーナと比較しては劣る。それでも翼長三、四十メートルはありそうだ。

 背の高さも並び立つ木々より頭ひとつ抜けて思える。更に尾からは無駄に長い尻尾が幾本も伸びて、これがまた全体を大きく見せるに一役買っている。サイズがサイズであるから、さて、どの程度を削れたのだろう。

「ヒールっ!」

 西の勇者パーティーをまとめて回復魔法で癒す。

 同時に敵モンスターのステータスを確認だ。



名前:ナターシャ
性別:女
種族:フェニックス
レベル:991
ジョブ:ホームレス
HP:733610/933610
MP:201705/201705
STR:107900
VIT:95000
DEX:43952
AGI:122111
INT:242200
LUC:101010



 くそう、あんまり効いてない。

 やはり属性の不一致というヤツがよろしくないのだろう。とは言え、クリスティーナと比較すれば幾分か柔らかい。いつぞやのように時間を掛けて数を重ねれば、やってやれないことはないように思われる。

『くぇー! くぇー!』

 トリさんが吠えた。

 応じて、その身体が眩い輝きに包まれる。

 恐らくは回復魔法だろう。

 問題はこれがどの程度MPを消費するかだ。

 黄金色の発光が収まるのを待って、再びステータスを確認する。



名前:ナターシャ
性別:女
種族:フェニックス
レベル:981
ジョブ:ホームレス
HP:933610/933610
MP:170705/201705
STR:107900
VIT:95000
DEX:43952
AGI:122111
INT:242200
LUC:101010



 良かった、想定の範囲内だ。

「なにをやっている、下がるんだっ! 君まで巻き込まれるぞっ!」

 ピエールが何か言っている。

 見ればいつの間にか立ち上がり、こちらへ向かい駆けて来ようとしている。今の今まで死にかけていた癖に、見上げた博愛根性だ。甚だスカして思えた言動も、今なら多少の愛嬌として受け止められそうだ。

 西の勇者さまのステータスを確認しよう。



名前:スター・ザ・エリュシオン
性別:男
種族:人間
レベル:101
ジョブ:勇者
HP:39850/39850
MP:1050/17850
STR:21300
VIT:10958
DEX:19821
AGI:9030
INT:19942
LUC:19291



 強さのレイヤーで言えば魔導貴族よりやや上といったところだ。ヤツは魔法に特化していたが、こちらは勇者さまらしく万能戦士といった感じ。人類基準ではかなり突出して思えるステータスだろうか。ハイオークやワイバーンならきっと瞬殺だ。

 しかし、暗黒大陸ではかなり厳しいように思える。レッドドラゴンやローパーが相手ならまだしも、ゴーストや亀あたりから辛くなるに違いない。今眼の前でメラメラしているトリさん相手では完全に足りていない。

 それとなく辺りを見渡せば、我々の様子を見に来ただろうダークムチムチの姿が茂みの奥に窺えた。ふと目が合ったところで、アイコンタクトを試みる。彼女と西の勇者ピエールとの間で視線を行ったり来たりすること二、三往復ほど。

 彼女は小さく頷いて、駆け足で行動に移った。

 その凛とした声が西の勇者パーティーの下へと届けられる。

「下がるのは貴様らだっ! さっさと逃げるぞっ!」

「むっ、君は彼のパーティーに入ったエルフの……」

「いいから来いっ! 貴様ら程度の戦力では話にならんっ!」

「な、なんだって? それは流石に聞き捨てならないなっ!」

 有無を言わさず西の勇者の腕を掴み、茂みの奥へ向かうよう引っ張ってゆくダークムチムチ。こちらの願ったとおりに動いてくれる彼女の姿を横目に確認。パーティーメンバーと連携しているっぽい感じが嬉しい。

 ボス戦でアイコンタクトとか、最高に心震えるじゃんね。

 これに対して、ピエールは少なからず憤慨した様子で声を上げる。勇者さまとしてのプライドが敗走を許さないのか。それとも未だ自信は失われていないのか。もしも変身して強くなるタイプの勇者さまだったらごめんなさい。

「君こそ彼をっ、パーティーメンバーを見捨てるつもりかっ!?」

「いいから来いっ! その男ならば大丈夫だっ!」

「そんなことがあるかいっ!」

 火事場に問答を繰り返すダークムチムチと西の勇者さま。残るパーティーメンバーもまた、彼に続けと言わんばかり、声も大きく自分たちの優れたるところを訴える。

「そうだっ! 回復魔法は確かに助かったが、それとこれとは話が別だっ!」「フェニックス相手にファイアボールを撃つような輩に任せられるかっ!」「貴方こそ早く逃げなさい、その装備ではフェニックスの熱線に耐えられないわっ!」

 一連のやり取りを待ってくれるほど、敵モンスターは気が利いていない。

『くけー! くっけー!』

 トリさんが吠えた。

 大きく開かれた口から、轟々と炎のせり上がってくる感じ。

 私今から炎吐きますよって、全力で訴えて思える。

 それは非常に正しくて、次の瞬間には目の前が真っ赤に染まった。

 これはいかん。

「ストーンウォールっ!」

 ギリギリのところで万能魔法ストーンウォール。対象と自分やダークムチムチ、西の勇者パーティーを隔てるよう大きめの壁を生み出す。また、相手は飛行系であるから、壁上部へ水平方向に屋根を伸ばして逆L字型とする。

 直後、炎はこれに当たった。

 放射は十数秒ばかり続いた。

「なっ、ストーンウォールでフェニックスのブレスを防いでいるっ!?」「そんな馬鹿なっ!」「あ、あ、有り得ませんわっ!」「しかし、だとすれば今こうして我々が見ているものは果たして……」「す、凄い、です」「なんということだっ……」

 ここ数刻で聞き慣れたものと同じヨイショが耳に届けられる。どれもこれも西の勇者パーティーからだ。そこにはリーダーだろう勇者ピエールの声も混じっている。更に十代や二十代と思しき女性の姿も窺えるから、もうテンション上がっちゃう。

 何度耳としても、こういうのは悪い気がしないよな。

 ちょっと調子に乗りたくなる。

『くけぇー? くけぇー?』

 轟々という炎の噴出される音が止んだ。

 ストーンウォールに小窓など設けて、反対側の様子を確認してみる。問題のトリさんはと言えば、突如現れたストーンウォールに首を傾げて、なにやら悩んでいる。あれ? アイツらどこいったの? みたいな。

 ちょっとラブリー。

 この隙を逃す手はない。

 壁越しにファイアボールをお見舞いだ。相当量の魔力を詰め込んでの一撃とする。ストーンウォールを敷いた都合、西の勇者パーティーを気にかける必要もない。イケイケドンドンな気分で、トリさんの周りに数メートル超の火球を数多生み出した。

『くけっ!? クケェー! クケェー!』

 途端、大慌てに飛び立つべく翼を羽ばたかせるフェニックス。

 まさか逃してなるものか。

「ファイアボールっ!」

 壁の覗き穴越しに吠える。

 ファイアボールがトリさんに殺到した。

『クケェェエエエエエエッ!』

 一際大きな鳴き声が響いた。

 時を同じくしてズドン、ズドンと火球が命中してゆく。ちょっと可哀想な気もするけれど、手加減する訳にはいかない。気を抜いたら逆に我々がヤツの晩御飯なってしまう。暗黒大陸名産の弱肉強食というやつだ。

 ロリゴンほど物分かりが良ければ考えないこともないが、このトリさんはちょっとお馬鹿みたいなので、ペットには向かないような気がする。可能であればこの場に倒しきってしまいたい。再び襲い掛かられても面倒だ。

『クケっ、クケェッ! クケェェー!』

 ただ、こちらの思いは最後まで届かなかった。

 十数発が炸裂したところで、トリさんがふわり空に浮かび上がる。炸裂の只中より脱してしまったよう。足止めを兼ねるには、少しばかりファイアボールの密度が足りなかった。それでも火球たちは対象に追従するよう動く。

 対してフェニックスは大きく翼を動かす。近隣一帯の木々を大きくしならせて、若木などは根本から折れてしまうほどの突風が吹いた。もしもストーンウォールに遮られていなければ、我々も吹き飛ばされていただろう。

 大気が凄まじい勢いで動く。轟音が響く。

 すわ反撃に移られるかと身を強ばらせた。しかしながら、トリさんは即座に反転、猛烈な勢いで、空を明後日な方向に向かい飛んでいった。その姿は瞬く間に点となり、やがては青に溶けて見えなくなってしまう。

 種族としての性質か、個体の性格は知れない。

 ただ、思ったより肝っ玉の小さなモンスターであった。

「なっ、フェニックスが逃げてゆくっ……」

 静まり返った闘いの場。

 西の勇者ピエールの呟きが妙に大きく響いては聞こえた。



◇◆◇



 トリさんが逃げ出してしばらく。再び空より戻ってくる気配がないことを確認して、ようやく人心地だろうか。ストーンウォールを地面の下に引っ込めたところで、自然と歩みは西の勇者ピエールの下に動いた。

 流石に声の一つでも掛けた方が良いだろう。

「大丈夫ですか?」

「っ……あ、あぁ、お陰様でこのとおりさ」

 既に自らの足で立っている彼は、適当に腕など動かして健常をアピールしてくれる。装備の破損こそ目立つが、その下に負っていた怪我は完全に癒えている。他のパーティーメンバーも欠けた様子はない。

 良かった良かった。

「まさか、この僕が助けられるなどとは……」

「こういった場所では持ちつ持たれつというのが大切かと」

「…………」

 なんとも複雑な表情をされた。

 恐らく地元では勇者としてブイブイ言わせていたのだろう。

 そうこうしていると、傍らの茂みから他の面々が姿を現した。ダークムチムチを先頭として、チャラ男パーティー、東の勇者パーティー、学園都市の教授陣パーティー。

 更に何名か初めて見る顔がチラホラと混じっている。自分がフェニックスと戦っている最中に合流したのだろう。いつの間にやら五十名を超える一団となっていた。

「ず、随分と大した顔ぶれではないかい……」

「ええ、道すがらに出会いまして」

 誰も彼もが同じ場所を目的地としている都合、こうして集まってしまったのも、当然と言えば当然の結果だろう。なにせ森には道などなく、途中で障害となる山や崖なども碌に見つけられなかった。

 ゴールまでの最短距離を望めば、自ずとルートは収束する。途中で騒動を起こせば自然と歩みも向かう。それが同族の悲鳴であれば殊更に。ただ、出会いが一様に全滅寸前というのは、流石にどうかと思うけれど。

「マジッスかっ!? タナカさん、マジッスかっ!」「今のってフェニックスッスよねっ!?」「スゲェ、タナカさんマジですげぇスっ! フェニックスを一人で追っ払うなんて人じゃねぇっスよっ!」「マジ惚れちまいますっ!」「ガチ来てるッスっ!」

 早速やかましいチャラ男ブラザーズ。

 悪いが無視させて貰おう。

 この二人の相手をしていたら時間が幾らあっても足りない。

 西の勇者さまとのトークを継続する。

「他に怪我をした方がいたらお声掛けください。まだ余裕はありますので」

「君、彼らはとは……」

 他のパーティーが草陰から姿を現したことで、その様子を目の当たりとした西の勇者ピエールが問うてくる。酷く驚いた表情を浮かべた彼の意識が向かう先には、一団の只中に紛れた東の勇者パーティーの姿がある。

「問題の壁まで向かうに差し当たり、一時的なパーティーというやつです」

「……なるほど、そうだったのかい」

「ええ」

「…………」

 隠し立てする必要もないので、素直に頷いて応じる。

 すると、なにやら難しい表情になる西の勇者さま。これまでの経験から、相手の心中は手に取るよう理解できた。彼の苦悩を同じパーティーの仲間たちは、何を言うでもなく静かに見つめている。

 ややあって、当人の口から続けられたところはといえば、他のパーティーから受けたのと同様のもの。それは決して小さくない躊躇と共に、ボソリ、酷く申し訳無さそうな呟きとして与えられた。

「……一つ良いだろうか?」

「なんですか?」

「もしも叶うのならば、どうか、めし処スザンヌで君に向けた言葉を、撤回させて貰いたい。それと今し方、戦闘の最中に伝えた点もだ。共に等しく自らの至らぬところ。勝手な振る舞いをすまなかった」

 腰を折って頭を下げた彼は、憎まれ口も形を潜めて語る。

「別に謝罪をして頂くほどのことでもありませんが……」

「これから述べるところを思えば、これでも足りないほどだ」

 なんとなく先の読める問答だよな。

 かれこれ何度繰り返しただろう。

「どうか僕らのパーティーも一緒させては貰えないだろうか? もしくは僕以外、他のパーティーメンバーだけでも、合流させて貰えないだろうか? この願いを聞き届けて貰えるのであれば、どのような代償でも覚悟している」

 ここまで来てしまったら、もうどうにでもなれである。

 そもそも他のパーティーメンバーだけを受け入れたら、勇者ピエールが一人で森を彷徨う羽目になる。無事に人里まで帰還できる可能性は、おそらく非常に低いだろう。まさかそのような対応を世界平和の大御所相手に取れる訳がない。

「ええ、構いませんよ。皆さんご一緒にどうぞ」

「ほ、本当に良いのかい? というか、即答なのかい?」

 二つ返事に頷いたところで、パーティー増員のお知らせ。

 相手からの問い掛けは驚き混じりのものであった。

 そう安々と承諾されるとは思わなかったよう。

「一人より二人、二人より三人。数は大いに越したことはありませんよ。なにせここは暗黒大陸ですからね。各々がどのような目的で動いているかは知りません。ただ、協力できるところがあるのであれば、一緒に頑張るべきでしょう」

「……それを君が言うのかい?」

「ええ」

「…………」

「どうしました?」

「いいや、なんでもない。ありがとう。受け入れて貰えて、嬉しい」

「いえいえ、お気になさらず。旅は道連れ世は情けというヤツです」

「そう行って貰えると非常に助かる。重ね重ねとなるが、ありがとう」

 他のパーティーメンバーと相談しなくて良いのかな、とか疑問に思わないでもない。ただ、これと言って文句は上がらないので、彼の意志が全体の総意と考えて良さそうだ。伊達に勇者様していないってことだろう。

「ところで更に一つ、頼みごとがあったりするのだけれど……」

「頼みごと、ですか?」

「そこに一枚、君のファイアボールを逃れたフェニックスの尾が落ちている」

 西の勇者さまの視線がチラリ、ファイアボールの爆心地に移ろう。これに習い意識を移したところ、黄金色に輝く羽を確認だ。トリさんが逃げ出すに際して、はらり、落としていった一枚の尾羽だった。

「ええ、そうですね。なかなか綺麗なものです」

「これを頂戴することは、できないだろうか?」

「いいですよ」

「……え、いいのかい?」

「別に構いませんよ」

 頷いて応じたところ、途端に表情を難しくする西の勇者ピエール。

 なにか問題でもあるのだろうか。

「いや、しかしだな、自分から相談しておいてこう言うのもなんだが、フェニックスの尾は非常に高価な代物だ。そう安々と人にくれてやるのは、僕が言うのもおかしな話だが、どうかと思うのだけれど」

「あぁ、なるほど」

 そういうことか。

 確かにボスドロップは貴重だよな。

「我々も東の勇者と同様、聖女様と国王陛下のお言葉に従い、魔王復活に関する調査という名目でこの地を訪れた。ただ、実際には他にも目的が幾つかあってね。その一つが、このフェニックスの尾の採集という訳なのさ」

「それはまた大変なお仕事ですね」

「このような中域で出会えたのは行幸であったのだけれど、まさかこれほど強大な存在であったとは思わなかった。流石は暗黒大陸だ。全てが噂以上だった。我々だけでは巣に忍び込んで抜け羽をくすねることすらも困難だったろう」

「なるほど」

 そんな物騒な手合を奥の方からトレインしてしまったことに少なからず罪悪感を感じております。ただ、おかげで彼らが無事に目的を達することができたと思えば、まあ、プラスマイナスゼロと考えて良いんじゃなかろうか。

 羽は羽でも自分が欲しいのはグリーンシルフの羽だ。

 ここはひとつ、罪滅ぼしのつもりで進呈するとしよう。

「いかほどの価値があったとしても構いませんよ。他の誰でもない勇者さまが必要とされているのです。それはきっと世のため人のため、とても大切なものなのでしょう。それを私がどうこうするというのも、えぇ、目覚めの悪い話ではないですか」

 それにここで恩を売っておけば、あとで女の子とか紹介して貰えるかもしれない。勇者さまの知り合いとか、絶対に良い子が多そうだし、そうなると処女率も高そうだし、これはちょっと期待できるじゃんね。

「本当かい? 繰り返すけれど、本当に高価な代物だよ」

 そこまで繰り返されると、流石に気になるぞ。

 一応、確認だけしておこうか。

「ちなみにどの程度のお値段が?」

「君はどこの国から来たのだい?」

「私ですか? ペニー帝国から参りましたけれど……」

「例えば首都カリスの一等地に、これ一枚で立派な屋敷が立つだろうね」

 多少ばかりを歩んで、地面に落ちていた羽を拾い上げる勇者ピエール。極めて高価などと謳うだけのことはある。エディタ先生のお宅界隈が金貨百枚前後であったことを思い起こせば、金貨千枚近い価値があるのではなかろうか。

 ある程度回収して帰れば、当座の運営資金はおろか、向こう数年は働かなくても暮らして行けるだけの収入となるだろう。勿体無いことをした。そういうことなら、もう少し毟っておけば良かった。レベルが高いだけのことはあるじゃん。

「それはまたなんとも、大した額ですね」

「後で返して欲しいと言われても返せない使い方をする予定さ」

「なるほど」

「市場にも滅多に上がらないから、こうして暗黒大陸までやって来た」

 本人がここまで語ってみせたのだから、相手の体裁を整える上でも、ロハという訳にはいくまい。適当なところで双方の納得をとるべきだろう。ただ、如何せんこちらは世界の常識というやつを知らないから困ったものだ。

「であれば、これは一つ貸しということで、どうでしょうか?」

「随分と大きな貸しを作ってしまった。これは少しばかり怖いな」

「いつか返してくだされば結構ですよ」

「そのいつかが、いつになるか分からないから、貸しとは怖いものさ」

「ご理解いただけているようであれば、私としてもありがたい限りです」

「君、名前はなんというのだ?」

「タナカと申します。西の勇者さま」

「なるほど、ペニー帝国のタナカだな? 分かった。しかと覚えておこう。それと君が僕を呼ぶのに敬称はやめてくれ。自分より優れた存在に敬われることほど、プライドを刺激されることはないと思うんだ」

「そうですか。ではピエールさんと」

「ピエール? 誰だい、それは」

「あぁ……」

 そうだ、コイツの名前はピエールじゃないよ。

 勝手に名前つけてたわ。

 たしか勇者スターとか、店員ロドリゲスに呼ばれていた。

「いや、君がピエールと呼ぶならば、ピエールで構わない」

「……よろしいので?」

「うむ」

 どこか満足気に頷いてみせる西の勇者ピエール。

 いつぞやの新生サイトウを思い起こす光景である。

「ではそのように」

「道中、よろしく頼む」

「こちらこそ」

 何気に差し出された右手を、こちらもまた右手でガッシリと。

 握手など交わしたところで場は落ち着きを見せる。

 さて、壁に向かって移動を再開だ。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ