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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

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フィッツクラレンス家 三



 場所は変わらず首都カリスに所在するエステルちゃんのお宅。同所に開かれたパーティーの会場にて、予期せず遭遇したのは、つい数週前に面識を得たばかりの商人さん、であった筈が、どうやら相手は身分を偽っていたようである。

 酷く慌てた様子でエステルちゃんが彼に問いかける。

「へ、ヘーゲルっていうのはっ、どどどど、どういうことっ!?」

「その点に関してはタナカ男爵に謝らないとなりませんね」

「謝るって、ちょ、ちょっとっ、パパっ、意味が分からないのだけれどっ!」

 いいぞいいぞ、もっと言ってやれロリビッチ。

 とは言え、こちらは既に大方のところ理解してしまったけれど。

 まさか水戸黄門的に滑り込んで来ているとは思わなかった。

「申し訳ありません、タナカさん。マンソン商会のヘーゲルとは偽りの身分でして、本名はリチャード・フィッツクラレンスといいます。もしかしたら聞いたことがあるかもしれませんが、エリザベスの父親になります」

 相変わらずなニコニコ笑顔と共に語ってくれる。

 それとなく周囲に意識をやれば、いつの間にやら他の貴族たちが誰も彼も、こちらに注目している。決して嘘や冗談の類ではないだろう。彼の登場を契機として、ピタリ、会場の空気が一変して思えた。

 しかし、だとすれば玄関ホールで出会ったパワージジイは何者なのか。

 いやいやいや、今は他所へ気を回している場合じゃない。ヘーゲルさんの対応に意識を割くべきだろう。もしもこの場の交渉で失敗したのなら、即日で国外脱出を余儀なくされる可能性もある。

 なんだよもう。本格的に困ったことになった。

 あまりにも貴族っぽくないから、どうして対応したものか。

 とりあえず膝でも突いておくのが良いだろうか。

「フィッツクラレンス公爵、先月のお取引に際しては、私の知見が及ばないばかりに失礼を繰り返すこと度々、まことに申し訳ありませんでした。つきましては如何なる罰もお受けさせて頂く所存にございます」

 王様への対応に同じくへへーしてみる。

 この手の誰にでも下手に出てくるタイプって、一番ヤバイんだよ。切る時にバッサリ切るのはもちろんのこと、そのタイミングが全く見えないというか、気づいた時には切られているというか、他にあれこれと背負わされているというか。

 碌でもない社畜経験に育まれた精神が、ビンビンにアラートを上げている。

 この優男はヤバイと。

「そう気を使ってくださらなくても結構ですよ。私と貴方の仲ではありませんか」

「いいえ、私はフィッツクラレス子爵の僕にございます。故にフィッツクラレンス公爵は主人のまた主人にも等しいお方。まさか先のようなやり取りを公衆の面前に行うような真似はできません」

「当の本人である私が構わないと言っているのですよ?」

「だとしてもです。場を共にする諸先輩方に示しがつきません。私の身の上は平民に毛が生えたようなものでしょう。こちらの国の儀礼には疎くありますが、もしもこれが誤りでなければ、どうか他の方々へのご挨拶を優先して頂けたらと」

「そうですか?」

「はい」

「一つ私から忠告するとすれば、臆病者は出世できませんよ? タナカ男爵」

「お言葉を重ねること大変に申し訳ありませんが、一つ、私の欲するところは以前に語らせて頂いた通りとなります。そこには貴族としての肩書きも、広大な領地も、大きなお屋敷も、なんら必要はございません」

「おや、そうなのですか」

「はい」

 臆病と慎重を取り違えなければ、大丈夫、大体なんとかなる。

 いつの間にか懐に入られていた形だから、まずは距離を取ることから始めよう。ビッチ伯爵ではないが、今は慎重になるべきだ。可能であれば一度、エステルちゃんからパパさんに関してご説明を願いたい。

 あぁ、なんだろう。

 昨日のビッチ伯爵の振る舞いを決して他人事とは思えないな。

 ちょっと親近感。

 一頻りを語ったところで、パパさんの視線はエステルちゃんに向かった。

 かと思えば、何やら意味深な物言いでボソリ。

「だそうです。良かったですね、リズ」

「っ……」

 応じてビクリと、ロリビッチの肩が大きく震えた。

 もしかして今のやり取りに何かあったのだろうか。

「タナカ男爵がそのように言うのであれば、これ以上は控えさせて貰いますね」

「ご迷惑をお掛けしましたこと、大変に申し訳ありませんでした」

「夕食の折には声を掛けさせていただくので、その時にまた改めて話しましょう。もしも疲れているようであれば、屋敷に部屋を用意するので、そこいらのメイドに声を掛けて下さい。事情は私の方から伝えておきますので」

「…………」

 お泊りルートかよ。



◇◆◇



 パーティー会場から引き上げることエステルちゃんちの客室。

 今晩を過ごす為に用意されたのだというお部屋で、自分とロリビッチとはソファーへ腰を落ち着けると共に、真面目な表情で顔を突き合わせてていた。偏に互いが持つ状況を共有する為である。

「エステルさん、どうしても今のうちに確認したいことがあります」

「え、えぇ、そうよね。私もどうして貴方がパパと顔見知りだったのか、とても確認したい気分だわ。ヘーゲルというのは、一体どういったことなのかしら?」

「そうですね、大して遡った話ではないのですが……」

 どこか緊張した面持ちの金髪ロリータだろうか。

 これを相手に領地でのやり取りをひと通りご説明する。

 彼がマンソン商会の使いとしてドラゴンシティまで足を運んだところから、商談を行い、実際に投資をして頂いて、その結果として本日という日を迎えたことまで、一つ一つ丁寧に隠し立てすることなくお伝えした。

 ここで嘘を話したところでなんの得もない。

 むしろ全てを彼女と共有したい。

「……といった具合です」

「そ、そんなことになっていたのっ!? いつのまにっ……」

「それで今度はこちらから伺いたいのですが、あの方は本当にエステルさんの?」

「……ええ、間違いないわ。私の、パパよ」

「なるほど、そうだったのですね……」

 やっぱり本物のようだ。

 しかし、だとすると玄関先で出迎えてくれた大柄な男性の存在は。

「だとすると、馬車を降りて直後に出会った方は?」

「あれは私のお爺ちゃんよ!」

 どおりで歳を取っている訳だ。

 晩婚夫婦かと思ったが、決してそんなことはなかった。むしろ、ヘーゲルさん改めリチャードさんの姿を鑑みるに、かなりの若年婚と思われる。今のエステルちゃんと大差ない年頃で子供を設けたことになるぞ。

「となると、あの方がフィッツクラレンスの?」

「違うわっ! お爺ちゃんは隠居しているから、フィッツクラレンス家の全権はパパにあるの。たまに意見を交わしている姿も見るけれど、お爺ちゃんはパパに頭が上がらないから、今のフィッツクラレンス家はパパが全てよっ!」

「なるほど、なるほど」

 つまり問題は、やはりというか、リチャードさんである。

 思えば魔導貴族も、エステルちゃんを呼ぶに際して、リチャードの娘、などと口にしていた。あの魔法キチガイが少なからず意識する訳だから、当然、魔法に対する知見も相応のものと考えて挑むべきだろう。

「でも良かったわ。パパ、すごく人見知りだから……」

「人見知り、ですか?」

 そんなふうには全然見えなかったのだけれど。

 むしろやりての営業マンって感じだ。

「とても臆病だから、ああして人を試すような真似ばかりするのよ?」

「…………」

 やはり試されていたのか。

 危なかった。

 いやいや、まだ危地が去ったとは分からない。

 夕食に誘われている。

 更に今晩は同所へ宿泊する羽目となるだろう。

 なんかもう胃が痛くなってきた。

 ソフィアちゃんのオッパイに顔をうずめて癒やされたい

 この身が欲するのは、こんなギスギスとした緊張ばかり強いられるようなお泊りじゃない。もっとこう、なんというか、今日は講義なんか休んで、ずっと繋がっていようね? とか、おねえちゃんはもう寝ちゃったから、お兄ちゃん、今晩は私と妹エッチしよ? とか、そう、そういう感じのラブ環境が欲しかったの。

 ああもうくそう。なんかもう、くそう。

 ソフィアちゃん、ソフィアちゃん、ソフィアちゃんと学生生活をやり直したい。

「ところで、アレンさんはどちらに?」

「アレンなら貴族の子たちに連れられてどこかに行ったわよ? セシル家の三女とスチュアート家の次女、あとドラモンド家の四女が一緒だったかしら。あぁ、それとネヴィル家のナンシー夫人も一緒だったわね」

「なんと……」

 速攻でハーレム作っちゃってるよ、あのイケメン。

 しかも人妻まで巻き込んで。

 なんかもう悔しくて悲しくて切なくて、なんだろうね。

 同じ人類とは思えないな。

 俺もそっちに行きたい。

「あ、あの、一つ良いかしら?」

「なにか?」

「本当は、まだ会って欲しくはなかったの。パパはあれで質実剛健というか、現実的というか、とても成果主義なところがあるの。もちろん、貴方の多大なる成果は私が一番によく理解しているつもりよっ!? で、でも、時期というのがあると思うから……」

「…………」

 このロリビッチ、どうやら本気でこちらにパパ攻略をさせるつもりだったようだ。個人的には恋愛結婚至上主義なので、もう少し余裕が欲しいと切に願う。いつだってこの金髪ロリータからの相談はヘビー級だ。

「こういうことは言いたくないのだけれど、し、知っておいて欲しいから」

「事情は知れませんが、私が知って構わないのであれば、仰って下さい」

「以前、貴方と同じように貴族となった平民が、フィッツクラレンスの派閥としてパーティーに参加して、その日の内にパパの手で殺されたわ」

「はい?」

「さっきと同じようなやりとりがあって、その場で首を飛ばされたの」

「流石に状況が読めないのですけれど……」

「その時もパパはヘーゲルという名前で近づいていたわ。そして、貴方が交わしたものと同じやり取りを行って、相手がパパのことをヘーゲルと口にした次の瞬間、いつの間にか首が飛んでいたの」

「……なんと、まぁ」

 エステルちゃんのパパって、もしかしてロリゴン級にヤバくないか。

 無詠唱で腹パンを繰り出してくるタイプの恐ろしさを感じる。

「ごめんなさい。わ、私が事前に伝えておけば良かったのだけれどっ」

「いいえ、結果的には無事に済みましたから」

「そ、そうよね!? パパ、珍しく上機嫌だったわっ!」

「え? そ、そうですか?」

 ぜんぜんそんなふうには見えなかったぞ。

 出会ってから今日までずっと怪しいニコニコ顔だもの。

「だって初対面の相手を夕食に誘うなんて、ほんとう、何年ぶりかしら。たしか五年前にビッチ伯爵を招いたときが最後だったと思うのだけれど。そう言えば、ゾフィーと知り合ったのも、あの時の夕食会だったわ」

「…………」

 気に入られているのだろうか。

 本当に?

 いいや、分からない。。

 エステルちゃんの言葉が正しければ、今ここで娘さんとやり取りしていることさえ、彼は考慮した上で動いている可能性が高い。というか、間違いなく考慮した上で動いていることだろう。でなければ、わざわざ身分を偽って近づいたりしない。

 少なくとも自分ならそうする。

 可愛い一人娘に男が近づくなど、あぁ、絶対に殺したくなる。

 故に彼は今まさに、俺という不逞の輩を本格的に潰しに来ている可能性が高い。というか、それで間違いない気がする。エステルちゃんと衝突せずに、尚且つ自然に新米男爵を屠るという、親として理想的なルート設定だ。

 フィッツクラレンス公爵の親ばかぶりは噂に聞いた覚えがある。そんな手合が、数度のやり取りで娘を手放すものか。出会ってから今日を向かえるまで、エステルちゃんが幾度となく示してきた貴族的振る舞いも、根源には彼の権力が存在する。

 その矛先が自分に向かったなら、果たしてどのような将来が待つか。

「も、もしかしたら、明日には婚約を発表出来るかもしれないわねっ!」

「流石にそれは急ぎすぎかと」

 一方で娘さんの極めて脳天気なこと。

 不安しか湧いてこない。

 ここは一つ芝居を打つ必要がありそうだ。

「すみません、少し一人で考えたいので、外の空気を吸ってきます」

「え? わ、わたしも一緒ではいけないのかしらっ?」

「申し訳ありませんが、ここは一人にさせて貰えたらと」

「……そう。わかったわ。でも、気をつけてねっ!」

「お気遣いありがとうございます」

 その為にも、おう、気は進まないがパーティー会場に戻ろう。



◇◆◇



 客間を立って早々、訪れたる先はパーティー会場。

 そこで目当ての人物へと接近する。

 最後に別れた際と様子も変わらず、今も数多の貴族男子に囲まれて、朗らかにも営業スマイルを浮かべている姫ビッチ。かれこれ結構な時間だろう。流石は構ってちゃんだ。日々を構って貰う為には、決して努力を忘れないその意気や良し。

 アイドル根性逞しいというやつだ。あまり魅力は感じないけれど。

「ご歓談の最中に申し訳ありません、シアン様」

「……タナカ男爵?」

 少なからず申し訳ない気持ちとなりつつ、それでもお声掛けさせて頂く。

「お父上がお呼びで御座います。恐縮ですが、私と共に来て頂けませんか?」

「…………」

 ジッとジト目な上目遣いに見つめられる。

 何事も計算高い彼女ならば、恐らくこちらの意図するところを正しく理解してくれる筈だ。そして、正統派姫ビッチである彼女ならば、今に言葉を交わす理系貴族たちより、自分との交渉の場を優先してくれると、信じての行いである。

「分かったです。皆さん、すみませんが少し場を失礼するです」

 良かった、どうやら交渉成立のお知らせ。

 ありがとうゾフィーちゃん。

 持つべきものは尻軽ビッチな知り合いだ。

 一方で彼女が頷くに応じて、周りを囲う面々からは不満気なため息がちらほらと。とは言え、ゾフィーちゃんのパパさんを建前にしている都合、それ以上の声が挙がることなく、淡々と過ぎてゆくのが理系男子の定めだろうか。

 正直、もうちょっと頑張っても良いと思う。エステルちゃんを囲ってた連中であれば、きっと、文句の一つでもつけてきたと思うんだ。とか、胸の内に浮かんだ感慨に、自ら悲しくなったところで、思考を止める。

 今は理系男子の未来を嘆いている場合じゃない。

「こちらです」

「はい、分かったです」

 ビッチビチの姫ビッチをエスコートすることしばらく、多少ばかりを歩んだところで、自然と両者の立ち位置は前後して、こちらが導かれる側となる。

 パーティー会場を後として、人気を避けること屋外を歩んで幾らばかりか。やがて辿り着いた先は、外壁と屋敷の壁に囲われた人気も少ない界隈だ。

「ここなら誰にも聞かれることはないと思うです」

「気を利かせて下さりありがとうございます。シアンさん」

 その場に立ち止まったゾフィーちゃんがこちらを振り返る。

 ふんわりと勢いに持ち上がったミニスカートの裾が、くそう、おパンツこそ拝めずとも甚だエッチだ。何気無い動作の一つ一つが完璧に計算されている。更に続くところ、投げ掛けられた言葉は、男なら一度は異性から言われた台詞の一つ。

「……今までどおりゾフィーで結構です」

「よろしいのですか?」

「少なくとも今は他に人の目もないです」

 なんという、この、自分だけ特別に扱ってもらっている感。

 この子と話をしていると、異性が信じられなくなりそうだわ。

 歌舞伎町の塾で学んでいなかったらヤバかった。

「そうですか? 私もその方がしっくりくるので助かります」

「はいです」

 しかしながら、続くところは極めて現実的。

 ご相談させていただく。

「エステルさんのご両親に関して、知っていることを教えて頂けたらと」

「ついにエステルと結婚する気になりましたか?」

「いいえ、本日の晩に彼女の父親から、食事へ招かれました」

「……本当ですか?」

「えぇ、本当です」

 くわと瞳を見開いたゾフィーちゃん、ちょっと可愛かった。

 年がら年中装っているから、たまに垣間見る素面がラブいのだよ。

 不意打ち的な意味で。

「やはり、なにかありますかね?」

「…………」

 尋ねると、彼女は少しばかり悩んでから、答えた。

「私と父もフィッツクラレンス家の晩餐に招かれたことがあるです。私は当時、まだ十やそこらでした。ただ、そのときの光景は未だに覚えているです。正直、あまり思い出したくはないですが」

「すみませんが、詳しく伺っても?」

「当時の私は今よりうんと幼かったです。ですから、どのようなやり取りがあったのかは、まるで分からないです。ただ、私の瞼に焼き付いている光景は唯一で、フィッツクラレンスの屋敷の廊下、自身の父親が年若いエステルの父親に土下座をしていました」

「…………」

 おいおいおい、またいきなり重いのが来ちゃったよ。

「これでも家柄は代々続く伯爵家です。他者が父に頭を下げることはあっても、他者に頭を下げる父の姿というのは、少なくとも当時の私は初めて目の当たりとするもので、とても衝撃的な光景でした」

 これなんて返したら正解なんだろうな。

 教えてエディタ先生。

 なんかもう、全てを投げ出して先生に抱きつきたい。

 きっと先生なら困惑しながらも、ギュって、ギュってしてくれると思う。

 お願いすれば、もしかしたらナデナデしてくれるかもしれない。

「立ち入ったお話となってしまいました。申し訳ありません」

「構わないです」

「ですが……」

「当代のフィッツクラレンスは化け物です」

「……化け物、ですか?」

「フィッツクラレンス派閥の貴族に限らず、宮内であれば誰もが意識するところです。代替わりから数年ばかりで、その家柄を国に幾つかある公爵家の派閥において、最下から今に至るでのし上げた。それがエステルの父親です」

「なんとまあ……」

 そもそも公爵って何人居るんだろうとか、疑問に思わないでもない。ただ、彼女の語りぐさを鑑みれば、公爵として身を立てているということが、ペニー帝国においては非常に稀有なことなのだと理解する。

 逆に言えば、玄関ホールで会ったエステルちゃんの祖父、パワージジイが駄目という判断も下るが。

「言えることがあるとすれば、それは一つです」

「というと?」

「ここ数年の付き合いですが、親馬鹿という噂は間違いありません」

「なるほど」

「貴方の思惑がどうあれ、エステルとの良好な関係は、その身を立てる上での命綱となること間違いないと思うです。他の誰でもない貴方ならば、恐らくは」

「私ならば?」

「アレンがエステルから遠退くことは、彼とも数年の付き合いですが、結果的には良かったと思うです。もちろん私との関係は考えずとも」

「…………」

 呟いて、どこか遠い目となるゾフィーちゃん。

 この子はこの子で、貴族と平民、男と女、極めて面倒な立ち位置の最中にありながら、色々と考えていたのかもしれない。いや、ここ最近の空回り具合を思えば、むしろ考えすぎているとも言えるか。

 そして、少なくとも友人としてアレンの立場を案じる程度には、人としての魅力を残しているよう。実際のところは知れないが、普段の尻軽っぷりを思い起こすと、妙に良い人として映るから、姫ビッチとは得な立ち位置だな。

「あ、今の発言は忘れて下さいです」

 例えば自分のパパにアレンとエステルちゃんの関係を吐露したのも。

 全ては――――。

「もしかして本気でアレンさんに惚れていますか?」

「まさかです」

「そうなのですか? 私の前では随分とラブラブしていたような」

「…………」

 自分から突っ込んでおいてなんだけれど、胸がチクチクするぜ。

 切ないぜ。甘酸っぱいというよりは、賞味期限の切れた酢酸のような。

 アレンめ、なんてモテモテなんだ。

 もしかしたら、ヤツの人を見る目は大したものなのかも知れない。

「ここ最近のゾフィーさんが、私には酷く迷走しているように見えます」

「……いきなりですね」

「何故か貴方には、こういうことを割と素面で言えちゃうのが不思議ですね」

「そういうことを貴方から言われても、ぜんぜん嬉しくないです」

「残念です」

「ぜんぜん残念そうじゃないです」

 まったく、これで膜が無いというのだから、やっぱり詐欺だよな。

 あぁ、とんでもない詐欺だ

 当然といえば当然である。これだけ実力を伴い、尚且つ意識の高い子が、自ら二号に甘んじていたのだもの。それ相応の想いというものがなければ、まさか動くことなどなかったろうさ。ただただ異常なほどに尻が軽いのだ。

 或いは何かに焦っているのかもしれない。

 生き急いでいるというか。

「とは言え、迷走しているという指摘は、あながち間違いではないです」

「そうなのですか?」

 おや、姫ビッチが自分語りを始めたぞ。

「正直なところ、自分でも自分が何を欲しているのか、良く分からないのです」

「…………」

 しかも随分と哲学的だな。

 んなこと俺に言われても、流石に困っちゃう。でも話題を振ったのはこっちだしな。メンヘラ属性のゾフィーちゃん相手だから、予想して然るべき展開であったと、自らには戒めを、迷えるビッチには導きを。

「焦っていては見える筈のものも見えなくなってしまいますよ。少し落ち着いて考えてみてはいかがでしょう? もしも落ち着くことができないというのであれば、今のゾフィーさんが求めるべくは落ち着ける場所ですね」

「落ち着ける場所、ですか?」

「まだまだ若いのですから、そう慌てることはないと思いますよ」

「女の寿命は短いです。私も既に折り返し地点を過ぎてるです」

「…………」

 相変わらず意識高い。ぶっちぎってる。

 そんなだから空回りしちゃうのだろう。

「これは私の生まれ故郷の話ですが、女は三十路を超えてから美しくなると、誰もが口を揃えて語っていましたよ。ゾフィーさんくらいの女性と結婚した男は、世間から変態の誹りを受けること度々です。女性の平均婚姻連年齢は二十五を越えます」

「え……」

 ぽかんと口を半開きの姫ビッチ。

 その反応から確証を得るところ、やはりこちらは十代での結婚が一般的のよう。ロリコンとしては嬉しい限りだ。やっぱり結婚するなら一桁に限るよな。婚後も向こう二十年はフレッシュな気持ちで楽しめるじゃないか。

 死ぬまで素直に愛し続けられる。

 自分に嘘をつかなくて済む。

「そ、それで男性は大丈夫なのですか?」

「結果、その国は出生率が下がって老人の人口に締める割合が六割を超えます」

「なっ……」

 姫ビッチの驚愕再び。

 さて、ゾフィーちゃんの素面にハァハァするのもこれくらいで良いだろう。お国自慢もあまり続けると胸が痛くなる。いくら語ったところで、なんら益のない話だ。あまりに効果が抜群だから、少し調子に乗ってしまった次第である。

 それよりも他、彼女にはお願いしたいことがあるのだ。

「ところでゾフィーさん、可愛らしい貴方に私からお願いがあるのですが」

「……世辞はいらないです。なんですか?」

「すみませんが、私とお付き合いしては貰えませんか?」

「……はいです?」

 ポカンとした表情でこちらを見つめるゾフィーちゃん。

 またも素面の表情ってやつだ。

 中古なのに、中古なのに。くそう。

 ただ、今回はそう長くも続かない。

「以前、エステルさんに伝えたことがあるのですよ、私には好きな人がいると。それは事実であり、また、いつかは必ずと意識するところであるのですが、今はまだ先が見えていない状況にあります」

「つまり私を身代わりとして当面を凌がせて欲しい、ということですか?」

 すぐに元の落ち着きを取り戻した。

「早々にご理解くださり助かります」

「…………」

 まさかエステルちゃんのパパと正面切って争う訳にはいかない。かと言ってアレンを矢面に立たせるのも、ビッチーズの話を聞く限り、命の危険を伴う。故に自然な流れとして、姫ビッチの寝とり癖が生きてくる訳だ。

 とは言え、流石の彼女もこれには難色を示した。

「それを行って私に何の得があるです?」

「ええまあ、そう言われると辛いですね……」

「…………」

 ジッと上目遣いに見つめられる。

 何故だろう。

 今日はやたらとゾフィーちゃんが可愛く感じられて困るのだが。

 パーティー料理に薬でも混ぜられていただろうか。

 悔しいので軽口でも一つ叩いておくとしよう。

「今なら特典として、本当に田中男爵家の夫人になれます」

「無理です」

「……駄目ですか」

「私の代でビッチ家を潰すわけにはいかないです。万が一にもフィッツクラレンス公爵に目をつけられてはどうなるか、先程の話を耳とした貴方なのですから、自ずと理解できる筈です。もしも私を娶りたいのであれば、フィッツクラレンス家を潰すですね」

「そうですね。少しばかり都合が良すぎました」

「そのとおりです」

 やっぱり駄目だった。

 まあ、こちらはダメ元だったので致し方なし。

「……話は以上です?」

「はい。お付き合い下さりありがとうございました」

「それじゃあ、私は行くです」

 くるり踵を返すと共に、悠然とドレスの裾をなびかせ去ってゆく姫ビッチ。

「お気をつけて」

「…………」

 返事はない。

 その背中は建物の影に隠れて、すぐに見えなくなった。



◇◆◇



 日が暮れた。暗くなった。夜の訪れ。

 自ずと訪れたるところ、夕餉の時間である。

 金髪ロリータに連れられて向かった先は、パーティー会場でパパさんから伝えられたとおり、エステルちゃんちのダイニングだ。なんでも食事は家族で取るのがロリビッチ家のルールらしい。

 同所に居合わせたのは自分の他、エステルちゃんとエステルちゃんのパパ、それにパワージジイの三名となる。なんでもママさんは出かけており、今日のところは先に食べていて欲しいとかなんとか。

 当然のようにお部屋は豪華である。非常に広々とした部屋はエディタ先生のお家ならまるっと入ってしまうのではなかろうか。一食二桁万円級の超高級レストランとか、きっとこういう感じなんじゃなかろうかと思わせる造りである。

 テーブルや椅子といった家具の類もやたらと気合が入って思える。木に作られた表面のツヤツヤと周囲の光景を映すほどの勢いで光沢を放つ様子は、やっぱり誰かの人生が買えてしまいそう。恐らく、五ノイマンは余裕だろ。

 そう言えばここのところ、ちゃんと時間を取った覚えがないな、ノイマンさん。

 ちゃんと会ってお礼を言いたいところである。

 しかしまあ、今はエステルちゃんのパパ攻略に集中するとしよう。ちょっとしたミスが明日の国外逃亡に繋がる。ソフィアちゃんとの理想的食っちゃ寝生活を手に入れる為にも、ここは上手いことやらねばならない。

「それではタナカ男爵の爵位授与に、乾杯」

「「「乾杯」」」

 パパさんが杯を掲げるに応じて、他の面々もまたこれに習う。

 同所には他にエプロンドレス姿のメイドさんが幾名も控えて、微に入り細に入り我々の食卓をサポートしてくれている。誰も彼も見た目麗しい十代と思しき女性であるから、これがまた視線の移ろいゆくを我慢するのが大変だ。

 スカートはもう少し短くするべきだとご意見したい。

「今晩は無礼講です。楽しんでいって下さい、タナカさん」

「私のような下男に勿体なきお言葉です、フィッツクラレンス公爵」

「パーティー会場で試すような真似をしてしまったことは謝罪させて頂きます。ですから、せめてこの場では平素からの貴方とお話できたらと思います。駄目ですか?」

 嘘つけ。それ、絶対に嘘じゃんよ。

 こっちは知ってるんだからな。

 ゾフィーちゃんのパパを土下座させたこと。

「人に対して態度を変えることは、貴族の身の上においては重要な行いかと思います。しかしながら、私はそれがどうにも苦手でして、故にどうかご容赦を」

 無礼講とか言う上司に限って、酒の席での失礼を根に持つのは鉄板だよな。本当に無礼講な人は業務時間でもフランクな交流を大切にしてくれる。そうしたなかでも一番に注意すべきが、こうして舞台を用意した上でいけしゃあしゃあと語ってくれる手合だ。

 社畜はそんな甘い言葉に騙されたりしないんだからな。

 恐らくは第二段階へと移っただろう面接官に意識を改める次第。

「であれば、この席を練習にでも使って下さい」

「そうですね。では大変に恐縮ですが、そのようにさせて頂きます」

 適当に言葉を合わせつつ、優雅に離脱する作戦だ。

「ラジウス平原に僅か一日で街を築いた魔法の腕前も然ることながら、これを元に人を集めて、最終的には陛下より与えられた条件を満たすまで至ったところは、私も学ぶことが多いのではないかと思いました」

「いいえ、その多くは偶然と幸運の賜物であります、フィッツクラレンス公爵」

「謙遜は良くないですよ、タナカ男爵」

「決して謙遜ではありません。それは他の誰でもない、フィッツクラレンス公爵のご助力が所以の成果にございます。公爵より頂戴した投資あってこそ、私は本日を向かえるまでに至っているのです」

「それは私に限らないのでは?」

 来たな。速攻で来たな。

 ここは素直に答えておこう。

「はい。エリザベス様に融通して頂きまして、プッシー共和国のドリス・オブ・アハーン様にご協力を頂きました。また、トリクリスにおいては今はなきアウフシュナイター家の嫡男が率いる黄昏の団の皆様にも尽力を頂戴しております」

「…………」

「更に加えまして、ビッチ伯爵家におかれましては、魔法騎士団第三師団副団長シアン・ビッチ様にも投資を頂戴いたしました。他にも学技会に差し当たり、ファーレン卿からも人の紹介を数多頂きましたところは決して忘れられません」

「なんと、あのファーレン卿が?」

「他に理由があったとは思いますが、結果的には」

「……そうですか」

 魔導貴族の名前を出したところ、なにやら意味深な態度に頷いてみせるエステルちゃんのパパ。ゾフィーちゃんを持ってして化け物と呼ばせるだけの手合にすら影響を与えるのだから、国内におけるヤツの立ち位置とは凄いものなのかもしれない。

 そういえばヤツは、ちゃんと首都カリスの自宅まで帰れただろうか。

 ロリゴンのお使い達成率を思うと少し不安になってきた。

「ちょ、ちょっと待って、パパっ!」

「なんだい? リズ」

「彼はこう言っているけれど、ドリスに関しては私が動かした訳ではないわ!」

 幾らばかりかを語ったところでエステルちゃんが吠えた。

 なにを語ってくれるのやら、不安ばかりが募る。

「先の紛争でプッシー共和国と争ったのは彼よ! だからこそ、ドリスとも面識があるし、彼女もトリクリスで大人しくしているわっ! あの女がプッシー共和国から人を集めたのも、私だからではなくて、彼の言葉であったからよっ!」

 声高らかに宣言してみせるロリビッチ。

 正確にはクリスティーナがマゾ魔族より強かった為だ。他の何者でもない。でなければ、あの縦ロール処女はすぐにでもトリクリスに攻め入っただろう。伊達に首を刎ねられてはいないのだよ。

 ただ、この場では彼女の言葉こそ大きく響いた。

「なるほど、そうなのですか」

「次はないと思いますが」

「だとしても、大したものですよ、タナカ男爵」

「恐縮です」

 エステルちゃんのおかげで良い牽制となった。

 このまま逃げ切ることが出来れば良いのだが。

 などと胸中に祈ったところ、これに正面から割り込みが入る。

「ええい、かたっ苦しいやり取りは止めだっ! 止めだっ! それよりも貴様、息子は許してもわしは決して許さんぞッ!? あの可愛いリズに、貴様はっ、貴様はっ!」

 よりによって一番に面倒なところへパワージジイが突入だ。

 これまでのやり取りの全てをぶち壊してくれた。

「わしは家のことには口を出さぬ、しかし、可愛い孫のことならばっ!」

「リズは貴方の孫である以前に私の娘です」

「…………」

 これに対して、ぴしゃり、言い放ったのがパパさん。

 パワージジイは返す言葉がない。

 存外のこと打たれ弱い。ちょっと可哀想になるくらい弱い。

 見た目はかなり強そうなのに。父と子なのに。

「とは言え、貴方の語ってみせたところは私も気になります」

 真っ直ぐな眼差しにパパさんから見つめられる。

 恐らく本気だろう。

 今この瞬間に限っては、垣根なしの詰問に思われる。

「そこのところ、どうなのでしょうか? タナカ男爵」

「そうですね……」

 さて、どうして答えたものか。

 適当にグラスなど傾けながら、返すところに躊躇する。ゾフィーちゃん曰く、親馬鹿は本物。流石に悩む。とても悩む。自分だってエステルちゃんみたいな可愛い子が娘として生まれてきたのなら、その膜を破った男などフルボッコ決定的である。

 故にパパさんの気持ちも分からないでない。

 そうした頃合のこと、不意にダイニングから廊下に通じるドアが開いた。

 ガチャリ、金属の触れ合う音が妙に大きく響いて聞こえた。

 それと同時――――。

「貴方、帰りましたわ」

 廊下の側より姿を現したのは、見覚えのあるムチムチ美女である。

 他の誰でもない、いつだか商人を装うパパさんの傍ら、やたらとエステルちゃんとの関係を訪ねてきた女性である。彼女は部屋にリチャードさんの姿を見つけると同時、朗らかにも笑みを浮かべて帰宅の挨拶を。

 その言葉が示す通り、彼女がロリビッチのママなのだろう。

 想定したとおりである。

 などと思ったのだけれど、そのすぐ隣にアレンの姿を確認して、おう、身体が強張る。だってヤツめ、ママさんの腰に腕など回しているではないか。互いに寄り添う姿は、まるでラブホテルから出て来たばかりのカップルを思わせる仲睦まじさ。

 傍目にも距離感は極めて近いものに映る。誰の目にもどういうやり取りがあって今に至るのか、一目瞭然な立ち位置だ。これでママさんの腕もアレンの身体に回されていれば九死に一生を得たかも知れない。だが、そのような隙は寸毫も窺えない。

 間違いなくイケメンが誘って思える。相変わらずヤンチャな下半身だぜ。

「えっ……エステル、それにタナカさんも……」

 ダイニングへ一歩を踏み入れた瞬間、イケメンのイケてるところが硬直だ。

 その圧倒的な驚愕は、きっと同所にエステルちゃんを確認してだろう。

「ごめんなさいね、アレンさん」

 一方で口元に小さく笑みを浮かべてママさん。

 その身体がふわりアレンの元を離れて、パパさんの隣に並んだ。

 瞳はまるで笑っていない。

「あの、こ、こちらは……」

 震える彼に彼女は伝える。

「どうしても貴方とはお話がしたかったの。夫と娘を交えて」

「…………」

 お前もか、アレン。

 エステルちゃん曰く、パーティー会場で異性から声を掛けられまくっていたイケメン。その内の一人が、彼女であったのだろう。しかし、アレンのヤツがエステルちゃんのママを知らなかったとは想定外である。

 都合、見事に拿捕された間抜けな男が二人、食卓に並ぶ羽目となった。

「エステル? それは誰のことだい?」

 何気無いアレンの言葉にパパさんが反応した。

 アレンのやつ、速攻で地雷を踏み抜いたぞ。

 しかもこっちまで壮大に巻き込まれた感じがヒシヒシと。

「っ……」

「あら、アナタ。そんなに怖い顔をしないで。彼はここまで私を送ってくれたの。こんなオバサンを可愛らしいとたくさん褒めてくれるから、年甲斐もなく嬉しくなってしまったわ。とても良い子なのよ?」

「そうだね。とてもやさしそうな青年だ。たしかビッチ伯爵の肝いりだったか」

「あっ……」

 まさかそこまで知られているとは思わなかったのだろう。殊更に顔色を悪くしてゆく心優しき青年。ぐぅの音も出ない。自分も相当にヤバイ状況にあると思っていたけれど、アレンはそれ以上の危地に追い込まれて思える。

 即死級の美人局に遭遇したのだから当然か。今晩のオマンコに心躍らせていたところ、辿り着いた先は処刑台である。いつだかメルセデスちゃんと共に収まったぼったくりバーがオママゴトのように思えるぜ。

 ヤバイな、フィッツクラレンス夫妻。

 パワージジイとか最年長にも関わらず完全に置物だ。

 会話に入ってくることさえ出来ないでいるぞ。

「アレン君といったかい? まあ席につきたまえ。食事を用意させよう」

「……も、申し訳ございません」

 リチャードさんのお誘いを受けて、咄嗟に頭を下げる間男二号。

「私は席につきたまえと言ったのだよ? 聞こえなかったかい?」

「っ……」

 有無を言わさぬ家主の言葉を受けて、しずしずとアレンは俺の隣に腰掛けた。なるほど、どおりで隣の席が空いていた訳だ。更に言えばエステルちゃんを筆頭として、パパさん、パワージジイが対面に腰掛けていた訳だ。

 都合、長い食卓の一方には間男一号、二号が横に並ぶ。

 残る対面にフィッツクラレンス家の皆様がズラリ。

 なんとなくゾフィーちゃんの言葉を理解した。こうして彼ら一族は主導を取りに来るのだろう。自分たちの派閥に加わった連中に攻勢を仕掛ける隙を与えず、先制一撃で一切合財を根こそぎ奪う。

 優男然としたニコニコフェイスとは裏腹、激しくオラオラ系だよパパさん。

 アレンとママさんを招き入れたところで食卓は継続。給仕のメイドさんたちは粛々と食事を運んでくれるので、我々はこれを機械的に処理してゆく限り。フィッツクラレンスの人たちにテンポを合わせて食事をいただく。

 とてもではないが味など分からない。

「あの、パ、パパっ……」

 エステルちゃんが我々の援護を試みる。

 自分はさておいて、このままだとアレンは断頭台の露と消えかねない。国有数の大貴族、その奥さんを旦那さんの目の前で寝取ろうとしたのだから、当然と言えば当然だ。とは言え、騙されていたということもある。

 その点は自身も経験がある訳で、愚直に非難するのははばかられる。

 男だったら、ママさんみたいな美女に逆ナンされたら、ほいほいと付いて行ってしまうのが普通だ。叶うことならアレンと一緒に3Pで面倒を見て貰いたい。エステルちゃんのママなのだから、絶対に淫乱だ。

 ツインスティック装備でアヘ顔ダブルピース連発して欲しいもの。

「一点、どうしても確認できていない点があるのです」

 娘の言葉に構わず、リチャードさんが口を開いた。

 それまで粛々と動かしていた食器を置いて、ジっと我々を見つめる。その表情は平素からのニコニコ笑顔である。ただ、ゾフィーちゃんから親馬鹿認定を教えられた今となっては、内に沸々と湧き上がる怒りが否応なく感じられる。

「リズに要らぬことを教えたのは、どちらですか?」

 直球勝負だ。

 確実にデッドボール狙ってきてる。

「っ……」

 すぐ隣でアレンの肩が震えるのを感じた。

 ヤバイな。

 冗談抜きでピンチだ。

 クリスティーナ戦に負けずとも劣らない危地である。

 本当に。

「もう一度訪ねます。自ら名乗りを上げて下さい。リズに要らぬことを教えたのは、タナカさん、アレンくん、どちらですか? 別に取って食べようという訳ではありません。ただ、これは確認しておかねばなりませんので」

「…………」

 さて、どうしよう。

 ゾフィーちゃんの言葉が正しければ、次に飛んでくるのは攻撃魔法だ。

 そして、恐らくアレンはこれを知らない。

 尚且つヤツの性格を思えば――――。

「ぼ、僕がエステ……」

 こちらの危惧も早々、馬鹿正直に名乗りを挙げんとするイケメン。

 致し方なし。

 アレンの命には代えられない。

 まさかこんな結末が待っていようとはな。

 ヤリチンに始まり、ヤリチンに終わる首都カリスでの生活だった。

「リチャードさん。おたくの娘さんの純血は私が頂戴致しました」

 がたり椅子を膝裏に押して立ち上がる。

 同時に回復魔法を自らに行使する。ここ最近はクリスティーナの腹パン用となりつつある持続型である。過去の実績からして、予期せず首を飛ばされたとしても、恐らく死ぬことはないだろう。

「……それは本当ですか? タナカさん」

「はい」

「おかしいですね。私の調査では……」

 アレンの命を思えば、ここはもうゴリ押ししかない。

 ヤツが地雷を踏んだ時点で、既に他の選択肢は全滅していたのだ。

「私は小さい子供が好みでして。エステルさんの毛も生え揃わないあそこは、それはそれは魅力的でした。まさか欲望を抑えることなど、とてもではありませんが叶わず、欲望に身を任せて彼女の幼い肉体を……」

 いつかお風呂場に眺めた無毛スージーを思い起こして語る。

 同時、魔法が飛んできた。

「っ……」

 誰かの息を呑む音がダイニングに響く。

 応じて、ドスン、全身に衝撃が走った。目に見えない衝撃波的なものが飛んできて、バツン、首元に違和感。痛みは僅か一瞬のこと。正面には着座に腕を振るった姿勢のまま、こちらを見つめているパパさんの姿が。

 決して開かれることのなかった瞳が、うっすらと開かれて爛々と。

 ほらみろ、やっぱりキレると細目が少し開くタイプのイケメンだ。

 最高に格好良いよな、そういう系のキャラって。

 自身はまるで動いていないにも関わらず、自ずと景色が移り変わってゆく。いつだか紛争の只中に受けたダークエルフからの一撃を思い起こす。辺り一帯に飛び散る血液の、食卓を汚す様子が酷く印象的だった。もったいない。

「ぱ、パパぁぁぁぁあああああああっ!」

 かと思えば、エステルちゃんが吠えた。

 あろうことが実の父親に向けて魔法を放ったのだ。

「っ!?」

 まさか娘から攻撃されるとは思わなかったのだろう。

 パパさんの口から驚愕が漏れる。

 俺だってビックリだ。

 直径一メートルほど、巨大な炎の固まりが、エステルちゃんからパパさんに向けて放たれる。ファイアボールだ。至近距離からの一撃は間髪置かずに着弾、誰も彼もを巻き込んで爆発の憂き目を団欒に。

 薄れゆく意識の中で、自身のステータスを確認。



名前:タナカ
性別:男
種族:人間
レベル:125
ジョブ:錬金術師
HP:1400/149802
MP:82550300/252000030
STR:10012
VIT:2711
DEX:16100
AGI:12322
INT:20001900
LUC:27



 よし、まだMPは残っているぞ。

 いつかは一発放った限りで底をついた魔力とやらが、レベルの上昇に応じて幾らばかりかの余裕を伴って思える。流石にもう一発を撃つことは叶わない。とは言え、こちらの食卓へエリア型の回復魔法をお見舞いする程度であれば問題ない。

 果たしてどこまで効果があるか分からない。

 ただ今は運を天に任せて、ファイアボールの着弾に合わせて実行する限り。

 痛いの痛いの飛んでゆけいっ!



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 仕事を頑張るメイドの昼下がりは、お茶とお菓子でティータイムです。

 執務室のデスクから離れた私は今、同所からドア一つで繋がる給湯室に立っております。そこで昨日の帰り道に買っておいたオヤツをお皿に盛り付けると共に、コンロでお湯など沸かしております。

 湯面がボコボコしはじめた頃合い、棚から自分のカップを手に取ります。

「あ……」

 そうした最中の出来事でした。

 すぐ隣にしまってあったタナカさんの湯のみが、前触れなく割れました。

 ピシっとヒビが入って、いつのまにやら真っ二つにパッカリです。

「…………」

 いいえ、嘘はいけませんね。

 現実逃避をしている場合ではありません。

「……お、落としてしまいました」

 落としちゃいました。

 タナカさんのカップ、手の甲が当たって、床に落としちゃいました。

 当然のように粉々となって、なんかもう、こう、パリンパリンです。

 どどど、どうしましょう。

 これは慌てます。かなり気に入っていらっしゃったカップです。もしかしたら、とても値の張る代物かも知れません。頑張って探したら、市井にそっくりなものが売ってたりしないでしょうか。幸い今は留守にされています。多少の猶予はあるでしょう。一生懸命に探せば、見つかったりするかも知れません。

「…………」

 あれこれとめまぐるしい勢いで考えが巡り始めます。

 そんな慌てふためく私の背後から、不意に届けられたのが声です。

「おぉおおおおおおっほほおほほほほほっ!」

「っ!?」

 甲高い人の笑い声が響いてきました。

 とても驚きました。

 咄嗟に振り返ったところ、給湯室の出入口には誰かが仁王立ち。

 縦ロール様です。ドリス様がいらっしゃいます。

 最近、なにかにつけて執務室まで足を運ばれるのです。

 ここ数日は連日ですね。

「ソフィア、私は見てしまったわよぉ? 貴方が彼のカップを割る瞬間をっ!」

「ドッ、ドドド、ドリス様っ!」

「ことが知れたら面倒よねぇ? 大変よねぇ? あなたのご主人様はいつもそのカップで、大切そうにお茶を飲んでいたもの、まさかそれが割れてしまうなんて、ねぇ?」

「っ……」

 その顔には笑みが浮かべられております。

 そうです。そうでした。

 ドリス様はとってもサディストなのです。

 魔族さんまで教育してしまうほどなのですから。

「黙っていて欲しかったら、私のお茶会に付き合って貰えないかしらぁ?」

「で、ですがっ……」

「貴方が割ったカップと同じもの、用意してあげてもよろしくってよぉ?」

「それはっ……」

 なんて魅力的な提案なのでしょう。

 こうして人は堕ちてゆくのですね。

「どうかしら? それともまさか私からのお願いを断るつもりかしらぁ?」

「は、はひぃ! どうぞ、よ、よ、よろしくお願い致しますっ」

 ドリス様がお茶会を開かれていたとは知りませんでした。

 きっとサディスティックなお茶会なのでしょう。

「うふふ、素直な子は好きよぉ?」

「っ……」

 私のような平民のメイドは、その会場で剥かれて辱めを受けるのです。その情けない姿をお茶受けとして、同じ参加者の貴族様方はお茶を口にされるのでしょう。

 どこの誰なのかしら、この惨めなメイドは、お茶が捗るわね。なんて厭らしいメイドなのかしら、お茶が捗るわね。ほら見て、あんなところまで丸出しよ、お茶が捗るわね。

 あぁ、考えただけで背筋がゾクゾクとしてしまいます。



◇◆◇



 炸裂音は一瞬だった。

 室内の一切合財を吹き飛ばさん勢いで火球は炸裂した。恐らくはパパさんやパワージジイが少なからず抗じたのだろう。部屋そのものが吹き飛ぶことはなく、着信地点、パパさんの腰掛けていた辺りを中心として、床や天井が焦げる程度だ。

 巻き上がった噴煙と粉塵は大したもので、晴れるまでにはしばらくを要した。その間に無敵魔法は肉体を癒して、いつだかと同じく、ちょん切られた首から上を放置の上、胴体から新しい頭がニョッキした。

「…………」

 しかし、魔法っていうのは本当に危険だな。

 アメリカの銃問題なんて目じゃないだろう。

 食卓は無残なもので、テーブルは完全に吹き飛んで、見事であった料理は見る影もなく散り散りに。色とりどりのサラダも、艶やかな肉料理も、全てが焼け焦げてそこらかしこに飛んでしまっている。

 そうした只中にあって、フィッツクラレンスな人たちの様子を確認する。エステルちゃんとママさんは、リチャードさんに庇われ、抱き伏せられる形で床に転がっている。共に意識はあるようで、うめき声が聞こえてくる。

 一方でパワージジイは、そんな三人を守るよう、爆心地との間に身を壁と立てて仁王立ち。正面にはいつだか魔導貴族がワイバーン戦で見せた、バリア的な魔法が浮かんでいる。なんか無性にカッコイイぞ。弁慶的なあれがそれしてる。これは惚れる。

 美しき家族愛というやつを確認だろうか。

 他方、間男アレンはと言えば、おいおい、随分と良い仕事をしているではないか。吹き飛んだテーブルの天板を盾として、他に大勢居合わせたメイドさん一同を守っている。その表面には多数の凹凸が生まれて、あちこちが焼け焦げていた。

 おかげでメイドさんたちに怪我は皆無だ。回復するまでもなかったよう。

 今日のMVPは二号で決定だな。

 相変わらず良い仕事をする男だぜ。

「ありがとうございます、アレンさん。貴方を信じておりました」

「い、いえっ、それよりもタナカさんがっ」

「アレンさんならご存知でしょう? 私はこの程度では死にませんよ」

「相変わらず、す、凄まじいですね……」

 以前と同様、酷く驚いた様子でこちらを見つめてくれるアレン。

 ヨイショされて悪い気はしない。

 ただ、実際は少なからず胸がドキドキしている訳だけれども。次も必ず助かるとは限らない。今回ばかりはアレンの今後の為、パパさんから撃たれておく必要があった訳で、もしも隣に座ってたのが他人だったら、全力で逃げていたことだろう。

 尚且つエステルちゃんの暴走は完全に想定外だ。

「それにその、ぼ、僕のせいでこのようなことになってっ……」

 ガタリ、盾代わりの天板を落として失意のイケメン。

 自責の念から一切合財を吐露せんと口元が動く。

 ちょっとちょっと、流石にそれは勘弁だろう。

「それは言わないで下さい。折角の食卓を無駄にする気ですか?」

「ですがっ!」

 声も大きく訴える間男二号。

 一号としては、今後をどうしたものかと頭を悩ませる。

 またしてもエステルちゃんの暴走のせいで何もかもが吹っ飛んだぜ。まあ、なんというか、毎度のこと同じようなパターンが続くと、悔しいというよりは、いっそ諦めもついて、清々しい気持ちになってくるかもだけれど。

 元はといえば貴族の位も彼女の努力から与えられたものだしな。

「……タナカ男爵」

 不意に名を呼ばれた。

 声の聞こえてきた側に意識を向ければ、そこには身を起こしたリチャードさんの姿があった。小奇麗だった衣装も土埃にまみれて、あちらこちら生地の解れる様子が窺える。回復魔法でも衣服ばかりは直せないからな。

「ご迷惑を申し訳ありません、フィッツクラレンス公爵」

「…………」

 素直に頭を下げると、彼はなにやら難しい顔となった。

 そして、ボソリと、声も小さく問い掛けを。

「貴方は人間、なのでしょうか?」

「少なくとも貴方のお子さんよりは、より人間に近しいところにあります」

「っ……」

 果たして公爵家相手に、この程度の牽制がなんの役に立つだろう。

 しかし、他に切れるカードもないのだから仕方がない。

 或いは今し方の復活劇と相まれば、多少は影響を与えられるだろうか。

「フィッツクラレンス公爵にお願いがあります」

「……言って下さい」

「アレンさんはとても良い方です」

「…………」

「どうか、お願いします。それが公爵のご家族も含めて皆の為なのです」

 なにを、とは言わずとも、通じてくれることだろう。

 如何に親馬鹿とは言え、損得を考えられない人ではない。そうでなければゾフィーちゃんに化け物呼ばわりされていないだろう。彼女のパパさんだって、わざわざ土下座をキメたりしない筈だ。

 結果的に脅すような真似となり、申し訳ない限りだが。

「……私は、たしかに首を切りましたよ。タナカさん」

「貴方程度が切れるほど、私の首は柔ではないのですよ、ヘーゲルさん」

「っ……」

 人差し指を立てて、ちょっとお茶目に語ってやろう。

 東洋人の神秘的なブサメンを喰らえ。

「それでは、今日のところは失礼しますね」

「ま、待ちたまえっ! 話はまだ終わってはっ……」

 双方共に少し頭を冷やすべきだろう。

 パパさんの言葉を無視して、飛行魔法に身体を浮かび上がらせる。室内を軽く確認すれば、庭に面した窓ガラスが割れて大きく穴を開けていた。これ幸いと身を飛ばせて、そこから屋外に脱出だ。

 ふわり夜空に舞い上がると共に、冷たい風が頬を撫でる。

「…………」

 眼下に夜の町並みを眺めたところで、感慨も一入。

 いやいや、過ぎたことを後悔しても始まらない。

 一路、ラジウス平原を目指して飛びたった。

 さらば首都カリス。当面は近づかない方が良いだろうな。

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