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田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ 作者:金髪ロリ文庫
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領地開拓 八


 いよいよ訪れた月頭。

 昨日までの収支を持って最終的なタナカ領の初月決算が決定される。既に集計はソフィアちゃんの手により行われており、これをエステルちゃんがトリクリスから呼び寄せた検算係に確認して貰った。

 クリスティーナ宅の執務室には自身の他にソフィアちゃん、エディタ先生、エステルちゃん、ゴンザレス、モヒカンといった面々が集まっている。肝心な町長は首都カリスに向かったまま帰ってこない。まあ、魔導貴族が一緒ならきっと大丈夫だろう。

 ということで、主要メンバーと共に最終確認の時間である。

「ソフィアさん、帳簿をこちらにお願いします」

「は、はいっ!」

 ソフィアちゃんから、紐で閉じられた紙の束を受け取る。

 ちょっとした週刊誌ほどの厚みだ。こうしてズッシリとした重みを手に感じてみると、僅か数週の出来事ながら感慨深いものがある。また同時によくまあここまで手書きで頑張ったものだと、彼女を尊敬だろうか。

 パソコン世代の自分には、否応なく目を逸らしたくなる規模だ。

「結論から申しますと売上金貨百七十二枚、銀貨三十九枚、銅貨二枚です」

 当初の最低目標百五十枚に対して、差額金貨二十二枚と少し。最低目標は本当に最低目標であって、消耗品はおろか、自身の生活費すら含んでいない為、この数字はかなりギリギリのものである。

 しかも内金貨三十九枚に関しては、マンソン商会さんに無理を言って、本来であれば翌月末となる今月分の賃料の支払いについて、近々での月頭支払いを行って貰うという荒業により、危ういところで確保した。

 こうして眺めてみると、実際には首の皮一枚で繋がった自らの身の上であったと気付かされる。ソフィアちゃんから報告を受けるに際しては、少し背筋がブルリしたのは皆に内緒だ。ただ、それでも達成したには違いない。

 これで来月もまた、この街を運営してゆけるぞ。

「もしかして結構ギリギリだったのかしら?」

「そうですね。実は非常に危ないところでした」

 ゾフィーちゃんが興行に来なかったらアウトだった。魔導貴族が貴族連中を連れてこなければアウトだった。エステルちゃんやゴンザレスが各所に宣伝してくれなければアウトだった。マンソン商会さんとの契約がなかったらアウトだった。

 思い返してみれば、幾つもの助力と幸運が重なった結果だろう。

 凡そ自らの功績とは言いがたい成果である。

「ここまでこれたのも皆さんのお陰です。ありがとうございました」

 深々と頭を下げてお辞儀をする。

 すると、早々に飛んできたのかビッチボイス。

「そんなことはないわっ! そもそもは貴方のやる気が発端となっているのだから、ここは大きく胸を張って喜ぶべきなのよっ! でも、そういう謙遜な態度も、わ、わたし、凄く愛おしいのだわっ!」

 相変わらずストレートな物言いの目立つ金髪ロリータだ。

 そんな彼女の発言のおかげで、顔を上げるタイミングを得る。

「おかげでエステルさんの顔に泥を塗らずに済みました」

「私は別にどうだって良いのよっ! 貴方が塗ったものなら、泥だろうと、糞尿だろうと、なんだって快く受け入れる準備があるわっ! 来てもいいのよっ! この、む、むっ、胸に飛び込んで来てもっ!」

「いえ、流石にそれはちょっと……」

 まるで自分のことのように喜んでくれているロリビッチのテンションが高い。

 普段の七割増といった具合。

「それでタナカさんよ、これからどうするんだ? 俺たちでよければ、もうしばらく付き合えるぜ? っていうか素直に言って、街作りっていうのが、これでなかなか楽しくてな。仲間にも確認してみたんだが、当面は問題なさそうだ」

「それはそれは、私としても非常にありがたいです」

「おう。だもんで今後の予定とかあれば俺らにも共有して貰えるとありがてぇ」

「でしたらこの場で今後の予定を皆さんにご報告しますね」

 とは言っても、首都へお金を納めに向う限りだが。

 それ以降に関しては、これといって決まっていないし。

「私とエステルさんは王城までお金を納めに向かいます。なんでも本人が向かわねばならないとのことで、すみませんがしばらく、街を留守にすることとなります。そこで早速なのですが、ゴンザレスさんには留守の間を頼めたらと」

「ああ、そういうことなら安心して行ってくるといい。こっちは任せろ」

「ありがとうございます。実は当初より自分が留守となった場合、その期間をどうしようかと悩んでいたので、とても助かります。今月分の委託費に関しては、別途、場を設けて相談という形でもよろしいですか?」

「いつでも構わねぇぜ」

「ではすみませんが、そのような形でお願いします」

 良かった。

 無事に首都まで向かえそうだ。

 チラリ、エステルちゃんに視線を向けてみると、彼女は彼女で何やら、酷く興奮した表情でこちらの下半身へ視線を向けている。恐らくは移動に際して行われる、お姫様抱っこに思いを馳せているのだろう。

 そんなふうに自然と思考が至る辺り、自分もまた毒されて思える。

 いかん、いかんぞ。

 首都に着いたら、早めにアレンと場を持とう。

「あ、あのっ、私はどうすれば良いのでしょうか……」

 一方で捨てられた子犬のような表情を晒すのがソフィアちゃん。

 個人的には是非とも同行していただきたい。

 しかしながら、彼女の簿記能力はこの街にとって非常に魅力的だ。

「すみませんがソフィアさんは、こちらで事務対応をお願いします」

「そ、そうですか。わかりました」

 恐らくは学園寮での食っちゃ寝ライフを狙っていただろうメイドさん。個人的にはその傍らに自らをそっと添えて、都合、数年ばかりを夫婦ごっこしたかった。

 本当に申し訳ないけれど、今しばらく事務要員としてお願いします。

「それで、い、いつ頃に発つのかしらっ!?」

「明日には出ようかと」

「そうっ! そうねっ! 早いほうが良いわよねっ!」

「ええ、私もそう思います」

 エステルちゃん、すげぇハァハァしてる。

 鼻の穴とかピスピスしてる。

 まあいいや。

「いつ頃に発つんだ?」

「朝一で向かおうと思います。空を行けば日が暮れる頃には着けると思うので」

「マジかよ? 相変わらずでたらめな性能だな」

「そうよ! スゴイのよっ! 流石なのだわっ! 格好いいっ!」

 ロリビッチが喧しい。

 一方、この場に集って以後、エディタ先生が静かだ。

 元より口数の多い方ではなかったが、いつもにも増して少ないように思える。自然と意識が向かってみれば、こくり、こくり、ソファーに腰掛けたまま船を漕ぐ姿を確認できたマジかわいい。

 恐らくは本の執筆に尽力しているのだろう。ここ数日、延々と部屋にこもってカリカリとやっている。食事もソフィアちゃんの配膳から部屋で食べることが多い。その在り方は新作ネトゲにハマった廃人の如し。是非ともボトラー入門して欲しい。

 よく冷やしてロックで美味しく頂きたい。

「随分と気持ちよさそうに寝ているわね。ソファーの上なのに」

「疲れていらっしゃるのでしょう。そっとしておいてあげましょう」

「そうね。彼女にはソフィの件で世話になったわ」

「そうだったのですか?」

「ええ、そうよ。貴方の言う錬金術の先生というのも満更ではないわね」

「そういうことであれば、改めて私もお礼をしなければなりませんね」

 などとほのぼのした気分で眺めていたところ。

「ふがっ!?」

 不意にエディタ先生がガクっとした。

 睡眠時に突然、ビクッ、となる現象だ。世間的にはジャーキングと呼ばれているそうで、人間のみならず犬や猫といった畜生の類にも見受けられるらしい。睡眠中のなんとかいう神経がどうとかする的な講義を受けた覚えがある。

 こちらの世界の生き物がどのように作られているのかは知れない。あちらの世界とは違うかもしれない。ただ、少なくともエルフはビクっとするようだ。しかも随分と大きく震えたもので、自然と意識が覚醒を向かえる。

「……ぅう」

 ゆっくりと瞳を開いた先生は、右を見て、左を見て。

「ど、どうしたんだ? 話はまとまったのか?」

 さも今までずっと起きてましたとばかり、語りかけてくる。

「え、ええ、無事にまとまりました」

「そうかっ、そ、それはよかったなっ! なっ!」

「はい」

 可哀想だから突っ込まないでおいてあげよう。

 見れば他の面々もまた心穏やかな眼差しで彼女を見つめていた。ナチュラルに美味しいところを攫っていくから、本当にこのエルフはまったくもう。もしも同じことをゾフィーちゃんがやってたら、間違いなく死刑だったぞ。仮に本当だったとしても。

「ということで、今日のところは皆さんもお休みとしましょう。これまで私の我が侭に付き合って下さり、ありがとうございました。黄昏の団の方々も、施設の運用数を減らす形で、少し長めのお休みを取るようお願いします」

「ああ、悪いな。その言葉に甘えさせて貰うわ」

「ということで、本日のところはそのような形として、皆さんお願いします」

 ひとまずお開きとした。



◇◆◇



 執務室で打ち合わせを終えて以後、向かった先は南地区の賑やかなところ。

 無事に目標を達したのだから、頑張った自分へのご褒美を与えるべきだろう。クリスティーナ宅を後として早々、歩みはゾフィーちゃんの舞台に向かった。労働に疲れた男の身体は美少女のパンモロで癒やすべきである。

 舞台の上で知人がパンモロするなら、拝みに行かなきゃ損だろう。見せパンという概念が存在しないこの世界、マジパンを玩味するチャンスを逃してはならない。それが知人となれば興奮度は倍ドン。

 中学校や高校の頃の友達がAV女優になってたら嬉しいだろ。公務員とか、弁護士とか、医者とか、少なからず嫉妬が入るけど、AV女優は祝福100%だわ。心の底からおめでとうございます。

 それと同じだ。

 ソフィーちゃんのファンという訳ではないけれど、ゾフィーちゃんのパンモロのファンではあるかも知れない。夜の営みを送る上で何気にお世話となっているのが、上から二番目でゾフィーちゃん。侮りがたしはシンプルながらも応用の利く清楚ビッチ属性。

 だがしかし、どうしたことか、今日のホールは九官鳥が鳴いている。

「…………」

 すんなりと入場できてしまったぞ。

 以前は建物の外まで並んでいた人の列が、今や完全に姿を消している。ショータイムだというのに客の入りも半端で、舞台の前の方に数名ばかりのグループが二つ、三つばかり顔を並べる程度だ。いつぞやの押しくら饅頭が嘘のよう。

 完全な三日天下だった。

 早々に飽きられてしまったのだろうか。

 俺はまだ飽きてないぞ。

 などと考えていると、不意に観客の側から聞こえてくる声が。

「それ本当かよ?」「本当だってっ! 二丁目の混浴風呂がヤバイんだよ。マジだって」「そんな女がいるのかよ? ありえないだろ」「本当だって、マジで淫乱なんだわ。頼めば誰だってやらせてくれるんだってっ!」「しかも最後までっ!」「ま、まあ、ちょっと見に行くくらいならいいか」「お、俺もっ!」「ぐっ……じゃあ、俺も……」

 思わず二丁目に向かって走り出したくなるような内容だった。

 俺も行きたい、俺も。

 パンチラよりマンチラ、マンチラよりマンモロ、マンモロよりスティックインサイド。この世界は弱肉強食だ。高級ソープがデリヘル価格だったら、絶対にデリヘルより高級ソープを選ぶよな。男心はいつだって大冒険を求めている。

 そうこうするうちに僅かばかり残っていた客もまた、いそいそと舞台より離れて、ショーの最後を見届ける間もなくホールを去っていった。せっかく銅貨五十五枚という大金を支払ったにも関わらず、数分と経たぬ間に観客は己を残すばかり。

 一方でステージの上、舞台にはゾフィーちゃんの歌唱する姿が

 しかもアカペラ曲だったらしく、本当に一人しかいない。

 最高に無残が可愛い。

 ゾフィーちゃんのこういう哀れなところ、極めて興奮するんだけど、どうしよう。さらに言えば、それでも最後まで歌い続けようとする姿勢に、彼女のプライドの高さを感じて殊更にゾクゾクとする。広角レンズで永久保存したくなる。

 二丁目の淫乱娘も然許り興味を惹かれるが、今は頬の肉をプルプルさせながら、それでも笑顔に歌って踊ってパンモロする、魔法騎士団の副団長が晒す哀れを鑑賞させて貰おう。こんな素敵なショー、きっと二度と見られないぞ。同じくらいレアだ。

 少なからず申し訳なさを感じながらも、ジッと舞台を見つめ続けた。

 以前より厳かな気持ちでオパンツの縦シワを拝ませて頂いた。

 ごちそうさまです。

 そんなこんなで以後は新しくお客さんが入ることもなく、当然、途中で合いの手や歓声が入ることもなく、ただ淡々と歌唱が流れる限り。流石に時間一杯を歌い切ることもなく、二曲ばかりを流したところでショーは終了となった。

 壇上、曲を演奏しきったゾフィーちゃんと楽隊がお辞儀をして舞台を締める。これを合図として、こちらもまた彼女に向かい、ホールの隅から歩み寄ることスタスタと。今回はシュケールが邪魔をすることもない。

「お疲れ様です、ゾフィーさん」

「…………」

 とりあえず挨拶などしてみる。

 だが、反応は芳しくない。

 相当にダメージ喰らって思われる。

 そりゃそうか。

「どうやらお客さんが他へ流れているようですね」

「……そのようです」

 軽い身のこなしで、ゾフィーちゃんが舞台から観客席の側に降りる。

 スタッという音と共にパンモロ終了のお知らせ。

 一瞬、最後のサービスとばかり、スカートの中が丸見えで幸福だった。

 あとマントの翻る感じが地味に中二っぽくてロリ格好良かった。

「最後まで聞いてくれて、ありがとうです」

「いえ、こちらこそ妙なタイミングですみませんでした」

「別に構わないです」

 気を利かせた楽団の方々が、歩みも早く楽屋裏に引っ込んでゆく。以前に訪れた際の一件が尾を引いているのだろう。その中にちらりシュケールの姿を確認したところで、良かった、どうやらゾフィーちゃんから特別にお仕置きを受けた様子もない。

 まあ、この面喰いビッチのことだから、性的な折檻は日々の日課だろうが。

「しかし随分と急な変化ですね」

「この街には一見のお客さんが多いです」

「なるほど、確かにそうかもしれませんね」

 彼女のホームである首都カリスであれば、また違ったのだろう。というか、そこまで言えるほど、既に固定ファンを捕獲しているゾフィーちゃんが凄い。故にこの街での興行は彼女にとって新規開拓、苦労も相応といったところだろう。

「しばらく時間をおいてみますか?」

 淫乱娘も向こう数週、延々と乱交している訳ではあるまい。

「…………」

「ゾフィーさん?」

「……少し、一人で考えさせて下さい」

「あ、いえ、こちらこそ突っ込んだ話題を申し訳ありません」

 まるで地下アイドルの生涯を早送りで見ているようだな。

 迷える彼女の明日はどっちだ。



◇◆◇



 翌日、エステルちゃんと共に首都カリスへ向けて出発した。

 利用するのは当然空路である。

 例によってロリビッチをお姫様抱っこでの飛行となった。途中、宿場町の類にトイレ休憩など取りつつの移動だろうか。お昼ご飯も食べた。なんとかという村の、なんとかという名産品を使った、ごく平凡な定食だった。

 そんなこんなで丸一日。

 割と急いだつもりではあったけれど、人を一人抱きながらだろうか、陽のあるうちに到着することは叶わなかった。目的地へ至る頃には夜。首都カリスの町並みが発する輝きの、暗い空を地上から照らし、ぼぅと浮かび上がる光景など眺めながらのこと。

 綺麗ね。

 綺麗ですね。

 そんな甘ったるい台詞を交わしつつの着陸となった。

 足を降ろした先は例によって学園の寮である。エステルちゃんには首都に所在するのだという自宅の近くまで送迎する旨、事前に提案させていただいた。しかしながら、今日のところは寮に泊まるのだと断られてしまった。

 まあ、彼女のファミリーとの遭遇は致命的なので、幸いと言えば幸いだ。

 そんなこんなで訪れた先、今は学生寮の食堂に顔を突き合わせている。

「王城へは明日、朝一番で向うわ」

「わかりました」

 手元にはウェイターさんが運んできた料理が湯気を上げている。

 とても美味しそうだ。

 ソフィアちゃん曰く、貴族メシというヤツである。

 相変わらずべらぼうに美味しい。

 そして、味が上等であるならば、用意された席もまた大したものだ。店舗内をパッと見た限り、高級レストランのそれを思わせる。用意された椅子や机も木材のくせにやたらと光沢を放っている。

 都内で一食数万のディナーを予約すれば、或いはこういった席に通されるのではないかと思わせる待遇だ。献立もコースになっており、一つ食べ終えると、また一つ新しいのが運ばれてきて、といった具合である。

「ところでエステルさん、一つ伺いたいことがあるのですが」

「貴方が私に伺いたいことっ!? な、なにかしら?」

「アレンさんは今も騎士団に所属されているのでしょうか?」

「え? アレン?」

「ええ、一度挨拶をしておこうかと思いまして」

「……そ、そう」

「はい」

 瞳がキラキラと輝いたのも束の間、死んだ魚のようになる。

 なんて分かりやすいんだロリビッチ。

「アレンなら、今も騎士団に籍をおいている筈だわ」

「なるほど、それは助かりました」

 ただ、返答は思ったよりスルスルと出て来た。もしかして今も連絡を取っていたりするのだろうか。だとすれば、ヤツに残された可能性は決してゼロではないぞ。

 女という生き物は興味のない男にはとんと冷たいと言うしな。出会って当初のエステルちゃんとか、まさにその通りだった。思い起こすと胸がキュンとする。

「安心しました。今も彼とは連絡を取っているのですね」

「っ!?」

 途端、エステルちゃんの表情が強張った。

 カランと音を立てて、手にした食器を落とすほど。

「ち、ちっ、違うわっ! とってないわっ! 全然っ!」

「そうなのですか?」

「そうなのよっ! 今のも他人から伝え聞いた話なのっ!」

「なるほど」

 ロリビッチのことだ、二股とか余裕だろう。

 というより乱交上等だろう。

 危ない、なんて危ないんだ。火傷をしてしまうぞ。

 火傷は治りが悪いんだよな。

「いずれにせよご存知で良かったです」

 王様への謁見が終わり次第に向かうとしよう。

「そ、そうね。貴方の役に立てて嬉しいわ」

「はい」

 複雑な表情で頷く金髪ロリータを正面、食事を口に運ぶ。

 時折、他の席からチラリチラリと視線を向けられたり、なにやら囁く声が聞こえたりと、あまり居心地の良い時間ではなかったけれど、場所が場所なので仕方がない。食事を部屋まで運んでくれるソフィアちゃんの有り難みが身に沁みた。

 今後とも食事は出来る限り自室で摂るようにしよう。要らぬ誤解、というより、あまりにも鮮明な真実をこれ以上、世間様に撒き散らすこともあるまい。当のロリビッチなど、日に日に言動が過激となってきている。

 そうした様子だから、早々に食事を終えて部屋に戻ことと決めた。

 エステルちゃんは周囲からの注目にもなんら動じていなかったけれど、こっちはそうもいかない。これが生まれの違いだろうかと、少なからず関心してしまう。彼女の豪胆ぶりは大したものだった。

 食堂を後として部屋に向う。

 階段を上り、廊下を歩むことしばし。自室の前にまで至る。都合、十数日振りとなる学園寮は、それ以上に長い間を留守としていたように感じられた。それだけ充実した時間をラジウス平原で過ごしていたためだろう。

 正面には各々の部屋に通じるドアがある。

 そこで不意に、エステルちゃんが声を上げた。

 なにやら覚悟を決めた表情である。

「と、ところでっ、タナカ男爵っ!」

「なんでしょうか?」

「今日はメイドがいないの!」

「そうなんですか?」

「だから、よければ、い、い、一緒しないかしら?」

「…………」

 何を、とは言わない。

 これはあれだ、夜のお誘いだ。

 童貞でも分かる。

 ロリビッチから夜のお誘いを受けてしまったぞ。

「いえ、流石に今日のところは疲れましたので、明日に備えて休もうと思います。まさか目の下にくまを作って王様に謁見するわけにもいかないでしょう。お誘い頂いたところ申し訳ないとは思いますが」

「それなら、い、一回っ! 一回だけならくまは出来ないわ!」

「いえ、ですから……」

「貴方が相手ならすぐにイクから! ちゃんと最後は外にするしっ! あっ、で、でもっ! 貴方が良いのなら別に私は中でもぜんぜん構わないわっ! というか、むむむむむ、むしろ中の方がとても嬉しくてっ!」

 一回とか言ったら、ぼやかした意味ないじゃん。

 いきなり露骨なまでに交渉してきたぞ。

 相変わらず一直線である。

 更に酷く必至だ。

 早くアレンとお話をしないと、危険だ。

 ご提案頂いたインサイドぴゅっぴゅは非常に魅力的であるからして。

「私はフィッツクラレンス子爵の貞操をなにより大切に思っております。ドリスさんの言葉ではありませんが、そう容易に異性へ身体を許すものではありませんよ。貴方の身体は貴方だけのものではないのですから」

「っ……」

「それでは、おやすみなさい。エステルさん」

 これ以上をトークしていたら、陥落してしまいそうで怖い。

 明日に備えるというのは本当だし、そそくさと自室に引っ込んだ。



◇◆◇



 王様への謁見はエステルちゃんの同伴となる。

 貴族として不慣れな子の宮中での面倒を見るのが、親という立ち位置なのだという。丁寧に説明してくれた。なので今回の謁見もまた、微に入り細に入り、エステルちゃんが手配を重ねた上での入場となった。

 近い将来、自分でも一連の手続きは覚えなければならない。

 それは謁見のみならず、宮中で活動するに差し当たり、他に存在する諸々のルールも然りである。基本的には全て覚えなければならないそう。つまるところ貴族のいろはを学ぶトレーニング的な期間が今という訳だ。

 しかしながら、ロリビッチはその詳細をまるで教えてくれなかった。代わりに私を呼んでくれれば、すぐに貴方の下に駆けつけるわ、ドヤ顔で宣言されてしまった。このチューター、明らかに部下を甘やかせて駄目にするタイプだよな。

 その対応は明日のタスクに積んでおこう。独学でなんとかするしかない。

「こちらでお待ちください」

 身形の良い引率の役人が言った。

 彼は我々を控室まで案内すると、早々に場を去ってゆく。

 しばらく待てば、すぐに他から別の役人がやってきて、王様の用意が整ったことを教えてくれるのが同所の流れだ。過去に二度ほど経験した謁見から、そのあたりの手筈に関しては知識が及んだ。

「これで晴れて貴方も貴族の仲間入りね」

 穏やかな笑みを浮かべてエステルちゃんが言う。

 高そうなソファーに熟れた調子で腰掛ける姿はとても様になっている。対して、彼女の対面、同様に腰掛けた自分のなんとキマらないこと。ふと自らの姿格好を確認してみれば、完全に失念していた、今もまた平民の装いである。

 せめて今日くらいオシャレしてくれば良かった。

「ちゃんと貴族として見られれば良いのですが……」

 衣服にこだわる趣味はないが、TPOを弁えることは大切だ。

「私には他のどの貴族より輝いて見えるわ!」

「とてもありがたい言葉ですが、流石にそれでは意味がないかと」

「貴方の価値は私だけが気づいていれば良いの。他の誰かに取られてしまったら、それは非常に悲しいことだもの。最近はゾフィーの様子もおかしいし、もしかしたら貴方のことを狙っているのではないかしら」

「いえ、それは絶対にないかと」

 エステルちゃんが段々と病んできている気配。

「あ、貴方の行いは、貴方の自由よ。でも、私は、その……」

 アレンを寝取られたトラウマが遺憾なく発揮されている。

 少なからず学習した様子のロリビッチだ。

 とかなんとか、適当に軽口など叩き合っていた最中のこと。

「しつれいします」

 不意に部屋のドアがノックされたかと思えば、今し方に去ったのとは別に役人が姿を現した。同じ制服姿からも間違いない。このお城に使えている人だろう。

 王様の支度が整ったのかと期待したところ、続けられたのは他の用件だ。

「タナカ男爵、大変に恐縮ですが、奉納品をお預かりさせて頂けたらと」

「え?」

「こちらで中身を確認の上、謁見の場に設けさせて頂きます」

「あぁ、なるほど」

 確かに王様の面前で、金貨を一枚一枚数えるわけにもいかないよな。かなり滑稽な光景が脳裏に浮かぶ。そういうことなら事前の支度も必要だろう。同所にはカーペットが敷いてあるだけで、以前は椅子すら用意されていなかった。

「一応確認の為、この場でも数えさせて頂けると幸いなのですが」

「分かりました」

 役人に言われるがまま、金貨の収まった皮袋を渡す。

 彼はこれを受け取ると、一枚一枚丁寧に硬貨を数えていった。

「はい、確かに五十枚、確認させて頂きました」

「よろしくお願いします」

「承りました」

 恭しく頭を下げて後、役人は金貨の収まる袋を手に部屋から出て行った。

 これと入れ違いになるよう、更に別の役人が入ってくる。

「フィッツクラレンス子爵、タナカ男爵、ご用意ができました」

「ついにこの時が来たわねっ!」

「そうですね」

 エステルちゃんの言葉に頷いて、いざ、謁見の間に挑むこととなる。



◇◆◇



おもてをあげよ」

 段上、玉座に腰掛ける王様が言った。

 同所には城の主人である彼の他に、豪勢な衣服を身に纏った大勢の貴族たちが、部屋の壁に沿って両脇に並んでいる。前回も、前々回も多いと感じたこれら観衆であるが、今回は更に数を幾割か増やして、なんかもうぎゅうぎゅう詰めだ。

 昨今、宮中の話題を独占するフィッツクラレンス子爵。その人自ら取り立てた平民男爵の行く末を眺めるべく、娯楽に飢えた貴族たちが押し寄せた結果だろう。恐らくは誰も彼も、この身が同所に断罪されるのではと考えている筈だ。

「この度は上納の為に参ったと聞いておる。それは本当か?」

 世辞の挨拶もなく速攻で本題が飛んできた。

 もしかして王様と宰相は一枚岩だったりするのだろうか。だとすれば、仮に今回を乗り越えたところで色々と辛そうだ。エステルちゃんの威光も王族にまでは通用しまい。

「はっ! そのとおりにございます」

 とは言え、自ら一歩を踏み込んでしまった都合、こちらは大人しく頷いて、言われたとおり納めるものを納めるばかりである。

「ほぅ?」

「誠に恐縮ながら、この場を持ってご報告させて頂きます」

 数段ばかり高い位置に設けられた玉座。

 そこから挑むような眼差しが向けられる。

「僅かひと月足らずの間に金貨五十枚を、かの土地から得たというのか?」

「その通りでございます」

「なんと、それはまた大したものだ。とてもではないが信じられん」

「…………」

 だったら最初から無茶言うなよ、とは切なるところ。

 しかし、今はそれを訴えたところで意味は無い。

「そういうことならば、さぁ、その証をここに見せて貰おうか」

「ははっ!」

 懐からソフィアちゃん作の帳簿を取り出す。

 これを目の当たりとして、王様からは疑問の声が。

「……む? なんだ、その紙の束は」

「はっ! 頂戴した領土の近々における財務状況にございます」

 四半期に一度の計上報告でもしているような気分だな。

 膝を突きながら行おうというのは、なかなか新しいけれど。

「それは後ほど他の者に渡すといい。今は現物を確認したい」

「といいますと?」

「まさかフィッツクラレンス子爵より聞いていない訳ではあるまい?」

「…………」

「タナカ男爵の領土に課せられた額は金貨五十枚となるぞ」

「それでありましたら、つい今し方に……」

 謁見の間を見回して、それらしいものを探す。

 陛下の面前に用意されると言っていた。何かしら台座の類でも設けられて、そこへ綺麗に盛られているものだとばかり考えていた。しかしながら、我々の他にカーペットの上には何も見つけられず、先程に言葉を交わした役人の姿も窺えない。

 はて、どこに用意されているのだろう。

「お言葉ですが陛下、検算を行って下さった役人の方はいずこに?」

「検算? なんの話だ?」

「…………」

 まじかよ。

 これは全力でしてやられた予感。

「どうした? タナカ男爵。早くするといい」

「は、はいっ……」

 まさか謁見の直前に仕掛けてくるとは思わなかった。

 少し考えれば、何某か妨害があって然るべきだと、思い至ったろう。だがしかし、連日に渡る街作りがあまりにも楽しくて、こう、頭の中がとても平和になっていたようだ。立て続けに経験した混浴も、脳味噌を蕩かすに十分な威力を秘めていた。

「……ちょ、ちょっと、もしかして」

「ええ、そのようです」

 ヒソヒソと隣からエステルちゃんが語り掛けてくる。

 どうやら彼女も気づいた様子だ。

「そ、そんなっ……」

 その表情が愕然とするには、然したる時間を要しなかった。

 こうなってしまっては、致し方なし。

「どうしたのですかな? タナカ男爵。陛下がお求めなのだ、早々に献上せよ」

 宰相がここぞとばかりに催促してくる。

「私は言った筈ですぞ。上納は自らの手で陛下へ行うように、と」

 その口元に浮かんだ笑みを思うに、ヤツが犯人で間違いないだろう。

 確かにそんなこと言っていた気がする。

「……はい」

 これはしくった。

 こんな大きなミスは久しぶりだ。

 まさか王様の面前で言い訳を並べる訳にもいかない。というか言っても信じて貰えないだろう。せいぜい約束を果たせなかった為に、我が身可愛さから適当な嘘をでっち上げたのだと、良くない方向に勘ぐられるのがオチである。

 くそう。

 ここまで来て悔しいなぁ。

 もう少し自分がしっかりしていたら良かったのに。

「この度はまことに申し訳ありませんが……」

 奴隷堕ちルート決定だ。

 こくなったらもう、エスエルちゃんに誠心誠意ご奉仕させていただく所存。毎日毎晩、セクシャルサポートさせて頂きます。なんだって口にします。貴方の身体のうちから出てくる全ては私の日々を生きる糧にございますご主人様。

 いざ目前に控えてみると、なんだろう、やたらと興奮してきた。

 これが堕ちる快楽か。

 堪らないな。

 もうゴールしても良いんだ、みたいな。

 ただ今まさに目前、垣間見たゴールテープは、実は思ったよりも遠かったよう。

「失礼致しますっ!」

 誰かの声が謁見の間に大きく響いた。

 何事かと声の聞こえてきた側に顔を向ければ、そこには今まさに同所へ訪れたノイマン氏の姿があった。いつだか呪いが完治した王女様のよう、貴族様の詰めかけた謁見の間へ、扉をバァンと開いての登場である。

 久しぶりに見た彼は、随分と窶れて思えた。

 主に頬の肉が痩けている。

 当然、誰も彼も視線はそちらに向かった。

 まさか貴族であっても滅多でない場所へ、平民が自らの足に乱入したのだから、彼らとしては一大事だろう。アイツは誰だ。アイツは何者だ。そこらかしこで耳喧しいまでの喧騒が上がり始める。

 そうした只中を、ノイマン氏はこちらに向かい駆け足で。

 そして、言ったのだ。

「タナカ男爵、遅ればせながら、上納金をお持ち致しました」

 差し出された手には、金貨が紙の帯によって綺麗に纏められていた。

 その数は目算、大凡、指定された額に等しい厚みを伴って思える。確かに彼には金貨五十枚というキーワードを伝えている。しかしながら、一介の役人が一月弱で用意できる額ではない。

 かと言って、宰相の手先から奪い返してきたとも思えない。

 ノイマン氏はこれといって武闘派でもなければ、魔法が使えたりする訳でもない。純粋に総務力でのし上がってきたキャリア役人だ。以前、某むちむちダークエルフと共にトリクリスの酒場で聞いたのだから間違いない。

 そもそも何故に今のタイミングで乱入できたのか。

 謁見の間の正面には兵士が居るから止められそうなものだけれど、

「いかがしましたか? タナカ男爵」

「あ、あぁ、いえ。ありがとうございます。ノイマンさん」

 自らの手に受け取ったところ、ズッシリとした感触は間違いない。つい先刻まで胸の内にあったものと変わりない重みだ。一番上に乗せられた硬貨は、碌に人の手に触れた経緯もないようキラキラと。

 約一ヶ月という僅かな時間で、宰相に邪魔されることなく金貨五十枚を用意した上、更に平役人を使用中である謁見の間に乱入させるような真似を仕込める手合。思い浮かぶところは一つしか無かった。

 段上、玉座に腰掛けた王様に視線を向ける。

「…………」

「…………」

 ニヤリ、その口元が小さく笑みに歪んだ。

 なるほど、そういうことらしい。

 相手が相手なので、理由が知れないところ極めて恐ろしい。

 ただ、今は全力で乗せられる限りだ。

 気を取り直してテイクツー。

「陛下、当初のご約束通り、金貨五十枚を納めさせて頂きます」

 膝を床に付いた姿勢のまま、手にした金貨を両手で頭上に捧げてみせる。

「うむ。困難な状況に身を晒して尚もひたむきに努力する姿勢、なんと美しいものだろう。この度のタナカ男爵が見せた働き、まことに大儀であった!」

「ははっ! ありがたき幸せにございます」

 まさか本心からこの台詞を口にする日が来るとはな。

 驚きだわ。

 それとなくタイムキーパーの爺さんを窺えば、その表情は酷く悔しげなもので、ギュッと硬く握られた拳が、怒りから小さくプルプルと震える様子が見て取れた。やはり、控室の一見は彼の仕業で間違いなさそうだ。

 そうこうするうちに頭上へ掲げた金貨が、王様の傍らに控えていた騎士の手により回収される。向かった先は王様の傍らに設けられた厳つい台座だ。玉座に同じく、随所に金色の彩られた、非常に値の張りそうな一台である。

 厳かにも金貨は納められた。

 そう、ミッションコンプリートである。

「モルドレッド宰相、これでお主も納得しよう?」

「お、おまちください、陛下、果たしてその金は本当に男爵が……」

「本当に男爵? それはどういった意味だ? 宰相」

「っ……」

 口を開きかけた宰相に対して、逆に問い返す王様。

 ともすれば、タイムキーパーの爺さんは黙る他にない。

「それではこれにてタナカ男爵は、先の条件を満たしたものとして、名実ともにペニー帝国の貴族となった。以後、これに異を唱えることは慎むように。また以降に関しては、他の貴族と変わりない待遇として、領地の運営に励んで貰おう」

「ははっ!」

 王様の言葉が謁見の間に響き渡る。

 詳しい経緯こそ知れないが、この人、かなりの食わせ者だわ。

 間違いないだろ。



◇◆◇



 謁見を終えて直後、控室で声を掛けられた。

 誰からかと言えば、つい今し方に謁見の間でのこと、自分から王様の台座へ金貨を運んだ人物である。なんでもタイマンで会って欲しい人物がいるらしい。今すぐにとの急なお話であるから、エステルちゃんを控室に待たせて移動する運びとなった。

 導かれるがまま廊下を歩く。

 階段を登り。また廊下を歩き。更に階段を登り。

 上に、上にと進むことしばらく。

 やがて辿り着いた先は荘厳な作りのドアに仕切られた一室。

 案内役の騎士は同所へたどり着くと早々、どこへとも去っていった。廊下には他に誰の姿も窺えない。真と静まり返ったホテルの廊下を思わせる雰囲気が、否応なく気分を盛り上げてくれる。

 とりあえずノックなどしてみよう。

「すみません、タナカですが……」

「入るといい」

 聞こえてきた声には覚えがあった。

 ドアを開いて先、その先に待ち構えていたのは他の誰でもない。つい先刻に謁見したばかり、ペニー帝国の王様だった。部屋の中には他に誰の姿も見受けられない。護衛すらもだ。場末の男爵に大盤振る舞いだよな。

 正気を疑いたくなる。

「よく来てくれた、タナカ男爵。そこに掛けるといい」

 しかも笑顔で迎え入れられた。

 ただ、なんとなく想定していたので、取り立てて慌てることもない。

「失礼致します」

 王様の腰掛けるソファーとは対面、そこに腰を下ろした。

 部屋に入ってから、今一度まわりの様子を確認してみるけれど、やはり、彼以外には誰の姿も見つけられない。自分のような出処の知れない異邦人を、居室へ一人身に招くなど、随分と肝が座って思える。

 いずれにせよこちらの取るスタンスは変わらないが。

「陛下におかれまして、このような機会を頂戴いたしまして……」

「堅苦しい挨拶は構わぬよ」

「……で、ありますか」

 挨拶を止められてしまった。

 かと思えば、相手の側からツラツラと続けられる。

「まずは最初に一つ、謁見に際しても伝えたが、この度はまことにご苦労であった、タナカ男爵。まさかこれほどの成果を上げてみせるとは、私が想定した以上の働きであったことを伝えたく思う」

「はい」

 とりあえず、様子をみるとしよう。

 正直言って王様が何を考えているのか分からない。

「もしもこれでリチャードの娘が世迷い事を言っているのであれば、早々に切り捨てる予定であった。しかし、なんでも十日ばかりの間で、ラジウス平原に強固な要塞を設けたというではないか」

「いえ、要塞などという大したものではありません」

 っていうか、王様の監視が入ってたぽい。

 何処の誰だよ。

 黄昏の団に内通者が居たとかだろうか。

 いやまて、そう言えば普通に王女様が来てたぞ。

 視察の名目で湯治です、などと可愛らしい顔で語っていたが、実は本当に視察を兼ねていたのだろう。そう考えると、思ったよりも強かな女の子なのかも知れない。裏の顔がある女の子って可愛いよな。できればアヘ顔だと嬉しいな。

「もしや、ノイマンさんの件に関しては……」

「これでなかなかペニー帝国というのは複雑にできている。特にこの国の貴族たちは非常に強い力を持っている。王だからといって、全てが全て、この手の平の上で動いている訳でもないのだ」

「…………」

「かの下級役人には苦労を掛けた。立場上、私が細々と動けない為に、本日を向かえるに差し当たり、金銭の工面から帳簿作りに至るまで、動いてくれたのはあの者だ。まあ、後者に関しては必要なかったようだが」

「そうでしたか」

「この件に関しては、他に信じられる輩もおらんかった。他人事になってしまって申し訳ないとは思うが、あの役人には十分な労いを与えると良い。必要があれば、私も多少は都合する用意がある」

「……仮にそうだとして、王様が何故にそのようなことを?」

「宰相が裏で色々と動いていることは、私も前々から知っていた」

「……なるほど」

 どうやら世間知らずの新米男爵とアーパー娘のコンビが騙されることを考慮した上で、事前に動いてくれていたようだ。実際に一連のコンボを見せられた後だと、妙な安心感が湧いてくれる。王様という肩書きも然り。

 ただし、実働部隊はノイマンさん一人だった模様。

 この人使いの荒い王様が明言するのだ、相当にこき使ったことだろう。

 頬の痩けていた理由が判明である。

「承知致しました」

「その上で一点、謝罪をしたい。騙すような真似をしてすまなかった」

「いえ、その点に関しては事情が事情であったようですので、お気遣いなく。見ての通り異国の出ともなりますし、当然のご対応かと。結果としては助けて頂いたのですから、感謝こそすれど、謝罪を求めるなどとんでもない」

「そう言って貰えると非常に助かる」

 しかしまあ、王様と宰相って仲良しじゃなかったのな。

 そうなると今この場に自分を呼んだのは何故だろう。

 あまり碌な理由が浮かんでこないのだけれど。

「ところで男爵、一つ私の頼みを聞いては貰えないだろうか」

「……頼み、ですか?」

 おう、早速きた。

 こうまでして人を払っての面会だ。

 やっぱりそういうことじゃんね。

「フィッツクラレンス子爵領には、宰相がこだわる何かが存在するようだ。男爵にはこれを探って貰いたい。可能であれば、他の誰にも悟られることがないよう、秘密裏に進めて貰えると助かる」

 やっぱり王様も気になっていた模様だ。

 とは言え、わざわざ自分のような輩に任すのもどうだろう。

「私のような素性のしれない者に務まりますでしょうか?」

「これでも人を見る目はあると思うのだ」

「恐縮です」

 権力者に褒められると悪い気はしない。

 小心者の性というヤツだ。

「また、これはつまらない話だが、当代の王は味方が少ないのだよ」

「…………」

 続けざまに自虐ネタ来たし。

 でも、案外それは真実なのかもしれない。肯定的に考えれば、だからこそ先の謁見で目の当たりとしたよう、周りくどいやり方をとったのだと、理解しようとして理解できないことはない。自分のような三下貴族に声を掛けたことも然り。

 もちろん全てが嘘の可能性もある。とは言え、今この瞬間に限っては、それも低いだろう。わざわざ自国の宰相を謀ってまで、この身に偽の案件を掴ませることもあるまい。今回の貴族位授与に関しては、真っ白な手駒が欲しくてのことだと思われる。

 彼がやたらと魔導貴族ラブしている姿勢を思い起こすと説得力も一入だ。

 ここは一つ、素直に頷いておくとしよう。

 エステルちゃんの後ろ盾があるとは言え、その先に待っているパパさんは完全に未知数である。今のうちにコネを作っておくことは、今後の貴族生活を円満に送る上で、とても大切なことだろう。自身の有用性をお偉いさんに示すのは重要だ。

「承知致しました。謹んでお受けさせて頂きます」

「うむ。とても助かるぞ、タナカ男爵」

 王様の表情に笑みが浮かぶ。

 ヒゲダンディ。イケメンめ。

「差し当たっては支度金を用意した。持ってゆくといい」

 呟いて、ソファーテーブルの上に金貨が積まれた。

 それらを束ねる紙製のテープには見覚えがあるぞ。

 先刻にノイマン氏が献上した五十枚の金貨だった。

「……よろしいのですか?」

「男爵の今後の活躍に期待している。これは決して世辞などではないぞ」

「このタナカ、陛下の為に粉骨砕身の思いで尽くさせて頂きます」

「うむ。しかと任せた」

 どうせ逃れられないのだし、ここは踏ん張りどころというやつだ。宰相からの無茶振りに比べれば易いものだろう。それに今回は自身のミスを救って頂いた後であるから、受けることに抵抗は小さい。ギブからのテイクというやつだ。

 そんなこんなで王様と新米男爵の秘密な談義は過ぎていった。

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