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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫

本文

52/132

フィッツクラレンス家 二


 エステルちゃんに導かれるがまま、訪れてしまったパーティー当日。

 馬車に揺られて現地入り。

 男爵位を頂戴した都合、避けては通れないと考えていたところが、今まさに向こうからやってきた次第だ。舞台は首都カリスに所在するエステルちゃん宅となる。本日初めて足を運んだのだけれど、とても大きいお宅だった。

 つい先日に訪れたビッチ伯爵家すら霞むほど。

 敷地面積からして数倍の差異がある。十倍近いのではなかろうか。伯爵と公爵、階級の上では一つ違いとアレンから教わった。しかし、その一つは決して超えることのできない絶対の壁ではないかと、思い知らされた次第だ。

 金持ちヤバイ。

 封建主義ヤバイ。

 魔導貴族宅が如何に質実剛健なものであったか知った。

「これはまた大きなお屋敷ですね……」

「そうかしら? 確かに首都界隈の屋敷では大きいかもしれないけれど、領地のそれと比較すれば、慎ましやかなものだと思うわ」

 マジかよ。

 エステルちゃんの実家マジかよ。

 普通に逆玉狙いたくなるレベルだろ。

「地方に領地を持っている貴族の方々は、そちらが本宅となります。ですから平民の感覚からすれば、首都に設けた大邸は別宅といったところでしょうか」

「なるほど、そうなのですね」

 アレンが補足してくれた。

 地方大名が江戸へ屋敷を設けたのと同じようなものだろう。

 馬車の窓から覗く先、ただただ感心するばかり。

 これだけ大きな屋敷であれば、メイドさんも相応数が収容されていることだろう。お屋敷を日々生活の場として、泊まり込みでご奉仕している子も少なくないと思われる。

 なんてエッチなんだ。エステルちゃんちエッチ過ぎる。けしからん。物凄くメイドさんでスカートめくりしたい気分になる。深く食い込んだ黒のTバック希望。

「お嬢様、ご到着いたしました」

 そうこうするうちに馬車が止まった。

 早々に馬上より身を翻した御者が、出入口のドアを開けて、足元に昇降台を設けてくれる。更に支度が済んで以後は、恭しくも頭を下げて敬礼である。

 エステルちゃんを筆頭として、自分、アレンの並びで下車だ。

 馬車を降りて正面にはお屋敷のエントランスが続く。どうやら玄関口に横付けしてくれたようである。ステップを下ればそこは既にレッドカーペットの上だ。

 更に意識が向かう先、カーペットの脇にはズラリ、メイドさんと執事がならんで、我々の姿を目の当たりとした瞬間、一斉に頭を下げてお辞儀をしてくれる。

「「「お帰りなさいませ、お嬢様」」」

 そして一斉にお嬢様コール入りました。

 本当にこういうのやるのな。金持ちって。

「こっちよ。付いてきて」

 一方でロリビッチは、ただいまの挨拶もなく、その只中を歩みゆく。

 後ろに続く野郎の心象としては、なんかもう既に帰りたい。

 そもそもエステルちゃんは、自分とアレンをどのように家族へ説明するつもりだろうか。特にアレンとの関係は秘密だと、当の本人が口を酸っぱくして言っていたような気がするのだけれど。

 いや、今は別れているから大丈夫なのか。しかし、膜ブレイク的な意味では、いずれにせよアウトのような。まあ、ここまで来てしまっては心配しても仕方がない。なるようになるだろう。ヤバそうだったらアレンを抱えて飛行魔法で脱出だ。

 よしそれでいこう。

「……行きましょうか、アレンさん」

「は、はい」

 二人してゴクリ、喉を鳴らすと共にエステルちゃんの後に続く。

 出入口を抜けてエントランスへ。

 ちょっとした家屋ならばスッポリと収まってしまうのではないか。そう思わせるくらい幅広且つ天井の高いホールである。広さも百平米近いんじゃなかろうか。個人宅というよりホテルのそれを思わせる。

 正面には階段が左右に二つ並んで吹き抜けの上階に続く。これを登ると一つ上のフロアがベランダみたいになっていて、そこから玄関まわりを見下ろせる。正面は突き当りとなっており、噴水とかジャバジャバしてるからブルジョアジー。

「おぉ、帰ったかっ、エリザベスっ!」

「ええ、ただいま帰りましたわ」

 ベランダっぽいところに誰か居る。

 スゲェ立派なカイゼルヒゲを生やした、五十くらいのダンディーだ。髪の色はエステルちゃんと同じ金色で、これをオールバックに撫で付けている。ビッチ伯爵と同じだな。ただ、彼と比較してはすこしばかり髪が長くて、なんかこう、ヤンキースタイル。

 一方で体格はと言えば、年の割にガッシリとした体格の持ち主である。幅広な肩が非常に印象的だろうか。身の丈も二メートル近い。胸板の厚みが服の上からでも窺えるほど。ゴンちゃんとでも余裕でタイマン張れそうな気配を感じる。

 姿格好はエステルちゃんの男装スタイルをそのままXLサイズで持ってきたような形だ。腰には剣を指しており、その柄の部分が丈の長いマントの内側から、チラリチラリ、目に入るのが非常に気になる。実用品でないことを祈っておこう。

 そして案の定、顔が怖い。

「ところでエリザベス、その者たちはなんだ?」

「こちら私の子のタナカ男爵と、友人で騎士をしているアレンよっ!」

「……ほぅ?」

 ダンディーの目つきが露骨なまでに鋭くなった。

 登場のタイミングといい、今の発言といい、これは間違いない。きっと彼がエステルちゃんのパパだ。だって目の周りとかよく似てるもの。きっと晩婚だったのだろう。パパというよりは、お爺ちゃんといった気配を感じるけれど。

「お初にお目にかかります。タナカと申します」

「あ、アレンと申しますっ!」

 とりあえず頭を下げて挨拶である。

 すると返って来たのは、案の定な軽口である。

「エリザベスの子というには、些か歳を過ぎているように思うが?」

 おお怖い。

 やはりと言うか、当然と言うか、怒ってらっしゃる。

 そりゃそうか。

 可愛い一人娘が何処の誰とも知れない男を実家に連れてきたのだ。

「フィッツクラレンス子爵におかれましては、既に万人の上へ立たれるだけの技量を備えられております。これを否定するようなお言葉となれば、決して冗談であっても私は口にすることができません」

「ふん、平民の癖に口の回る男だ」

「誠に申し訳ありません。平にご容赦を」

 今日の方針が決まったな。

 エステルちゃんをヨイショして逃げ切ろう。

「わたしたちはパーティーに来たのよ? このようなところで立ち話などしていないで、会場へ向うのが良いと思うのだけれど、ど、どうなのかしら?」

「え? あぁ、えぇ、それはそうですが……」

「で、でも、貴方に褒められると、とてもとても悪い気はしないわっ!」

 なにやら顔を真っ赤にしたエステルちゃんが、満更でもない表情でこちらにチラリ、チラリ、熱っぽい視線を送ってくれる。その振る舞いを目の当たりとしては、自然とパパさんの表情が険しいものに。

「貴様……」

「あ、案内するわっ! こっちよっ!」

 これをまるっと無視した上、自ら先導するよう歩んでゆくロリビッチ。

「ま、まて、まるで話は終わっていないのだぞっ! エリザベスっ!」

「待たないわッ! パーティーが私たちを待っているものっ!」

 まさか我々だけ残る訳にも行かなくて、エステルちゃんに続く。

 当然、パパさんもこれを追いかけるよう付いてくる。

 一連のやり取りを眺めるのは、エントランスにズラリ並んだ執事やメイドさん。彼ら彼女らの表情はと言えば、驚愕と困惑、なにより圧倒的な畏怖に彩られて、見る者を不安にするばかりだった。

 一路、ロリビッチの案内にしたがってパーティー会場に向かい強行である。



◇◆◇



 会場は酷く豪勢だった。

 屋内のワンフロア数百平米という広大な空間である。自身の拙い社会経験を思い起こせば、昨年、知人の結婚式に招待された折、パークハイアット東京のボールルームに足を運んだ覚えがある。それと比較しても殊更に広くて豪勢なものだ。

 特に天井が極めて高く、先程に眺めたエントランスホールと比較しても倍近い。十メートルくらいありそうだ。この国の文化的に、高い天井というのは、一種のステータスなのかも知れない。とか勝手に思っておく。

 細かい点も手抜かりは見当たらない。椅子一つとっても誰かの人生が買えてしまいそう。きっと出世コースから外れて値の下がった今のノイマン氏なら買える気がする。三ノイマンくらいいける気がする。がんばれノイマン氏。

「……た、タナカさん」

「ええ、覚悟はしておりましたが、これは想像以上ですね」

 平民仲間であるアレンと共に、自分たちが一歩を踏み入れた場所に戸惑う。

 ちなみに後続のパパさんはと言えば、エステルちゃんがおもむろに撃ち放ったファイアボールにより、途中の廊下で足止めを喰らっている。必至にウォーターボールで消火してた。家の中で炎系魔法とか、エディタ先生がプンプンしちゃうから止めとこうぜ。

「あの、ぼ、僕などが一緒に来てしまって本当に良かったのか……」

「それを言ったら私だって同じですよ、アレンさん」

「いえいえいえっ、タナカさんは貴族ですからっ!」

「仮にそうだったとしても、今はアレンさんの方が余程のこと貴族らしいですよ」

 会場の豪華具合に圧巻するも間髪置かず、状況は勝手に進んでゆく。

 我々が一歩を踏み入れるに応じて、会場中から視線が向けられた。

 ジロリ、音が聞こえてきそうなほど。

 更に出入口の脇へ控えた執事っぽいオッサンが、エリザベスお嬢様のおぉなぁぁぁるぅぅぃいいいいいぃー、みたいに声を上げるものだから、フィッツクラレンスのパワーで凡そこちらを見ていない人など居ないのではなかろうか。

 やばい、足とか震えそう。

 それとなくアレンの足元を見やれば、ちょっとブルってる。

 よかった、自分だけじゃない。

 一方で全く構った様子のないエステルちゃんのなんと場慣れしたこと。流石は大貴族の娘さんだ。まるで動じることなく、パーティー会場を一巡するよう視線を巡らせている。なにを探しているのだろうか。

 そうこうするうち、数多ある視線の一つに見知った相手を見つけた。

 つい先日に顔を合わせたばかりの手合だ。

 相手もこちらに気づいて、想像したとおり難しい表情となる。

 相変わらず彫りが深い。

「むっ……」

「これはこれはビッチ伯爵。昨日はお忙しいところありがとうございました」

 当人はグラスを傾けながら、他に自分の知らない誰かと話をしている最中だった。こちらが声を掛けるに応じて、彼と話をしていた人物は一歩を後退り、我々に場を譲るよう身を引いてくれた。

 恐らくはフィッツクラレンスに在り、彼の派閥に属する貴族なのだろう。

「昨日の今日で定例にまで顔を出すか? 大したフットワークだな」

「私に求められるところがあるとすれば、それはフィッツクラレンス子爵の手となり足となり、今より始まる繁栄が礎を支えるが限りです。必要とあれば暗黒大陸の只中であったとしても、向かわせて頂く所存にございます」

「随分と吹かしてくれるではないか。今の言葉、私は忘れぬぞ? タナカ男爵」

「ご用命の際は是非に」

「ふん、その折にはゴッゴル族にでも触れさせてみたいものだ」

「ゴッゴル族?」

「なんだ、まさか知らぬのか?」

「申し訳ありません。卑しくも平民の出となりますが故に」

「貴様のような口先だけの愚か者を卸すには都合の良い代物だ。うちにも一匹ばかり居る。機会があれば貴様の具合も見てやろうではないか。良い見世物となるだろう」

「なるほど」

 なんだか良く分からないけれど、お偉いさんの言葉だし頷いておこう。

 心なしか響きが心地良いぞゴッゴル。

 思わず連呼したくなるわ。ゴッゴルゴッゴル。

「あら、知り合いだったの?」

 適当を交わしていると、きょとんとした表情でエステルちゃんに尋ねられた。

 自身とビッチ伯爵とのやり取りを目の当たりとしてだろう。思い起こせばロリビッチには彼との邂逅を報告していなかった。

「昨日にお会いする機会を頂戴いたしまして」

「面会の知らせもなくいきなり屋敷に訪ねてきおったのだ」

 こちらが答えると、告げ口をするようビッチ伯爵が続いた。

「えっ!? そ、それって、ももも、もしかしてゾフィー……」

 応じて即座、寝取られ警報を発令するロリビッチかなり敏感になってる。

 ビッチ伯爵はゾフィーちゃんのパパだから、仕方がないと言えば仕方がない。

「彼女は関係ありませんよ。アレンさんとのことで少しありまして」

「そ、そうなの?」

 エステルちゃんの視線がアレンに向う。

 よかった。このイケメンと一緒で。

「はい、タナカ男爵の仰るとおりです、エリザベス様」

 よそ行きモードで恭しくも敬礼をするアレン最高にカッコイイ。

 圧倒的イケメン従者感。

 これは惚れるわ。仕方ないわ。

 こんなふうにお嬢様扱いされたら、おまたなんてフルオープン余裕だろ。

「そう……」

 他方、我々がビッチ伯爵と言葉を交わし始めるに応じて、会場の各所よりヒソヒソと声が上がり始める。昨今の宮中をお騒がせする新米男爵と、保守力に定評のある顔怖い伯爵との間に面識があったことで、なにかしら派閥内のパワーバランスに響くところがあったのだろう。

「…………」

「如何がされましたでしょうか? ビッチ伯爵」

「……なんでもない」

 ビッチ伯爵はエステルちゃんの手前、あまり強く出られないように思える。

 昨日と比較して幾分か勢いが失われているぞ。

 当面はロリビッチと一緒に行動したほうが良さそうだ。

 なんでも本日のパーティーは、定期的に行われているフィッツクラレンス派閥の集まりだそう。派閥内の結束を高める為、要は年度初めに社員全員を集めて行われるキックオフみたいなものだろう。

 故に出席者はチーム・フィッツクラレンスのフルメンバー。下手を打っては即日リストラも有り得る危険な催しだ。出来る限り慎重にゆきたい。今日という日を穏便に済ましたい。その為にはどうするべきか。行動の指針は先程に決めたばかり。

 ロリビッチの下働きをアピールする作戦しかない。

「フィッツクラレンス子爵、お食事をお持ちしましょうか?」

「え? あ、貴方が持ってきてくれるのっ!?」

「宮中での噂もありますから、ここでは子爵への忠誠を他の方々へ示すことが出来ればと思います。どのような瑣末なことであっても使って頂ければ、それがフィッツクラレンス子爵にとっても良いように運ぶのではないかと」

 アレンを見習って軽口など叩いてみる。自分で言っていてなんだけれど、最高にキモいよな。ブサメンの言う台詞じゃないだろう。とは言え、伝えたところは事実である。流石にこの場でイチャイチャしたらアウトである。

 だと言うに。

「そ、そ、それなら今から私の部屋にっ……」

「分かりました。あちらの肉料理ですね。お待ちください」

 その下を離れるよう、会場に数多並ぶテーブルの一つへと向う。

 昨今、ロリビッチのイカレ具合が半端ない。

 彼女の言葉を信じるのであれば、ここ数週はアレンともご無沙汰の筈だ。その内に眠るサキュバスの血を思うと、もしかしたら我慢の限界が近いのかもしれない。

 名前も知れない肉料理を皿に盛りつけながら、しかし、自然と視線は彼女の身体に向かう。本日もまた男装の貴族スタイル。そのズボンが隠す股ぐらに。

「…………」

 何故にズボンなのか。

 実はスカートが履けないほどにジューシーなのだろうか。

 トロトロの完熟ロリビッチ穴。

「…………」

 いや、いかん。いかんぞ。

 この視線に気づかれたら、どのように状況が展開するか分からない。

 公衆の面前でもフェラしかねない勢いが最近のロリビッチにはある。

 それに本日はアレンも一緒だ。

「…………」

 冷静に考えてみれば、今日この日ほど二人の縒りを戻すに適した場はないだろう。

 ぶっちゃけアレンの顔面偏差値は、同所においてもトップクラスだ。年若い十代中頃の青年貴族も数多く見受けられる。だが、アレンに並ぶイケメンとなると、辛うじて一人二人といったところ。

 だからこそ、上手いことエステルちゃんのご両親に取り入ることができたのなら、お家に招待されちゃったりするかも知れない。結果としてロリビッチの今現在の心持ちはどうあれ、確実に二人の距離は近づくだろう。

 よし、それだ、それしかない。

 移り気の激しい金髪ロリータである。ひとたび接近さえすれば、いつぞや飛空艇の上で見せたよう、早々に元の鞘へと納まることだろう。あの時も手焼きのクッキー数枚でメロメロだった。最高にちょろかった。

 城を攻めるなら堀からとは良く言った言葉である。

「お待たせしました、フィッツクラレンス子爵」

「ありがとうっ! う、嬉しいわっ! 嬉しいっ!」

 エステルちゃんにお皿を差し出しつつ、意識はアレンに向う。

「アレンさん、この場こそチャンスです」

「え? それはどういった……」

「お父さんの方は難しそうですから、まずはエステルさんのママさんを……」

 差し出したお皿を受け取ると共に、早々、凄まじい勢いで掻っ込んでゆくロリビッチ。部活上がりの放課後、ガツガツと牛丼を喰らう学生みたいなことになっている。

 そんな彼女を尻目に、アレンへと今後の算段を伝えるべく向かう。

 しかしながら、肝心なところを伝えるには至らない。

 何故ならば続くところ、自身の声が第三者の挨拶に遮られてしまった。

「……エリザベスさま、ご機嫌麗しゅうです」

「あらシアン、貴方も一緒だったのね」

「はいです」

 いつの間にやらゾフィーちゃんが我々の下に歩み寄っていた。

 きっとビッチ伯爵と共に来たのだろう。

 代わりに伯爵はどこへとも消えている。

 パンモロ上等なカスタム仕様の魔法騎士団制服は鳴りを潜めて、本日の彼女はと言えば、豪奢なドレス姿である。思い起こせばローブ姿と制服姿しか覚えのないゾフィーちゃんだから、とても新鮮な印象を受ける。

 本格的に清楚ビッチって感じだ。

 どうやらドラゴンシティでの興行は止めて、首都にまで戻っていたよう。

 どおりであちらに姿を見つけられなかった訳だ。

「タナカ男爵のお披露目ですか?」

「ええ、そうよっ!」

「なるほどです」

 こうした場でもエステルちゃんとゾフィーちゃんの仲は普段と大して変わらない。相手の名を呼ぶに際して、少しばかり敬称が付くくらいだ。勝手な推測であるが、きっと小さい頃からの付き合いなのだろう。

 そういう関係って、なんかちょっと羨ましい。

「けれど、まさか本当に男爵になるとは思わなかったです」

 じぃっとした眼差しでゾフィーちゃんに見つめられる。

「それは私自身も同じ心持ちですよ、シアン様」

「そうですか?」

「ええ、そうなのですよ」

 彼女が訪れるに応じて、いつの間にやら姿を消したビッチ伯爵。それとなく探してみたのだけれど、会場には窺えない。きっと場を娘に任せて引っ込んだのだろう。アレン曰く、極めて慎重な性格の持ち主というのは、決して冗談ではないようだ。

 姫ビッチを間に挟んで様子を見るというのは悪くない選択である。

「私と結婚してビッチ家を継ぎますか?」

「ちょ、ちょっとっ! シアンっ!?」

「冗談です」

「貴方の冗談は冗談に聞こえないのだけれどっ!」

 似たようなやり取り、前にもあったな。

 ふと思うに姫ビッチ、件の混浴風呂が思いのほか響いているよう。どこか自暴自棄を思わせる言動はメンヘラのそれである。

 構って欲しくて堪らないのだろう。如何に高齢童貞とは言え、まさか、そのような愛の無い言動に迷わされるほど愚かではない。

 オチンチンは少しばかり硬度を増しているが。

「この場の誰も彼もは、貴方のことを測りかねているです」

「そうですかね?」

「ここのところ色々と噂が飛び交っているのですよ」

「だとしても、相手は平民上がりの男爵ではないですか」

「ドラゴン退治や領地での件が、ここ最近になって巡り始めたようです」

「あぁ、なるほど……」

 魔導貴族とエステルちゃんに丸投げしていた辺りのお話だ。

 彼ら彼女らの武勇伝に醤油顔の同行していた点が、今更ながら話題に上がり始めたのだろう。世間の反応って当人が忘れた頃にやってくるよな。

 それはそれで悪い気はしないけれど。

 しかしながら、自分一人ではこうまでも多くの視線を集めることはなかったろう。すぐ傍らにエステルちゃんとゾフィーちゃんが居るからこその注目である。

 事実、そうこうするうちに豪勢な身形の者たちが歩み寄ってきた。

「これはこれはフィッツクラレンス子爵。ご機嫌麗しゅうございます」「いやまさにパーティーの華と称しても過言ではありませんな」「そのとおりにございます。こうしてフィッツクラレンス子爵のお姿を拝見するのが、この会におけるなによりの幸せ」「まさしくまさしく、私も同意にございます」

 特に若い男が多い。

 十代中頃から二十代前半の若くて自信に満ち溢れたイケメン貴族たちが周りを取り囲むよう集まってきた。ロン毛タレ目のホスト系イケメンから、メガネを掛けた知的イケメン、短髪マッチョのオラオラ系イケメンまで選り取り見取りである。

 流石は大貴族の娘さんだろう。入れ食いじゃないか。

 自分やアレンはと言えば、多勢に無勢、彼らの肩や背に押されて自然とその輪から遠退く形だ。地位と金と名誉を求める上昇志向のイケメンの勢いは凄まじい。エステルちゃんに言葉を返す隙さえ与えない。十数人からなる人垣に姿も見えなくなってしまった。

 もしも現代日本に生まれ落ちたのなら、きっとグローバルなステージでセンセーショナルなイノベーションをドラスティックに巻き起こしちゃうタイプの連中だろう。

 恐らく誰も彼も良い所の子弟に違いあるまい。まさかこれをかき分けてロリビッチの下へ向うなど叶うこともなし。とは言え、どうせお話をするなら可愛い女の子が良いので、それじゃあとゾフィーちゃんに向き直る。

 すると、こちらもこちらで似たようなことになっていた。

 エステルちゃんに勝るとも劣らない勢いで青年貴族たちが群れをなしている。

「シアン様、どうか僕に魔法を教えては頂けませんか?」「そ、そういうことであれば、是非とも私も仲間に入れて頂けたらとっ!」「自分はドラゴン退治のお話をお聞かせ願いたいのですがっ!」「あ、それは是非とも聞いてみたいですねっ!」「そういうことであれば、私の屋敷で改めてお茶会などっ……」

 なんかこっちは草食系が多い気がする。決してブサイクが多いという訳ではない。ただ、少しばかり自分に自信がなさそうで、心なしか体つきが弱々しく、総じて身長が低いっていうか、まあ、そういう感じ。

 見事に性癖で住み分けが為されているよな。

 おかげで後に残されたのは野郎が二人。

 しかたない、ここは一つ、アレンと親睦を深めるとしよう。

「アレンさん、あちらで食事でもしませ……」

 振り返った先、今度はアレンが数多の女性に囲まれているではないか。

「まあ、アレンさんと言うのですね! とても素敵なお名前ですわ!」「本当ですわね、とても耳に心地良く響きますわぁ」「騎士団にお勤めなのですよね? なんて逞しい肉体なのかしら」「わたし、惚れてしまいそう」「この厚い胸板、とても男らしさを感じますわ」「それでいて儚げな瞳が非常に魅力的だと思いますの」「同意ですわぁ」

 しかも相手は誰も彼もが綺麗なドレスに見を着飾った貴族である。まさか、このような場所であっても身分の差すら超越してハーレムを展開するとは、げに恐ろしきはイケメンの顔面偏差値か、それとも女の性欲か。

 年齢も上は二十代後半から下は十代前半に至るまでオールレンジ。

「…………」

 もしかしたらこのパーティーは、派閥内の男女交流も兼ねていたりするのだろうか。有り得る。有り得るぞ。だとすれば他にもパートナーを探す妙齢の女性が参加していたりするのではなかろうか。

 ということで、しばらく自分も待ってみることにした。

 カモン。

 女の子カモン。

 でも、誰もやっては来なかった。

 ちょっとちょっと、最近になって話題に挙がり始めたんじゃなかったのかよ。

「…………」

 一方でエスエルちゃん、ゾフィーちゃん、アレンの周りには人、人、人。

 その数は一向に減ることなく、むしろ増えてゆくばかり。

 なにやら楽しそうな声の重なりが否応なく耳へと入ってくる。

「…………」

 まあ確かに、結婚したい相手と利用したい相手とは、まるで別物だよな。

 そりゃそうだ。

 自分だって結婚するならブサイクな子より可愛い子を選ぶもの。

「…………」

 いいや、隅の方でごはん食べていよう。

 お腹へってたし。

 別に問題ないし。

 一人でも大丈夫だし。

 普通じゃん。

 普通。

「…………」

 その場を逃げ出すように移動して、会場の隅、周りに人気のないテーブルを陣取る。

 クロスの上に並ぶ料理は、未だ催しが始まって間もない為か、どれも手付かずのまま湯気を上げている。とても美味しそうだ。試しに肉の一切れを口に運んでみれば、配膳されて間もないのか熱々。

 食べ放題。これ全部、食べ放題だ。

 いただきます。

 本日の晩餐はビュッフェ形式にございます。

「…………」

 美味しいなぁ。

 あぁ、美味しいなぁ、貴族メシ。

 ソフィアちゃん、今頃なにをしているかなぁ。



◇◆◇



【ソフィアちゃん視点】

 今日も今日とて執務室でメイドは一生懸命、お仕事に励んでおります。

 帳簿の管理はわりあい楽しいので、そこまで問題ではありません。どちらかと言えば、メイド業より好ましかったりします。触れる数字が増えたので、これを扱うに考えの幅も広がりを見せて楽しい感じです。

 一方、タナカさんが留守にされている昨今、お部屋を訪れる色々な人への対応まで降ってきている状況が、一介のメイド風情には非常に辛く苦しいものです。タナカさん、やたらとお知り合いが多いのです。

 それはそうですよね。町を一つ作ってしまえる方です。色々な方とご関係を持っていても不思議ではありません。むしろ当然でしょう。私の乏しい交友関係など、比較の対象になりません。

「…………」

 紙面を相手にカリカリとやっていると、バタン、部屋のドアが開きました。

 本日で既に数度目となる来客です。

 ノックも無しに飛び込んでくるのは、十中八九で黄昏の団の方です。

「姉御っ! マンソン商会から資材が届きやしたっ!」

「は、はひっ!」

 顔の怖い方が駆け足でいらっしゃいました。

 非常に特徴的な髪型の方です。

 タナカさんはモヒカンとおっしゃっていました。

「こちらが商人の持ってきた書面になりやすっ! ご確認くだせぇっ!」

「はひぃっ!」

「モノはいつもどおり南地区の倉庫にいれてありやすっ!」

 差し出された紙の束を受け取りまして、大慌てに確認です。

 今月分の消耗品が連日、ぞくぞくと届いてきております。以前は黄昏の団の方々が運搬していたのですが、今月からはほぼ全てをマンソン商会さんにお願いしております。代わりにゴンザレスさんたちは、町の設営に尽力して下さっております。

「たぶん、だ、大丈夫だと思いますっ」

「ういすっ! ご確認ありがとうございやすっ!」

 紙面を簡単に確認して頷いたところ、大きな声でお返事を頂きました。

 深々と頭を下げて、お辞儀までして下さっております。

「…………」

「どうかしやしたか? 姉御っ」

「い、いえ……」

 しかし、なんというか、これはこれで意外と悪くありませんね。男らしい人から姉御って呼ばれるの、最初は怖かったのですけれど、慣れてくると癖になるものがあります。自分が偉くなったようで、アウトローなセレブリティを感じてしまいますよ。

「お仕事中のところ、失礼いたしやしたっ!」

 モヒカンの方は渡すものを渡すと、早々に部屋から去って行きました。

 バタン、先程と同様に大きな音を立ててドアが閉まります。

 部屋には私が一人っきりです。

「…………」

 とてもガタイの良い方でした。

 腕とかムキムキでした。

 やはりというか、なんというか、男性の魅力の幾割かは肉体にあると思うのですよ。ムキムキなところを、それとなく見せつけられたら、異性関係に疎い村娘なんて、簡単にドキドキしてしまいます。

 素敵ですね、筋肉って。

「…………」

 タナカさんも脱いだら凄かったりするのでしょうか。

 いえ、そんなふうには見えませんね。腕の太さとか、私と大差ないような気がします。あまり気にしたことがなかったのですけれど、もしかしてタナカさん、実は良いところの出なのかもしれません。

 少しでも仕事をしていれば、肉など自然と付いてくるものですから。

「…………」

 ああ、いけませんね。

 今は今週分の集計をちゃんとしないと。

 タナカさんが留守ですから、確認もしっかりとしなければならないのです。もしも間違いがあったら、実家とは動く桁が二つ三つと異なります。万が一も許されません。

 一応、月末の締めにはエステル様お付となる検算士の方がトリクリスより足を運んで下さります。ただ、それでも最初から間違いは少ないに越したことありません。

「もう少しだけ頑張りましょう」

 これが終わったらご飯を食べて、お風呂に浸かるのです。

 今後の予定を確認したところでやる気も一入ですね。

 などと考えていたところ、不意に部屋のドアがノックされました。

「ノイマンだ。失礼する」

「あ、はい」

 姿を現したのはつい先日から職場を共にしている役人の方です。タナカさんの領地における唯一無二の役人さんです。元々は中央の役人であったところ、エステル様とタナカさんがスカウトしたのだとか。

 背が高くて格好いい方です。

 ただ、残念ながらご結婚されており、お子さんもいるそうです。

「な、なにかご用でしょうかっ!?」

「少しばかり確認したいのだが、明日に搬入予定となる消耗品に関して……」

「あ、それでしたら、ついさっき届きましたっ!」

「なるほど、そういうことならばすぐにでも配分に向かおう。既に尽きている施設があると、ゴンザレスから連絡が入っていてな。特に入浴施設のタオルやらなにやらは早急に配る必要がある」

「ここ数日で南地区の売上が大きく上がってますよね。も、もしかしたら、発注する量も増やしたほうが良いかもしれません。お金が足りないようであれば、北区の方はそれほどでもないので、一時的に切り崩すのも手だと思います」

「どの程度必要だろうか?」

「にゅ、入園料が六割ほど増加を見せているので、同じほどがよろしいかと……」

「分かった。ではそのように伝えておこう」

「え? あ、あの、ですが私はそのような決定権は……」

「領主と町長が共に留守なのだ、他に誰が決定するというのだ?」

「いえっ! で、ですけれど、私はただのメイドでしてっ!」

 調子に乗って偉そうなこと言いました。

 ごめんなさい。

 許してください。

 六割って、実家の一年間の総収入より多いです。

 勘弁して下さい。

 そんなの私ごときが決められないです。

 もしも外れていたら、とんでもない損害になります。

 責任なんて取れないですよ。

「それでは私はこれで失礼する」

「あっ、ちょっ、あのっ!」

 弁解の猶予は与えられませんでした。

 彼もまたモヒカンの方と同様、要点を確認すると共に部屋を去ってゆきます。バタン、ドアの閉じられた先、幾分か早く響いて聞こえる足音は、そのペースに相応、すぐに聞こえなくなりました。

 また一人になりました。

「…………」

 身の回りに人は増えましたが、なんかちょっと孤独な感じです。

 もう少し、こう、楽しいお話がしたいですね。エステル様も、タナカさんもいらっしゃいませんから、寂しいです。周りの方々は知らない人ばかりです。同時に同じだけ不安も鎌首をもたげてくれます。

 ただ、弱音を吐いている暇は、なさそうです。

 ノイマンさんが出て行って早々、またも執務室のドアが開きました。

「ちょっとっ! ソフィアっ! ソフィアっ!」

「は、はひぃっ!」

 縦ロール様が飛び込んでいらっしゃいました。

 プッシー共和国の子爵様です。ドリス様です。

 案の定というか、ノックはありませんでした。

「出たわっ! また出たわっ!」

「あの、そ、それは……」

「ゴーストに決っているじゃないっ!」

 またお風呂場にお化けが出たようです。

 これで何度目になるでしょうか。ちなみに私は一度として目の当たりにしたことがありません。しかもドリス様は例によって、全裸にバスタオルを巻いただけの格好です。豊満なお胸が今にもタオルの合間から零れそうです。

 凄く大きいです。極めて羨ましいです。

 私はこれより大きな胸を見たことがありません。

「私と一緒に来なさいっ! おちおちお風呂にも浸かっていられないわっ!」

「あの、い、いつもの従者の方は……」

「ゲロス? 野暮用があるとか言って、どこへとも出かけて行ったわぁ」

「そ、そうなのですか」

「それよりも早くなさい。湯冷めしてしまうわぁ! 私の身体が!」

「ですがっ……」

「ソフィアはリズの言うことが聞けて、私の言うことは聞けないというのかしらぁ? もしかして、十分なお給金をもらえていないのかしら? ふふふ、そういうことなら、私が今の倍額で雇って上げてもよろしくってよぉ?」

「い、いえっ、滅相もありませんっ!」

 お給金も大切ですが、それ以上に就業環境こそ重要なのです。

 実家を出て以後、私が学んだなかで非常に注目すべき点です。

「うふふふ、うふふふふふ、自慢のメイドを攫われて慌てるリズの顔、とても気になるわぁ。どうかしら? 倍で不服なら、その更に倍でも構わないわよ? 今すぐにとは言わないから、ちゃぁんと考えておいて欲しいわぁ」

「は、はい……」

 おかげで名前まで覚えられてしまいました。

 できれば今日中に帳簿の整理を終えたいのですけれど、貴族様のお言葉を断る訳にはゆきません。致し方なく、我先にと歩んでゆく縦ロール様の背を追いかけます。

 屋敷の廊下を歩んでいると、たまにすれ違う黄昏の団の方が、何事かと我々を振り返ります。自分まで痴女の仲間入りしたようで、とても恥ずかしいです。

 タナカさん、早く帰ってきて下さい。

 執務室でお茶を啜っていているだけでも構いませんから。

 どうかお願いします。



◇◆◇



 パーティー会場の隅、食事を初めてどの程度が経ったろうか。

 腹も十分に膨れたところで、グラスをチビリ、チビリと傾ける。給仕のメイドさんにお願いして用意してもらった蒸留酒である。アイラを思わせる煙たい風味は、中年のナイーブなところを決して甘やかさずに、けれど一時の息抜きを与えるよう慰めてくれる。

 これをサイコロ状に小さく切り分けられた名も知れない果実などパクパクとやりながら喉に流すのが非常に心地良い。アルコールの食道をじんわりと焼く感触に気分を任せる。段々と勢いを失ってゆく思考に、気分もまた馴染んでゆく。

 お酒おいしい。

 お酒さいこう。

「……あぁ、これおいしいわぁ」

 誰に言うでもなく呟いては、また、ゴクリ。

 他所様のお宅にお邪魔している都合、まさか泥酔するほど酔うことはない。ただ、それでも杯は自然と進んで二杯、三杯と。具合の良いつまみと美味しいお酒が、これに拍車を重ねて四杯、五杯と。一度初めてしまえば手酌も大して気にならないものだ。

 賑やかな会場の喧騒が、どこか遠いもののように思える。

 いいや、事実として遠かったのだ。

 男爵だなんだと持て囃されて、少なからず浮かれていた心が恨めしい。

「…………」

 さっさと領地に帰って街作りを再開しよう。

 そうだ。それが良い。

 もっと広くて、もっとワクワクしちゃう、そんなスラム街を作るのだ。

 ビンテージなスラムを。

「……帰るか」

 呟いてグラスをテーブルに置いた。

 すると、これに時機を合わせたよう、不意に声が掛かった。

「これはこれは、タナカさんではありませんか」

 誰だろう。

 こんな醤油顔に優しくも声を掛けて下さる方は。

 そんなの惚れてしまうじゃないか。

 名前を呼ばれて速攻で振り返る。

 するとそこには見知った顔があった。

「おや、ヘーゲルさん。このような場所で奇遇ですね」

 いつだかドラゴンシティまで行商に来てくださった商人さんだ。なんでもペニー帝国において上位に食い込む、とても大きな商会に勤めていらっしゃるのだそう。たしかマンソン商会といっただろうか。

 ゴンザレス曰く、フィッツクラレンス派閥に与する商会とのこと。恐らくはそちらの関係で、この定期パーティーとやらにも参加しているのだろう。貴族の集まりに顔を出すということは、やはり社内において相応の地位に在る人物に違いあるまい。

 実際的な立場で言えば、新米男爵などより遥かに上だろう。

 豪商ってヤツだな。

「楽しんでいらっしゃいますか?」

 訪ねてくるヘーゲルさんの振る舞いは、酷く熟れて思えるものだ。貴族の社交場であっても、決して少なくない場数を踏んでいるのだろう。下手な貴族よりも堂々としており、場に馴染んで思える。

 これは下手に装ったところで、馬鹿を見るのはこちらだな。

 素直に行こう。素直に。

「ええ、特にこちらのお酒は素晴らしいですね。毎日でも飲みたいです」

「おや、そちらを気に入られましたか。かなり人を選ぶと思うのですが」

「そうですね。この薬臭くて煙たい感じが素晴らしいと思います。あまりお酒には詳しくないのですが、もし私にも手が届く品であれば、是非とも定期で仕入れさせて頂けたら嬉しいなと思います」

「それは奇遇ですね。実は私もそちらのお酒が好みでして、あまり多くない仕入れの半分を自身で消費しております。ただ、少しばかり値が張るのが玉に瑕ですね。いかんせん数を作るのが難しいそうでして」

「なんと、そうでしたか」

 やっぱり良いお酒だったよう。

 残念だ。

 とても美味しかった。

「あまり趣味の合う者が身の回りにおらず、少し残念に思っていたところです。もしもよろしければ、送らせていただきますよ。あぁ、お代は結構です。タナカさんのところで上げさせて頂いている利益が、思ったよりも良いものでして」

「本当ですか? であれば非常にありがたいのですが」

「構いませんよ。領地の方へ送らせていただきますね」

「ありがとうございます。毎日が楽しくなってしまいますよ」

「いえいえ、私としても同じ趣味の方と出会えてなによりです」

 ヘーゲルさん、意外と飲兵衛なのかもしれない。

 肩書きも商人だし、もしかしたら他に美味しいお酒を知っているかも。

 これは是非とも仲良くしたい。

 お酒が、お酒だけが、この身を救ってくれる。

「もしよろしければ、色々とこの国のお酒に関して学びたいのですが」

「機会があれば共に飲みに行くのも良いでしょう。良い店を紹介しますよ」

「本当ですか? それはとても嬉しいですね。是非ともお願い致します」

 やった、次のアポ取っちゃった。

 これは嬉しいだろ。

 美味しいお酒との出会いは人生をより良いものにする為のステップワン。

 エステルちゃんに引っ張られて来たのも無駄ではなかったな。

「しかし、本当に男爵となってしまいましたね、タナカ男爵」

「全てはフィッツクラレンス子爵が誇る政治手腕の賜物ですよ」

「そうでしょうか?」

「そうですよ」

「たしかに要因の一つとして数えることは出来るでしょう。しかしながら他にも多く、例えば黄昏の団を巻き込み、例えばファーレン卿を巻き込み、更にはプッシー共和国のアハーン子爵さえも巻き込んでの行いは、決して小さくないと思います」

「見方を変えれば全てが他人任せじゃないですか」

「そうですね。しかし、街を作られたのは他の誰でもない貴方でしょう? そのただ一点において、貴方の代わりを担うだけの存在は他にない。なにもない平原に僅か数週で街が一つ生まれたのですから、その事実は決して揺るがない」

 来たな? 様子見のヨイショ攻撃が。

 これだから上昇志向のある人は油断できない。

 下手に頷いてはどうなるか分かったものではないだろ。人の目や耳は会場の各所にあって、こちらの一挙一動に注目している。フィッツクラレンス派閥のパーティーが只中となれば尚更だ。弱みを作るばかりである。

 故に当初の作戦に従い行動しよう。

 ロリビッチを担いで担いで担ぎまくるしかない。

「仮にそうだとしても、そこへ至るまでに道を照らしてくださったのはフィッツクラレンス子爵に他なりません。私はただただ子爵の導く先へ邁進したに過ぎません。全てはフィッツクラレンス子爵の為にあります」

「そうなのですか? なんでも先日はビッチ伯爵とお会いになったとか」

 おいおい、もうバレてるのかよ。

 どこから漏れたんだよ。

 慎重派じゃなかったのかよ、顔怖い伯爵め。

「耳が早いですね」

「それなりに高いところへと立っているもので、多少は耳に響くのですよ」

「であれば、ご指摘のところは別件です。私もお会いした当日に知ったのですが、ビッチ伯爵とは共通の知人がありまして、そちらの絡みでお会いする運びとなりました。まさかアポもなくお会いできるとは思いませんでして」

「共通の知人、ですか?」

「ええ、そうです」

「失礼ですが、お聞きしても?」

 意外と突っ込んでくるなヘーゲル氏。

 ニコニコと絶えることのない人の良さそうな笑みが、これを可能としているのだろう。お酒の勢いも手伝って自然と答えている自分がいる。もしも相手がゴンちゃんのような強面だったら、少なからず敬遠していただろう。

「騎士団の方で、アレンさんという好青年なのですが」

「アレン? どこかで聞いたような……あぁ、そうだ、たしか昨今の首都でドラゴンスレイヤーと噂に挙がる者の中に、そのような名前の方がいらっしゃいましたね。もしかしてご本人であったりするのでしょうか?」

「そちらのアレンさんですね。人として尊敬できる、とても素晴らしい方です」

「そうなのですか?」

「はい。フィッツクラレンス子爵とも懇意にされていらっしゃいますよ」

 あ、これって言って良かったんだっけ?

 いやでも、ヘーゲルさんなら問題ないだろう。

 別に不貞の致すところを伝えた訳でもなし。

 っていうか、そもそも当の本人がパーティー会場入りしているし。

「……そうなのですか?」

「ええ、とても仲よくされているようで」

 むしろ率先してアレンの良い噂を広めて、外側から堀を埋めてゆくのだ。本丸へ届く頃には、ロリビッチのご両親が納得できるだけのものとなっていることだろう。なんだかんだ言って、人が人を判断するのは初印象と世間の評価だ。

 前者が余裕なイケメンだから、後者を備えれば無敵だろう。

 現時点でもドラゴンスレイヤー・アレン。おう、カッコ良いじゃないか。

 並の女なら出会い頭に潮吹き上等だろ。

 作戦が成功すれば、ビッチ伯爵も当初の予定どおりアレンを担ぐことができる。醤油顔ラブしてくれるエステルちゃんが、自身の下を離れてゆくのは物凄く切ない。だが、今ならまだ耐えられる。早め早めに動いてくれたほうがダメージは少なくて済む。

「私もドラゴン退治の折には現場に居合わせたのですが、彼は命がけでフィッツクラレンス子爵を守られておりました。その姿を目の当たりとしては、同じ男として、斯くも在りたいものだと思い知らされました」

「なるほど」

 あることないこと盛りまくるわ。

 お酒の入った勢いで、もう、ロリビッチと決別するわ。

 今覚悟しないと、後でとても辛いことになりそうだから。

「ご本人から聞いたのですが、現在は騎士団で副隊長を務められているそうです。非常に将来有望な若者ですよ。むしろ私などより、彼こそ貴族の肩書きを得るに相応しい。ゆくゆくはペニー帝国を背負って立つ人物かと」

 少し盛りすぎた感ある。

 ちょっとお酒が入り過ぎているかもな。

 ただまあ、そういう日もあるさ。

 なんせ美味しいからな。このお酒が。

「なるほど……」

「如何がされましたか?」

「いえ、なんでもありません。ありがとうございます」

 ただでさえ細いヘーゲルさんの瞳が殊更にスゥと細くなる。

 もう完全に線だな、線。

 彼なりの本気目というやつだろうか。

 一連のヨイショに影響されてくれたのならめっけものだ。

 しかしなんだ、あぁ、イカそうめん食べたくなってきた。

 セレブな果実のサイコロカットも良いけどイカソーメン恋しい。

「しかし、ヘーゲルさんも大変ですね。仕事とは言えこのような場所で……」

 さて、アレンへのヨイショもこの程度で良いだろう。あまり長く続けると、逆に反感を持たれてしまいそう。こういうのは一回あたりの情報量より、数を重ねることが大切だと思う。定期的にヨイショする機会を持つよう意識すべきだろう。

 そうしたやり取りの最中の出来事だった。

「も、戻ったわっ!」

 元気の良い声が響いた。

 他の誰でもない、エステルちゃんである。

 少なからず疲弊して思えるのは、決して気のせいでないだろう。流石のロリビッチも自身の家に連なる貴族たちを無碍に扱うことはできなかったよう。猪突猛進な性格の持ち主ではあるが、決して阿呆ではない彼女だ。

 むしろ平時はかなり賢い。

「これはこれはフィッツクラレンス子爵、髪に乱れが見られま……」

 ヘーゲルさんの手前、適当に交流を持つべくコミュニケーション。

 しかし、そうしたこちらの言葉は当人まで届かない。

「……え?」

 不意に呟かれたのは疑問の声。

 ロリビッチの視線はヘーゲルさんに釘付けだった。

「如何しました?」

 まさかビッチの性癖的にドンピシャだったろうか。

 であれば、ここは一つ紹介するのもやぶさかでない。トリクリスを治める上では避けて通れないお付き合いとなるだろう。彼女の家とも結びつきは深いという。ここで面識を通しておくことはロリビッチにとっても後々の益となる。

 いつか見た奥さんっぽい人には悪いが、ここは断行させて貰おう。

「先にご紹介をさせて頂いたほうが良さそうですね。フィッツクランレス子爵、こちらマンソン商会のヘーゲルさんです。ラジウス平原に設けた街の運営に差し当たり、決して少なくない助力を頂戴しております」

「……へー、げる?」

「はい。ヘーゲルさんです」

 ぽかんと口を開いたまま、呆然と音を繰り返すエステルちゃん。

 対してこれに応えるヘーゲルさんは平素と変わらず淡々と。

「リズ、元気にしていたかい? 急に居なくなるから流石に心配したよ」

「っ……」

 なんだろう。

 ロリビッチの反応がおかしいぞ。

 ついでに言えば、ヘーゲルさんの口上も妙である。

 などと感じたのも束の間――――。

「……パパ、どうして……戻るのは明日だって……」

「リズのことが心配で、馬を飛ばして返って来たのですよ」

 え?

 なにそれ。

 パパってなにそれ。

 ちょっと。


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